血の夢に魅入られて   作:Frimaire

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9.聖杯を求めよ、と助言者は言った

 狩人の夢。訪れるのは四度目になるか。最初の二度は死んで招かれ、一度は試しだったことを考えれば、目的をもって訪れたのは今回が初めてと言っても良いのかもしれない。

 

 屋敷へと進めば、人形がおかえりなさいと迎えてくれる。人に――人形ではあるが――迎えてもらうというのは悪くない気分だ。手を挙げて通りすぎようとし、ふと以前に言われたことを思い出した。そういえば、血の遺志とやらを今の私は宿しているのだろうか。

 

 試みに人形に問うてみれば、力へと変えることが可能な程度には宿しているという。であれば、早速にそうしてもらうことにしよう。

 

 人形に言われるままに目を閉じ、望む戦い方を夢想する。そして、人形へとそれを伝えるように念じてしばし。耳鳴りのような音の高まりとともに、自分の体が作り変えられていくような感覚を得た。

 

 終わりました、と告げられて目を開く。何かが変わったことは感覚として得られるのだが、そこまで変化した、という実感もない。それを人形に告げると、より多くの血の遺志を求めてください、と返されてしまった。成程、思い返してみれば、宿していないと断られてからこれまでの間、相手取ったものといえば巨人に大鴉、そして狂したであろう聖職者――白塗りの大男くらいのものだ。その内で獣と呼べるものなど大鴉くらいのものだ。これではさしたる効果を得られないのも当然か。

 

 人形へと礼を告げ、屋敷へと入る。以前と寸分たがわぬ場所に座るゲールマンに、現在の懸案――大聖堂への道が二つながらに閉ざされ、進めないことを告げた。

 

「狩りの終わりが告げられるまで、あの門が開くことはない。今宵は月も近いことだ、獣狩りの夜は長くなるだろう。門が開くまでただ待つのも良い。しかし、狩人ならば――そう、狩人ならば。聖杯を求めてみてはどうかね? かつて多くの狩人が求めたものだ。聖杯は神の墓を暴き、その血は狩人の糧となる。そのほとんどは神の墓そのものにあり、地上に持ち帰られた聖杯は数少ないが……もし、君が求めるというのならば。谷あいの市街。獣の病が蔓延したために、棄てられ焼かれた廃墟。獣の街と成り果てたそこに一つ、教会の狩人が持ち去っていなければまだあるはずだよ」

 

 聖杯。アーサー王伝説に登場するあれだろうか。今の話の内容とは随分と違うものだったような気がするが――なにしろ幼い時分に読んだ物語だ。曖昧な記憶しか持ち合わせてはいない。それに、問題はそこではない。狩りの終わりまで開かないでは困るのだ。教会の持つ資料、その中にこそ私の求める答え――ヤーナムの謎、そして青ざめた血の真実があるはずなのだから。私がここを訪れたとき、ゲールマンもそう言っ――ては、いなかったか。そうだ。狩人の務めを果たせ、そう言っていた。それが私の目的にかなうと。

 

 つまりは、だ。助言の形を取った命令と解釈すべきなのだろう。獣の街――オドン教会の盲(めしい)の話にもあった旧市街がおそらくはそれなのだろう――に向かえ、と。もしかすると、聖杯とは医療教会の資料を指すのかもしれない、というのは都合のよい考えだろうか?

 

 まあ、手詰まりなのは事実でもあるし、助言者と名乗るくらいだ。無為を強いるというわけでもあるまい。それに、老人の言葉は滅多に外れない(Old man's saying are seldom untrue.)ともいう。ひとまずは信じてみるとして、だ。

 

 獣の街、旧市街と推定されるそこへの道筋を聞いておかねば、とゲールマンに問うてみるが――

 

「オドン教会から来たのだったかな。ならば左手の出口を出て、下っていきたまえ。棄てられるより前はそれでたどり着いたものだ。今はどうなっているか――わからないがね」

 

 実に不安な答えが返ってきた。話は分からないでもないが。病が蔓延して棄てたというのであれば、余人の立ち入りを禁ずるためにも封鎖するだろう。それが後から解くことを前提にしたものであることを祈るばかりだ。

 

 あれらに目的地を伝え、オドン教会へ向かう。この不可解な移動にも随分と慣れてきたものだ。そして左手の――大橋から来た時の入り口から外へと出、あまりの驚きに一度教会へと戻ることになった。

 

 なぜだ。なぜ、間違いなく殺したはずの白塗りが外を歩いている? あの顔は――いや、月夜とはいえ薄暗い。見間違いかもしれない。巡回の交代であると考えるのが妥当だろう。だとすれば前任者の死体は目にしているはず。前任者のように狂しているかどうかまではわからないが、戦闘になることは覚悟しておくべきかもしれない。

 

 いや、それよりも喜ぶべきか。再びあの甘露()を味わういい機会だ。牽制のための水銀弾は二十。先々まで考えると心もとないだろうか? いや、そうだ。確か新鮮な血液であれば水銀弾の代替触媒として使えるはず。緊急時の備えということだったが、別に緊急時でなければ使ってはならぬということもあるまい。

