ダンジョンに竜の探索に行くのは間違っているだろうか   作:田舎の家

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第一話 勇者の行方

 魔界の神を名乗る大魔王バーンの脅威により、人間が暮らす地上世界は滅亡の危機に瀕した。

 大魔王の配下である魔軍司令ハドラーと六大軍団長率いるモンスターの軍団によって、世界の多くの国が滅ぼされ、人々は絶望の縁に立たされる。

 だが、その脅威は、一人の勇者の少年とその仲間達によって退けられる事となる。

 彼らは幾多の戦いと試練を乗り越え、ついには天空を舞う大魔王の居城を地に落とした。

 そして、遥か高空にて行われた、人知を超えた破壊魔獣同士の一騎打ちの結果、大魔王バーンは勇者に敗れ、その屍は太陽に沈んだ。

 人々は歓喜し、勇者と仲間達の勝利と栄光を称えた。

 しかし、世界を救った勇者は、その後、人々の前に姿を現す事はなかった。

 

 

 勇者ダイが行方不明になって、三ヶ月が経過していた。

 最後の戦いで大魔王バーンを倒したダイだったが、生きていた死神キルバーンの姦計による罠、『黒の核晶』の爆発から地上を救う為、再び天へと舞い上がった。

 そして、ダイは帰って来なかったのだ。

 高空で『黒の核晶』が爆発した後、彼の姿は消えていた。

 彼の仲間を始め、世界中がダイを捜したが、彼を見つける事は出来なかった。

 しかし、ダイが生きている事だけは、皆が確信している。

 パプニカ王国の岬に立つ『ダイの剣』の宝玉からも、ダイの生存を伝える光は消えていない。

 だから、ダイの仲間達は、今日も世界を回り、彼の行方を捜していた。

 

 

 「ここに来るのも、何度目かな……」

 

 男は静かな湖面に視線を送り、その水底にあるものを見つめる。

 年の頃は二十歳前後、銀髪に切れ長の鋭い目を持つ端正な顔立ち、旅用のマントに隠されている鍛えられた身体は、紛れも無く超一流の戦士の肉体。

 しかし、男は戦士の証である武器を携えてはいない。

 ただの旅人の姿をして、戦う用意はしていないのだ。

 

 男の名はヒュンケル。

 勇者ダイの師、勇者アバンの一番弟子であり、同時に大魔王軍六大軍団長の一人、不死騎団長でもあった男だ。

 一度は闇に沈みかけたが、彼の弟弟子達の『純粋』さと『勇気』、そして『慈愛』によって魂を救われた。

 そして、光の側に立ち戻ると、彼は『闘志』を燃やして大魔王と戦ったのである。

 

 悪に染まった過去への贖罪として、最前線で仲間の為に戦い抜いたヒュンケルは、その代償として決して癒える事の無い、大きなダメージをその身に負ってしまった。

 日常生活は送れても、かつて『魔剣戦士』と呼ばれた力は、もう失われている。

 

 「何度でも来るしかなかろう。ダイ様の手掛かりが残されているのならな」

 

 ヒュンケルの隣に立つのは、異形の鞘に穂先を納めた槍を握る、青い肌に尖った耳を持つ青年。

 その人間とは異なる肌の色と耳は、彼が魔族の血を引く事を示していた。

 

 彼の名は、ラーハルト。

 人間の母と魔族の父を持つ混血児であり、かつては超竜軍団長竜騎将バランの元で竜騎衆の一人、陸戦騎を務めていた男だ。

 

 ヒュンケルとの戦いで一度は落命したラーハルトだったが、バランの竜の血を受けて蘇生した。

 そして、自分にとってもう一人の父であるバランの遺言を受け入れ、勇者ダイに忠誠を捧げる為に、最後の戦いの場に彼はやって来た。

 ダイへの忠誠を誓ったラーハルトは、大魔王バーンとの戦いで、ダイの為に捨石となって天地魔闘の構えを攻略する糸口を作り出した。

 

 戦いを生き延びたラーハルトは、ヒュンケルらと共に行方不明になったダイを捜して、世界を旅しているのだった。

 彼らが今いる場所は、ギルドメイン大陸の中央部にある神秘の国テラン王国である。

 ドラゴンの騎士の伝説が眠るというこの地に、ダイの手掛かりを求めて、彼らは何度か足を運んでいた。

 

