喰霊-廻-   作:しなー

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第2章 想零-おもいこぼれ-
第1話 -戦いの終わりと対策室-


「―――君がやったことは所詮独りよがりの偽善。君以外のだれ一人として救われることのない、無意味な唯の自己満足に過ぎない」

 

 

 

 

 暗い世界で、少年が言う。

 

 

 

 

「―――どうだい?これがこれが願いを成就できないということだ。君の行為が、無意味に終わったということだ」

 

 

 

 

 自分と周りとの境界線が曖昧な世界で、何が他人で何が自分なのかわからない世界で、唯一はっきりと形づけられた存在が、白い少年が俺に問いかける。

 

 

 

 その身に蝶を宿して。

 

 

 

 赤い石の瞳をのぞかせながら、俺に問い続ける。

 

 

 

 

「―――君の13年間はこのために存在したというのに、今日の為に努力をしてきたというのに、それは全部意味のないこと、つまり君の生は無駄だったんだ」

 

 

 

 

 無駄だったのだと、俺は何も出来なかったと、そう告げてくる。

 

 俺がやったことなど何もない。お前に出来たことなど何もなかったのだと。

 

 

 

「わかるかい、小野寺凛?君は何かできると勝手に思い込んで、君なら何かを果たせると思い込んで、あの場を無意味にかき回しただけに過ぎない」

 

 

 

 

 頼むから、言わないでくれと思うことを。

 

 

 自分の存在を揺らがすようなことを。

 

 

 その存在は容赦なくえぐり取ってくる。

 

 

 

 

 

 

 

――――君は彼女(土宮舞)を救えなかった。

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 揺さぶられるような感覚とともに、俺は目を覚ました。

 

 暗い海に沈んでいたような感覚から一気に浮上し、境界線が溶けて何もかも曖昧だった世界から俺の意識は覚醒していく。 

 

 目に映る低い天井に、背中から伝わる連続的な振動。

 

 エンジンが駆動する、よく耳に慣れた音。

 

―――車、か?

 

 どうやら俺は車に乗せられているらしい。

 

 仰向けの状態で、俺は寝かされていた。

 

 ……一体どうなっているのだろう。

 

 覚醒はしたものの、今だはっきりとはしない俺の思考。

 

 諌山冥が駆けつけてくれたところまでははっきりと覚えている。そして諌山の義姉妹が土宮舞を治療していたのも。だが、そこ辺りから記憶が曖昧だ。恐らく、そこいらで気絶でもしたのだろう。

 

 車特有の振動が俺を揺さぶる。

 

 体に伝わる揺れが心地よい。なかなかよさげなサスペンションを使っているのだろう、などと変なところに思考が行ってしまう。

 

 だがシートの感触とか、足を曲げて居るとはいえ横になれるくらいなのだから、どうやら俺の家の車ではないようだ。一体俺はなぜこんな所に居るのだろうか。

 

 ぼうっとしたまま、揺れに身を任せる。

 

「目が覚めた?」

 

 心地よい揺れに、もう一度眠りについてしまおうかとしていると、俺の上から声がかけられた。

 

 三途河との戦闘中に何度か聞いた声。だが、戦闘中のように荒々しくなく、非常に柔らかで母性に満ちた温かい声。

 

「諌山黄泉、さん?」

 

 諌山奈落の義理の娘であり、諌山冥の義理の妹。

 

 現在宝刀獅子王を任され、喰霊-零-時点では家督の継承権ナンバー1.

 

 そして環境省超自然対策室の現エース。

 

 そんな彼女がここに居るということは、ここはもしかして……。

 

 ズキン、と鋭い痛みが俺の左腕に突き刺さる。

 

 三途河にやられた腕。二回の人生において、筋肉を何らかの物質が貫通していく経験をするのは初めての体験だった。

 

 熱とともに激しい痛みを訴える左腕。包帯が新しくなっている。恐らく、諌山黄泉か誰かがやってくれたのだろう。

 

 痛みを無視して俺は起き上がる。この内装は見覚えがある。確かアニメの3話とか4話で、お勤めに行くときに黄泉と神楽が乗っていたはずだ。

 

「おう、目が覚めたか。病院まであと少しだ。痛むだろうがあと少しで着くからもうちょい我慢してくれ」

 

「環境省……」

 

 運転席からも声がかかる。

 

 ハンドルを握るスーツ姿の筋骨隆々のモヒカン男。

 

