喰霊-廻-   作:しなー

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※そういや活動報告のss希望まだやってるんで是非お暇な方どうぞ。というより是非オナシャス。


第6話 -『お母さん』-

 それを知らせたのは、一通のメールだった。

 

「神楽!乗れ!」

 

「うん!」

 

 俺の下にまで駆けてくる神楽にヘルメットを投げて渡す。学校にバイクで通学していてよかった。

 

 俺を嫌っている連中などからは「バイク通学とか調子に乗ってんのかよ」などの陰口を頂いてしまっているが、この瞬間を考えればおつりで家が買えてしまう。

 

「振り落とされんなよ……!」

 

「そんな心配はいいから早く!」

 

 右手を思いっきり捻る。

 

 こんな閑静な土地で出すにはふさわしくない音が俺のバイクから響く。大型の物はどうしても音が大きくなる。しかも俺の単車は人間大以上のものに突入しても大丈夫なようにとチューニングもされている。猶更その音は大きく響くのだ。

 

 黄色信号に躊躇わず突っ込んでいく。一応黄色は止まれの意味だったりするのだが、今回に至っては関係ない。止まったら逆に事故が起こる可能性があるのだから止まるのは寧ろ危ない。銃弾も見切れる俺の動体視力なら十分に加速しているバイクでも止まっているに等しい。それは後ろに乗っている神楽も同様だろう。だから一切ビビることなく俺に捕まっている。

 

 車の横を速度を落とさずに走り抜けていく。車からすれば危険運転の危ないバイクにしか見えていないだろうが、俺としては十二分に安全運転だ。

 

―――まじかよまじかよまじかよ!

 

 久々に喜色の笑みが抑えられない。こんなに嬉しかったのは何時以来だろう。

 

 俺は喜怒哀楽が激しい人間なので喜びの感情を覚えることなど多々あるのだが、それでもこれほど嬉しかったことなんて華蓮の誕生くらいしか思いつかない。

 

 速く、もっと早く。

 

 首都高に乗る。下道でも十分だが、ここからなら首都高に乗るのが最短ルートだ。

 

『凜ちゃん、あとどのくらい!?』

 

『後30分もかからない!』

 

 ヘルメットについている無線越しに神楽の声が響く。

 

 神楽も早く着きたくて仕方ないというのが肉声ではない機械を通した声からありありと伝わってくる。

 

『黄泉達はもう着いてるそうだ!飛ばすからしっかり捕まってろよ!』

 

『お願い!』

 

 首都高の最高速度は60km/hとかだったりする。だが、俺たちはそのゆうに二倍は出している。普通なら一発で免許停止のレベルだ。

 

 捕まらないように気をつける必要がある。ちらりと上の方に視線を向ける。オービスの場所は覚えている。後は白バイだのパトカーに捕まらないようにすれば問題ない。

 

 まあ捕まったとしても環境省の力で何とかしてもらおう。

 

 そう思い、俺は俺達御用達の病院へと急ぐのであった。

 

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「お母さん!」

 

 病室の扉を開けるには十二分すぎる力で神楽はドアを開く。

 

神楽に手を引かれて後ろをついて行っていた俺が入ろうとした時、スライド式のドアがあまりの力で開けられたため、壁に当たって跳ね返り俺が挟まれそうになった。というよりよくもまぁあの速度で跳ね返る扉より早く中に入ったなあいつ。

 

 ちらりとベットに目を向ける。

 

 そこに居るのは妙齢の女性。顔を見たのは意識がある時に一回と、お見舞いで数回。少なくとも両手の指で足りる回数しか見ていない。

 

 点滴が繋がれ、ベットから三年間動くことが出来なかった、一時は生死の狭間も彷徨った退魔師。

 

 外の景色を見ていたのだろうか。俺たちが病室に入った瞬間には上半身を起こしてベットの背もたれに寄りかかっていた。

 

 病室の前にいた対策室のメンバーに目もくれず、神楽は備え付けられたベッドへ一心不乱に駆けていく。

 

「……神楽?」

 

「そうだよお母さん!お母さん、お母さん……!」

 

 一心不乱に母を呼び続ける神楽。その目にはもう自分の母親しか入っておらず、俺が後ろにいることなど忘却の彼方だろう。

 

 それは一見緊迫して見えるが、久方ぶりに、素直に心から喜べる光景だった。

 

 

 事の起こりは一通のメールからだった。

 

 今日、俺の仕事用携帯に一通のメールが入った。

 

