喰霊-廻-   作:しなー

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一か月以上開いてしまい申し訳ございません。
ちょっと今回は話の都合上必要な回ですが、動きとしては大きなものはないです。そして前回とかの内容を復習せずとも読める内容になってます。一応下にあらすじは入れておきますが。
内容としてはあまり深く読む必要性はないかもですが、ちょっとばかし大事な回になってます。読むのが面倒な方は最後のあたりだけでもチラ見してくださいな。

前回までのあらすじ
凛、植物状態から回復した神楽の母に戦線復帰を約束させる。その後、対策室に剣輔が加入し、新体制での発足となった。そして今回に続く。



第9話 -諫山の暗躍-

 諌山本家。

 

 首都圏に根ざすにしては非常に広大な邸宅。30人以上を収容できる巨大な修練場や家族三人で暮らすには多すぎる部屋の数、莫大な敷地面積など、一見して裕福であることが窺えるその住屋。

 

 諌山奈落、黄泉、土宮神楽が暮らすその住居。

 

 その屋上に、諌山当主である諌山奈落は佇んでいた。 

 

「結局は家柄と力か……。素直に祝ってやりたいものだ」

 

 そう、つぶやかずにはいられない。

 

 思い出すのは先程の飯綱家との縁談についての話し合いの一件。

 

 なんの滞りもなく、なんの問題もなく進んだわけではあるが、奈落はどうしてもこの一件を手放しで喜んでやることはできなかった。

 

 飯綱家が(黄泉)と紀之との結婚を認めたのは、黄泉が諌山を継ぐというその一点に起因する。

 

 そう、黄泉が諌山の歴史と、力と、財力を継ぐ存在となるのだ。当人たちが互いにいい年齢で、互いに互いを好きあっているという事実こそあれど、それはこの婚約において全く問題にならない。

 

 諌山というネームブランドとその付随する権力。それが今回の婚約を決めたのだ。

 

 ……本当に、素直に祝ってやりたいものだと奈落は思う。流石に黄泉の様子を見ていればそこまで満更ではないことくらい奈落にも把握できている。だが、それはあくまで決められた路線にしてはのこと。

 

 本来ならばもっと黄泉に適した、黄泉が心から望む幸せの形というものがあったのではないかと、そう思わずにはいられないのは人間としての性だろう。

 

「兄上」

 

 そう、言葉には出せない後悔をしている奈落に、後ろから声がかけられた。

 

「おお!久しぶりだな、幽」

 

「はい、兄上もお変わりなく」

 

 くすんだ茶色の着物に身を包む老齢の男。諌山幽、諌山奈落の実の弟にして、名目上は相続権で一位に位置する男。そんな男が、諌山家の屋上に姿を現していた。

 

 会うのは久しぶりだ。数年、という単位が開いてしまっているかもしれない。

 

 諌山当主で、尚且つ土宮家の代わりとして分家の取りまとめを行っている立場であるため、家を出た幽とはここ数年はまともに会話をしていなかったのだ。

 

 久々の再会を喜ぶ心境と同時に、どうして幽が現れたのかとの疑問も出てくる。

 

 黄泉の縁談を確実なものとしたのは極めて最近のこと。それが周囲に知られ始めたのも最近のことだ。このタイミングで現れたということはつまり、

 

「飯綱家との縁談、伺いました」

 

「……そうか」

 

 やはりその話か、と奈落は思う。

 

 まさに今頭を悩ませていた、素直に祝ってやれない話であるが故に多少声が沈んでしまう。

 

 ……婚約とは本来、心よりの祝福と溢れんばかりの笑顔で語るべきものであるというのに、とそう思わざるを得ない。

 

「婿を取るにあたって、黄泉に諌山の家督を譲ると耳にしましたが」

 

「その通りだ」

 

「はあ!?」

 

 平静を装っていた幽が声を上げる。予想はしていたが、実現をするとは思っていなかったのだろう。そんな思惑が透けて見えるような声であった。

 

