ダンジョンに竜の探索に行くのは間違っているだろうか   作:田舎の家

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第四話 神の恩恵

 たくさんの書物に囲まれた部屋。

 ここが、女神ヘスティアが【ファミリア】発足に選んだ場所だった。

 本好きな彼女が、物語を始めるのにぴったりの場所であろう。

 

 【ファミリア】発足の最初の儀式、『恩恵』を刻む一番手は、ベルであった。

 ベルに上着を脱がせ、背中を露わにさせると、そこに自らの血を垂らし、ヘスティアは彼を自分の最初の眷族とした。

 

 ヒュンケル達四人も、初めて目にする儀式を興味深そうに見守る。

 ベルの背中に神の血が染み渡り、淡い光を放つと、それが見た事のない黒い文字群へと変化し、背にびっしりと刻まれて行く。

 

 「これが、『神の恩恵』か……!?」

 

 その光景に、一同が目を見開いた。

 

 「そうだよ。そして、これが【ステイタス】だっ!」

 

 ベルの背中に浮き出た文字を、ヘスティアが説明する。

 その人が積み重ねて来た、様々な出来事。

 それを【経験値】として汲み取り、『神血』を媒介にして刻む事で、対象の能力を引き上げる、神にだけ許された力。

 『恩恵』は、子供達から無限の可能性を引き出す。

 

ベル・クラネル

Lv.1

力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:I0

《魔法》

【 】

《スキル》

【 】

 

 背中に現れたベルの【ステイタス】を、ヘスティアはそっと撫でた。

 

 「……さぁ、ベル君。頑張っていこうぜ。ボク達の【ファミリア】はここから始まるんだ」

 「あ、はいっ!」

 

 【神聖文字】で示されたベルの【ステイタス】を、ヘスティアが共通語に訳して羊皮紙に書き写し、皆に見て貰う。

 

 「……何も特別じゃありませんね」

 

 ベルに与えられた『恩恵』、その最初の【ステイタス】は、当然のようにLv1。全ての基本アビリティがゼロであり、魔法もスキルも持ってはいない。

 

 「誰でも、最初はそうなんだよ。まあ、これからのベル君の頑張りに期待だね」

 

 ヘスティアが、皆に【ステイタス】の見方を説明する。

 Lvや基本アビリティ、魔法やスキルの表示などの事だ。

 

 「話には聞いていたが、自分の強さがはっきりとした数値で示されるとは、奇妙なものだな……」

 

 【ステイタス】というものを初めて目にし、異世界の戦士達は戸惑った。

 彼らが認識する『強さ』というものは、体感でしか判らないのだ。

 

 「まあ、同じLv同士なら、技や駆け引きで勝敗が変わる事は良くあるらしいから、【ステイタス】で示された強さも、絶対じゃないさ」

 

 磨き上げ、鍛え抜いた戦闘技術や経験は、時に実力差を覆す。

 実戦を生き抜いて来た彼らには、納得出来る話だった。

 しかし、それでもこの世界では、Lv差は絶対的な力の差でもある。Lvが一つ違えば、一対一の戦いで勝利出来る可能性は、著しく低くなる。

 

 「だから、ギルドも冒険者のLvだけは、公開しているのか」

 

 ヒュンケルは、聞いた話を思い出す。

 基本的に【ステイタス】の情報は、同じ【ファミリア】に所属する者以外には、非公開にされる。

 当然の事だが、強さが数値やスキルで表されるなら、相手の情報を事前に知っておく事は、戦いでは圧倒的に重要になるからだ。

 

 だから、公開される冒険者の強さは、Lvのみ。

 しかし、それだけでも、その者の強さは十分に周知される。

 

 「それじゃあ、次は君達だね」

 

 ベルに『恩恵』を刻み終えたヘスティアが、ヒュンケル達に向き直る。

 

 「その前に、もう一つ説明しておく事があるのだが……」

 

 少し言い難そうな様子で、ヒュンケルが口を開く。

 

 「なんだい? もしかして、まだ何か隠し事があるのかい?」

 「ああ、オレ達のいた世界とこの世界では、暮らしている種族が違うようなんだ」

 「種族が違う?」

 

