混沌の中で選ばれし英雄 ~理不尽な世界を魔法と人型兵器で破壊してやる~ 作:氷炎の双剣
金属音や布で拭く音、息づかいが聞こえる程、静粛な時間が暫く続いていた。
俺も薄汚い雑巾で床を拭いていると男が時計をチラチラ見始める。そして21時になったとき終わり!! と宣言される。
終わりと聞くと彼ら彼女らは銃を組み立て始め、完成したら身の回りを片付け始める。かれこれ2時間ぐらいずっと銃を分解し、磨いていた。
これだけ長い時間、銃を弄くる必要があるのだろうか?
俺も男に目線を送るとお前もだ、と手で払われる。なので雑巾を洗って傍に干しておく。
それからどうしたものかと困っていたら先程の無口な少女に袖を引かれ、案内された場所は2段ベッドが何個か置かれ、さっき食堂にいた全員が収まりそうな部屋だった。
所狭しと置かれているので通路は人一人が通るのがやっとで、入る順番が決まってるかのように並んで奥に進んでいく。そして空いた場所がどれかが俺の寝床らしい。まだいくつか空いている。
特に決め手は無かったので、先程の少女に聞いてみる。
「なぁ、隣良いか?」
少女の隣のベッドが空いていたので聞くと少女は頷く。そんな少女に近くにいた少年が
「お、なあなあラフィと結婚するのか!?」
といきなりとんでもないことを言い始める少年。ラフィと呼ばれた少女は必死に首を振るが話は飛躍的に広まっていく。
そして次々と捲したてられるラフィは顔を赤面させ俯いてしまう。
今日初めて会った人と結婚とかアホじゃねぇの? と思ったが当時は皆子供、こういう話が好きな年頃で俺も同じで子供だった。
「何言ってんだ? 何でコイツと結婚しなきゃいけないんだよ」
と思わず憎まれ口をたたいてしまう。普通結婚なんてするはずなんて無いのにこの頃は無駄に格好つけてしまう。そしてその言葉を少女は傷付けた。
ラフィは唇を固く結ぶと、走って部屋を出て行く。ラフィの突然の行動に部屋は静寂と化したが直ぐに俺を責める雰囲気に変わる。
俺は居たたまれなくなって彼女を追い掛けるように部屋を出る。勢いよく部屋を出たものの彼女が何処に行ったか分からない。今日初めて来たのだから。
だが彼女は直ぐに見つかった。俺達が自由に行動出来る範囲は決まっているらしく、食堂の隅っこでうずくまっていた。早速見つけたが何て声を掛ければ良いか分からない。
とりあえず横に座るが彼女から距離を離される。そこまで嫌われたか……
彼女の顔を見ると泣いてはいないがその表情は暗く、俺の心は
「……ごめん、俺が悪かった」
何が悪いか分からない。だけど悪い事をしたなら謝るのが当然だ。
するとラフィは横に首を振る。俺は悪くないと否定しているのだろうか? でも表情は暗いままだ。やっぱり許してくれてないのだろうか。
「……どうしたら許してくれる?」
そう尋ねると彼女はしゃがむよう手で指示してくるので俺は立ってからしゃがむ。すると彼女は近付いてきてーー後ろに回り、背中に急に重みを感じた。
驚いて振り返ると彼女は俺の背中に乗っていた。手は首に回し、ぶら下がるように。そして立ち上がれと指示を出される。いわゆるおんぶ。それをして欲しいらしい。
「仕方ないな……」
彼女の足に手を置いて、持ち上げると勢いよく立ち上がってしまう。
彼女も驚いたらしく首に回した手に力が掛かる。苦しい……
だがその時気付いた。重いと想定して力を入れて立ち上がったのが裏目に出たのだと。それほど彼女は軽く、身長は大して変わらないのにその軽さは異常だった……
おんぶしたまま俺が帰ってきたので部屋の一同も落ち着いて自負の寝床に戻っていった。彼女を寝床の前で降ろすと彼女は俺の頬に触れたーーその柔らかい唇で。
