「……」
「……死んでる?」
少女が呟いた。
目の前にはこんな雪原の中で倒れている黒髪の同い年くらいの少年の姿だった。
彼女の名はスピア。元大臣であるチョウリの娘
「呼吸…はしてるし、生きてる…よね?」
微かに息のある少年。こんなところで倒れて、よく危険種に襲われなかったものだ、とある意味感心する。
修行も兼ねて近くの危険種を狩りに来たが、危険種と遭遇する前にこんな状況になるとは…
んー、と手に持った槍をクルリと回す。
見てしまったからには、放っておくという選択肢はない。何たって、私はあのチョウリの娘。非情にはなれない。
「兵の人に運んでもらおっと」
いつ危険種が来るとも分からないため、スピアは急ぎ足で屋敷へと戻るのだった。
「……ん…」
どうやら、眠ってしまっていたらしい。
転生してはや四日間、食わずに彷徨った挙句に空腹で倒れるというなんとも情けないことになってしまった。
空腹で二度目の人生早速エンドとかマジで笑えないぞ。
「……あれ? ここ、どこだ?」
と、ここでようやく気がついた。なんか、天井が見えるんですが……
ついでに言えば、俺はベッドに寝かされているみたいだ。記憶が正しければ、俺は最後、雪原の中で力尽きたはずなんだが……
俺が覚えているのはモンスター共対策に魔除けの結界の陣を描いたところまで。近くに家なんてなかったし……
「もしかして、助けられたのか?」
「あ、起きたの?」
そこまで考えた時、ガチャリと扉を開けて部屋に入ってくる女性がいた。
女性、というよりも、少女といったほうがいいか。確か、俺の年齢は若干若くなって15くらいになっているが、それと同じくらいだろう。
「あの、ここは……」
「父上の屋敷よ」
そう答えた金髪の少女は、俺に用意してくれたのであろう濡れタオルを側にあったテーブルに置いた。
「私が狩りに出かけたら、君が倒れてるのを見つけたの。流石にそのままってわけにはいかないしね」
「てことはあなたが……どうも、ありがとうございました」
どうやら、この少女が俺を助けてくれたようだ。
てか、狩りって、もしかしてあのモンスターを狩るんですかね?
「いいのいいの。それに、運んだのは兵の人達で、私は見つけただけだから」
「いや、発見されてなかったら、今も倒れたままだっただろうし……ありがとうございます」
「律儀だね〜。さて、それじゃ君も目覚めたこ……」
少女がそこまで言いかけた時、突如、グゥ〜ッと言葉を遮るようにして音が響いた。
発信源は……どう考えても俺の腹の虫ですね、はい。
羞恥心で思わず顔を俯かせてしまう。きっと、今の俺の顔は赤くなっていることだろう。
「…ふふ、何か食べるもの持ってくるね」
「……どうも、お手数おかけます」
優しい目で笑う少女は、そう言って立ち上がると部屋から出て行った。
四日食べてないとはいえ、もうちょっと空気を読んでくれたっていいじゃないか、俺の腹よ……
「まさか、四日も食べてなかったなんてね……」
「なんか、すいません…」
「大丈夫だよ。むしろ、見てて気持ちいいくらいの食べっぷりだったし」
あのあと、スピアと名乗ったこの少女は、温かいおかゆを持ってきてくれたのだが、その匂いで、食欲が刺激されてしまった俺は遠慮もせずに、結局5杯平らげてしまった。
普通、何日も食べてない場合、急に食べると胃が驚いてしまうため、そんなに食べないほうがいいのだが……
どうやら、この体、そういうところは御構い無しなようですはい。
「ところで、今俺たちはどこに向かってるんですか?」
「父上のところ。君が起きたら連れてきて欲しいって言われてるの」
「確か、元大臣……なんですよね」
元々、この帝国の帝都にある宮殿で、大臣をやっていたというスピアさんの父親。名をチョウリ様というらしい。
命惜しさにこの北の辺境で隠居生活を送っているとのこと。
……命惜しさって、そんなに危険なんですかね、帝国ってのは
あと、気になるのは、俺がいうというこの帝国が物語の中心なのか、それともそうではないのか。
せっかくだから、原作に絡みたいという気もあるが、しかし、俺はこれがなんという作品であるのかを全く知らないのが現状。悩ましいことだ。
「ええ。でも、今の皇帝になってからは危険だって話になったの。父上も悔しい思いをされたわ」
聞けば、今の皇帝はまだ幼い子供なのだとか。で、そんな子供を皇帝にしたのが、オネストとかいう男らしい。
でだ。この男、なかなか腐っている。いや、ホ○とかの意味じゃないよ?
幼稚な言い方をすれば、悪い奴。
反対する文官は冤罪を着せて死刑に、あるいは暗殺。自身も大臣というのをいいことに結構好き勝手やっているそうだ。
おまけに、皇帝はそんな大臣のことに全幅の信頼を置いている。言わば傀儡だ、
国を牛耳っているのはオネストといっても過言ではない。
チョウリ様はそんなオネスト大臣に対抗する、言わば良識派とのこと。ただ、あのままだと、いつか消される可能性があるため、この地に隠居しているのだ。
そんな話をおかゆを食べながら聞いていた俺氏。ちなみに、俺は東の方から旅をしていたのだが、荷物も食料も失い、挙げ句の果てに迷子になって倒れていた。という設定にした。転生云々とか言えるわけないしね。
「今の帝国は腐ってる。それもこれもあの大臣のせいよ。おまけに国には異民族やら革命軍やらで敵が多い。行くところまで来てるの」
「よくもってますねそれ」
「優秀な将軍が何人もいるしね。でも、いつか父上はあの帝都に戻る。そうなれば、きっと国を変えてくださるわ」
自信を持っていう彼女。ただ、実感があまり湧いてこない俺はへぇ、と呟くことしかできなかった。だって、チョウリ様のことなど全然知らないし、国についても聞いただけだしね。
「さ、着いたわ。中で父上が待っていらっしゃるから、私に続いて入ってきてね」
俺がその言葉に頷いたのを確認した彼女は、扉を開けて中へ。
若干の緊張感を持ちながら、俺もそのあとに続くのだった。