meet again   作:海砂

35 / 117
追想

 思い返すとこの数ヶ月、長い様ですごく短かった。

 

 ククルーマウンテンで、結局クラピカにだけは押し負けて、彼の精孔を無理やりこじ開けることになった。ゆっくり力を送り込む、流の要領で何とか成功する。体の力を抜いてとか軽くアドバイスをするだけで、纏まではできるように教えた。後は我流で磨くなり師匠につくなりして自分で勉強してくれ、というかオレにはそれ以上教えられることもなかったのでそう言ったが、クラピカには非常に感謝された。……復讐の為の力、か……。できればそんなことに使わないで欲しいけど……あの紅い瞳を見ていると、何も言えなくなってしまう。それだけ重いものを彼は背負っているんだろう。

 ちなみにキルアを含む、後の三人には点を教えておいた。集中力を養う修行にはなるし、悪いことではないはずだから。

 

 各々が目的を持ったクラピカとレオリオとはそこで別れ、オレはゴンとキルアとともに天空闘技場へと向かった。

 そこではウイングさんと再会し、ゴン達が念を覚える間にオレは心源流の手ほどきを受けた。とはいっても、期間が期間なので基礎中の基礎だけなんだけど。それでも格闘技経験の無いオレにはとても勉強になったし、この心構えというか精神があれば、少々のピンチ(たとえばノーアウト満塁とか?)くらいは切り抜けられそうな気がする。

 ウイングさんに、正式に自分の弟子にならないかと聞かれたけれど、丁重にお断りした。そっちにも興味はあるけど、やっぱりゴンとキルアと一緒に行くのがオレにとって一番楽しい道だからだ。

 

 200階より上には初めて行ったけど、それはそれで楽しい経験だった。うっかりアラカキを審判にぶつけてしまったり、リングの端からフルスイングしたワンチャンがギドの足へし折って、もちろん俺の勝ちだし、その後に試合が組まれていたゴンも不戦勝になっちゃったり。ゴンの仇はオレがうってやったのだ、えっへん。

 オレはそこでやめておいたけど、ゴンはヒソカに挑戦して、ボコられていた。やっぱりアイツは格が違うよな。

 

 二人には内緒だけど、200階に登録してすぐの頃、ヒソカがオレ一人の時に接触して来た。

 

「あとの二人は?」

 

「別行動。別にオレら三人でセットなわけじゃないんで」

 

「そっかぁ、残念……♦ あ、ゴンはボクと戦いたいみたいだけど、キミはどうする? またやるかい?」

 

 やらねーよ! オレは負ける試合はやらない主義なんだ! ……アタマに血さえ上らなければ。

 

「……残念♣ それじゃ、またそのうち会おう♥」

 

……そんなこんなで、もう天空闘技場も後にして、今はくじら島でミトさんに怒られている。

 

 何故だ。何故オレだけが正座で怒られているんだろう。風呂入る前につまみ食いしたのはオレだけじゃないのに。納得いかない。

 

「反省したならはい! コレもってさっさと二人のところへ行く!」

 

 ミトさんからバスケットを受け取った。中身はサンドイッチとかなんか色々、手軽につまめそうなお弁当。オレは道がわからないので結局ミトさんと一緒に行くことにした。

 

 段々と見覚えのある場所に出てくる。あ、この先は多分、コンを紹介してもらった川だ。

 二人の話し声が聞こえて、オレはミトさんに、木陰に引きずり込まれた。ちょうど、二人がミトさんの話題で盛り上がってたからだ。

 

 ミトさんは、ちょっと口うるさいけどいい母親。概ね、同意だ。うちの母さんにも系統が似ている。母親ってのは皆そんな感じになっちゃうんだろうか。

 

 ミトさんはオレにバスケットを渡して、さっさと家に帰ってしまった。暗くてわからなかったけど、多分照れてたんだと思う。オレはそれを持って、二人のところへ向かう。すでに、この先どうするかなどと、話題は別のものに移っていた。

 

「そういえばさ、オレ達は九月の一日に約束したけど、シュートはどうするの?」

 

「ん、別に用事ないし、オレも一緒にヨークシンに行くつもりだけど」

 

「お前にはさ、ゴンみたいな目的とかってねーの? あ、野球選手とかはナシでな」

 

 先にキルアに釘を刺されてしまった。うーん、この世界で野球選手目指すのもアリかなとか思ってたんだけど。

 

「シュート達はさ、別の世界から来たって言ってたよね。帰りたくならないの?」

 

 帰りたくない……けど、両親やチームメイトや、監督や友達や、たくさんの人に会えないのは辛い。まぁ、今のところ帰れるっていう選択肢はないに等しいから、あまり考えたことはなかった。

 

「……長くなるけどさ、オレの話も聞いてもらってもいいかな」

 

 二人は、オレの話を黙って聞いてくれた。多分、普通なら信じられないようなことも含まれてるんだけど。

 

 野球の大事な試合で、いつも決勝戦で負けていたこと。全部、自分のせいだってこと。……この世界に来る前、次の日が一生来なければいいと思ってたこと。目が覚めたら、この世界にいたこと。全部。

 

「……ってわけでさ、帰りたいか帰りたくないかってたずねられると非常にビミョーなわけなんだ」

 

「今のお前だったらさ……力とかじゃなくてだぜ? 元の世界に戻ってもちゃんと最後までやり遂げられると思うけどな」

 

「オレもそう思う!」

 

 二人の言葉はありがたい。けどまだ自信は無いし、何より帰れるかどうかすらあやふやだ。

 

「じゃあさ、オレは親父探し、キルアはやりたいこと探し、シュートは帰れる方法探しってのどう? 実際に帰るかどうかはひとまず置いといて!」

 

 確かに、それが一番いいのかもしれない。何より、この二人と一緒にいられることが、今のオレにとっては一番大切で、幸せな時間だ。……恥ずかしくて言えないけどさ。

 

 オレ達は三人で家に帰り、そのままベッドで寝てしまった。

 

 ゴンは、ミトさんからジンの事を色々聞いたらしい。そして、ジンの置き土産。

 

 彼の言葉はオレの心に強く印象づいた。

 

『オレがオレであること』

 

 今も変わらないであろうそれは、多分ゴンもキルアも、誰であっても同じだろう。時間がたっても変わらない本質。

 オレの本質はなんだろう。変わらない何か……きっと、野球が好きだってこと。

 そしてそれは、念を知ってしまった今じゃ、この世界だと純粋にそれを楽しむことは出来ないと思う。

 

 思い切り野球をやる為に、オレは、あの日に帰りたいかもしれない。

 この世界にやってきて数年、オレは初めて、そう思った。

 

カチリ。

 

 音がする。

 前にも聴いたことがある音。確か、パームが本音をぶちまけた日。

 

……オレの本音は『あの日に帰って、もう一度勝負を挑みたい』つまりはそういうことなんだろうか。

 

 二人が目の前のテープやROMカードに四苦八苦してる間、オレは一人ずっと、そんなことを考えていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。