ついでに、章構成を弄りました。A's編が長すぎたので、序盤・中盤・終盤に分類しました。
というわけで今回から終盤に入ります。はてさて、どうなることやら……。
四十六話 聖王教会
ミッドチルダ北部・ベルカ自治領内、聖王教会本部の応接室。オレ達は今、ここで依頼人を待っている。
今回のチーム「マスカレード」の面子は、オレ(ソワレ、ミステールの二人は装備として一緒にいる。エールは基礎状態)とヴォルケンリッターの4人のみ。他のメンバーは参加する必要はないし、するべきでもない。
確かに身元を秘匿するための術は完成したが、確実に隠せるわけではない。一部、特になのはがボロを出さないとも限らない。そうである以上、メンバーを制限することで追跡される確率を下げる努力はすべきだ。
だからこうして、必要最低限の人員のみで、遠くミッドチルダまでやってきたのだ。
……実際、遠かった。ミッドチルダに着いてからの道のりが特に長かった。何せオレ達が降り立ったのは、こことは首都を挟んで正反対に位置するアルトセイム地方だったのだ。
オレ達の身元を隠すためには、管理局の影響が届きにくい場所をアクセスポイントにしなければならない。首都のど真ん中に転移した日には、局員に取り囲まれた上に転送元を割り出されてしまうことだろう。
それを避けるために最適と考えられたのが、フェイトの故郷であるミッド南部の辺境・アルトセイム地方であった。
そこから交通機関が届いている場所まで移動し、レールウェイ(線路のない電車、恐らくリニア式)に乗り、乗り継ぎを三回ほどして、ようやくベルカ自治領の入り口に辿り着いた。
それで終わりではない。自治領内はレールウェイが無く(観光地となっており景観を損ねないためらしい)、電動バスのみが移動手段であった。
そうしてバスで1時間ほど揺られて、ようやく聖王教会に辿り着いたのだ。家を出発してから3時間ほどかかった。帰りも同じぐらい時間がかかると考えると、正直気が滅入る。
くたくたになりながら辿り着いたオレ達を出迎えてくれたハラオウン執務官(仲介人として列席することになっている)に案内され、この部屋に通され、依頼人の到着を待って現在に至る。
「……ちょっと待たせ過ぎじゃねーの? こっちは遠くからはるばるやってきたってのに」
移動時間の苦痛で気が立っているヴィータは、まだそれほど待っていないというのに苛立ちを隠せなかった。
今の彼女の姿は、赤毛の少女ではなく茶髪のレディー。シャマルの変身魔法で姿を変えているのだ。騎士甲冑も、はやてがデザインしたゴシックカジュアルではなく鎧然としたものに変化している。
身長の分迫力が増した彼女を、シグナムが窘める。
「だからと言って我らの品位を損なう真似をするなよ。お前が粗相をすれば、主の評価につながってしまう」
「んなこたぁ分かってるよ。移動だけで疲れたんだから、愚痴ぐらい見逃せよ」
シグナムは髪が短くなっており、色も黒に変更。さらには容姿を弄って、より男装が似合いそうな顔つきになっている。これはこれでアリだな。
大人組は身長で誤魔化せないため、容姿にも手を加えている。シャマルとザフィーラも普段とは違う顔になっているのだ。
「リラックスして待ちましょう。シグナムとヴィータは、この後新人さんに稽古をつけるんだから、こんなことで疲れたらつまらないでしょう?」
「"カピタナ"と"メッツェ"だ、"ドレッサ"」
「あ、ごめんなさいザフィー……じゃなくて、"ジャンドゥ"」
普段より勝気な顔になっているのにおっとりしているシャマルと、所謂「イケメン顔」なのに表情に乏しいザフィーラ。どうしてこの顔にしたのかよく分からない。ミスマッチではないだろうか。
二人の会話にあった通り、オレ達は現在コードネームで行動している。「コメディア・デラルテ」という仮面即興劇が元になっており、命名者はもちろんはやてだ。
シグナムは"カピタナ"。ヴィータは"メッツェ"。シャマルは"ドレッサ"で、ザフィーラは"ジャンドゥ"。
