ダンジョンに竜の探索に行くのは間違っているだろうか   作:田舎の家

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第八話 そして、開幕のベル

 『ダンジョン』初挑戦の翌日。

 ラーハルト、ヒム、クロコダインは、明日からのダンジョン探索に必要な物資と、教会の補修をする為の材料を買う為に、それぞれの商店に向かった。

 そして、ヒュンケルとベルは、早朝の訓練を終えた後、ヘスティアの案内で、ある【ファミリア】のホームを訪れていた。

 

 「ここが、ボクの知り合いの神、ミアハの【ファミリア】だよ」

 

 西のメインストリートを外れた深い路地裏に、その店はあった。

 その一軒家の看板には、五体満足な人の体を模した『エンブレム』が描かれている。

 

 店の名は『青の薬舗』。

 

 ポーションや道具を扱う、製薬系【ミアハ・ファミリア】のホーム兼店舗である。

 【ファミリア】の活動内容は多岐に渡り、オラリオには、様々な職種の派閥が存在しているのだ。

 

 「このお店で、『ポーション』を売っているんですね」

 

 ベルが、その店の看板に視線を送る。

 

 ヒュンケルが、探索に必要な『回復薬』を入手出来る店はないかと、ヘスティアに訊ねると、彼女はこの【ミアハ・ファミリア】の事を教えてくれた。

 ここは、ポーションの製造と販売を主な活動内容にしている【ファミリア】なのだ。

 

 「お邪魔するよ、ミアハはいるかい?」

 

 両開きの木扉を開け、三人は店内に入った。

 

 「おお、ヘスティアか。ここに来たという事は、そなたが【ファミリア】を結成したという噂は、真なのだな」

 

 ヘスティアが声を掛けると、薄暗い店内にいた神物が振り向いた。

 群青色の髪を伸ばし、くたびれた灰色のローブを纏う長身の男。

 貴公子然とした、この美青年が神ミアハであった。

 

 「そうなのさっ! 今日はその挨拶がてら、この子達がポーションを買いたいって言うから、連れて来たんだよっ」

 

 そう言って、ヘスティアはベルとヒュンケルを左右に従え、豊かな胸を張った。

 

 「は、初めまして、ベル・クラネルといいますっ」

 「オレはヒュンケル。初めてお目にかかる、神ミアハ」

 

 緊張に固まるベルと、あくまで自然体のヒュンケルが、ミアハに挨拶をした。

 

 「ふはは、そう固くならなくても大丈夫だ。私は、そんなに偉い神ではないからな。この【ファミリア】の主神を務める、ミアハだ」

 

 実際に、全く偉ぶる事無く、ミアハは新顔の二人に挨拶を返した。

 

 「そして、この者が私の眷族、ナァーザ・エリスイスだ」

 

 そしてミアハが、店の奥のカウンターにいた獣人の女性を彼らに紹介する。

 

 「初めまして、神ヘスティアとその眷族の方々……」

 

 ナァーザと呼ばれた女性は、抑揚のない声と眠たげな表情のまま、三人にペコリと頭を下げた。

 頭の耳と尻尾を見る限り、獣人の中でも『犬人』シアンスロープと呼ばれる種族なのだろう。

 なぜか、右手だけが長袖で、手袋を嵌めている。

 

 「ミアハはね、ボクが天界から降臨して、オラリオで知り合った神なんだ。まあ、お互い貧乏だし、ボクの知らない事を色々教えてくれたりもする神友さ」

 

 ヘスティアが、ミアハと知り合った経緯を眷族に話す。二柱の神は、良好な関係を結んでいるようだった。

 

 「ポーションを必要としているという事は、二人共冒険者なのだな。うむ、我々のお得意様になって貰えるよう、今日はサービスしようではないか」

 

 ミアハが気前良くそう言うと、後ろの方で、ナァーザが表情を変えずに周囲の温度を下げるが、彼女の主神は気付かない。

 そして、彼らはこの店で売られている『ポーション』を見せて貰った。

 試験管に入れられた、様々な色彩の液体。

 

 「この店で一番安いポーションは、これ……」

 

 ナァーザが手に取った試験管には、青い溶液が詰まっていた。

 

 「飲めば、体力回復効果あり、傷口に掛ければ、治癒効果あり、値段は500ヴァリス」

 「一番安いポーションで、500ヴァリスですか……」

 

 安くても、魔法と同等の効果を持つ薬である。

 昨日のベルの稼ぎでは、これ一本も買えないのだ。

 

 「重傷でも治せる、高等回復薬もあるよ」

 

