meet again   作:海砂

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深夜の大捕り物

 決行当日。

 

 僕はシュート、クロロとともに屋内への突入部隊の一員となった。日本警察の刑事出身者が家を取り囲み、少し離れた全貌を把握できる位置にて竜崎と夜神月が待機。カナとウイングは雑務処理のため捜査本部に残ることとなった。

 前もってウイングから聞いていなければ、今頃僕は絶叫しているだろう。あるいは狂ったと思われるだろうか。けして動揺する素振りを見せてはいけないと言われていたので、今こうして冷静さを保っていられる。

 

 クロロの頭上に浮かぶ異形の者。死神。

 

 正直この目で見るまではまさかと思っていた。そんなものが存在する事自体おかしいと。けれどウイングの説明は全て真実だったと、この死神を見ては言わざるを得ないだろう。

 

 デスノート。人を殺すことのできるノートの存在。

 

 それをこの世界に持ち込んだ、死神の存在。

 

 葉鳥の妻がノートに名前を書き込んでいるのを見て、思わず声が出そうになった。あれがデスノートに間違いない、と。そして先日僕が扱った物も、あれと同類であると。幸い、竜崎にもクロロにもばれはしなかった。

 

 最初は全てを疑った。今では全てを信じている。

 

 死神がいることも、デスノートのことも、ウイングが全てを見透かす存在であることも、それを竜崎達に直接伝える事ができないということも、葉鳥とクロロがデスノートの所有権を持っているということも、ウイングを含む彼ら4人が異世界から来たということも。

 

 あの死神を目の前にして、何を疑えというのだろう。

 

 クロロの様子を窺う。至って冷静に、彼は把握した家の間取りと突入経路を僕達に指示して、そして時を待っていた。突入は真夜中の一時。恐らく一家は眠っているだろう、既に明かりは全部消えている。彼はナイフ、僕は拳銃、シュートは野球のボール、そして全員が対象を確保するための手錠と縄を所持している。……シュートだけが場違いのようだが、彼の場合はそれが最も効果的な武器となるらしい。そして出来る限り武器は使用しないようにと、竜崎からの指示があった。基本的には、身に危険が及ぶ場合・或いは逃亡されてしまうような場合のみ使用を許可すると言う事だ。ここが日本という事を考えると、賢明な判断だといえるだろう。

 

 

 5.4.3.2.1.……GO!

 

 出来る限り音を立てずに、突入を開始する。シュートと僕は玄関から、クロロは居間側の庭から。すぐにシュートと別れた。僕は一階を進み、シュートは二階へと上がる。調べた限りでは、一階奥に夫妻の寝室、二階には子供の部屋があるはずだ。僕はその寝室へと一直線に向かう。クロロはデスノート(彼ははっきりそうだとは言わなかったが、恐らく間違いないだろう)を接収した後に僕と合流する。

 

 寝室の扉を慎重に開けた。FBIでの捜査の時と違い平和な日本の平凡な家庭。何の罠もなくあっさりと二人を確保する事ができた。すぐに、片手にノートを携えたクロロがやってくる。

 

「優秀だな。ここが日本でなければ勧誘したいところだ」

 

 僕が夫妻に目隠し・猿轡をかませている間、彼はただそれをずっと眺めていた。既に二人の自由は奪っていたので、手を出すまでもないと思ったのだろう。やがて、3歳くらいの子供を抱いたシュートも階段を下りてきた。ぐっすりと眠っている様子で、特に拘束はしていない。僕達と目が合うと、人差し指を静かに唇の前に立てた。僕は頷いて、二人を立たせ玄関から外へ連れ出す。

 

 車に乗っている最中に子供が起きて泣き出した以外には、特に問題もなく捜査本部に戻る事ができた。その子供もシュートの顔を知っていたらしく、すぐに泣き止んでサインをねだっていた。……有名人だったのか、シュート……。

 

 

「皆さんお疲れ様です。無事に葉鳥一家を確保できたのは皆さんのおかげです。ですがここからが勝負です。殺し方・そしてそれが本当に殺せるかどうかを検証しなければなりません」

 

 検証の所で、夜神月が眉をひそめ、それを止めさせようとした。ひとまずは殺し方がわからないとどうしようもないという事で結論は先延ばしとなった。

 

「葉鳥の猿轡を外してください」

 