呆気にとられた俺を他所に寝床に入って、直ぐに小さな寝息を立てて寝てしまったラフィ。俺も寝床に入るが、初めての頬へのキスに寝付ける気がしなかった。
そこに居る俺は肩をふるわせ泣いていた。燃えさかる炎が包む車を前にして地面にへたり込み泣いていた。それは家族の車で投げ出された腕や脚が見えている。
そして女々しく泣いている俺が客観的に感じ、怒りすら込み上げてくる。
「何泣いてんだ!! 家族は死んだ!! 理解しろよ!!」
そこにいる俺に怒鳴る。弱い自分を見てる気がして無性に苛つく。すると泣いていた俺はこちらを見るがその表情は黒いモザイクで覆われていた。それが異様で気持ち悪く慌てて逃げ出す。
だが反対に走ってもまたそこには燃えさかる車と泣いている俺が居た。怖くて暫く見ていると突然泣き止んでこちらを向く。やはり顔は黒いモザイクで覆われていた。
「うわぁぁぁぁぁぁ」
大声を出したら、目の前に見えたのはラフィの驚いた顔。彼女の長い髪が顔に触れて俺の体が震える。だがラフィの心配そうな表情が見えて、今のが夢だと理解する。
周りを見ると俺以外は既に起きていて身支度を始めている。
混乱した頭を元に戻そうとしていると昨日の捲したてた少年がこちらを見て言ってくる。
「朝から凄い声出すなぁ……ほら、早く身支度しなきゃ。朝練があるよ。ほらラフィも急げ」
身支度と言っても昨日から着の身着のままなんだが……
ふとベッドの端を見るとそこに迷彩服が掛かっていた。他の皆も迷彩服でこれを着ろって事か?
と考えていると突然ラフィがここで着替え出す。
「えっ? ちょっと!?」
小学校ですら更衣室は分けられていたのに……
慌てる俺を他所にラフィは次々と脱いで下着だけになる。体の凹凸は少なく、上はキャミソール1枚。
その光景に俺の頭は真っ白になりながら、目が離せなかった。
俺の目線に気付いたラフィは首を傾げながら着替え進めていく。
そしてラフィが着替え終わってから俺は我に戻るがその直後、笛が鳴る。すると慌てて駆け出す彼ら彼女らを見て俺も慌てて着替える。
部屋を出て食堂を駆け抜け、外に出るとグラウンドが見える。そこには整列した彼ら彼女らが居て、その視線の先には俺を睨むリカディ。
リカディは早歩きで俺の所まで来ると襟元を掴み、軽く俺の足下が浮く。
「お前は死にたいのか!!」
その怒りは本物で怖かった。涙が自然と溢れ出し止まらない。
「いいか!! 戦場での遅刻は死に繋がる!! 死にたく無ければ今すぐ直せ!!」
……戦場? いきなりそう言われても全く実感が湧かない。だがこの怒りの表情で言われたらただ頷く事しか出来なかった。
それを見たリカディは急に怒りを収め、俺に対して興味を失ったかのように先頭に戻っていく。
リカディが離れたので重圧から解放され少し落ち着いてきた呼吸を整えながら、俺も隊列に入る。
そして直ぐに始まった朝練は筋トレやストレッチ、ランニングと俺には相当辛い物だった。
「いいか!! 戦場で最も信頼出来るのは己の体だ!! これが最後の生命線であり、全ての源だ!!」
と何だかリカディが言っているが、俺はそれを考える程の余力が無く、頭が空っぽのままただこなしていた。そんな俺に対して他の面々は軽々とそのトレーニングをこなしていた。か弱な少女だと思っていたラフィにすらランニングで抜かされていく。
そして次に聞こえたのは終了の笛だった。時間を見ると2時間、朝練をしていたようだ。それまで何か話していたらしいリカディの話は全く聞こえていなかった。
俺は倒れるように地面に突っ伏す。そんな俺にラフィが手を差し伸べる。そして指をさしたのは食堂で、どうやらやっと朝飯らしく早く行こうと急かされる。
だが俺がやっと返せたのは苦笑だけだった。