混沌の中で選ばれし英雄 ~理不尽な世界を魔法と人型兵器で破壊してやる~   作:氷炎の双剣

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1-3 ユーリの決意

 

 何日か経った後、ユーリが部屋に戻るとサラが部屋にいた。

 サラは魂が抜けたような様子でベッドに腰かけていた。

 

 サラが消えて無くなるような感覚をユーリは感じてしまう。

 

 ユーリは驚き、喜び、怒りの混じった複雑な思いでサラを抱きしめた。

 

「サラ! サラ! 良かった! 戻って来ないと思ってた!」

「……」

 

 ユーリはサラを抱きしめたが、身体は元々華奢だったのが更に華奢になったような気がした。今なら強く抱きしめたら折れてしまいそうなぐらい弱々しかった。

 

 ユーリは力を緩め、サラを見た。

 そしてサラが反応しない事に気づく。

 

 サラの目線は虚空をさまよっていた。心はここにあらずという感じだ。

 

 ユーリは不安な顔でサラに声をかける。

 

「サラ、どうしたの? どこか痛むの?」 

 

 サラは力の無い目でゆっくりとユーリを見て口を開いた。

 

「……ここはどこ? あなたは誰?」

 

 ユーリの頭の中に衝撃が走った。

 

(サラは記憶喪失してしまったのか!? ……なら僕は必死に呼びかけるだけだ!)

 

 ユーリはサラを強く抱きしめながら耳元で必死に呼びかける。

 

「サラ! 僕はユーリだよ! ユーリ=エリクソンだよ! トラックで恥かいたバカだよ! 膝枕もして貰って嬉しかった。だから僕はサラが大好きだよーー!!」

 

 僅かな希望に賭ける……

 すると突然の告白にサラはピクリと反応する。

 

「ユーリ……ユーリ=エリクソン……ユーリ君?」

 

 サラの目は次第に光を取り戻しつつあった。

 

「そうだよ! 僕はユーリ! ただサラが好きな10歳だ! お願いだサラ! 思い出してくれ!」

 

 サラの目は完全に光を取り戻すかと思えた。

 しかし、彼女の闇は簡単には消えなかった。

 

 

 突然、サラが震え出す……

 

「ユーリ君……私は……私は……ああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 突然、サラは叫び始めた。そしてサラはユーリから離れようとして暴れ始める。

 

「どうしたんだ! サラ! 落ちついて! 僕だよ! ユーリだよ!」

 

 ユーリはサラを抑えようとするが、サラはユーリを無理矢理振りほどく。

 

「ユーリ君……私、ユーリ君の為に頑張ったよ?」

 

 サラの目には涙がにじむ。

 

 サラの言葉を聞いた瞬間ユーリの頭は真っ白になり、次第に怒りの混じった顔で壁に向かって叫んだ。

 

「誰がサラをこんな目に!! 許さない! 僕は許さない! 絶対に殺してやる!」

 

 ユーリは飛びだすように部屋を出ようとする。

 

 しかし服の裾をサラに掴まれ、ユーリは止まる。その力は今のサラのどこから出てるのか分からないほど強かった。

 

「ダメ! ……お願い……行かないで。私はユーリ君を守る為に頑張ったの……だからユーリ君が行ったら……私は……私はなんの為に……」

 

 サラは目元からポロポロと涙をこぼしながらユーリに懇願する。

 

 ユーリはその様子を見て熱が冷め、サラを抱きしめた。

 

「サラ……分かった。僕はどこにも行かない。だから泣き止んで?」

 

 サラはしきりに頷き、しばらくユーリにしがみついていた。

 

 ユーリの温もりに安心したのかユーリに抱きついたまま寝てしまった。

 

 ユーリはサラが落ち着いたのを確認してからベッドに運び、布団を掛けた。

 

 その時のユーリは拳を強く握りしめ、顔は怒りに満ちていた……

 

 

 

 

 

 -----

 

 話は少しさかのぼる。

 サラがいない間、ユーリがサイオンに問い詰めた時の事であった。

 

