日本で参考人招致が行われている頃、アルヌスでは…
日本で参考人招致が行われているその頃、特地のアルヌス駐屯地の野原では、一人の自衛官が戦車乗員用ヘルメット片手に歩いていた。
青空が広がり、巨大な入道雲がふわふわと優雅に浮かんで、じりじりと暑い日差しが肌を焼くように当たる。
野原に響く砲撃音、74式戦車の部隊が今まさに砲撃訓練をしている最中であった。鼻につく火薬の香りと鼓膜に伝わる振動がその凄まじさを物語っている。
彼――西幸 小勝一等陸曹は配属先の戦車部隊を探して歩いていた。そんな彼の目に訓練を終えて休憩をしていた戦車乗員達の姿が映った。彼は近づき声を掛ける。
西幸「申し訳ありません、第一戦闘団第301中隊第1小隊はどこでしょうか?」
戦車長A「本日付けで第1小隊に転属してくるってのはお前か」
西幸「はっ!」
戦車長A「配属早々運が無いな。あの五十部とペアを組むとはなぁ」
西幸「五十部二等陸尉は撃破記録保持の優秀な戦車長と聞いておりますが…」
戦車長B「気を付けな、あいつの二つ名は死神だからよ…」
西幸「えっ…?」
戦車長A「あの丘の上でエンストしている74式だ、そこに居るぜ。」
言われて丘の上を見れば、そこにはまるで王者とでも言うような佇まいで74式が一台停まっていた。
西幸はその74式に近づき、声を掛けようとする。すると砲塔がうなりをあげながら西幸の方へと向き、外部スピーカーを通して五十部と思われる男性の声が聞こえてきた。
五十部「誰だ貴様は…」
西幸「配属を命じられた西幸小勝一等陸曹であります!」
五十部「さっさと乗れ。」
西幸「はぁ?」
五十部「乗れば分かる、俺にあいさつなど不要だからな。」
そう言われ、若干蟠りを残しつつ彼は運転室のハッチを開けて中へと入り込む。
その様子を見て砲塔内部左側に座る女性自衛官の装填手、伊野黒宇城恵とその反対側に座る砲手の桝田天雄が口を開いた。
伊野黒「あんな弱々しい奴で大丈夫かい?」
五十部「俺が決めるんじゃない、この74が決める。俺はただ見守るだけだ…」
桝田「どちらにしろ事はエンジンがかかってからだな。」
西幸「配置につきました!…しかし、この車体はエンストしているのでは?」
五十部「そうじゃねぇ、この74が貴様を試したがってんだ。お前を気に入れば、エンジンは必ずかかる。」
そう言われ、西幸はエンジンをかけるものの…
カチッ......
反応は無かった。
西幸「……駄目です、反応なし!」
五十部「迷うな、疑うな。」
西幸「しかし――」
五十部「もう一度だ…」
西幸は心の中からエンジンはかかると言い聞かせながら、もう一度エンジンキーを回した。
すると…
カチッ
西幸「何ッ!?」
74式の
五十部「ふっふふふふ、快調だな…よーし一号車前へ!直ちに戦闘訓練に参加する!」
西幸「りょっ…了解!」
彼はアクセルを踏み、74式を前進させる。車体は何の問題もなく進み、快調に履帯を回して前へと進む。
五十部「ひぃーやっはははははは!!一曹!戦闘速度へ!誰が駆け足って言った!!増速せよ!!」
舗装なんかされていないデコボコな野原を爆走するため、車体の揺れは必然的に激しくなる。西幸は五十部に異を唱えるが…
西幸「起伏が激しい!これ以上はサスペンションの負荷に危険が!」
五十部「へっぴり腰!これが命令だ!」
彼はそんなことお構いなしのようだ。すると目の前に同じ74式が四両、列をなしてこちらにやってくるのが見えた。普通なら避けるか停止するが、五十部の場合はそのどちらでも無く
五十部「ハンドルそのまま!!」
なんと直進を命令した。もはやこの人に何を言っても無駄だと察した西幸は
西幸「くそぉぉぉぉぉ!!」
もはや半ばやけくそ状態でそのまま突っ走った。
「危ねぇ!?」「避けろ避けろ避けろ!!」「うわぁ!?」
他の74式がギリギリ避けていくのを尻目に車両は突き進んでいく。そんな五十部の車両を今回の練習相手である敵チームが発見した。
「死神様のお出ましだ!!」
「返り討ちだぜ!!」
「お祓いなら任せな!!」
五十部も敵チームを確認、隊員に指示を飛ばす。
五十部「ペイント弾装填!左45度!距離500!」
車体が敵チームと並走状態になる。
桝田は照準を合わせ、伊野黒が装填したのを確認すると攻撃命令を待つ。直後…
五十部「てぇ!!」
命令と同時に発射トリガーを引く。放たれた砲弾は寸分の狂い無く敵車両に命中。
被弾箇所に青いペイントが付着し、撃破判定が上がる。
桝田は続けて次の車両に照準を合わせる。
五十部「次弾装填!…てぇ!…命中を確認!」
「ちくしょぉぉぉ!!」
次弾はエンジンが搭載されている車体後部に着弾。撃破判定で車体は停止する。
ようやく残りの一車両が砲を発射するも、砲弾は当たらずに逸れてしまう。
その時…
五十部「サーチライト!」
五十部の命令に桝田は何の疑問も抱かずに、砲塔に搭載されているアクティブ式赤外線暗視装置の白色投光器を点灯させた。
夜間に1,500メートル先でも本が読める程の明るさを持つ74式の装備。それは昼間でもかなりの光量を持つ。
突如敵車両に当てられた光によって砲手や車長の潜望鏡を白で埋め尽くした。
「なっ、なんだ!?」
敵車両は混乱し、その動きを一瞬だが止めてしまう。その隙に五十部は命令を下した。
五十部「投光器ってのはこうやって使うんだ!てぇ!!」
「なっ、何ぃ!?」
こうして最後に残った車両も撃破判定を受けて停止。
西幸はそんな彼の戦い方を見て呆気にとられていた。たった一両で四両の戦車を撃破、勝利したのだから。
夕暮れ時…疲れ切った西幸は戦車から転げ落ちるように降りた。
膝に手をついて、肩で息をする。額にはうっすら汗が流れる。それもそうだろう、彼は今までやったことのないような操縦を先ほどからしていたのだから。
ふと後ろを振り向くとそこには顔に傷跡、顎鬚を蓄えた歴戦の戦士と言った印象を持つ男が砲塔の上に立っていた。
五十部「五十部陸人二等陸尉だ…」
その砲塔の左側ハッチからは年若い女性が顔を出し、反対側の車長用キューポラからは褐色肌の男性が同じく顔を出していた。
伊野黒「伊野黒宇城恵だ。よろしくな、新顔。」
桝田「桝田天雄だ。随分疲れているな、ドロップでも食うか?」
西幸は五十部には死神が憑いていると言われているのを思い出した。
だが今の彼にとっては、五十部自身が死神のような雰囲気を醸し出していた。
西幸は自分が乗ったこの車両の未来に、不安を感じざるをえなかった。