混沌の中で選ばれし英雄 ~理不尽な世界を魔法と人型兵器で破壊してやる~ 作:氷炎の双剣
ちょっと長めですがどうぞ
何かを思いついたらしいマナン。
正直な所、完全装備の相手に死角は無い。
暗闇にしても暗視ゴーグルがあるし。毒ガスでも使うのか? ーーまあこちらには毒ガスもガスマスクも無いけど。
思いつかないので後はマナンの答えを待つだけだ。皆も同様でマナンの答えを興味深そうに視線を向けている。
「えっとね、相手は暗視ゴーグル付けてるでしょ?」
その言葉に皆が頷く。それは分かりきった事だ。
「それにね、弱点が有るんだよ」
弱点? 良くある暗視ゴーグルを付けた敵に強い光を当てると失明や壊れる等があるがあれはフィクションだ。
確かに旧世代の暗視ゴーグルはそうだった。しかし最近の暗視ゴーグルは自動的に光量を抑え、失明どころか丸見えだ。
「なあマナン、知ってると思うが今の世代はーー」
「うん、そうだね。光じゃダメだよね。僕が言っているのは光じゃなくて熱だよ」
熱ーー最近の暗視ゴーグルは赤外線で敵を発見する。サーモグラフィーに似ている。熱の温度によって色がつけられるのだ。冷たい所は黒いが熱が有るところは白く浮き上がるのだ。だから隠された砲台や隠れた人を見つけるのは容易である。
熱と言った時点でラインはマナンの良いたい事に気づく。
「そうか、そういうことか。任意で炎を作り出せば良い、そうーー」
「「「ーーファイヤーボール!!」」」
分かった面々が同時に声を上げ、ハモる。
ファイヤーボールはここにいるマナン以外の全員が使える。まあマナンは狙撃して貰うから使える必要はない。
「良し、じゃあエマ先生は魔法師の相手。俺達はファイヤーボールでの撹乱だな。あ、電気を落とすのはトム、頼む」
ふとっちょのトムは機械系に強く、任せられる。またこの中で一番戦力にならないというのも理由の一つではあるが。
「ではこれで良いですか、エマ先生」
いきなり話を振られたエマ先生は慌てて頷く。まさかここで振られるとは思っていなかった。
普通の生徒であれば、もはや先生であり上官の命令を聞いていれば良いという生徒がもっぱらだが、ライン君は自分に聞くまでも無く、作戦を立てたのだ。
もちろん勝手な行動だが、ここまで立派な作戦にエマ先生は文句一つ無く、むしろ賞賛し、黙って従っているのに違和感は無かった。
(お見事ね。ライン君。まさかここまでのカリスマ性を兼ね備えているなんて……やっぱり試験だけじゃ分からないわね)
他の面々と更に細かく作戦を立ている真剣なラインの横顔を見て、これからの成長が楽しみだった。
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ライン達が宴会場の外側の階段から中の様子を覗き込む。敵の兵士達はクラスメイト達を担いで運ぼうとしている。
数はもう20人にも満たない。これが最後の運搬になるだろう。
「……良し、最後の運搬に間に合ったな。後はトム待ちだ」
既に運ばれたクラスメイト達は合流地点の所の直前に並べられているのを確認している。
潜水艦が浮上するのは最小限の時間で済むようにしているのだろう。レーダーに映らない為だ。
後はトムがブレーカーを落とすだけだ。
その時が来るのが異様に長く感じる。一刻も早く助けたい気持ちが逸らせるがこんな中突然しても話にならない。
また逸らせる気持ちと同時に早く突然しないと覚悟が鈍る気がするのだ。
作戦を考えたが失敗する可能性も有る。もはや無防備に近い状態で敵に突っ込むのだ。そう失敗したら死。その恐怖が時間と共にライン達に迫り来るのだ。
人間は時間に余裕が出来る程考えてしまう。そうそれも悪い方向に。いろいろ考えた末、気付いたら体は恐怖で動かないというのもざらにある。
ライン達が内なる敵と戦っている時、ふと目の前が真っ暗になる。
上を向くと照明が落とされている。
そして宴会の中もだ。
照明を落とすのは自分達の作戦だが、暗闇になった時少し驚いたのはそれぞれの秘密だ。
そして敵の兵士達も騒然としたのである。
「何だ!? 落雷でも落ちたか!?」
「いや落ちてない。これは意図的だ!! 全員暗視ゴーグル装備!!」
その掛け声で暗視ゴーグルを装着する兵士達。暗視ゴーグルを付けたら完全に隠れた訳では無いライン達は白く浮かび上がり、すぐに見つかってしまう。
猶予は無い、今だ!!