そしてオレは"プリムラ"(何故かオレだけ花の名前である。解せぬ)。この5つが、現在使われているコードネームだ。差し当たって必要になるメンバー分のみ考えたようだ。
「"ドレッサ"の言う通り、ここから先は「こちらの住人の監視下」だ。気を抜けるのは今だけなんだから、無駄に気を張って消耗することはない」
「……なんか慣れねえよな、コードネームって。この格好も肩凝るしさー」
「ヴィー……"メッツェ"と"プリムラ"は特にそうでしょうね。まだブラジャーが必要になる歳じゃないもの」
変身魔法によって大人の姿になるということは、胸部を補正する下着が必要になるということだ。それ自体は変身の一部として提供されているが、やはり慣れぬ違和感は拭えない。
ヴィータに至っては、本体が魔法プログラムである故に、長い年月をあの姿のままで過ごしたはずだ。違和感の大きさはオレよりも大きいかもしれない。
一応この場にはザフィーラという男性がいるわけであるが、彼は瞑目して何も語らなかった。オレとしても、いい加減その程度のことを気にすることもなかった。……女としてはどうかと思うが。
「オレは近い将来の予行演習程度に考えている。あと2、3年もすれば、オレも普通に必要になるはずだ」
「えー。ミコトは今のままでいいよ。ちっちゃい方が可愛いし」
「"プリムラ"だ、ヴィータ」
「あなたも。"メッツェ"よ、シグナム」
「……本番ではボロを出すなよ」
ザフィーラ以外、全然コードネームが馴染んでいないヴォルケンリッターであった。
5分ほど待ち、扉の外から複数人の足音がする。依頼人が来たようだ。
オレは指示を出し、全員にマスクを付けさせる。種々の動植物を模した、仮面舞踏用のマスクだ。
姿を変えているのだから神経質な対応かもしれないが、オレやヴィータは顔つきは変えていないのだ。出来る限り素顔は晒さない方がいい。
それに、これをチームの正装とすることで「マスカレード」という団体名に合理性を持たせることが出来る。二重の意味での目くらましということだ。
オレが花を模した目元のみを覆う仮面をつけたところで、応接室の扉が開かれた。
「すまない、待たせたな」
ハラオウン執務官が先行し、さらに三人が入室する。女性二人、男性一人だ。女性一人と男性は騎士甲冑を身に纏っていたため、警備要員であることが分かる。
つまり、残った一人――華美ではないが華やかではある衣装を身にまとった少女こそが、件の依頼者ということになる。
「「マスカレード」の皆様、初めまして。わたくしはカリム・グラシア。本日あなた方に、騎士団の新人研修を依頼した者です」
……率直に言って、予想外だった。こんな若い少女が出て来るとは思ってもみなかったのだ。ギルおじさんぐらいか、もう少し若い程度の男性が依頼人だと思っていた。
カリム・グラシアと名乗った少女は、見たところハラオウン執務官と同じか少し上程度。彼が実年齢よりも幼い見た目をしていることから、実際は少し下だろう。
オレ達の世界で分かりやすく言えば、中学一・二年生ぐらいの少女が、聖王教会の要職に就いているということになるのだ。……だが、この世界の事情を考えればありえない話でもないか。
ミッドチルダは、言ってしまえば超実力主義の社会構造だ。相応のスキルさえ持っていれば、中学生ぐらいの年齢で航行艦の責任者レベルになれることは確認している。
つまりはこの少女も、見た目の柔和さからは想像出来ないほどのスキルを保有しているということだ。
一瞬の動揺を仮面の奥底にしまい、続きを聞く。
「こちらはシスター・シャッハ。わたくしの身辺警護を担当している教会騎士でもあります。そしてこちらは、新人代表の騎士アルベルトです」
「……シャッハ・ヌエラと申します」
「アルベルト・アルトマンです。本日はよろしくお願いします!」
シャッハ・ヌエラは、どうやらオレ達を信用していないようだ。当たり前か、全員マスクで顔を隠しているのだから。グラシア女史の決定にも、内心では納得していないのかもしれない。
対照的にアルトマンは「単純な熱血漢」という印象だ。恐らくはハラオウン執務官が売り文句とした「古代ベルカの騎士」に憧れのような感情を持っているのだろう。
