混沌の中で選ばれし英雄 ~理不尽な世界を魔法と人型兵器で破壊してやる~ 作:氷炎の双剣
お断りだーー目の前の短髪の金髪男はそう言ったのだろうか?
修行しろと言っておき、承諾の返事も聞こえた。それなのにこの男は断るというのだろうか。確かに立場は向こうが上でこちらがお願いする立場ではあるが、思わせぶりがヒドいのではないだろうか。
俺が驚いて声が出ない代わりにライルが話し出す。
「うーん、言い方が悪かったな。俺は師匠弟子という関係で教える気はない。俺はあくまでも手伝うだけだ。強くなれるかはお前次第だ」
話の先が読めない。対等という立場に何故拘る? 俺はもう人の下に付くのは慣れているのに。
未だ困惑顔の俺にライルは俺に顔を近づけて話を続ける。
「ここだけの話だが、この世界には選ばれし者というおとぎ話のような力を持った者が居るらしい。そうだな、約50年ちょっと前に突然現れた英雄、ヒースもその一人だったかもしれん」
小学校の歴史の授業でやったのを辛うじて覚えている。戦争を止め、世界を救った直後姿を消したんじゃなかったけ?
「その方、教科書で知ってます。あらゆる攻撃を防ぎ、様々な攻撃をしてくるとか。この頃から魔法が表に出て来たとか……」
曖昧な記憶から引っ張りだして答えるがライルは妖しく笑う。
「そうだ。それ以前から存在はしているが表舞台に知れ渡ったのはこれが初めてだ。そして英雄ヒースは皆が知っている、姿を消したんじゃなくて地球連合国に消されたんだ」
今まで信じていた話がひっくり返されて、この話を信じて良いのか分からない。
そんな俺の表情を見て話を付け加えるライル。
「確かにヒースのおかげで平和になった。だがそのヒースが裏切ったらどうなる? たった一人で戦場をひっくり返す、基地を容易く殲滅する能力の持ち主だ。ヒースの気分次第で揺れ動く世界を恐れた者達はヒースを亡き者にする事にした。長らく魔法を秘匿し続けた異端審問会によってな」
次々と明らかになる真実に俺は頭が混乱する。だがそれと同時に何故この話をするのかという疑問も湧く。
「あの、何故ヒースの話題を……」
その質問にライルはしかめっ面をして答える。
「……これは力を手にしたものの末路だ。いつの世も力を永遠に持てる者は居ない。お前は世界から排除されても良いんだな? 普通の生活には戻れないぞ?」
ライルは俺への心配からこの話をしてくれたのか。だがそれは要らない。俺はもう大切な物なんて全て奪われたから。
「……大丈夫です。もう失う物なんて有りませんから」
そう答えるとライルは一瞬悲しげな表情をするがそれを振り払うように膝を叩き、立ち上がる。
「よしっ、じゃあ早速行くか」
今から!? という俺の言葉を無視してライルはクローゼットを開け、色々な服を取りだしては放るを繰り返し、さっきまで塵一つ無かった綺麗な部屋は一瞬で散らかる。
そしてやっと止まった時に手にしていたのはやや小さめのスーツ。それを俺には投げるとそれを着ろという。
スーツなんか着たことが無いので手伝って貰いながら着る。
「おお……」
鏡に映り込む俺は少しは様になっているだろうか。そのスーツの着心地の悪さは何だか元の世界に戻った気がして、目頭が熱くなる。
ラフィにはドレス、一緒に着たかった……
そんな俺の肩を強く叩くライル。
「弱い自分は捨てろ。お前はこれから強くなるんだ。強い意志を持て。後は黙って付いてこい」
特に荷物は持たずに部屋を出て行くライル。廊下を歩いて行き、そのまま外に出るのかと思いきや、1つの部屋の前で止まる。
インターホンを鳴らすと中から慌てた様子で女が出て来る。ライルさんの友人にしては対称的でかなり細く、軍人には見えない。
「ああ、ライルさんっ!! どうしたのでしょうか? 何か欲しい物が有ったら何でもおっしゃって下さい!!」
そう言う女の目はライルを心酔しているようだった。それを気にした様子もなく、彼は横に首を振る。
「いや、ここまで色々して貰って感謝しきれない。俺はもうここを離れる。世話になった」
すると女は悲しそうに俯く。
「まだあの時の暴漢から助けて下さったご恩を返しきれてません……ですが引き止めるのも……ああっ!! そうだ!!」
女は突然大きな声を上げて大急ぎで部屋に戻ると何かを取るとまた走って戻ってくる。
「どうぞ!! これをどうかお使い下さい」
差し出されたのは小切手カード。予め指定された金額まで無条件で使え、他の人に譲れるカードだ。
金額を見ると目がくらむような桁数の金額が入っていた。俺がどうやっても手に入らない金額だ。
「済まないな。旅の足しに使わせて貰う」
この金額だったら世界一周も宇宙旅行も不可能じゃない。どんな旅をしてるんだと思ったが胸にしまっておく。
「こんなことしか出来ませんが、またこちらに寄った際には是非来て下さい!!」
と女は興奮冷め上がらぬまま、俺らを見送ってくれる。
洋館を出ると警備兵が厳戒態勢で見張っていた。まだ主犯の俺が侵入したまま見つからないのだ。ピリピリした雰囲気がこちらまで伝わってくる。
俺を見ると怪訝な表情を浮かべるが、隣に居るライルを見ると興味が薄れたように他に視線が移る。
それだけ彼が信頼されてるのだろうか。
結局呼び止められる事も無く、洋館から離れた場所まで行くことが出来た。真正面から行くことなんて初めてで今も心臓が鳴り止まない。
「ライルさんは信頼されてるんですね……」
そう呟くとライルは後頭部を恥ずかしそうに掻く。
「いつの間にかにあんなことになっていた。ただ通りがかった時に襲われていた奴を助けたり、通り道にあった邪魔な荷物をどかしたりとか」
ライルは変な人だが信頼出来るーーそう直感が言っていた。