「黄泉は確かにまだ若い。だが、諌山の名に恥じぬほど立派に腕を上げた。心配はいらんだろう」

 

「しかし、黄泉は養女ですよ!?」

 

「……今更何を言っておる。後を任せるつもりがなければ、そもそも獅子王など預けたりはせん」

 

「それでは兄上は、諌山の血を継がぬものに、家督を譲るというのですか!?」

 

 その言葉に、奈落の堪忍袋の緒が切れる。

 

 自身の体重を支えていた杖を幽に向かって華麗に一閃、ニ閃する。

 

 奈落は今でこそ黄泉にお勤めを預け裏方に回っているが、かつては諌山の当主として獅子王を振るい、第一線を駆け巡っていた男である。

 

 そんな男が放つ二撃を幽が避けられよう筈もなく。防御すらできずに強かに打ち付けられた幽は無様にも尻もちをつく。

 

「幽。まさか諌山の使命を捨て、戦うことを拒んだお前が、今更家督を継ぎたいとでも言うのか」

 

 尻もちをついた幽の眼前に杖を仕向けながら、静かな怒りを込めて奈落は言葉を紡ぐ。

 

 退魔士にとってお勤めとは必ず果たさなければならない義務。特別な、凡人よりも優れた能力(霊力)を持つものとして果たさなければならない責任なのだ。

 

 そして、権利とは義務を果たすことから生まれてくる。義務を果たさずして、権利を主張することはあってはならない。

 

 だというのにこの男は諌山の人選に異を唱えたのだ。

 

「そうではありません兄上!わざわざ血筋を継がぬものに跡目を譲らずとも」

 

「くどい!」

 

 諫山幽の言葉を、諫山奈落は一蹴する。

 

 人間として国家に生まれた以上、納税の義務を必ず背負うことになる。そしてその義務を果たすことで人間は国家に守られ、国家の中で人間として生きていくことが可能になる。当然義務を果たさなければ人間ではないとの意ではないが、義務を果たさぬものに国家の庇護を受ける権利はない。

 

 それは、退魔士においても同じこと。

 

 確かに退魔士に生まれたとはいえ、普通の人間としての義務を果たしていれば普通の人間としてお勤めを果たさずに生きる権利はあるだろう。普通の、一般的な人間として生活する権利は当然ながら当人にあり、(責められることは必至ではあるが)その選択をすることを周囲が責めてはならないのだ。

 

 だから諫山幽の生き方を否定することはあってはならない。彼は自身の権利を正当に行使し、退魔士のお勤めから離れたのだから。

 

 だが、同時にそれは違う権利の放棄でもある。

 

 命を掛けてでも「人の世に死の穢れをもたらすモノ」を滅する退魔士としての義務を諫山幽は放棄した。当然だが、果たさなければならない義務(お勤め)から逃げた彼に、付与される権利などあるはずが無い。

 

 それを奈落は指摘しているのだ。一般に身を落としたのはいい。退魔士として許しがたいことではあるが、認められた権利であるからだ。

 

 それなのに、どの口が、一体何の権利があって自分の決定に今更口を出すのか。これは退魔士の問題だ。《《部外者》》が口を出すな、とそう言っているのだ。

 

「確かにお勤めを逃げたあたしは諌山の面汚しです。しかし私にも娘がおります」

 

「……!」

 

「娘の冥も諌山の名に恥じぬ腕を持っています。今一度考えなおしてください!」

 

 その言葉に、端正な顔をした姪の顔が奈落の顔を過ぎる。

 

 諫山冥。諫山幽の娘にして、諫山黄泉の義理の従姉妹。退魔師の中では名実ともに認められた数少ない実力者。

 

 実は、黄泉を引き取るまで稽古をつけてやっていたこともある。筋が良く、才があったため、黄泉を引き取って娘にするまでの間、弟の子ではあるが特別に目をかけていたのだ。

 