 ユーリはサイオンから話を聞いていた。

 

「実はな……」

 

 ユーリはサイオンに詰め寄った。

 

「何ですか!? サラはどうなるんですか!? サラは帰って来るんですか!? 早く、早く教えて下さい!!」

「とりあえず落ち付けユーリ! このままじゃ話せん」

 

 ユーリはハッと気づいた。

 

 ユーリは無意識の内にサイオンに詰め寄って身体を激しく揺らしていたのであった。

 

「ごめんなさい」

「……いや、仕方ないだろう。俺も同じ目にあったから分かる」

「えっ?」

 

 その事はユーリにも衝撃的だった。

 

 また尚更サラがどうなるか知りたくなった。

 

 今すぐに詰め寄りたくなる衝動を抑えて、サイオンに尋ねた。

 

「その……どうなるのですか?」

 

 サイオンは拳を強く握りしめながら、苦しみに満ちた顔で答えた。

 

「俺の妻と娘も……売られた」

「売られた!?」

「ああ……金と引き換えに人間として使われない……物として使われた。金は兵士の懐だがな!!」

「それじゃ……奥さんと娘さんは……」

「さんざん弄ばれて、人体実験か臓器売買だろうな」

「そんな……じゃあサラも……」

「分からん。帰って来る奴もいる。だが、心の傷は深い」

「それでもいい! 僕はサラに帰って来て欲しい!」

「……そうだな。だが、これだけは覚えとけ」

 

 サイオンの目は真剣だった。ユーリはゴクリと喉を鳴らした。

 

 

「目を離すな」

 

 

 

 

 

 -----

 

 ユーリはサイオンに言われた通り、サラの近くにずっといた。

 

 サラの寝顔は悪夢にうなされているのだろうか、苦しそうな顔だった。

 

 ユーリはサラを安心させる為にサラの手を握った。

 

 サラはユーリの手を強く握りしめ、ユーリが呻き声を上げそうなぐらい強く握りしめられた。

 

 ユーリは必死に耐えた。

 

(サラが今苦しんでるのなら、僕も半分背負う)

 

 その思いが通じたのか、次第に力が弱まって行った。

 サラの顔は穏やかになり、落ち着いてきたみたいだ。

 

 ユーリも安心したのか、サラの手を握ったまますぐに睡魔に落ちてしまった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 朝チャイムが鳴り、いつもの習慣で飛び起きると目の前のベッドが空っぽである。

 

(何で居ないんだ!? まさか連れ去れたのか!?)

 

 ユーリは焦りで頭がいっぱいだった。

 

 だが焦った時こそ、落ちつけという教訓を思い出し、ユーリは大きく深呼吸すると次第に落ち着いて来た。

 

(とりあえず、隠れなきゃ! 自由に動けなくなる!)

 

 そう思うと静かに部屋を飛び出した。

 

 そして裏口から出て、採掘所の倉庫に隠れた。

 

 食事の時間が終わり、手薄になる作業の時間まで待つつもりだった。

 

 

 

 

 

 ------

 

 30分近く経っただろうか。

 実際にはユーリには時間が分からないが、ユーリの貧乏揺すりが激しくなって来た頃、倉庫の扉が開いた。

 

 そこにはサイオンが居た。

 サイオンは道具を探しに来ていた。

 

 ユーリは飛び出してサイオンに詰め寄った。

 

「サイオンさん! サラが……サラが!」

 

 ユーリの胃はキリキリとストレスで痛んだ。

 

 サイオンは顔色を変え、ユーリの胸倉を掴み壁に叩きつけた。

 その衝撃は強く、一瞬息が出来なくなるほどだった。

 

 何で……? と脳裏を過ぎるがサイオンの目を見て、思考が停止する。

 

 サイオンの目は怒りに満ちていた。

 

「ユーリ!! お前は……お前は何で目を離した!」

 

 ユーリはハッとすると同時に顔を歪めた。

 

「僕は……僕は……」

 

 ユーリの目から涙がこぼれた。

 