 「でもよう、ここら辺だって散々探し回ったんだろ? どこに行ったんだよ、勇者ダイは?」

 「うむ、ここまでの調査でも、全く足取りが掴めん」

 

 そう話す二人は、ヒュンケルやラーハルトとは違って、人間からはかけ離れた姿をしている者達だった。

 一人は、銀色に輝くメタリックな肉体に、同じく金属的な光沢を持つ長い銀髪をなびかせた金属人。

 もう一人は、赤緋色の鱗に覆われた巨体に、爬虫類の顔と尻尾を持った、蜥蜴人。

 

 彼らもまた、ダイと共に大魔王と戦った戦士達、ハドラー親衛騎団『兵士』のヒムと、百獣魔団軍団長『獣王』クロコダインであった。

 

 一度はダイと死力を尽くして戦った事もある彼らだったが、最終的には勇者の味方となった。

 クロコダインは、武人としての誇りを取り戻させてくれたダイに惚れ込んだ。

 ヒムは、ハドラー亡き後、呪法生命体から新たに金属生命体へと生まれ変わり、勇者一行の絆の強さに心打たれた。

 

 二人は、大魔王との戦いが終わった後、一時はダイが育ったデルムリン島でモンスター達と暮らしていたが、ブラス老の寂しそうな顔を見て、自分達もダイの捜索に加わるべく島を出て来た。

 今はヒュンケル達に合流し、共に旅をするパーティを結成している。

 

 「姫様からの連絡では、あの剣の宝玉はまだ輝きを失っていないとの事です。生きている事は、間違いありません」

 

 そしてもう一人、パプニカ王国に仕える三賢者の一人で、次女のエイミが捜索隊に加わっていた。

 彼女の場合、ダイの捜索という目的に偽りはないのだが、同時に愛するヒュンケルに付いて行きたいという個人的な気持ちもあって、一行にいるのであった。

 

 ダイを捜しているのは、彼らだけではなく、ダイの仲間である大魔導士ポップと武闘家マァム、それに占い師のメルルがパーティを組んで、別の場所を捜索している。

 

 「手掛かりがあるとすれば、ドラゴンの騎士に所縁のある場所か。テラン王の話では、そうした遺跡がまだ何処かにあるらしいな」

 

 ヒュンケルは、テラン王から聞いた話を思い出す。

 ドラゴンの騎士が生まれてより、数千年の歳月が流れている。

 歴代の騎士達の戦いをサポートする為の施設が、何処かにあっても不思議はない、という話だ。

 

 「ああ、バラン様が傷を癒した『奇跡の泉』や、この湖の底にある『神殿』。いずれも、神々の遺産だ。他にもあるとしたら、人目につかぬ高山の秘境か、樹海の奥か、いずれにしても簡単に見つかる場所ではない筈だ」

 

 ラーハルトも頷いた。

 バランに育てられた彼だが、ドラゴンの騎士の全てを知っている訳でもない。

 そうした遺跡を探すのなら、伝承に頼る他はなかった。

 

 「そんなもん、どこにあるんだよ?」

 「これまで通り、虱潰しに当たるしかないな」

 

 ヒムとクロコダインにも、そんな場所に関する知識はなかった。

 一行は、ダイ捜索に行き詰まってしまったのだ。

 

 ヒュンケルは、もう一度湖に視線を注ぐ。穏やかな湖面は、彼の身体を鏡のように映し出している。

 この三ヶ月、手掛かりらしい手掛かりは掴めず、彼らの旅は難航していた。

 人の多くいる地域は、各国の手の者達が捜してくれるので、彼らは人の踏み入らない場所に赴き、遺跡や廃墟を調べていた。

 

 時に、その地に巣食う凶悪なモンスターや、大魔王軍の残党とも遭遇し、戦闘になったりもした。

 しかし、ラーハルト、ヒム、クロコダインらの戦闘能力を持ってすれば、それらの敵もあっけなく蹴散らす事が出来る。

 

 そんな時、戦えないヒュンケルは、エイミと共に後方に退避するしかない。

 ダイ達を先行させる為に我が身を盾とし、ヒムとの戦いで戦士としての人生すら掛けた事を、ヒュンケルは一切後悔してはいない。

 だが、仲間に守られるしかない今の己には、少し不甲斐無さを感じてはいた。

 

 (ダイ……、お前はいったいどこに行ってしまったんだ……)

 

 ヒュンケルの心の声に、答える者はいなかった。

 

 「やっぱり、ロン・ベルクさんが言っていたように、天界に飛ばされたか、魔界に落ちてしまったのでしょうか?」

 

