喰霊-廻-   作:しなー

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ほのぼの?してますが、時系列的には11話の直ぐ後で、物語に関わるやつです。
少し長いので分割にしてます。
恐らくは最後クラスの貴重なほのぼの話です(もう少し後あたりからシリアスしかないもので)。
ここから続く少しの平和な時間をお楽しみください。
……ああ、こういう話ばかり書いていたい。


第12話 -温泉旅行?-

 

「……はぁ、っはぁ」

 

 暑い日差しが降り注ぐ浜辺。

 

 空と海の境目がわからなくなるような、そんな澄んだ水平線を生み出せるほどに綺麗な海。

 

 海の上を独特の鳴き声を上げながら海鳥が舞い、穏やかな波が耳に心地よいヒーリングサウンドを奏でている。

 

 恋人や友人と来るならば間違いなく絶好のロケーション。由比ヶ浜など目ではない環境が俺たちの前には広がっていた。

 

 もっとも、

 

「はい、それじゃあ休憩終わりよ。若いんだからこれくらいでへばってちゃだめよ。それじゃ桐ちゃん、次のセット行きましょうか」

 

「かしこまりました。……次は一度その服装のまま遠泳をしていただきます。向こうに目印を用意しましたので、そこに置いてある自分のネームプレートを取得後、こちらまで帰還、その後先程と同じメニューを再度こなしてください」

 

(((正気かよ……!)))

 

 今の俺達にそれを楽しむ余裕など欠片もないのだが。

 

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 発端は俺と黄泉、神楽と剣輔の終業式が重なったことだった。

 

「あれ?凛さんも金曜終業式なんすか?」

 

「そうだよ。剣輔の学校も金曜日なのか。神楽たちはどうなんだろ。海の日の後に終業式なのかな」

 

「いや、違うみたいです。少なくとも神楽は俺と同じでした」

 

「ほー。奇遇だな、ということは俺ら四人、全員終業式が一緒らしい。……剣輔、終業式の後暇?最近忙しかったし、二人を誘ってどっか遊び行こう。たまには俺ら四人がシフトに穴空けても罰は当たらないさ」

 

 ぺらぺらとシフト表をめくりながら剣輔と言葉を交わす。

 

 今対策室にいるのはなんと俺と剣輔だけだ。

 

 室長は会議とやらで朝から不在、ほかのメンバーは休みだったり、一服休憩だったりで偶然俺ら二人になっているのだ。

 

 なので剣輔と男子トークを繰り広げていたのだが、その際に夏休みの話になり、今の会話に至るという訳だ。

 

「俺はいいっすけど……。……大丈夫なんすか?俺ら四人で抜けて」

 

「いいんだよ。最近出勤かなり多いし、このくらい許されるだろ。……そうだ。俺車の免許取ったし、皆で遠出するのも悪くないな」

 

 ピン、と名案が思い浮かぶ。

 

 最近ようやく車の免許も取ったのだ。以前取った偽造免許(by 国家権力)で運転できるのはバイクの大型のみだったので、とりあえずは普通車のMTを取得してきた。

 

 教習所に通わずとも偽造はできたのだが、やはり車は取り回しが難しいということもあって、対策室の息のかかったところで正当に免許を取らされたため時間がかかってしまった。

 

「剣輔、次の日とかも空けれる?車出すから泊りがけで何処か行こうよ」

 

「俺は空いてます。……室長に許可取れますかね」

 

「大丈夫だと信じてる。後は黄泉と神楽にも予定を確認してみよう」

 

 その後、対策室にやってきた神楽と黄泉と合流し、この計画を話したところ、二人も乗り気で参戦希望を出してきた。

 

 奈落さんにも許可がとれて、剣輔と俺も親から許可が出たので、あとは室長の許可のみ、という段階で丁度良く室長が帰還。

 

 休み希望の件と、このことを包み隠さず話したところ

 

「あら、いいじゃない。遊ぶのも学生の本文よね」

 

 と以外にも快諾の意思を示してくれた。

 

 この時点で何か考えがありそうだなと俺は推測していたのだが、3人は盛り上がり、それじゃあどこ行く?と話していると、室長から待ったの声がかかる。

 

 やはりなと思いつつも室長の方向を振り返ると、そこにあるのはいつもの通りの一見人畜無害な笑顔。

 

