今回長いです。
ほぼ会話回なので退屈かもですが、お付き合いくださいませ。
冥姉さんだけでいいよ!って人は下から見てった方が早いです。
※今回誤字多い可能性あるんで、誤字報告してくださる方は是非お願いします。
「―――この前ぶりかな。ある程度動けるようになったらこちらから顔を出そうと思ってたけど、また顔出して貰っちゃったね」
夜遅く。夜半には達していない、病院では消灯時間を過ぎた時間帯。
明かりは月の光だけで寂しく、でもどこか幻想的に彩られたそんな時間帯。非常灯と一部の空間だけが点灯していて、病人には寝ることを半ば義務付けたそんな頃合いの病室に、彼は現れた。
「この前ぶりです。夜分遅くに申し訳ございません。ちょっと二人でお話したい話がございまして」
「消灯時間も過ぎたこんな時間に二人で話したいこと?……ちょっと想像つかないけど、うん。座って」
促されるままに彼は腰を下ろす。
もう消灯時間は過ぎており、病室のメインの電気は落とされている。
普通ならこんな時間帯に、しかも仮にも女性の部屋に訪れるのは非常識というものだろう。寝ている可能性だってあるし、そもそも普通の方法では入り込めない時間帯だ。
呆れを通り越してもはや笑うしかない程の非常識な行為だろう。ナースコールを押されたとしても文句は言えないどころか当然の行為だ。
この時間に私の病室を訪れたのが彼じゃなければ、の話であるが。
彼のことをじっと見つめる。
やや中性的で、どちらかというと小動物のような可愛らしさを孕みながらも男として十分に整った顔立ち。
あの一戦で出会った時よりも遥かに高くなった身長に、男としては高いものの昔より遥かに低くなったその声。
小野寺凜。あの一戦で私を助けてくれた、現在の退魔師界で最も名前の通った人物の一人。神楽の話題にもよく出てくる少年。主人からも名前が出てきたのには多少驚いたが、それだけ名実共に周囲から認められた、私の
その彼が、
それを、私が失礼だなどと思うはずがない。むしろその訪問を私は嬉しく思う。彼とは、一度じっくり話をしてみたかったから。
「お茶を出してあげられなくてごめんなさい。体が十分に動くならそうしてあげたいんだけどね」
「お気になさらず。こんな夜遅くに訪ねる俺が非常識ですから。それに、まだ腕を動かすのだって辛いでしょう」
そう言われて自分の腕を見る。
自分で言うのもおこがましい事ではあるが、ある程度張りには自信のあった肌。今やそれは以前の面影も見せず、それどころか筋肉の衰えのせいで骨が浮き出してしまい、女として自信を喪失したくなる酷さだと思う。
あの一戦から目が覚めるまで主観では一瞬のことだったが、三年の月日はこうして自分の外見に客観的事実としてありありと映し出されている。
「……そうね。肌に張りは無くなっているし、やつれちゃってるし、神楽みたいなぴちぴちのお肌を見慣れた凜君に見せるにはお目汚しになっちゃうよね」
「ちょ、そういう意味で言ったんじゃないんです。すみません」
少しからかってみると若干ながらも戸惑いながらそう返してくる彼。雰囲気は落ち着いていて老成してはいるのだけれど、神楽の言う通りからかいがいはある子みたいである。
……神楽、か。
自分の言葉に自分の娘の顔が想起させられる。
三年の月日は娘の成長という形でも私の眼前に突き付けられた。もう中学生だよ、と神楽は言った。成長した身体で私を抱きしめてきた。
成長した体躯で、成長した話し方で、でも私の娘だと一目で一言でわかるその笑顔で私の前に現れてくれた。不思議な感覚だった。目の前の少女が私の愛しい娘だとわかっているのに私の知っている娘じゃないのだから。
「冗談冗談。実はそこまで気にしてないから」
「地雷踏み抜いたかと思いましたよ。……冥さんといい、どこに女の起爆剤あるか分かんないからな」
笑いながらそういって、後半に何か小声でつぶやいた彼。……まだまだ身体が本調子じゃないから聞き取れなかったが、女性関連だろうか。何となく私の勘がそう告げている。
