meet again 作:海砂
「苦しい……死にたい……イヤや、オレは裁かれるんか……? オレ生きてたらあかんのちゃうか……」
一人部屋に篭りブツブツと呟く男と、隣の部屋で耳をふさぐ女。
女はやがて耐え切れずに部屋を飛び出した。向かった先は叔父の書斎。気分を変えてくれるなら誰でもいい。叔父がいなくとも書斎には様々な本がある。一時でも兄の事を忘れられればそれで良かった。
叔父しかいないはずの書斎から話し声が聞こえた。独り言にしては声が大きい。彼女は、扉の前で聞き耳を立てた。
「だが……僕にはそんな恐ろしい事はできない!」
誰かいるのか? だがそのような気配も声も無い。叔父はただ一人芝居のように言葉を紡ぎ続けている。少しドアを開けて中の様子を見た。叔父は黒い表紙のノートを掲げて中空を見上げている。まさか叔父もおかしくなったのか?
「試してみろだって? 例え犯罪者でも僕が人を殺すのなんてごめんだ! それにこのルール……一度殺したら永遠に殺し続けなければ自分が死んでしまうじゃないか!」
不自然に間が空く。まるで誰かが叔父に言葉を返しているかのように。広げたノートの中身も、ただのノートのようだった。
「大体……名前を書くだけで人が殺せるなんて事自体信じられないし……そりゃ、君のような死神がいるって時点で信じるべきなのかもしれないけど」
死神!? 女には見えないが、叔父の前には死神がいるというのだろうか。俄かには信じがたいが、叔父が狂っている様には見えない。不可思議な行動をしているだけで、表情などはいたって正常だ。
ということは、話から推測するに、叔父の持っているあのノートに名前を書けば、人を殺せる……。女の脳裏によぎったのは、兄の姿。死にたいと懇願する、自分で死のうとしても死にきれずに苦しんでいる、兄。
「……叔父さん……」
女は部屋に入った。叔父は慌ててノートを隠そうとしたが、その前に女に奪い取られてしまった。
「!!」
女にも、死神が見えた。明らかに人ではない醜いバケモノ。
『……これは予定外だな。どうする?』
「カナちゃんは関係ない! 記憶を消してくれ!!」
『それはできない。所有権を移してさらに所有権を手放さない限り、デスノートに関する記憶を消す事はできない』
所有権……ノートの? デスノート? 人を殺せるノート? DEATH、死神。
「死神さん、その所有権ちゅうの、アタシに移す事って出来るん?」
「何を言い出すんだ!!」
死神は無表情のまま、答えた。
『可能だ。現在はその男に所有権がある。それを放棄させ、その時にお前がノートを持っていれば、お前が次の所有者になれる』
女は叔父の方に向き直った。
「叔父さん、所有権を放棄して。アタシ、死なせてやらなあかん人がおんねん。アタシがしてやらなあかんねん。……できるの、アタシだけやねん」
叔父が言葉を失っていると、死神が話し始めた。本を持つ条件……犯罪者を裁く事、そしてノートにも書いてあるルール、13日以内に人を殺し続けなければ自分も死ぬという事。女はルールに一通り目を通し、改めて死神に問いかける。
「人を殺したあとに所有権を放棄したらどないなるん? 何も覚えとらんと死んでしまうんか?」
『それは無い。所有権を放棄した時点で全てを放棄した事になり、13日以上経っても死ぬ事はない』
再び叔父に視線を向ける。叔父は何も言わず、黙っていた。
「叔父さん、後生や。所有権アタシに譲って。必要な事がすんだら、また叔父さんに所有権返すさかい、頼むわ。叔父さんに所有権返ったあとは叔母さんとでも相談して好きにしてくれてかまへんし、もし警察とかに捕まりそうやったら改めてアタシに所有権戻してもらってもかまへん」
叔父は悩んだ。それは随分と長い時間のように、女には思えた。
「所有権を放棄する」
叔父はその言葉を発したあと、全てを忘れたようだった。
「カナちゃん、本でも借りに来たのか?」
笑顔を向ける叔父に対して適当に言葉を濁し、女は書斎を後にする。部屋に戻る時にまた、兄の呟きが聞こえた。
『誰を殺すのかは知らないが、ちゃんと契約は守ってもらわないと困る』
「わかっとる……アタシもまだ、殺せる自信あらへんし、試してみらなあかんし……しばらく、犯罪者だけ裁かしてもらうわ。それやったら問題ないやろ?」
『ああ』
それから三日間、彼女は犯罪者を裁き続けた。ノートの力にもう疑う余地はない。本物のデスノート。人を殺せるノート。
三日後の夜、彼女は覚悟を決めた。ノートに兄の名前を書く。少し悩んで、そのあとに『安楽死』と付け加えた。
翌朝、叔母によって兄の遺体が発見される。自分がすべき事を為した彼女は、叔父の所へ行き、ノートを手渡した。それによって、叔父は記憶を取り戻す。
「あとはよろしく……叔父さん。レム、アタシは所有権を放棄する」
そして彼女は記憶を失い、キラのせいで兄が死んだという事実だけを覚えている事になる……。