喰霊-廻-   作:しなー

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第2話 -遷延性意識障害-

 

 

 

 

 

 植物状態、という言葉をご存じだろうか。

 

 正式名称は遷延性意識障害(せんえんせいいしきしょうがい)と言うらしい。

 

 俺もあまり詳しくはないのだが、これは世界中で報告されている症例であり、大脳の広範囲が壊死または損傷することにより発症するという。

 

 生命活動に必要な臓器、脳の器官は生き残っているが、大脳が作動していないために意識は無く人としての通常の活動を行うことが出来ない状態にある。

 

 つまりは生きてはいるが意識不明のかなり重い状態ということである。

 

 生きてはいるのだが、自発的な呼吸などの生命維持活動以外は何一つすることが出来ず、意思疎通をすることは勿論、排泄なども他力でしか行うことが出来ない。

 

 これになってしまった場合そのまま意識を回復せずに他界してしまうことも珍しくはないという。

 

 

 

 そして、土宮舞がなったのもこれだった。

 

 

 

 正確にはまだ植物状態であると定義をすることは出来ない。

 

 あまりよく話を聞いていなかったためにおぼろげであるのだが、どうやら植物状態であると認定するのには一定の条件下で三か月の経過を待つ必要があるらしいからだ。

 

 

 だが、医者の見立てだと土宮舞が今後3か月以内に目を覚ます可能性は限りなく低いらしい。

 

 それどころか、今後一切目を覚まさない可能性すらあるらしい。

 

 つまりは事実上の植物状態。

 

 ほぼ間違いなくこのまま半永久的に眠ったままの状態となってしまうだろうとのことだ。

 

 

「土宮舞さんはもう目を覚まさないということでしょうか」

 

「残念ながら。彼女が今後目を覚ます可能性はかなり低いと言わざるを得ません。先ほども申し上げましたが、一般に言う”植物状態”であるととっていただいて構わないかと」

 

 静かに、目の前の医者はそう告げる。

 

「それに何故か奇跡的に喰霊白叡が暴走をしておらず一命をとりとめていますが、恐らくはかなり危うい均衡の上に白叡の暴走は抑えられています。現状不思議にも安定してはいますが、今後何らかの弾みで白叡が暴走し土宮さんの命を奪う可能性が往々にしてございます。非常に酷なことを申し上げるようですが、お別れの覚悟をしておいたほうがよろしいかと」

 

 残酷で、しかしそれが真実なのだろうと分かってしまうようなそんな内容を、滔々と、淡々と告げてくる。

 

 ……意外だった。普通医者はこんなに断定した物言いをしてこないものだと思っていたので、ここまでハッキリと土宮舞の容体についての予測をしてくるとは思いもしなかった。

 

「……成程。この件、土宮雅楽殿にはお伝え済みですか?」

 

「はい。旦那さんは意識もはっきりとしておられ、また本人も容態について聞くことを希望したので既にお伝えしてあります」

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

 そう言って、俺は席を立った。

 

 はっきりと事実を述べてくれる医者でよかった。おかげで、現状をしっかり割り切ることが出来た。

 

 同席していた、諌山黄泉と岩端晃司が俺を振り向く。

 

 気は済んだのか?とそう聞いている目だった。

 

 それに微笑み返して俺は病室を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小野寺凛君」

 

 病室を出て少し歩いていると、後ろから唐突に声が掛けられた。

 

 威厳を感じさせる野太い声。

 

 それは先ほど戦場でも多少ながら聞いた声だ。

 

「お久しぶり、というのは正しくは無さそうですね。先ほどぶりです雅楽さん」

 

 土宮雅楽。喰霊-零-における土宮家27代目当主であり、土宮神楽の父親。土宮舞の夫。

 

 先ほど三途河との戦闘で毒に苦しめられて臥せっていた人だ。

 

 直接話すのは2回目か3回目だったような気がする。分家会議にはあまり連れて行ってもらえてないし、そこでも話す機会なんてほとんど無かったし。 

 

 思考を新たにして雅楽さんに目を向ける。

 