追求しようかと思ったけれども、やめた。それは今度でいいから、とりあえず今は大切なことを色々話をすることにしようと思ったのだ。
「君って高校生にしてはしっかりしてるよね。神楽も二年後には君みたいになってるのかしら?」
「心配なさらずとも俺程度、あの子なら軽々と超えてくれますよ。実際、三年前よりも相当大人になっていたでしょう?」
「ええ。その節目に立ち会えなかったのは残念だけど、立派に育ってくれたわ。本当に、君と黄泉ちゃんには感謝しないとね」
彼女のことも頭に浮かぶ。目覚めてから神楽とは一杯話をしたけど、その中でもダントツに話題に上がるのが彼女のことだった。
格好良くて可愛くて。本当に頼りになるのに子供っぽくて、でもやっぱり神楽にとっての憧れのお姉ちゃんで。
キラキラとした目でずっと尽きることなく語ってくれた。親である私が何故か嫉妬してしまうくらいには黄泉ちゃんに懐いていて信頼しているんだってことが本当にわかった。
なんと幸せな環境で彼女は過ごして来れたのだろう。本当に、彼女には感謝してもしきれない。三年間寝ていたというのはまだ絶対的な実感がわかないけど、彼女への感謝はその実感を通り越して余りある。
そして当然、君にもね。
「俺は大したことしてないですよ。あの子の辛い時を支えてくれてたのは主に黄泉ですから、感謝なら是非黄泉に。あいつも喜びますよ」
謙遜する小野寺凜。多分この子は本気でそう思っているのだろう。
でも神楽も私もそうは思っていないし、多分黄泉ちゃんもこの意見に賛同してくれるとは思う。
神楽の話題に上がっていたのは圧倒的に黄泉ちゃんだけど、彼の話題も良くしていたし、妹みたいに懐いていることも本当に良く分かったのだから。
「自分の価値をもうちょっと知ってもいいかもね、君は。でも君の言う通りそうね。
「いいと思いますよ。あいつも土宮さんと話したがってましたし。奈落さんも土宮さんが落ち着いたら伺いたいって言ってましたし、その時にでもどうです?」
「それいいかも!奈落さんも来てくれたけど遠慮してすぐ帰っちゃたしそれ採用!」
「良ければ俺から伝えておきますよ。良く黄泉の家には行きますから」
「へー。黄泉ちゃんの家によく行くんだ。黄泉ちゃんって飯綱家との縁談を結んだって話を聞いてるんだけど、仲がいいんだね」
ちょっと驚く。仲がいいのは知っていたけど、家にまでお邪魔するような関係とは思っていなかった。
そう言えば神楽が、「『紀之が居なければ考えても良いかもね』って黄泉が言ってた!」と話してくれていたような気がする。
……不思議と神楽は彼に異性としての興味が
「体よくこき使われてるだけですよ。言っておきますが神楽に呼び出されて送り迎えさせられたことも少なくないですからね」
「あらあら。それは親としてお礼と謝罪をしておかないとね」
皮肉気に冗談を言う彼に思わず笑ってしまう。
大人と話す時用の余所行きの話し方であるとはわかるけど、話しやすい子だ。主人が気に入っているのも頷けるなとそう思わされた。
「……それはそうと、さっきも少し触れましたが、お身体の方は大丈夫ですか?まだ痛むでしょう?」
「ええ、心配してくれてありがとう。予想の通りまだ歩いたりとか立ち上がったりは痛くて怠くて辛いけど、手を動かしたり人と話すくらいなら訳ないかな」
そう言って力こぶを作るポーズをする私。
……悲しいかな、女だから男の人みたいに目に見えて盛り上がらないし、三年間のブランクもある。以前は女性なりに美しい上腕二頭筋をしていたと自負しているけど、今では誰かに触れれば折れてしまいそうなほどに細く頼りない。
「……流石の回復速度ですね。普通の人ならこうはいかないでしょうに」
「
白叡には宿り主の回復を促進する力がある。それに耳についている封印加工のなされた殺生石のおかげで通常の人間では考えられないほどの回復速度で治癒が出来るのが私という人間だ。
