不思議なヤハタさん   作:センセンシャル!!

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エピローグ 新しい季節 前編

 季節は巡り、春。今日はアリシアの入学式だ。本日より彼女はピカピカの一年生となり、オレ達も四年生として上級生の仲間入りをする。

 

「おねえちゃんたちー、はやくはやくー!」

 

 既に準備を終えたアリシアが、玄関からオレ達を呼ぶ。これから毎日一緒に登校することになるというのに、彼女は早くも待ちきれない様子だ。

 

「そう慌てずとも、まだ時間はある。アリシアももう一度、忘れ物がないかチェックした方がいいぞ」

「だいじょーぶ! ハンカチももったし、なふだもふでばこもカバンにいれたよ!」

 

 まあ、入学式なのでそんなに色々持つ必要はない。確認するほどのことでもないかもしれないな。

 だが今後は教科書だとか体操服だとかを持っていかなければならないのだ。今のうちにチェックするくせを付けておく方がいいだろう。

 

「アリシア君、もうちょっとだけ待ってくれ! アリア、ビデオカメラが動かないんだが……」

「電池切れてるじゃない。父さま、昨日ちゃんと充電した? こっちのカメラは魔力じゃ動かないのよ?」

「はいはい、ちゃんと予備のバッテリー用意してあるから。足りなくなったらアリアがステルスサーチャーで録画すればいいでしょ」

「む、すまないなロッテ。あとこっちのICレコーダーなんだが、操作方法がいまいち分からないんだ。ちゃんと録音できてるか分からなくて……」

「もー! 何で全部昨日のうちに確認しておかないのよ!」

 

 ……少なくとも、こんな風に当日になってあれやこれや騒ぐようにはなってほしくない。顧問官やってるときは出来る人なんだけどな、ギルおじさん。

 本日の入学式には、在校生であるオレ達以外に、ギルおじさんとリーゼ姉妹、それからミツ子さんも参観に来る。

 ミツ子さんについては、高齢による体力的な不安はあるものの「是非」と言って引かなかった。……オレのときには、オレ自身が断ってしまったからな。止めることなど出来ようはずもない。

 ギルおじさんに関しては語るまでも無いだろう。いつもの親バカだ。冬のあの一件が終わって以降、拍車がかかったように思う。今回も当たり前のように休暇を取り、三日前からこちらに滞在していた。

 本当はシャマルも来たがっていたのだが、あまり大勢で参観しても周囲の迷惑になるだろう。ギルおじさん達を優先し、彼女は翠屋のシフトを入れた。

 

「朝から賑やかなことじゃのう。主殿は、忘れ物の確認をせんで良いのか?」

「ギルおじさん達と違って昨日のうちに準備を済ませたし、さっきのうちに終わらせた。あとはフェイトの着替え待ちだ」

 

 そのフェイトなのだが、何故かアリシアよりも緊張して寝られなかったようで、見事に寝坊してしまった。ほんの10分前に起きて、大慌てで朝ごはんをかきこんだ。今はヴィータとはやてが手伝って着替え中だ。

 狼の姿で器用に頭に本を乗せるザフィーラが、喉をグルルと鳴らす。彼は相変わらずミステールの秘書をやっていた。

 

「仕事面で優秀な人物というものは、案外プライベートでは頼りない傾向にあるのかもしれません」

「それは暗にわらわのことを責めているのかの、ザフィーラや」

「言われたくないのなら、読み終えた本を投げっぱなしにするのはやめてくれ。この姿では片付けるのも一苦労だ」

「律儀だな。誰も気にしないのだから、人型に変身すればいいじゃないか」

「……この姿の方が、アリシアやソワレが喜びますので。あと、主はやても」

 

 そのソワレだが、日向で丸くなっているアルフをモフモフしている。アルフの方も尻尾を振っており、お互い楽しんでいるようだ。

 同じペットポジションでありながらこの差である。……皆、もうちょっとザフィーラをねぎらってやってくれ、本当に。

 と、奥から誰かが出て来る。フェイト達……ではなく、シグナムだった。

 

「おや、主? まだ出なくて大丈夫なのですか?」

「もともとミツ子さんの体力を考えて、余裕を持った予定だ。時間的には問題ない。……今はまだ、な」

 

 「ああ……」と苦笑し、騒いでいるギルおじさん達を見るシグナム。彼女は竹刀袋を背負っており、道場出勤スタイルだ。

 

