ダンジョンに竜の探索に行くのは間違っているだろうか   作:田舎の家

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プロローグ

 そこは、樹皮のような壁や天井で形作られた広間であった。

 所々が発光する青光苔に覆われ、それが発する燐光によって、広間の中は照らされている。

 周囲には、エメラルドのように美しく輝く濃緑の水晶が生え、幻想的な光景を作り出していた。

 その広間の中央には、緑の草と白い花が咲く、瀟洒な花畑が広がっている。

 

 しかし、誰も目にする者がいない筈の、その場所で、異変が起きた。

 突如、中空の何もない空間が奇妙に歪んだかと思うと、次の瞬間、亀裂が走るようにピシッと割れたのだ。

 亀裂は少しずつ大きくなり、やがて空間が裂ける。

 そこから、何かが飛び出し、ドサッと花畑に投げ出された。

 

 花畑に倒れたもの、それは物ではなく人だった。

 見たところ、まだ十一、二歳の子供。

 意識を失った、小柄な黒髪の少年だ。

 装備は何も持っておらず、激しい戦いを経て来たかのように、上半身の服は引き千切れ、半裸の姿になっている。

 身体には、酷い切り傷や火傷を負い、体力も消耗している事が見て取れる。

 

 「うっ……」

 

 それでも、少年は生きていた。

 本来、素晴らしい生命力の持ち主なのであろう。意識を失っていても、少年は顔を顰めて呻き声を上げた。

 だが、そこまでだった。

 少年は、それきりピクリとも動かない。

 

 それから、どれだけの時間が過ぎただろうか。長かったかもしれないし、短かったかもしれない。燐光が照らすその場所で、少年を見つけたものがいた。

 ギチギチと顎を鳴らしながら、広間に通じる通路の先から現れたのは、大きな甲虫だ。

 『マッドビートル』という、人に仇なすモンスターの一種である。

 群れと逸れたのか、大甲虫は一匹でこの場所に現れ、倒れ伏した少年を見つけた。

 

 モンスターにとっては、人の子は餌に過ぎない。

 大甲虫が、少年に迫った。

 ザンッ!

 しかし、少年の頭を噛み潰そうとした瞬間、ロングソードの一閃によって、体内にある『魔石』を両断され、大甲虫はその身を灰の小山に変えた。

 

 「ふう、危ねえ危ねえ、間に合って良かったぜ」

 

 長直剣を振るった者は、そう言って流れる筈のない冷や汗を拭った。

 身体中に鎧を装備したその者の姿を、青光苔の燐光が照らし出す。

 

 赤緋色の鱗に覆われた逞しい肉体、爬虫類の顔には大きな口と鋭い牙が伸び、腰の後ろには長い尻尾が生えている。

 それは、『人』と呼ばれる者の姿ではない。

 知識を持つ者が見れば、彼がモンスターの一種『リザードマン』である事は明白だった。

 そして、驚愕したであろう。

 モンスターが喋っているという、その事実に。

 

 この世界の如何なる学者や知識人に訊いたとしても、信じる者はいないだろう。この世界に生きる人々にとって、モンスターとは、意志の疎通の一切行えない、人類の敵なのだから。

 

 「リド、どうシたのですカ? いきなり、飛び出しテ?」

 

 蜥蜴人の後ろからやって来た者も、やはりモンスターであった。

 金色の羽根を持つ有翼のモンスター『セイレーン』だ。

 

 「見てみろよ、レイ。人間の子供が倒れているぞ」

 

 鋭い爪の生えた指で、花園を指差すリドと呼ばれた蜥蜴人。

 

 「ええ、確かに。まだ子供ですネ。冒険者でしょうカ?」

 

 レイと呼ばれた歌人鳥が、首を傾げた。

 二人は、倒れた少年に近付き、その容態を確認した。

 少年は、酷い傷を負っている。このまま放って置けば、他のモンスターに襲われなかったとしても、いずれ命を落とすだろう。

 

 「……不思議でス。この子カラは、何故か同胞ノ臭いを感じまス」

 

