混沌の中で選ばれし英雄 ~理不尽な世界を魔法と人型兵器で破壊してやる~ 作:氷炎の双剣
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女が増えた所で、敵は7人。
銀行の入り口に4人の銃火器を持った男達と女一人。重要な金庫を解錠している奴が2人。
後は魔法師が分かれば全て判明するのだが……
ーーん? そういえば犯人が近くの部屋に居るとはグレンから聞いて無いぞ? もちろん爆発で配置が変わった可能性はあるがあの女は寝ていたのなら感知出来るはずーー
ーーそうか!! あの女が魔法師なのか!! 確かに銃火器は見えない……一応送るか。
マナンにアイコンタクトで魔力を籠めるよう指示を送る。
マナンと繋ぐ左手に力を籠める……魔力が左手に集まるようにイメージするんだ。
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-銀行付近 グレンサイド-
ライン達が入って30分近くになる。一時間の間に連絡が無いと、魔法師は居ないと判断して突入する手筈だ。
まだかまだかと伝達を待っているとライン達からの魔力を感じる。
ーー良し、突入だ!!
グレンは腰を上げ、駆ける。
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-ライン サイド-
上手く伝達出来ただろうか……
とラインの脳裏を不安が過ぎるが分からないライン達には判別しようが無い。
グレンが気付く事を祈っていると突如、女に肩を強く掴まれる。
「抵抗しても無駄だぞ、坊や?」
ラインが振り返ると妖しく微笑む女が居た。
ーーやはり、魔力感知出来るという事はコイツが魔法師だ。
とラインは確信する。
「魔力を籠める事しか出来ない坊やが抵抗しても無駄さ。あたしは強いぞ?」
と言うがラインには絶対勝てる相手では無い事は明らかだ。
落ち着いているラインに女は不信に思う。
……やけに落ち着いてるな……抵抗の兆しを見破られたのに何だこの余裕は……本命はコイツじゃないのか? 隣の女は違うーーっ外か!?
「ーーお前ら、戦闘態勢!!」
と女が叫ぶと同時に壁が壊れ、グレンが侵入してくる。
男達は慌てて銃を構えるが、グレンのナイフによって地に倒れる。
残ったのは女だけだ。
「……あんたやるねぇ、一瞬で4人も」
「ふんっ、正確には5人にしたかったのだが……あーあ抵抗しちゃって」
お互いに妖しく微笑み合うが目は笑っておらず、戦いの目をしていた。
「……で、お前が魔法師という事だよな?」
グレンは女を指差す。
女は頷く。
「ええ、そうよ。私がラスボスの魔法師となるのよ」
グレンのあの動きを見ても全く動じない女。相当な手練なのだろうか。
「じゃ、お前を倒して帰ろうか、お二人さん?」
ウィンクするグレンの目線の先にはラインとマナン。
それを見て女は納得する。
「なるほどね。やはりあの2人が……で、呼ばれて出て来たのがあなたね」
「そうそう」
まるでこれから戦闘するとは思えない会話だ。
だが確実に雰囲気が重々しくなっているのがラインにも分かる。
そして会話はピタリと止む。
既に2人とも戦闘態勢だ。
最初に動いたのはグレンだ。
何処から出したのか分からないナイフを3本投擲する。
それに対し女はウォールシールドで防ぐ。
「ウォールシールドか……」
「基本中の基本よ。覚えておきなさい坊や達」
坊や達という言葉にラインとマナンは体をビクッと震わせる。
女は最初からマナンが男と気づいていたのか……
そして疑問に思うのは何故そのままにしたか、だ。
「何故、お前はこの2人をスルーした? 処理しても構わないはずだ」
更にラインの不信を煽ってしまう。
(一体お前は何者何だ?)
