恋姫立志伝   作:アロンソ

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十一話 中郎将と王佐の才

 

 世が乱れれば賊も増える。歩兵校尉となってからも度々征伐に出た。

 

 誰かの副将格として従軍することもあれば、オレが本隊を率いることもあった。八百長無しの戦いは初めてのことで、最初の征伐後は耳に残った怨嗟の声がいつまでも離れず、それからしばらくは中々寝付くことができなかった。

 

 それでも次の征伐ではいくらか慣れ、その次ともなるといかに効率よく勝利を収めるかを考えるようになっていた。人は環境に適応するものであり、オレと同じように一度目の征伐が初陣であった兵も、三度目まで生き残れば戦場にも慣れているように思えた。

 

 あれだけ脳裏にこびりついて離れなかった戦場の風景も、いつまでも鼻に残り続けた死臭も、耳鳴りのように響き続けた怨嗟の声も、数をこなしていくうちに気にならなくなった。脳が麻痺しているんだろうと思った。あまり複雑に考え過ぎるのは却ってよくない。

 

 武に見込みがない分、知略にはある程度光る物があるのだろう。オレの立案する策は悪くなかったんだと思う。想像し得る最高の形で勝利を収めた時には高い高揚感も覚えた。戦いを楽しいと感じてしまうことも一度や二度じゃない。

 

 ある時、焔耶と香風に「軍に入って左慈の手伝いをしたい」と言われた。これまでもちょくちょくそんな話をされることはあったが、二人同時に言われたことは初めてだった。

 

 焔耶に香風。二人は史にもその名を刻む名将だ。確実に大きな戦力になる。死のリスクもグンと下がるだろうし作戦も立てやすくなる。それにもっと、これまで以上に派手な勝ち方が出来るんじゃないかという黒い考えが心に渦巻く。

 

「左慈は弱っちいから心配なんだよ!百人斬りの話も嘘だったし!絶対おかしいと思ってた!」

「……シャンも怪しいと勘付いてた。だって左慈はとっても弱いもん。だから連れてって?」

 

 それでもオレはそんな黒い思考に染まることはなかった。

 

「嘘をつけ。二人とも信じてたじゃないか」

 

 高揚感など取るに足らない、くだらない自己満足であるとすぐに気づくことができた。

 

 みんな元気で無事であるならそれが最良である。二人を見ているとそんな当たり前のことをもう一度思い出すことができた。派手に勝ったところで何かがあるわけでもない。少ない犠牲で勝つことこそ指揮官の本懐だろうと。

 

「君達の言葉は嬉しいけど、今は大丈夫だ。気持ちだけありがたく受けとっておくよ」

 

 やがて二人は戦場に立つだろう。

 

 後の時代はきっと荒れる。二人の才が光り輝く日もそう遠くはないはずだ。だが今じゃなくてもいい。その時が来るまで二人には、平和な時間を満喫してほしいと強く思った。

 

 

 

 

 

 真面目に征伐を重ねて行くと次第に風当たりも弱まった。

 

 当初は校尉になったらサボろうなんて甘いことを考えていたが、結局お役所仕事も縦社会なもので上の命令が下れば断れるはずもない。それこそ元の世界よりもよっぽど厳しいことだろう。下手に反抗的な態度を示せば文字通り首が飛ぶ。物騒なものだ。

 

 そんな中では目立ち過ぎず、かといって侮られ過ぎない地位に落ちつくのが好ましい。そういう面では校尉という地位は悪くなかったのかもしれない。だがオレは征伐を重ね過ぎて功を積み過ぎたようだ。まさかもう、という気持ちはあったがそれ以上に嫌でしょうがなかった。

 

「おお!ここにおったか左中郎将!」

「……すいません何進殿。その呼び名はちょっとキツイです。というか語呂が悪いです」

 

 外戚側の何進。それに宦官の長である張譲と悪くない間柄であることも影響したのだろう。

 

 先にあった任官式で羽林中郎将の地位を言い渡された。確かに羽林中郎将も歩兵校尉も五品官ではあるけど、校尉と中郎将は流石に格が違うような。あっさり周りも承諾したのだろうか。それともゴリゴリで押し通したのだろうか。どっちにしてもいい迷惑だ。

 

 そういや羽林の連中は凄く喜んでたな。まったく人事だと思って気楽なものだ。しかしどうしたものか。やるしかないのはわかるが、この昇進の流れはあまり好ましくはないだろう。

