この話が1番この旅館編でしたかった話です。
色々推測してくれるとうれしいですね。
勘がいい方なら何をするかわかるかもしれません。
※ジンジャーエールって酔えるんだよ!本当だよ!
「……二階堂の野郎、ここぞとばかりに説教かましやがって」
「あははは!相当怒ってたもんね!おっかしー!」
「黄泉てめぇ……。全員で俺を指さしやがって……」
二階堂桐に俺の投げた渾身の枕が炸裂し、全員が俺に責任を押し付けた後、俺は二階堂桐による説教を喰らっていた。
実は俺と二階堂桐は仲が悪くないのだが(というよりも黄泉よりも俺のほうが親しいくらいだ)、なんというか、優等生とその悪友みたいな関係なのだ。そのため、俺が不真面目なことをすると彼女は徹底的に注意してくる。
しかも奴は立場的には俺の上司に当たる。それを振りかざされたら逆らう訳にもいかない。
「神楽たちは……寝てるのか。剣輔の隣で寝るとか無防備すぎるだろこいつ」
二階堂桐と室長の部屋で俺だけ説教を受けてから黄泉たちの部屋に戻ってきたのだが、その間に神楽と剣輔は敷かれていた布団の上で爆睡していた。
仮にも剣輔という男がいるというのに、その隣の布団で爆睡をしている神楽はもうちょっと危機感を持ったほうがいいかもしれない。
「安心しきっちゃってまあ。それとも剣輔になら襲われてもいいって意思表示なのか?……いやそれはないか」
自分で言ってても馬鹿らしい。少々疲れて思考回路がおかしくなっているのかもしれない。
「黄泉。二人寝てるし電気消してあげよう。だからさっき言ってた話とやらって広縁のほうでいいか?」
「というよりそっちのほうがいいかな。先行って待ってて。飲み物持ってくる」
黄泉に促されて俺は広縁へと向かう。
広縁という単語は、もしかすると全く耳慣れない単語かもしれない。だが、殆どの人が目にしたことはあるだろう。
よく旅館の窓側の部屋とか言われる、机と椅子が置いてあって窓側に位置する小さなスペースだ。
この旅館の部屋自体がかなり広いのでこのスペースも広々としてはいるのだが、メインのスペースからちょっとだけ離れた、何というか日常とは別の世界にいるのだなと思わされるそんなスペースである。
それが広縁。俺が旅館の中でもトップクラスに好きな空間である。
冷蔵庫が開く音の後にパチン、と音がして部屋の電気が落とされる。
一瞬目がその暗さに順応できず真っ暗になるが、夜に慣れている俺の目はすぐに適応を初めて月明りを拾い始める。
暗いのに青白く、月の光によって照らされる室内。その光量は太陽に比べれば明らかに劣るものなのに、その美麗さは太陽に比べて欠片も見劣りするものではない。
夜を映えさせる、そして夜に映える月の明かり。とても神秘的な空間が出来上がっていた。
「お待たせー」
やっぱりここいい旅館だななどと思っていると、缶を二つ携えて黄泉がやってくる。
月の光に照らされて美しく流れる黒い髪。肌自体が光を放っているのかと錯覚するほどに白く、この暗闇でも秀麗に映るその白い肌。
見慣れない浴衣姿にあいまって、思わずそれにドキッとしてしまった。
普段は見慣れてしまっているという贅沢な状態が続いているからあまり何も思わなくなってきたが、こうして月の光に照らされていると、やはり黄泉は非常に美しい女性なのだと再認識させられる。
「はい、凛」
「おっと。ありがと黄泉」
黄泉からパスされて受け取った缶。当然難なくキャッチしたが、なんとなくいつも見ている類の飲み物とは違う違和感を感じたため、それを見つめる。
……白地の塗装に、黒やら赤やら金やらで装飾された缶。非常に見覚えがある。前世とか、我が家の冷蔵庫とかで。
「……なんでこんなもん持ってんのさ」
あまり言及することは伏せるが、間違いなくこの中身は新歓時期の大学生が初めて飲んで二度と飲むまいと誓いを立てられる率トップ3には必ず君臨するであろう、小麦色をした炭酸水であった。
「岩端さんの部屋からちょろっと。お勤めする前に冷やしておいたのよ。キンキンじゃないとおいしくないんでしょ、これ?」