「お前もまだ時間には早くないか? 道場は10時からだろう」

「ええ。ですが、その前に師範に稽古をつけてもらおうと思いまして。最近恭也の奴がとみに腕を上げて、差を開けられる一方なのです。スクライアの師として、恥ずかしいところは見せられません」

「勤勉なことだ。オレには理解出来ない世界だな」

「……もしご意志がおありなら、私は主に剣をお教えすることにやぶさかではありませんよ?」

「勘弁してくれ、そんなことをされたら死ねる」

 

 脳筋の世界に引きずり込もうとしてくるシグナム。あいにくとオレは武術等に興味はないのだ。文化系活動の方が性に合っている。

 「残念です」と言いながら微笑むシグナム。彼女は玄関で待つアリシアの頭を撫でてから、「それでは行ってまいります」と言って外出した。

 ほどなく、ドタドタという音とともにフェイトがやってくる。

 

「ご、ごめん皆、お待たせ!」

「もー、フェイトはおねぼうさんなんだから。でもゆるしてあげる! アリシア、きょうからおねえさんだもん!」

「わ、わたしの方がおねえちゃんだもん!」

「アリシアが言っているのは「今日から小学生」という意味だ。変に対抗するな」

 

 よほど焦って着替えたか、息を切らせているフェイト。深呼吸をして落ち着かせる。彼女に対し、はやてとヴィータは落ち着いた様子で歩いてきた。

 

「だからそこまで慌てんでもええって言うとるのに。まだ時間に余裕あるんやから」

「焦って服を前後ろ逆に着るし、かえって時間かかってんじゃねーか」

「そ、それは言っちゃダメっ! わたしのおねえちゃんとしての威厳が……」

 

 そんなものは初めからないというのに、フェイトはいまだに諦めていないようだ。懲りない妹だと苦笑する。

 フェイトがやってきたことを受けて、ギルおじさん達も玄関に集まる。三人ともスーツ姿だ。さすがは時空管理局のエリート、ビシッと決まっている。

 ……表情やら何やらについては、触れないことにする。そもそも撮影機材を持ち込みすぎだ。テレビか何かの撮影か。

 

「もう、最低限ビデオの準備は出来たんだから、元気出してよ父さま」

「そもそもICレコーダーなんか何に使うつもりだったのよ」

「むぅ……アリシア君の自己紹介を録音して、仕事の合間に聞いて癒されようと思っていたんだ。たかだか録音がこんなに難しいとは……」

 

 親バカが極まっていて頭が痛い。大体、ミッドでもっと高度な機械に慣れているはずのギルおじさんが、どうしてこうまで機械音痴なのか、これが分からない。……操作とか必要ないのかもしれないな、向こうは。

 いつまでも落ち込まれていても仕方がない。ここは皆で元気付けるか。

 

「オレ達の声が聞きたければ、この家に帰ってくればいいんです。それでも足りないというなら、後で録音すればいいでしょう。そのぐらいの労力なら、何ほどでもない」

「そうやで。おじさんかて家族なんやから、なんも遠慮する必要なんかあらへん。気軽に頼めばええやん」

「元気出せよ、グレアムのおっさん」

「……君達」

 

 目をにじませるギルおじさん。安い感動があったものだ。……だからこそ、尊いのだけど。

 キッチンの方で朝食の後片付けをしていた三人が、見送りにやってきた。ブラン、シャマル、それと……トゥーナ・トゥーリ。

 

「三人とも、片付けを任せてしまって悪かったな」

「気にしないでください。ミコトちゃん達は学校に行く準備があったんだから」

「それに、トゥーナが家のことを手伝ってくれるようになってから、随分楽になったわ。これからは、全員揃ってる時でも大した負担にならないわね」

「日常の場では、私はまだまだこのぐらいのことしか出来ませんから。これから出来ることを増やしていきたいと思っています」

「その心意気があれば十分だ。ゆっくり覚えていけばいい」

「わたしも教えたるから。一緒に料理作ろうな、トゥーナ」

「……はい、我が主達!」

 

 ちょっと遅れて、アルフの背に乗ってソワレがやってきた。最近はすっかりそこが定位置になってしまったな。

 皆に見送られて、オレ達もまた、学校に向けて出発した。

 

 ミツ子さんは既にアパートの前で待っていた。よそ行き用の格好であり、オレは初めて見る。……着る機会をオレが尽く潰してしまったのだから、知っているはずもなかった。

 