注意すべきはヌエラと、何よりもグラシア女史ということだ。彼女はまだ一切手の内を見せていない。
「ご丁寧に、どうもありがとう。民間団体「マスカレード」代表、"プリムラ"だ。こちらから順に、"カピタナ"、"メッツェ"、"ジャンドゥ"、"ドレッサ"」
「ありがとうございます。それでは早速ですけど、依頼についてお話しましょう。と言っても、執務官から概要は聞いているでしょうけれど」
仮面の上からでも分かる無表情のオレに対し、グラシア女史はにこやかな表情を崩さない。……なるほど、かなり出来るようだ。腹芸だけなら、ハラオウン執務官の上を行くか。
互いに手の内の探り合い。向こうも、オレのした紹介が本名ではないことなど理解しているのだろう。その上であえて何も言って来ない。それをこちらも分かっている。
久々に張り合いのある相手だと、内心で笑う。無論、オレがそれを表情に出すことはない。
「こちらが聞いているのは、今年入隊した新人騎士の戦技研修に"カピタナ"と"メッツェ"を貸し出す、ということだが。二人だけでいいのか?」
「ええ。あまり多くても、新人の子が参ってしまいそうですから。何せ、希少な古代ベルカ式の騎士ですもの」
「そんな方々に稽古をつけてもらえるなんて、私は感激であります! ……あ。すみません、騎士カリム。お話の最中に、つい……」
「いいんですよ、騎士アルベルト。あなたの熱き心、わたくしは誇るべきだと思っていますわ」
委縮するアルトマンにグラシア女史が向けた表情は、慈愛そのもの。そこに裏はないように思う。そういう性格か。だからハラオウン執務官とギルおじさんも、この依頼を持ってきたのだろうな。
そういうことなら、シャマルとザフィーラには補助をやらせるか。戦技研修なら怪我人は出るだろうし、動けなくなった者を運ぶ役割も必要だろう。
向こうにもそのための人員はいるだろうが、二人に遊ばせておくというのももったいない話だ。多少はサービスになってしまうが、許容範囲だ。
「なるほど、分かった。だがこちらも余剰人員を連れてきてしまったから、残りの二人にはサポートを手伝わせたい。"ドレッサ"、"ジャンドゥ"。それで構わないな?」
「はい。主の御心のままに」
「右に同じく」
……内心でため息をつく。分かってはいる。これはあくまでカモフラージュのための「設定」に過ぎないと。
オレの立場は、騎士の主。シグナムから宣誓を受けているわけで、少なくとも「騎士の主」であることに間違いはない。が、それが4人ともになると、少々気が重いというかなんというか。
特にザフィーラは「主ははやてのみ」としているため、この設定のために無理矢理演技をしているということになる。そういう切り替えが出来ることは知っているが、それでも若干心苦しい。
やっぱり表情には出さない。些細なことから気取られ、この関係を不審に思われてはいけないのだ。
「ふふ、さすがは4人もの騎士を従えている主ですね。クロノ執務官が一目置くのも頷けますわ」
「そうらしいな。こちらは「買いかぶるな」といつも言っているのだが、全く話を聞こうとしない」
「僕は相応の買い方しかしない。騎士カリムも、僕と同じ意見だと思うがな」
「ええ。まだ少しお話しただけですが、ただ者ではないことがひしひしと伝わってきます。今後も末永くお付き合いしたいですわね」
「それはあなた方次第だ。……それで、どうする?」
「はい。サポートの件、了解しました。お心遣いに感謝しますわ」
「こちらはこちらの都合で提案したまでだ。感謝は必要ないし、今することでもない」
オレの切り返しに、グラシア女史はクスリと笑う。どうやらお気に召したようだ。
具体的な内容は現場で聞き、判断する。そういうことになり席を立とうとしたところで、これまで静観を保っていたヌエラから待ったがかかった。
「やはり私は、この者達が信用なりません。素性は明かさず、素顔も見せない。本当に任せて良いのですか?」
大体予想通りの反応だ。同時に理解する。こいつは「脳筋タイプ」の騎士であり、グラシア女史の警護しか頭にない。彼女が何を考えているか、まるで察せていなかった。