そうでなければ寝たきりの人間が起きたばかりや起きてから1週間程度でこんな流暢に話すことが出来るわけがない。
「三年間も寝たきりだったんですから、仕方がないでしょう。……最も、仕方がないと言っていられる状況じゃないんですけどね」
「ん?それはどういう―――」
ぼそっと呟いた言葉を私は上手く聞き取ることが出来なかった。何度も出てくるブランク以上に彼が小さく囁いたのだろう。
聞かせる気のないその一言。私は思わず聞き返えそうとしてしまう。
「土宮舞さん。今回はお願いがあってきました」
だけどそんな私の発言を遮り、彼はそう発言する。
お願い。これが今日こんな時間に私の病室を訪れた理由。
本当に唐突に紡がれた、今日の本題。
「……お願い?今の私に?それとも土宮にかな?」
「両方、になるんでしょうね。借りたいのは貴女の力ですから」
両方という答えはかなり意外だ。てっきり土宮としての力を貸してくれとでも言われるのだと想像していたから。
「復帰まで一年くらいっておっしゃったように思ったんですが?」
「ええ。少し長く見積もってそのくらいじゃないかな」
前線に立つのと生活をするのは全然違う。生活をするなら一か月でなんとか形には出来るだろう。疲れながらでも掃除洗濯炊飯くらいならこなせるようにはなる、とは思う。
でも戦闘は別だ。一年はかからないにせよ生活とは身体の使い方のケタが違う。現役と同じ動きをしようとすれば相当に鍛錬を積み直す必要がある。
それがわからない彼ではない。話していて馬鹿ではないとすぐわかるし、実際にそうだろう。
「確かに戦闘に復帰するならそのくらいかかるでしょうね。喰霊の力があるにせよ戦闘はそんな衰弱した身体じゃとてもじゃないができるものじゃないですから」
やはり、その程度は理解している。同じ戦闘に身を置くものだ。身体のなまりが如何に重要で、避けなければならないものかを理解していないわけがないのだ。
でも、彼が私にしたい要求は、思わず疑問符を出してしまう程には無茶なことだった。
「一年。確かにそのくらいかかるでしょうが―――遅いです。4か月、いや、3か月以内で前線に復帰してもらえませんか?」
「成程、こんな時間に主人たちを避けてやってきた理由が少しはわかりそうなお願いだね」
思わず笑ってしまう。あざけりの笑いなどではなく、色々なことを理解して、本当に面白くて笑ってしまった。
復帰まで一年程と言っていた人間に、その四分の一の期間で復帰しろという目の前の少年。
これが無茶でなくてなんというのだろうか。先程も述べたが、彼は戦闘に身を置くもの、しかもその最高峰に位置するものである筈だ。
そんな人間がこの要求の無茶さをわかっていないわけがないのに。
「……どこまで最近のこの業界のことについて聞いているかはわかりませんが、今この業界はかなり不安定です。霊力場の乱れ、殺生石を持つカテゴリーAの出現……。それだけじゃない。下手したらもっと酷いことが起きるかもしれません」
私が何も言
私は土宮家の当主だ。いくら衰弱しているとはいえ今の状況に無知でいることは許されない。だから近況適度は端的に神宮司さんから聞いていて多少は知っている。流石に彼よりは知らないだろうが、今のこの世界が異常だということは理解しているつもりだ。
「俺の推測に過ぎませんが、この異常な霊気の乱れは間違いなく殺生石が絡んでいます。最近は大きな事件もないので皆の気が緩みがちですが、だからこそ事が起きるならこの近辺じゃないかと考えています。その際に戦力は出来るだけ確保しておきたいんです」
「……なるほどね。君と黄泉ちゃんが居るだけでも相当な戦力だと思うんだけど、その君の予測の中だとまだ戦力が必要なの?」
備えあれば患いなしということだろう。
でもそれは客観視した場合明らかに過剰な備えだ。神楽がどのくらい成長したかはわからないけど、目の前の彼もいるし黄泉ちゃんもいる。