 傷付いた少年を抱き上げ、レイが困惑した様子でそう言った。

 

 「同胞の臭い? おいおい、この子供はどう見てもヒューマンだぜ。モンスターには見えねえ」

 

 レイの呟きに、リドは妙に人間臭く苦笑する。

 

 「リド、この子をどうしますカ?」

 

 歌人鳥のレイは、彼らのリーダーでもある蜥蜴人のリドに、少年の処遇を訪ねる。

 

 「そうだな……」

 

 リドは少し思案した。

 今はまだ、自分達の存在を地上の人々に知られる訳には行かない。

 彼も多くの同胞を束ねる身だ。皆に危害が及ぶ事態は、避けければならない。

 おそらくは、遭難した冒険者の一人であろうこの少年を助けて、自分達の秘密を知られてしまったら、最悪の事態も考えられるのだ。

 

 しかし、彼らには夢があった。

 それは、憧れであり、羨望でもある。

 その夢を果たす為、今ここで一人の人間の子供の命を救う事に、意味はあるのか。

 

 「……助けるか」

 「いいノですネ?」

 

 リーダーの言葉を、レイが確認する。

 

 「ああ、ここで人間の子供を見捨てちまったら、オレっち達、他のモンスターと同じになっちまうからな。皆も、判ってくれるんじゃねえかな」

 

 蜥蜴人のリドは、腹を決めた様子でそう言った。

 

 「判りましタ。それでハ、この子を『隠れ里』に連れテ行きましょう。確か、薬がありましたネ?」

 「ああ、冒険者が落としていった『高等回復薬』が、あったな」

 

 レイから意識の無い少年を受け取り、リドはその逞しい両腕で抱き抱える。

 そして、二匹のモンスターは、水晶に隠された秘密の通路を進み、皆の待つ『隠れ里』に向かった。

 

 

 リドとレイが少年を連れて里に帰って来ると、軽い騒ぎが巻き起こった。

 彼らを非難する声もあったが、大半の同胞達が示したのは好奇心と期待感である。

 魔石灯が明かりを灯す、鍾乳洞に似た特大の広間には、数十匹の様々なモンスターが犇き、二人が連れて来た少年を囲んでいる。

 

 「これを、リド」

 

 赤帽子を被った『ゴブリン』が、青い液体の入った試験管を何本か持って来た。

 

 「おお、これだ」

 

 それを受け取ったリドは、地面に寝かせた少年の身体に、その液体『ハイポーション』を振り掛ける。

 骨折や重傷すら治療する高価な回復薬は、少年の身体の切り傷や火傷を急速に治して行く。

 全身の傷を癒すと、残った薬を少年の口にも流し込んだ。

 

 「ゴクッ」

 

 少年の喉が鳴り、薬が彼の身体の中に染み渡って行く。回復魔法と同じ効果を発揮する薬によって、彼の肉体的疲労も癒される。

 

 「ううっ……」

 

 そして、少年は意識を取り戻した。

 ゆっくりと、その目蓋が開く。

 少年は、ぼうっとした眼差しで、自分の周囲にいる異形の者達に視線を向けた。

 その目に映るのは、爪を、牙を、角を、翼を、鱗を、獣毛を、巨体を持つモンスター達。

 人とは決して相容れぬ、怪物達の姿であった。

 

 「気が付いたか?」

 

 その少年の顔を、リドが覗き込む。

 顔立ちは幼く、齢よりもさらに若く見える童顔。ツンツンした黒髪、頬の十字傷。人間の子供という者をほとんどの者が見た事はないのだが、それでも彼らは、この少年が普通のヒューマンの子供だと疑っていなかった。

 だからだろう、少年の最初の一言は、彼らにとっても予想外のものだった。

 

 「おじさん、誰?」

 

 少年は、『リザードマン』のリドに、普通に話し掛けて来た。

 

 「………………、あれ?」

 

