混沌の中で選ばれし英雄 ~理不尽な世界を魔法と人型兵器で破壊してやる~ 作:氷炎の双剣
次話は閑話という名の本編です。
敵味方双方の多くの死体が視界に入る。もちろん心地良い物では無く、早々とここを立ち去りたいがそれをさせてくれない程の精神的疲労と肉体的疲労に襲われていた。
唯々呼吸をしているだけで、空に魂が抜けていくかのようだ。
隣に座るマヤも同じでさっきの会話以降話していない。別に無理に話さなさなくてもいい関係だった。
日差しのほんわかとした暖かさと溜まった疲労がちょうど睡魔となって襲いかかる。また自分達の戦いは終わったんだという安心感が緊張感を無くし、睡魔を巨大化させる。もはや睡魔に抗うのに必死だ。
そんな時に横から強い衝撃を受けて瓦礫から転げ落ちそうになるがその瞬間意識が覚醒し、距離を取って体勢を立て直す。
マヤがタックルしたのか!? 何をする!?
困惑しながらマヤを見るとちょうど仰向けに倒れている敵魔法師から発射された一筋の光がマヤを貫く所だった。
そこから何秒経ったのか分からない。時が止まったような感覚に落ちていると、誰かの怒号によって我に返る。
「ちくしょう!! 悪あがきしやがって!!」
まだ生きていた敵魔法師を誰かが殺しに行く。あれが最後の力らしく抵抗もせず殺された。
その間ぼんやりと見て、我に返りマヤに駆けつけるとマヤは力無く地面に座り込んでいた。そして俺が身体に触れると倒れ込むように身体を預けて来る。
「マヤ!! マヤ!! 大丈夫か!? どこをやられた!?」
するとマヤを目線で腹部をチラッと見ると力無く笑う。
「これは、痛いわね……何とも面倒な魔法を撃ちやがったわね……」
腹部を見るとAMAは融解し、高熱によって体に穴が空いていた。見える部分は既に熱で出血してないが、医療知識の無い俺でもマヤはスゴイ深手を負った事が分かる。いや、どこかでもうマヤは助からないのではとも思っていた。そんな悲観的な考えを振り払うように大声でエマ先生を呼ぶ。
さっきの戦闘を見ていたのか、すぐにエマ先生が飛んで来る。
「エマ先生!! 早く治療魔法を!!」
自分でも錯乱していて失礼な言い方を言ったと分かっている。だがそれよりも一刻も早く治療魔法をマヤに掛けろとせがむ気持ちの方が上回った。
だがエマ先生は動かない。呆けているのでは無い。その瞳からしっかり感情が見れた。顔は歪み、瞳は激しく揺れていた。
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ライン君が私の身体を激しく揺らす。分かっている、彼は私に早く彼女を治療しろと。
だが衛生兵であり、治療魔法師でもある私は一瞬で彼女の容態を把握してしまった。そう彼女は既に助からないと。
だが感情が諦めることを許さない。いつもなら淡々とこなすはずの治療判断が、彼の悲痛な叫びが私の心を大きく揺さぶる。
やっと動いた体で再度診断するために彼女の腹部を見る。そこには貫通魔法によって開けられた大きな穴が空いており、その下にある血に濡れた彼の足が見える。そう、ここに有るはずの内臓が全て逝っていた。
この怪我なら即死でもおかしくないのに彼女は生きているどころか意識すら有るのは奇跡だ。
彼女は気力だけで生きている。
人間の神秘的な一面に驚きながらもすぐに来る不可避な死に為す術も無く、心は更に落ち込む。
治療は可能だが、この傷の大きさでは私1人では死ぬまでに間に合わない。死ぬまでに回復させるには大勢の熟練治療魔法師が必要だった。その為には国中から掻き集めなければならなかった。
そんな事は無理でもはや手は無かった。
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マヤに施しようが無いと無言で答えるエマ先生に無力感からの憤りが生まれ、自分の心の中にぶつけるしか無かった。
怖い顔をしてるだろう俺にマヤが呆れて軽口を叩く。
「ふふっ、こんなのが躱せないなんて……指揮官失格ね……」
マヤは馬鹿にするように笑うが俺は軽口を軽口で返す余裕すら無かった。涙が次々と目からこぼれ落ちて、声にならない声しか上げられなかった。
「何で……何でお前は……俺をかばったんだよ……」
やっとのことで絞り出した声で聞きたいことを聞く。
するとマヤは遠くを見て不思議そうに笑う。
「何で、かしらね……貴方に、借りがあったから……返したかったのかもしれないわね……ゴホッゴホッ」
口から真っ赤な血を吐き出すマヤ。それが次第に死が近付いている事を示しているようでマヤを抱く腕に力がこもる。
「馬鹿野郎……借りなんて他ので幾らでも返せるだろうがぁ……なぁ、花嫁修業した料理を食わせてくれよぉ……ダメ出ししてやるから……」
「ちょっと……女性にいきなりダメ出しとか……それじゃモテないわよ……」
モテない俺を哀れんでるのか楽しそうに笑うマヤ。だが次第にマヤの口角が上がらなくなっている。
するとマヤは視線を横に向ける。そこには泣きじゃくるティナが居た。いつも笑顔なティナだったがこの時は泣いている一人の女性だった。
「ティナ……」
「……なに?」
マヤの手を握るティナだったがもうマヤは握り返してこなかった。虚ろな瞳でティナを見詰める。
「本当は、気付いてる……でしょ? それが、正解かどうかは……言った後で確かめれば良いのよ……」
俺には何の話か分からない。だがティナだけには分かるようで1回だけ強く頷いた。
満足そうに笑ったマヤはそのまま眠るように息を引き取った。
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その30分後、救援部隊が到着した。救援部隊の治療で助かった人も居たが、マヤはもう手遅れだった。既に息は無く、鼓動も止まっていた。
まだ残る温もりがさっきまでマヤが生きていたのだと教えてくれる。
いつもなら舌打ちでもするアーロンは何も言わなかった。ただ近くに座ってこちらを見ていた。その表情はいつもどおり仏頂面だったがどこか悲しそうだった。
そして背中から抱き締めてくれるマナン。震える身体から彼の方が泣きたいのを我慢して俺を励まそうとしてくれているのだ。その優しさは胸の中に渦巻く憎悪を少し和らげてくれる。
「ライン、泣いても良いんだよ? 僕も泣くから……」
マナンが鼻声で背中を優しく擦ってくれるが、不思議と涙は出なかった。悲しみ以上に敵に対する憎悪が俺の心を埋め尽くしていた。
「……大丈夫だ、マナン。もう吹っ切れているから」
そう言う自分の声は自分でも驚くほどいつも通りだった。さっきまでの泣きじゃくりはどこかへ行ってしまった。
トラックに乗って身体が揺られながらウェリントン基地に向かう。そこで傷の手当てや報告をしなければならない。一応指揮官である俺は報告の義務がある。敵と戦闘した理由と援軍についてだ。
アカデミー生である俺達は戦闘する義務は無い。そして命令も下されてない。俺達の独断による戦闘であった。また勝手に得体の知れない援軍を要請した事の説明。後々国に対して請求権が存在するためである。
これらの事は軍規違反に当たる可能性は大だ。
場合によっては軍を除隊させられるかもしれない。
そんなのは嫌だ!! 俺はまだ何にもしてない!! 敵に復讐してやらないと死んでも死にきれない。
三年ぶりに感じた憎悪を心に秘めながらウェリントン基地に向かうのであった。