「お待たせして申し訳ありませんでした、ミツ子さん」

「いえいえ、お気になさらず。グレアムさんも、皆と積もるお話があるでしょうから。またすぐにお仕事に出られてしまうのでしょう?」

「ええ。本当はもっと長くこちらに居たいのですがね。お気遣い感謝します。それでは、参りましょうか」

「いっしょにいこ、おばあちゃん!」

「あらあら。ええ、アリシアちゃん。一緒に行きましょうね」

 

 アリシアはギルおじさんとミツ子さんと手を繋いで歩いた。まるで歳の離れた親子のように見え、微笑ましい。

 オレの隣を歩くロッテが、小さな声で話しかけてきた。

 

「……ミツ子さんって、ミコトちゃん達と一緒に生活しないの? 今ならもう平気よね」

 

 トゥーナの一件が解決するまで、オレ達には余裕がなかった。今なら一緒に生活するだけの余裕もあるというのは、ロッテの言う通りだ。

 だが、彼女と別々に生活をしている理由は、それだけではないのだ。

 

「あのアパートは、ミツ子さんの旦那さんが建てたものだそうだ。老後は二人でアパートを経営しながらゆっくり過ごそう、とな。残念なことに、彼はその夢の半ばで亡くなってしまったが」

「思い入れがあるのね……。じゃあ、今も旦那さんのことを想い続けてるってことか」

 

 そうなんだろうな。そうやって、亡くなっても想い続けられるほど、旦那さんのことを愛していたのだろう。……今更ながら、オレも一目見てみたかった。

 だが、ロッテの思うところはそうではなかったようだ。

 

「ほら。父さまとミツ子さんって、お似合いだと思わない? 父さまって、あれでいまだに独身なのよ。使い魔としてはいい加減幸せになってほしいって思うんだけど」

「こーら、ロッテ。そういう余計なこと言わないの。そういうのは私達が決めることじゃなくて、父さま達がどう思うかでしょ? 外堀から埋めようとするんじゃないの」

 

 今の話に聞き耳を立てていたアリアが妹を嗜める。「てへー」と、ロッテは悪びれず舌を出した。

 ……ギルおじさんがミツ子さんと、か。オレにとっては、どちらも親同然の人達だ。ロッテの言ったように、二人がくっ付いたからといって特に文句があるわけではない。

 だが、そうなるとミツ子さんは、必然的に管理世界を知ることになる。彼女の余生に面倒事をもたらさないために、今まで黙ってきているのだ。そう考えると、少し複雑だ。

 

「まー、とりあえずは今のままでええんちゃう? 二人がその気になったら、そのときは応援すればええだけやで」

「うん。わたしも、そう思う。……そうなったらわたし達、本当に姉妹だね」

 

 おかしそうに笑うフェイト。家族でありながら他人でもあるオレ達が、本当の姉妹になる。それは……確かに面白いな。

 あの事件のとき、アリアが涙ながらに言った言葉を、今でも覚えている。「妹を殺すことなんて、私には出来ない」。オレとはやては、彼女に「妹だ」と言われたのだ。

 最初は監視する側とされる側で、出会いは衝突。だけどそれは和解を経て、付き合いが生まれ、いつしか本当に家族のようになっていた。

 それが、本当の家族に……姉と妹になるとしたら。それはきっと、素敵なことだろう。

 だから、皆で顔を見合わせて、本当におかしくて笑った。

 

「もー、おねえちゃんたちおそいー! なにしてるのー!?」

「急かしてはいけないよ、アリシア君。時間はまだまだあるのだから、ゆっくり行こう」

「ええ、そうですね。アリシアちゃん、おばあちゃんとお話しながら、皆を待ちましょうか」

 

 ――そう遠くない未来、この予感は現実のものとなる。今はまだ、知る由もないが。

 

 

 

 入学式と始業式を経て、オレ達は四年生の教室へと向かった。ギルおじさん達とミツ子さんは、アリシアのいる一年の教室に着いて行った。

 ……やはり4人とも目立っていた。運動会のときと同じように、保護者の中でしっかりと(?)浮いていた。その程度は覚悟の上だったわけだが。

 

「相変わらずはやてン家はキャラ濃いね。保護者席見たとき「あ、来てる」って思わず言っちゃったわよ」

 

 その感想をあきらが述べる。三年から四年はクラス替えがないため、オレ達8人はまた同じクラスだ。……多分、五年になっても同じなんだろうが。教諭の監視的な意味で。

 彼女の意見に残りの4人が苦笑しつつ同意し、今度は新入生の席についての感想。

 