 周りをモンスターに囲まれているというのに、その余りに警戒感の無い言葉に、彼らの方が面喰ってしまった。

 少年は、上体を起こし、ゆっくりと辺りを見回す。

 多数のモンスターの姿をハッキリと認識しても、少年の様子は全く変わらない。

 

 「なあ、オレっちが怖くないのか?」

 

 少年の余りに無頓着な様子に、リドが訊ねる。

 

 「なんで?」

 「リザードマンが喋ってるんだぜ?」

 

 そうである。

 一般常識からすれば、夢と疑う場面であり、現実と知れば驚愕か恐怖に身を震わせるところだ。

 しかし、少年の態度はそのいずれとも違った。

 

 「……?? リザードマンは、喋るよ……」

 

 不思議そうな顔をして、リドに答える少年。

 彼にとって、『リザードマン』が喋るのは当たり前の事でしかない様子だ。

 

 「……おいおい、まさかあんた、オレっち達『異端児』の事を知っているのか?」

 

 少年の常識外れの反応に、リドがそう訊ねた。

 

 『異端児』

 

 それは、従来の常識を覆す、理知を備えたモンスター達の事だった。

 通常のモンスターよりも高い知能、知性を有し、破壊と殺戮の衝動に支配されない『心』を持つ怪物達。

 世界にとっての未知であり、文字通りの『異端』である彼らの存在を知る者は、極限られている筈だった。

 

 「『異端児』? 知らない……」

 

 そんな言葉は、少年の知識の中には無かった。

 

 「でハ、どうして、私達ヲ怖がらないのですカ?」

 

 レイも、少年に問い掛けた。

 

 「……怖がる? だって、お姉さん、モンスターでしょ?」

 「ええ、モンスターです」

 

 それは、否定しようのない現実。

 彼らは、人と敵対する存在、とされている者達。

 

 「モンスターは、ぼくの友達だよ」

 

 だからこそ、その少年の言葉に、『異端児』達は驚愕した。

 固唾を飲んで少年とリドを見守っていたモンスター達が、一斉に騒ぎ始める。

 

 小柄な『ゴブリン』と『ハーピィ』の少女が顔を見合わせ、巨体の『フォモール』や『トロール』が、お互いの頬を抓る。

 『ガーゴイル』や『グリフォン』が宙を舞い、『ラミア』や『アラクネ』が目を丸くした。

 

 『異端児』のモンスター達にとっての、衝撃の言葉を放った少年は、キョトンとした顔で、彼らを見ている。

 リドとレイは、その少年の様子から、彼が心底そう思っている事を悟った。

 モンスターに対する敵意も怖れも持たず、友好を語る少年。

 

 「なあ、あんたいったい、どこの誰なんだ?」

 

 そう訊かずには、いられなかった。

 リドに素性を訊かれ、少年は自分の事を思い出そうとした。

 しかし、彼の頭の中には、自分の過去の事象が何も思い浮かばなかった。

 

 「ここはどこ? ぼくは、誰?」

 

 少年は、全ての記憶を失っていたのだ。

 

 

 記憶を失った黒髪の少年が『異端児』に保護されて、数日が経過していた。

 行く当てもなく、素性も知れない少年は、『隠れ里』でモンスター達と一緒に暮らしていた。

 

 「君、かわいいね、なんていうの?」

 

 少年の前に、だぼだぼの青い戦闘衣を着た、赤い瞳の白兎がいた。額に角を持つモンスター『アルミラージ』だ。

 

 「ぼくの友達になってよ」

 

 そう言って、無邪気な笑顔を向ける少年に、一角兎のアルルが飛びつき、顔を舐めた。

 

 「キュー!」

 「あはっ、くすぐったいよ」

 

 少年は、兎の白い毛並みを撫でる。そこに、嫌悪や偏見の色は欠片も見られない。

 周りで見守る『異端児』のモンスター達も、その光景を微笑ましく感じていた。

 

 「……やっぱり、不思議ナ少年です。もう私達ニ懐いてしまったようですネ」

 

 重傷を負っていた少年の身体は、回復薬と休息によって、瞬く間に回復してしまった。

 そして、回復すると同時に、少年は好奇心に目を輝かせ、『異端児』達と遊び出したのだ。

 

