混沌の中で選ばれし英雄 ~理不尽な世界を魔法と人型兵器で破壊してやる~ 作:氷炎の双剣
ラインの部屋への訪問者
ティナのチームとの卒業試験が終わった次の日、鼻歌交じりながら部屋を掃除するマナン。
今日も彼は部屋の隅々まで掃除する。普通に綺麗だが毎日しないとゴミは溜まっていくものだ。
マナンの趣味ともなっている掃除を俺が手伝おうとしたら、邪魔と追い出される始末だった。
仕方なく部屋を出てどこかへぶらつく。
そんなマナンだけの部屋に訪問者が訪れる。訪問者は開いているドアをノックして知らせる。
振り向くとティナがドアに寄りかかっていた。
「あれ? マナンだけ? ラインは?」
ラインはぶらついているだろうから正確な場所は分からない。
「ラインは今散歩だよ。1時間もしたら戻って来ると思うけど、待つ?」
ティナにテーブルの近くに座るよう促す。
ティナはありがとうと言ってテーブルの近くに横座りで座る。
掃除したかったけど、来客では出来ない。
ティナの前に紅茶を出すと目を見開くティナ。
「えっ!? こんなのが2人の部屋にあるの!?」
ティナは驚いているけどそんなに驚くほどだろうか。
「うん、部屋に温かい飲み物が無いのも寂しいから」
「いやそうだけど……わざわざ用意するなんて……部屋に冷蔵庫あるから冷たい飲み物だけしか無いわ。女子力高いわね」
誉められているのか、貶されているのか最近分からなくなってきた……
そんなマッタリとした雰囲気の中、新たな来客だった。
先程と同様にドアがノックされる。
2人が振り返るとそこにはマヤがいた。
「あら、ティナがいるのね」
少し意外そうにするマヤにティナは怪訝な表情になる。
「そう? 2人とは友達だから遊びに来たのは普通だと思うけど……まあ今日は昨日の復讐に来たのだけど……」
指の関節を鳴らすティナの表情は修羅のようだ。
「昨日の復讐? ……そういえば試合中貴方キレてたけど、ラインに何か言われたのかしら?」
「えっそれは……その……む、胸の事を……」
恥ずかしそうに呟くティナにマヤは一瞥して納得する。
「なるほどね……」
「何がなるほどなのよ!!」
猫が威嚇するように毛を逆立てるティナ。とある部分の戦力差は明らかだ。
わざとらしく腕組みをするマヤ。いやらしい挑発だ。
でもそれは軽口という事は僕でも分かる。そう、マヤは見下す時は目線が冷たいからだ。
だが今は楽しそうに笑っている。
本気で言ってない事が分かったティナも本気で怒れないでいる。そうこれはコミュニケーションなのだ。
……暫くして落ち着いた頃、マヤが紅茶の入ったカップを置くと話を切り出して来る。
「……ねぇ、ティナ。少し付き合ってくれない?」
そう言うマヤの顔に真剣さが滲む。
「ええ。良いわよ」
即答したティナ。
どうやら僕はお邪魔みたいだ。
「ねぇ、僕が外に行っても良いけど……」
話すなら紅茶を飲みながらでも良いはずだ。
でもマヤは横に首を振る。
「有難いけど、そろそろラインが散歩から帰って来るだろうし、掃除の邪魔になりそうだから……紅茶美味しかったわ」
紅茶のお礼を言われ、立ち上がるマヤ。お礼を言われてはもう引き留められない。
「また、遊びに来てね」
そう言って2人を見送った。
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前をゆっくりと歩くマヤの背中にを見つめる。私より少し身長が高いはずなのだが何故か今日は少し大きく見えた。
無言で後ろを付いて行く。別にケンカした訳じゃない。さっき真剣な表情を浮かべたので向こうが切り出すのを待っているだけだ。
やっと足が止まった場所はアカデミーの屋上だった。昼間だからまだ暖かいが、たまに冷風が吹く。コートが無ければこんな所には来たくない。
手すりまで行くとマヤをこちらに振り向く。
「こんな所まで着いてきてくれてありがとうね」
「……こんな所まで連れてきてまさか連れションとかないでしょうね?」
さっきの胸の件のお返しとばかりに軽口を叩くが、マヤは微笑を浮かべた。
「そんな訳無いわ。誰にも聞かれたくない話なのよ」
軽口に反応しないほど真剣な話だったのか。少し先程の自分を恥じた。
「ごめん。私で良かったら聞こうじゃないの」
どんとこいと胸を張るがマヤの次の言葉で耳を疑うのであった。
「私ね、ラインに告白しようと思うの」
ーーは? ラインに告白?
