血の夢に魅入られて   作:Frimaire

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13.異形

 旧市街で随分と手間取ったせいか、月はもはや西の空にあった。夜明けまでどれほどの時間が残されているのだろうか。あまり余裕はないように思える。とはいえ、焦りは損を生む(Haste makes waste.)ともいう。まずは人形の元で血の遺志を力に変えて行くべきだ。

 

――それほど過ごしたわけでもないというのにどこか懐かしさすらも覚える館の中では、ゲールマンがいつもの場所で私を迎えてくれた。旧市街での話をしながらに杯を袋より取り出して見せれば、まさにこれこそが聖杯。トゥメルの聖杯と呼ばれるものだという。

 

聖杯を手に入れた時の――獣が光へと変じ、聖杯が残された――話をし、同種と思われる獣が磔となって息絶えていたことを付け加えて正体を問うも、これはいかに助言者とても解らないという。あるいは聖杯の試練であるのかもしれないと。

 

――この夜は本当に解らないことばかりが起きる。これもまたその一つと無理にでも納得しておく他はない。それよりも、聖杯は言われた通りに得たのだ。ならばそろそろ青ざめた血、その正体について答えてくれてもいいのではないだろうか。

 

「ふむ。そう焦ることもないと思うがね。まあ良い。医療教会の秘密。青ざめた血について知りたいのだったかね。それならば何も大聖堂にこだわることもない。彼ら――今では医療教会と呼ばれる血の医療者たちは、かつて狩人の庇護者でもあった。古き狩人ルドウイーク以来、長きにわたってね」

 

 それは解る。いや、ルドウイークという狩人は初耳ではあるが。輸血液のことを考えれば、血の医療と狩人が無関係とはとても言えないのは間違いないだろう。

 

「医療教会が庇護に乗り出すまで、狩人というものは賎業とされていてね……当時、我々は武器もまた自ら造る他なかったのだよ。あの頃は――」

 

 しまった。老人に昔語りをする隙を与えてしまうとは。しかし私が話を請うたのだ。遮るわけにもいくまい。それによくよく聞けば――今の話は三度目だったような気もするが――獣への対処法などについては随分と有意義な話ではある。

 

「――ああ、すまないね。つい話が逸れてしまった。どこまで話したのだったかな……そう、医療教会が狩人の庇護者でもあった、という話だったね。彼らは我々と連携するばかりでなく、我々が独自に作っていた武器を研究、発展させて自ら武器を造るようになっていった。そうだとも。彼らもまた工房を構えたのだ。」

 

 話が見えてきた。今度はその工房に向かえというのだろう。しかし、医療教会の狩人のための工房となれば、今もまだ人が残っているのではないだろうか?

 

「心配することはない。獣の街に残された聖杯を持ち帰った狩人に閉ざす扉は持ち合わせていないだろうからね」

 

 なるほど。聖杯はつまり手土産というわけだ。引き換えに工房の者から話を聞けばよいと。そういうことなのだろう。あとは工房への道筋だが――

 

「オドン教会を上りたまえ」

 

 上れとは言うが、あの教会、上階へと繋がる階段などあっただろうか? 開かぬ扉の先にあるのならば、ないも同然だが――いや、ゲールマンは何と言った? 聖杯を持ち帰った狩人に閉ざす扉はない、と言わなかっただろうか。言葉通りならば、聖杯を示せば扉を開ける可能性はある。

 

 いつものようにあれらに願い、オドン教会へと向かう最中、ふと疑問がよぎる。夢から目覚めると表現されるこれだが、直前に居た場所がどこであろうと好きな場所で目覚めることができるとは。あるいはこれもまた夢なのだろうか?

 

 考えても答えの出ない疑問はさておき――仮に夢だとして、夢の中では自覚できようはずもない――あらためてオドン教会を見渡す。やはり階段の類は見当たらないが、閉ざされていた扉の一方が開いている。(めしい)に問うてみれば、外から駈け込んで来た者が居たということだ。初めは避難してきたものだと思ったそうだが、激しく扉を叩き、旧市街の獣がどうこうと叫んでその向こうに行ったという。

 

 なるほど。確かに封鎖していたならば監視の一つや二つ、つけていても不思議はない。だとすればその者から私はどう見えていたのだろうか。道中の狩人たちの骸を鑑みれば、死しても蘇るというのは決して一般的なものではないのだろうから。

 

 ともあれ、扉が開いているというのは好都合だ。まして旧市街のことを叫んでいたというのならば、この先にこそ工房、あるいは教会の施設があるということに疑う余地はないだろう。

 

 廊下を曲がると大穴と、その手前にあるレバーが目に入るが、それだけだった。入っていったという人物の姿は見当たらない。上がるという言葉と考えあわせれば、ここにリフトがあったのだろう。恐らくはあのレバーで降ろせるはずだ。

 

 リフトを上った先を進めば工房らしき塔が見えてくるが――どうやら歓迎されてはいないようだ。銃を構えてこちらを見ている。

 

そこで止まれ!(Stop right there!)