 平然とした様子で佇んでいるが、先ほどの光景がフラッシュバックして思わず身体を見渡してしまった。

 

 ……怪我は大丈夫なのだろうか。

 

 あの時見た限りではかなりの出血量だったように思えたのだが。

 

 喰霊-零-でも土宮舞から継承した白叡を支配下に置くための儀式とやらを行っていた記憶があるが、それも戦いからそこまで期間が空いていなかった筈だ。

 

 仮に今無理をして超然とした様子を振る舞っているのだとしても既に出歩くことが出来るのは見た目通りというべきか相当にタフである。

 

「怪我なら心配せずとも大丈夫だ。もともとそこまで酷い怪我ではない故、止血と輸血を済ませれば行動にそこまでの支障はない」

 

「それならよかったです。でもくれぐれもご自愛くださいね」

 

 無理をしていないなら良いが、あの傷は酷くないなどとは決して言うことの出来ないような物だった。

 

 是非ともお大事にして欲しいものだ。

 

 正直俺が同じ傷を負ったらこんなに早く出歩けるようになる気がしない。

 

 出歩けるようになるまで少なくともあと2、3日はかかるのではないかと思う。

 

 ……鍛え方が違うのだろうか。

 

「うむ。ところで、家内の件なのだが」

 

 家内の件。思わず身構える。

 

 土宮舞の話。

 

 俺を訪れた用事は当然これだろうと予測していたが、それでもやはり身構えてしまうものだ。

 

 だが、何を言われるのかと反射的に身構えた俺に対して土宮雅楽がとった行動は”礼”だった。

 

 土宮の当主代理とも言える存在が、100年を優に超える歴史を持つ家の現当主とも言える存在が、わざわざ俺を訪ねてきて深々と頭を下げた。

 

 齢15にも満たないようなガキに、その3倍は生きているであろう大の男が、腰を90度に曲げて頭を下げたのである。

 

「君のおかげで家内は一命を取り留めた。心より礼を言う」

 

 見事と言わざるを得ない頭の下げ方だった。

 

 これ程までに美しく、そして誠意のこもった礼というものを俺は経験したことが無いかもしれない。

 

「……頭を上げてください。俺は大したことはしていませんよ。むしろ、俺は貴方の奥方を救えなかった」

 

「それは違う。君が居てくれなければ家内は、下手をすれば私も死んでいた。我々が、私の妻が助かったのは偏に君の力があったからだ。本当に礼を言う」

 

 ハッキリと言ってしまうと、この人からはお礼を言われるのではないかと予測はしていた。

 

 俺が本当に望む形ではないとはいえ、俺はこの人の配偶者を救う一助となった男なのだから。

 

―――だけど、ここまで誠意の籠った、感謝しか感じられない礼をされるとは。

 

 不意に目頭が熱くなる。

 

 この一瞬で、たったこの一言だけで。

 

 俺の行為が、俺の決意が。

 

 俺の生が、俺の努力が。

 

 それら全てが、報われた気がした。 

 

「ありがとうございます、そう言っていただけると俺も報われますよ。……そろそろ夜も明けます。いくらお身体が丈夫とはいえこれ以上は流石にお身体に障ります。そろそろお休みください」

 

「うむ、そうしよう。……それにしても、君は幼い頃から年に合わない言動をするな。土宮の使命を継ぐ存在が、あの子ではなく君のような男の子であったならば……。いや、そんなことを言っても詮無きことか」 

   

 その言葉に、喰霊-零-のこの人が死ぬシーンを思い出す。

 

 土宮神楽に対するこの人の接し方はかなり厳しかったらしい。いや、現に今もこの人は土宮神楽に対して厳格な父親として接しているのだろう。

 

 10歳にも満たないような幼い頃から修行漬けの日々を強要し、修行以外ではほとんど口を利かないという、父と娘というよりかは教官と幼子のような関係。

 

 それがこの人が自分の娘(土宮神楽)との間に築いている関係である。

 

