喰霊-廻-   作:しなー

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※活動報告にて今後の更新についての重要な報告をしておりますので、今後の更新について気になる方は是非ご覧ください。


第12話 -三森峠1-

「なあ凜。その相手って本当にそんな美人なの?」

 

「ええいやかましい。お前確か今日塾だろ?俺になんぞ付き合ってたら遅刻するだろうが」

 

「あんな親の安心を得る為だけにあるような無益な施設に俺が行く必要があるとでも?行かなくたって俺にはなんら支障ないさ。それよりもお前の彼女の話しよーぜー」

 

「うっとおしい!彼女じゃないし、誰のせいで携帯没収されたと思ってんだ馬鹿野郎!」

 

 そんな会話をしながら校門を目指す俺と安達。

 

 あの後、つまりは俺が喰霊-零-のキャッチフレーズを喜々として語った後、俺は個人用の携帯を没収された挙句放課後に岡崎先生に呼び出しを食らってしまった。

 

 そこには俺が堂々と密告(誤字ではない)をした相手である安達も同席しており、俺ら2人は岡崎の話に20分以上付き合わされ、ようやく今になって解放されたと言う訳である。

 

 岡崎も別に俺らの事を怒っているという訳ではなく、職員会議までの30分くらいの空いた時間がどうしようもなく暇になるだろうと予測して、丁度いいから話し相手として俺らを呼び出したらしい。俺らはあいつに体よく使われたということだ。あの担任はたまーにそういった常識外れたことをやらかしてくる人間なのだ。

 

 それで携帯を使っていた理由を弁明しろとのことだったので正直に「女の人と待ち合わせの約束をしてました」と答えると案の定岡崎と安達が盛り上がり始め、根掘り葉掘り聞かれている内に結構時間が経ってしまった。仕事携帯で連絡を取れたので問題は無かったが、あの阿呆2人の相手をしていたせいで約束の時間に遅れそうになってしまっている。遅れられるのはいいが遅れるのが我慢ならない俺としては言語道断な事態である。

 

 ちなみに個人用携帯はしっかりと返して貰っている。最初は回収しなきゃいけない規則だからなどと返却を渋っていた岡崎だったが、俺と安達が「理事長室行くか―」とほぼ同時に言い始めると岡崎の態度が一変。快くではないが携帯を返却してくれた。

 

 殆どやったことなどないが、俺と安達は理事長の超お気に入りの2人なので泣きつけば携帯程度何とかなることを俺らも岡崎も知っているのだ。理事長と仲の悪いこの教師は「ろくな大人にならないなお前らは」などと笑いって悪態をつきながら返却してくれたという訳である。持つべき物は人脈であるとは良く言ったものだ。多分この言葉を言った人の考えからはずれた使い方であるとは思うけど。

 

「俺としては凜にそんな俺にも教えないような女性がいるって事が知れただけでも携帯を没収された甲斐があったけどね。話聞く限りじゃ神楽ちゃんとか黄泉さんとはそんな関係じゃないんだろ?」

 

「冥さんともそんな関係であるわけじゃないけどな。つうかお前ってそういう話題に興味示すタイプの人間だったっけ?どっちかっていうと『恋愛なんて精神病の一種だ』とか言い始めそうなタイプだと思ってたんだけど」

 

「ん?俺は恋愛には興味津々だよ?話したこと無かったっけ?……極論を言えば生殖の為に異性は異性に惹かれる訳だけどさ、俺はそれだけじゃないと思うんだよね。各人には各人の魅力がある。一方ではAさんに惹かれる男も居れば、もう一方では全く興味がない男も居る。俺はね、凜。そんな人の魅力の違いに惹かれているんだ。だから俺はお前が惹かれているその女の人のことを知ってみたいのさ」

 

 ……また小難しい事を。

 

 安達(こいつ)はしょっちゅうこんな小難しいことを俺に投げかけてくる。俺以外と喋る時は歳相応の会話をして普通の交友関係を保っているのだが、俺と喋る時は頻繁にこんな話をしてくるのだ。

 

「だから別にあの人はそんな関係の女性ではないんだけどな……」

 

 あの人に俺が惹かれているのは事実だが、だからといってそれが恋とかに繋がっている訳ではない。あくまで単に惹かれているというだけだ。

 

 それに、惹かれているという次元で考えるなら俺はこいつにも惹かれている。

 