 重要度は最高。緊急の招集と全く同じ重要度のメールだ。

 

 もうおわかりだとは思うが、内容は1人の女性についてのもの。その生死が退魔士業界に多大な影響を与える1人の女性の容態についてのものであった。

 

 そう。土宮舞が、退魔師最強の一角に数えられる、神楽の母親が目を覚ましたのだ。

 

 三年間の眠りから、いつ喰霊白叡に内側から食い破られてもおかしくないそんな綱渡りの状況を乗り越えて、土宮舞は此岸へと戻ってきたのだ。

 

 それを見た俺達は即座に病院に集合となった。

 

 だが、一番の当事者である神楽だけは中学校の行事で都内から出ており、迎えに行く手間が発生したのだ。

 

 黄泉と俺をジープで回収してそこから神楽を迎えに行ってだとか、タクシーを呼んでちんたら来るなどよりも、俺が迎えに行ったほうが早いと考えたため、神楽と2ケツをしていたという訳だ。

 

 

 

「……神楽、神楽なのね」

 

 神楽に名前を呼ばれた土宮舞は、即座に神楽を神楽だと認識する。

 

 三年たてば別人にも変われるこの成長期の娘を、彼女は一目で当ててのけた。

 

「うん、うん!」

 

「……見違えた。大きくなったね」

 

「もう中学生になったんだよ……!大きく、なったんだよ……!」

 

 耐えきれなくなったのか、神楽は舞さんに抱き着いていく。舞さんはそんな神楽に優しい声をかけながら、その頭を愛おしげに何度も何度も撫でる。

 

 普通三年間も寝たきりの状態なら身体を動かすどころか目を開けていることすら辛いはずなのに、震えながらも手を持ち上げ、神楽の頭を優しく撫で続けている。

 

 激痛が走っているはずだ。それなのに、その手は娘を気遣うことを一切やめはしない。

 

 それと共に、神楽の目から大粒の涙が零れる。ポロポロポロポロと、壊れた蛇口のように溢れて止まらず流れ続ける。

 

「鍛錬もいっぱい頑張った……!辛くても頑張ったよ……!お母さんに負けない退魔士になろうって頑張ったの……!」

 

「……頑張ったね神楽。頑張ったんだね神楽」

 

「うん!頑張ったの……!よかった、目を覚まして……!よかった、良かったよぉ……!」

 

 もはや神楽は何を言っているのか自分でもわかっていないだろう。ただただ三年以上貯めてきた激情とも呼べるその感情が、口からとめどなく溢れて仕方がないのだろう。

 

 土宮舞の胸の中で神楽は声を上げて泣き噦る。

 

 丸3年越しの親子の会話。3年だ。3年もの間なされていなかった会話が、この病室でなされている。アニメでは決してありえなかったこの邂逅。原作でも永久に失われたこの一幕。それが今、この場で成っている。

 

 胸に熱いものがこみ上げてくる。なんて美しくて尊い光景なのだろうか。

 

 俺は踵を返す。神楽に連れられるままにやってきたとはいえ、俺はこの光景に居合わせるべきではないと判断したためだ。この一時は2人で過ごさせてあげよう。

 

 そう思って病室を出ようと扉に手を掛ける。多分対策室のメンバーもそれが理由で外で待っていたのだろうと推測する。

 

「待って」

 

 だが、空気を読んで部屋を出ようとしたその瞬間に後ろから声が掛かる。

 

「出て行かなくて大丈夫。気を使ってくれてありがとう」

 

 そう声を掛けてきたのは泣き噦る神楽の頭を撫でる土宮舞だった。

 

「失礼だけど、名前を伺ってもいいかな?あったことがあるとは思うんだけど、どうも名前が出てこなくて……」

 

「もちろん。最後に会ったのは3年前ですし、忘れるのも仕方がないですよ。お久しぶりです土宮舞さん。俺は小野寺凛と申します」

 

「……小野寺凛!あの時の少年が君なのね……!見違えた……!」

 

「3年経ってますからね。あの頃より身長も30cm近く伸びてますし、名前が出てこないのも当然かもしれませんね」

 

 そう言って俺は笑う。

 

 先程舞さんは神楽を認識するのにも一瞬時間を要したのだ。三年、その時間はあまりにも大きい。特に俺たちのような成長期に存在する人間は三年で別人とも呼べるくらいには変化するのだから。

 

 俺も神楽も3年前に比べれば成長したものだ。特に俺は中学一年の後半辺りから一気に背が伸びて170の大台を超えているから、3年越しの邂逅だと誰だか全くわからないかもしれない。

