血の夢に魅入られて   作:Frimaire

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5.思わぬ再会

 あの数を相手に突撃したところで、待つのは確実な死のみだ。こればかりはやってみるまでもない。となれば何か策を講じる必要があるが――手札があまりにも少ない。鞭に、銃。水銀弾は十ばかり。輸血液は先に使った一つだけで、空の瓶が残るのみ、か。あの不気味なまでの作用を鑑みるに、あれがもう少しあれば無理押しも可能だっただろう。

 

 まあ、ない物ねだりをしたところで仕方がない。現状の手札で、この場を切り抜けられる可能性が最も高い手は――と、考えているうちに状況が変化した。成れの果てのうち三体ほどがこちらに向かってきたのだ。

 

 助かったといってもいい。相手の数が多いからこそ勝機を見いだせなかったのだから。曲がり角のない道はない(It's a long lane that has no turning.)、ということだろう。

 

 不用意に近づいてきたものを倒して改めて見れば、成れの果てたちは自ら分散していた。これならばやりようはある。

 

 少人数ずつをおびき寄せ、どうにか一息ついた。多少の手傷を負ったはずなのだが、いつの間にか癒えている。これは……いや、今は考えるべき時ではない。奥に見える門が閉ざされている以上、あとは馬車の上の銃持ちさえどうにか出来れば安全になるはずだ。

 

 左手側にある階段を上り、障害物の影に身を隠した。あとは銃撃の隙間を縫って――と、銃持ちを倒せたはいいが、勢い余って馬車から落ちてしまった。真横にはもう一体の銃持ち。咄嗟に転がると頭上を通り過ぎる弾丸。危ないところだった――その気のゆるみがいけなかった。

 

 物陰から飛び出してきた何か。それに噛みつかれてしまったのだ。何とか引きはがし、倒すことはできた。が、脚を手ひどく噛まれている。これでは次に何かが現れた時に対処できそうもない。せめて輸血液があれば。

 

 ――この成れの果てたちも、元がここの住民であるのだとすれば。あるいは持っているかもしれない。実にありえそうな話ではないか。あの傷を治す作用。怪物を捕え、火刑に処するほどの戦いを想定しているならば持っていないはずがない。

 

 痛む脚を引きずりながら、成れの果ての懐を漁る事三度。ようやく目当てのものを発見することができた。すぐに注射する。二度目だが、やはり信じがたい。これほどの傷が物の数秒で癒えてしまうなどと。まるで魔法かなにかのようだ。

 

 ほかにも持っている者がいるだろう、と懐を漁り続け、十四の輸血液と十の水銀弾を得ることができた。さらに銃持ちのライフルを持っていけば何かに使えるのではないかと思ったのだが……手と完全に一体化していて、引きはがせそうもない。諦めて進むとしよう。

 

 閉ざされた門の横を通るが、あの気狂いのように門をたたき続ける大男は何なのだろう。およそ人とは思えぬあの巨体。(Ogre)が実在すればあのような見た目だろうか。

 

 まあ、とりあえずの害はなさそうだ。そのまま進み、噴水へと降りる階段に差し掛かると今度は数名の老婆の笑い声が響いてきた。近くの民家からだとは思うのだが……笑い声以外の音が一切聞こえないというのは気味が悪い。関わらないほうがいいだろう。

 

 さて、ギルバートの言うには、この噴水広場を通り抜け、墓地を抜けた先が大橋だということだ。その通りに進もうとすると巨大な鴉が襲い掛かってくる。まったく、ここにはおとなしい動物はいないというのか。

 

 鴉をなんとか下したところで、どこからか聞こえてくるオルゴールの音色に思わず足を止めてしまった。思わず聞きほれた代償は実にひどいものだった。つい先程まで門を叩いていた大男が、いつのまにやらこちらへと近づいていたのだ。それに気づきもせず立ち止まっていた私は殴り飛ばされ、呼吸の止まるような痛みとともにそれを認識することとなった。

 

 それ、とはほかでもない。今にも振り下ろされんとする煉瓦だ。私の頭へと叩き下ろされる、その瞬間。横合いから銃声が轟き、大男の動きが止まった。

 

 そこへ斧が横殴りに大男へと叩き込まれ、そして……その柄を長く伸ばして振り下ろされる。

 

 危うく私まで叩き斬られるかと思ったが、見事に大男の首を刎ねたその斧はそのまま持ち主の手元へと引き戻された。それに釣られるかのように動いた視線の先にいた者。それは――

 

「貴様も運が無いな。結局はこちら側か」

 

 私を診療所へと導いた、ある意味では元凶とも言える人物。ガスコイン神父だった。わずか一度の邂逅であったとはいえ、知った顔――半分以上が隠されているが――に出会えるとは。しかも探し求めていた狩人との邂逅でもある。これはまさしく天の助けだ(It's just a godsend)