 そう言われて、ヘスティアが四人を見回す。彼女の目から見ても、四人とも普通の人間、『ヒューマン』にしか見えない。

 

 「オレは人間だが、他の三人は人間とは異なる血を持っている。姿も、人間とは少し違っているから、今は魔法の道具で姿を変えているのだ」

 「魔法の道具で姿を変えている?」

 

 ヘスティアは、改めてヒュンケル以外の三人に視線を向ける。

 『神の力』は封じているとは言え、神の目は子供達の真実の姿を見抜く。

 その神の目を持ってしても、ラーハルト、クロコダイン、ヒムの三人の姿は、普通のヒューマンとしか映らなかった。

 

 「……本当だとしたら、凄い魔道具だね。ボク達、神の目も完全に誤魔化すなんて」

 「精霊達が、天界の宝物庫から持って来た品物だと言っていたな。オレ達が行く先が、どんな場所か判らない以上、姿形だけで敵対的な反応をされる怖れもあったからな」

 

 その精霊達の懸念は的中した。

 この世界には、ラーハルトのような魔族は存在せず、クロコダインやヒムのようなモンスターは、存在そのものが人類の敵だったのだ。

 渡された『変化の首飾り』がなかったら、人々との接触すら困難な状況になっただろう。 

 

 「天界にあった道具かぁー、そんな凄いお宝を、君達の世界の精霊も、良く貸してくれたね」

 

 この世界でも、天界では神々が様々な力を持つ、不思議な道具を所持している。

 ヘスティアは、天界由来の道具と聞いて、神の目も欺く力に納得した。

 

 「変身出来る魔法の道具なんて、凄いじゃないですかっ! 皆さん、本当はどんな姿をしているんですかっ!」

 

 ベルは既に、ヒュンケル達が異世界からやって来たという話を、信じてしまっていた。

 まだ詳しい話を聞いた訳ではないが、彼らは、異世界で途轍もない冒険を経験して来たらしい。

 それこそ、彼が憧れる英雄のような冒険をだ。

 

 「そうだね、ボク達にも、君達の本当の姿を、見せてくれるのかな?」

 

 ヘスティアにそう言われ、皆は一瞬お互いの顔を見回したが、覚悟を決めて彼女に正体を見せる事にした。

 

 「では、オレから見せよう」

 

 一番手は、ラーハルトだった。

 彼が、胸に吊るした『変化の首飾り』の魔法を解除すると、途端に、その姿が元に戻る。ラーハルトは、青い肌に尖り気味の耳を持つ、魔族の姿になった。

 

 「ダークエルフ? いや違う、こんな肌色の種族は、確かにボクも見た事がないよ」

 

 ラーハルトの見た目は、この世界では『エルフ』に似ていた。

 エルフの中には、黒い肌を持つダークエルフもいるが、彼の肌は、黒とも違う青色だ。

 

 「オレは、人間と魔族の混血児だ」

 

 そう、ぶっきらぼうに説明するラーハルト。

 『魔族』は、魔の神によって創造された種族であり、人間よりも、身体能力や魔力、寿命に優れている。

 人間と魔族の血を引くラーハルトは、魔法は得意ではないものの、戦士としては超一流の域に達している男だった。

 

 「魔族かぁ、君達の世界の神は、そんな種族を生んだんだ」

 「強くて魔法も使える種族なんて、凄いですね。エルフみたいですよっ!」

 

 未知の種族の血を引くラーハルトに、ヘスティアやベルの瞳が好奇心に輝く。魔族という未知の存在を目にして、彼らが異世界からやって来たという話に、確かな信憑性が生まれた。

 

 「んじゃ、次はオレだな」

 

 そう言ってヒムが本当の姿を現すと、今度は二人の目が驚きに見開かれる。

 

 「なあっ!?」

 「え、あっ!」

 

 ヘスティアとベルの前で、ヒムの肌が、銀色に輝く金属に変わった。

 それは生物と言うよりも、動く金属製の人形と言った方が正確であろう。

 

 「ま、まさか、君はモンスターなのかいっ!?」

 「まあ、そうだよな。オレは、ハドラー様が禁呪法を使って、オリハルコン製のチェスの駒『兵士』から作った意志を持つ金属人形だ」

 

