血の夢に魅入られて   作:Frimaire

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7.この街には大男が多すぎる

 目を開けば、そこにあったのは大橋の燭台だった。この燭台があの――狩人の夢と、こちら側をつなぐ場所なのだろう。試しに燭台に集うあれらへと手を伸ばし、導きを願えば、案の定あちら側へと転ずることができた。獣を狩り、血の遺志とやらを集めてもう一度向かうとしよう。

 

 大橋へと戻り、再び聖堂街へと踏み入る。あの大男をどうにかしない限り先へ進める気はしないが、ともかく発見された場合、即座に走り寄ってくることは解っている。速度も一度は見たことであるし、躱すくらいはできるだろう。なによりゲールマンの言を信ずるのであれば、私はここで死んだところで再び彼の地に戻るだけだろう。二度ある事は三度ある(What happens twice will happen three times.)、だ。実際に二度は体験しているのだし。

 

 階段を登り切り、円形広場に出ると同時、やはりあの大男は動いた。今度はこちらも走り寄り、大男が鉄球を振り上げるのに合わせて後ろに回り込み、一撃。思いのほか手ごたえが堅い。と、横殴りに鉄球が――飛び退って躱すが、再び距離が開いてしまった。その位置から大男は鉄球を飛ばしてくる。再び飛び退って躱す。大男が鉄球を手繰り寄せている隙に間合いを詰め――後ろから衝撃。慌てて横に転がって確認すれば市街地の噴水広場にも居た大男――鉄球男のほうが巨大である以上、何か別の名で呼ぶべきだろうか――がそこには居た。

 

 迂闊だった。どちらも強敵。しかも挟まれている。なんとか躱し続けることはできているが、攻撃に移る余裕がない。そこに新たな――鋭い痛み。思わず動きを止めたところへと鉄球と石柱が叩きつけられ――骨を砕かれる痛みと共に、私は死の闇へと囚われていった。

 

 ――意識を取り戻したとき、私は大橋の燭台の前に立っていた。……はて? 狩人の夢で目覚めるものだと思っていたのだが。念のためにあちら側へと渡ってみるが、特に問題はない様子だ。最初の二度と今回の違いは何だろうか。死亡原因、は恐らく関係あるまい。なにしろ二度目に渡った時の原因は今回と同じ――とまでは言い難いが、同じ大男が絡んでいる。場所もまた同様だ。他に――と考えたところで、ふと閃くものがあった。一度目は武器を、二度目は鐘を。今回は何も渡すものがなかった。そういうことだろうか? もしもそうだとすると、私の再生にはあれらが関わっている、のだろうか。

 

 この小さき者たちへの疑問は増すばかりではあるが、それは後程ゲールマンに問うか、あるいは医療教会に答えがあることを祈るとして、だ。医療教会で調べるにはあの大男が邪魔になるし、ゲールマンに問うにも獣を狩って代価を示さねばなるまい。市街の獣はガスコイン神父が狩りつくすことだろうし、こちらを選んだとしてもやはり大男を突破する必要がある。

 

 階段へと進みつつ考えを巡らせる。あの大男への対処をどうしたものか。先程試した手では駄目だ。もう一体の――何と呼ぶべきか、あれは。中くらいの男? いや、むしろ鉄球の方を巨人と考えよう。ともあれ、巨人と大男に挟まれては勝ち目などない。躱すだけならばできなくもないが、謎の第三の敵の存在もある。

 

 ふと、階段への出口が目に留まる。この高さ――あの巨人は通れないのではなかろうか。ここまで引きこめればあの鉄球を振るうこともできまい。このあたりに伏兵が居ないのも確実なことではある。

 

 円形広場に出ると同時に襲い掛かってくる巨人。今度は階段を転がり落ちるように躱す。あちらこちらを打ちつけて痛むが、鉄球よりはましだ。小部屋まで転がり落ちて見上げれば、こちらを追って下ってくる巨人の姿がある。

 

 小部屋の中から攻撃を加えると、鉄球を振り回して暴れているかのような音が階段の方で響く。が、小部屋の中への有効な攻撃手段はないようだ――と、危なかった。よもや蹴ってくるとは。

 

 時折混じる蹴りを躱しながら、うんざりするほどに攻撃を重ねていると、巨人はついに倒れ伏した。汗を拭い、次に思いを致す。つまりは――この、出口を塞いだ巨人の遺骸をどうするか、という問題だが。

 

 悩みは程なく消え去った。文字通りだ。あの巨人の遺骸は光の塵となって散っていったのだ。後には輸血液の瓶が一つ転がっているばかりだった。それを拾いながらも、脳裏に疑問が浮かぶのは止めがたい。が、先程の巨人の姿を思い描けば今考えるよりも先に進み、医療教会で調べるべきであろうことは容易に想像がつく。なにしろ聖職にあるかのごとき装束を身にまとっていたのだから。

 

 階段を上り、円形広場へと進む。巨人に隠れて見えなかったが確かに大男が居る上、ベンチの影に光る眼が見える。これが先程の奇襲の主だろう。さらに向こう側に、大橋を監視するかのように大男が控えているのも確認できた。