 エイミが、かつて聞いた魔界の名工ロン・ベルクの推測を口にした。

 これだけ探しても見つからないという事は、ダイは地上にはいないのかもしれない。

 

 「ならば、天界にも魔界にも捜しに行くまでだ」

 

 ラーハルトの忠誠は、どこまでも揺るぎ無い。

 彼はダイの為ならば、笑って死に、神々とも戦う覚悟を持つ戦士だった。

 

 「フハハハッ、同感だな。ダイがいる所なら、オレはどこにでも行くぞっ!」

 

 クロコダインが豪快に笑う。

 彼もまた、ダイには仲間として以上に、武人として忠誠を捧げたいと思っていた。

 

 「へっ、天界に魔界か。面白そうじゃねえかよっ!」

 

 チュスの駒から生まれた、戦う為の兵器であるヒムは、どんな戦いも怖れはしない。ある意味、ドラゴンの騎士の同類であった。

 

 「ああ、必ずダイを見つけ出して、皆に会わせてやらないとな」

 

 この身はもう戦えない。

 ならば、皆への贖罪は、ダイの発見でしかなせないのだ。

 ヒュンケルは、覚悟を高め瞳に力を込める。

 ダイと共に戦った四人の戦士達。

 彼らは、思いを新たに、勇者の捜索に向かうのであった。

 

 

 キィィィィンッ!!

 「「「「ッ!!!!」」」」

 その時だった、唐突に歴戦の戦士達は、自分達を呼ぶ何かの波動を感じた。身を突き抜ける、鋭い刃のような気配だった。

 

 「おい、今のはなんだっ!?」

 「判らん。だが、これは、オレ達を呼んでいるのか?」

 

 ヒムとクロコダインがキョロキョロと辺りを見回す。

 

 「波動ですか? 私は感じませんでしたが……」

 

 賢者のエイミだけは、一行を呼ぶその気配を感じなかった。

 

 「おそらく、オレ達に関わりのある『何か』の気配だ」

 

 ヒュンケルが、波動を強く感じた方角を見る。

 

 「ああ、それに、この気配……。覚えがあるぞ」

 

 ラーハルトは、顔を険しくして、固く『鎧の魔槍』の柄を握る。彼は、その気配を覚えていた。一行の中では、彼が最も長くそれと接していたからだ。

 皆は、波動が伝わって来た方向に向けて、一斉に走り出した。

 

 「ま、待って下さいっ!」

 

 一行の中では、一番常人に近いエイミが、遅れて走る。

 彼らが向かった先は、深い森の中であった。木々の間を、戦士達は疾風のように駆け抜け、目的の場所に到着する。

 

 そこは、森の中でポツンと開けた空き地だった。

 本来ならば、何もない筈のその場所に、今は彼らを呼び寄せたものがある。

 

 「これはっ!」

 

 ヒュンケルは、森の中でそこにだけ届く陽光を浴びて光り輝く、地に突き立った一振りの剣を目にした。

 

 「おいおい、本物かよ」

 「オレが、見間違える筈がない」

 「おう、これは本物だ」

 

 皆が目にしたもの、それは柄に竜頭の飾りを持つ、片刃の長剣だった。

 ドラゴンの騎士の正統たる武器、神秘の超金属オリハルコンを神の手によって鍛えた至高の剣。

 

 「『真魔剛竜剣』。オレ達を呼んだのは、この剣だったのか……」

 

 ヒュンケルは、自分達が呼ばれた先にこの剣があった事に、納得する思いを抱いていた。

 ダイを捜す手掛かりが、漸く彼らの前に現れたのだ。

 

 「オレと同じオリハルコンの剣か。だから、オレも感じ取れたんだな」

 

 ヒム自身は、『真魔剛竜剣』と接した事はない。

 しかし、同じオリハルコンで出来た武器同士として共鳴し、ここに呼ばれたのであった。

 

 「この剣が、オレ達を呼んだという事は、ダイの元へ案内するとでもいうのか?」

 

 クロコダインが、腕を組んで唸る。

 バラン亡き後、この剣の主となる者がいるとすれば、それはダイ以外にはありえない。

 

 「『真魔剛竜剣』は、意志を持つドラゴンの騎士の剣だ。正統なる所有者であるダイ様を、我々同様捜しているのだろう」

 

 ラーハルトは、傷一つ無く再生した刀身を見やり、在りし日のバランを思い浮かべ、その遺言の遵守を改めて誓った。

 