「ーーって、ええええ!? な、何でラインにこ、告白するの?」
混乱した頭で聞き返すが、口が思うように回らない。
するとそれが可笑しいのかマヤはクスリと笑いながら答える。
「そんなに驚かなくても……そんなに意外だったかしら?」
さも不思議そうに首をかしげるマヤ。いや、びっくりしてるよ。
「そりぁびっくりするわよ。だってあの冷徹の女王と呼ばれたあなたが人を好きになるなんて頭でも打ったの? と聞きたくなるわよ」
だがマヤに特に可笑しい所は無い。いつも通り冷静であるが今日は若干頬が赤みを帯びている。それは寒さからなのか、照れているのか確かめようは無い。
「私は至って健康よ。薬もやってないし、寝てないわけでもない。私の本心からそう思っているのよ」
そう言ったマヤの頬は更に赤みを増す。あ、これは照れてるのね。まさか冷徹の女王のデレる所が見られるとは思わなかった。
「そ、そう。でも何でラインなの? 他にいい男は沢山居るわよ」
と言った私だけど、思い当たる男にいい男は少ない。グレンも出て来たが速攻、一蹴する。
マヤも同じく首を傾げる。
「他に居たかしら……でも私の灰色な世界に色を付けてくれたのはラインなのよ。
頭首としての責務と周りとの競争に明け暮れる日々。いつからかこの世界がつまらなくなったわ。唯一の楽しみの読書もプレッシャーに押し潰されてのめり込めなくなった。
そんな時ラインが私に思い出させてくれた。お父様に貰った大切な言葉を。
それから私は忘れていた仲間を思い出したわ。そしていつも脳裏に浮かぶのはラインの笑顔。
いっぱい調べたけど出てくるのは恋。これが恋なのね……」
いわゆる乙女の顔になっているマヤ。あの冷徹の女王をこんな顔にさせるなんてラインは媚薬でも盛ったのかしら?
ますます謎めいてくるマヤの惚れっぷりに頭を抱えているとマヤはニコリと笑う。同性ながらもドキリとさせる笑顔は初めて見せた表情だった。恋する乙女は可愛くなる魔法が使えるのかしら。
「ねぇ、そういえばあなたはラインの事どう思っているの?」
「ーー変態」
自分でもびっくりするほど即答した。マヤも同じくびっくりしている。
「変態!? ふふっ、まさかそんな答えが返ってくるとは思わなかったわ」
マヤは信じられないといった顔をするが、ラインは妹にデレデレするし、ウチの喫茶で私を脱がせた事は絶対に忘れないわよ。それにしてもあの時の私はどうかしてたわね……
蘇る黒歴史。あの時の事を口外するのはタブーである。
その事を知らないマヤはラインは良い奴に見えるのだろうか。
「そうよ、アイツは変態だし、ロリコンだし、デリカシー無いし。それに日本オタクだし。語ると止まらないのよ、辞めて欲しいわ」
思いついた悪いところを挙げていく。それを踏まえた上で判断して貰わないと。
だがマヤの笑顔は変わらなかった。
「……いっぱい知ってるのね。私の知らない事ばかり。羨ましいわ」
「そりゃあもう2年の付き合いになるからね。羨ましい? そんなのないない」
否定するがマヤの少し羨ましそうな表情は変わらない。恋する乙女は思考しているのだろうか。
「じゃあ私が先に告白しても良いのね?」
マヤは何が言いたいのだろうか。
「何でそこで私に許可を取るのかしら? ラインとは友達だけよ?」
あり得ないと馬鹿にするがマヤの鋭い眼光に笑うのを止める。
「……私は恋は正々堂々と戦うべきだと思う。卑怯なのは戦争だけで十分よ。ホントに良いのかしら?」
「……良いよ」
何かが私の口が開くのを重くさせた。やっと出た言葉だったが、この言葉を言った瞬間、ずきりと心が痛んだ。
何故心が痛んだのかこの時の私には分からなかった。
この話はラインが知るよしもありません。ティナだけが知る話です。