血の夢に魅入られて   作:Frimaire

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プロローグ、或いは残されたもの

 ヤーナムという町がある。産業革命が進むこの時代にあって、いまだ迷信深い人々が暮らす……まあよくある田舎町だ。それだけであれば。

 

 そこにだけ存在する信仰や民間療法があるという。曰く、ヤーナムの者は血を神聖視する、とか。あるいはもっと迷信じみた者によればヤーナムの住民は皆が吸血鬼である、とか。まあこういう話もよくある。田舎の因習というものは外から見れば異常に見えるというのも珍しい話ではない。

 

 ――さて、ではそこに、訪れた旅人がことごとく行方不明になっている、だとか。あるいは村人も突然姿を消すことがある、だとか……そんな話を加えるとどうだろうか。近年話題のフィクションにはそんな話もないわけではないが、それが現実に起きているとすれば? そして、調べに行った知人が行方不明者のリストに新たに加わることになったならばどうだろう。それを迷信やただの噂であると笑うことができるだろうか。

 

 私の兄、エドマンドは笑うことができなかった。新聞記者であった友人、ロニー・ハズラックがリストに加わったことを知った時、兄は愕然とし、そして猛然と旅の支度を始めたのだ。その日のうちにすべての手筈を整えた兄は、私に一言、もしも自分まで行方不明になったら叔父を頼りなさい、と告げて旅立っていった。この手記を読んでいる貴方も想像がついていることだろう。私が兄の姿を見たのはそれが最後だった。

 

 さて、次は叔父のことを記そう。叔父は元警官で、退職後には私立探偵などをやっている人物だ。もしかしするとこれをお読みの貴方はベネディクト・キーズという名前に覚えがあるかもしれない。あのスコールズ夫人殺人事件を解決したということで新聞に載った件か、あるいはもっと別の、オカルティックな話として。

 

 さて、そんな叔父だが、さすがにその人脈は確かなもので、事態を告げて一月としないうちに兄の、そしてロニー・ハズラックの足取りの手がかりとなるものを掴んできた。

 

 それはロニー・ハズラックが友人へと出した手紙で、おそらくは兄もまたこれを読んでいたのだろうと思われた。以下に重要そうな点を抜粋し、記す。

 

 

 ――ヤーナムにおいて医療というのは聖職者の行うことであるという。この聖職者というのが我らの信じるキリスト教ではないことを先に記しておかねばなるまい。彼らは医療教会なる存在であり――つまりは医療行為を行う、ということを神聖化した教団だと思われる。幸いにしてその聖職につく者の一人とアポイントが取れた。彼はヤーナムの民以外にもその――『血の医療』と彼らが称するものを授けるという、ヤーナムの民に言わせるところの『寛大な』人物であるそうだ。これまでも外から来た――ああ、彼らはそれを特に嫌うようで、なかなか話も聞き出せなかったことも記しておこう。――ともあれ、治療を求める『よそ者』に対してまでも『血の医療』を施してきたらしい。これからその『聖職者』を訪ねるが、その前に、念のため友人たちにこの手紙を出しておくこととする。僕が行方不明になった時のための保険だ。よろしく頼む。

 

 

 叔父はまた、この手紙を預けられた駅馬車の御者にも話を聞いていた。彼は兄もヤーナムへと送り届けたことを認めたが、ヤーナムから出る客はついぞ乗せた記憶がないという。他の御者からも話を聞いた結果として、叔父はこう結論付けた。――ヤーナムに行った者は誰一人戻っていない。

 

 明らかな異常事態であり、あってはならないことだった。叔父は直ちに警察時代の知人に声をかけ、調査団を率いてヤーナムへと乗り込んだ。結果は貴方もご存じの通りだ。そう。誰一人戻らなかった。いや、正確には叔父は帰ってきた、と言ってもいいかもしれない。私はいまだあれを叔父だと認めていないし、認めたいとも思っていないが。

 

 先に述べたよりオカルティックな話とはまさにそれだ。叔父は――叔父らしき者は確かに帰ってきた。家を出たときと同じ服を着て、持ち物もほとんどはそのままに。まるで獣のような――不気味な姿の死体となって。

 

 発見した警官によると、当初はまだ息があったらしい。「見つけなければ(must find...)……青ざめた(the pale...)……」、というのが最期の言葉だったという。

 

 私はこの言葉の真意を確かめるために、これからヤーナムへと向かう。そして、戻れなかったときのためにこの手記を残している。

 

 この手記は警告だ。これが私以外の手によって開かれるとしたら、私はヤーナムに飲み込まれた者の一人となっていることだろう。これを発見した貴方に私が望むのは、ヤーナムの怪異を解き明かすことなどではない。犠牲者をこれ以上出さないことだ。

 

 

 どうか、お願いだ。決して私を探さないで。

 

 

 

 

 

無事に戻り、この手記を破棄できることを祈って

02 Dec 1884  Mabel Keyes


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