「いやまあそうだけど……」
私は飲んだことないんだけどね。初体験ってやつ、などと言いながら缶を上から下から眺める黄泉。
恐らくはそれが珍しいのだろう。それに悪いことをするのにちょっぴり興奮してもいるのだろう。黄泉は少しうきうきしていた。
「大事な話とやらをしようって時にこんなもの入れようって?」
「大事な話だからよ。……浮かれさせてくれるんでしょ、これ?素面で話すの、ちょっと抵抗あるから」
苦笑しながら俺が話すと、笑いながらもどこか真剣な瞳でそう呟く黄泉。
これは最近の黄泉がよく見せる表情だ。覚悟を決めた表情というのだろうか。
「取り合えず飲みましょ?そのために持ってきたんだし」
「……そうだね。とりあえず飲もうか」
かしゅっとあの独特の音を立てて缶が開く。……この音だ。この音ですよ。
椅子で対面に座って、微笑みあいながら缶を軽くぶつける。
みんなよくやる乾杯の合図。高いバーとかだとやらないが、やっぱり俺はこれをやってから飲むのがしっくりくる。
「っはー!やっぱ旨い!」
「……苦っ!」
乾杯をしてそれを煽った俺たち二人の顔はそれぞれ両極に位置していた。
こりゃうまい!みたいな顔をしている俺と、うえーっといった顔をしている黄泉。俺もそうだったよわかるわかる。やっぱ初めてだったらそうなるよね。
「これは味を楽しんじゃダメなんだよ。舌で味わうんじゃなくて喉越しを楽しむんだ」
「それは聞いたことあるけど、やっぱ苦いわね。……でも案外悪くないかも」
再度ぐいっと呷る黄泉。
初めてにしてその感想がでるとは驚きだ。俺なんか半年以上も経過してようやくわかってきたというのに。
黄泉はいつも結構白い顔をしているし、もしかしたらお酒が結構強い勢なのかもしれない。
「あんまり一気に行くなよ?初めてなんだから加減わかんないだろうし」
「わかってる。それよりなんで凛はそんな詳しいのよ」
「俺はね。ほら、大人だから」
「私より年下のくせによく言うわ」
精神年齢は多分上だからなあと思いつつそれを俺も呷る。
この銘柄は特に俺好みの銘柄だ。好んで飲む人じゃないとわからないかもしれないが、この炭酸水にもメーカーごとの味というものがある。この種類は非常に辛いのだ。それが、良い。
「不思議な感覚ね。なんかふわふわする」
「これが気持ちいいんだけどね。疲れてると本当に一気に回るからゆっくり飲んだほうがいいぞ」
「うん。お義父さんが良く縁側とかで飲んでるのもわかるかも。またお酌をしてあげようかな」
「黄泉のお酌を受けられるとか……。普通に値段つけられそうだな。奈落さんが羨ましいね」
「ばーか。そんな適当なことまた言って。大人になったらお酌ぐらいいつでもしてあげるわよ」
「それは楽しみだ。大人になるのが楽しみだね。……そういやうち親にもまたしてあげてよ。この前凄い喜んでたからさ」
黄泉と神楽はどうやら俺の妹がかなり気に入ったらしく、時折愛でにくるのだ。それ以外にも親父と奈落さんが親しくなったらしく、一回だけ家族ぐるみで来たことがあるのだ。
その時は俺もびっくりしたもだ。そしてその際に俺の両親にお酌をしてくれたのだ。
華蓮が黄泉たちの真似をして親父と奈落さんに注ぎまくっていたのは笑った。注ぐたびにありがとうと言われるのが嬉しかったのか、空けるのを徳利を持ちながらすぐそばで待って、ほぼ半強制的に空けさせるのだ。
その無垢さと可愛らしさに親父たちも断り切れず飲み続けざるを得なくなったのは笑った。
「あーあの時ね。うん、またお邪魔しようかな。凛のお父さんには悪いことしちゃったけど」
「いや、いいよ。親父の自業自得だから。あの後親父布団にぶっ倒れてたよ、飲み過ぎたってさ」
「あれは仕方がないわよねー。私も断り切れる自信ないもん」
ケラケラと笑う俺たち。
「また来なよ。母さんも料理教えるの楽しそうにしてたし」
「千景さん料理上手いものね。……ほんと、凛は良い両親持ったわね」
そう言って少し陰りのある笑みを見せる黄泉。
黄泉の両親は黄泉が幼いころに悪霊に殺された。だから、本当の両親が生きている俺が少し羨ましいのかもしれない。