それに確か諌山にはもう一人腕の立つ子が居た筈だ。主人だって現役だし、あの敵がもう一度襲ってきたとしても遅れをとるとは思い難い。
戦力としては十二分。それこそ下手をしたら自衛隊相手にだっていい勝負をするだろう。総力戦になったら敗北は必至だけど、同規模の戦闘を想定したら圧勝できるビジョンしか浮かばない。
過剰にも過剰。でも、この子がそんな事をわからず提案しているとはとても思えない。
……何を言うんだろう。
「確かに俺と黄泉がいれば大抵のことは何とかなります。それこそ対策室が敵に回る程度なら真っ向から潰して見せますよ」
退魔師最強と名高い方の前でこんな大見得切るのは恥ずかしいですが、などと恥ずかしそうに笑う彼。
中々たいそうな自信だが本気でそう思ってはいるのだろう。誇張していっているような様子は見られない。
「黄泉なんかかなり強いですよ。並みの退魔師どころか100人規模の軍隊を送ったって無理なくらいです。俺と黄泉で組んだら雅楽さんでも多分止められないです」
「なら猶更だよね。そのことが本当ならやっぱり過剰戦力だと思うな」
「止められるって話に関しては本当ですよ。誇張でも自惚れでも無いって申し訳ないですが確信してます。でも、本当だからこそ猶更あなたの協力が欲しいんですよ」
そう言って一度タイミングを置く彼。
すがすがしいくらいに凄い矛盾。無駄のない無駄な動きくらい矛盾してる。
「……矛盾してるって思ってますよねその顔」
「あら、顔に出ちゃったかしら」
顔に出ていたらしい。見抜かれてしまった。
「まあ核のない世界にするために核を持ちますって言ってるようなもんですし、そういう反応されることは予測してましたけど」
「その例えうまいね。凄く分かりやすいかも。……それで君が危惧してるのはなんなのかな?」
「殺生石です。こう言えば察していただけるんじゃないかと」
かちり、と頭の中で歯車がかみ合った音がする。
殺生石。九尾の狐の魂の破片。私の耳にも付いている、莫大な妖力を要する伝説級の代物。
そこで私はようやく気付く。彼が何を危惧していて、私が欲しいと言ったのか。
「問題は俺や黄泉が敵に回った時なんですよ。有り得ないことですが、その有り得ないを有り得るにする力が殺生石にはある。……そして、敵の切り札ともいえるのがそれなんですよ」
そう言って、彼ははぁーっと溜息をつくのであった。
------------------------------------------------------------
------------------------------------------------------------
退魔師最強と名高いのは伊達じゃないのだろう、と俺は理解する。
あの情報だけで、完全に彼女は理解をした様子だった。彼女の顔を見る限りではあるが、多分間違いないだろう。
殺生石は非常にメジャーというか、かなり知名度が高い。そしてその石を持っているこの人がその能力と副作用―使ったら理性をすっ飛ばして悪霊になる効果―について知らないわけがないからこの理解の速さは当然ともいえる。
「俺と黄泉の欠落を心配しなければならない程度には相手は凶悪です。もう一人こっち側の戦力に引き込めそうな女性はいますが、その人も俺からすれば心配な相手です。―――傲慢な考えですが、俺が手放しで安心できる戦力が、少なくとももう一本は欲しい」
黄泉は一人で環境省の超自然部門の人間を半数殺している。たった一人で、たった一振りの刀で、だ。正直に言えば俺もそれと同等以上のことが出来ると思う。俺や黄泉からしてみれば一週間もあればそう難しい仕事ではない。
現在俺が手放しで信頼できる戦力は雅楽さんと黄泉だけだ。それはあまりにも少ない。一人で軍と戦えるクラスの人間に対するカウンターがあまりにも少ない。
「そこで貴女の力が欲しい。退魔師随一の実力を誇り、喰霊白叡を継承している貴女の力が」
