混沌の中で選ばれし英雄 ~理不尽な世界を魔法と人型兵器で破壊してやる~ 作:氷炎の双剣
更なる高みに上るなら手を貸す。
その言葉の意味、俺には分からなかった。
もちろん強くなりたいという気持ちはある。だけど、あの言い方。修業してくれるような感じでは無い。もっと何か、企んでるような気がした。
その意図を聞こうと俺もドアを開けて外に出るが、既にグレンは居なかった。
そして次の日も作戦会議は続けられた。前日はほとんど内容は無かったが、今日は世界情勢についてだ。
ソフィアさんが戦況を説明してくれる。
「現在、地球連合軍は劣勢だ。新機体イルⅡによって長らく耐えてきたアラスカは陥落した。現在、カナダに要塞を築く予定と聞いている。もしそこが抜かれれば、地球連合軍の喉元に達する。もはや劣勢を覆せないという状況になるだろう」
アメリカには現在の地球連合国を支える大都市や工場、そして本部がある。そこに敵の攻撃が迫るとなると供給機能を果たすのは難しい。
「またエルス国付近の戦況も好ましい訳では無い。今の所大規模な攻勢は見られず、小規模な戦闘での勝利は収めてるものの、戦局を打開するには遠い。
そして日本が中立化を宣言したものの、中南アジアは既に敵の手に落ちている。いつでもエルス国領内に入ってこれる状態だ。もちろんエルス国に防備を引くが、代表から要請があり、我々はカナダにて地球連合軍に協力することになった。地球連合軍が倒れれば、我々も敗北する」
まさかの出張に動揺するかと思ったが、誰もしなかった。してたのは俺だけだ。慣れているのだろうか。
「我々は主に魔法師だが、HAWが得意な者も居る。ライン、グレン、今回はそちらに参加しろ」
この部隊での初の任務はHAWか。
にしてもグレンの実力は如何に?
グレンを見るとニヤリと笑い返される。
「お前が日本で戦っている間にこっちでも戦闘が有ったのよ。そこで俺も活躍したぜ」
ほう、それは楽しみだな。
「HAW隊の隊長はユリエルに任せる。私とは別の指揮系統となる。また戦場では原則地球連合軍に従え。だが、可笑しいと思ったら各自行動しろ」
「隊長のユリエルだ。君らの話は聞いている。以前活躍したからといって、勝手な行動は慎め」
完全に白髪の若い男。といっても30代ぐらいか。
ユリエルに鋭い目線で睨まれる。どうやら歓迎されてないみたいだ。
俺はHAWでの大規模戦闘は初めてで、ここはとりあえず大人しく従うのが得策だな。
「ユリエル。この二人はそこそこ優秀だ。お前なら上手く使えるはずだ」
「……必ずやご期待に応えましょう」
チーム編成が終わり、解散となる。
今日は各自準備し、明日出発になる。
俺の部屋に戻ると、朝まで壊れていたドアは既に直っていて、中には自分の部屋のようにくつろいでいるマナン達が居た。
「何でお前らが居る? 今日は仕事じゃないのか?」
いつもと同じように料理を作るマナン、アーロンとティナは室内で筋トレ勝負をしている。
やけに暑いと思ったら、料理と筋トレが原因か。
筋トレに夢中な二人は答えず、マナンが答える。
「前はバタバタと終わっちゃったでしょ? 今日はゆっくりやれるかなと思って」
いや、だからどうやって仕事を休んだんだ。
ひょっとして、コイツらの上司は聖人かなんか?