「良し、行くぞ!!」
「「「ファイヤーボール!!」」」
宴会場の外から放たれた火の玉は中のソファや壁、兵士に当たり、まさに火事だ。
「ちくしょう!! こんな中じゃどこに居るかなんてーー」
ゴーグルを外した兵士の目の前にはライン。兵士の驚愕した顔が横からの火の明かりに照らされてぼんやり見える。
魔法で強化したアッパーを顎にお見舞いする。死ななくても脳振盪で戦えないはずだ。
もろに入ったアッパーは兵士にぐぇっという蛙のような声を出させて床に沈ませる。
他を見ると敵の対応がまちまちだ。未だに暗視ゴーグルを付けて狙いを定めようとしている者。外して反撃しようとする者。隠れようとしている者。
反撃しようとしている者はマナンが3点バーストで次々と撃ち抜いていく。
これはマナンがMVPだな。
このように混乱した様子を見て、何人かの兵士達がこちらに駆けて来る。それももの凄い速さだ。
くっ、魔法師かーー
ラインが身構えた瞬間、先頭の魔法師が横に吹き飛んで壁にめり込む。
魔法師が飛んだ地点には掌底を放ったエマ先生が居た。
「ここからは行かせませんよ」
ライン達と魔法師の間に立ち塞がるように仁王立ちしたエマ先生……格好いい。
敵の魔法師達は舌打ちをして距離を取ってにらみ合いが始まる。
敵の魔法師達はエマ先生の魔力とさっきの格闘術を見て実力差を悟ったのかなかなか仕掛けて来ない。
エマ先生、そんなに強いのか。
そんな映画みたいなシーンだが今は戦場、自分の仕事をしなくては!!
隠れた兵士を狙いに駆け出す。
敵は炎があるが暗闇の中ではどれが敵か味方か判別は難しい。だから無闇に撃って来ない。こちらにとっては助かる。
乱戦になってしまえば、敵は誤射を恐れて撃てない。そしてマナンは離れた兵士を撃つ。
既に戦いの流れはこっちが掴んでいた。
やはりティナは優秀な格闘術で敵に次々と噛み付いていた。また魔力の壁を使った変則的な動きに翻弄されてもいた。
そしてファルクも持ち前のパワーとスピードと雄叫びで恐怖を煽っていた。まさにケンカ慣れしている者だ。
そして優秀なエドウィン君は自分が見られて居ない奴に攻撃していた。やっぱり度胸が無い。
彼らの活躍によって大多数の敵は排除したが、未だに何人か残っている。今残っているのは猛者達だろう。簡単には行かないか。
ティナと戦っている兵士の後ろから蹴りをお見舞いするとすかさずティナが蹴りをぶち込む。さすがに直撃を受けた敵は床に倒れ込
む。
ティナは次への獲物を求めて走り出す。
俺も新たな敵を探そうと辺りを見渡すと裏口の方へと逃げる人影が見えた。逃がさない。
裏口から出て、外に出ると正面に背中を向けて走る人影がいる。
ハンドガンで狙い撃つ。
火薬が爆発した音が静かな夜の丘に鳴り響く。
銃弾は足を掠めたらしく人影が倒れ込む。
俺の照準もまだまだだ。
銃を構えて近づくと月に照らされ、顔が見えて来る。
「えっ、嘘だろ……リエ、なのか?」
月に照らされた人影の顔は怒りに満ちたリエの顔だった。
「……どういうことだ……なぜリエがあんな所に? まさか巻き添えを食らったのか? なら済まない。エマ先生に治して貰えれば治るからーー」
差し出した手を何かが切り裂く。直後痛烈なら痛みが手を襲い、慌てて右手を手元に寄せる。
掌から鋭利な物で斬られたように血が溢れ出していた。
斬られたーーと気づいたラインは顔を上げる。
そこにはナイフを構え、睨みつけるリエが居た。
「私はお前を殺さなければならない」
きつく閉じられた口から放たれた言葉は残酷だった。親しくなったと思っていた相手からの敵対宣言。それも死のやりとりをしようと。だがそんなのは信じられなかった。
「……なあ、あの時語った事は嘘だったのか?」
縋るような思いでリエを見詰める。だが彼女は冷たい表情のままだ。
「嘘では無い。あそこで語った事は本当の事だ」
「ーーだったら君は何でこんな事を!!」
リエは悔しそうに顔を歪ませると視線を落とす。
「……まだ全部言って無いだけだ。結局私の家族は日本に居る」
日本に居るーーその言葉だけで理解出来た。彼女は家族の為に戦っているのだ。家族が殺されない為に。
現在戦争によって地域ごとに敵味方分かれている。親戚同士で戦う事も有る。自分の居た地域の勢力が自分の勢力だ。もちろんイヤだと難民になる人達もいるが、ほとんどがそこに財産を置いていくのが嫌で動かないのだ。むしろ勢力を選ぶ人の方が珍しい。
それぐらい地球連合国と火星独立国の統治は大差ない。
説得しても戦う理由が有る彼女は揺るがないだろう。もしこちらに寝返ったとしてもいつか家族と戦場で敵同士になるかもしれない。そんな事は嫌に決まってる。
「そうか……じゃあやるしか無いな」
無事な左手でナイフを持つ。利き手では無いが魔法で強化すればいけるだろう。左手を前に出して構える。
にらみ合うラインとリエ。
やるしか無いと言ったラインだったが、攻撃する事にためらっていた。
やっぱりダメだ……彼女を攻撃することなんて出来ない!!