「あと、やっぱりシアちゃんも目立つよね。なんと言っても、一人だけ金髪だったし」

「ぶっちゃけ八神家組で一番ふつーなのって、やがみんだよね」

「言うてくれるな、いちこちゃん。その通りや」

「み、認めちゃうんだ……」

 

 自虐なのかそうでないのか、はやては胸を張る。実際のところ八神家の面子でこの国出身の人間はオレとはやてだけなので、ある意味順当であった。

 オレも……まあ、人目を集めてしまうからな。普通とは言えないのだろう。甚だ納得いかないが。

 と、5人衆でも八神家でもない者が、会話に参加してくる。

 

「やっぱりあれがフェイトちゃんの妹なんだ。ほんとそっくりだったね。まるで双子みたいだったよ」

「あはは、まあね。でも、性格は全然違うんだよ。あの子ってば、ほんとにいたずら好きなんだから……」

 

 加藤丸絵。運動会での衝撃(恭也さんに一目惚れ&秒速失恋)以降若干の落ち着きを見せた、フェイトと交友関係のあるクラスメイトだった。

 相変わらず落ち着きのない鈴木とは別行動を取ることが多くなったようで、今は一人だ。彼女にとってはいい傾向なのだろう。

 アリシアのいたずらは、不定期に行われる。さすがに食卓をいじる真似はしないが(はやての雷が落ちる)、同じ部屋を使っているフェイトやヴィータは、たびたび被害にあっているようだ。

 一番最近だと……フェイトの勉強机にセキュリティデバイスが仕掛けられていたことか。パスワードを解かないとシールドが解除されないというもので、家の中でバルディッシュを展開する騒ぎになった。

 ただのいたずら好きな子供ならまだいいのだが、彼女には優秀なデバイスマイスターとしての素質と、それを現実に活かすだけの資金力を持った友人がいる。

 そんなわけで、フェイトの視線は共同デバイス開発者の一人であるはるかの方に向けられる。彼女は目を逸らし、吹けもしない口笛を吹いて誤魔化した。

 

「ふーん。でも見た感じからして活発そうだったよね。フェイトちゃんみたいに運動神経もよかったり?」

「それはないかな。あの子、意外とインドア派だから。一緒にジョギング誘っても、色々理由付けて逃げるんだもん」

「君のジョギングがジョギングの域を超えているだけだと思うが。1時間で10kmはオレだってキツい」

 

 そんなものだったとは思っていなかったらしく、加藤は「え゛」と言って硬直した。ちなみにこれは、フェイトやシグナムにとってはウォーミングアップ程度でしかないらしい。

 まだまだ、彼女の知らないことが世の中にはあるのだ。

 

「補足しておくと、インドア派なのは確かだが運動神経が悪いということはない。言ってみれば、亜久里タイプだな」

「むふふー。あとでシアちゃん捕まえに、一年生の教室に行くのだー」

「壮絶な追いかけっこになりそう……」

 

 「可愛い」と思ったものを捕獲するときは謎の運動能力を発揮するんだよな、彼女は。フェイトですら捕獲されてしまう。

 教諭が教室に入ってくる。会話もそこそこに、それぞれの席に散って行った。時に退屈であり、時に刺激的であり、平凡で大切な学校生活が、また始まるのだ。

 

 始業式の日は授業はなく連絡事項のみなので、それほど長くはかからない。学級活動が終わると、待っていたとばかりにアリシアが教室の中に飛び込んできた。

 彼女はオレの位置を確認すると、一直線に飛び込んできた。

 

「えへへー、ミコトおねえちゃん、いっしょにかえろー!」

「……違う学年の教室だろうが構わず突っ込むか。実に君らしい」

 

 いきなりのことにほとんどのクラスメイトが目を点にする。驚かなかったのは、彼女のキャラクターを知っている面々だ。

 大人しめのフェイトによく似た少女が、はつらつと飛び込んで来ればそうもなるか。なお、真っ先に反応したのはそのフェイトである。

 

「こら、アリシア! おねえちゃんが動けないでしょ! ちゃんと準備出来るまで待ちなさい!」

「えー? だいじょーぶだよ、アリシアかるいもん。ねー、ミコトおねえちゃん」

「確かに動けないほどではないが、動きづらいことは確かだ。せめて椅子から立つまでは待ってほしかったな」

 