 

「……そんで何進殿は何用で?まさかオレを煽りに来たとか……言い出しませんよね?」

「なんじゃ怖い顔しよって!わざわざ名簿を持ってきてやったのじゃから感謝せい!」

「名簿?なんですかそれ?」

 

 なんの名簿だろうか。

 

「御主の下に就く左右二監の選出は孝廉郎から選ばねばならんじゃろ?その名簿一覧じゃ」

「ああ、そんなのもありましたね。わざわざ御足労をお掛けしまして申し訳ありません」

 

 興味が無さ過ぎて忘れていた。

 

 何進から受けとった名簿を見てみる。王浩。呉炎。公孫賛。魏松。張微。楊禄。全部をきちんと見たわけではないが、聞いたことない名前がずらりと並ぶ。モブもいいとこだろう。

 

 思えば曹操や袁紹はオレ達が潁川郡へ行っている間に孝廉に選ばれ、今は地方領主をしているようだ。結局出会うことはなかったが、この名簿に二人の名前があったらどうしていただろうという考えが頭を過ぎる。なんだかんだで名前の大きさを理由にスル―しそうではあるが。

 

 孝廉に選ばれると郎官となり、その後一定の研修を積んだ上で成績に応じて配属が決まる。

 

 中央の役人になることもあるが地方領主も多い。名家やそれと関係の深い人は根回しによってだいたい配属が決まるが、それ以外の人は能力と運によってかなり左右される。決まらなければずっと郎官というわけだ。配属も地方のド田舎だと色々辛いだろうな。

 

 羽林左監に羽林右監は七品官だったか八品官だったか。地方領主は五品官なり六品官でそれと比べると多少見劣りはするが給料は悪くない。割と花形の仕事でもあるし人気はありそうだ。

 

 さてどうするかな。左右二監の丞も決めなければならない。適当に選んでしまって面倒な高官の紐付きでしたなんてオチは笑えない。かといって背後関係をいちいち調べるのも億劫に思える。そんなに暇があるわけでもない。

 

 いっそ羽林の連中から選んでもいい。

 

 競馬の結果を参考に羽林左監、羽林右監共に第一回と第二回の優勝者を選び、同レース二着の者を丞とする。かなりいい加減な選出にもみえるが、騎兵を司るのなら馬術に精通している者であるほうが好ましい。それに身内で選ぶほうが統率も取りやすいことだろう。

 

 多少は反感を買うかもしれないが押し通せないこともないだろう。今まで散々扱き使われてきたし、これからもきっとそうなるはずだ。特例とまでは少し大袈裟ではあるが、多少の御目溢しはあって当然だろう。中郎将なら融通も利くものと勝手に仮定する。

 

「しかしどうしましょうか。変なのが来れば権限を縛るだけなんで誰でもいいっちゃいいんですが。即決で決めなきゃなりません?」

「いや、そうでもないぞ。近日中でいいじゃろ。最悪空席でも構わんのではないか?」

「その手もあるのか。しかしそうするとオレの負担が増えるだけのこと。悩ましいですね」

 

 ぼんやり考えてみるも妙案は浮かばない。

 

 一旦この場は保留としようか。うだうだ決め切れないのなら空席でもいいし、誰かの強い推挙があれば一考してみてもいい。オレの役職もころころ変わってるし羽林中郎将だっていつまで務めるかわかったもんじゃない。それなりにやってりゃいいだろう。

 

「ま、保留ってことでお願いします。決まりましたらすぐにお呼び致しますので、一刻以内に馳せ参じて下さいね。遅刻は厳禁で」

「うむ!ようわかったぞ!……って、なんじゃい!わらわは御主の小間使いかえ!?」

「ホントどうすっかな。しかしオレも謎に偉くなったもんだ。まさか中郎将とはな……」

 

 なんだか喧しい何進に一瞥もくれることなく、これまでのことを振り返る。

 

 虎賁郎中から始まり潁川郡丞を数年務める。都に戻っては張譲のせいで騎都尉となり、そう間を置かず歩兵校尉となった。そして今は羽林中郎将か。品官でみると八品官、八品官、六品官、五品官、五品官。こうしてみると順調に刻んでいる。

 

