「とりあえず、負傷した部分の治療は済んだ。あとは目が覚めてからってとこだな」
「ファルちゃん……」
「本当に……ありがとうございます」
顔を泣き腫らしながら深々と頭を下げる二人の少女。名前はルナとエアというらしい。
本日、この二人にベッドで眠っているファルという少女を含めた三人は村から奉公として帝都にやって来ていたそうだ。
奉公先はさっきの虫野郎……はいっぱいいるな。俺が侵入した屋敷の主だったそうだ。
……胸糞悪い。考えるのは止めよう
「あんまり無理はするもんじゃない。君たちも早く寝るといい。この部屋は自由に使っていいからさ」
「え……でも……」
「急だったからまともな食事は用意できなかったけど、よかったらこれでも食べておいてくれ。一応、帝都の出店のなかでも美味しいのを選んでおいたからさ」
そういってた用意しておいた袋をルナという少女に渡しておく。
まぁもっとも、あんな経験をしてまともに食べられるはずもないから軽いものばかりだが。
なんせ、あと一歩遅ければこの娘達の人生が悲惨になっていたのは確実と言ってもいい。
そういう意味じゃ俺が助けたことは例え偽善であったとしてもよかったことではないか。
「あの、それじゃあなたの部屋が……」
「なに、心配すんな。これでもつい最近までは野宿してたんだ。どっか適当なとこ見つけて寝るさ。危険種が襲ってこないだけマシだぜ?」
それに、見たところ俺より二、三歳年下ってとこか。俺の精神衛生的にもよくない。
宿のおばさんには暗示をかけてきたから問題はない。勿論、追加料金は渡したよ?
「……何から何まで、ありがとうございます…」
「ファルちゃんを…私達を助けてくれて、ありがとうございました…」
「……おう」
二人の言葉に簡素な返事だけ返した俺はそのままいそいそと宿を出る。
そしてそのまま帝都をブラブラと、ただ当てもなく歩いた。
夜だからか、日中よりも人通りが少ないが、それでも人は多い。道の端で客引きを行う娼婦やらそれにつられる男達ばかりであるが。
「……どうすっかな…」
悩むのはこれからのことだ。
多分、というかほぼ確実にだろうが、これからも俺はあの三人のような存在が見逃せなくなるのだろう。
それがこの世界じゃ甘いのは分かっている。だが、見捨てるという選択肢は俺に選べそうもない。
それに、だ。もし俺が日本にいたときと何らかわりない普通の少年であったなら諦めもついたかもしれない。しかし、今の俺はそれを成せる力と財もある。
「チョウリ様……」
あの人なら、どうするだろうか。
恐らくは、自分の身が危うかろうとなんとかしようとするに違いない。
なんせ、この帝都に準備ができしだい来るというのだから
ならば、だ。ならば、俺が救われない人をすこしでも救えればいいのではないか。
金も力も、今の俺にはあるんだ。なら、偽善といわれようが、手が届く人は救いたい。
「……偽善でも善は善だ。善は急げってな」
ーーーーーーーーーーーーーーー
さて、それからの話をしよう。
その後の数ヶ月間、俺は活動するにあたって拠点が必要になると思い、溜め込んでいた金を全て吐き出して屋敷を作った。
日本の平安時代を思わせるような寝殿造構造である。
今はまだ中庭もないが、いつかは増築するつもりだ。
あのとき助けた三人娘は、俺がメイドとして雇うことにした。
なんでも、元々故郷の村が貧しいから、と帝都の貴族のもとに出稼ぎに来ていたらしく、ならば、と俺が雇ったしだいである。
いきなり大金をもって屋敷を建てるなど注目されたりするのは当たり前なのだが、そこは魔術で何とかした。
不動産の奴とか暗示できりぬけたしな。
屋敷の工房化もすでに済んだ。侵入しようものなら、俺特製のトラップが出迎えてくれるだろう。
そうそう、この数ヶ月、以前と変わらず活動は続けている。変わったことと言えば殺人も厭わなくなったってことであろうか。
日本にいたときでは考えられなかったことなのだが、今では危険種を狩るのとなんら変わりない。
その際に助けた人たちは故郷へ帰るか、俺に雇われるか、もしくは……死ぬか。
もはや手遅れの人はこの最後の選択肢を選ぶものも多い。
助けられないのは残念だが、しかし魔術師は万能ではない。
「……これ以上は無理か…」
「どうしたんですか?」
「ああ、エアか」
自宅の執務室で悩んでいると、いつからいたのかエアが心配するように声をかけてきた。
あのときから数ヶ月。今ではエアや他二人はこの家のメイドのなかでも重要な役割を任せるまでになっている。
「いやな、俺が雇えるメイドと護衛の数がもうすでに限界まできてるんだ。これ以上増やすのはまずい」
「それじゃぁ…いつもの夜のアレはもうお止めに?」
「だな。まぁできないなら他のやり方をとるまでだ」
ちなみに、夜のアレとは怪盗の物真似みたいなやつだ。エロいことではない。
「ほら、これだ」
「? 警備隊、ですか?」
「ああ。俺が潰せていない貴族は結構あるが、情報がないわけではない。これを使えば今度は公的に潰せるし、助けられない人もなんとかなるだろうからな」
ただ、上が腐っているため、処理に関しては裏工作でもしなけりゃならんが。
「しかし、警備隊ってセイさんのこと追ってませんでしたっけ?」
「安心しろ。絶対バレないから」
ここ数ヶ月、俺殺人なんかもやっていたため、今では警備隊に指名手配されたりしている。だが、俺の宝具、
「まぁ、あの犬を連れたポニテ娘が唯一の悩みの種だがな」
なんかとてつもなくでかい犬みたいな奴に一度見つかりかけたことがある。
その時は気配遮断でなんとかなったが、あの時はヒヤッとしたな
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だって。それに、警備隊にはいっちまえばこっちのもんだ。灯台もと暗しっていうし、なにより、こんだけ情報がありゃ隊長にもなれるさ。なら、チョウリ様が来たときにやりやすいだろ」
恩人であるチョウリ様のことはすでに皆には話してある。
頭の明るいおじいさんとしっかり説明しておいたので、迎えるときにはさぞや歓迎してくれるだろう。
「んじゃ、そういうわけで、明日にでも入隊届けでも出そうかね」