meet again 作:海砂
これは第二のキラからの返事待ちをしている、特に動く必要もなかったある一日の物語である。
「あー、体なまるー」
オレはこれでもプロの選手だ。ずっと体を動かしてないと、復帰した時が怖い。
かといって下手に筋トレをすると逆に動きが鈍くなったりするってことを、プロになって初めて、トレーナーさんに教えてもらった。もちろん、最低限の力とウェイトは必要なんだけど。
それなのに現在、実質ホテルの一室に監禁状態だ。いや別に監禁されてるってわけじゃないんだけど、できるだけ外出しないようにと竜崎から言い含められているので……せめてプールでもあればよかったんだけど。
室内でシャドーピッチングしていたら置物をぶっ壊して竜崎に怒られた。スイングのイメトレ(パリーグでは必要ないんだけど、王前監督に下半身を鍛えればホームランバッターも夢じゃないとそそのかされたので、そっちの練習もしている)してたら、窓ガラスにヒビを入れてまた竜崎に怒られた。
というわけで、本当にすることがない。出来れば体を鍛えたいんだけど……って、さっきも言ったか。とにかく暇を持て余していたので、時間つぶしにみんなのところを訪ねて回ることにした。
「ウイングー、野球のゲーム持ってきてないのー?」
ノックをするが返事がない。扉は開いていたので部屋に入ると、ベッドに転がったウイングが薄い本を読みながらニヤニヤしていた。
「はぁはぁ……しぶりん……ハァハァ」
お取り込み中のようなので、オレは部屋を後にした。ヘッドフォンを使っているウイングは、オレに気付く様子もなかった。……なんか見てはいけない物を見てしまった様な気がする。
気をとりなおして、パームの部屋に向かった。ノックをすると、中からなんだかすごい破壊音が聞こえて、その後すぐにパームは出てきた。
「シ、シュート、なに? なんか用?」
部屋はそんなに広くないのに息が切れている。どうしたんだろう。部屋の中を覗き込もうとして、思いっきり殴られた。でもオレは見ちゃったんだ……特大ハリセンの先っぽに金属板をくっつけたモノを。まさかアレで人を殴るつもりかパーム。
「暇だから遊びに来たんだけど……忙しそうだね、じゃいいや」
パームの凶行には見ないふりをして、扉を閉じる。……殺人が起こってもオレは知らない。何も見ていない……。オレが殴られそうだったら逃げよう、マジで。
『うふふ、これなら綺麗に広がりつつ相手に大ダメージを与えられる……』
部屋の中から聞こえてきたマッドサイエンティストのような声にも聞こえないフリをした。
……仕方がない、竜崎のところでも覗いて見るか。
「竜崎ーいる?」
竜崎の部屋には施錠はしていない。いつでも捜査本部の人間が出入りできるようにするためだ。勝手に入ったオレは、椅子に座っている竜崎に声をかける。
「竜崎?」
肩に手を置いたオレはそのまま凍り付いてしまった。竜崎は体を弛緩させて、だらりと腕は横に下ろし、首もガクンと前後に揺れた。そして何より……白目むいてる竜崎怖すぎる! 本物の死神より怖い!!
「ZZZZZ」
全力で逃げ出した。怖かった。とりあえず死んでないとは思うけど……あれ、もしかしてキラに……!? でももう一度戻る勇気はない。きっと疲れてうたた寝してたんだそうに違いない。もし異変があったらワタリが教えてくれるだろうしね! 決めた。知らんぷりしよう。
今日は厄日だ……ホテルから出るわけにもいかないし、どうしよう。オレは、1Fロビーのあたりをウロウロしていた。お、玄関のすぐ外にクロロがいる。……このくらいなら出てもいいよな?
「クロロ、何してるの?」
「ああ、シュートか。野良の猫が居たんで餌をやっていた」
クロロの足元には、みゃーみゃー鳴きながら擦り寄っている……多分、子猫がいた。白猫なんだろうけど、ところどころ灰色に汚れている感じ。
「捨て猫かな」
「だろうな。野良にしては人に懐きすぎている。こんな状態ではカラスにでもやられるのが関の山だ。……シュート、一緒に貰い手を探すのを手伝ってくれないか?」
う、外に出ちゃいけないんだけど……子猫と目があった。めちゃくちゃ可愛いッ!
「手伝う!」
ホテルの人に許可をもらってクロロの部屋に連れて行く。
「この世界でも、子猫の貰い手を捜すときは貼り紙なんかを使うのか?」
「そうだね、あとネットとか……とにかく、連絡先をオレのケータイにして、この辺あちこちに貰い手募集の貼り紙をしよう。ああ、洗ってから写真も撮った方がいいかな」
クロロは猫を連れてユニットバスへと向かう。オレはその間に、ネットの里親募集掲示板に書き込みをしつつ、ポスターのデザインを考えていた。
「クロロにこんな面があるなんて知らなかったよ」
「なに、オレの育った国も捨て猫や捨て犬、捨て子や捨てワニなんかも多くてな。放っておくわけにもいかないんでしょっちゅう飼い主探しをしていたんだ。ガキの頃の話だがな」
……クロロってもっと怖い人だと思ってたけど、実は結構優しい人なのかもしれない。少なくとも、ウイングやパームよりは……。
それにしても捨てワニ? 一体どんな国なんだろう。
「よし、綺麗になったぞ。シュート、カメラは持っているか?」
「あ、ケータイに付いてるよ。クロロ、ちょっと押さえてて」
写真を撮ってそのままPCに転送する。それを元にポスターも作成して近所で貼らせてもらえる場所に片っ端から貼りまくった。ネットの募集掲示板にも写真つきで書き込みまくった。
元々が綺麗な白猫の上に美人(美少女?)だということもあって、貰い手はその日の夜には見付かった。ホテルまで取りに来てくれるというので、それまで保護すればいいだけだ。
「なあシュート、お前はもし自分が捨てられたらどうする?」
「えー? 考えたことないなぁ」
「……そういうことを考えない人間が、平気でこんな小さなモノを捨てるんだろうな。捨てられた側の気持ちは考えもせずに」
クロロは眠っている子猫を見ながら、オレに言うというよりは何かを思い出して誰かに語りかけるような感じで、そう呟いた。
「だからこの世界には、キラが必要なのかもしれない……」
あまりウロウロ出来ないオレの代わりに、クロロは外を駆け回っていた。それでくたびれたんだと思う。クロロは子猫と一緒にそのまま眠ってしまった。
「それでも、人間には優しさとか愛情とか、信頼とかもあるんだよ」
彼の肩に毛布をかけて、オレはそっと部屋を出た。
オレの一日はそんな風にして潰れたけど、それでも今日は、ものすごく有意義な日だったと思う。