そう言って真正面から土宮舞の瞳を見つめる。意志の強い瞳。やはり神楽の母親なのだとわかる輝きがある。思わず吸い込まれそうな、そんな輝き。
神楽も、将来はこんな強くて綺麗な目をするようになるのだろう。それまで俺が生きているのならば是非見てみたいものだ。
「三年間寝ていた女に随分無茶を言うのね、命の恩人さんは」
そんな言葉と共に、舞さんはクスッと妖艶に微笑みを返してくれる。苦笑というのが正しいような微笑だが、やつれたその顔であっても引き込まれそうになる程には魅力的な笑みだ。
……馬鹿なお願いをしているのはわかっている。でも、この人を逃すわけにはいかない。少なくとも、戦力にならずとも自衛が出来る程度には回復してもらわなければ。
「これは命の恩人さんからのお願い、ってことでいいのかな、凜君?」
「……」
俺はそう返す。冥さんに借りを作っておきながらなんだよと言われかねないが、俺はあまり貸し借りだの恩だのという概念が好きではない。
この会話は交渉などというものではない。命を救った恩人からの、暗にその恩を返せというお願いなのだ。
俺も彼女もそのことを、借りを返せということを直接言葉に出して言っているわけではない。だが、お互いにお互いがそのことを理解している。俺がこの人に頼みごとをするということはつまり必然的にそうなってしまうのだと。
「―――いいよ、その無茶、聞いてあげようじゃない。土宮家当主としても退魔師としても三か月で前線に復帰してあげる」
そのため、こんな無茶な提案が受け入れてもらえるかどうかかなり不安だったのだが、とん、と軽く胸を叩いて俺のお願いを快く土宮舞は受け入れてくれる。
「でもいいの?もし私が復帰したら君の敵になる可能性があって尚且つ制御が難しい人間がふえちゃうよ?……自分で言うのもなんだけど私は手強いよ」
「それならご心配なく。問題ありませんから」
ニコリと微笑みながらそう返す。
……確かにこの人が最盛期の力を取り戻して敵に回ったら厄介なんてもんじゃない。
ぶっちゃけこの人がどのくらいの強さかはわからないけど、雅楽さん以上と取って間違いないだろう。女性が異常に強い瀬川ワールドのことだからこの人が雅楽さん以下だと考える方が不自然だ。
そんな相手が敵に回るなど絶望の極みだ。救えないにもほどがある。
……でも。
「土宮さんが復帰してようがしてまいがどのみち危険性は変わらないんですよね」
「……へー。ほんとに君は色々考えてるし知ってるんだね」
「ありがとうございます。まあこの時のために生きてきたって言っても過言ではないですから」
本当に過言ではないが、この人も大概だと今この瞬間に思わされる。
……本当に敵に回したくはないものだ。手は打つが、こればかりは
「確かにこの石の原石なら
「本当に糞忌々しいことながらその通りです。三か月後の貴女に使おうが今の貴女に使おうが忌々しいことに敵に回った貴女の脅威度は
「わぁ本当に嫌そうな顔してるね。……そしてそれなら私が敵に回らなかったとき用に戦力として確保しておく方が効率がいいもんね」
「……そこまでわかってるんですか?ほんとに敵にだけは回らないでくださいね、お願いですから」
なんという頭の回転の速さだと舌を巻かざるを得ない。これで脅威度が爆上げになってしまった。
解説すると、どのみち脅威度が変わらないならばこの人には死ぬ気でリハビリに励んで貰った方がいいというのが俺の見解だ。
この人に関して考えられるパターンとしては四つ。
①リハビリで力を戻さないし、敵にも回らない。
②リハビリで力を戻さないが、敵に回る。
③リハビリで力を戻して、敵に回る。
④リハビリで力を戻して、敵に回らない。
そして意外かもしれないが、この中で②と③の脅威度はイコールだ。
何故ならリハビリをしていようがいまいが、あの糞石は彼女を最盛期の状態に復活させて俺らの敵に回すだろうからだ。