 そうして今回俺たちが乗ることとなったプランを提示してくるのだった。

 

「皆、4泊5日で宿代、ご飯代付き。更には全日お給料まででちゃう、海の見える素敵な温泉旅館のプランがあるんだけど、興味ないかしら?」

 

 

 

 

 そして、話は冒頭に戻る。

 

 まあ当然そんなうまい話なんてそうそうあるものではなく。

 

 聞いてみるとそこまで悪くないプランだったし、最高に美味しい話なんてないと分かったうえで受けたのは受けたのだが、それにしてもエグ過ぎる。

 

 俺らが室長から聞いたその()()()()()の内容はこうだ。

 

 とある所に一軒の温泉旅館があった。その旅館は夏の時期が稼ぎ時で、丁度夏休みが始まって一週間かそこらからが稼ぎのピークになるらしい。

 

 しかし近年はそううまくいっていない。問題が発生したのだ。

 

 その問題というのは海にいる悪霊とそこからわたってきて館に住み着いてしまった悪霊の存在だ。

 

 夏になると何故か活発になるそれに数年前から悩まされており、今年も例にもれずポルターガイストや、確かめるために海に潜りに行った人が溺れさせられかけるということが発生しているらしい。

 

 その問題となる怨霊を駆除してくれれば無料で宿泊させてくれてプラス報酬も支払うとのこと。

 

 正直、そこそこ破格の条件だ。この時期なのに客が数組しかいないため、そんな条件を出してきたみたいだ。

 

 俺たちが活動するには貸し切りが一番都合がいいため、無料でいいとは言われたが、流石に料金を支払って貸し切りにし、今に至るというわけだ。

 

 一応正式な対策室への依頼となるわけであるから、室長が経費で落としてくれたのだ。これ以上この異常現象が続くと経営に危機的なダメージを与えると考えて俺たちに依頼してくれたらしいが、ほんとジャストなタイミングだったな。

 

 出現頻度もそこまで多くないとのことなので、余裕をもって4泊を設定した。俺達の霊力に惹かれて出てくるだろうからそんなに要らないとは思うが、念の為だ。

 

 まあ、つまるところ俺達は仕事という名目でこの海へと来ているのだ。正直剣輔一人で何とかなりそうな案件なので、実質慰安旅行みたいなものだ。

 

 が、流石に経費で落としてきているので遊ぶだけという訳にもいかず、同行してきた(二日で東京に戻るらしいが)室長と二階堂桐、岩端さんの指導の元、地獄のトレーニングに勤しんでいるという訳だ。

 

「……っつ、これ、死ぬ」

 

 暑さのピークである14時をだいぶ過ぎてはいるものの、夏の暑さはその時間帯を過ぎたからと言って容赦してくれるものではない。

 

 内容の異常さと、この暑さで俺もかなり参ってしまっている。

 

「お疲れ様です。一日目の訓練はこれにて終了となります。あとは夕飯まで各自、自由にお過ごしください」

 

「そう、させて、貰います」

 

 酸素が足りなくて視界がぐるぐる回っている。

 

 胃が中のものをぶちまけたいと雄弁に主張してくるが、その主張をなんとか突っぱねて息を整える。

 

 どうやら俺が一着らしい。黄泉と神楽が死にそうな顔をして走っており、剣輔は波打ち際にぶっ倒れている。

 

 ここまでで一度も吐いていないのは俺ぐらいで、他に訓練に参加したメンバーはほぼほぼ軒並みどこかしら美しい砂浜を汚してしまっている。

 

 ……並みのトレーニングでは顔色一つ変えないあの黄泉ですら顔を青くして岩陰に走っていったくらいだ。このトレーニングのきつさがわかるというものだ。

 

 あとで訓練非参加メンバーが綺麗にするとのことだ。頑張ってくれ、俺はしばらく動きたくない。

 

 砂浜でのトレーニングは砂が足の踏ん張る力を吸収してしまうために通常のトレーニングよりも体力を消費する。

 

 だが一方で体を壊すような衝撃も通常より軽減されるため、通常よりハードな訓練を行うことが可能であったりするのだ。

 

 そのせいでこの死屍累々な状態なわけであるが。

 

「おうお疲れ。相変わらず化け物じみた体力だな。SEALsでもやっていけそうなレベルだ」

 