 さらにナァーザは、数万ヴァリスで販売している高価な薬も出して来る。

 これを使えば、抉れた傷を塞ぎ、大量出血を止め、骨折でも回復させる事が出来るらしい。

 他にも、魔法の使用で消費した精神力を回復させる薬や、毒を治療する薬などが並べられる。

 

 「『エリクサー』という薬は、無いのか?」

 

 ヒュンケルは、ギルドの勉強会でエイナに聞いた薬の事を訊ねる。

 聞いた話では、【ベホマ】に匹敵するような、劇的な回復効果を持つ『万能薬』らしい。

 回復魔法の使い手がいない彼らのパーティでは、傷の治療は薬に頼らざるを得ないので、出来る事なら確保して置きたかった。

 

 「『エリクサー』を作るには、高価な材料が必要。ここみたいな零細な店では、在庫を用意出来ない。代金全額前払いの、完全受注生産でしか作れない……?」

 

 そう言って、ナァーザは首を傾げた。

 

 『エリクサー』は効果が抜群な代わりに、値の張る薬だ。

 【ミアハ・ファミリア】のライバル、【ディアンケヒト・ファミリア】の最高品質の物なら、単価50万ヴァリスはするだろう。

 結成したばかりの【ヘスティア・ファミリア】の冒険者に、手が出せる価格とは思えない。

 

 「ん? ヘスティア、彼は『エリクサー』を求めているようだが、いったい、そなたの眷族のLvはいくつなのだ?」

 

 ミアハも疑問に思ったのか、ヘスティアに問い掛けた。

 

 「あー、うん、ベル君は『恩恵』を貰ったばかりのLv1だけど、ヒュンケル君は、Lv6なんだ」

 

 訊かれたヘスティアは、少し目線を逸らしつつ、二人のLvを告げる。

 

 「「Lv6ッッ!!??」」

 

 主神と眷族の声が、店内に響いた。

 

 「それと、あと三人、ボクの【ファミリア】に入ってくれたヒュンケル君の仲間がいるんだけど、彼らの内、二人がLv6で、一人がLv5なんだよ」

 

 さらにヘスティアがそう付け足すと、ミアハとナァーザの眼が大きく見開かれた。

 

 「ま、まあ、あと何日かしたら、オラリオ中に情報が知れ渡ると思うけど、そういう事になっちゃったんだ……」

 

 派閥結成と同時に、迷宮都市オラリオでも、最強クラスの戦力を保持する事になった【ヘスティア・ファミリア】。

 その名は、少しずつ、だが確実に都市の隅々まで響いて行く事になるのであった。

 

 

 

 「驚いたな、それ程の冒険者達が、そなたの眷族になるとは……。いや、私達が詮索する事ではなかったな……」

 

 ヘスティアの眷族達の力に驚いたミアハだが、余計な詮索はして来なかった。

 噂に聞く、愉快犯の神々とは違って、彼は道理を弁えた神格者のようだと、ヒュンケルは思う。

 神に会うのは、ヘスティアに続いて二柱目だが、彼は神ミアハに好感を持った。

 

 「でも、Lv6の第一級冒険者なら、『エリクサー』を欲しがるのも、それを買えるだけのお金を稼げるのも、納得」

 

 眠たげな表情こそ変わらないものの、ナァーザの瞳に光が灯る。

 

 「では、代金前払いで、『エリクサー』は作って貰えるのか?」

 「うん、お金さえあれば作れる」

 

 大口顧客の予感に、ナァーザの尻尾がブンブンと左右に振れる。

 

 「今は手持ちの金が乏しいが、ダンジョンで纏った金が手に入ったら、注文しに来よう」

 「待ってる」

 

 第一級冒険者の稼ぎを知るナァーザは、その日を期待する事にした。

 

 この日、ヒュンケルは回復薬を纏め買いし、高等回復薬と精神力回復薬も一本ずつ購入した。

 さらに、ミアハが気前良く回復薬を、サービスでおまけしてくれる。

 

 「悪いね、ミアハ」

 「なに、そなたの【ファミリア】結成祝いと思えば、安い物だ。それに、得意客への打算もあるのだ、気にする事ではない」

 「はは、抜け目がないなぁ」

 

 そんな会話の後、ヒュンケル達は『青の薬舗』を出た。

 

 「それじゃあ、神様、ヒュンケルさん、僕はこれからダンジョンに行って来ます」

 

 今日一日やる事があるヒュンケル達と違って、ベルには特に用事がないので、ダンジョンに潜り、戦いに慣れる事にしたのだ。

 

 「うん、気を付けて行っておいでベル君。ボクもこの後、バイトに行くよ」

 