だが、リスクを考えてみてもイコールなのだ。前線に立てるまで回復してもらっても、そうじゃなくても等しく全盛期の力を持った敵になる可能性があるならば、④の可能性―戦力として活用できる可能性―にかけるのが最も賢い。
俺が説明する前に理解されるのは嬉しくて嬉しくない誤算だが、流石は最強の退魔師と言ったところか。
「なるほどねー。やっと君の考えが全部わかったよ。私としては君こそ敵に回ってほしくないな」
「そう言っていただけると嬉しいですね。まあ」
―――その場合のカウンターが貴女、なんですけどね。
「ん?何か言った?」
「いえ、なんでもありません。とにかく、受け入れてくださってありがとうございます」
「いいよ。納得できる話ではあるし、じっとしてるのも嫌だからね。……でもそうだなー。こんな時間に訪ねてきてこんな重い話されて私疲れちゃった」
んーと言いながら伸びをする舞さん。所々のイントネーションだとか、振る舞いが神楽に似ていて、大人の女性であるのに可愛らしいという印象を抱いてしまう。
……しかしやはりこの時間に訪れるのは失礼過ぎたな。できれば雅楽さんとか神楽の前ではあまりしたくない話だったからこの時間に来るのが確実だったのだが、失礼な事には変わりない。
「この話は終わりだよね?なら私が寝るまで少しおしゃべりに付き合ってくれない?」
「喜んで。俺でよければ」
本心から答える。
俺としてもこの人とは色々話をしてみたかったのだ。喰霊-零-ファンとしての俺の側面と、退魔師としての俺の側面から。
「それじゃ少し付き合ってもらおうかな。何か一つくらいお土産貰って寝たいからね」
クフッとか言いながらまさに神楽みたいに笑う舞さん。
……意外だ。喰霊-零-での写真を見た限りだとこんなお茶目な雰囲気の人ではなくクールで理知的な人を予測していたので少々びっくりしている。
これは嬉しいものだ。恥ずかしながら先日黄泉に抱きしめられながら本気で泣いてしまったというのに、自分の行為のおかげで何もわかっていなかった人物が明かされていくというのは目頭が熱くなるものだ。
俺から提供できる話題は少ないが、この人の話に付き合って、俺が話せる範囲ならなんでも話そうと思う。時間ならたっぷりあるわけだし。
「それじゃコイバナでもしようかしら凜君」
「あ、時間なんで帰りますね。おやすみなさい」
前言撤回。礼儀知らずと言われようともさっさと撤退することに決めた俺であった。
------------------------------------------------------------
------------------------------------------------------------
「と、いう会話をしました」
「……成程。貴方が敵側なのではと疑いたくなる会話ですね」
「ちょ、なんでですか。寧ろ俺ってばこれ以上ないくらいに貴女の味方の立場でしょうに」
「味方?単なる情報提供者の間違いでは?」
「……うっわあほんとに協力し甲斐のない人ですね冥さんって」
苦い笑みを浮かべながら、少年はそう言葉を漏らす。
まあ別にいいですけど、などと言いながら少年は目の前に運ばれてきたブレンドコーヒーに口をつける。
風味を最大に引き出す温度で淹れられ、口に含む前から芳醇な香りを漂わせるそれ。口に含むことでその風味が外からだけではなく内からも抜けていき、その香りはより一層濃く深くなる。
「飼い犬には餌をあげとかないと噛みつかれますよ?」
「その場合は犬とやらを飼った私がその程度の存在だったということでしょう。噛みつかれるのなら仕方ありませんね」
少年、小野寺凜の体面に座る女性は、少年と同じタイミングで運ばれてきたコーヒーに口をつける。
同じものを飲んでいるとは思えないほど優雅にそれを口に運ぶ、透き通るような美しい白銀の髪をした女性―――諌山冥。