「……いわはたさん」

 

 設置したビーチパラソルのお陰で日陰になっている砂浜に座り込みながら意識を回復させていた俺のもとに、筋骨隆々のそれこそ米軍に居そうな男がやってくる。

 

「どうだ?俺が考えた特殊メニューは。米軍でやっていると言われるメニューに俺なりのアレンジを加えてみたんだ。お前は黄泉達よりも多めに設定しておいたし、効いたろ?」

 

「……アンタがこれ、の発案者か。悪いことは、言わないから、死んでくれ」

 

「ハッハッハ!!そんな軽口を叩けるくらいならまだお前はいけそうだな。明日はもっときつくしておくぞ」

 

「割と本気で死んでくれないですか」

 

 結構ガチめに敵意を飛ばしてしまう。

 

 何故かわからないが、俺だけ訓練中にやたら注意されたり、走らされる距離が長いのに目標タイムは同じだったり、遠泳で取ってくるネームプレートの位置が遠かったりしていたのだが、こいつが原因か。

 

「真面目な話、それだけ喋れるならもっと追い込めるさ。見ろ。剣輔は遠泳中に溺れて俺らが救出したし、黄泉も神楽も前が見えてるか怪しいような状態で走ってる」

 

「まあ、確かに」

 

「それに比べてお前はまだ元気がある。冗談抜きでまだ無茶が出来るってことだ」

 

「流石にぶっ倒れますよ、俺」

 

「いや、それでいい。むしろ今日お前がぶっ倒れなかったのが不思議なレベルだ。剣輔で言えばこの2つ前のプランをクリアできれば、神楽は一個前、お前ら2人は完走できれば十分ってのを想定して組んだんだ。超えてきてるのが想定外だ」

 

「……へー。確かに剣輔が遠泳前までついてきたのは俺も意外でしたけど。それで剣輔は大丈夫なんですか?」

 

「問題ない。溺れてすぐに救出したからな。気絶するまで自分を追い込めるとは大した奴だよ」

 

「神楽の前で恰好つけたいみたいですよ。ま、それを加味しても大した奴だけど」

 

 剣輔は無事らしい。波打ち際に倒されてたからそういうことなんだろうとは思ったが、やはり溺れたか、剣輔。

 

「後は自由行動だからゆっくり休むといい。夜にはお勤めがあるからあまり疲れることはするなよ」

 

「げ、俺らお勤めもすんのかよ」

 

「当たり前だ。今日と明日は精神と肉体を使い切るものと思うといい」

 

「……俺ら独自でプラン組めばよかったかな」

 

 俺の予定としてはこのあと水着に着替えて海を満喫しようなんて思っていたのだが、この体力じゃ無理だ。

 

 こんな状態で泳いだら剣輔の二の舞だ。間違いなく足辺りがつって全員溺れる。

 

 何度目になるかわからないが、改めて息を整える。

 

 ようやく吐き気が落ち着いてきた。呼吸も正常なものに戻りつつあるし、山場は乗り越えたと言っていいだろう。

 

「まあそう言うな。……お、黄泉が戻ってきたな。凛に5分ビハインドか」

 

「……っ」

 

「お疲れ黄泉……ってうおい!」

 

 俺が完走し終えてから五分後。

 

 黄泉が走り切ったらしく、こちらに向かってきたのだが、俺たちの所にたどり着くや否や電池が切れたようにぶっ倒れたのだ。

 

 間一髪で抱えることに成功し、地面への激突は免れた。こういった役割は俺じゃなく紀さんなんじゃないのかと砂浜を見るが、当然今回のこれに参加していないあの男が居るはずもなく。

 

 ……何が家の都合だよ。参加すればよかったのに。そしてこの訓練でぶっ倒れればよかったのに。

 

「おい黄泉、大丈夫か?」

 

「だい、じょうぶ、に、みえる?」

 

「いえ。お辛いのは察しておりますよ、閣下。……地面に寝かすぞー」

 

「あり、がと」

 

 俺のバックを枕代わりにして黄泉をビーチパラソルの影の中にゆっくり横たえる。

 

 Tシャツにハーフパンツで、息を荒げながら仰向けに横たわっている黄泉は控えめに言ってかなり扇情的だ。しかし俺はこいつの弟的ポジション。まさかそんな目線を向けるわけにはいかず、その煩悩をぐっと抑えて黄泉を凝視する。