 

 あれらの知識通りに抜き取ってはみたが、思いのほか量がいるようだ。輸血液で減った分を取り戻す。これもなかなかに心地良い。今後も輸血液に余裕があればこの血の弾丸を準備して行くとしよう。

 

 深呼吸を一つ。輸血液(前菜)で酔っている場合ではない。ともかく教会から出る、と同時に白塗り(主菜)がこちらに気付いた。その後は狩りというほどのものでもない。いつものように攻撃の機に合わせて一射。そして変じた右手で臓腑を掴み出せば良い。

 

 面白いことに、制止を考えねば一定の制御はできるようだ。例えば――より多くの血が噴き出るように抉る、といったように。思わず笑いがこみ上げる。こんなにも簡単で、心地の良いことをなぜ止めようなどと思っていたのか。血を浴び、それを口にすることのなんと甘美なことか!

 

 しかし、この時期の夜風というものは実に残酷だ。心地よいぬくもりを瞬く間に奪い去ってゆく。おかげで大階段の時ほどの熱狂に至ることなく頭が冷えた。獣の街に向かうのだった。こんなところで酔い痴れている場合ではない。

 

 念のために顔だけは確認しておこう――その考えは、私に恐るべき事実を突きつけた。

 

 同じだったのだ。以前ここで殺したものと同じ顔をした、同じ体格の、同じ装束を身にまとった大男。双子か、あるいは蘇ったのか。私も死して蘇る身ではある。蘇ったという考えもさほど突飛なものではないように思えるが……一つ解せない点もある。この男、私の戦いにまるで対応できていない。私と同様のものであれば、記憶までは失われないはずだが。狂しているが故か? 次に狩人の夢に戻った時にでも、もう一度この男が現れるかどうか試してみるか。今はともかく獣の街へ向かわねば。

 

 オドン教会から左手に出て下っていく。つまりはこの、出口から見て正面にある階段のことだろう。降りた先にある小さな広場の端から下を見れば、たしかに谷間に街が見える。そのまま階段を下って行くと、作りの新しい教会が見えてきた。問題はその手前に成れの果てが居ることか。特に犬連れは厄介だ。市街地であれに手ひどい傷を負わされたことは忘れられない。

 

 とはいえ、対処もまた市街地で学んだ通りだ。適当な石を拾って投げつけ、分断すれば良い。まずは犬、それから成れの果てを一体ずつ、だ。

 

 策――というほど上等なものでもないが――は見事に成功した。手傷を負うこともなく、無事に片付いたと言える。悔やむ点があるとすれば、すべて鞭で倒してしまったために血を浴びることができなかったことか。

 

 教会を通り過ぎると上り階段がある。反対側は行き止まりであったことだし、これを上らねばならないのだろうが、階段の上に銃持ちの成れの果てが待ち構えている。うまく躱さねば痛い目を――なんと。さらに犬が二匹も襲い掛かってくるとは!

 

 一度退き、銃の届かない場所で犬を片付け、改めて階段を上っていく。途中二度ほど発砲を許したが、見当違いの方向で助かった。近寄ってしまえばどうということもないのだから。

 

 そう、銃持ちなど大した問題ではないのだ。登った先が袋小路で、教会の中に通じると思しき扉しか先に進む道がないということに比べれば。

 

 扉を開き、中へ。右手には聖堂の二階と思しき場所への階段。正面は構造を考えれば手前の袋小路の広場と同様の場所に出るのだろう。右手側にはいかにもいわくありげなレバーが見える。聖堂になぜあのようなものが必要なのだろうか。

 

 とりあえず引いてみるとしよう。成れの果てがここへの道を守ろうとしていたこともある。無為に終わったとしてもそこはそれ。もう一つの道へ進んでみれば良い。

 

 この場所から見ると、この聖堂には不自然な点がある。安地されている棺の位置だ。通常ならば中央か、奥――つまりはこのバルコニーの真下にでもあるべきものが、入り口からすぐなどという信じがたい位置に置かれていた。それがどうだ。このレバーを引いた途端に正しくあるべき位置へとずれていくではないか!

 

 先程まで棺のあった場所には階段が見える。随分と大がかりではあるが、おそらくはこれが封鎖なのだろう。来た道を戻り、階段を下りてゆく。不気味な石像が立ち並ぶ地下室から続く階段は、ここまでの教会建築とは様相を異にしている。この先が元来の構造物なのだろう。だとすれば、この先は獣の街。何が現れてもおかしくはない。

 

 警戒を絶やさぬように下りてみると、診療所にもいた怪物が一匹。銃声が余計な敵を呼び込む可能性を考慮して、鞭のみで対処する。どことなく鞭を的確に振るえているように思うが、これが人形の言う血の遺志の力なのだろうか。

 

 危なげなく怪物を下し、下へ。一部壊れ、梯子で代替された階段を下り切った先にはあれらが燭台を用意していた。どういう基準で設置する場所を選んでいるのだろうか?

 

 そこから左手、閉ざされた大扉には張り紙がなされている。曰く――

 

 “これより棄てられた街。獣狩り不要。引き返せ”

 

 


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