「……そうか。わざわざ休んでくれた所に済まないが、明日早くに出発なんだ。だから遅くまでは出来ない」
済まないと謝ると、マナンが寂しげな表情を見せる。そういえば、一カ月ぶりなのにゆっくり出来てないな……
「……しょうがないね。流石ラインだね!! 来て早々、もう任務か!! ガンバってね!!」
精一杯笑顔を見せるマナン。それが何とも愛おしく感じて、抱きしめる。
「えっ? ライン?」
俺の腕の中で困惑した声を上げるマナン。
「……次帰って来たときは昇進祝いも頼むぜ? 今回も大功挙げてくるからよ」
笑顔でマナンに言うと、俺を見上げて少し声を曇らせて笑う。
「……言ったね、ライン。もし昇進して無かったら奢りだよ?」
今度は休み取って、ゆっくりすると心に決める。
「……あのー熱い展開の所、申し訳ないんだけど、シャワー借りて良いかしら?」
その声でハッとしたマナンが俺から離れ、いそいそと料理に戻る。
ふと声のした方を見ると、肩で息しながら、汗を額に浮かべたティナが困った顔でこちらを見ていた。
「邪魔して悪かったわね」
「いや……」
ティナが邪魔したことに全く俺は怒りを覚えてない。にしても何故ティナの方が不機嫌な表情なんだ?
「ああ、シャワー使って良いぞ。でも最初から使う気満々だろうが?」
茶化して反応を伺うが、さっきと変わらず、不機嫌なままだ。
「……そうね。最初からそのつもりだった」
そのまま風呂場に入っていくティナ。酸素不足だっただけか?
送別会の翌日、眠気と酒で冴えない頭を奮い立たせながら、酔い潰れてる面々を起こさないように部屋を出ようとするが、裾を誰かに掴まれる。
振り返るとティナが目を擦りながら俺を睨んでいた。まだ不機嫌なの?
「……新人の頃が1番死ぬと言われてる。アンタが優秀なのは知ってるけど、それでも超人じゃない。だから無茶だけはしないで」
不機嫌では無く、心配してくれていたから表情が暗かったのか。
心配は有難いけど、俺は笑って出発したいんだ。ここは茶化そう。
「……まるで彼女のような言い草だな?」
するとティナは顔を真っ赤にして、俺へ殴りかかって来る。
「ばっ、バカ!! 私の心配をっ、返せっ!!」
「おっと、俺、帰ってきたら結婚するんだお前と」
「バカ、死ねっ!!」
こうしてふざけるのもこれが最後かもしれない。だけどそれは毎日その可能性がある。だからこそ、今日が最後のように振る舞いたくないんだ。これが明日以降も続くと信じて俺達は戦うんだ。
集合場所に着くと、多くの輸送機と兵士、代表直属部隊が居り、ちゃんと時間通りにグレンが居た。珍しいこともあるもんだ。
「よぉ、グレン。昨日は何で来なかったんだ?」
誘ったのだが、珍しく断られてしまった。
するとグレンはニヤつきながら答える。
「女の所に行ってたーーと言いたい所だが、んー野暮用だ」
「へぇ、珍しい事も有るもんだな。お前が行くところは俺達の所か、女の所だろ? それも新しい」
「正解。そうそう、最近食べた女はーー」
「いや、結構」
コイツの女話は長くなるし、聞いてるだけで自慢話に聞こえる。
たわいない話もそこそこに指示通りに輸送機に乗り込む。
次降りる時はカナダだろうか。
「すげぇ……」
それしか言葉が出てこなかった。
次に降り立った場所はカナダじゃ無くてハワイだった。綺麗な海もそうだが、特に驚いたのは地球連合軍の太平洋艦隊だった。
地球連合軍の太平洋艦隊はHAWが出る前から有る艦隊で、その規模は他の地域とは比べ物に為らない。太平洋が広いのもあるが、HAWが出る以前は最も力を入れていたらしい。
その戦力は方面軍ぐらいに相当し、第8方面軍と
多くの艦艇が駐留する光景に圧倒的される。小国エルス国では絶対に見ることの出来ない光景だ。
だが逆に考えるとこれだけの戦力があって尚、攻勢に転じる事は出来ず、防衛してるだけなのだ。それは積極性に欠けてる訳では無く、これらの艦艇が時代遅れだということを示していた。