「あれだけ、目を離すなと言っただろう! クソッ! ……まだ間に合うかも知れねえ! ユーリ急げ! 空港だ!」

 

 サイオンはユーリを突き放し、扉を指で示す。サイオンの目は行けよと言わんばかりだ。

 

 ユーリは痛みより使命感が勝った。扉から勢い良く飛び出して行った。

 

 

 

 

 

 -火星 宇宙空港-

 

 空港には宇宙船が到着していた。その周りには10人ぐらいの兵士が立っていた。

 その中に2人だけ兵士では無い人がいた。

 1人は少女、1人は太った男である。

 

 2人は宇宙船に乗り込もうとしていた。地球行きである。

 

 その内、男の方は踊り出しそうな様子だった。

 

「サラー! とうとう僕たちの家に帰れるよ! サラも嬉しいだろ?」

「……はい」

 

 男と対照的にサラの答える声は沈んでいた。

 

 サラは絶望していた。この世界に。ユーリ君は希望をくれた。だけど、現実はそう甘くなかった。

 

 男はまたもや脅迫して来たのである。

 

 ーー僕と来れば、ユーリには手を出さないよ。いや必要が無いからねーーと。

 

 サラに拒否権は無かった。あったとしてもユーリの為に地球に行くだろう。

 それほどユーリが大好きだったのだから。

 

 

 

 2人が宇宙船に乗り込もうとした時、1人の少年が搭乗口目掛け、速い速度で駆けて来た。

 

 その少年はユーリだ。

 

 ユーリは持てる力を全て出して全力で駆けた。

 

 ユーリの身体は悲鳴を上げる。体力は採掘所で鍛えた分、結構あるが選手でも何でも無い。次第に息は上がり、胸は苦しくなり、足も痛み出していた。

 

 だが、ユーリの足は速度を落とす事は無かった。サラを助けたいと思う気持ちだけが身体を動かしていた。

 

 

 

 兵士達は捕まえようとしたがユーリの速さには追いつかなかった。

 

 そして、サラの元にたどり着く……

 

「サラ! 助けに来たよ! 今助けるから!」

 

 ユーリは足を踏み出すーー

 

 ーーがサラの言葉に足を止める。

 

「ユーリ君! 来ないで! ユーリ君戻って!」

 

 ユーリはその言葉を聞いて、再度足に力を入れる。

 

「嫌だ! 僕はサラといる! 一緒に居たいんだ! ……サラが大好きだから!」

 

 この言葉を聞いたサラは喜びの表情を浮かべるが、直ぐに悲しい顔に変わる。

 

 すると、男からイラついた声が2人の合間に入る。

 

「さっきからB級映画みたいなシーン出しやがって! サラは僕の物だ! おい! さっさと捕まえろ!」

 

 男は兵士達にわめき散らす。

 

 兵士達は必死に捕まえようとするがすばしっこいユーリは捕まらなかった。

 

 

 だが突然、頭頂部に衝撃を受け、地面に叩きつけられる。

 

(何だ!? 何で捕まった? 全く気配を感じなかった……)

 

 ユーリを押さえつけたのは太った男のボディガードだった。

 

 サラが悲鳴を上げる。

 

「いやぁーー!! ユーリ君逃げてー! お願いします! ユーリ君は関係ないし、私はアナタの物ですから……お願い……します」

 

 サラは男にすがりつき、必死に懇願する。

 

 だが男はサラを押しのける。

 

「もう許さん。ここまで邪魔するのは殺さなくては腹の虫が収まらんわ」

 

 男は懐から銃を取り出し、ユーリに向ける。

 

(クソッ! 僕はサラも助けられず、死ぬのか……嫌だ! 僕はサラと生きる!)