 ヒムの語る彼の正体。

 それは、驚くべきものだった。

 外道の業とされ、禁じられた魔術の奥義によって、無機物から生み出されたモンスター。知性を持つ呪法生命体。

 その呪法生命体が、何らかの理由によって命を得て、新たに金属生命体として生まれ変わったのが、ヒムであった。

 

 「それじゃあ君は、元は『オリハルコン』でできたチェスの駒だったのかい?」

 

 オリハルコンの名は、ヘスティアも神友の鍛冶神ヘファイストスから聞いた事がある。ダンジョン産の超硬金属アダマンタイトを上回る強度を持つ、天界の永久不滅の超金属である。

 ヒムの身体は、そのオリハルコンの塊なのだ。

 

 「そうだぜ。まあ、自我を得たのが精々四ヶ月前だから、オレの人格自体には歴史がねえんだけど、オレはオレだから、元がどうとかは関係ないな」

 

 今のヒムは、一個の生命体であり、独立した存在である。

 この世界に来たのも、ヒム自身の意志と覚悟によってなのだ。 

 

 「う~ん、確かに君達は異世界から来たんだね。こんなものを見せられちゃね……」

 

 ヘスティアもここまで来ると、異世界の話を信じざるを得なかった。 

 魔法で作られた人形が、意志と知性、自我を持ち、生物に変わるなど、神である彼女から見ても、この世界の常識からは外れている。

 

 「では、オレの姿も見せるか」

 

 しかし、彼女にとっての未知なる存在には、まだ続きがあった。

 最後に、クロコダインがその本当の姿を現す。

 『変化の首飾り』の変身魔法を解除すると、彼の変化が最も大きかったのだ。

 

 肌は赤緋色の鱗に変化し、腰の後ろから尻尾が生え、鋭い牙や爪を有した二足歩行する巨大な蜥蜴に、クロコダインは姿を変えた。

 

 「リ、リザードマンっっ!!」

 「モ、モ、モンスターぁぁっ!!!」

 

 その姿を見て、ヘスティアとベルが仰天した。

 ヒムはまだ人間と同じ大きさ、同じような姿をしているので、ここまでは驚かれなかったのだが、クロコダインの姿は、ダンジョンにいるモンスターと全く同じなので、衝撃は余計に大きかった。

 

 「ほう、この世界にも、リザードマンはいるのか?」

 

 ヘスティアの叫びを聞き、クロコダインはこの世界にも、自分と同じ『リザードマン』というモンスターがいる事を知った。

 

 「た、確かダンジョンの『中層』辺りに、蜥蜴人のモンスターがいるって話は聞いていたけど、ボクも実物を見た事はないよ……」

 

 蜥蜴人の巨体を目にし、それが知性を持って喋っているという事実に、神であるヘスティアも反応に困った。

 

 「まあ、驚くのは判る。オレも聞いた話だが、この世界のモンスターというやつは、理性も知性も持たない、ただの怪物で、人間の敵らしいからな」

 

 そう、喋るリザードマンなど、世界のどこにもいる筈がないのだ。

 

 「だが、オレ達のいた世界では、モンスターといえども、必ず人間と敵対している訳ではないし、知性を持って喋る者も、それなりにはいるのだ」

 

 彼らの世界では、地上にいるモンスターの大半は、魔王の邪悪な意志を受けない限り、人間とは積極的に戦う訳ではない。

 大鼠のチウのように、勉強して喋る者もいれば、上位の獣人族や人型の怪物の中には、喋る上に魔法を使う者さえいるのである。

 

 「そんな世界があるのかぁー、この世界とは全然違うんだね」

 「じゃあ、クロコダインさんは、人間と仲の良いモンスターなんですか?」

 

 次々と明かされる未知の事実に、ヘスティアとベルの反応も、驚きや困惑、好奇と興味の入り混じったものに変わりつつあった。

 

 「そうだな、今では人間の面白さに気が付いた。仲良くなりたい人間とは、仲良くしたいものだな」

 

 そう言って、クロコダインはベルに豪快な笑顔を見せた。

 

 「ベル・クラネルと言ったな。おまえはどうだ?」

 「え?」

 