「……黄泉は両親のこと、ほとんど覚えてないんだっけ?」
「うん。私そのとき本当に小さかったから」
「……奈落さんが助けてくれたんだよな」
「なんとか私だけ、ね」
実はこの話を直接聞いたことはないが、間接的になら聞いたことはある。退魔師の中では有名だし、喰霊-零-を通してもこの話は聞いたことがあるからだ。
「……凛、私の両親ってどんな人だったのかしらね。千景さんみたいに元気に笑う人たちだったのかな」
「どうだろうなぁ。うちの母さんみたいのだったら今頃黄泉の気苦労は絶えないぞ?……でもそうだな。黄泉を見てる限り、立派な人たちだったと思うよ」
そう、微笑みながら告げる。
これは本心からの言葉だ。黄泉が奈落さんによって育てられたといっても、もともとの両親が素晴らしい人たちだったからこそ黄泉はここまで立派な人間になったのだろう。
「立派な人、か。なんでそう思うの?」
「黄泉に対する俺の印象がそうだからかな。あんまり深い意図はないよ」
「……そう、立派、か。ねえ凛。今日の昼に私聞いたわよね、『なんで凛は強くなりたいの』って」
「あの時か。うん、聞かれた。聞き返しもしたな」
ビーチパラソルの下で倒れながら黄泉はそう聞いてきた。そして尋ね返したとき、建前抜きで言える自信はないと発言していた。
「それがどうかした?」
「うん。色々強くなりたい理由はあるけど、私はお義父さんに恩返しがしたい。強くなって諌山を継いで、立派な諌山になりたい。だから、強くなりたいの」
ぐっと缶を握りしめながら俺を見据えてそう述べる黄泉。
……俺としては文句のつけようもない回答だと思う。建前抜きでは言えないとか言っていたからてっきり金と名誉のためとかでも来るのかと身構えていた分拍子抜けだった。
「それが強くなりたい理由?建前だって言われてもなんら問題ない理由じゃないか。別にそんな改まって言うことでもないような気がするけど」
「普通の退魔師なら、この世の汚れを払うため、とか、世のため人のためって答えるのが模範解答なのよ。……立派に聞こえるかもしれないけど、実は私の回答は私利私欲に溢れてる。とてもじゃないけど公の場所では言えないわ」
「……そう言われてみればそうだな。確かに次期諌山当主が述べるには”キレイゴト”が足りないか」
この世の不浄に、この世を守るために命を賭してでも立ち向かうのが俺たちの使命だ。それが退魔師に生まれた以上避けられない定めであり、退魔師として生きる以上何よりも優先されるべき義務だ。
そう、俺たちは見知らぬ人間のために、この世界の平穏を維持するために陰ながら命を懸けなければならない。それが存在意義であって存在理由なのだから。
だから綺麗な言葉には聞こえるが、黄泉の言葉は実は退魔師としては失格なのだろう。
公の場でそんな発言をしたら非難が殺到することは間違いない。そしてその非難は実は正しい。
だって俺たちは世界を守ることが使命で、そのために強くなることが義務なのだから。
「俺としては立派に感じるけど、確かに公の場じゃ建前抜きには言えないな。この世の中、キレイゴトだけじゃやっていけないけど、キレイゴト抜きでやっていくには黄泉の立場は立派過ぎるか」
「……本当に凛のそういうところ好きよ。私たちが言えないことを言いきっちゃうとことか」
黄泉は苦笑する。
生まれてこのかたこの道で生きている黄泉にとって、いや、生まれてからずっとこの道にいる人間は、俺のいう”キレイゴト”を使命として教え続けられてきた。
そのため俺のような発言をすることには強い抵抗があるのだ。教育は洗脳とほぼほぼ同じだ。例え俺と同じことを思ったとしても、刷り込まれた常識があたかもそれを悪いことであるかのように意識させる。
「私も凛と同じように思っちゃうこともあるけど、そんなはっきり言えないわ。周りを守りたいから強くなりたいんだって。他の人じゃなくて、大事な周りの人だけ守れればいいなんて」