 

 ……ごめん、抑えきれてなかったわ。いや、これは仕方ないよね。誰でも見るよ。

 

「りん、かぐらまだ、はしってるの?」

 

「ああ。今にも倒れそうだけどまだ走ってるみたいだな。剣輔は遠泳中にドロップアウトだってさ」 

 

「そう。……あんたは、あいかわらずばけものね」

 

「そんなことは無いさ。一応俺は男だからね」

 

 息も絶え絶えだろうに黄泉が話しかけてくる。

 

 無理をするなと言いたいところだが、話している方が楽なのかもしれない。

 

「黄泉、何か飲み物持ってこようか?」

 

「いわはたさん、おねがい。冷たいのがいい」

 

「わかった。凛、お前にも持って来るが、何がいい?」

 

「炭酸飲みたいな俺」

 

「流石に炭酸はやめておけ。スポーツドリンク持ってくるから待ってろ」

 

 そう言って歩いていく岩端さん。

 

 運動した後の炭酸は至高の一品なのだが、残念ながら認めてはもらえなかったようだ。

 

 コーラとか一気に飲むの最高なのになあ。

 

「……ほんとなんでりんはそんな元気なのよ。貴方私よりもきょりはしってるわよね?」

 

「みたいだな。っても俺も死にそうだぞ。晩飯を食える気がしない」

 

「ごはんの話とかやめてよ……はきそう」

 

 俺は身長と体重の割には多食いなのだが、この調子では夕飯をあまり食える気がしない。ここの料理はネットを見る限りかなり評価が高かったので期待していたのだが……。食わずに部屋に戻って爆睡してやろうかと思ってるくらいである。

 

「ねえ凛」

 

「なんだ黄泉」

 

「……凛は、なんでつよくなりたいの?」

 

「俺の目の届く範囲の人間を守りたいからかな」

 

「めの届くはんいね。それ以外は?」

 

「退魔師としては失格だろうけど、俺は自分の周りが守れれば他はどうでもいい。俺はそれ以上を求めれるような人間じゃないからさ。……いきなりどうしたの?」

 

「なんとなく、かな。こんな厳しい訓練を受けて、なんとなく聞きたくなっちゃった。……凛ははっきりとした目的があるのね」

 

「黄泉は無いのか?」

 

「あるわ。……でも、凛みたいに建前も何も抜きで言える自信はないかな」

 

 そう言ってこちらに笑いかける黄泉。

 

 ……黄泉が真面目な話題を振ってくることは結構ある。

 

 というより黄泉とは相当に色々真面目な話をしているつもりだ。

 

 だが、こいつがここまで踏み込んでくることはあまりなかった。なんというか、この生死観?だとか仕事観?という部分に関しては議論をしてきたことが無かったのだ。

 

「今日の夜、時間ある?ちょっと話したいことがあるのよね」

 

「空けとくよ。万が一寝てたらたたき起こしてくれていいぞ」

 

「わかった。……ちょっと私寝るからよろしくね」

 

「おー。安心して気を失うと良い」

 

「ありがと。ごめん、もう無理。お休み」

 

 俺の荷物を枕に、今まで話していたのが嘘のように一瞬で本当に寝始める(気絶する?)黄泉。

 

 ……限界だったのだろう。これを見ると確かに俺はまだ余裕があるのかもしれない。

 

「……えっと、すんません。いまどういう状況なんですか?」

 

 黄泉が眠りに落ちたのを見守っていると、いつの間に起きたのやら、剣輔がよろよろ歩きながらこちらに接近してきていた。

 

「おお、剣輔。ようやくお目覚めか」

 

「はい。……まじで今どうなってるんすか?気が付いたら砂浜に寝てて、一応聞いたら室長達にはもう休んでいいとは言われたんですけど……。海に入ったことすら覚えてなくて」

 

「……そこから覚えてないのか。剣輔は遠泳の辺りで溺れたらしいぞ。俺も周りを見てる余裕なかったからそれに関しては岩端さんに聞くといい」

 

「……そうなんすね。後で聞いときます」

 

「何はともあれ、とりあえず休めよ。夜も夜でお勤めあるみたいだし」

 

「……夜も。キツすぎでしょ……。……凛さんは相変わらず平気そうですね」

 