 ベルが、クロコダインの蜥蜴頭を見る。

 鋭い獣の隻眼、牙を並べた大きな口、見上げるような巨体と相まって、自分と比べれば、それこそ小兎と大蜥蜴が出会っているようなものだ。

 だが、この大蜥蜴には、小兎を食う心算はない。

 

 「オレが恐ろしいか?」

 「えーと、その……、はい……」

 

 縮こまるように、声を落とすベル。正直言って、怪物の姿は恐ろしい。だが、同時に、ベルはこの出会いに何かを感じていた。

 常識に反する間違い。それでも、手を差し伸べるべきという、感情。

 ダンジョンに、女の子との出会いを求めに来たベルだったが、運命はその前に、彼に重大な決断を求めるのであった。

 

 「がはははっ! 正直なやつだ。だが、お前の目は、口で言う程オレを怖れてはいないぞ」

 

 隻眼を煌かせ、クロコダインがベルの深紅色の瞳を見つめる。

 彼の目に映るのは、純然たる怯えであって、嫌悪ではなかった。

 

 「お前も、不思議な目をしたやつだな。ダイを思い出す」

 

 あの純白の輝きを魂に秘めた、純真なる少年ダイ。

 自分を救ってくれたあの光と同じものを、このベルという少年から感じ取り、クロコダインは目を細めると、徐にベルに向かって片手を差し出した。

 

 「えっ!?」

 

 それを見て、ベルが目を丸くする。

 蜥蜴人から握手を求められ、鋭い爪を持つ大きな手を見つめる。ベルの全身から、ぶわっと汗が噴き出す。

 皆の視線が二人に注がれ、幾許かの時が過ぎ去った。

 そして、大きく喉を鳴らしたベルが、ぎこちない笑みを浮かべて、片手を伸ばした。

 

 「…………………………よ、よろしくお願いします」 

 

 差し出されたクロコダインの手を、ベルがおずおずと握った。

 【ヘスティア・ファミリア】の団員一号、ベル・クラネルと、モンスターとの握手は、この時交わされたのであった。

 

 「がははははっ! よろしくな、ベル・クラネル」

 

 ニイッと口を歪ませて、クロコダインは笑った。

 

 『リザードマン』から握手を求められるという、おそらくは人生で最初で最後であろう体験を終え、ベルが大きく息を吐く。

 やってしまったという気持ちもあるのだが、不思議と後悔は湧いてこなかった。

 

 「見ての通りだ、神ヘスティア。異世界からやって来たオレ達は、この世界の常識とは相容れない者かもしれん。それでも、オレ達に力を貸してくれるだろうか?」

 

 ヒュンケルが、ヘスティアに最後の承認を求める。

 異世界の存在とはいえ、モンスターである彼らも受け入れるか否か。

 

 「ベル君も認めたのに、ボクが拒否したら、それこそ神の名折れだよ。えぇいっ! こうなったら、毒と一緒に皿まで食べて見せるさっ!」

 

 やけくそ気味にそう言いつつも、ヘスティアは一同の【ファミリア】入りを認めたのであった。

 

 

 「でも、君達の正体は隠し続けなきゃならないよ。もしも、喋るモンスターがオラリオを歩いているなんて、ギルドや他の【ファミリア】に知れたら、一大事だからね」

 

 事情を知らない者から見れば、モンスターは喋ろうが敵意が無かろうが、全ては敵だ。

 この人類とモンスターとの溝は、簡単に埋まるものではない。

 

 「それは判っている」

 

 クロコダインは、『変化の首飾り』の力を発動し、再び人間の姿に変身した。ラーハルトとヒムも、同様に首飾りを使って人間に変わる。

 

 「うーん、確かに凄い魔道具だねー。それなら、神の目も誤魔化せるから、簡単にはばれないよ」

 

 魔法の道具で人間に姿を変えた三人を見て、ヘスティアが頷く。

 

 「それじゃあ、君達にもボクの『恩恵』を授けてみようか。どうなるのかは、ボクにも判らないんだけど……」

 

 ヘスティアが子供達に『恩恵』を授けるのは、ベルが初めてだった。

 異世界の人間とモンスターに対して、『恩恵』を与えた場合、どんな結果になるかは想像もつかない。 

 