ティーカップを持ち上げて口に運んでいるだけなのに、何故こんなに絵になるのだろうかと小野寺凜は思う。ふと横目で違う席を見るだけでも周りから視線がちらちらと注がれているのがわかる。
凜も顔立ちは整っている方だとは自負しているし、その評価は間違っていないが、凜は異性から殆ど注目されることがない。正確に言うとかっこいいねとは言われるのだが、それ以上になったことが本当に無い。
何故か死にそうな雰囲気を持っている人には好意を持たれることが多く、凜が脈ありかもしれないと思う女の子は何故か半年くらいたって他界してしまったりなど、呪われていると言っても過言ではなかった。
……現実逃避はやめにしようと凜は顔を振る。
おしゃれなカフェで小野寺凜の体面に座っているのは諌山冥。
凜の仕事上で色々と絡むことが多い人物であり、喰霊-零-の時系列になってからも何度か凛と交流をしている人物だ。
「……美味しい。驚きました」
その声にふと前を向くと驚きの表情を隠せずに自分の持つコーヒーを眺めている冥。あまり本当の感情を見せない彼女にしては意外な反応を見せていた。
「美味しいとは聞いていましたが、こんなに美味しいとは思ってもいませんでした」
「味をわかってくれるのは素直に嬉しいですね。ここのは本当にオススメなんですよ」
その反応を見た凜も同様に感情を表に表す。
「ここまで美味しい所ってあんまり無くて。雰囲気もいいし、お気に入りなんですよ」
「確かにこれは貴方がオススメしていたのが頷けます。これはいい」
「でしょう?……それにして冥さんって緑茶とかしか飲まないイメージあったんですけど、コーヒーの味わかるんですね」
「……それは馬鹿にしているととってもよろしいですか?」
諌山冥の返しに全力で否定をする小野寺凜。決してそういった意味で言ったわけではないのだが、そう取られてしまってもおかしくはないセリフではあった。
「まあいいです。貴方のデリカシーの無さは身をもって体験していますから」
「……意外に根に持つタイプですよね冥さんって」
コーヒーは意外だったが、これに関しては意外にではないかと思いながらコーヒーを啜る。
人並み以上に執着が強かったから喰霊-零-の一件は発生した。元来この女性は執着が強いのだろうとそう思う。
「意外と言えば冥さん本当に着物以外も着るんですね。制服以外だと初めて見たような気がします」
「常に着物という訳にもいきませんから。もっとも既に生徒の身ではありませんから何か機会がなければ滅多に着ませんが」
「裏のではありますけどもう社会人ですもんね。関わるのも俺らみたいなのだけでしょうから確かに必要はないのか」
そう言って納得したと言わんばかりの表情を見せる小野寺凜。
以前仕事で一緒になった際に学校の話題になり、「え?友達いるんですか」と言われて思わず薙刀の柄の部分でみぞおちを突いてしまったことを思い出す冥。
その時にも服装の話は多少した覚えがあったので、その時のことを言っているのだろうと思う。
冥は自分の服装に目を落とす。
淡い水色のワンピース。冥自身はあまり意識していないが、それは色素の薄い彼女の肌と白銀の髪色と相まって普段とは違うはかなげな印象を抱かせる美少女へと彼女を仕立て上げており、彼女の平生とは異なる魅力を引き出すのに非常に大きな役割を担っていた。
「……私の服に関してはもういいでしょう。お願いしていた件は以上ですか?」
「お願いされてた件ならあれで全部ですね。特にこれ以上話すことはないです」
小野寺凜には対策室から得られた情報を積極的に回してもらうようにお願いしてある。
以前冥が凜の命を助けた際の貸しとやらを使って対策室に入らせたのはこのためでもあるのだ。フリーでも情報は手に入れられるが、やはり対策室のバックアップがあったほうが動きやすいのは事実だ。古い文献などはどうしても冥個人ではアクセスが難しい。
そのためのパイプとして小野寺凜を利用させて貰っている。使える手駒があるというのは非常に便利なものだ。