 「みたいだな。しかしよー、どうする?」

 

 リド達『異端児』の中心メンバーは、少年の処遇に頭を悩ませていた。

 身体は治っても、結局少年の記憶は戻らなかった。

 彼は自分の名前も、どこから来たのかも、それにここがどこかも全く覚えていなかった。

 

 『異端児』達は、今のところその存在を地上に人間に知られないように活動している。

 地上には、協力者もいるが、彼らの存在を明るみに出すには、時期尚早だという事は、皆が理解していた。

 自分達の存在を隠す為には、少年をこのまま解放するのは難しい。

 少年の素性が明らかにならない限り、危険な要素があるからだ。

 

 この地下の場所に来る者は、冒険者と呼ばれている。

 地上の街に暮らす神々の『恩恵』を背に受け、【ファミリア】と呼ばれる派閥を形成し、探索にやって来る者達。

 少年も、そうした派閥に所属する神の眷族の一人なら、彼を通じて『異端児』の情報が漏れかねないのだ。

 もしも、彼が記憶を取り戻し、同時にモンスターへの敵意と憎悪も取り戻したとしたら、『異端児』達にとっても脅威となりかねない。

 

 「なんて、主張するやつらもいるしな」

 

 リドは、チラリと、広間の奥に視線を向ける。

 そこには『ガーゴイル』のグロスを初めとして、人間に対する不信感の強いメンバーが陣取っていた。

 

 「だから、フェルズを呼んだのですネ」

 「ああ、まずはあの子供の素性を確かめて貰わなきゃな」

 

 地下勢力である『異端児』の、地上に於ける協力者の一人で、かつては最高位の魔術師であった人物の名をレイが口にした。

 例え記憶を失っていても、少年が神の眷族であるならば、その素性を知る事が出来ると、彼らは知っていた。

 

 そして、その人物が現れた。

 

 「リド、急な呼び出しだったが、冒険者の少年を保護したと言うのは本当か?」

 

 全身を黒衣で覆い隠した謎の人物が、『隠れ里』にやって来た。

 両手に嵌めた漆黒の手袋からは、キリキリと音がする。

 

 「ああ、本当だぜ、フェルズ」

 

 リドが、その謎の魔術師を出迎えた。

 

 「思い切った事をしたものだ」

 「危険は承知だ。でもよ、やっぱり子供を見殺しにしたら、後味が悪いぜ」

 

 そう言って、豪快に笑う蜥蜴人に、フェルズが溜め息を吐いた。

 

 「それによ、あいつ、すげー事言いやがったんだぜ」

 「凄い事?」

 「ああ、モンスターは、ぼくの友達だってよ。まさか人間の口から、そんな言葉を聞ける日が来るとはなっ!」

 

 それを聞き、黒衣の奥でフェルズも驚きの声を漏らした。

 

 「信じられんな、その少年『異端児』に関しては、何も知らないのだろう?」

 

 彼らに関する情報の隠蔽は、徹底して行われて来た。

 一介の冒険者の少年が、理知を備えたモンスターの事を知っている筈がない。

 

 「そうみたいだぜ。それに、あいつ記憶が全くないんだ。自分の名前も、【ファミリア】の事も覚えていないって言ってるぜ。ああ、嘘は吐いていないと思う」

 

 リドとフェルズが少年の方を見る。

 少年は『アルミラージ』や『ヘルハウンド』と追い駆けっこをしていた。

 その様子は、どこにでもいる子供にしか見えない。

 

 「……だから、私を呼んだか。確かに、記憶を失っていようとも、これを使えば、冒険者ならば素性を明らかに出来るからな」

 

 フェルズがローブのポケットから、小瓶を取り出した。

 中には、魔石の欠片に似た結晶と透明感のある真紅の液体が入っている。

 それは『開錠薬』だった。

 神から『恩恵』を受けた眷族の【ステイタス】を、無理矢理に暴く事が出来るという、非合法なアイテムである。

 神の血を原料に、『神秘』の発展アビリティを持つ者だけがこれを作り出せる。

 これを使い、少年の素性を調べる為に、フェルズはここにやって来たのだった。

 