そんな事を考えている合間に女は答える。
「もちろんそうでもよかったんだけど、まあ人質殺したらマズイでしょ? 人質を殺す犯人に警察は交渉しないかもしれないし」
確かに人質に危害が加わらない限り、交渉で済まそうとするからな。
女は話を続ける。
「それにこの2人からは魔力を多少しか感じ無かったし。大方アカデミー新入生でしょ?」
正にビンゴな指摘にグレンは大袈裟に肩をすくめる。
「あらら、バレちゃった」
そんなふざけた行動に女は目を細める。
「で、あなたがアカデミー新入生の異端児と」
「異端児というより、問題児かな?」
一人笑っているグレンに女は苦笑いする。
「なるほどね。先生には手が負えない実力者だが、こうして誤魔化していると」
この言葉にグレンの笑いが止まる。続けて女は口を開く。
「あなたは本来の自分を隠している……そう、大きな闇を抱えた自分を」
その言葉にグレンの雰囲気がガラリと変わる。あの時グレンと知らない男とあった時の雰囲気だ。
鋭い視線は直接見られていないライン達にも威圧感を与えるほどだ。
「……お前に何が分かる!? 両親が殺され、見知らぬ土地で毎日生きるのが必死だった俺の気持ちがよぉ!!」
グレンは吠えるように声を荒ら上げる。言葉の震える語尾に抑えきれない感情が溢れ出ていた。
まさか……そんな事があったなんて……
ラインはグレンの事を見誤って居た自分を責める。ちゃらけた奴と思って居た自分が恥ずかしい。
グレンの話を聞いた女は目を伏せる。
「そう……あなたも大変だったのね。なら私の気持ちも分かるわね?」
女はグレンを仲間を見つけたような寂しそうな目線を送る。
「私は……地球連合軍の魔法師の妻だった。魔法師は優遇されたわ。でも……」
女は悔しくて歯を噛み締める。
「魔法を失った夫は……」
彼女の夫は魔法師の人体実験により、魔力を失ったらしい。そして魔力を失った魔法師は捨て駒のように捨てられたという事だった。
その悲惨な内容に言葉を失うライン達。だが、グレンだけは違った。
「そうか……お前も惨劇の一人なのか」
この言葉に女は頷く。
「ええ。……そしてこの魔法は夫が教えてくれた物……この力で私は世界を変えるわ」
彼女は胸を手を置き、亡き夫に誓う。
「だからここは退いてくれないかしら? あの金庫にある物が必要なのよ。
あなたたちはアカデミー新入生でしょ? なら逃げても誰にも責められないわ」
後ろにある金庫室にある機密書類は地球連合国やエルス国の裏金や秘密も沢山有るだろう。困るのは未だ地位にしがみついている者だけだ。
戦争勃発以来、かなり粛清されたが未だしぶとく残っている者も居る。それを粛清出来る切り札なのだ。
しかし、銀行という立場上勝手に開けるとはいかない。持ち主の許可が必要だがもちろん拒否するだろう。
そして金庫を開けようとする魔法師を妨げる事の出来ないアカデミー新入生は誰にも責められないだろう。アカデミー新入生は魔法師の卵だが、今は一般人と変わらないのだから。
だがこの妥協案ともいえる提案をグレンははね除ける。
「残念だが、その提案には乗れん。俺はお前を倒さなければいけないだ」
グレンの瞳には強い意志が感じられる。犯罪を見逃す訳にはいかないという意志以外の強い意志が感じられる。
それを察した女はため息を付く。
「そう。貴方には正義感だけでは無く他の大きな目的があるのね……なら交渉は決裂ね」
女はそう言い、少し残念がるが余り動揺はしていない。どこかこうなる事を感づいていたのだろうか。
お互いの間にまたピリピリとした緊張感が走る。
だが女はすぐに笑いながら構えを解く。
グレンが不審に思うと、女は懐から何かを出す。ビンらしき物に液体が入っている。
「ふふ、やはりこのままじゃ勝てないのよね。貴方の殺気が物語ってるわ」
女はそう言いながら液体を口にして、一気に飲み干す。空いた容器はそのままどこかにほっぽる。
(奴は一体何を飲んだんだ!? 戦闘に使う物としてはモルヒネとかか? 一時的に痛みを感じなくなるというが……)
彼女の反応を待っていると急に苦しみ出し、膝を付く。
