さて、あれから暫くが経過した。
ここ最近、ナイトレイドの方も動いている様子は見られず、そのためイェーガーズでの仕事もあんまりなかったのだ。
そしてイェーガーズにて優先させるべき仕事がない、という事で俺は警備隊隊長としての活動が多くなっている。
むろん、最初の方は副隊長監視の元、書類と格闘を続けていたのだが、最近は警備隊本部に詰めていたこともあって、今ではたまっていた分をほぼ消化。苦にならない程度の量へ減っていた。
うん。本当に嬉しいよ。
そしてチョウリ様が動いてくれているおかげで良識派の内政官や文官が冤罪で消されることがほぼなくなった。
そういった人には、優秀な人が多いため、喜ばしい。着々と大臣に対抗する勢力が増しつつある。
むろん、暗殺などの危険があるため、あまり好きには行動させられないが、できる範囲で俺の家の護衛を貸し出したりなども行っている。
……さて
俺は仕事から帰って食事を済ますと、そのままの足で離れへと向かった。
基本、離れは家のメイドさんや護衛の人達の部屋として機能しているのだが、実はここにも地下が存在する。
まぁ、地下は地下でも地下牢だけどな
途中で見かけたメイドさんや護衛に挨拶されてそれに応えつつ、俺は鍵をかけてある部屋の前に立つ。
一応、食事などを運ばせるのに俺の魔力を付与した専用キーがあるのだが、解除には俺の魔力のみでも構わないため問題はない。
鍵の部分に手をかざし、魔力を流せばカチリ、という音とともに扉が開いた。
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「調子はどうだ? チェルシー」
「何しに来たのよ」
「何って……様子見だけど何か?」
その言葉に、フンッ、と顔を横に向ける彼女に若干あきれながらも俺は牢の前の椅子に腰を下ろした。
チラリと牢の隅を見てみると、そこには空になった食器がある。
ふむ、どうやら食事はちゃんととっているようだ。
「それでどうだ? そこで何か不便なこととかないか?」
「……憎らしいほどに快適よっ!!」
「何故それで怒る……」
「怒ってない! 感情の整理がついてないだけよ!」
一瞬女の子の日なのかと思って、エアにそれようの道具でも持ってこさそうかと考えたが、どうやら違うようだ。
「可笑しいでしょ!? 何で牢屋の中が最高級の宿屋みたいになってるのよ!?」
「つってもなぁ……嫌な訳じゃないんだろ?」
「そうよ!!」
「だから何故怒る……」
トイレとベッドはちゃんとしたものを取り付けてあるし、冬場で寒くないように下には安物ではあるが毛皮のカーペットも敷いてある。あとは一人用のソファーだったりだとか、暗くないように電灯を着けたりだとか色々と。
いや、一応部屋は完全な密室だし、逃げられないように魔術も併用してるんだよ?
それに、チェルシーの帝具だったあの化粧箱。名は、ガイアファンデーションというらしいが、それも回収。更に、エアたちに任せて服の下に何か隠してないか探って武器と思われる針を抜き取ってもらい、更に更に、俺が魔術で体内を検査。まだあった針も抜かせてもらった。
全身調べたので、もう大丈夫だろうと判断し、こうして牢屋に放り込んだのだ。
で、だ。本来なら俺はこいつをここで殺すべきなのだろうが、現状ではそこまでするつもりはない。スペクテッドで情報を引き出すだけ引き出して殺すってのもできるが、愚策といってもいい。
それにスペクテッドの対策を持っている以上、その情報が間違っている可能性もある。
それになんたって、帝具使いのプロの暗殺者。そして潜入のプロでもある。出来れば手駒にしたい。
帝具も変身するもので便利だしな。
それに、だ。あのチェルシーをとらえた日の後で、家の者にあの帝具を試させたのだが、皆が皆不適合。エアたちでも適合してくれなかった。
他のものに話しても裏切られる可能性がなくもない。というか危険すぎる。なら、チェルシーをこちらに加えた方が都合がいい。
「それで? こちらに着くって決意は固まったか?」
「……まだその気はないわよ…」
「まだ、ね」
この一ヶ月、ほぼ毎日勧誘しに来ているのだが、その際にこれからの計画を大まかに説明している。
もちろん、そこに嘘はない。
「同じ事を言うようだが、革命軍、並びに帝国に攻めてくる勢力を潰した後、今度は帝国の膿。それもその大本を潰す予定だ。その時にはどうしてもお前の力が役に立つ。チェルシー、お前の力でこの帝国が変えられるんだ。それだけは覚えておいてくれ」
「……」
それじゃあな、と俺は椅子から立ち上がって階段を登る。
まぁ、未来のある返事が聞けただけでもよしとしておこうか。
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「フハハハハハ!! ぬるい! この程度の書類など無に等しいわぁ!!」
「隊長、ここの字、間違えてるので直してください」
「あ、はい」
気持ちよくペンを動かしているところを副隊長に止められ、いそいそと誤字を修正する。
くそっ、空気読めよこの鬼がっ
「何か?」
「あ、いえ。何もないです。だから、そのトンファー下ろして?」
先端が尖っているという殺傷能力高めなカスタムトンファー。セリューの使ってた
「そういえば隊長」
「ん? どったの?」
「最近、地方の方での話ですが、殺人鬼が逃げたとの話です。何でも、逮捕一歩手前で逃げられたのだとか」
「へぇ、どんなやつなんだ? そいつ」
「子供を殺しては快楽を得るシリアルキラー。見た目は
「赤鼻ペドね。覚えた」
「何者かによる手助けがあったと思われるそうです。念のため、帝都でも警戒はしておきましょう」
「ん、了解」
その話の間にも俺は手を止めない。
フッ、ついには同時進行までもを余裕でこなしてしまうようになったか……我が才能ながら恐ろしいな……
「では私が普段やっている仕事でも……」
「ごめん。マジでごめん」
「あの、隊長いますか?」
そこで執務室の扉が開く。入ってきたのは久方ぶりの登場、サヨ。そしてイエヤスだった。
「ん? サヨ隊員にイエヤス隊員ですか。どうしたんですか?」
「なんか隊長に伝令みたいっす。直ぐにイェーガーズの本部に来いとかなんとか……」
「お、そうなのか? んじゃ、行ってきますかね」
これ幸いとばかりにいつもの装備を揃えて執務室を出る。
ナイトレイドがロマリー街道で目撃されたと聞いたのはそれからのことだった