ラインの心の戸惑いを感じたのか仕掛けて来るリエ。その動きは軽くラインを凌駕していた。
瞬時に距離を詰めわラインの左手に持つナイフを弾き飛ばし、後ろから膝に蹴りを入れ、姿勢を崩させ、後ろからナイフを首に当てた。
一瞬で決着が着いた事に頭が真っ白になる。ナイフが少しでも深く入れば頸動脈を斬られるだろう。僅かに切れた痛みがラインを冷静にさせていた。
「……お見事だ。まさかリエが魔法師とは思わなかったよ」
苦笑いしてリエを見上げるラインにリエは顔を曇らせる。
「……
命乞いという言葉に自虐するように笑うライン。
「……何だ、命乞いすれば助けてくれるのか?」
「……それもそうね」
自分でした馬鹿な質問をあざ笑うリエ。それにこんな状況なのに笑わせてくるラインに疑問を感じる。
「……あなたは怖くないの、死ぬことが」
「いいや、怖いさ。死にたくないよ。でもお前を殺すより殺される方がマシかもしれない……と思った俺はバカかもしれない。それに実力差がこんなに有るしな」
敵同士なのにな、と付け加えたラインにリエはナイフに力を込める。
更に深く入ったナイフに黙るライン。まだ表面しか切れてないが痛みを感じて顔をしかめる。
何でラインはこんなにも抵抗しないの……私達は敵同士だよ!? 銃を向け合って殺し合うのが普通何だよ!! それに私はラインを騙した。彼は私を殺しに来るのは当たり前なのに彼は迷いを生じた。戦場では命取りなのよ!!
リエの心の悲痛な叫びにラインはただ無言で答えるだけだった。
また力を込めたナイフにとうとう殺されるのかと覚悟したラインに突如リエはナイフを離し、立ち上がる。
「……殺す気が失せたわ。次会うときは戦場ね」
と言って駆けて立ち去るリエに呆然としているラインに誰かが駆けて来る足音が聞こえる。振り返るとティナ達だった。
「大丈夫!? 酷い傷……エマ先生お願いします!!」
ティナの悲痛な叫びにエマ先生が駆けつけて来る。すぐに治療魔法で処置を開始する。
初めて受ける治療魔法は優しく暖かく穏やかな気持ちにさせてくれる物だった。
またエマ先生の穏やかな表情にこちらが落ち着く。なるほど、これは天使にしか見えないな。
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しばらく治療を受けると傷は塞がり、血が止まった。傷跡はまだ残っているがまた治療魔法を受ければ無くなるとの事。素晴らしいな治療魔法。
心配そうに見守るティナとマナンに心配無いと笑顔で返す。
少し安心した二人を横目にエマ先生に謝る。
「治療ありがとうございます。でも私を治療したせいで敵を逃してしまって……」
自分の不甲斐なさで逃がしてしまった事を悔いるラインにエマ先生は横に首を振る。
「うんん、私達も疲弊してるし、敵は北とは違う方向に逃げたわ。新手の可能性が有るわね。だから追撃はするつもりは無かった」
確かによくよく考えるとリエの動きは宴会場に居た者達とは違った。他の部隊の可能性も有る。
「そうですか……」
それだけ呟くと空を見上げる。星が沢山輝く星空だったが、その無数の輝きはこれからの果てしない戦いの数に思えた。
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結局、グレン達はエマ先生が治療するまでぐっすり寝ていた。
エマ先生によると薬による深い眠りだったらしい。
まさかリエが呼ばれたのはラインに薬を早く入れろとの催促だったのだろうか。でもリエは入れるのを躊躇っていた。やっぱりリエは戦いたくは無かったのかもしれない。
そう思いたいのだ。最後もトドメを刺しても逃げる余裕はあった。それでも彼女はトドメを刺さないで逃げたのだ。彼女も戦争という理不尽なシステムに巻き込まれた一人なのだ。
ところで、起きたグレンはどうかというと夢の中でも美女に囲まれて居たらしい。現実でこんなにされたのに懲りないな。
そして解決したライン達にはブライス代表から勲章が授与された。生徒で敵と戦闘し、味方を救出し、敵を撃退したのは史上初らしい。ブライス代表からも感謝の言葉を貰った。まあ確かに魔法師の卵の流失を防いだからな。
さすがに勲章だけじゃ可哀想と思ったのか、食堂の無料提供カードと現金10万ぐらいを貰った。
現金10万とかどう使えば良いんだよ。
もともと食堂はそんなに高く無いが、豪華に食事したら1000円は軽く飛ぶ。
食堂無料提供は有難い。ひたすらデザートを付けてやるぜ。
そういえば今回の事件を調べた結果、敵は火星独立軍の特殊部隊と判明した。特殊部隊と言っても下の部隊だったらしく、戦闘能力も低くかった。だがリエは別の部隊らしく、あの美女達が全員そうだったらしい。俗に言うハニートラップ部隊だ。今回美女部隊がさっさと撤退したのが助かった。
またどこかでリエと再会するのがそう遠くないと思うラインだった。