 岩端晃司。環境省超自然対策室のレギュラーメンバーであり、喰霊-零-、喰霊ともに出演している存在。

 

 海外で傭兵をやっていたようなので戦闘能力は折り紙付きなのだろうが、霊力があまり高くないらしく除霊に関してはそこまで活躍している描写はないが、何か交渉事や問題が起きた際には前面に立って処理をしている対策室の代表的な立ち位置にいる男である。

 

 これで確証を持った。なぜだかは知らないが。俺はどうやら環境省超自然対策室の所有している車に乗っているらしい。

 

 軍用といって差し支えのないあのバカでかいジープ。細い道なんか通ったら横をこすってしまいそうな程。これで脇道とか通れるのだろうかと思っていたのを覚えている。

 

 

「お、噂の天才少年とやらがお目覚めか?」

 

 その助手席からも声が響く。

 

「俺の名前は桜庭一樹。環境省の退治屋だ。よろしく頼むぜ、小野寺の息子さん」

 

 こちらを振り返って人のよさそうな笑みを浮かべるスーツの男。

 

 桜庭一樹。諌山黄泉の許婚である飯綱紀之の親友。

 

 確か原作時点で18歳であり、この人も対策室のエージェントとして環境省で勤務している。ただ、この人は岩端晃司とは全く異なり、原作には登場しない、喰霊-零-オリジナルキャラクターである。

 

 喰霊-零-においては対策室のムードメーカーとして周りの関係を調和させるのに一役買っていたが、最終局面あたりで怨霊化した黄泉によって心臓を一突きされ、二度と帰らぬ人となってしまうという悲惨な運命をたどることとなる。

 

 そういや、この人も死ぬんだった。ラジオとか聞いてると毎週出てくるから何となく生きているような錯覚に陥るのだが、その実結構悲惨な死を遂げていたりするのだ。

 

 まあ、でも黄泉を救えばそのままこの人も救われるからあまりこの人については考えなくてもいいのではないかと思って少々軽視しているのは否めない。

 

 軽視というと誤解が生じるか。軽視している訳じゃなくて三途河なり冥さんなりの事の発端となる出来事を潰せばば芋蔓式に問題が解決できるので特に深くは考えていないということだ。

 

 

「……助けていただいたということでよろしいでしょうか?すみません、ありがとうございます。助かりました」

 

 礼を言っておく。なんで救急車とかじゃなくてこれで運ばれていたのかはよくわからないが、どのみちあの後は救急車なりなんなりを使わなければ移動など不可能で会っただろうから助かった。

 

「どういたしまして。君、あの戦いの後すぐに気絶しちゃったのよ。本当なら救急車を呼ぶつもりだったんだけど、重傷者から先に運ばれていったから数が足りなかったみたいでね。動ける環境省(うち)が今運んでるってわけ」

 

 そう諌山黄泉は説明する。

 

 なるほど、あれだけの大規模な戦いだった訳だし、事情を知っていてうちら(退魔士)を受け入れられる病院なんて数が知れてるだろうから比較的軽症な俺は普通の車で運ばれているという訳か。

 

 普通ならかなりの重症なんだけどね、これ。

 

「改めまして、諌山黄泉よ。知っててくれたみたいだけど一応ちゃんと話すのはこれが初めてだしね。よろしくね、小野寺凛君」

 

「よろしくおねがいします。改めまして皆さん、俺は小野寺凛です。助けてもらってありがとうございます」

 

 自己紹介をしてきた諌山黄泉と、対策室のメンバーにそう返す。

 

 なんというか、感動である。アニメでずっと見ていたこのメンバー達とこうして会話をできるとは。

 

 少しジーンと来ていると、俺の頭に一つの疑問が発生した。

 

 ……あれ、メンバーって確か。

 

「ナブーも初めまして」

 

「ナブーも初めましてにょんにょん」

 

「うおぉ!?」

 

 後ろから響いたバスボイスに思わず飛び上がる。

 

 ノリとかお約束とかなんかを意識したわけじゃなくて、結構本気でビビって飛び上がってしまった。

 

 ナブー兄弟。

 

 この二人も対策室のエージェントだ。

 

 原作には一人だけナブーが存在していたのだが、アニメにて実はナブーは双子の兄弟であるという設定がねじ込まれ、まさかのナブーが二人登場しているという状況になる。

 