 あとフェイト、今更姉の威厳とやらを出してみても遅いぞ。とっくにクラスメイトは君のキャラクターを理解している。

 アリシアはオレから離れず、足をパタパタさせている。……一応、アリシアへの注意喚起でもあったんだが。

 

「まあ、あれだ。アリシア、後方注意」

「へっ?」

「うへへへへー、シアちゃんゲットー」

 

 隙だらけとなったアリシアを、亜久里が後ろから抱えるようにさらった。「ひゃー!?」と悲鳴を上げるアリシア。

 その小さな体の何処にそんな力があるのか、亜久里はアリシアを抱えたままくるくる回った。

 

「シアちゃんの方から来てくれるなんて、一年の教室に行く手間が省けたよー」

「ひゃー、めがまわるー!? た、たすけてー!」

「ようこそ海鳴二小へ。歓迎しよう、盛大にな!」

「あ、あははひゃひゃはひゃ!? い、いちこちゃん、わきはだめぇっ!」

 

 いちこが悪乗りしてアリシア弄りに加わった。オレはあえて助けず、帰り支度を優先した。

 これまで留守番ばかりだったのだ。今は5人衆と心行くまで触れ合うのがいいだろう。

 

「八幡さん妹ミニ! そういうのもあるのか……」

「うーん、ちっちゃ過ぎねえ? あと妹さんみたいな儚さがないと……」

「そうか? 俺は割と活発な女の子も好きだけど」

「お前らはまだ分かっていない……八幡さんと妹さん、さらにその妹さんをセットで想像してみろ!」

「……、ありだな!」

「ふりかけがほしい!」

「やはり天才か……」

「バカやってねえでとっとと帰れよ。今日は12時には校門閉まるからなー」

 

 男子が何やらバカをやって、呆れた様子の教諭が退室する。オレ達も、いつまでもぐずぐずしていられないか。

 

「亜久里、アリシアを外まで運んでやってくれ。ギルおじさん達を待たせておくわけにもいくまい」

「らーじゃ! お外に出ましょうねー、シーアーちゃーん」

「やーん! ミコトママー!」

「!? お、おい! 聞いたか!? 「ミコトママ」って言ったぞ!」

「八幡さん……やはりあなたは聖母だったのか……」

「知 っ て た」

「……相変わらず、男子はバカねぇ」

 

 あきらがため息をつきながら言った言葉が、状況を総括していたように思う。うちの学校の男子にはバカしかいないのだ。

 

 

 

 

 

 訂正、よその学校にもバカしかいない。

 

「ガイ君ってば、酷いの! 一緒に帰ろうって誘ったのに、剛田君と遊ぶの優先なんだよ!? 信じられないの!」

「ユウ君もそっちに行っちゃったのよねー。わたし、ユウ君と付き合ってるはずなんだけど……」

 

 始業式を終えて翠屋に集まった聖祥組(3人娘に加えて鮎川もいる)が姦しく騒ぐ。騒いでいるのは主になのはであるが。内容は聞いての通り、想い人への愚痴だ。

 どうにもあの男子三人はよくつるむようになったらしく、女子からのお茶のお誘いを断ってガイの家でゲームをしているそうだ。剛田はともかく、ガイと藤林は何をやっているのか。

 ガイは建前上「ハーレムを作る」と言っているのだから、女子のお誘いはちゃんと受けなきゃダメだろう。最近そのことを忘れてただの変態になってるんじゃないだろうか。

 藤林に至っては論外だ。彼女を軽視するなど彼氏失格。既に知っていることだが、奴は悪い意味でマイペース過ぎる。何とか修正してもらわねば、いずれ鮎川が泣くことになるだろう。

 海鳴二小の男子とは別方面のおバカさに、ため息も出ようというものだ。

 

「お待たせいたしました。激辛トムヤンクンパスタです、アリサお嬢様」

「そんなの頼んでないわよ!? っていうかあんたが「アリサお嬢様」とか言うのやめなさい!」

 

 本当は注文通り、ただのペペロンチーノだ。ガイがいないのでオレが彼女を弄ったまでである。

 オレは現在、翠屋の「お手伝い」に来ている。お昼のピークであり、最も人手が必要な時間帯なのだ。一緒にホールに入っているのは、シャマル、恭也さん、美由希、それから須藤だ。

