喰霊-廻-   作:しなー

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間話1 -黄泉からみた小野寺凛-

 諌山黄泉は神童である。

 

 これは退魔士業界のどの一人を抽出して意見を聞いたとしても恐らくは揺るぐことはないであろう事実であり、誰もが認める真実であろう。

 

 両親が殺されているという悲劇的な状況にも負けずに必死に己を磨き続けてその実力で諌山の名を勝ち取った少女であり、普通の人間ならば心を閉ざし他人を拒絶してもおかしくないような境遇でも他人に思いやりを持つことの出来る精神的にも優れた少女だ。

 

 仮にこれを認める者がいないとすれば、自分の実力を過信した愚か者か、彼我の差を弁えることの出来ない阿呆に違いない。

 

 どのみち愚か者であることには変わりがなく、まともな思考を持った人間であるならばその事実を否定することなどできやしない程に諌山黄泉とは優れた存在であった。

 

 同年代で黄泉に敵う人物など存在せず、各支部の室長候補ですら黄泉に比べれば数段劣る。

 

 将来の最高戦力とまで言われている、室長候補に選ばれるような名の知れた家系の人間であっても諌山黄泉には及ばないのだ。一般の退魔士など話にならない。

 

 断っておくと、諌山黄泉には「各支部の室長クラスですら自分の相手にならない」といった高慢ちきな考えは存在しない。各支部の室長となど会ったことが無い訳だし、そもそもそんな己惚れた考えを抱くような少女でもない。

 

 ただ、冷静に戦績などを比較すると同年代で自分に並ぶような存在が居ないということを理性的に理解していただけである。実力としてもその通りである、という諌山黄泉では感知出来ない事実も存在するが。

 

 だが、そんな諌山黄泉にも気になるような戦力が一般の退魔士の家系から現れた。

 

 その気になる戦力の名は小野寺凜。若干13歳にしてカテゴリーB2体と大立ち回りを演じたという、常識的に考えれば相当にふざけた少年だ。

 

 小野寺とはそこまで有名な一家ではない。

 

 表の世界との繋がりが強いという話は聞いたことがある。地主としての活動や様々な事業を通して資金を稼いでおり、金銭面での退魔士業界への援助が強いことが一部で知られているが、土宮のように武で名前を馳せているわけでも帝家のように退魔士の代表の家系として知られているわけではない。

 

 霊力が特殊であり、通常の退魔士が使えるような霊術は殆ど使えないといったようなマイナスの面を聞くことが相対的に多いだけであって、特段目立った一家では無かった。

 

 しかし、小野寺凜が出て来てからはその評価と知名度が一変したと言っても過言ではない。

 

 今や霊術を使えない落ちこぼれの家系といったマイナスの評価はほとんど聞かない。退魔士の間でも諌山黄泉の次くらいには上がってくる好意的な話題であり、今ではもはや小野寺を知らない者のほうが珍しい程である。

 

 数年前から噂には聞こえていた。小野寺の息子が優秀らしいという話は諫山黄泉の話題の1/10くらいの頻度で上がっていたから自然と耳に入っていたのだ。

 

 しかしながらその程度の情報なら他支部の室長候補でも同じ、いや、東京に居ながら他支部の室長候補と同じ程度の情報量ということはハッキリ言って劣っているということ。

 

 なので正直あまり気にしていなかったのだが、ここ最近の噂の爆発をきっかけとして多少興味を持ち始めたのだ。

 

 けれど小野寺凛はあまり表舞台に出て来ず、またフリーで活動していた為に対策室のエージェントである黄泉とは殆ど絡む機会が無かった。

 

 初めて2人が接点を持ったのは先日の大規模招集の時。今現在、お互いに知らぬものはいない「時の人」でありながらも接触はそれが初めてのことであった。

 

 初めて小野寺凜と接触したとき、小野寺凜はボロボロの状態であった。

 

 黄泉が後から経緯を聞いてみると土宮舞、雅楽を追い詰めたカテゴリーA相当の怨霊に一人で大立ち回りを演じ、尚且つ相当なダメージまで与えたということだ。確かに小野寺凜もボロボロであったが、カテゴリーAの服装もボロボロであったことを黄泉は覚えている。

 