 神の眷族となった者の証【ステイタス】。

 そこには、その者の真名と共に、主神の名が必ず刻み込まれているのだ。

 例え記憶を失っていようと、死体になっていようとも、【ステイタス】を見れば、その者の素性は判明する筈だった。

 

 フェルズは、少年に近付いた。

 黒衣の人物を前にしても、少年は小首を傾げるだけで、逃げなかった。

 

 「君が記憶を失くした少年か。私は、リド達の協力者でフェルズと名乗る魔術師だ」

 「フェルズ、さん?」

 

 少年は、黒衣の魔術師を澄んだ瞳で見上げている。

 

 「リド達に頼まれてね。君の名前や素性を調べたいのだ。もし良ければ、君の背中を見せてはくれないだろうか?」

 「背中?」

 「そうだ。君の背中に、君に関する事が書いてある筈なのだ」

 

 通常、背中の【ステイタス】を、同派閥の者以外が見る事は、マナー違反とされている。

 しかし、状況が状況の上に、少年は【ファミリア】がどういうものかという記憶すら忘れているらしい。

 だからだろう、フェルズの求めに、少年は素直に頷いた。

 

 「うん、いいよ」

 

 そう答え、リド達に貰ったサイズの合わない大きな服を脱ぎ、背中を露わにした。 

 少年の背に、神聖文字で描かれた【ステイタス】は見られない。

 当然の事なのだが、【ステイタス】は他者に見られぬよう、神によって錠が掛けられ、隠蔽されている。

 その錠を解除し、暴く為に、『開錠薬』が必要なのだ。

 

 フェルズは、少年の背に赤い液体を垂らし、模様を描くように肌の上で指を動かす。

 複雑かつ正確な手順に従い、神々の施した錠を開錠すると、碑文を髣髴とさせる文字群が少年の背中に浮かび上がって行く。

 

 「やはり、『神の恩恵』を受けた冒険者だったか」

 

 少年の背に【ステイタス】が浮かぶのを見て、フェルズは呟く。

 そして、豊富な知識を持つ魔術師は、神聖文字で描かれた少年の【ステイタス】を読み解いた。

 

ディーノ

Lv.6

力 :SSS1123 耐久:SSS1188 器用:SSS1104 敏捷:SSS1273

魔力:SSS1101

勇者:F 幸運:G 耐異常:G 剣士:G 魔導:H

《魔法》

【メラ、メラミ、メラゾーマ】           【ホイミ、べホイミ、ベホマ】        

【ギラ、ベギラマ、ベギラゴン】          【ルカニ、ルカナン】

【ヒャド、ヒャダルコ、ヒャダイン、マヒャド】   【スカラ、スクルト】   

【バギ、バギマ、バギクロス】           【ラリホー、ラリホーマ】

【イオ、イオラ、イオナズン】           【ルーラ、トベルーラ】

【デイン、ライデイン、ギガデイン】        【キアリー、キアリク】

階位別、速攻魔法。

《スキル》

【竜魔血脈】ドラゴンブラッド

真のドラゴンと魔の血を持つ者。

全基本アビリティ限界突破。

【竜乃闘気】ドラゴニックオーラ

Lv.及び、発展アビリティの階位昇華。

攻撃力、防御力強化。

出力の上昇と共に、効果向上。

【双竜乃紋】ツインドライブ

竜闘気、効果上昇。

竜闘気の生成量二乗化。

【魔法付与】エンチャントウェポン

武器への攻撃魔法付与能力。

【竜魔人化】マックスバトルフォーム

最終破壊魔獣形態に変身。

全ての敵を殲滅するまで元に戻れない。

【闘遺伝子】ドラゴンクエスト

あらゆる戦闘行動、及び魔法の行使に高補正。

【自動更新】スタンドアローン

得た経験値によって、スタイタスが自動的に更新される。

 