 「でも、この剣をどう使えば、ダイ君を捜せるのでしょうか?」

 

 乱れた息を整えつつ、エイミが疑問を口にする。

 

 「この剣は、オレ達をここに呼び寄せた。ダイを捜すのに、オレ達の助けが必要だと、『真魔剛竜剣』は言っているのだ」

 

 ヒュンケルは、なぜかそう確信していた。

 かつて魔剣戦士と呼ばれた男の直感は、『真魔剛竜剣』の言葉無き意志を感じ取る。

 

 『その通りです』

 

 剣は何も語らない。

 しかし、何者かがそこに集まった一行に、語り掛けて来た。

 

 「誰だっ!」

 

 皆が一斉に警戒する中、ヒュンケルは森の一点に視線を向ける。そこから、数名の誰かが歩み寄って来た。

 それは、薄衣を纏った女性達。

 容姿は魔族に似ているが、白い肌に長い耳を持つ、より神秘的な姿をしていた。

 

 「ま、まさか、天界の精霊……」

 

 賢者のエイミは、彼女達の姿を古文書で見た事があった。

 天界に住まい、神に仕える神秘の種族。

 

 『そうです。私達は、天界から参りました』

 

 精霊達の一人が、一行の前に進み出て来た。どうやら、彼女が代表者らしい。

 

 「天界の精霊が、オレ達に何の用があると?」

 

 ヒュンケルが精霊に問い掛ける。

 

 『はい、勇者ダイの行方を捜す、あなた方に会う為に来ました』

 「っ! もしや、ダイの行方を知っているのかっ!?」

 

 皆の間の衝撃が走る。

 『真魔剛竜剣』と共に、天界の精霊までもが現れた事で予想はしていたものの、ダイの行方に関する情報に、ついに辿り着こうとしているのだった。

 

 『私達は、勇者ダイと大魔王バーンの戦いを観測していました。天界の定めに従い、過度な干渉は行えなかった為に、見ている事しか出来ませんでしたが、全ては見届けております』

 

 武力を持たない精霊達は、大魔王の脅威の前には無力だった。

 彼女達は、ただ結果を見守る事しか出来なかったのだ。

 

 『あの最後の出来事、勇者ダイが高空に『黒の核晶』を運んだ時も、私達は観測を行っていました』

 「では、ダイがどうなったのかも、見ていたと?」

 『はい、あの時『黒の核晶』の爆発によって、空間に僅かな亀裂が発生したのです。勇者ダイは、その亀裂に飲み込まれました。彼はこの世界からは消滅し、こことは異なる世界に飛ばされてしまったと、思われます』

 「「「「異なる世界っ!?」」」」

 

 精霊の語るダイの行方不明の真実に、皆が息を飲んだ。

 

 『次元の壁を隔てて、様々な世界が無限に存在すると考えられます。勇者ダイはそうした、この世界とは異なる世界にいるのです』

 「では、ダイ様は今この世界には、いないと言うのか?」

 

 ラーハルトが、精霊に詰め寄った。

 この世界にいないのならば、どこを捜しても無意味になる。

 

 『はい、その通りです』

 

 精霊は、哀しそうな顔をして、彼らにダイの消息を告げたのだった。

 

 「おいおい、異なる世界って何なんだよ?」

 「オレも知らんな。だが、ダイはそこで生きているのだろう?」

 

 ヒムとクロコダインは、納得出来ない様子で呻く。

 

 『勇者ダイが、今どのような世界に居るのかは判りません。こちらから、それを探る事は私達でも出来ないのです』

 

 次元を超えて異世界を覗く事は、出来ないと精霊達は言う。

 

 「探る事は出来なくても、そのダイが飛ばされたという、異世界とやらに行く事は出来るのか?」

 

 ダイの行方を聞き、ヒュンケルは静かな口調で精霊にそう訊ねる。

 彼の中では、既に覚悟が出来つつあった。ダイが飛ばされたという異世界に行き、彼を捜すという覚悟がだ。

 それは、ラーハルトも同じであり、無言で精霊達に問い掛ける。

 

 『……条件が揃えば、可能です』

 

 精霊が言うには、ダイと繋がりの深い物を道標に使えば、時空の壁を開けて、彼がいる異世界に人を送り込む事は可能だそうだ。

 

 「『ダイの剣』の事か」

 