 しかしそれは神楽を愛していなかったからという訳では決してない。むしろその逆で、愛していたからこそ厳しくなってしまった。

 

 愛していたからこそ愛娘に死んで欲しくなくて幼い頃から辛い鍛錬を課していたそうだ。

 

 この事実が発覚し、神楽と仲直りするのは喰霊-零-11話時点。この人が命を落とす間際のことである。

 

 

 

「小野寺殿もこのような立派な息子を持ってさぞお喜びであろう。……両親の期待に恥じることなく精進せよ」 

 

「はい。お休みなさい」

 

 そう言い残すと、俺の脇を通って去っていく。

 

 ……ガタイも相まってか、威圧感のある人だ。

 

 俺は前世の記憶があるからいいものの、もし記憶なしの俺の親があの人で、幼い頃から修行漬けにして来たらと考えると少々耐え難い。いや、正直少々どころか普通に耐えられないと思う。

 

 

―――何はともあれ、雅楽さんのおかげで結構吹っ切れた。

 

 俺は一旦後悔し始めるとかなり尾を引くタイプの人間なのだが、以外にもすんなりと自分の心情に決着をつけることが出来たみたいだ。

 

 当然それでも心に残る物はある。多分これからしばらくはそれが残り続けるだろう。

 

「でも、あれだけ感謝されたらな」

 

 当然心残りや後悔の念はいくらでもある。

 

 でも、そんな俺の負の感情をあらかた取っ払ってくれるほどには感謝の念が伝わる礼だった。

 

 俺のやったことは無駄では無かった。

 

 あれだけの礼をされてくよくよしていたらそれは雅楽さんに()礼というものだ。

 

「さて、俺も帰るか」

 

 もうほとんど夜明け前とかそこらの時間帯じゃないだろうか。随分と遅くなってしまった。

 

 こんな時間だが、金田さんはまだ迎えに来てくれるだろうか。

 

 多分心配性なママンが俺の帰りまで誰かしら使用人の方を寝かせてない筈だから多分大丈夫だとは思うんだが。

 

 もしかしたら対策室から連絡が行ってるかもしれないが、俺からは連絡も入れてないし、多分すっげー心配してるだろう。

 

 玄関の前でオロオロしてて親父と使用人の人達が母親を寝かしつかそうとして四苦八苦している姿がありありと目に浮かんでくる。

 

 連絡しないとなんて思いながら携帯を取り出そうとすると、俺の左腕にとてつもない痛みが走った。

 

「ふひっ―――――」

 

「どこ行こうとしてるのよ君。ていうか何その声」

 

 左腕に突如として走る衝撃的な痛みに、患部を抑えて蹲る俺。

 

 声にならない声をあげながらその痛みの元凶となったであろうものをちらりと見る。

 

 俺の目に映るのはそんな俺の反応を見てケラケラ笑う黒髪長髪の制服美少女。

 

「何しやがるんですか……!!」

 

 俺は涙声になりながら、愉快そうにしている中2女子に非難の声を浴びせる。

 

 無邪気な笑みで俺のリアクションを笑う諌山黄泉。

 

 その笑みは確かに可憐でとてつもなく可愛らしい。

 

 思わず「飯綱から俺に乗り換えちゃいなよhey you」といって口説いてしまいたくなる程度には可愛い。

 

 だが、そんなに可愛くてもやっていいことと悪いことがある。

 

 こ、このアマ、今裏拳で人が怪我してる所小突きやがった……!!

 

「あっはははは!そのリアクション最高、100点!……いやね、あの後君がいなくなったから追いかけてきたのよ。そしたら土宮殿と会話してたから終わるまで待ってたんだけど、治療もせずに帰ろうとしてるから声を掛けたってわけ」

 

 蹲る俺の脇にしゃがみ込んで追撃の突っつき攻撃を繰り出してくる諌山黄泉。

 

 声を掛けるだけじゃなくて同時に物理的攻撃も仕掛けてきてやがる。

 

 ま、待て。マジで待てお前。それ、ほ、本当に洒落にならんダメージなんだって。

 