 中学生とは思えない思考をして、中学生とは思えない不思議なカリスマを持っているコイツにも。

 

「ふぅん?まーお前はあまり嘘つかない人間だし信じてやろうか。……あの黒塗りのクラウン、そうじゃないの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お久しぶりです。急な呼び出しに応じて頂きありがとうございます」

 

 金を持ってますよと雄弁に主張しているかのような黒塗りの車から降りてきた冥さんはそう言って俺に礼をする。

 

 相も変わらず優雅な仕草。流石は怪我人を薙刀で強襲している場面においても優雅さを失わない女性だ。振る舞いに俺にはない「品」を感じる。

 

……それにしても。

 

「おい凛、なんだこの意味わからんレベルの美人は。俺、お前に本気で殺意芽生えそうなのはこれが初めてだぞ」

 

「いうな安達。見慣れぬセーラー服姿に俺も結構今ドギマギしてんだよ」

 

 セーラー服の諫山冥とはこれまた珍しい。周囲に若干ながらも人だかりが出来ているのが至極納得なレベルだ。

 

 俺たちは挨拶に挨拶で返す事もせず、そんな下らない事を本人の目の前で言い始める。

 

「……そちらの方は?」

 

 そんな不躾な、男子高校生あたりが教室の隅でし始めそうな話題を堂々と目の前で交わし始めた俺たちにそう聞いてくる冥さん。

 

 いつも通りの無表情だが、若干そこに侮蔑の色が見えるのは俺の気のせいであると願いたい。

 

「どうも初めまして。凛の友達をやらせていただいてる安達って言います。以後お見知り置きを」

 

 俺に怨嗟の視線を向けていた安達は一転して人懐っこい笑みを浮かべて冥さんに向き直る。

 

 流石は将来外交官になろうと志している男だ。今回の場合完全に先ほどの会話を聞かれている筈なので全くもって取り繕えてはいないのだが、それでも表情を偽りペルソナを身につける事に関しては天才的な素質を感じる。

 

 そんな人をなんの裏表もなさそうな笑顔で蹴落とす事の出来る男の挨拶に冥さんは会釈と名乗りだけ返すと俺にジトリとした視線を向けてきた。……ごめんなさいね、変なの連れてきちゃて。

 

「……へえ。諌山さんか。つまりは凛の隠し事関連の人だ」

 

 ぼそっと呟く安達。

 

 隠し事。それはお勤めの事を指している。こいつは霊感がゼロなのでお勤めについて話したことなど一切ないのだが、俺がお婆ちゃんが危篤との嘘で何度も学校を抜け出したりした時などから俺が何かしらの変な事に関わっていると推測されてしまっているのだ。

 

 俺としても別に隠しているつもりは無いのだが、彼氏に殺されて死んだばかりの怨念たっぷりの女性の霊が肩に取り付いていても全く何も感じていないこいつに俺らの仕事を説明することは困難だろうと考えて教えていないのである。

 

 あの時は大変だった。呪い殺そうと怨念を振りまきまくっている霊が憑いているのにこの男は全く何も感じずにファミレスに入ろうとし始めるのだから。なんとかアドリブを効かせて除霊したからいいものの、あのままだったらこいつかもしくはファミレスの誰かが間違いなく死んでいた。

 

 流石にあのレベルの悪霊なら霊感の無い輩でもまず間違いなくぶっ倒れる程には気分が悪くなる筈なのだが……。多才なこの男ではあるが霊的な資質はどうやら壊滅的であるらしい。

 

「それじゃ俺はこれで失礼しますね。あんまりお話は出来なかったですけど、非常に有意義な時間でした」

 

 特に冥さんに会って何をするでもなく、目の前の男はそれじゃあねーなどと軽い言葉を残して颯爽と去っていく。

 

「いやお前、本当に冥さんを見たかっただけなのかよ!」 

 

 思わず突っ込んでしまう。いきなり校門で大声を張り上げた俺は周囲の人間からすると多分相当奇妙な男に映ったであろうが、それでも俺の反応は至極当然のものであるだろう。

 

 本当にただ見たかっただけでわざわざ俺に着いて来たのかあの阿呆は。

 

 何故かダッシュで俺たちから距離を離していく安達。相変わらずガリ勉気質の癖に足が速い野郎だ。

 

 はーと深く息を吐く。これからが用事の本番だというのになんか無性に疲れた。

 

「……コントは終わりましたか?」

 