 軍部だとこの上はもう将軍位しかないがどうなるんだろう。文官にでもなるのか。それとも地方領主を命じられるのか。平時ならまだしもこの先は黄巾の乱も起こるからちょっと読めないな。だが何進のこともある。都には残り続けるべきだろう。

 

 

 

 

 

 羽林中郎将となってそう日も経たぬある日のこと。荀彧から手紙が届く。

 

 漢王朝の領土は広い。端から端まで行き来しようとすれば馬に乗っても一月はかかることだろう。徒歩なら当然それ以上の時間がかかるし旅費だって軽視することはできない。手紙一つとっても辺境から辺境であると届けるのも一苦労というわけだ。

 

 そんな中であっても都と潁川郡はかなり近い距離にある。朝のうちに手紙を届けるように頼めば夜には着くことだろう。荀彧と文のやり取りが頻繁に行われているのもこの理由が大きい。

 

 だいたい普段は手紙の中であっても煽ったり煽られたりと不毛な内容がほとんどではあったが、この日はどうも様子がおかしい。冒頭から祝辞の言葉が並んでいることに違和感を禁じ得ない。オレの昇進なんてなんとも思っていないだろうに。

 

 読み進めていると答えは出た。そういえば以前、荀緄殿に相談されたことがあったな。荀彧を孝廉に推挙しようとするも「都は無能ばかりだから行きたくない」と駄々をこねたとか。荀緄殿も思うことがあるのだろう。強く言い聞かせることはせず、本人の自主性を尊重したとかなんとか。

 

 相談が文のやり取りであったこともあり、その時は荀緄殿に当たり障りのない返事をしておいた。オレが変なことを言って話が拗れるのも困ったものだし、荀彧なら成るように成るだろうと。

 

 しかし古代中華で親に逆らうとか荀彧半端じゃないな。儒教の教えはいいのだろうか。荀家は荀子の末裔という話だったが。いつかそこを煽ってやろうと思っていたが、近頃はやたら忙しかったこともあってすっかり忘れていた。

 

 そんなこんなで荀彧まさかのニートコースかとニヤついていたがそうは問屋が卸さないようだ。一族の方針もあって仕官させられることになったらしい。そりゃそうだと読み進めているとその候補が二つあると知る。流石に名門荀家だと選択肢も広いのだろう。

 

「袁紹は大業を成せる人物ではないのでお断り。アンタは男なのでお断り……か。なるほどオレと袁紹の二択というわけか。究極の選択だな」

 

 どうしてオレが候補に入ってるんだろう。

 

 荀彧は端から曹操じゃないのかという疑問が浮かぶ。三国時代は張遼然り転職組も多くいたことと思うが荀彧もそれに当て嵌まるのかな。袁紹から曹操の路線変更。流石に官渡の戦いの時には曹操軍にいたはずだからその前か。いつだったかな。ぜんぜん覚えていない。

 

「男であるという理由で断られてしまい痛恨の極みであります。痛心故に食事も儘ならない日々が続いていますが、貴女の益々のご活躍の程を心よりご祈念申し上げております……っと」

 

 まあオレには関係のない話か。迷うことなく普通に袁紹の所へ行くのだろう。

 

「左慈。食事中に筆を取っちゃダメだろ!」

「ああ、すまんすまん。しかしこの鶏肉美味しいな。どっかの州の名産品かなんか?」

「……お肉とっても美味しい」

 

 しかし荀彧も仕官するのか。いよいよ三国時代が迫ってきているな。

 

 

 

 

 

「……で、どういうことよ?私の見間違いかしら。見たところピンピンしてるようだけど?」

 

 手紙を返した翌日、荀彧がなぜか都へとやってきた。

 

「おお、久しぶりだな荀彧。どのぐらいぶりだろう。二年近く会ってなかったっけ?」

「ホント久しぶり!でもそんな話は今はいいのよ!私の質問に答えなさい!」

「ん?なんだったっけ。ピンピンしてるって話か。そりゃまあ、病気にもなってないし」

 

 相変わらずツンツンしてるな。見た目も中身もぜんぜん変わってない。

 

 しかし何しに来たんだろう。近いっていうのにぜんぜん来なかったと思えば突然やってきた。オレが遠征中とかじゃなくてよかったな。無駄足を踏ませるのは気が引ける。

 

