meet again 作:海砂
ウイングが働いている間、オレとパームは修行に励んでいる。
オレの場合、筋力に関しては今まで積み重ねたものがあったので、最初から150キロの服を着て生活している。パームは念を使わずに、あの家の中で筋力トレーニングをしているようだ。まだ、何とか湯呑みを片手で持てる程度。
オレは念の修行もだけど野球の練習も怠りたくなかったので、一本の大きな木に的をナイフで削って、持ってきたボールで的当てなんかをやっている。あと、素振りとか。服を着たままだと結構しんどいけど、きっとこれ自体がイコール筋力トレーニングになっているはず。それのほかに、家の中で一日一時間ほど、堅の練習。纏に関してはもう、そのまま普通に生活できる。
というわけで、今日も的に向かってボールを投げている。……面白くない。
ふと、パームに教わった『周』を思い出した。道具にも念を纏わせて使用する、アレ。
ボールに、オーラを移動させる。オレは『流』が苦手で少し時間がかかったけど、やがてボールも煙を纏う。
そして、的に向かって投げてみた。
高校生の時、オレの公式MAXスピードは145キロだった。たぶん、それを遥かに超越したスピードで球は木の幹を突き抜け、どこかに飛んでいってしまった。……探しに行こう、貴重なボールだし。
「すっげー」
上から声がした。……上?
見上げると今のオレと同じくらいの年頃の少年が、逆さまになって木にぶら下がっていた。
そして、スケボーを片手にくるりと一回転しながら着地する。……身軽だなあ。
「お前、初めて見る顔だな。新しい使用人か?」
「使用人の、ツレ。オレ自身は働いているわけじゃない」
オレを上から下までジロジロと見て、それから、彼は言った。
「オレ、キルア。お前は?」
「……シュート」
シュート、シュートか、と小声で繰り返し何度か頷くと、彼はにっ、と、歯を見せて笑った。
「お前自身が使用人じゃないならさ、オレと友達になってよ」
初対面の少年に「友達になってくれ」……これはどういう状況なんだ? っていうかコイツ誰?
微妙にテンパっているオレに、気にせず彼は言葉を続ける。
「お前、野球やるのな。さっきの球、マジですごかった。あんなん受けるのはさすがに無理かもしんないけどさ、オレと今度キャッチボールしようぜ」
……父さん、母さん、オレ、この世界で初めて『キャッチボール』なんて単語を聞きました。
やっべーうれしい、顔がにやける。一人での練習に嫌気が差していたので、マジでうれしい。
「オレさ、今から仕事だから、帰ってきたらキャッチボールな。忘れんなよ!」
「あ、でもグローブないけど……」
この世界に来たとき、オレが持っていたのはバットとボールだけだった。グローブは、持ってきていない。
「じゃあついでに買ってきてやるよ。フツーの、野手用のヤツでいいんだろ?」
驚きつつも、頷く。やべーコイツ、マジで話が通じる!
「仕事のついでって、その年で仕事してんのかよ。何やってんだ?」
「暗殺」
つまらなさそうに、彼はぼそっと言った。……聞き間違いか? 今、暗殺って言わなかったか?
「……もしかして、ゾルディック家の人?」
「ああ、フルネームはキルア・ゾルディック」
えーと、ここはゾルディック家の敷地で、ゼブロさんやウイングが使用人で、……ってことは、コイツが雇い主?
「えっと、オレ、友達とか……いいのかな。ゾルディックの家の人と」
「オレがいいっつってんだからいーんだよ!」
そうか、いいのか……。いいんだな、よし!
「じゃ、今からオレら友達な! よろしく、キルア!」
そう言うと、キルアはものすごく嬉しそうに笑った。とても暗殺者には見えない。年相応の笑顔だ。
「オレさ、こっちの世界に来てから野球のこと話せる相手がいなくてすげー寂しかったんだ。キルアに会えてマジうれしいよ」
「……オレなんか、お前が初めての友達だぜ?」
やっぱり暗殺業なんかやってると、同年代の友達とかできないんだろうか。そもそも義務教育とかないのかな、この国。
でも、そんな事よりオレは、単に、キャッチボールの相手ができた事が嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。ウイングはめんどくさがって相手してくれないし、パームは興味すらなさげだし、ゴンと真似事みたいなのはやったけど、主にオレは教える側で、対等にキャッチボールって感じじゃなかったし。
「ん? 『こっちの世界』って何だ?」
「あ、ああ、この国、って事」
説明するのが面倒だし、オレがもし年上だと知ったら多分、また、ゴンの時のように微妙な線を引かれてしまうだろう。だから、黙っていた。嘘はついてない。
「そっかー。んじゃ、さっさと仕事終わらせて帰ってくるからさ、それまでにボール探しとけよ、シュート!」
スケボーに乗って、キルアは門の方へと去っていった。
彼の『友達』になるってことがどういうことなのか、この時のオレには全くわかってなくて、ただ純粋に野球のことを話せる新しい友の存在に喜んでいた。
足取りも軽く、木を貫いたボールを探しに行く。変化球を投げていたら探すのに手間取ったかもしれないけど、幸いただのストレートだったので、まっすぐボールの飛んでいった痕跡を辿ったら森を抜けたあたりですぐに見つかった。……たぶん、距離にすると30キロくらいはスキップしてたと思う。服の重さも全然気にならなかった。
帰りも勿論スキップで。家に着くとウイングもちょうど仕事から帰ってきてた。
早速オレは、パームとウイングにも新しい友達のことを話す。ハイテンションのオレは、二人の顔色が真っ青になった事にしばらく気がつくことができなかった。