 そして横からかけられる、平常と比較するとやや温度が低いように感じられるそんな一言。気持ちは非常にわかるのだが、俺も一応被害者なので許して貰いたいものである。

 

「大団円とはいかなかったみたいですけどね。でも観客の反応は上々みたいです」

 

 元より何人かの生徒が集まってざわめいたのはざわめいていたが、俺が校門に辿り着いた時よりも周囲のざわめきが大きくなってきている。

 

 白銀の髪に百合の髪飾りをつけたセーラー服美人が校門に黒塗りクラウンを背に立っているのだ。野次馬根性丸出しの中学生が遠巻きにでも集まってしまうのは仕方が無いことだろう。多分普通なら俺もクラスの男子とそっち側に参戦している。

 

 特に今は下校時間である。部活で外周を走る生徒なども校門に集まってきているし、時間帯も相まって少々賑やかになってしまっているのだ。

 

「……それではアンコールを受ける前に退場いたしましょうか。こちらに」

 

 開けられるクラウンの後部ドア。言わずもがな乗れということだろう。

 

「……送迎付きとは恐れ入りますね。ここ最近ブレイクし始めたばっかりだっていうのに」

 

 それに従いクラウンに乗り込む。

 

 それと同時にまたしても騒めきが大きくなってきた周囲の喧騒を振り切るかの如くドアが閉められる。 

 

 すると途端にしなくなる周りの声。流石は高級車に分類される車だ。俺が知るものより数段バージョンが古いとは言えどもその質は半端では無い。

 

 俺たちが乗り込んだことを確認すると、俺たちを乗せた車はゆっくりと発進していく。

 

 ああ、後ろで騒いでるクラスメイトらしき人物達に週明けなんて説明しようか、などと考えている俺を他所に、俺たちを乗せた車は何処とも知らぬ目的地へと出発したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こうして顔を合わせるのは分家会議以来ですね。環境省に正式に配属になったと聞きましたが」

 

「ええ、あなたの言う通りに申し出は受けましたのでね。3ヶ月程前から環境省でバイトさせて貰ってますよ」

 

 動作しているとは思えない程に静かな車内で、これまた静かな声で諫山冥が話しかけてくる。

 

 この人と前回に会ったのは数ヶ月前にあった分家会議以来だ。その時も俺が分家会議で一同を相手に一方的に喋り倒していただけで、この人とは直接会話していないため、こうやって腰を落ち着けて話すのはあの時の病院以来となる。

 

「バイトの身分には不相応な程に活躍していらっしゃるとも聞いております。それに、あの黄泉に対しても引き分けたとか」

 

「……環境省内じゃなくて外部にも広まってるんですね。俺とあいつの試合。引き分けじゃなくて負け戦なのであんまり広まってるのはいい気分じゃないですね」

 

 予想はしていたが、やはり外部にもその情報は伝わっているのか。

 

 ただ観客がいるってだけの個人的な模擬戦であって、別に公式の場での戦闘じゃないっていうのに。……いや、対策室のトップが審判を務めてくれている時点で最早公式か?

 

 それはともあれ、言葉通り、その話題に触れられるのはあまり愉快な気持ちではない。あの戦いに関しては広めて欲しくないというのが俺の実情だ。

 

「それよりも俺相手に世間話は結構ですよ。それより今回俺はなんで呼び出されたのかお聞きしたいんですけども。まさか俺の顔が見たいから呼び出したなんて理由な訳がないでしょう?」

 

 だから多少強引にだが話題を変える。少々冷たく人でなしの発言かもしれないが、俺はそう諌山冥に尋ねた。

 

「……貴方のお顔が見たかった、という理由ではいけませんか?」

 

 クスっと明らかにこちらをからかった笑みを浮かべながらそう返してくる冥さん。

 

 明らかにからかわれているとわかるその発言。瞳に浮かぶのは明らかないたずらの色。

 

 けどそれでも尚破壊力がある。

 

 ……こういう自分の価値というか、自分で可能なことをしっかりと把握しているタイプの女性は本当に厄介だ。こう言えば俺が今みたいに正直タジタジになる程度には自分に魅力があると分かっているのだ。そういった類の女性は俺には手に負えない。

 

「俺が、そんな冗談を好むタイプに見えますか?」

 

「少なくとも、命がかかった場面でスリーサイズを答えようとする程度には」

 

 諌山冥の発言を元にした皮肉めいた言葉に、俺の発言を利用してこれまた皮肉めいた言葉が返される。

 

 普段は皮肉の応酬なんて安達ぐらいにしかやらないものなのだが、どうもこの人や三途河を相手にすると皮肉の一つや二つを言いたくなってしまう。

 

 ……俺はこの人を敵として見ているのだろうか?