 

「そう、貴方が……。御礼を言わなきゃね。ありがとう、私の命を救ってくれて」

 

「普段なら謙遜するところですが、今回ばかりはどういたしましてと返させてもらいます。……どうやらなかなかに、褒められたことが出来たみたいだと実感できましたし」

 

 ちらりと神楽を見やる。今だに泣いて止まらない少女がそこにはいる。泣いて泣いて、思いの丈を吐き出しても止まらない少女がそこで今までの感情を爆発させている。

 

 この涙は、悲しいものでは決してない。それとは逆の、全く真逆の感情を孕む涙であり、篠突く雨が降る中で、母親の死を嘆く少女が流す涙ではないのだ。

 

「……そうね。本当に感謝してもしきれない。今はちょっと無理だけど、お礼はそのうち正式にさせてもらうね」

 

「それについてはお構いなく。今の光景以上の見返りなんて求めてないので」

 

 と、いうよりはこの光景を見れただけでお釣りがくるというものだ。

 

 俺が目的としていた悲劇の破壊。それが今成されているのだから。

 

 ようやく嗚咽が収まってきた神楽の頭を継続して撫で続ける舞さん。その顔は確かに母親で、俺達男には持てないのではないかと思わされる慈悲と優しさに溢れていた。

 

 ……胸の温まる、いつまでも見ていたい光景だ。眩しくて、そして暖かい。だけど俺はそろそろ退散するとしよう。

 

 気を使わなくてもいいと言われたものの、やはり俺はここにいるべきではない。この空間は、しばらくは神楽と彼女の二人にしておいてあげたい。

 

―――それに、これ以上居ると醜態を晒してしまいそうだ。

 

「それでは土宮殿。俺は失礼させていただきます。また今度顔を出しますね」

 

「わかったわ。また今度お話しましょう。今日は来てくれてありがとう」

 

「ええ。それでは」

 

 神楽に一瞥くれてから病室を出ていく。

 

 扉を開けると扉から少々離れた位置に対策室の面々が散らばっているのが目に入る。

 

 恐らくは病室内の会話を聞かないように少し扉から離れた位置に陣取っていたのだろう。非常識の世界に生きる人たちだが、常識はわきまえているらしい。

 

「神楽の配達ご苦労様。負担かけちゃって悪いわね」

 

「いいよいいよ。こーゆう負担を請け負うために免許取った訳だし」

 

 ひらひらと手を振る。これはちなみに本当のことだ。バイクの免許を取ったのはこういったイレギュラーみたいなことがあった際に柔軟に対応できそうだと感じたからで、まさにこのような場面を想定して取得したのだ。

 

 だから今回のことは別に負担だとも何も思っていないし、むしろ役立てて嬉しいくらいだ。

 

「そういや土宮殿っていつ目覚めたんだ?メールが来たのは今日だけど、目覚めたのは少なくとも今日じゃないよな?」

 

「いや、目覚めたのは今日だぞ。一応目覚めてからメールまではしばらく時間が空いてるが、日単位で誤差は生じてない」

 

 俺の疑問に岩端さんが答える。

 

「……それ本当ですか?にわかには信じがたいんですけど。……何か隠すような事情が?」

 

「お前にも隠すような事態があるなら、当然俺らも知ってる可能性は低いわな。何が引っかかってるんだ?」

 

「土宮殿の身体ですよ」

 

 岩端さんの言葉にそれもそうかと思いながらも俺はそう返す。

 

 突然だが、筋肉痛になったことがあるだろうか?

 

 風を引いて寝込んだ後の身体が鈍っている状態で部活に出た後とか、大学に入って運動をしなくなった後の怠け切った身体にスポッチャとか、社会人になってより衰えた身体に子供の運動会でのママさんリレーなど、久しぶりに重い運動をしたときなどによくなったりしないだろうか。

 

 当然鈍らになっていない俺の身体でも筋肉痛になることはしょっちゅうだから、鈍っている時にしか筋肉痛にならないなどということは有り得ない。が、鈍ってしまった身体で運動をすればほぼ間違いなく筋肉痛になる。

 

 その、鈍っている状態、というのがポイントだ。

 

 普通人間は身体が鈍るような状態でも歩く、寝返りを打つなどの基本動作は必ず行っている。だから体を動かすのに必要な筋肉というのは必ず使用している。

 