 ヘスティアが、ベルにそう声を掛ける。

 

 「ベル、おまえはこれを持って行け」

 

 ヒュンケルは、さっきミアハにサービスで貰った回復薬を、ベルに渡す。

 

 「良いんですか、ヒュンケルさん?」

 「おまえが生き残るには、必要な物だ。惜しむ理由は無い」

 

 言外に、無事に帰れと言われ、ベルも素直にポーションを受け取った。

 今のベルの稼ぎでは、毎回の探索に購入するのは厳しい品だ。ヒュンケルも、甘やかす気はないものの、ベルを死なせたくはないので、これからもポーションだけは十分に用意する心算だった。

 

 

 この日、ベルとヘスティアと別れたヒュンケルは、ホームに戻って来た。

 廃墟の教会には、他の三人も戻っている。

 彼らはそれぞれ、店で買って来た様々な荷物を背負っていた。

 

 「おお、ヒュンケル、ポーションは手に入ったのか?」

 

 組み立て式のベッドのフレームを軽々と担いだヒムが、ヒュンケルに声を掛ける。

 

 「ああ、ヘスティアに、信用出来そうな神の【ファミリア】が営む、ポーションの専門店を紹介して貰った。これで、怪我の治療は、何とかなる」

 

 戦いとなれば、今までも生傷が絶えなかったので、回復手段は重要だ。

 

 「こっちも、必要な品は、粗方手に入ったぞ」

 

 クロコダインは補修用の板を何枚も担ぎ、ラーハルトの手には、様々な道具や食料の入った袋が握られている。

 

 「では、さっさと、やる事を済ませるぞ。今日一日で終わらせて、明日からダンジョンの探索に向かわねばならん」

 

 一刻も早くダイを見つけ出したいラーハルトは、時間を無駄にしたくなかった。

 

 そして、彼ら四人は、教会の改修作業を開始する。

 廃墟になっていた教会部分の、壁や屋根に空いた穴に、板を打ち付ける。壊れた長椅子を片付け、ベッドを組み立てて設置する。

 これだけでも、随分と居住性が向上した。

 

 「後は、追々やって行くか。贅沢を言えば、きりがない」

 「まあ、ここには寝に帰って来るだけになりそーだしな」

 

 ベッドのマットレスにシーツを敷き、毛布を掛けたクロコダインとヒムが、満足そうに笑みを浮かべた。

 ダンジョン探索に必要な物も、各自が確認する。

 携帯食料や水筒、携帯用の魔石灯や魔石コンロ、野営道具、テント、予備の毛布等々だ。

 嵩張りそうな物は、ヒュンケルの『袋』に入れ、個人の荷物は最小限にした。

 

 「へえ、これがポーションか」

 

 ヒュンケルから手渡された青い液体の入った試験管を、ヒムがしげしげと見つめる。

 

 「オレには、『薬草』は効かなかったけど、これなら、効くかな?」

 

 金属生命体であるヒムは、『メタルスライム』や『メタルキング』と同じような生き物なので、例え手足が吹き飛ぼうが、回復魔法を使えば元に戻せる。

 

 「この世界の薬の効果は、魔法と同質のものらしいから、おそらく可能だろう」

 

 『ハイポーション』や『エリクサー』の効果をナァーザから教えて貰い、ヒュンケルはそう判断した。

 そのポーションを、各人に配り、買って来た腰のポーションホルダーにしまい込む。

 四人は、明日から始まる本格的なダイ捜索に備え、着々と準備を整えるのであった。

 

 

 

 『大樹の迷宮』

 

 十九階層から二十四階層は、そう呼ばれていた。

 樹皮のような壁や天井、燐光の代わりに、発光する苔がそこら中に繁殖し、青い光を投げ掛ける。

 通路や広間にも、無数の植物が茂り、まるで巨大な植物園にでも迷い込んだような気持ちになる場所であった。

 

 「改めて、この『ダンジョン』の不思議さを感じるな……」

 

 十八階層の巨大樹の根元から降りて来て、初めてこの場所を目にしたヒュンケルはそう呟く。

 

 廃教会を改修した翌日。

 四人は、いよいよ安全階層を越えて、十九階層に足を踏み入れていた。

 

 「そうだな、上の十八階層も、相当奇妙なものだったが、この先どんな光景が出て来ても、おかしくはなさそうだ」

 

 ラーハルトも、青光苔が繁殖する天井を見上げた。

 

 「今までのダンジョンとは違って、構造も複雑だな。横道や洞、それに通路には高低差もあるぞ」

 