「あっあああっ!? ……ふふふ……夫を死にやった産物を私が……ゴホッゴホッ……使うなんて……笑えないわね」
息も絶え絶えに言葉を途切れさながら話す女。
「でもここで……貴方を倒さなければ私は……夫に顔が向けられないわ」
辛い表情で微かに微笑む彼女。だが既に薬の効果は彼女の理性に襲い掛かっていた。
「ああああぁぁぁぁぁああ!!」
彼女の悲鳴は人では正に野獣のような声に変わろうとしていた。
「くっ、まさか魔力強化の禁薬が開発されていたとは……」
グレンは人の愚かしさに歯ぎしりする。
魔力強化の為に人体実験を繰り返し、そして結局は採算が合わず開発を辞めるという人の価値を物として見ている奴らに憎しみを向ける。
そうグレンが思っていると突如後ろから声が掛かる。
「なんと愚かしい事だろうな」
グレンが驚いて後ろを振り向くと、鎧を着た男達がグレンの周りに居たのだ。
その鎧にはエルス国防軍のマークがある。味方だ。
グレンが警戒していると隊長らしき人がグレンをなだめる。
「まあ待て。我らはエルス国代表直属部隊魔法小隊だ。君たちは何者かな?」
この問いに一瞬、一触即発の雰囲気が漂うがラインが慌ててアカデミー新入生だと伝えると張り詰めた空気が穏やかになる。
「そうか。アカデミー新入生か。軍人としての行動見事だ。しかし、君達は一般人と同じ程度の実力しかない。だから余り無理をするなよ」
と隊長らしき人はラインの肩に手を置いて苦労を労う。
「ああ、私の名前はエルビン。ここからは我らに任せていい」
とライン達を下がらせるーー
ーーがグレンだけは下がらなかった。
下がらないグレンにエルビンは目線を向ける。
「君も下がっても大丈夫だ。君達はもう疲れただろう?」
エルビンは笑顔で言うがグレンの顔は厳しいままだ。
「……下がれるなら下がりますが、この状況一人でも戦力が必要ですよね?」
エルビンの心を見透かすような眼差しを向けるグレン。
鋭い指摘に苦笑いするエルビン。
「ふっ……君はただ者じゃないね? あの魔力を感じ取って、それでもなお協力を願い出るとは。名前を聞いても良いかな?」
「……グレン=アルベールビル」
思い当たる有名な名前を並べるがアルベールビルという苗字に心当たりは無い。
という事はこの青年は有名な一族では無く、独学でこれだけの力を身につけたというのだろうか。
まだこの青年の力を見てないが、実力が付くほど相手を知ることが出来る魔法の世界では彼が強いという事を示していた。
「ふむ、グレン君か。覚えておこう。ではグレン君。君の実力はどのぐらいかな? 自己判断でいい」
チラッと視線をグレンに向けるとグレンは真剣に考えていた。
しばらく経つと顔を上げ、答える。
「甘く見積もってB……悪くてB-はあるかと思います」
この発言に他の魔法師は騒然とする。
「おいおい、マジかよ」
「まさかねぇ、甘く見積もりすぎじゃない?」
そんな中でもグレンの表情は真剣なままだ。
グレンの真剣な表情を見てエルビンは質問する。
「グレン君、知ってると思うが魔法師はランク付けされる。その中でも上位のBランクで良いんだね?」
魔法師のランクはS~C-ランクまで存在している。その中でもB、B-ランクは魔法師の中でも上位だ。
この魔法社会の中でBランクと言えば魔法小隊の隊長に即刻なるレベルだ。現にエルビンがBランクだ。
この世にはSランクは存在しないと扱われているのでA+が最高ランクの中、Bランクはエリートと言ってもいい。Aランクは数えられる程度しか存在しないので切り札的存在なのだ。だから現場で戦う魔法師の中で一番はBランクの魔法師達であった。
そんなエリートを自称しているのだ、グレンは。
「ええ。私はBランクの実力を有してます」
グレンには全く動揺が見られない。
彼に自称でもある程度の実力は有るだろうと推測し、この状況では協力して貰うしかないだろうとエルビンは判断する。
「分かった。君にも協力して貰おう」
エルビンは目線を女に移す。
彼女は断末魔のように声を荒らげ、目は血走り、理性を感じられない。
エルビンは息を呑む。
ーーこれから大変な戦いになるな
とこれからの過酷な戦いに心を痛めるのであった。