 「じゃあ、ヒュンケル君」

 「ああ」

 

 指名されたヒュンケルが、『神秘の鎧』と上着を脱ぎ、背中を女神にさらした。

 その鍛えられた戦士の背中に、ベルの時と同じように『神血』を垂らす。

 女神の血は、ヒュンケルの背中に沁み込み、光を放つと、黒い文字群へと変化して行く。

 

 「うん、【ステイタス】が浮かんで来たよ」

 

 ヘスティアは、ヒュンケルの背中に刻まれた【ステイタス】を読む。

 

ヒュンケル

Lv.6

力:A853 耐久:SS1077 器用:B710 敏捷:B789 魔力:I0

狩人:F 剣士:F 耐異常:G 魔防:H 治力:H

《魔法》

【 】

《スキル》

【不死戦士】アキレス

『耐久』の限界突破。

『耐久』の高補正。

瀕死時における、『耐久』の超高補正。

【光乃闘志】ブレイブハート

光の闘気使用時、効果向上。

光の闘気の生成量、三倍化。

【自動更新】スタンドアローン

得た経験値によって、ステイタスが自動的に更新される。

 

 「んなぁっ!!!」

 

 ヒュンケルの背に浮かんだ神聖文字を読んだヘスティアが、奇妙な声を上げた。

 そこに刻まれていた予想以上のヒュンケルの力に、驚愕したのだ。

 

 「どうかしたのか?」

 

 怪訝そうな声で、ヒュンケルはヘスティアに訊ねる。

 

 「あー、いや、思っていた以上に、君が強いもんだから、ビックリしたんだよ。ひょっとして、ヒュンケル君、元の世界では有名な戦士だったのかな?」

 

 Lv6の冒険者となれば、世界にその名と実力が轟く英雄だ。

 現在、オラリオにもLv6の者となると、十人はいない筈であり、ヒュンケルの【ステイタス】は、その彼らと比べても優っている。

 

 「有名かどうかは知らんが、剣でオレに勝てる者は、ほとんどいなかったな」

 

 彼と剣で対等に戦えるのは、ドラゴンの騎士であったダイとバラン、伝説の名工にして魔界最強の剣士ロン・ベルクくらいだろう。

 

 「ヒュンケルさんは、そんなに強いんですか、神様?」

 「うん、今【ステイタス】を書き写すね」

 

 ヘスティアが、ヒュンケルの【ステイタス】を共通語に訳し、羊皮紙に書き出した。

 

 「Lv6……」

 

 それを見て、ベルが呆然とする。

 それはオラリオでも、最強クラスの冒険者の実力を示す証であり、田舎者の自分でも名を知っている第一級冒険者達と同格である事を表していた。

 

 「……じゃあ、次はラーハルト君かな?」

 「オレには神の『恩恵』など必要ないが、ダイ様の為ならば、仕方がない」

 

 ラーハルトはそう言って、女神に背中を見せる。

 そして、彼の背にも【ステイタス】が刻まれた。

 

ラーハルト

Lv.6

力:D523 耐久:D567 器用:A891 敏捷:SSS1109 魔力:F378

狩人:F 槍士:F 耐異常:G 高速:G 魔防:H

《魔法》

【ルーラ、トベルーラ】

【 】

【 】

階位別、速攻魔法。

《スキル》

【人魔血脈】ハーフブラッド

全基本アビリティに補正。

【神速槍士】ハイランサー

移動速度強化。

『敏捷』の限界突破。

『敏捷』の超高補正。

【竜血加護】ジークフリート

攻撃力、防御力、魔法効果向上。

【自動更新】スタンドアローン

得た経験値によって、ステイタスが自動的に更新される。

 

 「…………………」

 

 さっきから驚きっぱなしのヘスティアだが、これは予想していた事態だった。ヒュンケルがLv6だった以上、彼と対等に話す他の者達も弱い筈はない。

 案の定、この人間と魔族との混血の青年ラーハルトも、Lv6に達した強者だった。

 ヘスティアは、無言で羊皮紙に【ステイタス】を書き写し、彼に渡した。

 

 「これが、オレの【ステイタス】とやらか……」

 