 迷宮の地図を片手に、クロコダインも唸る。

 

 「でも、やる事は変わらねーだろ。モンスターをブッ飛ばして、先に進むだけだぜ」

 

 ヒムがシンプルに、これからの行動を宣言した。

 

 「フッ、それもそうだな」

 

 それを聞き、ラーハルトも笑みを浮かべて納得する。

 ダイを捜す。彼らはその為に、ここに来たのだ。それの障害となるものは、何であれ突破するのみであろう。

 

 「では、行くぞ。まずは片っ端から、通路を進んでみる。他の冒険者が足を運ばない、階層の奥の方まで行ってみよう」

 

 誰もが行く場所なら、ダイはとっくに誰かに見つかっていなければならない。

 しかし、オラリオでもリヴィラの街でも、ダイのような子供の目撃情報は得られなかった。

 人がいる場所にダイがいないのであれば、人のいない場所を捜すしかない。

 

 そして、ヒュンケル、ラーハルト、クロコダイン、ヒムによる、『ドラゴンの騎士』の探索が開始された。

 

 

 

 青光苔が発する明かりに照らされた、『大樹の迷宮』内を進む四人の戦士達。

 彼らの前に、初見のモンスターの一群が立ち塞がる。

 

 「お出ましだ」

 

 前方から現れたモンスターの群れを前に、ヒムが不敵な笑みを浮かべた。

 

 「先に進むには、撃破するしかない。行くぞ」

 「おうっ!」

 

 一瞬の躊躇もなく、戦闘態勢に入るパーティ。

 その前に、この階層のモンスターが迫る。

 

 熊のような姿の『バグベアー』に、巨大な甲虫の姿をした『マッドビートル』、遠距離から狙撃して来る蜻蛉型モンスター『ガン・リベルラ』等、今までの階層とは全く異なる攻撃手段を持つモンスター達が、集団で襲い掛かって来た。

 

 それらのモンスターに対して、後衛を持たない四人は一斉に前に出ると、各々の武器を振るって、敵を倒して行く。

 

 「ガンガン行こうぜっ!」

 

 飛び出したヒムは、そう叫ぶなり、手近な集団の接敵し、連続攻撃を繰り出してモンスターを撃破する。

 空を飛ぶ『ガン・リベルラ』が、尻尾から弾丸を撃って来るが、壁を蹴って高速で宙に舞い上がったラーハルトは、残像を見せながら回避し、槍でモンスターを撃墜した。

 地上に群れるモンスターは、ヒュンケルが剣で切り裂き、クロコダインが鉄球を振り回し、容赦なく叩き潰す。

 

 四人は圧倒的な戦闘能力で、押し寄せるモンスター達を撃滅し、進路を確保して行くのであった。

 

 

 

 「片付いたな」

 

 敵モンスターの全滅を確認し、ラーハルトが槍を左腕のシールドに納めた。

 金や【経験値】を稼ぐ事を目的とした他の冒険者達とは違い、ダイ捜索を目的とする彼らにとっては、モンスターとの戦いは障害の排除でしかなく、時間の無駄だ。

 

 その為、探索中にモンスターとエンカウントした場合には、可能な状況では逃走し、そうでない場合は、全滅させる。

 戦利品の回収を行ってくれる『サポーター』がいないので、『魔石』と『ドロップアイテム』を拾う為には、そうするしかないのである。

 

 「こんなものか」

 

 モンスターの死骸から『魔石』を抜き取り、『ドロップアイテム』を拾い集めたクロコダインは、それらを麻袋に入れて、ヒュンケルに渡した。

 それらは探索を進める度に、量が増えて行くのだが、ヒュンケルが持つ『袋』に入れれば荷物としての煩わしさを感じる事もない。

 

 そして、一行は地図を手に、ダンジョンの奥へと進む。    

 

   

 

 今回の探索では、ダンジョン内で三泊する事を予定していた。

 その内の一泊は、安全階層には戻らず、モンスターの現れるダンジョン内で行う事を、彼らは考えていた。

 

 「これで良いんだよな」

 

 ヒムが、たった今自分が破壊した壁を見上げる。

 そこには、彼の拳で粉砕された、樹皮のような壁が一面に広がっていた。

 

 「その筈だ。エイナさんの話では、『ダンジョン』は壁を破壊されると、モンスターを産むよりも、壁の修復の方を優先するそうだからな」

 

 冒険者がダンジョンの中で休息を取る時のいくつかの知恵を、ヒュンケルはエイナから聞かされていた。

 壁を破壊し、モンスターから奇襲される事を防ぐ。

 この法則を利用して、冒険者はダンジョン内での休息や宿泊を行うのだ。

 