シグナムとヴィータが反応しかけるが、オレは手でそれを制する。彼女達が動くまでもない。
「失礼ですよ、シャッハ。彼女達はクロノ執務官から紹介されてここに来ているのです。ギル・グレアム提督の推薦もあります。あなたはこのお二人のことも信用できないと言うつもりですか?」
「それは……っ、しかし、だからといって正体も分からぬ相手に新人を託すことなど出来ません!」
「これは聖王教会が発注し、執務官が仲介し、「マスカレード」が受注した正式な依頼です。あなた個人の感情で三者の信頼関係に傷を入れることになるんですよ。それを分かっていますか?」
ぐぅの音も出ないほどやり込められるヌエラ。まあ、そうなるだろうな。少なくともグラシア女史に関しては、オレ達のことを観察したいようだから。
彼女とても、全てを納得してこの案件を成立させようとしているわけではない。オレ達に対する不信感はそれこそヌエラ以上にあるだろう。ただ表に出していないだけだ。
だから、実際に依頼を出して動向を観察し、見極めようとしている。身内だろうがそれを邪魔させる気はないということだ。
……このままヌエラの意見を封殺し、滞りなく依頼を遂行するのでも別に構わないのだが。
「あまりキツく言ってやるな、騎士カリム。我々が怪しいというシスター・シャッハの意見は、間違いではないだろう」
「あら、そんなことありません。仮面舞踏だなんて、お洒落じゃありませんか」
「世辞はよせ。ハラオウン執務官から、我々が何故こんな仮面をつけているのか、聞いているんだろう?」
グラシア女史は笑顔を崩さない。無言の肯定。慈愛に満ちた性格かもしれないが、だからと言って「お花畑」というわけではない。
脳筋には分からないだろうが、今オレとグラシア女史は駆け引きをしているのだ。互いにどれだけの譲歩を引き出せるか、どれだけの情報を引き出せるか。それがオレ達の戦い方だ。
「そちらが望まないと言うならば、こちらも無理に引き受ける気はない。仲介してくれたハラオウン執務官の顔に泥を塗ることにはなるがな」
「望まないということはありませんよ。シスター・シャッハも、内心では古代ベルカの騎士の手ほどきを受けたいと思っていることでしょう」
「彼女を知っているわけではないから、真偽は判断できないな。その口ぶりでは、彼女はベルカ式ではないということか」
「近代ベルカ式という、ミッド式でエミュレートしたベルカ式があります。教会騎士団の大半はこちらを使っておりますわ。ご存知ない?」
「生憎と。この通り、うちの騎士は全員古代ベルカ式なものでな」
「あらあら、羨ましいです」
表面には表れない、水面下での情報戦。分かったのは、「希少な古代ベルカの騎士の手ほどきを受けたい」という欲求は真実であるということだ。
教会の中に古代ベルカ使いがいないわけではないようだが、絶対数が少ないことが見て取れる。それはつまり、彼らの魔法が洗練されていないものである可能性を示唆している。
簡単な話であり、競争相手がいなければ技術の向上は難しい。魔法という「個人技」ならばなおさらだ。もし洗練された技の使い手がいるなら、それを見て盗みたいと考えるのが普通だろう。
グラシア女史はオレ達を見定めると同時、何とかして新人に古代ベルカを経験させたいと考えているのだ。とんだ食わせ者だ。
「ふむ。それは確かに、我々が新人に手ほどきをする意義につながるな。あなたの言葉に矛盾はないようだ」
「ご理解いただけまして?」
さて、それならばこちらはどうしよう。それをすることはこちらにとって害にはならないが、このままでは利にもならない。向こうだけが得るというのは、取引の道理にかなわない。
ならばこちらの望むものは何か。今回に限って言えば、ヴォルケンリッターのイメージ向上。突き詰めて言えば、オレ達への過剰干渉を妨げることだ。
ではこうしよう。
「さりとて、反感を持ちながら訓練しても、得られるものは少ない。シスター・シャッハ以外にも、新人騎士の中で彼女のように考える者がいないとは限らないのではないか」