……一筋縄ではいかない手駒ですが。と冥は思う。
確かに情報源としては非常にありがたいと思っているが、集めてもらった情報から思惑を見抜かれて先回りされたことが何度かある。
対策室に先んじて悪霊を狩りたいと考えている冥としては目の前の少年は貴重な情報源ではあるが、同時に面倒な相手でもあるのだ。
……まさか貰った情報から推測して先回りされるとは夢にも思ってもいなかったが、と冥は思う。
流石に武勲で上回ろうとして向かった先に、その超えたい対象達がいた時には冥も内心の動揺を隠しきれなかった。
(……お返しという訳じゃありませんが、意味のない勘ぐりをして頂きましょう。今回集めて貰ったのは何の意味もないデータなのですから)
だから、今回は全く自分が必要としていないデータを徹底的に集めてもらった。土宮舞の情報は非常に有用だったが、それ以外に彼にわざわざ集めてもらったデータは全く必要のないもの。
ご丁寧に資料をわかりやすく纏めてきた凜ではあるが、実はその行為には何の意味もなく。ただ自分の邪魔をされないようにと冥が振りまいたダミーの情報だったのである。
平然とした顔で凜の意味のない報告を聞いて資料も受け取り、意気揚々と資料を集めた苦労人をだましているとは思えない表情でコーヒーを嗜む冥。
「そうですか。毎回ありがとうございます」
「いえいえ。俺も勉強になりますしね」
心無い礼をする冥。
纏めた資料を冥に手渡し、凜は残ったコーヒーを啜る。凜も情報を提供しながら探りを入れているので冥を責めることは出来ないが、この資料を作成したりする時間を考えると多少かわいそうではあるだろう。
「時に冥さん。この後お時間あります?」
「ええ。特に予定は入っておりませんが」
「ならよかった。時間もちょうどいいですし、昼食いかがです?これまた美味しい所知ってまして」
「……そうですね。ご一緒させていただきます」
そう答えて冥は立ち上がる。昼には丁度いい時間だ。今日は予定もないし、行ってもいいだろうと冥は考える。
「パスタなんですがいいですか?他に希望あれば色々知ってますけど」
「構いません。それにしてもグルメなのですね」
「母親が料理好きでして色々調査の名目で付き合わされるんですよ。そのおかげで多少は味がわかるようになりました」
伝票を持ってレジへと向かう凜。
いつの間にか伝票を持っていかれていたので伝票が無いことに冥は気が付かなかった。
金額を知らせずに会計を済ませようとするのは紳士的だが、冥は伝票を見ていない。
そのため会計がわからず、ちらりと凛が手にする伝票を見る。
冥は別に奢って貰うつもりで来ているわけではない。
奢ろうとしてくれているのは吝かじゃないし、止める方が失礼かとは思うが、流石に3つも年下の少年に払わせるのはどうかと思うのだ。それに今日は彼女にも多少負い目があったから余計だった。
そこに書かれていたのは高校生が払うには多少高い金額。お小遣いでやりくりしている高校生なら致命的な物だろう。
……流石にこの額を払わせる訳にはいかないか。
騙したことの罪悪感も相まって、冥はその伝票を凜からひったくるのであった。
ちなみに、この後行った先のお店で神楽とその友達に遭遇し、色々と詮索されることになるのだがそれはまた別のお話である。
※あとがきは活動報告で行っています。
※ちなみに冥さんが敵側って言ったのは、「15そこらの少年が異常なほどに今後の戦場に考察を巡らせていて不自然」だからであって、他意はないですし、彼女自身も二章最後の三途河との一戦で彼に対する疑惑は解消しています。
※冥さんss(一章完結記念)はそろそろ書くかも。10月までには完成すると思われ。
※ちなみに二章完結記念ssはまだ募集してますので、なんかアイディアある人は記入しちゃってください。というかしてください(笑)面白いの思いついたら書き込みしちゃったひとでも再度どうぞ。