「それは間違っております、お父上」

 

「冥……」

 

 その少女、いや、彼女のことはもはや女性と呼ぶのが相応しいだろう。少女と呼ぶにはあまりに落ち着いていて、艶やかすぎる。その女性が静かに、美しさとしなやかさを併せ持った動きで幽の後ろから現れる。

 

 泰然とした振る舞い。冥は奈落が殴打し、転倒させた幽に寄り添い、彼を支える。

 

 それは傍から見れば怪我を負った父親を支える甲斐甲斐しい娘の姿だ。実際に、奈落の目にもそう映っている。だが、奈落はどうもそこに違和感を感じざるを得なかった。

 

「黄泉さんは退魔士の中でも一二を争う剣の腕の持ち主。母を亡くした土宮のお嬢さんのお世話まで買って出た。親族の中ではとても信頼のあるかたです」

 

 落ち着いた声で滔々と。こんな表現が似合うような調子で言葉を紡ぐ。

 

(わたくし)などを引き合いに出すのは筋違いかと。そうですよね?奈落伯父様」

 

 不敵にそう微笑む冥。一見すればただの美女が妖艶に微笑んでいるだけに過ぎない。

 

 だが、その言葉には正論であるがゆえに否定も肯定もできない嫌味な正しさがあり、その笑みには見るものを不安にさせるような、そんな色がある。隠す気のない、ナニカに満ちた裏の色が。

 

 その嫌味な正しさを持つ正論に、奈落は押し黙る。

 

 確かに黄泉は立派な娘だ。あの年齢で、あれだけできた人間などそうそうはいまい。

 

 だが、だからこそ奈落は何も言えなかった。否定も出来はしないし、肯定してもそれは冥を乏しめる結果となるからだ。

 

 奈落は目を細めて自分の姪を見る。もとより老成した子供であったが、もう完全に子供と呼ぶことは適わない。

 

 黄泉などは年相応の子供らしさを持っているものだが、冥からはそれが見当たらない。

 

 本当に、大きくなったものだ。いい意味でも、悪い意味でも。

 

 幽を助け起こす冥を見ながらそう思う。立派に育ったとも思う。……だが、早すぎる。この業界の子供たちには共通してみられる傾向だが、あまりにも老成しすぎなのだ。

 

「本当でしたらもう少しお話をしたいところですが、今日のところはここで失礼させていただきます。それでは、失礼いたします、伯父様」

 

 そうとだけ告げて、幽を連れて冥は立ち去っていく。どうやらこちらと対話するつもりはないらしい。幽のことを考えれば当然の判断だろう。あの状態で会話を続けても幽には苦痛なだけだ。

 

 正直、それは奈落としてもありがたい判断であった

 

「それにしても、やはりこういった反応は出てくるか」

 

 はあ、と去りゆく二人を眺めながらため息を一つ。

 

 想像していたことでは当然あった。

 

 過去に黄泉に獅子王を渡した時点で身内からは不平不満が出ていたのだ。

 

 黄泉(義理の娘)に家督を譲るともなればそれも一入だろう。

 

 実はそれを、抑えるための飯綱家との縁談でもあるのだ。

 

 結婚が手段で、付随するものが目的。あくまで黄泉のためであるというのに、黄泉の意思はほぼ無いものとして扱われる、そんなジレンマ。

 

「……全く。本当に、心より祝ってやりたいものだな」

 

 退魔師の諌山奈落ではなく、父親の奈落として。

 

 そんな父親の呟きは、誰の耳にも届くことなく、快晴の空へと混じり消えていった。

 

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「兄上は何を考えているのだ!諌山の血を継がぬ者に家督を譲るなど!」

 

 静かな音を立てて走行する車の後部座席で、諌山幽が吠える。

 