時代は進んでいる……もう後戻り出来ない程に……これからはHAWと魔法が世界を動かすのだろう。
そう思うと目の前の艦艇群はとても虚しく思えた。
ハワイで給油を終え、カナダに向かう。地球連合軍の護衛の戦闘機が付いてくれる。時代遅れとはいえ、航続距離、速さはHAWに勝る。だから飛行機の護衛には最適だ。
アラスカが取られたのでアメリカ西海岸付近も安全とは言えない。敵も戦闘機を保有しており、輸送機を狙われる事も多々。
運悪く、今回もそれが起きてしまった……
サイレンが鳴り、回避運動を取る事が知らされる。シートベルトをしてしがみついて居ないと、室内飛び回る事になる。
今回は悔しながら、やることが無い。HAWも無ければ地上戦でもない。味方の戦闘機頼りだ。
窓から見える。敵の戦闘機集団が。
こちらの護衛戦闘機は精々10機。敵に比べたら半分も居ない。
機体が大きく傾き、急旋回を始める。少しでも距離を取る為だ。
そして時間を稼ぐため、護衛戦闘機は離れていく。一緒に戦うのでは無く、時間を稼ぐため、死ぬ覚悟で戦うつもりだ。
敵の長距離ミサイルはチャフやフレアで回避する。だが近距離になれば躱せない。
護衛戦闘機が敵の集団に突っ込んでいく。多勢に無勢。次々と囲まれ、落とされていく。
そしてとうとうミサイルにロックされたアラートがけたたましく機内に響く。
すると突如グレンが立ち上がり、コクピットに向かう。
「おい、後ろを開けろ!! 早く!!」
「何を言っている!! この高さで開けたら、吸い出されるし、窒息する!!」
パイロットの言うとおりだ。低空ならまだしも、この高さじゃ空気が薄い。そして何をする気だ?
「黙って、開けろ!! 死にたいのか!!」
グレンの余りの剣幕にパイロットは体を震わせ、指示に従う。
重い音は鳴らしながら後ろの扉が開かれる。もちろん風は凄く、シートベルトしてないと今にも飛ばされそうだ。そして息が苦しい……
そんな中、グレンは平然と歩き、突風が吹き荒れる後ろに近付いて空を見ると楽しそうに笑う。
「これならいける。……ライン、手伝え!!」
「こ、この状況で……何を? そもそも無理だ!!」
言葉すら発するのが辛い。空気がどれだけ大事か分からせてくれる。
するとグレンは指を鳴らす。そうすると、突風は止み、息が苦しくなくなる。
何が起きたか分からなかった。とうとう酸素不足で意識が朦朧としてるのかと思ったが、自分の体は思い通りに動く。
周りを見ると俺と同じように困惑してる者しか居なかった。
ワープでもしたのかと思ったが、状況は変わらず、見えるのは空。
さっきと同じ状況なのに、変わった環境。ますます分からない。
「おい、説明は後だ。こっちに来い」
グレンが急かす。揺れで落ちないか不安だが、ここは何かしなければいけない。
代表直属部隊の荒くれ者達の乗る輸送機だったが、この摩訶不思議な状況に誰もがグレンの動向を見守るだけだった。
「今からお前がこの機体を守るんだ」
「は?」
何を言ってるのか分からない。ウォールシールドで守れと言ってるのだろうか? それならば、他に適任が、全員でやれば……
「ウォールシールドじゃダメだ。何発も耐えれるわけじゃない。根本的に解決するには敵を落とす。だろう?」
確かに正論だが、理解不能だ。マッハで飛ぶ高速物体に魔法を当てろと言うのか?
全く理解出来ない俺にグレンが質問する。
「戦闘機は何で出来ている?」
「……それは専門家じゃないから分からん」
「大まかに答えると?」
「……金属?」
「そう、金属だ。ならーー」
ーーっ!? 確かに戦闘機は金属だ。だから有効かもしれないけど!! 飛んでる戦闘機に当てようと思った奴は過去に居ないだろうな。
「何とも奇抜な発想だな?」
「だろう?」
怪しげに微笑む俺らに他の面々は置いてけぼりだった。