 夫妻は別々に拘束し、子供はシュートが別室で面倒を見ている。普通に考えて、子供に関わりはないだろうと特に束縛はせず、室内で自由にさせている。子供と面識があるという事でカナも彼らと一緒だ。……葉鳥夫妻の様子を見せたくないという配慮もある。

 

 画面に映っている葉鳥にワタリが近付き、口に噛ませていた轡を取り外す。自殺の可能性もあると思われていたが、ひとまずその様子はなさそうだった。

 

「葉鳥さん、初めまして、Lです。何故ここに呼ばれたかはお分かりですね?」

 

「L……探偵の、あの、Lか」

 

「そうです、そのLです」

 

 葉鳥はしばらく黙った後、ある言葉を発した。それはウイングから聞いていたものだった。

 

「……所有権を、放棄する」

 

 そして葉鳥は気を失った。竜崎が叩き起こそうとしたのを、クロロが止める。

 

「ゲームオーバーだ。そろそろ話してもいい頃だろう。なぁ、ウイング?」

 

 ウイングとパームの表情が強張る。……デスノートのことを、話すのか?

 

「その前にお前さんから受け取ったこいつを竜崎に渡してからだ」

 

 ウイングは、クロロから受け取ったのであろうノートを竜崎に手渡す。僕には見えないが恐らく彼らには見えているのだろう。新たなる死神の姿が。

 

「……ウイングさん、そちらはどなたですか?」

 

「死神だ。今渡したそのノートに憑いている死神。葉鳥は記憶を全て失っている。殺し方は、そいつに聞けばいい」

 

 この場にいる全員が、順にノートを手にする。ある者は腰を抜かし、ある者は恐怖に顔を歪め、……けれど、皆に見えている死神は『一人』だけのようだった。

 

「死神さん初めまして、Lです」

 

『……レムだ』

 

 最後に手にした夜神月が強くノートを握り締めた。それを、ウイングが取り上げようとする。

 

「夜神、そいつを渡せ」

 

「…………………………はい」

 

 随分と、奇妙な間があった。夜神月は渡そうとして一旦手元に引き、躊躇って、それでもウイングに、ノートを手渡した。

 

「先に伺いたい事があります。ウイングさんやクロロさんは死神のことを知っていたのですか?」

 

「ああ」

 

「知っていた。……お前さんに言う事はできなかったし、言ったところで実物を見せないと信じなかっただろう?」

 

「そうですねそうかもしれません……いえ、以前のキラからのメッセージのこともありますし、信じていたかもしれません」

 

 ウイングは夜神月から取り上げたノートを再び竜崎に手渡す。

 

「どうだかな。お前さんはリアリストだ。目の前で事が起きなければ信じないだろう。まぁ、今まさに目の前で事が起きている訳だが。まずはそのノートに書いてあるルールを読んでくれ」

 

 竜崎はノートの表紙と裏表紙、それに中に書いてある名前をざっと読んでから、顔を上げる。

 

「死神」

 

『レムだ』

 

「このノートに書いてあるルールは本当ですか?」

 

『ああ、本当だ』

 

「もし他にノートがあるとして、それらのノートのルールもですか?」

 

『ああ、死神界にもノートはいくらでもあるが、ルールは全て同じだ。人間に持たせた場合もだ、それは間違いない』

 

 夜神月がそれを聞いてノートを覗き込み、そして再び自分の手の内に持った。……その仕草に少し違和感を覚える。ノートに触れようと思うのはこの捜査本部にいれば当然の事だろうが、彼は先程から『持ち続けよう』としてはいないだろうか。気のせいか?

 

 夜神が手に持っているノートを開いて他の人間にも見せる。そこには英語で使い方が書いてあった。

 

 

・このノートに名前を書かれた人間は、死ぬ

 

・書く人物の顔が頭に入っていないと効果はない。ゆえに同姓同名の人物に一遍に効果は得られない

 

・名前の後に人間界単位で40秒以内に死因を書くとその通りになる

 

・死因を書かなければ全て心臓麻痺となる

 

・死因を書くと、さらに6分40秒詳しい死の状況を記載する時間が与えられる

 

・このノートに名前を書き込んだ人間は、最も新しく名前を書いたときから13日以内に次の名前を書き込み、人を殺し続けなければ自分が死ぬ

 

・このノートを刻む焼く等して使えなくすると、それまでにノートに触れた全ての人間が死ぬ

 

 