 退魔師の業界は古い考えに縛られた業界である。最近は人手不足が理由で新たな退魔師人口が増加しつつはあるが、家系や血筋、もしくはしきたりなどの考え方は根強く残っており、とても開かれた業界とは言えないのが退魔師業界なのだ。

 

 そして諌山幽もそんな考え方に囚われた人間の一人であった。

 

「そんなにお怒りにならなくても」

 

「冥……」

 

 一人でヒートアップしていた幽を、平生と変わらない声色で冥が嗜める。

 

 その声色は静かで、まるでこの家督の一件に関心がないかのような平坦な声であった。

 

「我々退魔師は元より長生きの難しい家系。例え私が家督を継いでも、お勤めで命を落とすようなことがあれば、結局家督は黄泉さんのもの」

 

「な、なにを言う冥!」

 

 娘の口から突如として出た“死”に関する話に幽はぎょっとした顔を浮かべる。

 

 冥がしたのはあくまで仮定の話。だが、仮定の話といえども娘が自身の死について語り始めたことに動揺してしまったのだろう。

 

「反対に、黄泉さんが死んだら、私が継ぐかもしれないのですよ」

 

「え、ええ!?」

 

「そう、早いか遅いかでしかないのです。早いか、遅いかでしか」

 

 だが、その動揺させた本人は変わらぬ顔で持論を展開する。

 

 自分が継いだとしても、それをいつまでも保持していられる保証はない。()()土宮ですら一つの事件で生死をさまようことがあるのがこの業界だ。

 

 だから自分が継いでも、黄泉が継いでも、高い確率でそれ(家督)は持ち主を失う。配偶者に継がれる可能性もあるが、子を生していないのならば配偶者ではなく、生きている諌山に移転する可能性の方が高い。

 

「それに、もしかすると生きていても保持が難しくなるかもしれません。……ご存知ですかお父上。黄泉さんには意外と敵が多いということを」

 

 次々に飛び出す娘の衝撃的な発言に、幽が目をむく暇もなく、冥は言葉を続ける。

 

「環境省での活躍は目を見張る程のもの。その名を知らない退魔師など三流では済まないでしょう。それだけあの機関における黄泉の活躍は目覚ましい」

 

 自らの手を見つめながら、静かに語る冥。

 

 脳裏に浮かぶのは三年前の一件。カテゴリーAと小野寺凛が一閃を交えたあの戦いで、乱紅蓮を携えてカテゴリーAに相対する黄泉の姿。

 

「―――ですが、それ故に疎むもの、邪魔をするものは多い。そして、不満を持つ者にとって黄泉の出自は絶好の標的になる」

 

「……」

 

「表だっては発言するものはいませんが、彼女の出自に良くない印象を抱いている人間は少なくないと聞きます。正当な血筋であるというのはそれだけで大きな力。生まれにこだわるこの世界で、血の威厳を持つことには大きな意義がある」

 

 しきたりや風習などにもうるさいこの業界だ。その中で血という後見を得ることは何よりのバックアップとなる。

 

 そして、それは自分にあり、黄泉にはないものだった。

 

「今のところ表だって黄泉さんに対する不満を言うものはいない。何故ならば彼女はまだ高校生で、家督を継いでいない。しかも継ぐことが確定していたわけでもないのです。―――ですが、どうでしょうかお父上。現当主が飯綱家との縁談という形を持って家督を黄泉に譲ることが決定した。これは大きな波紋が広がると思いませんか?」

 

 不敵に冥は微笑む。未だ理解の整っていない父に向って、諭すように、唆すように。

 

「それでも彼女に正面から対抗するものは出てこないでしょう。諌山は力のある家柄。しかも当主も類稀なる実力者なのですから。……でも、裏では違う」

 

「……なるほど。血の繋がらない人間が権力と力を持ち、自分たちの上に立っていることが気に食わないもの達の不満が出てくるのだな?」

 

「その通りですお父上。―――そして肝心のお勤めも振るわない……そんなことになったらその立場は一体どうなるのでしょうね」

 