 自分の持つ力が、数値や説明書きで示される現象。

 その中のスキルの一つ、【竜血加護】をラーハルトは見つめる。

 彼の育ての親バランが、彼を生き返らせる為に与えてくれた『竜の血』。それが、彼の中で確かな力として息づいている事が、そこに示されていた。

 

 「次は、オレだな」

 

 ヒムが『旅人の服』を脱いで、ヘスティアの前にしゃがむ。

 

 「さて、どうなるのかな……」

 

 異世界のモンスターにも、或いは、新たな種族にも『恩恵』は与えられるのか、【ステイタス】は発生しうるのか、それは彼女でも知らなかった。

 

ヒム

Lv.6

力:D538 耐久:D540 器用:D501 敏捷:D523 魔力:D518

格闘:F 耐異常:F 拳打:F 防御:F 魔防:F

《魔法》

【メラ、メラミ、メラゾーマ】

【ギラ、ベギラマ、べギラゴン】

【イオ、イオラ、イオナズン】

【ルーラ、トベルーラ】

階位別、速攻魔法。

《スキル》

【超金属体】タロス 

直接攻撃、超高補正。

物理防御、超高補正。

魔法防御、超高補正。

【兵士昇格】プロモーション

『王』の能力獲得。

全基本アビリティに高補正。

【自動更新】スタンドアローン

得た経験値によって、ステイタスが自動的に更新される。

 

 「出た……」

 

 ヒムの背中に垂らした『神血』は、彼の中から【ステイタス】を引き出した。

 異世界の未知なる種族にも、『恩恵』は有効だったのだ。

 

 「へー、やっぱり、オレはハドラー様の『力』を受け継いだのか」

 

 訳された【ステイタス】を見て、ヒムが嬉しそうにそう言った。

 チェスのルールによって、昇格した兵士であるヒムのスキル。

 そこには、彼が最強の『王』の力を引き継いだ事が示されていた。

 元々ヒムは、メラ系を極めていたが、これによってハドラーが得意としていたギラ系、イオ系の魔法も獲得しているのだ。

 

 「最後は、オレだな」

 

 クロコダインが、『メタルキングの鎧』を脱いで、その大きな背中を晒す。

 

クロコダイン

Lv.5

力:I82 耐久:I88 器用:I22 敏捷:I19 魔力:I0

重戦士:F 耐異常:F 破砕:H 防御:I

《魔法》

【 】

《スキル》

【獣王威光】ビーストキング

モンスターに対する威圧効果。

モンスターに対する、戦闘時の効果補正。

【鋼鉄肉体】サムソン

『力』『耐久』の成長促進。

『力』『耐久』の限界突破。

『力』『耐久』の超高補正。

【自動更新】スタンドアローン

得た経験値によって、ステイタスが自動的に更新される。

 

 『リザードマン』という、純然たるモンスターの姿をしたクロコダインにも、『恩恵』による【ステイタス】は現れた。

 

 「ふーむ、オレだけLv5か。やはり精進せねば、ならんな」

 

 羊皮紙に書き写された自分の【ステイタス】を見て、クロコダインが唸る。

 ヒュンケル、ラーハルト、ヒムがLv6なのに対し、自分はLv5。

 基本アビリティの数値が低いところを見ると、【ランクアップ】したばかりの状態。おそらくクロコダインは、大魔王バーンとの戦いの時、Lv4だったのだろう。

 判ってはいた事ではあるが、彼ら三人との実力差を突き付けられ、己に更なる精進を誓う獣王であった。

 

 四人の背に【ステイタス】を刻んだヘスティアは、その内容を考察する。

 ヒュンケルとラーハルトは、一部の基本アビリティが、限界値である999を超え、評価がSS、或いはSSSになっている。

 

 限界値を突破するスキルを持っているからと推測できるが、そんなスキルが存在する事を、ヘスティアは今まで聞いた事がなかった。

 

 クロコダインも、限界値突破のスキルを持っているので、彼の実際の『力』と『耐久』は、『隠しパラメーター』によって、普通のLv5の冒険者を圧倒している可能性がある。

 ヒムに至っては、発展アビリティとスキルの効果で、攻撃力、防御力、それに魔法への耐性が凄まじい事になっていた。

 彼はチェスの駒『兵士』から生まれたと言っていたが、スキルを見る限り、今のヒムは『プロモーション』というチェスのルールによって、他の駒への昇格を果たしている。

 