 始業式の日からシフトを入れなくてもいいじゃないかと思われるかもしれないが、逆だ。学校が早く終わる始業式の日こそ、長くシフトを入れられる。この稼ぎ時を逃す手はない。

 

「美由希、そっちはやっておくから外の列整理を頼む。シャマル、3番テーブルだ」

「りょうかーい!」

「ただいまご注文をお伺いしますね」

「……相変わらずミコトちゃんは名チーフだなぁ。同い年なのに、凄いよね」

「あいつの特技なんでしょ、人に指示出すの。他のことなら負けないわよ」

「にゃはは、アリサちゃんも相変わらず負けず嫌いだね」

「でも、ほんとに気の毒だねー。「ユーノ君」」

 

 鮎川がそう言ってキッチンの方に目線をやる。ちょうど、話題の人物が完成した料理を運んでくるところだった。

 

「1番ペスカトーレ、2番カルボナーラとシュークリーム、お待たせしました!」

「恭也さん、お願いします。須藤も」

「ああ。4番、ボロネーゼとボンゴレロッソ、AセットとBセットだ。頼むぞ、ユーノ」

「こっちも、5番ジェノベーゼとシュークリーム。よろしくなー」

「は、はいただいまー!」

 

 新たな注文を受けてキッチンに下がる筋肉少年。紛れもない「ユーノ・スクライア」その人だ。

 ミッドチルダ人であるはずの彼が何故この世界にいて、何故翠屋でキッチンの手伝いをしているのか。その理由とは……。

 

「こっちにホームステイが決まったはいいけど、希望してたところが取れなくて高町家が引き受けることになったんだっけ」

「本人は海鳴二小に行きたかったのに、高町家は学区外だし、そもそもあそこが留学生募集してないから、結局聖祥になっちゃったんだよね」

「うちはホームステイでもうちの子扱いだから、例外なく翠屋のお手伝いをするの」

「でもってあの筋肉でお客さんびっくりさせちゃうから、キッチンを手伝うことになったのよね。ミコト目当てだったはずなのに、色々不憫だわ……」

 

 ……ということである。解説どうも。

 より詳細に説明すると、彼が「夜天の魔導書復元プロジェクト」に参加することへの見返りというのが、こっちに定住することだったのだ。彼がギルおじさんに願い出たことだという。

 アリサが語った通り、オレの近くに居たいという感情からの行動なのだろう。短絡的だとは思うが、彼の望みにオレが口出しをすることでもないだろう。

 彼はどうも、最初は八神家でホームステイする気満々だったようだ。だがそんなことを親バカに定評のあるギルおじさんが許すはずもない。そして、士郎さんと共同防衛ラインを形成した。

 結果、彼は去年の春と同じく高町家に滞在することになり、なのはと同じ聖祥に通いながら、高町家の子として翠屋の手伝いをすることになったのだ。南無い。

 ちなみに、なのは達と同じクラスだ。つまりはガイ達とも同じクラスであり、本来なら彼もゲーム遊びに誘われていたはずだ。ますます南無い。

 

「3番季節野菜のラタトゥイユ・パスタ、4番スパゲッティ・ネーロ、お待たせしました!」

「ありがとう、ユーノ君。助かるわ」

「次、8番ボンゴレビアンコとシュークリーム。よろしく頼むぞ、ユーノ」

「はいっ! ただいまー!」

 

 オレが注文の品を取るついでにオーダーを伝えると、それだけで体力が回復したかのように動き出すユーノ。現金なやつだ。

 彼も男の子なのだ。御多分に漏れず、おバカなのだろう。そう思うと、ついつい苦笑が漏れてしまった。

 

「あ、チーフさん今ちょっと笑ってた! やっぱり可愛いなー」

「最近ほんと表情増えたわよね、あいつ。年が明けてから、特によね」

「はやてちゃんの足が完治して、気持ちに余裕が出来たのかもしれないね」

「ごちそうさまでしたっ!」

「なのは、食べ終わったならヘルプに入ってくれ。悪いが今は猫の手も借りたい」

「にゃあああ!? 早まったの!?」

 

 この後滅茶苦茶給仕した。

 

 そうして、午後3時頃になればピークも過ぎる。今日は入学式の日ということもあり、その足で食べにくる客が多かった。いつも以上に忙しかった。

 結果、まだ慣れていないユーノと体力に優れないなのはの二名が、休憩時間に翠屋の客席でテーブルで突っ伏すという状況が出来上がったのだった。

 