「それは、黄泉に対する信用が揺らぐだろうな。不満も表だって出てくるようにはなるだろう。……だが、そんなことがあるのか?黄泉の腕はお前もよく知るところだろう?そんな簡単に揺らぐような実力では―――」

 

「ええ。それは事実です。多少のことでは揺らがない実力があの子にはある。でも、この世界は少なからず彼女に不利なのです」

 

 あの厄介な男が傍らにいることは彼女にとって幸運だが、それ以外の環境は奇跡的なほどに彼女に敵対的なのだ。それこそ、奇跡的なほどに不遇な環境であることには一つの証明(喰霊-零-)がある。

 

 ボタンの掛け違いがあの悪夢を引き起こしたとはいえ、その掛け違いにどうしようもない爆薬を仕込んだのは彼女の立場だと言っていい。

 

「彼女が今退魔師で最もと言って良いほどに注目されているのはその強さから。しかし、人間とは現金なものです。それ以上に強く、話題性のある存在が出てくれば、その注目は薄れ、期待は薄いものとなっていく……」

 

「強さと話題性?最近だと土宮の娘か?だがあの娘に関しても黄泉と同様のことが言えるだろう。将来など不確実なものだ。土宮神楽が諌山黄泉を上回ることがあるとは言いきれん」

 

「小野寺凛から、勝ちをもぎ取っていてもですか?」

 

「……なんだと?」

 

「彼も本気で相手をしていたわけでは無いそうですが、言い逃れようもなく綺麗な一本を取られたそうです。しかも完全な寸止めで、配慮をされた上で」

 

 となりで幽が言葉を失ったのが分かった。天才と言われてきた神楽ではあるが、黄泉と凛の影響のせいか、話題的には隠れている節があった。

 

 やはり二人が注目されているのは三年前の殺生石事件が大きかったのであろう。今の神楽と同年齢の黄泉と、今の神楽より一つ下の少年が土宮舞を守りながら敵を撤退させるというその功績が大きかった。

 

 13歳の少年が、援軍の到着までカテゴリーA、しかも最強クラスの退魔師二人を退けた存在を相手に防衛戦をやってのけたのだ。実際そこまでの長期戦ではなかったため、時間を稼げたと断言するには少々曖昧ではあるのだが、それでも十二分過ぎる功績だったのである。

 

 それに比べてしまうと神楽の功績は霞んでしまう。確かに同年代、いや、その遥か上の年代と比べたとしても優ってしまうような功績を残している。

 

 ただ、どうしても功績になるような敵を相手取るときは黄泉か凛のフォローという形で入ってしまうため、神楽個人の周囲から評価には繋がりにくい状況なのだ(直に見ている対策室のメンバーは例外であるが)。

 

 ……ちなみに冥もその功績者の一人ではあるが、この一件に関してはどうしても駆け付けた順番と戦闘の貢献度的に凛、黄泉、冥の順に話題が出てきてしまい、年齢も多少上であることもあってか、冥のことは殆ど話題にされていないのが正直なところである。

 

 そして、だからこそと冥は思う。14の時の自分では、そして今の自分でさえ敵わないであろうと思わされる男を相手に一本を取るような人間が、

 

「―――今の器のままで収まるわけがないでしょう。あれは大成する器です。誰よりも強く、他を寄せ付けることすらさせないような、そんな器に。そしてそんな大器の影に黄泉さんが隠れてしまうようなことがあるかもしれません」

 

 たった14歳であの化け物から完璧な一本を奪う。冥がそれを凛から聞いた時はどうせ遊びの一本だったのだろうと思ったのだが、どうやらそうではなかったらしい。

 

 その話をしている時に凛が目に浮かべていた色はひたすらに哀の色。冗談めかして笑いながらポーカーフェイスを使用して話してはいたが、浮かぶやるせない気持ちを目で語ってしまうことを防ぐことはできてはいなかったことを思い出す。