 あれならば、確かにダイと深く繋がっている物だ。

 ダイのいる世界とやらへの道標として、最適な条件を揃えている。

 

 『但し、誰かを送った後は、私達でもそちらの世界に干渉する事は出来ません。勇者ダイを見つけたとしても、この世界に帰還する手段は、行った先の世界で探さなくてはならないのです』

 

 そう言って、精霊が目を伏せる。

 そして、言い難い事を告げるように、沈痛な表情で続きを語った。

 

 『もしも、帰還する手段が見つからなかった場合、或いは、元からそのような手段が存在しなかった場合には……、その誰かも、勇者ダイも、二度とこの世界に戻って来る事は出来ません』

 

 精霊が告げる、残酷な予測。

 異世界行きは、一方通行であり、帰還出来ない可能性を孕んでいた。

 

 『それでも、行きますか?』

 

 その問い掛けに、戦士達は答える。

 

 「無論だ。オレが異世界とやらへ行き、ダイを連れ戻して来る」

 

 それがアバンの使徒の長兄たる自分の役目だと、ヒュンケルは確信していた。

 

 「言うまでもないが、オレも行く。ダイ様がいらっしゃる場所ならば、地獄の底だろうと、オレには関係無い」

 

 当然の事のようにラーハルトも、異世界行きに名乗り出る。

 

 「ガハハハハッ! ダイにもう一度会えるなら、オレも行くとするかっ!」

 

 クロコダインもその気だった。

 

 「へっ、異世界だか何だか知らねえけどよ、オレだけ仲間外れは無しだぜ」

 

 仲間と認めた者達が死地へ赴くと言うのなら、ヒムも迷わず付き合う心算だった。

 

 「で、では、私も……」

 

 エイミが、自分もと声を上げようとしたが、それをヒュンケルが片手を上げて遮った。

 

 「エイミ、君はこの事を、レオナ姫に報告してくれ」

 

 静かな目線で、ヒュンケルはエイミにそう言った。

 

 「そんなっ、まさか姫様やポップ君達にも断りなく、行く心算なのっ!?」

 「そうだ」

 

 ヒュンケルは、その心算だった。他の三人も同意見であり、黙って二人の会話を聞いている。

 

 「今の精霊の話を聞いただろう。異世界への旅は、最悪の場合この世界に帰還出来なくなると」

 

 行ったきり、戻って来られない旅。

 それは、この世界にいる者との、永劫の別れを意味する。

 それでも、ポップとマァム、それにメルル達は、事情を知れば異世界にまでダイを捜しに行くと、言い出すだろう。

 

 「ポップやマァム、メルルには、この世界に家族がいる。彼らに、二度と肉親に会えなくなる悲しみを味わって欲しくはない」

 

 生みの親と逸れ、育ての親も亡くしたヒュンケルには、その辛さが良く判る。

 幸いと言うべきか、行く気になっている者達は、皆天涯孤独の身の上であり、皆が戦士であった。

 戦士にとっては、仲間の為に死ぬ事も役割の内なのである。

 

 「でも、私はっ!」

 「君にも家族がいる」

 

 彼女には、パプニカの三賢者を務める兄と姉がいた。

 それに、この事は誰かがレオナ姫に伝えなくてはならない。

 口や態度には出さないだろうが、ダイの帰還を最も待ち望んでいるのは、彼女なのだから。

 

 「ヒュンケル、それでも私はあなたと一緒に……」

 「すまない、エイミ」

 

 ヒュンケルは、詰め寄って来たエイミの首筋に、素早く手刀を打ち込んだ。

 

 「あっ!」

 

 その衝撃に、エイミの意識が断たれる。気を失い、倒れ込んだ彼女を、ヒュンケルが抱き上げた。

 

 「やれやれ、相変わらず不器用なやつだな、ヒュンケル」

 

 クロコダインが気の毒そうな目で、彼の腕の中に眠るエイミを見やる。

 

 「オレは、女を幸せに出来るような男ではない。これが……、彼女の為だ」

 

 彼女の気持ちは嬉しい。だからこそ、彼女を不幸にしてしまう自分の元に来るべきではないと、ヒュンケルは思っていた。

 ラーハルトは関心が無さそうであり、ヒムは良く判らない顔をしている。

 

 「待たせたな。さあ、オレ達をダイのいる世界に連れて行ってくれ」

 

 ヒュンケルは、精霊達に向き直り、皆の気持ちを代弁して決意を告げた。

 

 『判りました』

 