 ただの『兵士』ではなく、『王』への昇格。

 

 それも、チェスの『王』ではなく、彼が仕えていた最強の『王』の力を得たらしい。

 その上魔法に関しても、特殊性が浮き彫りになっている。

 

 ヒュンケルとクロコダインは魔法を使えないようだが、ラーハルトとヒムは、階位別、速攻魔法というものを習得していた。

 一つのスロットの中に、階位別に複数の魔法を持ち、しかも、発動の為の長い呪文の詠唱を必要としない速攻魔法。

 それにヒムは、通常習得できる魔法数の上限である、三つを超える四つもの魔法スロットを持っていた。

 

 (Lv6が三人に、Lv5が一人……。上位者だけを見れば、【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】に匹敵する戦力だよ……)

 

 オラリオに於ける最強派閥の両雄、神ロキと神フレイヤの眷族達とも対等に戦える戦士達を、派閥を結成したばかりのヘスティアが得てしまった。

 

 これは、都市のパワーバランスに影響を与えかねない事態だろう。

 

 そして、注目すべきは、四人に共通する【自動更新】というスキルだ。

 このスキルの存在は即ち、彼らには神の手で一々【ステイタス】を更新する必要が無い事を示している。

 彼らは、得た【経験値】がそのまま【ステイタス】に反映され、強くなって行けるのだ。

 

 「もしかしたら、君達の世界の者達は、皆がこのスキルを持っているのかもしれない。君達が知らなかっただけで、君達の世界にも本当は【ステイタス】があって、一人一人が生まれながらに持っていたのかなぁ?」

 

 ヘスティアにも、異世界の神々がどんな形で世界のシステムを作ったのかまでは判らない。

 

 「オレ達が元々『恩恵』とやらを受けていたと?」

 「うん、そんな気がするね。ボクが与えた『恩恵』は、君達の隠されていた【ステイタス】を浮かび上がらせただけなのかもしれない」

 

 そう考えると、いきなり第一級冒険者としての【ステイタス】が現れた事も、説明がつく。

 仮の話だが、ヘスティアがいきなり天界に強制送還されたとしても、ヒュンケル達の【ステイタス】は封印されず、力が失われる事はないのだろう。

 

 「まあ、これも確実な話とは言えないから、この先、ボクの『恩恵』の影響で、君達が新しい魔法やスキルを得る可能性だってあると思うよ」

 

 神の『恩恵』が子供達に与える可能性は無限なので、異世界から来た彼らとて、その影響を受ける事は考えられる。

 そう思って、ヘスティアは己の最初の眷族、ベル・クラネルを見つめた。

 

 ベルは、共通語に訳された四人の強大な【ステイタス】を見て、目を白黒させている。

 改めて自分が知り合った相手が、とんでもない戦士達であると、彼も理解したようだった。

 

 その見るからに、特殊な『レアスキル』とか、詠唱を必要としない『速攻魔法』とか、『限界突破』の基本アビリティなどとは無縁そうな、ごく平凡な少年の姿に、ヘスティアは癒される気持ちになる。

 

 (ベル君だけでも、普通で良かったよ……)

 

 これから、いくらかの騒ぎに巻き込まれる怖れはあるのだが、この少年がいれば、自分も上手くやっていけるような気がするヘスティアであった。

 

 「さあ、これで君達は、ボクの【ファミリア】の一員になった、まあ要するに、『家族』ってやつだねっ!」

 

 色々と問題は多いのだが、ついにヘスティアは、五人の眷族を得て自分の【ヘスティア・ファミリア】を立ち上げた。

 

 「家族か……」

 

 ヘスティアの言葉を聞き、ヒュンケルが呟く。

 彼にとっては、かつて失い、二度と得る事はないと思っていたものだ。

 

 「家族ですか……」

 

 ベルもその言葉に、胸を打たれた。

 親の顔も知らず、育ての親の祖父も亡くして孤独だった彼を、この幼い女神は、新しい家族として受け入れてくれたのだ。

 