「……その可能性は、否定しきれませんね。そんなことはないと断言出来ればよかったのですが、シスター・シャッハが前例を作ってしまいました」
「うっ……」
意訳、「シスター・シャッハが余計なことをするから、交渉の余地が出来てしまった」。思わぬところからの口撃にヌエラは縮こまった。
なお、もう一人いる新人騎士代表は、既に話に着いてこれず目を回していた。これが新人代表……大丈夫なのか聖王教会、彼は十代後半のように見えるのだが。
まあ、オレが気にしても仕方ないことか。構わずオレはこちらの「要求」を突き付けた。
「そこで提案だ。新人研修の前に、そちらの実力者……この場合はシスター・シャッハが適任か。彼女とこちらの騎士に模擬戦をさせる。実力を見れば、多少の不満は飲みこんでくれるだろう」
「……よろしいのですか? シャッハは、近代ベルカ式とはいえかなりの実力者。その後の訓練に影響を残してしまうのでは……」
「案ずるな、騎士カリム。この程度の若造に後れをとるほど、私は惰弱ではない」
「なんだと!?」
シグナムの挑発めいた返答に、ヌエラは怒り牙を剥く。厳然たる事実として、彼女がこの程度の相手にそうそう後れを取ることはないだろう。
断言できる理由は単純明快。彼女の武器――アームドデバイスは「双剣」。シグナムが目標とする好敵手である恭也さんと同じ武器だ。
そうである以上、ヌエラが最低でも美由希クラスの剣腕を持っていない限り、勝負にならない。そしてこれまでの対応から、彼女が未熟であることは疑いない。
故にオレはこの勝負を提案したのだ。能力のPR、乱用否定の意思表示、そして干渉させないための武力誇示。
「本人たちはやる気のようだ。受諾するかは責任者であるあなたの判断次第だ、騎士カリム」
「……分かりました。その提案をお受けしましょう。あなたもそれでいいですね、シスター・シャッハ」
「はい! このならず者どもを教会の外へたたき出してやります!」
警護対象の意思を全く組まない修道騎士の気炎に、グラシア女史は頬に手をやりため息をついた。
「全く君は……ひやひやさせてくれるな。もうちょっと友好的にやれないのか?」
「向こうにその意志がない限り無理だ。オレが他人に合わせられないことぐらい、いい加減理解しているだろう」
「そりゃそうだが……はあ。何で依頼の仲介をするだけでこんなにハラハラしなきゃならないんだ」
移動中、ハラオウン執務官が小声でそんな愚痴をこぼした。
聖王教会裏手にある、教会騎士の修練場。教会に所属する騎士達が日夜己の技を磨き、高めるための場所だ。当然一般客が入って来れる場所ではない。
恐らく今日の研修相手の新人であろう十数人の若人たちは、既に集まっていた。彼らは今、広場の中央をぐるりと囲むように円を作っている。
彼らだけではなく、オレやシグナム以外のリッター、ハラオウン執務官、グラシア女史もまた、円の一部となっている。
そして円の中、広場の中央で相対するのは、それぞれの得物を構えたシグナムとヌエラ。レヴァンティンの形状も少し偽装してある。さすがに剣という形状までは変えていないが。
互いに表情は真剣。だがヌエラが張りつめて今にも切れてしまいそうな糸であるのに対し、シグナムの方は獰猛な笑みが浮かんでおり若干の余裕が感じられる。
これは実力の差というよりは、それぞれの立場と性質の差だろう。ヌエラの方は教会のため、騎士のためという名目の下、オレ達を排除することが目的である。「敵前」であることが余裕のなさに顕れている。
逆にシグナムは気にすることが一切ない。細々したことはオレやシャマルが引き受けている。だから純粋に彼女の好きな戦いを楽しむことが出来、バトルジャンキーの性質が表に出ているのだ。
観衆である騎士たちは、新人とは言え荒事を生業とする連中だ。本日の講師役と彼らの先達が突然決闘を始めることに、疑問はあれど困惑はないようだ。
せっかくなので審判は新人代表であるアルトマンに任せることにした。もしかしたらこの中で一番緊張しているのは彼かもしれない。