「まったく情けないぞ、ユーノ。その筋肉は見た目だけか?」

「これ、筋肉、関係ないと、思うんですけど……」

 

 ユーノが任されている仕事というのが、出来上がった料理の運びだしと皿洗い、オーダーの伝達だ。キッチンと言っても料理に携わるわけではない。

 力仕事であればその逞しい筋肉を活かすことも出来ようが、生憎と翠屋のキッチンはそこまでの力仕事を必要としない。桃子さんが取り仕切っているわけだから、当然と言えば当然だ。

 その代わり、仕事量が半端ではない。特に今日は客が多かった関係で、ホールとキッチンの中継点となったユーノの負担が大きかったわけだ。ちなみに士郎さんなら苦も無くこなす。

 なのはに関しては……単純な体力不足。運動音痴も相変わらずで、安心すればいいのか呆れればいいのか。

 

「本当に、少しは体力を付けたらどうだ。君の方がユーノよりも先輩のはずなのに、明らかに仕事量が少なかったぞ」

「うう、そんなこと言われてもー……」

「そう考えると、ユーノってやっぱり優秀なのね。まだシフトに入って一ヶ月よね?」

「えっと、そうだね。最初の一ヶ月をこっちの生活に慣れるのに使って、その後からだから」

 

 アリサの確認に、彼は起き上がって答えた。回復早いな、おい。

 ユーノがこちらに引っ越したのは、二月の頭だ。それから聖祥に編入し、翠屋を手伝うようになったのは三月から。仕事に慣れるには短い期間だが、それでもあの忙しさには対応できている。

 

「ほんと凄いよね。編入直後の期末テストで、早速学年一位だもん。ちょっとはユウ君にも見習わせたいよ……」

「……あはは。ユウは、ね。サッカーでいい点取ってるから、それでいいんじゃないかな」

 

 笑ってごまかすユーノ。実際のところ、彼に今更小学校の勉強は必要ない。ミッドの方で大学卒業相当の資格を持っているそうだ。こちらの飛び級とは比較にならない優秀さを誇るのだ。

 それを全て捨ててまでこちらの世界にやってきたのは……オレのそばにいるため、なんだよな。ちょっと重い。

 そういう裏事情を知っているためか、負けず嫌いのアリサもこの件に関してユーノに突っかかる気はないようだ。突っかかるだけ虚しいのだ。代わりになのはが突っかかる。

 

「ガイ君も負けてないもん! 二位だったもん!」

「なんであの変態のことなのにあんたが対抗してんのよ。……考えてみると、四馬鹿の中で本物のバカって藤林だけなのよね。剛田のやつも、毎回十位以内には入ってるし」

「四馬鹿って……もしかしなくともそれ、僕も含まれてるよね?」

「あはは……はぁ。わたし、ユウ君の勉強ちゃんと見てあげてるはずなんだけど」

「全教科半分を下回ってたんだっけ……」

 

 変態バカと正義バカとサッカーバカに加えて筋肉バカ。四馬鹿とは言い得て妙な表現だ。学力はともかくとして、精神的にはユーノもそう変わらないのかもしれない。

 そう考えれば、これは彼にとってちょうどいい機会だったのかもしれない。ミッドという実力社会の中で置き去りにしてしまった幼少期を取り戻すという意味で。

 そう考えれば、オレが責任を感じる必要はないのだ。そういうことにしておこう。

 

「聞けば聞くほど、藤林が何故聖祥に通っているのか分からなくなるな。学力的にはうちの平均とそう変わらないんじゃないか?」

「皆が皆公立の生徒より勉強出来るってわけじゃないわよ。あんたの周りと比較したら、見劣りもするんじゃない?」

「はるかちゃん、凄いよね。うちのお姉ちゃんとシアちゃんとで、いつも怪しげな発明してるんだよ。わたしも見せてもらったんだけど、全然分からなかったよ」

「へー、そうなんだ。……って、アリシアちゃんって今日から一年生だったよね? そっちの方が凄いんじゃ……」

「あの子は紛れもない「天才」だよ。オレとしては努力で彼女達についていっているはるかの方が凄いと感じるな」

 