 だが、寝たきりの人間はどうだろう。しかも植物状態で、完全に動けない状態の人間だ。

 

 筋肉をほとんど使っていない上に、その期間も三年間。そんな状態では筋肉は衰えに衰え、見るも無残な状態になる。

 

 使っていない筋肉を使うとぽわっとした疲労が溜まり、翌日あたりに筋肉痛としてあらわれるものだが、そこまで筋肉を使用していないと通常の動作をすることにすら激痛が伴う程には衰弱している筈だ。

 

 それどころか眼球を動かすことや声を発することにさえ苦痛を感じる筈なのだ。

 

「確かに土宮殿の動作にはぎこちなさがかなりありましたけど、それでもあれが今日目覚めたばかりの人間にはとても思えない。目を開けてるのすら辛い筈なのに、そんなそぶりは多少しか見せていない。そんなことがあり得ますかね?」

 

 そう、つまりはそういうことだ。三年寝たきりの人間がいきなり娘の頭を撫でるなんて高等な技を使用できるとは俺には思えないのである。

 

 それを俺が言うと、対策室の面々は顔を見合わせて苦笑といった表情を浮かべた。

 

「それなんだがな、俺も同じこと思ったよ。ありゃ普通に考えてあり得ねえ」

 

「私も思ったわ。でも、土宮殿と私達普通の退魔師には決定的な違いがある。……わかる?」

 

「殺生石と、白叡か?」

 

「そう。お医者様の推論としてもそれしか考えられないって。有り得ないって何度も言ってたわ」

 

 殺生石。三途河が持つ破滅の結晶。現在は環境省の地下に幽閉してあるが、それとは別の石に封印加工を施されたものが土宮舞の耳にはある。

 

 その効果は自然治癒力の増加と白叡を操るために霊力の補助。

 

 そして白叡自体にも治癒能力促進の力があった、筈だ。定かではないが、原作(喰霊)の神楽がそんなことを言っていた気がする。

 

 ……まあ納得ではあるか。別に前々から舞さんが目を覚ましていたことを隠していたとしても俺に害があるとは思えないし、これで納得をしておこう。

 

「成程、納得しました。あの石なら確かにそのくらいやりかねないですね」

 

 元々のやつはぶっ飛んだ右腕を再生するくらいだし、そのくらいは訳ないのか。

 

 ちょっと無理がある気もするが、あの石ならなぁ。

 

 病室で神楽の頭を撫でていた舞さんを思い出す。あのくらいまで回復するのに通常どのくらいかかるか分からないが―――

 

 ……。

 

 ……。

 

 ……駄目だな。こうやって普通に話してれば耐えれるかななんて思ったけど、やっぱり無理みたいだ。

 

「すいません、ちょっとお手洗い行ってきます」

 

 皆に笑顔を振りまいてから対策室の面々の間をすり抜けて行く。

 

 そのまお手洗いには向かわずに、病院スタッフに殆ど使われていないスタッフオンリーの扉を抜けていく。

 

 この病院は対策室などの裏の人間が良く使う病院であり、有事に備えて全てのマップは記憶させられているため、どこに何があるかはすぐわかる。

 

 なので下手をすると病院スタッフよりも内部構造に詳しかったりするのでは?という程に色々知っており、この扉の奥にある外を経由して昇る階段には殆ど誰も出入りしないということを知っていたりするのだ。

 

 俺は当然スタッフではないからここを使うことは適わないのだが、見られなければ問題はないだろう。

 

 そこを一階分ほど上がり、踊り場のようになっている部分に腰を下ろす。これは外を経由するタイプの階段で、指してくる日差しが中々に気持ちがいい。

 

 ……はぁーと溜息のように息を吐き出す。

 

 色々と堪える光景だった。負の意味は一切ない堪えるではあるが、それでも心にはくるものだ。

 

 三年前と言えば俺と三途河が本気でぶつかったあの一件が即座に目に浮かぶ。そして血塗れで倒れる土宮舞と、その病室で無表情に佇む神楽も。

 

 むしろ一番目に浮かぶのがあの神楽の表情かもしれない。色のない、あの年頃の少女が浮かべるものではない表情が。

 

 雅楽さんから直々に感謝の言葉を貰って救われた気持ちになっても、あの表情を見た時には自分の無力さをかみしめてしまったものだ。

 

 ()()

 

 踊り場のコンクリートの壁を背もたれにしながら、完全に脱力して座り込む。

 

 ここなら、いいかな。

 

 

 

 

「―――凜」

 