 周囲の壁を破壊した通路の奥で、ヒュンケル達は暫し休息を取る。

 彼らは徐々に、この『ダンジョン』に慣れつつあった。

 

 

 

 階層の最奥、その場所に四人は辿り着いた。

 これまでの通路とは異なり、洞窟のような造形の通路を進んだ先に、今まで見た事のない光景を彼らは目にする事となった。

 

 「ここが、『食料庫』と呼ばれる場所か」

 「おー、すげー数のモンスターが集まってるぜ」

 

 その場所を眺めて、クロコダインとヒムが目を見開いた。

 ダンジョンの階層の奥にある、大空洞。

 その中心には、赤い光を放つ特大の水晶が屹立し、その周りに無数のモンスター達が群がっている。

 水晶からは、透明な液体が染み出し、それをモンスター達が摂取しているのだ。

 

 「モンスターに食事を提供する場所、という訳だな。やはり、このダンジョンの内部だけで、生態系が完結している」

 

 『食料庫』の中を観察し、ヒュンケルはそう結論付けた。

 

 このダンジョンは、モンスターを産むだけではなく、彼らに武器を与え、食料を与え、休息場所まで用意する。

 人類にとっては脅威だろうが、人が足を踏み入れない限り、ここはモンスターの楽園なのかも知れなかった。

 

 「この場所がどんな場所でも、オレ達には関係ない。ダイ様の手掛かりさえ掴めればな」

 

 ラーハルトは、水晶から滲む液体を舐め取る無数のモンスター達を無視して、『食料庫』全体に視線を向ける。

 しかし、この場所にも、ダイの姿はない。

 

 「あの液体って、人間が飲んでも大丈夫なのか?」

 「ふむ、それは判らんが、これだけのモンスターが居ては、ダイも居る筈はないようだな」

 

 食事に夢中で、こちらには襲い掛かって来ないモンスターを眺め、ヒムとクロコダインもこれ以上のこの場の探索を諦める。

 そして、一行は『食料庫』を後にした。

 

 

 

 ダンジョンに潜り、四日目となった。

 ヒュンケル達は、十八階層での野営を挟みつつ、『大樹の迷宮』の十九階層を駆け回り、地図に描かれていた場所をくまなく探索する。

 そして、場所を二十階層に移し、一行はその深部にまでやって来ていた。

 

 「おお、小さいクロコダインのおっさんが、いっぱい出て来たぞ」

 

 前方に陣取るモンスターの群れを見て、ヒムがそう言った。

 現れたのは、赤い鱗に包まれた二足歩行する蜥蜴のモンスター『リザードマン』達である。

 身長百七十C強と、二Mを遥かに超える巨漢のクロコダインよりも小柄だが、その姿はそっくりで、天然武器の剣と盾で武装していた。

 

 「こいつらが、この世界の『リザードマン』か。今までのモンスター達とは違って、姿形は本当にオレにそっくりだな」

 

 クロコダインは、自分と同じ『リザードマン』を興味深そうに隻眼で眺める。

 これまでの階層でも、『オーク』や『アルミラージ』といった、彼らの世界でも知られる名を持つモンスターには遭遇して来たが、若干姿は違っていた。

 しかし、この『リザードマン』は、体格こそ違えども、その姿はクロコダインと変わらない。

 

 「だが、話が通じないのは、今まで通りのようだな」

 

 魔槍を自然体で構えたラーハルトが、一行に容赦なく襲い掛かって来る『リザードマン』の首を刎ねつつ、そう言った。

 例え、クロコダインと同じ姿をしていても、ラーハルトは敵に容赦はしない。

 

 「戦えるか、クロコダイン?」

 

 ヒュンケルが、一行の中でも最も付き合いの長い戦友に訊ねる。

 

 「無論だヒュンケル。オレは戦士、そして、あいつらも戦士だろう。例え、あいつらが『喋れる』リザードマンであったとしても、戦場で出会えば、戦うのみよっ!」

 

 戦歴で言えば、この一行の中でも、クロコダインが一番長い。

 彼の数々の戦いの中には、同族との戦いもあったのだろう。

 

 「フッ、愚問だったな」

 

 戦場における戦士の掟。

 それは勿論、ヒュンケルも承知している。

 四人は、襲い来る『リザードマン』の群れを撃退し、迷宮を進んだ。

 

 

 

 「ここで、行き止まりか」

 

 その場所は、濃緑の石英があちこちに生え、中心に花畑を持つ長方形の広間。

 ダンジョンの奥とは思えない程、美しい光景だが、この先に進める通路は見当たらなかった。

 