 

 突撃しては恐らく先程の死を繰り返すことになる。大男をおびき寄せて戦うとしよう。大男との一対一ならば、神父が十分に見せてくれた。あれを真似ればいい。

 

 そのあたりにあった石を投げつけ、気を引く。突撃を躱し、一撃。攻勢に移る気配を見たならば銃を撃ちこみ、脚を止めたところで――またやってしまった。いや、素早くとどめを刺せるという点では悪くはないのだが。手に絡みつく大男の腸の感触も、大量の返り血も、本来不快であるはずのものを心地よく感じるというのはあまり愉快な気分ではないし、まるで本能であるかのように動く体は、それこそ私まで獣になったかのような心持ちになってしまう。

 

 その憂さを晴らすかのように、ベンチのそばに潜む光る眼――大鴉だった――を薙ぎ払い、大橋を監視するかのような大男は、足音を忍ばせ近寄って背後から思い切り一撃。くずおれる背中に――今度は意識して杖を振るった、はずだった。気付けばまたも腕を突きこみ、大男の心臓を引きずり出している。本当に神父の言うように慣れるのだろうか。

 

 投げ捨てた鞭を拾い振り返れば、階段の上、門の先にはこちらに背を向けて蹲る巨人の姿があった。再び階段へと誘導するには距離がある。こちらへと引きこんで、最初に考えた手で戦うしかないか。

 

 石を投げつけ、注意を引く。振り返った巨人の手には巨大な斧があった。鉄球と違い伸びてこない分戦いやすいだろう。

 

 果たしてその通りではあった。大振りの攻撃を躱し、一撃。それを繰り返すうちに焦れたのか、巨人は斧を大きく振りあげて三度も地に叩きつける。が、私は背後に回り込むことに成功している。つまりは大きな隙だ。体勢を立て直す前に可能な限りの攻撃を加え、離れる。次の攻撃を躱し、一撃を加えたところでようやく巨人は倒れてくれた。

 

 光と散っていく巨人を見送り、またしても転がっていた輸血液を拾う。一撃でももらえば死にそうな相手ばかりで出番が回ってこないが、あるに越したことはない。

 

 呼吸を整え、門を抜けると階段は二つに分かれている。一方は上り。街中へとつながっている様子だが、途中で曲がっているために先は見えない。もう一方は下り。尖塔をいくつも有する教会様式の建物が建っているのが見える。

 

 しばし悩んだ末、先に教会風の建物の方へと向かうことにした。あれが見た目通りの建物であれば、医療教会の聖職者、あるいは資料があるかもしれない。

 

 そして階段を下った私を迎えたのは、杖と角灯を持ち、聖職者のような装束を身にまとった大男――本当にここは大男が多い。今度のものはなぜか顔を白く塗っている。とりあえず白塗りとでもしておこう――だった。こちらを見るや杖を振り上げ、襲い掛かってくる。医療教会の者であれば敵対の意志はない、と躱しながら主張するが、まるで聞く耳を持つ様子を見せない。これはもう、やむを得ないか。

 

 倒すと思い決め、杖を振り上げるその姿に銃を一発。牽制程度のつもりだったのだが、思いのほか効果は大きかった。膝からくずおれたのだ。そして――ある意味ではおもった通りに、私の右腕は勝手に動いた。そう、またしても敵の内臓を引きずり出したのだ。

 

 もしもこれが、狂しているとはいえ医療教会の関係者であるとすれば、教会の者から話を聞き出すのは難しくなる。いや、そもそもこのような血まみれで訪れてはまともな対応を望むのは難しいか。着替えは――そういえば、診療所で目覚めた時、荷物を持ち出していない。今となってはヨセフカに締め出されているし、どうにもならない話だが。

 

 そんなことを考えながら周囲を見渡せば、どうやらここは教会付属の墓地であるらしい。そして、墓地の片隅で狩人らしき死体が――これは弔われているのだろうか。随分と短くなった蝋燭に囲まれている。そしてその近くには彼の物であるらしい袋もある。死者には申し訳ないが、改めさせてもらうとしよう。

 

 突然動き出したりはすまいかと警戒しつつ近寄り、その袋の口を開いてみれば、果たしてそこには服らしき布の塊が見えるではないか。いやはや、まったく天の賜物と言うほかない!(It's a godsend to me!)

 

 ――と思っていたのだが。感謝の祈りを捧げる私に応えたものは神ではなく、超常の力であった。何者かの巨大な、見えざる手に掴まれ、持ち上げられ――そして投げ捨てられる。地に叩きつけられ息が詰まるし、骨も数知れず折れていることだろう。だが、幸い左手ははまだ動くし、生きてもいる。あの奇怪なまでの再生に期待して輸血液を探り、打ちこんだ。一本目で体の自由が取り戻され、二本目で完全に元通りとなる。本当に気味が悪いが、助かっている以上文句をいう筋でもない。

 

 それに、あの袋も共に投げ捨てられているのだ。ともかく安全な場所で着替え、あの教会へ向かうとしよう。


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