 「!!!」

 

 その内容に、黒衣の魔術師は絶句した。

 少年のLvは、6。

 このLv自体は、驚きはしてもありえない数値ではない。

 だが、それ以外の全ては、数百年の歳月を生きて来たフェルズをして、見た事も聞いた事もない、驚愕の内容だった。

 

 「真名は、ディーノ。主神の名は……、聖母竜……『マザードラゴン』っ!!」

 

 少年の主神は、『神』ではなかった。

 【ステイタス】に示されていた、彼に『恩恵』を与えし者の正体は、『ドラゴン』。

 

 「この子は、真の竜の眷族……か?」

 

 フェルズの声が、未知に震える。

 伝説に聞く、神々と同格の存在である『真の竜』。モンスターの竜とは根本的に異なる超越存在。

 突如、神話の世界に放り込まれ、思考が停止しかねない衝撃を受ける。

 

 「なあ、フェルズ。それで、【ステイタス】には何が書いてあったんだ?」

 

 神聖文字を読めないリドが、フェルズに訊ねる。

 

 「……この子の名前は、ディーノ。所属する【ファミリア】については、不明だ」

 

 辛うじて、そう言うしかなかった。

 

 「ディー……ノ? それが、ぼくの名前?」

 「そのようだ」

 

 記憶の無い少年にも、今告げられるのは名前だけだった。

 少なくとも、フェルズが知る【ファミリア】の中に、ドラゴンを主神とする派閥は存在しない。

 同じく、世界中にその名を轟かす、Lv6に達した第一級冒険者の中にも、ディーノという少年の名は全く知られていなかった。

 

 (だが、恐るべきは、少年のLvではない。『魔法』と『スキル』だ。三十以上もの魔法、それもおそらくは詠唱を必要としない即時発動型の魔法。限界値を突破した基本アビリティ、『勇者』や『幸運』という未知の発展アビリティ……)

 

 いずれも、世界の常識を打ち破る、神々さえ予想しえないであろう【ステイタス】だ。

 

 通常、一人の魔導士が扱える魔法は、三つを上限としている。

 極めて稀に、例外的な魔導士もいるが、その例外である『彼女達』でも、三十以上もの魔法を扱えるとは聞いていない。

 

 (スキルの数が、七つ。色々と凄まじいが、中でもこの【竜乃闘気】というスキル。これを使えば、Lvがさらに【ランクアップ】するというのか……)

 

 Lv6でも、世界に名を轟かせる強者であり、その数は両手で数えられる程度しかいない。

 それを超える者、Lv7となれば、現在世界に一人しかいないのだ。

 

 (しかも、出力次第で効果が向上し、そのスキルを補佐する【双竜乃紋】という別のスキルまで持っている。つまりは、最低でも二階位、出力次第では三階位以上の【ランクアップ】も可能だと言うのかっ!?)

 

 自分の考察結果に、フェルズは愕然とした。

 スキルを発動させれば、Lv9以上の力を持つ、真の竜の血を引く少年。

 フェルズは、改めてディーノという少年を見つめる。

 

 自分の名前を聞き、困惑した様子で首を捻っている姿からは、何の力も悪意も感じられない。

 ただのヒューマンの子供にしか見えないのだ。

 

 (圧倒的な力を内に秘めているが、記憶を失くしている今は、完全に無力化しているようだな……)

 

 寧ろ、それは僥倖だったかもしれない。

 絶大な力を持ち、真の竜の眷族であり、モンスター達を怖れない謎の少年ディーノ。

 未知から来る圧倒的な恐怖、そしてそれを上回る興味が膨れ上がる。

 

 「おい、どうしたんんだよ、フェルズ?」

 「どうカ、しましたカ?」

 

 黙り込む黒衣の魔術師に、リドとレイが話し掛ける。

 

 「いや、なんでもない」

 

 フェルズは、ディーノの背に浮かんだ【ステイタス】の錠を、元の手順とは逆の操作で掛け直し、彼の背中から隠蔽した。

 