 「やれやれ、たった数日の探索でダイを見つけられるとは思っていなかったが、これは長く掛かりそうだな」

 

 クロコダインが、『グレイトアックス』を肩に担ぎ直し、広間を見渡す。

 ダイの居所を示す情報が、全くない状況では、無駄足を承知で、ダンジョンを徘徊するしかない。

 

 「それじゃあ、どうするんだ? 今度は、もっと深い場所に行ってみるか?」

 

 この階層で産み出されるモンスター程度では、肩慣らしの相手でしかない為、ヒムは退屈気味であった。

 

 「いや、今日はダンジョンに潜って、既に四日目になっている。今回の探索は、ここまでだな。一度、地上に戻ろう」

 

 ヒュンケルがそう提案すると、クロコダインとヒムが納得して頷く。ラーハルトは少し不満そうだったが、彼も異存はないようだ。

 

 「ダイの捜索は、まだ始めたばかりだ。いずれ必ず見つけるぞ、ラーハルト」

 

 使命に忠実な友にそう声を掛け、ヒュンケルは最後に、広間の花畑に視線を送った。

 

 その時である。

 

 彼の眼が、キラリと光る何かを捉えた。

 

 「何だ?」

 

 ヒュンケルは、その光った何かを確認する為に、花畑に近付いた。

 そして、彼は花畑に落ちていた、『それ』を見つけ出した。

 

 「こ、これはっ!」

 

 ヒュンケルは驚愕に目を見開き、それをすぐに拾い上げる。

 

 「どうしたヒュンケル? 何か、見つけたのか」

 

 彼の様子を不思議に思い、他の三人も花畑にやって来る。

 

 「……これが、ここに落ちていた。どうやら、ダイがこのダンジョンにいる事は、もう間違いないようだ……」

 

 やって来た三人に、ヒュンケルは手にした拾い物を掲げた。

 

 「むうう、それはっ!?」

 

 ラーハルトとヒムよりも、クロコダインの驚きの方が大きかった。彼も、それの事を知っていたからだ。

 それは、細い鎖で繋がれた、輝く石のペンダントであった。  

 

 「『アバンの印』。この世界では、オレとダイしかもっていない筈の物だっ!」

 

 ヒュンケルは、そう言って自分の胸に掛けられたペンダントを取り出す。

 それは、勇者アバンが、自分の弟子達に与えた『アバンの使徒』の証。

 聖なる力を秘め、邪を弾く能力を持つ『輝聖石』で出来ている。

 

 「それが、ここにあったという事は、ダイ様は、この場所に居たのだなっ!?」

 

 ついに手に入れた、ダイへの僅かな手掛かり。

 ラーハルトの手に、ぐっと力がこもる。

 

 「ああ、それはもう間違いない。だが、それがいつの事かは判らないし、なぜダイがこれをここに落としてしまったのかも、判らん」

 

 『アバンの印』をダイが捨てる筈がなく、落として気が付かないという事も考え辛い。

 ダイが、ダンジョンの中に居る事は確信しつつも、様々な情報の整合性が取れなかった。

 

 「そうだな、ダンジョンに居る事は、兎も角、なぜ地上に出て来ない? 目撃者の情報も無いという事は、人との接触も断っているという事か?」

 

 クロコダインが唸りつつも、考える。

 なぜダイは、ダンジョンの中に留まり続けているのか。

 

 「或いは、何者かに身柄を拘束されているのかだな……」

 

 ヒュンケルは、無理があると承知で、そう考えてみた。

 

 「おいおい、そりゃあ、いくらなんでも無理だろ。あの大魔王バーンを、倒したやつだぜ。いったい、どーやって、『ドラゴンの騎士』を捕まえて置けるんだよ?」

 

 しかし、そんな事態はないと、ヒムが否定する。

 確かに、ダイが『ドラゴンの騎士』の力を使えば、どんな拘束も無意味であった。やろうと思えば、【ドルオーラ】で、ダンジョンの天井を撃ち抜き、そのまま地上に出る事でも可能なのだ。

 

 「ならば、ダイ様は、自らの意志でダンジョンの中に留まり続けている事になる」

 

 結論はそれしか考えられないのだが、そんな事をダイがする理由が、ラーハルトにも思いつかない。

 

 「うう~む……、これが元の世界ならば、ダイはモンスターと仲良くなって遊んでいるのかも知れんが……、この世界のモンスターでは、いくらダイでも仲良くはなれんだろう……」

 

