meet again   作:海砂

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天啓

「悪い、ちょっと考えたいんだ。……理解できたら、お前らにもちゃんと言うから」

 

 本当に唐突だった。

 納期を終えてひたすらグータラしていたある日の昼。

 

『現実逃避』(パラレルトリップ)という能力名とともに、様々な制約や誓約、効果が頭の中にあふれ出した。

 

・能力者が現実から逃げたいと強く念じながら就寝すると、その時一番記憶に残っている異世界へと飛ばされる。

・半径2キロ以内に、強い逃避願望を抱えたまま就寝した、能力者の関係者(顔見知り程度の関係も含む)も巻き込まれて一緒に飛ばされる。

・その際、時空のねじれの影響で年齢が逆行、あるいは先行することがある。

・跳んだ先では以前の記憶はおぼろげにしか残っていない。同行者がいる場合も同様。

・制約として、今後のオーラ総量の増加を一切ストップする。

 

 以上が、俺の能力のおおよそ全貌だ。そして、解除条件もわかっている。

 

・念能力の存在を能力者本人が自覚し、なおかつ本人を除く同行者全員が『帰りたい』と心から願った時に、この能力の存在が明らかになり、能力者の記憶が全てよみがえる。

・能力者本人を含め、全員が心から『帰りたい』と願えば、元の世界に戻ることが出来る。ただし、その場合、同行者を含めた全員が何らかの形で(手をつなぐなど)接触し、かつその状態で能力者本人が能力を発動する必要がある。

・元の世界では一秒も経っておらず、身体状態などは全て時空跳躍する前のままである。

・ただし、移動した前の世界の記憶は全て残っているし、同行者の失った記憶もこの時に全て戻る。

 

……俺の名前は、成瀬拓、ナルセ、タク。私立高校で社会科の非常勤講師をやっていた。

 

 生徒には『ナルセ』あるいは『タクちゃん』と呼ばれ、親しまれていたといえば聞こえはいいが、ぶっちゃけナメられていた。

 周りに合わせて適当に進学し、周りが取っといたがいいって言うから何となく教員免許を取り、たまたま高校時代の先生に誘われたから非常勤講師で日銭を稼ぎ、毎日を実に適当に、大して何も考えずに生きてきた。

 

 逃避前日。俺は街で、大学の頃から付き合ってる彼女とデートしていた。そこを偶然、懐かれていた女子高生数人に目撃され、いつものようにからかわれる。

 この時は『タクちゃんてば、ちゃんと彼女さんがいるのに私達にも手を出してたんですかぁ?』などと、彼女の前でありもしない出来事をさも真実であるかのように並べ立てられてベタベタとまとわりつかれ、それで怒った彼女が帰宅してしまい、夜に電話で別れを切り出された。

 

『今日のこともあるけど、いい加減、まともに就職していない人と付き合うのは時間の無駄に思える』

 

 その言葉がショックだった。電話が来るまで読みかけていたジャンプを放り捨てて、泣いた。

 正式に就職できない現実、生徒にすらおちょくられる現実、彼女にすら見下されていた現実、何もかもが嫌になった。

 俺は泣きながら眠りにつき……そして、この世界へと飛ばされた。

 

 二人のことも思い出した。

 パームの名前は桂木、カツラギ。下の名前までは覚えてないが、休み時間なんかにちょくちょく雑談を交わす仲ではあった。

 シュートの本名は高木蹴人、タカギシュート。いつも赤点を取っては、監督と一緒に俺のところに謝りに来ていた。野球で有名な俺の勤めていた学校、その野球部のエースとも言える存在で、学校の成績こそ悪かったものの将来を嘱望されていた。教師でありながら、才能なんてかけらも無い俺とは別世界の人間だと思っていた。

 

……二人の記憶は戻っているんだろうか。パーム……桂木と話した限りでは、記憶が戻ったのは俺だけのようだ。

 

 パームの恋の相手……情報から推測すると、自惚れではなく多分俺のことだろう。彼女には申し訳ないが、そういう目で桂木を見たことは一度もないし、今後も有り得ない。

 失恋が確定しているのに、この記憶を戻してしまってもいいのか? それとも何も覚えていないふりをしてこの世界に留まり続けた方がいいのか?

 シュートの現実逃避の原因はわからない。野球に関してはいつも強気で根性もあった高木に、逃避願望があったなどとはとても思えない。しいて言うならば、彼が入部してからというもの、我が校は甲子園に出場していない。けれどそれだって、野球というチームでやるスポーツである以上、彼だけのせいじゃないはずだ。そんな彼にも逃げ出したいと思うほどの出来事があったのだろうか。たとえば、俺の失恋のような。……赤点か? まさかな。

 

 何より一番重要なのは、俺がこれだけのことを思い出している時点で、パームとシュートの二人は心から『帰りたい』と思っている、ということだ。

 二人がそれを願う以上、そして俺がこの現状を作り出した張本人である以上、俺は彼らを元の世界に連れて行くべきなんじゃないのか? それが俺の目的ではあったはずだ。だが、色々なことを思い出してしまった今……この世界に留まった方が二人のためになるんじゃないか、とも思える。

 

 相談できる相手はいない。真っ先に俺が相談すべき相手がみな関係者である以上……俺が自分で判断するしかない。

 けれど、帰るには『俺も』心から帰りたいと思わなければならない。果たして俺にそれができるのか?

 

……少なくとも、迷っている現状ではNOだろう。

 

 どうすればいい? どうしたらいい? どうすべきか?

 

 俺は、自分の心を落ち着ける意味も含めて、ラブリーゴーストライターを呼び出した。今はこの醜い天使を見ているだけでも少し動揺が収まる。

 

  動く時期はまだ先にある、今しばらくは静観せよ

  蹴るのに蹴らない人からの便りがやがて彼女の元に届く

  ほんの短いその間、貴方はそれを待ち続けよう

  ただ一点、蜘蛛の存在にのみ留意すればよい

 

……方針は決まった。

 

 ひとまずは、何もなかったかのように装い、シュート達と合流しよう。後のことはそれから考える。

 あいつもゴン達が合流するといえば納得するだろうし、一人でどこかへ行ってしまうことはない……と思いたい。

 今までどおり、グリードアイランドを手に入れるべく行動して、そして蜘蛛……旅団に気をつける。

 パームにはこまめにメールチェックをするように言っておこう。多分、シュートからの便りは公式サイトへのメールだろうから。

 OK、問題ない。ただ、全てを黙っている間、俺の良心が痛むだけだ。二人には知らせない。

 

 悩んでいる間に数日が過ぎていた。パームにはずいぶん心配をかけただろう。食事だけを用意してそっとしてくれている彼女には感謝してもし足りない。

 とりあえず、部屋から出てパームに謝ろう……そう思ったときだった。

 

 轟音とともに、鍵をかけていたはずの扉ごと、ぶち抜かれる。目を丸くしていると、無理やりパームに占いをさせられた。その間、十発ほどハリセンで殴られた。ハリセンとはいえ念の塊だ、結構痛い。

 

 そして占いの結果を見た彼女はケータイのメールを読みながら、さらに数十発のハリセン打撃を俺に食らわせる。

 俺は、詫びる間もなく気絶した。……一体どこまで続くのか俺のヘタレ人生。


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