「……俺はちょっと特殊だから真似はしなくていいと思うよ。でもいくら退魔師として生きてるからって、世界のために自分の命はあるみたいな自己犠牲の精神に迎合しなくてもいいとは思うぞ?」
目の前の少女は気高い退魔師だ。
幼いころから自分を殺し、理想となる退魔師を目指して日々文字通り血のにじむような特訓を繰り返してきたのだ。その努力は並大抵のものではない。それを俺は身をもって知っている。
しかも黄泉は俺のように思考のベースを平和な世界で育てていない。俺のベースにある思考はあくまでも前世の親元で培ったものだ。だから退魔師の使命なんて……と平然と言ってのけるが、この子はそうじゃない。
神童。俺のような
純正の、俺のような混ざり気のない正統な退魔師。それが諌山黄泉だ。
彼女は自己犠牲の精神、つまりは退魔師が持つ気高い精神を純粋に引き継いでいる少女なのだ。何だかんだその思考は退魔師のものに基づいている。
多分俺が退魔師の価値観を手放しで賛成できないのと同じように、黄泉も俺みたいな考え方に染まることはできないだろう。
「一つ言わせてもらうと、そう思う黄泉や俺がおかしいんじゃなくて、正直退魔師の価値観自体がおかしいんだよ」
考えても見てほしい。自分たちが小学生だの中学生だのの時、自分は何をしていただろうか。
教室の友達と喧嘩してみたり、恋愛に現を抜かしていたり、受験勉強をしたり。所詮自分一人とかの人生に関わることしかやっていなかっただろう。
それがこと退魔師になると、分数の計算をしているころから真剣を振るい、死と隣り合わせで暮らし、微分積分を学ぶ年齢には許婚がいて大学にも行かずに家の当主となることが決まっていたりするのだ。
「黄泉みたいな女の子が運命を決められて、その年で生き死にを一身に背負う。それをさも崇高なことかのように教えて、逃げ出すことが悪かのように刷り込んでいく……。ふっつう有り得ないって」
缶をぐっと呷る。確かに崇高で立派な使命だと思う。でも、その使命は人を、年端もいかぬ子供を縛っているという視点を忘れてはいけない。
「もっと気楽にしていいと思うよ、黄泉は。少し頑張りすぎだもん。この命は俺らのものなんだから、俺らが使いたいように使えばいい。しがらみなんかに囚われるのはもっと後でいいさ。もうちょっと我儘に生きてみたら?俺も付き合うし」
「……我儘に、か。そうね。それもいいかもしれない」
黄泉は缶を静かに揺らす。
少し赤くなりながらも理性は保った様子で、ゆっくりと目を閉じる黄泉。何かを思案するとき、余計な情報をシャットダウンするために人間は目を閉じる。
恐らく黄泉は今思案しているのだろう。何を話すつもりなのかはわからない。でも、多分俺にしか話せない内容なのだろうなというのはわかる。
「……私ね、ずっと考えてた」
黄泉が意を決したようにゆっくりと目を開け、そして静かに口を開く。
「私自身のこと、家督のこと。幼いなりに諌山を継ぐってどういうことか、昔の私もずっと考えてたの。獅子王を継承するって、養子の私が諌山を継ぐってどういうことなんだろうって」
その言葉を聞いて思い出されるのは喰霊-零-の物語。諌山に終始したといっても過言ではないあの物語。
「わかってきたのは結構最近になってからかな。三年くらい前にはある程度私の中で形が出来てたと思う」
「三年……」
丁度、喰霊-零-が始まるくらいの頃合いだ。俺と黄泉が出会ったあたりでもある。
「お義父さんのために諌山を継ごうって。お義父さんのために立派な諌山になろうってそう思ってた。期待に応えよう、期待通りになろうってそればっかり考えてたかも」
俺は何も言わずにその言葉を聞き続ける。相槌も打たずに、真正面から受け止め続ける。
「それで私は楽しかったし、それでいいと思ってた。鍛錬も期待も辛かったけど、それで私は満足してた。……でも、私は神楽に出会った。大切な、本当に大切な私の
「……俺?」
思わず言葉が出てしまう。
神楽の名前が出てくるのはわかる。でもここで何故俺の名前が出てくるのだろうか。
ぽかんとしている俺が面白かったのか、黄泉はからからと笑うと一口缶を含んで、そしてゆっくりと続ける。