 ダイは、敵意の無いモンスターは友達だと思っている。

 だが、この世界には、人に敵意を持たないモンスターなど存在しない。

 なので、クロコダインも、人と意志疎通出来るモンスターでもいるのなら、話も変わって来るのだが、と考えつつも、その可能性は否定するしかなかった。

 

 様々な疑問や謎を残しつつ、彼らの今回の探索は終了するのであった。

 

 

 

 ダンジョンの中で、三泊した日の夕刻近く。

 ヒュンケル達四人はダンジョンを出て、バベルの地下一階に戻って来ていた。

 時間が時間なので、ちょうど多くの冒険者もダンジョンから引き揚げて来ていて、バベルの『大穴』の螺旋階段は混雑していた。

 

 一行は、そのまま『ギルド』本部に移動する。

 

 「あっ、皆さん、帰って来たんですね」

 

 本部に入ると、ロビーにいたエイナが、ヒュンケル達に声を掛けて来た。

 

 「エイナさん、今回の探索では、二十階層の奥まで足を踏み入れて来た」

 

 ヒュンケルが、エイナに今回の到達階層を報告する。

 

 「二十階層ですか……。皆さんの実力から言えば、問題なさそうですね。でも、勉強会にはちゃんと出て下さい。不勉強のまま、ダンジョンに潜るのは、お勧め出来ませんから」

 

 実力に反して、浅い階層を回るヒュンケル達にも、エイナは容赦しなかった。

 

 「ああ、お手柔らかに頼む」

 

 苦笑しつつも、エイナのお節介に感謝するヒュンケル。

 

 「なあ、それよりよ、周りの奴らがオレ達の事、じろじろ見て来るぜ」

 

 周囲の冒険者達の視線が、なぜか自分達に集中している事にヒムが気付いた。

 

 「えーと、それは、あれが原因だと思います」

 

 エイナが額に汗を浮かべつつ、ロビーの一角を指差した。

 そこには、壁に設置された巨大掲示板があった。

 掲示板には、無数の羊皮紙が貼り付けられている。その内容は、様々な依頼や危険情報、ギルドの公式情報等で、冒険者への情報提供の場として賑わっていた。

 

 エイナと一緒にそこへ行ってみると、やはり周囲の冒険者がざわめいて、彼らに道を譲る。

 なぜなら、掲示板の中央には、彼ら四人の写実的な似顔絵が描かれた羊皮紙が、貼り付けられていたからだ。

 

 新たにオラリオの街に現れた、四人の冒険者。

 

 それもLv6が三人に、Lv5が一人。それが、結成したばかりの弱小零細【ファミリア】に加わったのである。

 登録から数日が経ち、彼らの名と姿を認知する冒険者達は、増え始めていた。

 突然現れた四人の第一級冒険者の噂は、急速に街中や冒険者達の間に浸透して行く事になる。

 

 因みに、ベルの似顔絵は、隅の方に目立たずに貼ってあった。

 

 

 

 ヒュンケル達は、四日分の『魔石』と『ドロップアイテム』をギルドの換金所で引き取って貰い、ホームに帰って来た。

 隠し部屋に入ると、バイトから帰って来たばかりらしいヘスティアの姿がある。

 

 「おおっ、皆お帰りっ! 何日ぶりだい?」

 「三日前の朝以来だな」

 

 トトトトと音を立てながら近付いて来た女神ヘスティアの姿を、ヒュンケルはじっと見つめた。

 

 「ダイ君を捜すのは良いけど、君達も、休みくらいは取らなきゃダメだぜ。ボクは心配していたんだよ」

 

 事情は知っているものの、眷族達の無理を戒め、可愛く頬を膨らませる女神。

 

 「それでも、収穫はあった。少し希望が見えて来たよ」

 

 そう言いつつ、ヒュンケルは数日前とは彼女の印象が違っている事に気が付いた。

 その違いは、ヘスティアの黒髪にあった。

 最初に出会った時の彼女は、その艶のある黒髪を味気ない髪留めで二つに結っていた。

 

 しかし、今は蒼い花弁を彷彿とさせる飾り付けのリボンに、小さな銀色の鈴の付いた二つの髪飾りで、髪をツインテールにしていた。  

 ヒュンケルの眼から見ても、以前のヘスティアよりも魅力が増して見える。

 その髪飾りは、高くはないだろうが、安くもない。慎重に選ばれたであろう品である事が、察せられた。

 

 「その髪飾りは?」

 「ん、ああこれかい? これはだね、ふっふーんっ!」

 

 眷族達が髪飾りに気が付いてくれたのが嬉しいのか、ヘスティアは機嫌の良さを跳ね上げるように、口元を緩めた。

 