 某喋り方が特徴的な声優が2人の中の人をやっており、しかもアドリブを入れまくるためネタキャラとして非常に目立っていた二人である。

 

 大口径の銃を難なくぶっぱなしながら敵を殲滅していくのだが、残念ながら最終話の直前辺りでその片方が乱紅蓮にやられて致命傷を負い、これまた死んでしまう。

 

 原作から入った人だとナブーと桜庭一樹に関してはその結末を予期できてしまった人が居るのではないだろうか。

 

 

 

 ……それにしてもかなりビビった。

 

 この二人の存在を忘却してしまっていたのに加え、今が夜なのと意識がまだあんまはっきりしていないせいもあって後ろに二人も座っていたことに全く気が付かなかったのだ。

 

 

「驚かせたみたいで悪いな。そいつらはナブー。どっちかが兄のナブーで、どっちかが弟のナブーだ。どこぞのシャーマンの生まれらしくてな、一緒の名前を付ける習慣があるらしい」 

 

「「ナブー」」   

 

 ほぼアニメままの会話がなされる。確か土宮神楽が初めてこの二人に会った時もこのような会話がなされていたはずだ。

 

「は、初めまして。小野寺凛です」

 

 挨拶を返すものの少々ぎこちなくなってしまう。

 

 そんな俺をみて桜庭一樹が笑っており、諌山黄泉は微笑んでいる。

 

 ……またしてもむずがゆい。くそう。気恥ずかしさで首の後ろがチリチリする。 

 

 

「んんっ。それで早速質問で申し訳ないんですが、土宮殿はどうなったのかご存じですか?あの出血量だとかなり危ない状況だったのではないかと思うのですが」

 

 話題とこの空気を変えるためにも俺はそう質問する。

 

 それに、意識が覚醒してからずっと気になっていたことであるのだ。

 

 あの後、三途河に逃走を許した後、俺はすぐに気を失ってしまったらしい。

 

 あの後、一体どうなったのだろうか。俺が命をかけて救いたかったあの人物は、一体今どうなっているのだろうか。

 

 そのため諌山の義従姉妹(しまい)が手当てをしていたということ以外は何も情報を持っていない。

 

 土宮舞はどうなっているのか。今病院に運ばれているのだろうか。

 

 

 

「ああ、土宮の当主なら一命はとりとめているらしい。だが状況はかなり深刻らしい。うちの飯綱が同伴しているんだが、意識レベル300で今は外界の刺激に対して全く反応しなくなっているらしい。脳に与えられたダメージが大きいらしく、正直目を覚ますかどうか怪しいレベルだそうだ」

 

「土宮雅楽さんは問題はないみたい。私たちも詳しい状況を確認しに向かっているところだからあまり詳細には知らないんだけどね」     

 

 そう岩端さんと黄泉は答える。

 

 生きている。それは非常に嬉しいことだ。

 

 だが、やはりそうなってしまったか。

 

 奥歯を噛みしめる。

 

 人間の身体において、血液がなぜ重要なのか朧気ながらでもいいからご存知だろうか。

 

 医者では無いし、医学を嗜んでいる訳でもなかったから所詮は書物で読んだお遊びレベルの知識しかない。

 

 それでも血液の大事さぐらいは知っている。

 

 血液は酸素を体中に運ぶ役割を担っている。我々が呼吸をして得られた酸素は肺を通して血液で運搬され、体中に運ばれていくのは皆常識として知る所だ。

 

 だから酸素があっても血液が流れなければ体には酸素が行き渡らない。

 

 そして、体の中で最も酸素を使う部位をご存じだろうか。

 

 それは頭、つまりは脳みそである。

 

 つまり出血が多量になってくると頭に血液が回ることがなくなる可能性が高くなってくる。正確には回ったとしてもその量が足りなくなる。

 

 我々が人工呼吸をして酸素を送り込み、心臓マッサージでその酸素を身体に運ぶことで延命措置をとるのは脳死を防ぐためであり、酸素を含んだ血液が身体を回ることを維持する為にやるのだ。

 

 当然これ以外にも意味はあるのだが、一番優先されることは脳が死ぬのを防ぐこと。

 

 脳は5分以上血液が循環しない場合、徐々に死に始める。たかだか5分やそこら血液を流さなかった程度で脳とは容易く死んでしまぅものなのだ。

 

