混沌の中で選ばれし英雄 ~理不尽な世界を魔法と人型兵器で破壊してやる~ 作:氷炎の双剣
来週はお休みします。
再来週からは週2更新の予定です。
俺達が一分の間に作った罠の前で停止した魔法師群。
一分しか無かったので無造作に極細のワイヤーを張ったが、そのまま突っ切ったら最後、体はバラバラになるはずだった。
だがそう簡単にいかず、一人の犠牲者も出さずに罠を看破した敵。オマケにこちらの作戦まで筒抜けみたいだ。
左右から罠にはまって止まった敵を叩くつもりだったがこれでは奇襲どころか、総力戦になるだけだ。
「敵もやるな。流石エリート部隊。こんなチンケな罠じゃダメかぁ」
面白くなってきたとばかりに笑うグレン。だがその笑顔はどこか固かった。その笑顔は俺達を勇気づける為の虚勢を張っているのだろう。
本来なら指揮官である俺が明るくならないといけないのに……
この絶望的な状況に頭脳をフル回転させる。少しでも最善策を講じないと……
だがなかなか最善策は思いつかない。その焦りから髪を掻きむしってボサボサになってしまった。
そんな様子を見かねたゴリが肩を優しく叩く。
「……ライン。お前は良くやったよ。指揮官は最善策を練るのが仕事だが、時には犠牲に堪える時がある。その時が今だ。だが1つだけ指揮官であるお前には頼みたい事がある」
「……何ですか?」
自分の情け無さに打ちしがれた俺はゆっくりとゴリの目を見る。ゴリの目は絶望してなかった。むしろこちらを心配してくれている。
「いいか、上に立つ者はいつでも希望を忘れてはいけない。上に立つ者が迷い、落ち込み始めたらそれは下の者にとって、行く先が暗い闇という事だ。そんな状況で勝利など転がり込んでは来ない。
さあ、攻撃命令を出せ。このままでは各個撃破されるぞ」
左右に分かれた俺達が動かないと敵が踏んだなら片方に集中放火を浴びせ、こちらは瞬時に壊滅させられるだろう。
もはや策が無い以上、一刻も早く攻撃するしか無い。時間が経つ度こちらが不利になる。
泣き崩れて逃げ出したい気持ちを心の底に押し込んで、自分を奮い立たせる。
「皆!! ここからは総力戦だ。もはや策など不要!! 俺達の3年間の血のにじんだ努力を見せてやれ!!」
少し声が震えながら言ったがその事には気が付かないのか、気にしないのか変わらず大きな声で応えてくれる皆。
出来る限りは尽くしたはずだ。反省など生きていればする。死ぬ前に反省などしても無駄だ。
「皆、死ぬなよ!!」
その言葉には手を挙げて応えたグレン達は建物を飛び出し敵に向かっていく……
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罠を看破した俺らは左右からの攻撃に備える。奇襲でも無い攻撃何ぞすぐにひねり潰してやろう。
敵の詳細は不明だが、このようなこしゃくな罠、奇襲を狙う辺りまともな戦力ではないだろう。戦力が充実しているなら正面からぶつかってくるはずだ。わざわざ策を弄するぐらいの戦力差が有るのだろう。
吸っていたタバコを地面に足で擦りつけて火を消すと、建物から大きな声が上がる。ふん、諦めて総力戦で来るか。
「全軍、来るぞ。これは勝利への前哨戦。余りにもヒマな俺らに仕事をくれたぞ」
軽い冗談に同僚達が可笑しそうに笑う。俺らは死ぬことなんぞ考えてない。死んだらそこまで。死が隣り合わせだった俺らは死んだ奴の事は忘れている。生きている奴が勝ちで死んだ奴は負けだ。今日、明日を楽しむ事を考えれば良い。
そして左右から飛び出して来たガキ共を見て顔を愉悦で歪める。
ガキ共が相手か。俺達を探知した腕前と立ち向かう勇気には賞賛を送るが、戦争はヒーローごっこじゃない。奇跡なんぞ起きん。兵法通り逃げるのか、怯えて隠れるのが正解だ。
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左右からの攻撃に準備万全な敵はGウォールシールドを張ってこちらの攻撃を易々と受け流す。
「ダメだ。Gウォールシールドには集団魔法しか効かん!!」
複数の魔法師によるGウォールシールドの鉄壁の守りにはチンケで乱雑な俺達の攻撃では傷1つ付かない。あの障壁を突破するには集団魔法での大規模攻撃が必要だ。
「集団魔法を使うぞ!! ……属性は火」
属性を決めた瞬間に魔法が出来る全員が呪文の斉唱を始める。
もちろんそれを邪魔すべく、魔法が撃たれるが教員陣がそうはさせない。ウォールシールドを展開して集団魔法が発動するまでの時間を稼ぐ。
「良いか、守りは俺ら教員陣がやる。お前らは攻撃を頼むぞ!!」
様々な魔法から守ってくれる教員陣が今日ほど、頼りになると思ったことは無い。その大きな背中からは俺達を守ろうとする強い意志が感じられる。
「良し、行くぞ!!」
詠唱が終わった俺達は敵のGウォールシールドに向けて完成した魔法を放つ。
「「「ーーファイヤープリズン!!」」」
その名の通り、相手を囲むように炎の壁を作る。その中は灼熱地獄と化す。
もちろんGウォールシールドがあるが、次第に燃やし尽くされるだろう。
だが、一息付いて居る暇も無く炎の監獄は一瞬にして消え去ったのだ。
そしてその中央に居る敵がにやついて立っている。
「詠唱時間が長いし、バレバレだ。こちらはすぐに対策出来たぞ」
呆れの溜息と哀れみの視線を向けて来る。悔しいが実力差はここまで大きいのか。
突きつけられた現実に誰もが顔を歪ませるが諦めてはいけない。
「ここで1秒でも時間を稼げれば我々の勝利は近づく!! 効かなくても良い。ここで少しでも食い止めるぞ!!」
「「「おう!!」」」
士気を取り戻した皆の顔付きは一矢報いようと真剣だ。
勝たなくて良い。時間を稼げれば援軍が来る。
余裕だった敵の表情からは笑顔が消える。軍人としての任務を思い出したのだろうか。
「……そうだよな。ガキ共にしては良い作戦だったよ。だが俺らが本気を出したら一瞬だということを見せてやらないとなぁ」
殺気を放ち始める敵にこちらの上がった士気も急降下し始める。蛇に睨まれたウサギのように体が竦み、足が震えている。
こんな殺気に当てられた事なんて初めてだ。何人も腰が抜けている。唯一グレンと教員陣だけが正気を保てている。
クソッ、こんな状況じゃ話にならない。戦場を甘く見過ぎていたか……
震える体を何とか奮い立たせようとするがその前に敵が攻撃しようと構える。
済まない、皆……
と諦めが入った時、心待ちにした言葉が聞こえた。
「やっとか……ヒーローは遅れて到着するもんだよな」
グレンの嬉しそうな声にここに居る全員がグレンを見つめる。
そしてグレンに釣られ、見上げると建物の上から無数の黒装束の者達がこちらを見下ろしていた。