 精霊達は頷き、全員への『ルーラ』の行使を行った。

 まず目指す先は、『ダイの剣』が安置されている場所である。

 

 

 精霊達の『ルーラ』で、ヒュンケル達全員は、『ダイの剣』が置かれたパプニカ城近くの岬に移動した。

 そこには、墓標のように台座に突き刺さった一振りの剣がある。

 魔界の名工ロン・ベルクがダイの為に打った、オリハルコン製の剣。

 その鍔元には、宝玉が填め込まれ、それは今も輝きを失っていない。この剣は、ダイの為だけに作られたものであり、その命はダイのそれと繋がっている。

 この剣の宝玉の輝きこそが、ダイの生存を示す証であった。

 ヒュンケルは、台座の前に意識の無いエイミをそっと降ろし、寝かせた。

 

 「この剣があれば、ダイのいる世界に行けるんだな」

 『はい、剣と勇者ダイとの繋がりは健在です。道標としては、問題ありません』

 

 精霊の一人が宝玉の輝きを確認し、答える。

 

 「では、頼む」

 

 戦士達が、覚悟を決めた顔で精霊達と向き直る。

 

 『判りました。ですが、その前に、あなた方に贈り物があります』

 「贈り物?」

 

 意外な申し出に、彼らも戸惑う。

 

 『あなた方が、勇者ダイを救出する為に異世界に行くと決断する事は、予想しておりました。ですので、それを助ける為に、私達が管理する天界の宝物庫から、役に立ちそうな物を持って来たのです』

 

 そう言って、精霊の代表者は、手持ちの『袋』から、一本のガラス瓶を取り出した。

 透明な瓶の中には、植物の葉が浸った液体が入っている。

 

 『まずは、戦士ヒュンケル。これをあなたに』

 

 そのガラス瓶を、精霊がヒュンケルに手渡す。

 

 「これは?」

 『それは、『世界樹の雫』です。それを飲めば、傷付いたあなたの身体を元に戻す事が出来ます』

 

 その葉に、死者をも蘇生させる力を宿すという神秘の存在『世界樹』。

 その世界樹の若葉のエキスを抽出した聖水『世界樹の雫』は、神の奇跡の如き回復力を持っているのだ。

 

 「治るのかっ! この身体がっ!?」

 

 『世界樹の雫』の入ったガラス瓶を見つめ、ヒュンケルは驚愕した。

 二度と戦えないと宣告された彼の身体が、治るという事実。

 それは、ヒュンケルにとっても予想だにしない奇跡であった。

 

 『はい、貴重な薬ではありますが、飲んで下さい。ドラゴンの騎士の帰還、それは神々もお望みの事なのです』

 

 精霊達は、神の許可を貰い、ダイ救出の為に彼らと接触したのだ。

 ヒュンケルは、ガラス瓶の蓋を開け、瑞々しい若葉が浸る雫を一気に飲み干した。

 

 『ドクンッ!!』

 

 その瞬間、彼の心臓が激しく鼓動し、全身が震えた。

 

 「おいヒュンケルっ! 大丈夫かよっ!」

 

 ヒムが声を掛けるが、ヒュンケルの耳には届いていない。

 だが、彼の身体の中に瞬時に染み渡った『世界樹の雫』は、奇跡を起こした。

 ヒュンケルの全身の骨格に及んでいた、魔法でも回復不能だったダメージが修復されて行く。それに伴い、自分の骨が、腱が、筋肉が、より太く、より強靭なものへと変わって行くのが実感出来た。

 幾多の戦いの経験を積み、疲弊していた肉体が一気に蘇り、その結果、彼の身体が超回復を引き起こしたのだ。

 

 漸く震えが治まり、ヒュンケルは両の拳にグッと力を込める。

 全身に力が漲り、闘気が溢れる。

 光の戦士ヒュンケル、完全復活の瞬間だった。

 

 「おお、ヒュンケルっ!!」

 

 その力と闘気を感じ取り、クロコダインが喜びの雄叫びを上げる。

 

 「フッ、これで足手纏いから、戦士に戻ったか」

 

 辛辣な物言いだが、ラーハルトは嬉しそうだった。

 

 「へっ! オレに勝った男はそうでなきゃなっ!」

 

 ヒムも不敵に笑う。

 彼らは、ヒュンケルの復帰を心から歓迎したのだった。

 

 そして、精霊達は、新たな武具も用意してくれていた。

 ヒュンケルの前に、一振りの剣と鎧、それに指輪を持った精霊が近付く。

 

