meet again 作:海砂
俺は思わず目を逸らした……うん、知らない人です。俺は何も見ていない。
目が細くてオールバックでちょろっと前髪垂らしてて日本刀もって正座してる剣客警官さんなんて先生知りません。
「ありがとうございます」
そう言ってまた頭を深く下げる剣客警官さん。
ヒィィ、その人当たりのよさそうな笑顔にはだまされない!
ビクビクしながらお茶を差し出すと耳元でささやかれた。
「貴様何を知っている」
いやああああああああああああああああああああああああああああ、ばれてるううううううううううううううううううう!
俺なんにも知らなあいいい! そそくさと部屋を出ていくしかなかった。あのまま居たら斬り殺されちゃう! ニポントウオソロシーネ!
「先生、赤末と緋村が接触しました」
俺がここから出ていく前に、そう言いながら道場に入ってきた青年。と、俺と、顔を見合わせて互いに絶叫した。
「ウイング!」「シュート!!」
何、え、何がどうなっているのかさっぱりですよね。俺もわからん。
剣客警官さんは何事もなかったかのように茶をすすっている。
「高木君、きみはこの人と知り合いなのですか?」
あっあの俺、もう一杯茶を淹れてきます! 考え事する時間が少しでも欲しいとです!
そして俺は脱兎のごとく、その場から逃げ出した。
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ここがどこかはわからない。
ウイングもパームも周辺にはいない。
町の雰囲気からすると多分大昔……というほどじゃない程度の、昔。そこにオレは放り出された。
「泥棒!」
遠くで誰かの声がする。正面から風呂敷包みを抱えた人相の悪い男がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
「どけどけー!」
周辺を歩いていた人たちは左右に道を開ける。
オレはそのまま突っ立って、男が来るのを待ち構えた。
「どけてめえ! ぶっ殺すぞ!」
男はオレに気付くとそう叫んで走ってきた勢いのまま体当たりをしてきた。
オレはそれをひょいと避けて、そのまま男の背後に回り込んでその背中にケリを入れる。
男は勢いあまって地面に叩きつけられる。周辺にいた人たちから「おおー」という感嘆の声が上がった。
「なっ……」
さっきまで威勢よく叫んでいた男は、自分が地面に倒れたことに驚いたのか目を丸くしてこっちを見上げていた。
暴力沙汰には不本意だけど慣れている。体もそれなりに鍛えている。
男が起き上がる前にオレはその手を踏みつけた。
男の顔が苦痛に歪む。
周囲は静まり返っていた。誰もが息を殺して成り行きを見守っているようだった。
別に殺さないし、できれば怪我だってさせないつもりだ。
でもこのくらいやらないと相手は反省しないだろう。
だから軽く力を込めて足を押し付ける。
「逃げるなら骨を折る。それ以上でも構わないけど、オジサンはどうする? 逃げる?」
「……畜生!」
男は観念したようだ。よかった、余計な怪我はさせずに済んだ。
誰かが通報してくれたのか、警察と思しき人たちが男を連行してくれた。
オレもついてくるように(多分実況検分とかそういうの)言われたけど、オレにはこの世界にいた痕跡がない。戸籍も身分証も何もない。
とまどっていると、警官隊の中の一人がオレに声をかけてきた。
「いい身体つきをしてますね……武道の心得は?」
「ないです。が、必要であれば学びたいとは思っています」
嘘ではない。実戦経験はないに等しい。マンガの世界の実戦は現実とは別物だろう。
今まで短い間とはいえ見た限り、ここは現実に近い世界のようだ。
変な能力とか、魔法みたいなものは見当たらない。
とはいえ、それをわざわざここで言う必要はないだろう。相手も混乱するだろうし。
その人は少しだけ考えるような仕草を見せて、それから口を開いた。
「私の部下になる気はありませんか? 部下と言っても警官になるわけではなく、簡単な使い走りのようなものです。代わりに私が君に剣術を教えましょう。もっとも他人に教えたことなど数えるほどしかないので力になれるかどうかは甚だ微妙ですが」
少し間をあけて、再びその警官は言葉を続けた。
「私の見る限り才はあると思います。時間をかければ一流にもなれるでしょう。ただし私の下に来るなら短期間でそれ相応に鍛え上げます、覚悟はしておいてください」
そして、そいつの目つきが変わった。
「武道の心得がないと言ったが、人を殺した、あるいは目の前で殺戮を見聞きした経験はあるな。そしてそれに動じない程度の胆力は持っている。俺のいる場所は常に之戦場だ。覚悟がないならやめておけ」
ぞっとした。さっきまでの柔和な警官とは全く別の顔。多分こっちが本性だ。
「……オレはこの国を知らない。戸籍もない。存在しない人間です」
「そんなことはどうでもいい。ただ俺について来るか、来ないかだ」
「家、金、知識、常識、それらも含めてオレに提示できるのであればオレに選択の余地はありません。あなたについていきます」
警官は、先ほどまでの穏やかな笑みを浮かべて俺に手を差し伸べた。
「藤田五郎と言います、以後よろしくお願いしますね」
「……高木、蹴人です」
オレの地獄はここから始まった。
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