 

 お互いに病院でのやり取りを引用しながらそう言葉の応酬をしていると、ふっと本当に一瞬であったが可笑しそうに冥さんは笑う。

 

 この人相手に油断をしてはならないとそう思ってはいるのだが、その笑みに少々ドキリとしてしまった。

 

 俺と会話している時は頻繁に「良くない」類の笑みを浮かべているこの女性であるが、その笑みは普通に年相応の可愛らしいものであったように思えたのである。

 

「冗談です。今回は私ではなく父が貴方とお話したいと」

 

「幽さんが?」

 

 こんな笑みを浮かべてればいくらこの人でも可愛らしいと感じられるのに。なんてことを思っていると、そんな女性の口から出てきたのは意外な名前であった。

 

 諫山幽。諫山冥の父で、諫山黄泉の義父である諫山奈落の実の弟。お勤めから逃げ出した為に継承権は無いに等しいが、本来ならば諫山黄泉、諫山冥を差し置いて継承権1位である筈の男。

 

 零では奈落が諫山冥により殺された後、その地位を継いで諫山と分家を統括する立場に成り上がったが、殺生石を持った黄泉に殺されてその命を落としたある意味悲劇的な人間だ。

 

 諫山奈落が死んだ後に黄泉のいない場で遺言状を開けたり、たまたま黄泉が電話に出れなかった事を強く責め始めたり、自分(諫山幽)はお勤めから逃げた癖に黄泉が奈落を守れなかったことを詰り家督を奪い去ったりなどとなかなか屑な人間なので俺としては同情をするつもりは全く無いのだが。

 

 あの物語(喰霊-零-)において、「家督に対するこだわりを最も持つ人物は?」と問われれば大抵の人間が諫山冥の名前を挙げるであろう。事実殺生石に呑まれたと言えども諫山奈落を殺して家督を自分に仕向けるように操作したのだから、そう思われてもなんら不思議ではない。

 

 だが、俺としては家督に対する異常な執念を見せたのは実の所あの男(諌山幽)なのかも知れないと考えていたりする。

 

 お勤めから逃げた癖に奈落の死後に悠々と分家の代表を務めようとしていた所や、「諌山黄泉に家督を継ぐ」という話を聞いていたにも関わらずに「諌山冥が改竄した遺書」の内容を鵜呑みにした所など、其処彼処に彼の欲望というか、意地の汚さが見て取れるのだ。

 

 それに、一般的にくだらん利権や自分の社会的地位なんてものにしがみつく愚か者は大概が歳食った男だと相場が決まっているものだ。

 

 それで、そんな男が俺と話がしたいとのことだ。それも俺の親とか環境省とかを通さずに俺個人に直接である。

 

 ……嫌な予感しかしないんだけど。

 

「……どういうことです?なんであの人が?」

 

「私も詳しくは存じません。詳しくは父から」

 

 そう言って薄く笑う諫山冥。

 

「……帰ってもいいですか?」

 

 結構本心からそう言ってみる。

 

 汚い大人のやることなんてこれまた相場が決まっているものだ。どうせ子供には分からないように会話を誘導して自然と俺を自分の味方にしてしまおうと画策しているのだろう。

 

 自分で言うのもなんだが、例え控えめに評価したとしても俺には今の時点から囲い込んでおくに値する程度の価値は存在する。

 

 もし例のくだらなくは無いがそれでもやはりくだらないと言わざるを得ない類の争いに俺が巻き込まれるのだとしたら今回のお呼び出しはそれが目的に違いない。

 

「それは御自由に。これは私のお願いであって決して強制では無いのですから」

 

 俺の帰っていいかとの質問に諫山冥はそう返す。

 

 それなら本気で帰ってやろうかと思い心を揺らす俺に、「ーーーですが」と制止が入る。

 

「貴方は女性のお願いを断るような殿方ではないと思っております」

 

 

 

 ……ほんと、だからこういう女性は苦手なんだよ。

 

 武術じゃなくて話術の専門家にでもこんな女性との会話の仕方でも習いに行こうかなんて馬鹿なことを考えてしまった俺なのであった。

 

 

 








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