 「無駄遣いしたのか、神様?」

 「だぁぁっ、違うよっ! これは、ベル君がボクにくれたプレゼントさっ!!」

 

 ヒムの無駄遣い発言を否定して、叫ぶヘスティアが言うには、彼女の髪留めが傷んでいる事に気が付いたベルが、お金を貯めて買ってくれた物なのだそうだ。

 

 「ほう、女神殿にプレゼントとは、ベルのやつも隅に置けませんなっ!」

 「そうだろ? そうだよね~」

 

 そう語るヘスティアの顔と頭は、見事にピンク色に染まっていた。ベルがいかに自分の為に頑張ってくれたのか、はしゃぎながら説明する彼女の様子に、皆が苦笑する。

 どうやら、ベルは女神のハートをガッチリと掴んでしまったようだ。

 ベル本人に、どれだけの想いが在るのかは判らないが、ヘスティアは本気のようである。

 

 「だが、それは今のベルの稼ぎで買うには、少し高そうな物だな。あいつは、それを買う為に、無理をしたんじゃないのか?」

 

 ヘスティアの惚気話が一段落ついてから、ヒュンケルは彼女に訊ねた。

 

 「そうなんだよ。ベル君、朝から晩まで『ダンジョン』に潜って、お金を稼いでこれを買ってくれたんだ……」

 

 そう考えると、彼に無理をさせてしまったかと、ヘスティアが一瞬正気に戻る。

 

 「贈り物とは、そういう物だ。苦労して作ったり、手に入れたりするから価値がある。それだけ、相手の事を想っているという事だからな」

 

 ヒュンケルも子供の頃、父に手作りの首飾りを送った事があるので、その時の気持ちが判る。

 

 「それじゃあ、やっぱり、ベル君もボクの事をっ!!」

 

 ヒュンケルは一般的な話をしただけだが、ヘスティアにとっては、追い討ちになったらしい。

 一気に、女神の想いのボルテージが上昇して行く。

 人にとっては重すぎる『神の愛』。

 これからベルは、その重圧と祝福を一身に受ける事になるのだが、それをヒュンケル達は知らなかった。

 

 

 

 それから、一週間程が経過しただろうか。

 その間、ヒュンケル達は『ダンジョン』に潜ってダイを捜す傍ら、ベルの特訓やオラリオ見物に付き合ったり、エイナの勉強会で苦労したりしていた。

 

 そして、今日はダンジョン探索に向かう日。

 上層でベルと別れると、一行は下の階層へと進んでいた。

 

 「んっ、なんだ? 何か騒がしいな」

 

 今ヒュンケル達が居る場所は、十二階層。

 濃い霧が立ち込め、視界が極端に悪い場所だ。

 その霧の中を、何かが泡を食った様子で駆け抜けて行くような気配を、皆が感じ取った。

 

 「今のモンスターか?」

 「ふーむ、そのようだが、何の種類か判らんな。それに、オレ達に見向きもしなかったぞ」

 

 ヒムとクロコダインが、モンスターの妙な行動に首を傾げた。この濃い霧では、何が走り去ったのか、姿が見えなかったのだ。

 

 「何かに、追われてでもいるのだろう。オレ達には、関係のない話だ」

 

 先を急ぎたいラーハルトは、関心がない様子で、霧の中を進もうとする。

 

 その時だった。

 

 ヒュンケルは、視界の閉ざされた霧の奥から、さらに誰かが近付いて来る気配を感じ取った。

 先程のモンスターとは違う、人の気配。

 おそらくは冒険者なのだろうが、彼が感じ取った気配は、『上層』に挑む下級冒険者とは隔絶した強者のもの。

 

 直後、白い霧を裂いて、一人の少女が現れた。

 

 マァムと同じ年頃の、金髪金眼の美少女。手には細身の剣を握り、防御力に疑問があるような露出の多い防具を身に着けている。

 少女は、ヒュンケル達の横を、吹き抜ける風のように軽やかに、素早く走り抜けると、再び霧の中に消えて行った。

 

 ヒュンケルは、なぜか薫風の香りを感じる。

 

 「どけぇ! 雑魚共っ!」

 

 さらに、金髪の少女の後を追うように、凶暴そうな口調で一行を一喝する狼男が現れた。

 こちらも素晴らしい脚力で、瞬く間に、彼らの前から姿を消した。

 

 先程までの喧騒が嘘のように、白霧が漂う階層は、静寂に包まれる。

 

 

 ダンジョンに女の子との出会いを求める少年と、強さを求める事しか知らぬ少女が、間もなく出会う。 

        


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