 

 声に応じて止まると、塔の中から数人がこちらに向かってくる。見たところ工房の人間だろうか。ほとんどの者は鍛冶屋のするような前掛けを身に着け、鍛冶道具を持っていた。その誰もがガスコイン神父のように包帯で目を隠しているのが奇妙ではある。あれでは作業などできないだろうに。そして――その異様な集団に一人、白い装束を身にまとい巨大な剣を背負った男が混じっていた。教会の狩人だろうか?

 

「旧市街の獣を狩りつくした狩人殿が、この工房に何用かな? 聖杯を届けに来たというのならば歓迎するが」

 

 大剣の柄に手をかけ、男が問いかけてくる。異教とはいえ教会の信徒であるのならばもう少し紳士的にできないものだろうか、とは思うが――そのようなことを口にしては即座に斬り捨てられそうだ。率直に青ざめた血について知りたい、と問いかける。この問いに答えが得られるのであれば、聖杯を渡しても構わない、とも付け加えた。

 

 男はしばし悩む様子を見せたが、ついてくるようにと手振りで示して歩き出した。私は周囲を鍛冶姿の男たちに囲まれながら追従する。

 

 内部は工房というだけのことはあり、直剣やハンマー、大剣といったものが吊られている。どれも装飾にまで凝っているのが見て取れた。やはり異教とはいえ教会。こういった部分はおろそかにはしないものか。

 

 白装束の狩人に案内されるままに進み、梯子を登った先には一つの大扉があった。この扉の向こうにこそ、青ざめた血の真実、その一端があるという。そして案内できるのはここまでだ、と。

 

 扉を開き、先へ進めと示す男。その顔に浮かぶ好意的ではない笑みと、大剣の柄にかけた手を見る限り、ここで断ったならば即座に斬りつけてくるつもりだろう。半ば囚人のような心持ちで扉をくぐる。

 

 直後のことだ。後ろで重い音が響いた。振り返り見れば扉が閉ざされて、鍵のかかる音までもが耳に届く。半ばどころか囚人そのものであったらしい。

 

 覚悟を決めて階段を上ると、なにやら不気味な生物が壁に齧りついていた。こちらに関心のある様子でもなし、無視しても構いはしないだろうが――背後から襲われるのも面白くはない。仕留めておこう。

 

 背後――と思われる方向から近づいて鞭を力一杯に叩きつけると、あっさりとくずおれた。警戒する必要もなかっただろうか?

 

 それにしても、この生物は何だというのだろうか。皮膚はカエルかなにかのようだし、口と思われる場所は星型に裂け、目らしきものはなく、吸盤が四つ。前足は――ひれとも脚ともつかない形をしているし、胴体には謎の大穴。後ろ脚はなく、変わりに尻尾があり、背中から枝のようなものが突き出している。

 

 こんな生物は見たことがない。いや、あっていいものとも思えない。これまでに見た獣たちとも違う、何か不気味なものを感じる。もしもこれが関わりのあるものだとすれば――青ざめた血とやらは、私が思っていたよりもはるかにおぞましいものに違いない。

 

 そうでないことを祈りながら橋へと歩を進める。道中、白塗りが襲い掛かってくるが、今は血を味わうような気分でもない。早々に斬って捨て、先へ。

 

 橋の中ほどを抜けたところで、脚が止まった。あの異形が三匹もいるのだ。なんとおぞましい。しかも――ああ、なんということだ。ここは大聖堂の目の前ではないか。先の異形も、目の前の三匹も――大聖堂へと向かって壁に張り付いているのだ!

 

 やはりこの異形、医療教会の秘密、青ざめた血に何らかの関わりを持つものと思えてならない。考えすぎているだろうか?

 

 ともかく異形を駆除し、門前へと進む。するとあれらが現れ、燭台を設置していった。ありがたい。これでここを脱出する目途も立った。

 

 いつでも出ることが出来ると思えば心に余裕も出てくるものだ。この門の向こうにそびえる館。あの教会の狩人が嘘をついていなければ、この中に青ざめた血の真実、その一片があるのだろう。夜明けもそう遠くはない。この夜最後の大仕事にかかるとしようか。

 

 


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