「アンタ食事も儘ならないとか言ってたじゃないの!なんでそんなに元気なのよ!」

「ああ、最近は飯が旨くてな。恥ずかしながら九斤(2キロ)も体重が増えたよ」

「はあ!?減ってんじゃなくて増えた!?さっぱり意味がわからないんだけど!?」

 

 体重ぐらい増えることもあるだろうに。秋は新米が美味しいから仕方ない。

 

 それに別に太っているというわけでもない。これまで心労などで減っていた分が戻っただけのこと。個人的にはもう少し体重が欲しいぐらいだ。

 

 荀彧は一体何を言っているんだろうと考えるとすぐに答えはでた。先日の手紙の内容か。飯を食いながらいい加減なことを書いてしまったが御見舞いに来てくれたというわけか。そりゃ悪い事をしたな。いつものノリで書いただけだったんだが。

 

 そのことを笑いながら話すと荀彧はあんぐりとしていた。小さな声で「確かにいつものことだけど」だの「ちょっと言い過ぎたかと思えばこの有様よ」とぼやいていた。潁川郡の頃とまったく変わってないな。やり取りも同じだ。

 

「悪い事したな。今日は家で飯でも食って行くといい。明日は休みだし送ってやるよ」

「当たり前でしょ!公車で送りなさい!……と言いたいところなんだけど。その……」

「どうかしたのか?」

「アンタの手紙を見てすっ飛んで来たものだから……その。お母様や家の者が……その。盛大に勘違いしたみたいで。つまりは……その。ああ、もう!全部アンタのせいだからね!」

 

 荀彧の話を要約するとこうだ。

 

 オレの手紙を読んですぐに都へ向かう準備を始めたものだから、荀家の人々は荀彧がオレに仕える決心をしたものだと思ったらしい。荀緄殿も快く送り出したようではあるが本当にいいのだろうか。自分で言うのもなんだが、かなり怪しい経歴だと思うのだが。

 

 一応は高度な政治的配慮もあってオレの出身は京兆尹の長安県となっているようだ。前漢の首都ともなると戸籍調査もしっかり行われてそうだけど、その辺はどうしたのだろう。これを決めたのが張譲というから胡散臭さも倍増する。変な思惑がなければいいが。

 

「しかしアンタも偉くなったわね。まさか中郎将になるなんて。素直に凄いと思うわ」

「オレも驚いてるよ。けっこう部下とも仲良くやれてるし、意外と最近は風当たりも良くてな」

「あっそ。それで、どうするのよ?帰れって言うんだったら帰るけど。袁紹よりはちょっとはマシかと思ったけど、別に乞われたわけでもないし!勝手に勘違いしてきただけのことだし!」

 

 しかし荀彧か。来てくれたのは嬉しいけど本当にいいのだろうか。

 

 うだうだと考えてもいいが、荀彧もなんだかんだで満更でもなさそうに見える。なら別に構わないか。焔耶や香風とも潁川郡時代に話しているのを見たことがあるし、仲良くできるだろ。

 

「勿論歓迎するよ。これからよろしくな」

「……っ!ま、まあ当然の判断ね。なんたって私は王佐の才を持つと称揚されたほどよ!」

「おお、凄いな。そんで何する?軍師?司馬?君にならなんでも、好きなのを任せていいけど」

 

 武官である焔耶や香風とは違い、文官ならまず前線に出ることもないしな。

 

 しかし二人に拗ねられて文句を言われるかもしれないな。その時は王佐の才とやらに何とかしてもらうか。意外と矛先がオレに向きそうな気がしないでもないが。

 

「随分と厚遇じゃないの。実は私のことずっと招きたいと思ってたんでしょ?素直じゃないんだから。ホント素直じゃないんだから」

 

 機嫌が良いのか声もどことなく優しげだ。

 

 焔耶に香風に荀彧。今は一緒にいるが将来的にはどうなるのだろうか。未来のことはわからないが、敵味方に分かれるようなことには出来ることならなってほしくないな。

 

「しかし荀彧よ。君は背が伸びたよな?」

「ホ、ホントに!?」

「嘘だよ。ぜんぜん変わってないや。はははっ」

「むっきー!やっぱりアンタは腹が立つわね!隙を見せた時は覚悟しておきなさいよ!」

 




初期軍師は荀彧で。
魏に行く可能性と両方を見ながら読んで頂けますと幸いです。けっこう悩んでます。

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