 

 ユーリは必死にもがく。

 

 だがボディガードの押さえつけには全くビクともしなかった。

 

 男の指が引き金を引くーーパンッと発砲音が空港内に響き渡る。

 

 ユーリは走馬灯が見えた。

 

 家族で過ごした幼少期、サラと出会ったトラック、サラの笑顔、サラの匂い、サラの暖かさ……

 

 思い出すのはサラの事ばかりだった。

 

 ユーリは目をつぶる。もう死を覚悟した。

 

 

 

 

 

 だがいつまでも死は訪れなかった。

 

 恐る恐る目を開けると目の前には血の海が広がっていた。

 

 そこに横たわっているのは少女ーーサラだった。

 

 ユーリはその状況を見て理解出来なかった。いやしたく無かった。

 

(大好きなサラが死んだなんて……嘘だ嘘だ! これは夢なんだ。全てが夢なんだ。僕は今寝てるんだ。家族と一緒に!)

 

 ユーリは現実逃避していた。だが現実はそれを許さなかった。

 

「ああ、なんと言う事だ! まさかサラが庇うなんて……あんなガキをかばって死ぬなんて……バカな事をしたもんだ……」

 

 男は嘆いていた。それをユーリは見て、怒りが湧いて来た。腸が煮えくり返っていた。

 

(誰がサラを殺したんだ!? お前だろうぅぅぅ!! 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いーーー!!!! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!)

 

 もはや殺意しかユーリを支配してなかった。

 

 ユーリは野獣のように吠える。

 

「ウオォォォォォォォーーーーー!!!」

 

 ユーリは身体中の力を使いもがくが全くビクともしない。

 

 それを見て、男は嘲笑った。

 

「ククク……不様だなユーリ。さすがに高い金を払った甲斐があったよ。さすがだな魔法師は」

 

 ユーリの身体はコンクリートで固められたように全く動かなかった。

 

(クソがっ!! 何で動かないんだよ! 動けよ僕の身体! 今動かないとサラが! アイツが!)

 

 だが無情にもユーリの身体は全く動かなかった。

 

 その間に男はサラの遺体には興味は無いのか、のそのそと宇宙船に入っていく。

 

 ボディガードもユーリから離れ、宇宙船に向かって行く。

 

 ユーリからボディガードが離れるとユーリの身体は今までとは全然違い、軽くなった。

 

 ユーリは叫びながらボディーガードに向かって駆ける。

 

「お前が邪魔しなかったら! お前さえ居なかったらサラは!」

 

 拳を振り上げ、殴りかかる。

 

 だが拳は空を切る。その直後、腹に膝蹴りが入り、ユーリはうずくまるように倒れた。

 

 痛みで頭が真っ白になる。

 

「ぐはっ……ゴホッゴホッ……」

 

 ユーリは何度も咳き込む。

 

 そんなユーリをよそにボディガードは宇宙船に入って行った。

 

 宇宙船のハッチが閉まり、発進する。

 

「待てよ……サラを返せ……サラを助けろよーーー!!」

 

 ユーリの叫びは空港内を虚しく木霊した。

 

 その時、ユーリの耳にサラの声が聞こえた。

 

 ユーリは振り返り、サラを見る。

 

 するとサラがこちらを見返していた。

 

 ユーリは急いでサラの元に向かう。

 

「サラ! サラ! 良かった! 生きてて……」

 

 そんなユーリの様子に対してサラの声は弱々しかった。

 

「ユーリ君……ごめんね……もう一緒に居られないみたい……ゴホッゴプッ」

 

 サラは激しく咳込み、口から大量血を吐く。

 

 ユーリは首を横に激しく振り、否定する。

 

「嫌だ! サラが死んだら、僕は独りぼっちになってしまう! 置いてかないで!」

 

 サラは悲しそうな顔をすると、ごめんねと返した。

 

 その言葉を最後にサラの身体から力が抜け、目を永遠に閉ざしてしまった。

 

「え? サラ? 嘘だよね? 寝たふりだよね? ……嫌だ、嫌だーーーー!」

 

 ユーリは必死にサラを揺すり、何回も問いかけるが、サラは返事をしなかった。

 

 だがサラの身体はまだ暖かい。寝ているだけではないかと思ってしまう。

 

 しかし抱きしめた時に感じるはずの心臓の鼓動が無い事が非情にもユーリに現実だと認識させるのには十分だった……

 

 


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