 

 彼に礼を述べるとともに、事態を把握できていないことを率直に告げた。狩人とは何か、そして、ここまでに出会ってきたもの……ことに、あの成れの果てと私が呼ぶものは何か、と。

 

「その様子ではゲールマンにはまだ会っていないのか? まあいい。貴様が成れの果てと呼ぶあれらは――まあ、その言葉通りのものと言う他ないな。元がなんであれ、今は獣の類だ。貴様はああなってはくれるなよ?」

 

 今の言いようでは私もああなる可能性があるということか? いや、叔父がああなっていた以上たしかにあり得ない話ではない、のだろうか。それよりも、ゲールマンとはいったい。人名なのだろうことは予想がつくが……。

 

「ゲールマンについてはいずれわかる。貴様がその武器を持つ以上は、な。狩人については奴に出会ったときにでも聞け」

 

 ヤーナムの人々はどうしてこう、説明を省こうとするのだろうか。ヨセフカといい、ガスコイン神父といい、肝心なところに答えてはくれない。知っている素振りは見せるというのに。

 

「ふん。折角だ。このあたりの獣を狩りつくすのに付き合え。狩人の戦いというものを教えてやる」

 

 不満が見抜かれたのか、鼻で笑われた上に、彼は早々に背を向けて歩きはじめる。しかし、この誘いは魅力的だ。本物の狩人の戦いというものを見ることができれば、今後の役に立つに違いない。是非に、と私は後を追った。

 

 ――圧巻、という他ない。あんなにも苦戦した犬も、成れの果ての一団も、その手の斧で薙ぎ払われていく。大橋に上がっての怪物二体を相手取った立ち回りなどは、成れの果てを薙ぎ払ったときとは逆に実に冷静なもので、攻勢に出ようとするその瞬間を見計らったかのような銃撃で足を止め、そこに斧を叩きこむ姿は熟練の技を感じさせる。

 

 しかし疑問もある。診療所で私が無意識にやったような真似を、彼は決してしない。あれは狩人の技ではないのだろうか。それを問うのはなぜか躊躇われる。あの獣のように変わった右手のことを知られると、私もまた獣として追い立てられるような気がするからだろうか。

 

 そんなとりとめもない思考を、獣の遠吠えが遮った。ガスコイン神父を見やれば、舌打ちをしつつ足を速めている。心当たりがあるのだろうか?

 

 出会う敵を片端から切り捨て、速足で進むガスコイン神父に付き従うことしばし。大橋も半ばに差し掛かり、私の目的地とも言える聖堂街が見えてきた。そこに突如、門を飛び越え現れる巨大な影。

 

「聖職者こそがもっとも恐ろしい獣となる――ここでは古くからそう伝えられている。貴様を気遣ってやる余裕はない。気を引き締めてかかれ」

 

 その姿を見たとたんに頭痛に襲われた私にそう告げると、彼は巨大な獣へと駆け出して行った。

 

 私は、といえば。タイミングを待っていた。獣がこちらに背を向ける瞬間を。不意をつくため――といえば聞こえはいいが、実際はあれに正面から挑みかかる気概を持ち合わせていないというだけの話だ。ともあれ、こちらに背をむけたとみるや、即座に斬りかかったのだから不意をつくため、という名目も嘘ではない。

 

 常に背後に、背後にと回り込み斬りつける私と、正面から攻撃を躱しながらも的確に銃を、斧を叩きこみ続けるガスコイン神父。幾度も回り込み損ねて吹き飛ばされ、八本目の輸血液を使う羽目になったころ。ガスコイン神父の銃撃によろめいた獣が、がくりとくずおれた。

 

 ――その直後だ。私は再び、何かに駆り立てられるように右手を獣の眼窩へと突きこみ、その奥にあるものを引きずり出したのだ。

 

 びくり、びくりと痙攣して崩れ落ちる巨大な獣を前に、私は硬直していた。また、だ。またもこの右手は獣のように変化した。今度は私の意識があったというのに。

 

 くつくつと面白げに笑う神父のほうを見ることができない。私はやはり、獣になりかけているのではないだろうか。不安ばかりが募ってゆく。

 

「そう面白い顔をするな。成りたてにはよくあることだ。いずれ慣れる。どちらに転ぶにせよ、な」

 

 背中を軽く叩いてそう告げた神父は、来た道を戻ってゆく。市街に戻るのだろう。ここまでの礼を告げると、軽く手を上げて返してくれた。

 

 さて、ギルバートの言葉が正しければ、この門を超えれば聖堂街だ。先を急ごう。


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