 「リド、レイ、頼みがある」

 「ん、なんだ?」

 「この少年ディーノを、暫くの間『異端児』で預かっていて欲しい」

 

 黒布に覆われた顔を向け、蜥蜴人と歌人鳥に少年を預かって貰いたいと、頼むフェルズ。

 

 「おいおい、地上に帰さなくても、いいのかよ?」

 「今は、その方が良いと思う。判ったのは名前だけで、素性が知れないのは、そのままだからな。私が地上で、彼の事を調べてみる。その結果が出るまで、この子は迂闊に地上に連れ出すべきではない」

 

 地上には、多くの神々がいる。

 神々は娯楽に飢え、未知を追い掛ける事に執念を燃やしていた。

 そんな場所に、未知の塊である上に、今は記憶を失って無力化しているディーノを不用意に連れて行けば、どんな事態が巻き起こされるか、想像出来てしまう。

 

 その上、彼は『異端児』の事も知ってしまった。

 事態は、より深刻になりえるのだ。

 

 「ディーノ、君はこのまま彼らと暮らす事になる。嫌かね?」

 

 フェルズが、ディーノにそう訊ねた。

 

 「え、良いよ。ぼく、みんなの事好きだから」

 

 ディーノは無邪気な笑顔を見せて、『異端児』との暮らしを受け入れた。

 彼は、『異端児』のモンスター達に懐いている。

 モンスターを怖れないのは、ディーノ自身がドラゴンの血を引いているからかと、フェルズは思う。

 

 「判ったぜ、こいつはオレっち達が責任を持って預かる。よろしくな、ディーノ」

 「うん、リド」

 

 蜥蜴人の硬い手と、少年の小さな手が固く握り合わされる。

 周りのモンスター達も、手を叩いて少年の参入を歓迎した。

 モンスターを忌避しない謎の少年ディーノは、一部の者を除いて『異端児』の皆が好きになり始めていた。

 

 「さてと、それじゃあ、この場所も移動しなきゃだな。冒険者に見つからないように、移動は深夜にするか」

 

 『異端児』達の共同体は、ダンジョンの中層域から深層域までにある、冒険者がまだ足を踏み入れていない『未開拓領域』を転々と移動し、モンスターが生まれない安全な場所を拠点としていた。

 これまで十数年間、冒険者に見つからずに活動して来た彼らの元にいれば、ディーノも簡単には人に知られずにいられるのだ。

 

 「移動? どこかに行くの?」

 「ああ、今度は、もっと深い場所へ潜ってみるか」

 「潜る? どこへ?」

 

 そう言えば、ディーノは自分が今いる場所の事を何も知らなかった。

 

 「ここって、どこなの?」

 「ん、そうか、まだ教えていなかったな。ここはよう、迷宮都市オラリオの地下に広がる『ダンジョン』なんだ」

 

 リドが、ディーノにこの場所の事を語る。

 

 「ダンジョン?」

 「そうさ、オレっち達モンスターを生み出す母ちゃんみたいなもんかな」

 「お母さん?」

 「おう、そうだ。ディーノにだって、母ちゃんがいる筈だろ? オレっち達の母ちゃんは、この『ダンジョン』なのさっ!」

 

 モンスター達を生み出し、養う地下迷宮。

 それを母と呼ぶ怪物達。

 

 「ぼくの、お母さん……、太陽のような……人?」

 

 不意に、ディーノは誰かの優しい声を聞いたような気がした。

 しかし、彼は何も思いだせない。

 

 「そうですカ、ディーノのお母さんハ、太陽ノような人なんですネ」

 「うん、多分……」

 

 再び真っ白に戻った頭を捻り、ディーノは自信なさげに呟く。

 

 「オレっち達も、いつか太陽が見たいんだよ。その時は、ディーノも一緒に行けるといいな。きっと、母ちゃんにもまた会えるさ」

 

 モンスター達の憧憬、温かい太陽の光と、人との交流。

 それらを彼らに齎す可能性を持った『太陽の子』との邂逅は、やがて世界を変える。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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