「黄泉にも言われたけど、全然平気ではないよ。今だって吐き気と戦ってるし、何時間かしないと飯は喉を通る気がしないしな。気を失って休めてた分、剣輔の方が体調的には楽なんじゃないか?」

 

「それを加味してもですよ。俺の二倍近くは走ってる筈なのに……あ、神楽」

 

 剣輔を俺の左側(黄泉の反対側)に座らせて話していると、ついに神楽がゴールしたらしい。

 

 室長達から拍手を受けた後、ふらふらの状態でこちらへと向かってくる。

 

「今にもぶっ倒れそうだなあいつ」

 

「……あれを見ると早々に気絶したのが情けなく思えてきます」

 

 黄泉もそうだったが、とてもじゃないが乙女がしていい顔とは言えない顔だ。

 

 筆舌を尽くすことは容易であるのだが、尽くすべきではないというか、尽くしたくないというか。

 

 普段の生活で剣輔のことを多少意識している感はあるように思えたのだが、どうやら現在はそんなことに気を使っている余裕はないらしい。

 

「……お、神楽も戻ってきたのか。お前ら、飲み物持ってきたぞ」

 

 ゾンビのような足取りの神楽が、俺らがいるビーチパラソルの元に辿り着くのと同時辺りに岩端さんが飲み物を携えて戻ってきた。

 

 計四本。炭酸は持ってきてくれなかったようで全部スポドリだが、人数分用意してくるあたり流石気が利く。

 

「……みず!」

 

 すると、それまで死にそうだった神楽が突然目を輝かせて起動しなおし、岩端さんからペットボトルの一本を奪い去る。

 

「あ」

 

「ちょ」

 

「神楽待―――」

 

 俺、剣輔、岩端さんが同時にほぼ同じような反応をするも、神楽の方が一瞬早かった。

 

 スポーツ後の水分補給は最高に美味い。

 

 ここが天国かと思えるほどそれは美味しくて心地よい。辛い訓練も、あの瞬間に報われたようになるのだから不思議だ。

 

 だから今回も相当美味いはずだ。30℃を超える炎天下の中で走り回っていたのだし、猶更である。

 

 神楽はそれを腰に手を当てて一気に煽る。

 

 それはもうビールのCMかよってくらい喉を鳴らしてそれを飲んでいく。

 

 確かに美味い。それに体が欲しているのもわかる。

 

 だが、これだけきっつい鍛錬の後に、大したインターバルもおかずにそんな一気に飲み物を飲んだら―――

 

「うっ……!」

 

「剣輔!袋だ!」

 

「はい!袋、袋……!あった!ほら、神楽!」

 

「うええええ……」

 

 リバースするに決まってる。こんだけのタフワークの後は心肺を落ち着けてからゆっくり飲まなきゃダメなことぐらい知っている筈なのに、本能的な欲求には逆らえなかったらしい。

 

 ……まあここら辺はほぼ貸し切りになっている砂浜だし、地面にリバらせてもよかったか。

 

 いや、やっぱ汚さない様に袋被せて正解かな。マナーの問題として、俺たちが汚すわけには……ってんん!?

 

「おい剣輔ぇぇぇ!それ俺の!俺の着替え入ってる袋!」

 

「え?あ、ホントだ、すんません!」

 

「うええええ……」

 

「神楽、やめろ!ストップ!そこじゃなくて砂浜に出せ!」

 

「凛、もう諦めろ。一度やられた以上もう手遅れだ」

 

「……凛、うるさい。寝れないじゃない」

 

 ギャーギャーわめく俺と剣輔。そして落ち着いた様子で笑っている岩端さんに、俺にケチをつけてくる黄泉。

 

 いや、これは許してくれよ。

 

 そして笑ってんなよおっさん。

 

 

 

 真夏の絶好のロケーションを誇る温泉旅館。

 

 理想を体現したかのようなスポットで、俺たちの昼は神楽のリバースで幕を閉じたのであった。

 

 

 

 ……ちなみにこの後、剣輔に旅館に売っている新しい水着を買わせに行ったのは言うまでもない。





この旅館の話があと2話くらい続きます。
ちなみに終業式が終わって、それから直ぐ向かってきて、3時間くらい訓練をして、今が夕方ぐらいの設定です。

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