「うん。貴方に。……凛、神楽って本当にかわいいの。本当に、本当に大切で、そして愛おしい」
母が娘を見るような、そんな慈愛に満ちた表情を黄泉は浮かべる。
「あの子と暮らして、いつの間にかあの子は私の何よりも大きな存在になってた。あの子をすべての不幸から守りたい。あの子をすべての災いから守りたい。あの子を傷つけるもの、あの子を危険にさらすもの、あの子に災いをもたらすもの、そのすべてを消し去りたいって本当に思った」
「……!!」
「そう思い始めたのがあの子を預かってから半年くらいかな。たった半年であの子は私の大部分を占めるようになってたの。そしてその頃よね、凛が対策室に入ってきたのは」
驚いている俺に、さらに黄泉は述べる。
「神童とか呼ばれてたから最初はどんな化け物なのかと思ってたけど、会ってみれば話しやすいし礼儀正しいし、それに本当に強かった。私以上の実力者がいるなんて正直本当に想像してなかった。……本当に弟みたいにかわいかったし、最近は男らしくて少しドキッとすることもあった」
赤くなってきた顔を自覚してきたのか、どこか恥ずかしそうにしながら黄泉は再度缶を呷る。
「そして最近の貴方を見ていて思ったの。―――あぁ、貴方にならあの子を、後を任せられるって」
「……黄泉?お前何を言って」
「ごめん、凛、最後まで聞いて。……それに貴方は自由だった。退魔師という鎖に縛られながらも飄々と生きていて、しがらみなんて知らないって態度で生きていて。……それでね、もう一回考え直してみたの。本当に私はこのままでいいのかなって。お義父さんに恩はあるけど、それでも私の人生なんだからもう一度よく自分のことを考えてみようって」
「それって……」
俺が、さっき提案した内容だ。
ちょっとは我儘に生きろと俺は言った。言外には諌山を継がなくてもいいんじゃないかと、実はそんなニュアンスもほんのちょっとだけ込めていたりする。
ともかく、諌山に、家督に縛られ過ぎるなという意味だったのだ。
「そう。凛が言ってくれたこと実はもうしてるの。我儘に自分勝手に色々考えて生きようとしてみて、それでたどり着いたのがさっき凛に話したこと」
だけど余計なお世話だったみたいだ。黄泉はとっくにそうしていたのだから。
「やっぱり私は諌山を継ぎたい。
「……それが黄泉の選択なんだな」
「うん。混ざり気はあるのかもしれないけど、それでもこれが私の答え。これしか私に道はないのかもしれない。でも私はこの道がいいの」
黄泉はそう断言する。力強い瞳で、一点の曇りもない眼差しでそう断定する。
正直に言って、気押されてしまった。
自分より小さくてか細い女の子の言葉なのに、こちらを脅そうだとか威嚇するだとかそんな気は一切ない言葉であるのに、その思いにその決意に俺は圧倒されてしまったのだ。
すごいと、小学生並みの感想だが、心の底からそう思った。
「……凄いな。正直同い年とは思えないよ」
「それはどちらかというとこっちのセリフなんだけどね。ねえ凛、貴方はさっき我儘に付き合ってくれるって言ってくれたわよね?」
「あ、ああ。言ったけど」
「それを踏まえてなんだけど、貴方に聞きたい事と、お願いしたいことがあるの」
「聞きたい事とお願い?」
「そう。聞きたいこととお願い。……正直、ふざけた提案になるとは思う。それでも、聞いてくれる?」
手に持っていた缶を飲み干して、黄泉は俺に向き直る。
「いいよ。聞こうか」
これだけ真剣に言われて、答えないわけにはいかないだろう。
黄泉が飲み終えたため、俺も一気に缶を呷る。予想外に黄泉がハイペースだった。
もっと進んでないものかと思ってたが、やはり正常な状態だと話しにくいことだったからなのだろう。進んでいるペースが速かった。
少しぬるくなってしまったそれを飲んでいると、黄泉から質問が飛んでくる。
「―――凛って冥姉さんのこと好きよね?」
「グフっ!ゴハゴハ!」
炭酸飲料が俺の喉を逆流する。
急いで飲んでいたため、思いっきり気管に入ってしまった。人生でもトップクラスにまずい入り方をしたかもしれない。