 (この神様を守れるように強くなりたい……)

 

 ベルは心の底からそう思った。

 

 

 それから皆は、女神の案内で、【ヘスティア・ファミリア】のホームにやって来た。

 廃棄された居住区に佇む、壊れかけた教会が一同の目に映る。

 

 「ここが、僕達のホームですか。け、結構、趣がありますね」

 

 ベルが額に汗を浮かべて、笑顔を作る。

 

 「ただの廃墟じゃねーか?」

 

 ヒムが、無い眉を顰めた。

 

 「いやいやいや、本命は、この下にあるんだよ」

 

 眷族達の微妙な反応を否定して、ヘスティアは教会の地下室に一同を案内した。

 そこには、上の教会とは違って、生活感のある空間が広がっていた。

 ベッドやソファーが置かれ、キッチンにシャワー室もあり、生活する為に必要な物は、一通り揃っている。

 

 「意外に、ちゃんとした部屋だな」

 

 地下室を見回し、ラーハルトはそんな感想を口にした。

 

 「だが、六人で暮らすには、ちと狭いぞ」

 

 人間に変身していても、規格外の巨体は変わらないクロコダインでは、狭い階段を上り下りするだけでも、大変だった。    

 

 「そうだな。オレ達は、上の教会で休むから、この部屋はヘスティアとベルが使えばいい」

 

 元々野宿には慣れている者達なので、休めるならどこでも良かった。

 

 「それで、君達はいいのかい?」

 「ああ、どこかで材料を手に入れて、上の教会を補修するとしよう。必要な物があれば、買って来ればいい」

 

 ヒュンケルは、自分達の居住場所を、上の教会に決めた。

 今は手持ちの金に限度があるが、『ダンジョン』に潜れば金を稼げる。

 金があれば、この廃墟の教会も、それなりに人が暮らせるように直せるだろう。

 

 「うう、ごめんね、こんな貧乏な神と契約させちゃって……」

 

 折角、眷族を得たというのに、今のヘスティアでは、彼らに十分な宿も提供できない。

 この部屋も、神友ヘファイストスの最後の情けで用意して貰ったものなのだ。

 

 「気にする事はない。こっちは、あれだけの無理を聞いて貰っている。これから、この恩は返す心算だ」

 

 ヒュンケルは、本気で女神に感謝していた。

 彼女が一行を受け入れてくれたお蔭で、漸くダイを捜索する為に、『ダンジョン』に行けるのだ。

 

 「そういう事だな、女神殿。なに、この廃墟もその内に、オレ達が御殿にしてやるぞっ!」

 「そ、そうですよ神様。みんなで頑張れば、きっと僕達の【ファミリア】も大きくなりますよっ!」

 

 クロコダインとベルが、しょんぼりした女神を、励ました。

 

 「……うん、それじゃあ皆に期待させて貰おうかな」

 

 眷族達の励ましを受けて、ヘスティアは復活した。

 

 「じゃあ、夕食にしようか。丁度、ジャガ丸くんがあるから、皆で食べようっ!」

 「オレ達も、旅の携帯食が余っているから、出そう」

 

 ヒュンケルが、腰の『袋』から、携帯食を取り出してテーブルに置く。

 それでも、六人の夕食にしては、寂しいものであったが、それを気にする者はいなかった。

 

 

 【ヘスティア・ファミリア】結成の日の夜は、こうして過ぎて行くのである。       




 『筆者が独断で考える、パワーバランス』

 ヒュンケル、ラーハルト、ヒムは、Lv6では最強クラス。
 クロコダインは、装備、スキル、闘気で、Lv5の上位とも良い勝負ができるが、アイズ、ベート、ティオネ、ティオナには一対一では勝てない。

 スキル、魔法、技とは関係無しに、単純化した比較。

 Lv7 【竜闘気無しのバラン、本気のロン・ベルク】
 Lv8 【超魔生物ハドラー】
 Lv9 【老人大魔王バーン】
 Lv11【真・大魔王バーン】
 Lv12【竜魔人ダイ】
 Lv13【鬼眼王バーン】

 ここまで来ると、もう訳が判らない。

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