 アリシアの能力を考えれば、彼女は聖祥に通うべきだろう。だが、そうすると八神家で一人だけ聖祥ということになってしまう。それは可哀そうだ。

 学費に関しては、現在は自腹で何とかしている。それが出来るだけの収入源が整ったのだ。全員が聖祥に移っても、なお余裕があるだろう。

 まあ、だからオレとはやてとフェイトが聖祥に編入し、アリシアもそちらに入学するという選択肢もなくはなかったが……オレ達にその意志がなかった。

 何故と言ったら至極簡単、オレ達は海鳴二小を気に入っているのだ。愛着を持っていると言ってもいい。……それに、5人衆と違う学校になるのも嫌だったしな。

 オレ達はこれからも変わらず、公立小学校で騒がしくしていればいい。それで、いいのだ。

 

「多分、中学からは全員聖祥に行くことになるだろう。そのときは、よろしく頼むぞ」

「そ、そうか! 中学からは皆一緒の学校に……」

「残念だけどユーノ、聖祥は中学から男子部と女子部に別れるわよ。あんたが海鳴二小組と同じクラスになることはないわ」

「……なんて時代だ!」

 

 ユーノ以外で笑いが起こる。これで気持ちを隠しているつもりだというのだから、彼も大概ニブちんである。

 ここで、なのはから提案があった。

 

「あ、そうだ! ねえミコトちゃん、今週末のお花見、海鳴二小の皆も一緒に来ない? なのは、久しぶりに会いたいの!」

 

 四月の第一週。今は桜が満開で一番の見頃だ。高町家とバニングス家、月村家は毎年この時期に花見を行っているそうだ。今年は藤原家も一緒で、さらに剛田、藤林、鮎川の三人も来ることになっている。

 なのはが海鳴二小の皆と最後に会ったのは、ユーノ歓迎会兼期末テストお疲れ様パーティのときだ。先述の通り、聖祥は私立であるため小学校ながら期末テストが存在する。

 あれは三月中旬の出来事だから、久しぶりというほど間は空いていないが……彼女にとっては十分久しぶりになるということだろう。翠屋で顔を合わせるオレ達とは違うのだ。

 なのはの意見には、全員が賛成。特に鮎川の賛成が大きかった。

 

「わたし、皆ほど向こうの皆に会えてないから。また色々お話したいなあ」

「そういえばそうだったか。ふむ、オレも特に異論はない。皆の予定が合うようなら、参加を呼び掛けてみよう」

「やったー! 皆が来てくれれば、絶対、もっと楽しいの!」

 

 嬉しそうに大はしゃぎするなのは。そこまでかと苦笑する。……喜んでくれるなら、オレも嬉しく感じるな。

 

「シャマル。勝手に決めてしまったが、大丈夫か?」

「ええ、うちの皆もきっと喜びますよ。今週末だったらグレアムさん達もまだいるわね。誘ってみる?」

「おじさん来てるんだ。……って、アリシアの入学式なんだから当たり前だったわね。あれはうちのパパと同類だわ」

「あはは、リチャードさんはアリサちゃんが可愛くてしょうがないんだよ」

「……あれ? アリサちゃんのお父さんってデビットさんじゃなかったっけ」

「わたしが聞いたときはウィリアムさんだったような……?」

「……全部合ってるわ。デビット・リチャード・ウィリアム・ナイツ・バニングスよ。無駄に長ったらしいんだから」

 

 そういえばそんな名前だったな。はやてはめんどくさがって「ウィリアム」しか覚えなかったが。

 ファーストネームはデビットであり、リチャードは祖父、ウィリアムは曾祖父から譲り受けたミドルネームだそうだ。ナイツは母方の家名だとか。……やはり長い。

 アリサの父親の名前は置いておいて、ギルおじさん達なら誘えば来るだろうな。……ふむ。

 

「せっかくだし、クロノにも声をかけてみるか。どうせ明後日うちに来るんだしな」

「な、なんでクロノの奴が八神家に!?」

「落ち着いて、ユーノ君。いつものお仕事の話よ」

「「クロノ」君、でいいの? わたし、会ったことないよね」

「あたし達も、去年の夏休みに偶然会っただけよ」

「そっか、もうそんなに経つんだね。わたしも、久しぶりにお話してみたいかな」

「にゃはは、賑やかになりそうなの。楽しみだなー」

 

 クロノは休暇が合わなければ無理だが……どうせ有給が大量に残ってるだろうな。何とかなるだろう。

 ――後日この話を聞いたギルおじさんが、半ば強制的にクロノに有給を取らせ、彼もまた花見に参加することになるのだった。まあ、いつものことだな。

 

 

 

 

 

 図らずも、オレが紡いできた繋がりが集まるイベントとなった。……忘れられない花見になりそうだ。


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