「っつ、黄泉お前いきなりなんだよ!真面目な話するかと思いきや―――」
なんていう変化球。この場面で聞いてくるとは。
俺はてっきり真面目な話をする前に黄泉がジャブを打ってきたのかと思って黄泉を見た。
だが、そんなことはなく。黄泉はいたって真剣な表情で俺を見ていたのだった。
「……黄泉?」
「ごめん凛。これ、真面目な話なの。答えにくいとは思うけど、答えてもらえる?」
最近こいつや神楽から冥さんの件で弄られることが多い。だからふざけただけだと思っていたのに。
黄泉の目を見る限りそんな気配はない。先ほどからしている、決意を秘めた表情から全く変わっていないのだ。
少し目を閉じる。どう答えるべきか、本気で悩んだからだ。
なぜこのタイミングでその質問が来るのか。それも含めて俺の頭の中で思考する。嘘をつくべきか正直に言うべきか。そう答えたらどう黄泉が反応するのか。そもそも黄泉の意図は何なのか。
10秒くらいはそうしていたと思う。だけど黄泉の意図も質問がこのタイミングでくる意味もすべて叩き出せたわけではなかった。はっきり言えば考えても考えても、黄泉が何を言いたいのかわからなくなるだけだった。
ただ思考の中でわかったというか、そうすべきだろうと考え付いたのは一つだけある。
「―――ああ、好きだよ。お察しの通り、俺はあの人に惚れてる」
「うん、ありがとう。それが聞きたかったの」
黄泉は俺の白状を微笑みをもって迎え入れた。
当然だが、そこにドッキリ成功みたいなからかいの色はない。正直に話してくれたことへの感謝の念があるようにしか見えなかった。
「正直に答えてくれてありがとう。それじゃあもう一個質問させて。
―――ねえ凛。私が我儘を言ったら、貴方はどこまで聞いてくれる?」
少し笑いながら、でも静かに、しかし明瞭にそう尋ねてくる。
思わず「お金次第かな」なんてふざけたくなるような質問ではある。が、当然黄泉の目はいたって真剣で、そう答えるのは明らかにお門違いだ。
「―――どこまでも。黄泉が本気で望むなら」
だから黄泉の問いに即答する。
俺は、三途河とのあの一戦で黄泉にも命を救われている。その恩義も感じているから、こうやって即答したというのもある。でも、それ以上に―――
これだけ本気で覚悟を決めた女の願いを、聞いてやらない男がこの世にいるはずがなかった。
もはや諌山黄泉という存在は、俺にとってアニメの中の存在ではない。目の前にいる、自分の命にでも変えてでも守りたいと本気で思えるようになった、大切な存在なのだ。
俺の即答を聞いて黄泉は微笑む。
「ありがとう。本当に貴方には感謝してもしきれないわね」
「それが俺の存在意義でもあるから。それで?お願いっていうのは?」
「……うん。お願いっていうのは―――」
「本気なんだな?」
「うん」
「もう一回聞くぞ。本気なんだな?」
「本気よ。多分遠くないうちに、
「わかった。そうなった時はお前の言葉に従うよ。俺は一切手出ししないし、何もしない。それでいいんだな?」
「うん。本当にそれだけでいいわ。
「……わかった。全部、引き受けてやるよ」
ありがとう、と言いながら黄泉は椅子から立ち上がる。
少し酔っているのだろう。足取りがいつもより若干おぼつかなかった。
広縁の窓ガラスから差し込む美しい月明かりが、黄泉の全身を照らす。
「これ、持ってきて正解だったわ。ちゃんと全部凛に話せたんだから。―――それじゃさっき言ったとおりにお願いね」
机の上に置かれた缶をもてあそびながら、そう言って少し赤くなった黄泉がこちらを振り向く。
月下美人という花がある。
非常に美しい花で、朝になると萎んでしまう、美人薄命を体現したかのような花だ。
『はかない美』『艶やかな美人』『秘めた情熱』『強い意志』などの花言葉があるそうで、一回だけ母親とその花を見たことがある。
何故この花を思い浮かべたのか全く分からない。偶然かもしれないし、必然だったのかもしれない。
ただ―――
「―――諌山の運命、貴方に託します」
月光の下にある黄泉の顔は、ぞっとするほどに美しかった。