血の夢に魅入られて   作:Frimaire

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6.謎めいた助言者

 橋門へと向かう途中、地面が湧きたちあれらが現れる。また何かを伝えようとしているのかと思ったら、四体で陣を組み、祈り始めた。見守っているとその中央からあの、燐光を放つ燭台が生えてくる。なるほどこうやって設置していたのか。

 

 そのまま姿を隠してしまうが、私が近づくと再び現れて祈り始める。なぜ一度隠れるのだろうか。離れてみると姿を隠し、再び近づくと現れる。面白い。

 

 何度か繰り返していると、あれらのうち一体が姿を隠さずに橋門を指し示す。迂闊だった。先に進まねばならないというのに、何をしているのだ、私は。

 

 あの大きな――聖職者の変じたものだという獣との戦闘中にとうに気付いてはいたが、橋門そのものはおろされている。あの大きな獣が市街に出られないようにしたか、あるいは市街の獣を入れぬためか。どちらにせよさほど問題はない、横の通用扉は開いているのだから。

 

 扉をくぐり、狭い通路へと出る。ここもそうだ。人の姿も気配もまったくないというのに灯りだけはともっている。どこへ行ってもこうなのだから本当に不思議なものだ。

 

 通路を抜け、階段を上りきると、さらに信じがたいものを目にすることになった。まるで聖職にあるかのような装束を身にまとった、街灯と変わらぬ背丈の大男。一応人の形こそしているが、到底人類とは思えないそれが、一振りで私など潰せそうな大きさの鎖鉄球を手にこちらを見ていた。

 

 階段から円形広場に出ると同時。見た目から想像もつかない勢いで走り寄ってきたそれが、鉄球を――

 

 私が覚えていたのはそこまでだった。覚えていた、などという考えを持つことができるのは、つまるところ私が死んでいないから、というのは確かではある。

 

 さて、では私はどうなったのか。鉄球が逸れたなどという話ではないし、無論のこと無意識に反撃をしてあの大男を倒していた、などという話でもない。先程までの全てが嘘であったかのように五体満足でいるし、破れ、血にまみれていた服も以前の通りだ。

 

 そう、先程までの全てが嘘であったかのように、だ。私が今いる場所。それはあの――診療所へと引き戻された墓石の前であり、目の前に広がる光景もまさにあの場所であることを示している。二つの相違点があるが。

 

 一つは人形だ。打ち捨てられていたあの人形が、どういうわけか立ち上がってこちらを見ている。そしてもう一つ。館の扉が開いているのだ。私がヤーナムに居た間に屋敷の主が戻ったということだろうか。もしもそうであれば、この地についての話を聞くべきだろう。

 

 屋敷へと踏み出し、二、三歩。違和感に足を止めることになった。確かめるために数歩下がって――やはり。人形の顔が、動いている。いったいどのような絡繰があるのだろうか。それともまさかこれもまた、あれらや市街に居た獣のような、人智の及ばぬものだとでもいうのか。

 

 恐る恐る人形に近づいてみると、驚くべきことに、というべきか。それともやはり、というべきか――

「初めまして、狩人様。私は人形。この夢で、あなたのお世話をするものです」

――と、おもむろに口を開いたのだ。

 

 率直に言うならば、やはり驚いた。なによりも意表を突いたのは、美しい声で、まるで人間のように話したということだ。思わず周囲に誰か隠れていないか見回した私を誰が責められようか。

 

 驚いてばかりいるわけにもいかない。まずは名乗り返し、続いて、私を狩人と呼んだことについても質す。この人形も狩人というものを知っているようであるし。

 

「ああ、まだゲールマン様にお会いしておられないのですね。あの方は古い狩人、そして狩人の助言者です。狩人様の疑問にも答えてくださることでしょう。それが、あの方のお役目ですから……」

 

 ゲールマン。ガスコイン神父も言っていた人物だ。どこにいるのだろう。この屋敷で会えるといいが。ともかく礼を述べ、屋敷へ向かう背に、人形の言葉が投げかけられる。

 

「狩人様。血の遺志を求めてください。私がそれを、普く遺志を、あなたの力といたしましょう」

 