 「っ! その剣はっ!」

 

 精霊が持つ剣に、ヒュンケルは見覚えがあった。

 至高の輝きを放つ両刃の刀身に、鋭い鍔を持つ長剣。その輝きは、『ダイの剣』やヒムの身体と同じものだ。

 

 「『覇者の剣』かっ! なぜ、これがここにある?」

 「そうだぜ、この剣は、ハドラー様の剣じゃねーかよっ!?」

 

 それは、『ダイの剣』『真魔剛竜剣』と共に、オリハルコンで作られた第三の剣『覇者の剣』であった。

 元々は、ロモス王国の所有物であったが、妖魔司教ザボエラの息子ザムザに奪われ、ハドラーに献上された剣である。

 『覇者の剣』は、バーンパレスで行われたダイとハドラーの一騎打ちのおりに、ダイの必殺技アバンストラッシュXによって砕かれた。

 

 『この剣は、私達がバーンパレスの残骸から回収して来ました。強力な魔法の武具の例に漏れず、この剣も自己修復能力を持っているのです』

 

 『覇者の剣』は、この三ヶ月の間に、すっかり元の姿を取り戻していたのだ。

 

 「その剣を、なぜオレに?」

 『異世界に行けば、どんな危険があるか判りません。用心の為に、強力な品々を用意させて頂きました』

 

 そう言って、精霊はヒュンケルに鞘に納めた『覇者の剣』を差し出した。

 

 「貰っとけよ、ヒュンケル。ハドラー様だって、お前が使うなら納得するさ」

 

 ヒムにもそう言われ、ヒュンケルは剣を受け取った。

 他にも精霊は、彼に鎧と指輪を送る。

 

 贈られた鎧は、『神秘の鎧』と呼ばれる品だった。

 一見華奢な観賞用の宝鎧に見えるが、装備者の身体に不可視の力場を張り巡らせる魔法の鎧であり、その防御力は非常に高い。

 神の加護を受けた宝玉が複数填め込まれており、身に着けているだけで、装備者の負傷と体力を急速に回復させる魔力も有している。

 

 三つの指輪を合成したデザインの『スーパーリング』は、心身に異常を齎す様々な攻撃を防いでくれる優れ物だ。

 

 『あなたには、これを』

 

 ラーハルトに贈られる物は、黄金と翡翠色をした『星降る腕輪』。

 流れ星の欠片を素材とする神秘の腕輪であり、身に付けた者の反射神経を劇的に高める力を持っている。

 ロン・ベルク作『鎧の魔槍』に加え、神速を誇るラーハルトがこれを身に付ければ、その動きに対抗出来る者はいないであろう。

 

 「なくても構わんのだが、ダイ様の為に受け取って置こう」

 

 相手が精霊でも変わらぬ上から目線で、彼は腕輪を受け取った。

 

 クロコダインには、いずれも同じ意匠を凝らした、白銀色の防具一式が贈られる。

 世界最強の防御力を持つというレアモンスター、スライムの王『メタルキング』の名を冠した、鎧、兜、籠手、ブーツ、盾の一揃いである。

 これらを身に付けたならば、重戦車の如き防御力に加え、火炎や吹雪による攻撃の大半を無力化し、精神操作系の魔法に対する抵抗力も増すのであった。

 

 そして、彼に用意された武器は、二つ。

 一つ目は、『覇者の剣』と同じく、バーンパレスの残骸から精霊が回収した、ロン・ベルク作『グレイトアックス』。

 二つ目は、特殊合金製の鎖の先に、超重量の棘付き鉄球を取り付けた凶悪な武器『破壊の鉄球』だった。

 いずれも、怪力の持ち主でなければ使いこなせない、重量級の武器であり、凄まじい破壊力を持っている。 

 

 「ほう、『グレイトアックス』まであるのか。こいつは、ありがたいなっ!」

 

 バーンパレスでの戦いで失くした自分の専用武器に再会し、クロコダインは嬉しそうに吼える。

 

 それぞれが、強力な武具を受け取るのを見て、次は自分の番とヒムが精霊に詰め寄った。

 

 「オレには、何をくれるんだっ?」

 

 精霊達に、期待を込めた眼差しを向けるヒム。

 

 『あなたには、これを』

 

 そう言って、精霊の一人が、一着の服をヒムに差し出した。

 