 そして、多量の出血はそれと同じで脳にダメージを与える。血液の供給量が低下するということは脳への酸素供給量も低下するということであるから、脳にダメージを与える可能性が高まるのだ。

 

「意識不明、ですか」

 

 意識不明の重体。予測はしていたことだ。

 

 あれだけの出血量。こうなるんじゃないかとは思っていた。予想は出来ていたんだ。

 

 だけど、

 

―――これは、辛いな。

 

 助けることができたという事実は嬉しい。俺の意志が、喰霊-零-(あの世界)に罅を入れたということだから。

 

 俺が彼女を助けることが出来て、その命を救った。

 

 ……だが同時に、俺は彼女に生き地獄を味わわせることとなるかもしれないということだ。

 

 

「ああ。救急車に乗った辺りから意識が無かったらしい。ともあれもう病院までは目と鼻の先だ。今回の場合誰が悪いってわけじゃないんだ、あんまり気を落とさないでとりあえず詳しくはお医者様に聞いてみようぜ」

 

「そうね。小野寺君もそんなに気負わないで。貴方のせいじゃないんだから」

 

 一転して暗くなった俺を見て、二人は俺の心境を察したのだろう。

 

 桜庭一樹は俺に諭すようにして声を掛け、諌山黄泉は泣いている子供あやすかのようにして肩に手を置いてそう声をかけてくる。

 

 誰が悪いって訳じゃない、貴方のせいじゃない、か。

 

 確かにその通りなんだろう。

 

 土宮雅楽が負傷したのも、土宮舞が意識不明の重体なのも、正直俺のせいじゃない。

 

 むしろ俺は彼女らを救う大きな一因となっていたのだ。常識的に考えるのならば俺は褒められこそすれ責められる筋合いなど全くない。手放しで称賛されてしかるべきだ。

 

 そう。普通に考えれば(・・・・・・・・)

 

 だが残念ながら俺は全く普通ではない。

 

 普通じゃ、ないのだ。

 

「……ありがとうございます。そうですね、とりあえずは病院で詳しく話を聞きましょうか」

 

 笑顔を浮かべたつもりだが、表情は取り繕えていただろうか。

 

 確かに俺のせいではない。

 

 それに命は救った。

 

 死ぬべきだった命を救ったのだ。

 

 

 

―――だが、こんなのが本当に救いと言えるのか?

 

 岩端晃司は多少ぼかして発言していたが、それでもこう言った。

 

 意識を取り戻すか怪しいと。

 

 つまりそれはどういうことだ?

 

 それは何を意味する?

 

 つまりそれは土宮舞は意識が無いままに生きながらえることになるということだ。

 

 喰霊-零-の知識を持っていて、その未来を変えるために13年間遊ぶことなど殆ど放棄して鍛錬に没頭してきた。

 

 こっちに来てから得た知識と、前から持っていた知識を磨き続け、この世界を救うための戦略を頭の中でずっと練り続けた。

 

 13年間、この日の為にと言っても過言では無い程に努力に打ち込んできたのだ。

 

―――それで、このざまか。

 

 

「着いたぞ。飯綱からの情報だと土宮舞はICUに運ばれているらしい」

 

 小さなブレーキ音を立てて車が停止する。

 

 昔から、病院はあまり好きではなかった。

 

 あの消毒液の匂いが何故か俺に死を連想させてきて嫌だったからだ。

 

 でも、今日を境にはっきりと嫌いな場所になってしまいそうだ。

 

「小野寺のご子息、君はどうする?君の傷もかなり酷い。ICUに来る前に治療を受けてくることをお勧めするが」

 

「いえ、大丈夫です。これでも俺治癒能力はかなり高いので」

 

 普通なら治療を真っ先に受けるべきであるというのに、わざわざこんなことを聞いてきたということは岩端さんは俺が治療なんてそっちのけでICUに行くと言い出すことを予想していたのだろう。

 

 傷は痛むし、正直、行くことに気が引ける。

 

 でも、それでも俺はこの現実と真っ先に向き合わなければならないと、そう感じたのだ。

 

 

 

 

 

 

――――君は彼女(土宮舞)を救えなかった。

 

 

 

 

 

 痛みと眠気と疲労で朦朧としているせいなのか。

 

 病院に向かう道中。

 

 車に乗りながらも歩きながらも。

 

 

 夢で見た三途河の声が延々リフレインしていた。

 

 

 

 

 

 


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