 血の遺志? 聞かない言葉だが――感覚的に理解はできる。市街で成れの果てや獣たちを倒しているときに、高揚と共に流れ込んで来た何か。おそらくはあれのことだろう。慣れぬ戦いの興奮によるものだとばかり思っていた。ここに戻ってからはそれらしいものを感じなくなっていたというのもそう思った原因ではあるが。

 

 ともあれ、人形はそれを私の力へと変えてくれるようだ。どうやって、そしてどういう形で力になるのかは実際に試してみなければわからないが。人形の元へと戻り、早速に頼んでみる――が、今の私は血の遺志を宿していないという。道理で感じないわけだ。残念だが、いずれ宿しているときに確認するとしよう。

 

 改めて屋敷へと向かおうとすると、今度はあれらが鐘のようなものを差し出している。受け取ると、例によって例のごとく、脳裏に使用法が浮かび上がる。古人呼びの鐘というらしいこれは、世界の真理の記憶と引き換えに、世を去った狩人たちの魂をひとときの間呼び出すものだという。呼び出すことのできる場所は鐘自身が教えてくれるということだ。その時を楽しみにしておこう。

 

 屋敷へと足を踏み入れると、車椅子の老人が手招いてきた。書架に入り切れずに積み上げられた書籍を崩さぬよう気を付けて歩み寄り、挨拶を交わす。

 

「ようこそ、狩人の夢に。私はゲールマン。君たち狩人の助言者だ」

 

 ゲールマン。とうとう出会えた。狩人の夢、という言葉も気にはなるが――まずは狩人というものについて教えてほしい。私の知る狩人とは随分と違うもののように思えるのだが。

 

「そう難しく考えることもない。狩人――君はただ、獣を狩ればよい。そういうものだよ。直に慣れる」

 

 字句通りに解釈すればそうなのだろうが……何もわかるままに、ただ戦えといわれても困る。

 

「何もわからないでは不安かね? ではこう考えたまえ。狩人の務めを果たすことが、君の目的――ヤーナムの謎の、そして青ざめた血の正体に近づくことになる、と」

 

 今この場で教えてくれればすべて片が付くのだが。まあつまりは代価を支払えということなのだろう。納得はいかないが、理解はできる。が、私は彼に目的を告げた覚えはない。

 

「狩人とはそういうものなのだよ」

 

 なるほど。私は青ざめた何か、とまでしか知らずに訪れたが、血の医療に飽き足らず青ざめた血を、その正体を求めた旅人が狩人とされる。そういうことか。

 

 これ以上は語ってくれそうもない、では次に聞くべきはここ――狩人の夢、とゲールマンが呼んだ場所についてだ。

 

「ここは、狩人の隠れ家だった場所だよ。血によって武器と肉体を変質させる、狩人の業の工房でもある。まあ、今は随分と器具も失われているがね。残っているものは、すべて自由に使うとよい。……君さえよければ、あの人形もね……」

 

 狩人の業。話を聞く限りあまりまともなものではなさそうだが――聖職者の成り果てたという獣や、あの鉄球の大男のことを考えると、確かに並の人間では務まるものではないのも確かか。思い返してみればガスコイン神父の動きも膂力も、常人の域にあるものではなかった。彼もまたここを訪れ、自らを変質させていったのだろう。

 

 そこまで考えて思い出した。診療所の狼男に、あの鉄球。どう考えてもここまでに私は二度、死んでいるはずだ。そのたびにここで目覚めた。これはどういうことなのだろうか。

 

「気にすることはない。夢を見ることができるならば、目覚めることもできる。そういうものだよ」

 

 ……納得のいく答えではないが、これも代価も支払わぬものに教えることではないということなのだろう。何を問うにせよ、まずは狩人の務めを果たす必要がありそうだ。前回の例からすれば、墓石のあれらの導きに任せれば元居た場所に戻れるのだろう。ゲールマンに別れを告げ、屋敷を出た。

 

 墓石であれらの招きに身をまかせ、暗転する視界のなかふと疑問が湧いた。私があれらと呼ぶもの、あれはいったい何なのだろうか。次に狩人の夢を訪れたときにでも、覚えていたら問うてみよう。

 

 


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