 

 つまりは本当に予想外だったのだ。近くで見ている彼からしても、彼女の成長は。

 

「な、なるほど。確かに驚異的で素晴らしい才能だとは思うが……。どちらにせよ、希望的観測に過ぎないだろう?それでは家督は―――」

 

「仕方ないのですよお父上。我々はもう既に希望的観測に縋るほかない。黄泉に家督が譲られると決まった時点で、私たちは諌山という主流から分かれた分流の一つでしか無くなったのですから。我々は最早敗者。そんなものが何かをわめき叫んだところで所詮それは負け犬の遠吠えにすぎません」

 

 こんなことを長々と話しながら、冥はこれで家督を得られるなどとは欠片も思ってはいない。

 

 黄泉の名声が失墜して自分が家督を継ぐ。そんな夢物語、あるわけがないのだから。

 

「そう。我々にそれを継ぐ権利は正当な手段によって奪われました。……いえ、奪われたという表現はおかしいですね。正当な手続きで正当な人間が正当に家督を継いだのですから」

 

 当主が、自分の戸籍上の娘に自分の全権を託すと宣言し、それを法律上受け取ることが認められた人間()が受諾する。

 

 そこに誰も口をはさむことも、ましてや邪魔することなど出来はしない。

 

 黄泉の代で家督を自分が受け取ることは間違いなく不可能だ。

 

「ならば、次の世代に託すというのも一考には値するかと」

 

「次の、世代?だと」

 

「私の代で家督を譲り受けることに成功するのならば問題ありませんが、現実問題それは不可能です。……ただ、子供の代ならば可能性はあるかもしれません。もし諌山の血を引く私の子が、諌山の血をひかない黄泉の子よりも優秀だったとしたら……。少し、面白いと思いませんか?」

 

 目を閉じ、あるかもしれない可能性を夢想する。

 

「先程お父上がおっしゃった通りこれも希望的観測にすぎません。あくまでこれはもしかしたらの話。……でも、悪くは無い。―――所詮この業界は()()()()()()でしかないのです。たとえ私が継がなくても子が継いだのならば……。それは、お父上がよくご存じでしょう?」

 

 子が継いだのならば、発言力のある親であればそれは親が継いだに等しい。

 

 いわゆる摂関政治のようなものだ。親が関白の位置について権利を我が物とすればいい。

 

「そして、その可能性を高めてくれそうな遺伝子は見つけました。―――実行に移してみるのも、悪くはないかもしれません」

 

 そう不敵に笑って冥は口を閉じる。幽はそんな娘に何か声を掛けた気な様子であったが、話は終わったとばかりに目を閉じて泰然と佇む冥の姿を見て追及することをやめた。

 

 冥の言うことは全て希望的観測に過ぎない。もしも、もしもの話で、具体的な対策案ではないのだ。

 

 それも当たり前だ。家督は順当に正当な後継者のもとへ正規の手続きを経て譲渡される。よって手など出しようがないのだから。

 

 不満はある。源泉のごとく湧き出てくる不満は当然ある。

 

 だが、それでも、幽は娘の希望的観測に胸を躍らせた。諌山を、諌山黄泉(血を継がぬ者)に渡したとしても、再度譲り受ければいいのだと、新しい考えを得ることが出来たからだ。

 

 満足気に幽は車のシートに体を預ける。上質な皮とスプリングが幽の背中を包み込んでゆったりと受け止める。そのクッション性は流石高級車というべきだろう。それが今日は特に心地よく感じられた。

 

 だからだろう。幽は、娘が静かに呟いた、最も本心から出た言葉を聞き流してしまった。 

 

―――でも、それ以上に。()()()()()はいつでも起こるものですから。

 

 そう、静謐に呟かれた言葉を。

 






最後の二行が今作での冥のスタンスになります。
解釈はご自由に(自由にする余地もないかもですが)

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