 「おおっ、魔力の込められた伝説の服かっ!?」

 『いいえ、ただの『旅人の服』です」

 

 ドテッ。

 ヒムが、ズッコケた。

 

 『あなたの場合、その肉体そのものが最強の武器であり、最強の鎧です。それ以上の物は、天界にもありませんよ』

 

 神々の武具と同じ素材、超金属オリハルコンの肉体を持ち、格闘戦を得意とするヒムに、武装は無意味だ。

 

 こうして、四人の装備は強化されたのであった。

 

 『それと、これも装備してみて下さい』

 

 精霊が、ラーハルト、クロコダイン、ヒムの三人に、それぞれ同じ首飾りを渡す。

 

 『それは『変化の首飾り』です。身に付けて望めば、様々な種族の姿に変身出来る魔法の道具です。勇者ダイが飛ばされた世界が、どのような世界なのか判らない以上、用心の為に、これで人間に変身しておく事をお勧めします』

 

 向かった先の世界によっては、モンスターが存在しなかったり、或いは、忌避されていたりで、余計なトラブルに巻き込まれる怖れも考えられる。

 人間とはかけ離れた特徴的な容姿を持つ三人だが、この首飾りで人間に変身すれば、誰にも見破られずに行動する事が出来るだろう。

 

 『最後にこれを』

 

 精霊が最後にヒュンケルに渡した物は、物入れの『袋』だった。

 一見何の変哲もない『袋』だが、この中には大きさや重さを無視して、たくさんの物を納める事が出来る。

 貴重な能力を持った、魔法の品なのだ。

 

 「『袋』の中には、回復用のアイテムや、魔法の品、素材等もいくつか入っています。どうか、有効に活用して下さい』

 「至れり尽くせりだな。感謝する」

 

 それらの品々を受け取り、ヒュンケルは精霊達に礼を言った。

 

 そして、全ての準備が整った。

 

 ヒュンケルは、台座から『ダイの剣』を引き抜くと、これも精霊達が回収して来た、魔法の威力を強化する専用の鞘に納めた。

 開いた台座には、ラーハルトが持って来た『真魔剛竜剣』を突き立てる。

 

 「異世界でダイを見つけ、戻る方法も発見出来た時には、この剣を目印にして、オレ達はこちらの世界に帰還出来るのだな?」

 『はい、今現在『真魔剛竜剣』は、勇者ダイの『ドラゴンの紋章』と繋がっています。彼ならば、この剣を座標に取る事が出来るのです』

 

 ダイと一緒になら、彼らもこの世界に戻って来られるのだ。

 

 『それでは、覚悟は宜しいですね?』

 

 精霊が今一度、彼らに覚悟を問うた。

 

 「ダイ様の元へ行くのだ、怖れなど感じん」

 「うむ、ダイに会えるのが楽しみだな」

 「上等だぜ、異世界って所を見物して来てやるよっ!」

 

 皆、とっくに覚悟は固めている。今更揺らぐ者などいなかった。

 

 ヒュンケルは、台座の前に寝かされたエイミの前に跪く。

 そっと彼女の頬を撫で、僅かな時間目を瞑るが、次の瞬間、闘志に燃えた戦士の瞳で、彼女を見た。

 

 「オレ達は、死ぬ為に行くのではない。ダイを見つけ出し、必ずこの世界に帰って来る」

 

 約束しようと、眠る彼女に語り掛けるヒュンケル。

 

 「彼女の事を頼む」

 

 立ち上がり、精霊達にエイミの事を託す。

 

 『判りました』

 

 そして、儀式が始まった。

 四人を中心として、その周りを精霊達が囲み、五芒星を描く。

 彼女達の身体から、強力な魔法力が放射され、それが円の中心に置かれた『ダイの剣』へと集約される。

 徐々に空間が歪み、やがて彼らの足元に、虹色に光る渦が発生した。

 

 「おおっ!?」

 

 精霊の力で作り出された、世界を越える特殊な『旅の扉』の渦だ。

 

 『さあ、お行きなさい、戦士達よ。勇者ダイの元へっ!』

 

 それを合図に、ヒュンケル、ラーハルト、クロコダイン、ヒムの姿は、光の渦に飲み込まれて行った。

 時空を越えて、異世界へとその身が転移する。

 目指す先は、ダイの居る異世界。

 そこがいかなる世界であるのか、彼らは知らない。

 そこで待ち受ける、新たな出会い、そして、新たな戦い。

 

 彼らの、『竜を探す冒険』が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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