「ここか、ここがいいのか」

 

「ば、おま、マジでやめろ!洒落にならんですって!ほんとにやめて!」

 

 ほーれほれとか言いながら連撃を繰り出してくる。

 

 この業界に居る以上、この少女もある程度の怪我はしたことがある筈だ。

 

 それすなわち熱を持った状態の患部の痛みを知っているということ。

 

 ちょっと指を切ってしまって熱を持ってしまった状態くらいは誰しもが経験したことがあるだろう。

 

 だが、この業界で体験するような痛みはそんなちゃっちい傷の痛みの比じゃない。

 

 それなのにこの少女はその部分を徹底的に攻撃してきやがるのだ。笑みを浮かべながら。

 

 こ、こいつ、生粋のサディストか!?

 

「こんな怪我放置してどこ行こうっていうのよ君は。どうしようもないくらい土宮殿の様子を見に行きたそうだったから特別にあの時は見逃したけど、当然君も入院に決まってるでしょ」

 

 そういいながらも突っつくのはやめない隣の悪魔。

 

 そんな怪我をしてる奴にこんなことをしているこの女がよく言うものだ。

 

 攻撃される度に思わず声が漏れてしまう。

 

 この少女と艶っぽい声を出せるようなことが出来るのならば大歓迎なのだが、こんな死にかけのカエルのような醜い声を一方的に俺のみが出している状況など断固としてお断りだ。

 

 誰得だよ。いや、少なくとも隣のデーモンは楽しんでやがるのか。

 

 ひと突き毎に身体がびくびくと跳ね上がる。痛みのあまりろくな抵抗もできない。

 

 ……この時俺は心に決めた。こいつ、いつか絶対に泣かすと。

 

 確かに原作(喰霊-零-)とかでもお茶目な印象はそこかしこに散らばっていたが、お茶目で済まされんぞこれは……!

 

 のたうち回る俺を見てひとしきり笑い終えたのか、諌山黄泉は立ち上がって俺に手を差し出してくる。

 

「消毒とか止血とかはしっかりしたからもう血は流れてないだろうけど、もしかしたら縫合とかするんだから帰れる訳ないじゃない。さ、行こ。うち(対策室)で病室は抑えてあるから」

 

「く、くう」

 

 

 確かにその通りなので何も言い返せない俺氏。

 

 なんで俺は帰ろうとしてたのか。自分も母親に負けず劣らずのアホの子気質があることは自覚していたが、これはもはやあほの子とかで説明がつくレベルではないぞ。

 

 得た多少の満足感で自分の怪我忘れるとか今更ながら凄い恥ずかしくなってきた。

 

 これもきっと三途河のせいだ。あいつの掌底で一時的におかしくなってしまっているのだ。そう思うことにしよう。

 

 

 病室確保しといてくれたとかこうやってわざわざ迎えに来てくれたとかは凄いありがたいんだがわざわざダメージを与える必要はあったのだろうか、という切に主張したい思いは押しとどめて、差し伸べられた手をとって立ち上がる。

 

 

「……うん、表情もよくなった。土宮殿と話す前まで死にそうな顔してたからちょっと不安だったんだけど、もう大丈夫そうね。それじゃあ行きましょ」 

 

 そのまま俺を引っ張っていく諌山黄泉。

 

 お年頃の女子だというのに男子と手を繋ぐのに抵抗がないとは大したものである。

 

 一方手をつながれているお年頃の男の子である俺こと小野寺凛も、普通なら気恥ずかしさを感じるのだろう。

 

 だが、その手を握って思う。

 

―――剣だこだ。

 

 俺が握っている手は女子中学生らしく滑々としていて若々しい手とは対照的なそれだった。

 

 剣をどれだけ振るってきたかが一瞬で分かるほどに固くそしてしなやかな手。

 

 それは、年頃の乙女がしていい手では決してなかった。

 

 

 

 

 

 あの諌山黄泉と手を繋げているという感動よりも、その手から伝わる生々しい程の努力の量に、俺は想いを馳せてしまったのだった。

 


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