「50日以上監禁され、今も監視下にある月くんや弥がキラや第二のキラなら生きているはずがない」

 

「うむ」

 

「監禁されてた時は二人とも名前どころか文字ひとつ書いてませんからね」

 

 疑われていたから、夜神月は竜崎と手錠で一つに繋がれ、弥海砂は一室に監視状態にあった。けれどルールによってその潔白が証明された事になる。竜崎も同意し、二人の監視は取りやめる事となった。

 

「それで……何故ウイングさん達はノートの存在、死神の存在を知っていながら今まで黙っていたんですか?」

 

「竜崎、それには僕が答える……。彼らは、この世界の人間じゃない。死神と同様、別の世界から来た存在だ」

 

 夜神月の発言に、ウイングが驚いている。このことは、夜神月には話していなかったのか?

 

「ちょっ……夜神おまっ……」

 

「僕には冗談で『神の子』なんて言っていたけれどね……だから、彼らをデスノートで殺すことは出来ないし、存在を知っていても僕たちに教える事もできない。そういうルールがあるんだろう?」

 

「どうしてそんなことがわかるの?」

 

 アワアワしているウイングの代わりにパームが疑問を投げかける。

 

「少し考えればわかるよ。クロロは以前ウイングにTV出演を勧めた際にこの四人が第二のキラに殺されないという事を言っていたと、竜崎から聞いている。それなら可能性は唯一つ。『四人は人間じゃない』」

 

「流石だな、正解だ。では夜神月、オレが今になってこのノートのことを公表した意味は? 言えるならもっと早くに言えば解決していたはずだ」

 

「クロロだけならばその性格上、面白がって傍観していたと考えるのが妥当だろう。けれどウイングや他の二人は言いたくても言えなかった、つまりそういった束縛、ルールがあったと考えられる。今になって話したのは……これは推測でしかないが、死神やデスノートの存在が僕達に明らかになったからだろう」

 

 違う……明らかになる前から、ウイングは僕にデスノートと死神の存在を話していた……。

 

「順序が逆だな。オレたちはノートをお前達に見せてからその存在を説明しただろう」

 

「それは葉鳥を通じていずれ僕たちにも明かされる事だ。ゲームオーバーというのはそういう意味だろう? 笑えない不謹慎な冗談だが」

 

 ずっと黙っていた竜崎が、突然口を挟む。

 

「ウイングさん、デスノートの存在を私たちに話せないというルールが存在したのですか?」

 

 ウイングは黙ったまま答えずに、代わりにパームが返事をした。

 

「……そうよ。けどその存在を完全に隠せっていうわけじゃない。だから、デスノートに近付いたこの時点で、あなた達にこのことを話した。言えなかった事は謝るけど、これが私たちの譲れる最低限のラインだったの」

 

「それではこのノートについて、もっと色々とお伺いしてもいいですか?」

 

 パームはレムという名の死神を指す。……僕に見えるもう一匹の死神は……何も話さずに、完全に傍観している。この死神が見えているのは、誰だ? 少なくとも僕とウイングには見えているはずだ。

 

「それはレムに聞いて。私達も死神ほど詳しく知っているわけじゃないし。夜神くん、ノート、貸してもらえる?」

 

「いや、僕はこのノートに書いてある人物名と犠牲者の照合をするよ……本当にこれが、人を殺せるノートなのかどうか、わからないからね」

 

「本物だ。なんならオレが今ここで誰かの名前を書き込んでやろうか。竜崎、このまま夜神月にノートを持たせたままでいいのか?」

 

「クロロさん、どういう意味ですか」

 

「お前と夜神月はこの場にいる誰よりも頭が回る。お前と夜神月、どちらかがデスノートを持ち続けるのは危険じゃないかと思い忠告したまでだ」

 

 疑われていた夜神月がノートを持つのは危険だという事か。しかしそれはルールによって間違いだと証明された。いや、そもそもウイング達に課せられたルール自体が間違っているということは、ノートに書かれたそれも偽物だという可能性も……。駄目だ、僕の頭では処理しきれない。

 

「夜神くん、ノートは相沢さんに渡してください。科学分析をしてもらう事にします。相沢さん、ワタリに渡してきてもらえますか?」

 

「あ、ああ……」

 

 竜崎に促され相沢が夜神からノートを受け取る。今度はすんなりと手放した。

 

 相沢が部屋を出る。しばらくの間、室内には気まずい沈黙が漂っていた。


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