「んぁ?」

 

 

 

 そう、思っていると上から声が掛けられた。

 

「トイレに行くんじゃなかったの?」

 

「さあて。そうだったっけ?」

 

「そう言ったの凜じゃない。それにここスタッフ以外立ち入り禁止よ?」

 

「それを言うなら黄泉もだろ?ここ、スタッフ以外立ち入り禁止なんだけど」

 

 膝に手を当てて、前かがみになって俺をのぞき込んでくる黄泉とそんな会話を交わす。

 

「んで?どうしたの?」

 

「ちょっとね。私も凜と同じでお手洗いに来たんじゃない?」

 

「ここに?露出狂の知人を持った覚えはないんだけどな」

 

 そう軽口を返す。

 

「私を露出狂扱いするなら凜もってことになるわね。お手洗いしに来てるわけだし」

 

「ふざけろ黄泉。俺はここに日光浴しに来ただけだよ」

 

 いつもの調子で更に軽口を返していく。

 

「―――うん、そのくらい軽口叩けるなら大丈夫そうね」

 

 ふわり、と何かに包まれるような感覚が身体を襲う。

 

 しっかりとしているけど柔らかで、男ではありえない柔軟性を持った身体にそっと抱きしめられている感覚。

 

 身体を覆われるというのは平生なら不安を感じさせるものなのだが、不思議とそんなことはなく、ざわついていた心がスッと休まっていく。

 

 いい香りがする。ああ、俺は今黄泉に抱きしめられているのか。

 

「―――泣いたら?私の胸くらいなら貸してあげるから」

 

 耳元でそう優しく囁かれる。

 

「……驚いたな。そんなに顔に出てた?」

 

 尋ね返す。ポーカーフェイスには自信があったのだが、表に出してしまっていたのだろうか。

 

「……ううん。何となく、かな」

 

「何となくで当てられるとか。どんな勘の持ち主なんだよ、黄泉は」

 

「そりゃお姉さんですから。弟分の違和感くらいすぐわかるわよ」

 

 俺の頭の後ろに回した手でポンポンと後頭部を叩いてあやしながら、優しい声色で語り掛けてくる。

 

 この安心感というか、身をゆだねたくなるようなそんな安らぎは、やっぱり女の人に特有のものなのだろう。そう考えてしまう。

 

「今回は必要なかったみたいだけどね。でも、一人で泣くのは寂しいでしょ?」

 

「まあね。今回は寂しい涙ってわけじゃないけどね」

 

「こんな美少女の胸を借りておきながら皮肉垂れないの」

 

 よしよし、と言いながら頭を撫でてくる黄泉。

 

 ……俺は赤子じゃないのだが。

 

「俺さ、多分そこまで何も思わないって思ってたんだ」

 

「うん」

 

「でも駄目だね。あんな光景見ちゃったら」

 

 神楽()が嬉し涙を流し、それを舞さん()が受け止める。喰霊-零-では、喰霊では有り得ないワンシーン。

 

 俺が、俺が(・・)作り出せたワンシーン。

 

「今までの苦労とかが報われた気がしてさ。色々そう感じる時はあったんだけど、今回は特に、ね」

 

 死ぬ気でやってきたことが、あの、赤子の神楽を見てから思い続けてそして失敗したと思ったそれが。実を結びそして今開花したのだ。

 

 俺のして来たことがこの世界線をあの世界線(喰霊-零-)から完全に切り離した。

 

―――俺は、一つ救済を成せたのだ。

 

「―――好きなだけ泣きなさい。泣き止むまで、付き合ってあげるから」

 

 俺の独白に、黄泉はその言葉で返してくる。

 

 自然と目元が湿り気を帯びる。

 

 もう、耐えられそうになかった。

 

 

 

 

 

 

 今までもこれからも、黄泉のことを恋愛対象として見ることは決してないだろう。

 

 俺の中で黄泉は紀さんとくっつくのが俺の中の決定事項のようなものであるし、どうしても憧れの人というか、そういった目線で見ていたために女性として彼女を見たことが殆どなかった。

 

 あくまでも彼女は姉としての存在で。英語のidolに近い存在であって。

 

 でも、こんなことされたら。

 

 

 少し、惚れてしまいそうになるじゃないか。

 

 

 




※原作、アニメのカップリングは崩さないというのは不変ですので、是非悶えてください。
なお、なんで黄泉が来たかについては、弟が変だから心配になっていってみたら泣きそうだったから胸を貸した程度の感じです。

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