 黄泉に並ぶ神童と言われているだけはあるのだろう。あのカテゴリーAを相手にダメージを通したというのだから大したものだ。称賛に値する評価であろうと黄泉は思う。少なくとも、あの得体のしれない相手に自分は攻めきれなかった。

 

 戦ってみたら負けるかもしれない。負けるつもりはさらさら無いが、先日初対面を果たした際、それが可能性として考えられるくらいの実力があることに諌山黄泉は気が付いていた。

 

 

 そんな神童と呼ばれる背の小さな少年であるが、話してみるとその見た目の幼さとは裏腹に大人びていてしっかりとした印象を受けた。

 

 中学生男子とは思えない程に理性的な受け答えをするし、中学生特有の大人に目覚めてきて調子に乗り始めた感じが全くない。所謂「粋がった小僧」という印象が殆どしないのである。まるで、大人の男性と話をしているかのような錯覚に陥ることさえある。

 

 不思議な少年だった。強くて、大人びてはいるが、時折年相応の反応を見せる。年相応の反応をからかうと本気で落ち込むのが面白い。

 

 諌山黄泉にとって、小野寺凜は突如出てきたライバルというよりも「出来た弟」のような感覚の存在であった。

 

「―――あ、もしもし凜?今時間いい?」

 

 スリーコールで相手は電話に出る。

 

 その相手は小野寺凜。対策室には「この期間は俺が居ない方がいいんだよね」という謎の発言を残してまだ正式参入をしていないため、公には絡んでいないが、時折個人的に連絡を取っているのである。

 

「今この前一緒にご飯食べた子とまた一緒にいるんだけどさ、近くに居るなら凜もどう?……そうそう。凜も呼ぼうって言われちゃって」

 

 小野寺凜は異性になかなか人気がある。諌山黄泉としては弟みたいな存在といった評価から上がることはまず無いのだが、顔だちは悪くないし、運動神経もよく尚且つ紳士的な対応をするため女子受けが意外と悪くないのだ。

 

 とは言え実はそのモテるというのもマスコット的な人気であって、男性としての人気では無かったりする。「顔だちの整った可愛らしい男の子」であり、「恋愛対象」として人気がある訳では無い。凜本人もそれを自覚しており、黄泉が相談を受けたこともある。

 

 今回は以前に街で黄泉が凜を食事に誘った時に偶然一緒になった友達が、凜を誘えと言ってきたために電話を掛けたといった次第である。

 

「……土宮殿と稽古中?ああ、この前そう言えば言ってたわね。りょーかい、また今度誘うわ」

 

 残念なことに丁度土宮雅楽と稽古をしている最中であったらしい。普段なら無理をしてでも来いと言う黄泉であったが、流石に今回ばかりは無理難題を押し付けることはできなかった。

 

 来れないことを伝えると、一緒に居る友達からブーイングが上がる。

 

 恋愛にませてきてそちらの方面に興味津々なお年頃の少女だ。貴重なイケメン枠が埋まらなかったことがそこそこ本気で不満なのであろう。

 

 諌山黄泉は私のせいじゃないわよーなどと茶化しながらそれを巧みに躱す。 

 

 

 

 あの事件から6か月近くが経過した。

 

 その間に土宮舞の目は覚めることがなく、正式に植物状態であるとの結果が下されたが、あの戦いにおいて味方に死者は一人も出なかった。

 

 カテゴリーAに敗北を喫した退魔士業界の唯一の勝利点。

 

 それに甚だしく貢献した少年が、もうじき環境省に正式配置される。

 

 謎の空白期間や両親の抵抗などの紆余曲折はあったものの、正式に小野寺凜が対策室のメンバー入りをするのである。

 

 

 最近諌山黄泉には可愛い義妹(神楽)が出来た。

 

 最初は心を開いてくれなかったが、今やもう一緒に寝たりご飯を作ったりなど本当の姉妹のように仲良しだ。

 

 それに、今度はからかいがいのある弟みたいな存在が加わる。

 

 

 

―――ちょっと楽しみかも。

 

 3人で仲良く遊ぶ姿などを想像して、諌山黄泉は静かに微笑むのであった。

 

 

 

 

 

 




過去に要望があったので書いてみました。
ちなみにこれはアンケートした奴とは別物です。ご安心ください。あれはあれでまた書きます(2章終了後)
大人状態の冥姉さんとの絡みは諸事情により3章途中か終わった後ですね。

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