「ご両人とも、準備はよろしいでしょうか」
「無論。我が剣にて、我が主の偉大さを証明してみせよう。簡単に落ちてくれるなよ、若き騎士」
「……こちらも、問題ありません。賊まがいに後れを取る気はない。始めましょう」
ガチガチに固まったアルトマンが、ゴクリと唾を飲み込む。これから始まろうとしている高位の決闘に、期待と不安が入り交じっているようだ。
二人の間には一欠片ほどの油断もない。それこそ前触れなく開始の合図があっても、全く遅れなく動けるほどに。
わずかな静寂。手を高く上げたアルトマンは、次の瞬間それを勢いよく下ろした。
「始めっ!」
「参る!」
「来い! お前の力を見せてみろ!」
弾丸のような速度で地を蹴るヌエラ。やはりというべきか、彼女の得意距離は近接戦。そして双剣という武器の特性を活かすため、速度重視の戦い方だ。
橙色と紫色、二つの魔力を付与した刃がぶつかり合う。と、予想外にもシグナムの剣が弾かれたように後退した。
「ほうっ! 中々面白い魔法を使う!」
古強者であるシグナムは、その一合でからくりを理解したようだ。まあ、オレにも分かるぐらいあからさまではあるのだが。
あれは高密度の魔力を刃に乗せて、インパクトの瞬間に炸裂させているのだ。双剣という武器はそれぞれの手に一本ずつ持つ関係上、どうしても一撃が軽くなってしまう。それを補うための魔法ということだ。
そしてその程度ならば、今のシグナムにとっては児戯と言ってしまえるだろう。何せ、魔法なしでもっと鬼畜な真似をする好敵手の剣を時々受けているのだから。
「くっ!? 器用な真似を!」
弾かれた勢いをそのままに、もう片方の剣閃に合わせるシグナム。双剣の素早い連撃を、逆に相手の魔法を利用することによって確実に受け止めている。
簡単なことではないだろう。観衆の騎士からどよめきが上がったことからも、それは明白だ。普段から衝撃の乗った斬撃を受け止め続けた彼女だからこその技だろう。
これではヌエラはジリ貧だ。自身の魔法を逆に防御に利用されてしまっている。シグナムの消耗は少なく、ヌエラはインパクト毎に相応の魔力を消費する。
それを理解したか、次の一合は衝撃を発生させない、ただの魔力強化斬撃。その瞬間、今度はシグナムが攻撃に転じる。
「どうした! 私には後れを取らぬのではなかったのか!?」
「ぐぅっ……このぉっ!」
軽い剣撃をレヴァンティンの重みで押し返す、攻防一体の攻撃。ヌエラは防戦一方を強いられることとなった。
攻めてもダメ、引いてもダメ。勝ち筋を見つけることが出来なかったか、ヌエラは再び衝撃剣でレヴァンティンを弾き、高速移動で後ろに引いた。
「はあっ……はあっ……!」
「確かに弱くはない。が、強いと言うには程遠い。手段が一つ潰された程度で退いたのがその証左だ。精進が足りんな、修道騎士殿」
「抜かせ……っ! まだ、私の手は尽きていない!」
「ならば見せてみよ。私はお前の全てを受けきってみせよう!」
思ったよりも早く決着がつきそうだ。ヌエラは奥の手を出す気でいる。刃に宿した魔力の光が増し、彼女の周囲で風の余波が渦を巻いている。
シグナムは、最初と同じ剣を正眼に構えるスタンダードな姿勢。刀身に多少の魔力は込めているが、それだけ。まだまだ実力を出していない。
「……彼女、凄いですね。シスター・シャッハは決して弱くはありません。だというのに、恐らく半分以下の力であれほど優位に立っている。あれが、本物の古代ベルカの騎士……」
オレの隣で観戦しているグラシア女史が、純粋に感嘆し感想を述べた。真実を言えば、あれはあまり古代ベルカは関係ない。どちらかというと、うちの世界産の「タチの悪いファンタジー」の影響だ。
……感心してくれるなら別になんでもいいか。「そうだな」と短く返し、決着の瞬間を見届ける。
ヌエラが動き出す。その速度は先ほどに倍し、彼女の真骨頂が高速移動魔法にあるのだと理解する。
その速度が生み出す衝撃。そして刃に込めた魔力の衝撃。二つの衝撃を合わせて叩き込む必殺技だ。
「烈風一迅!!」
気合とともに彼女は、戦場を一瞬で駆け抜けた。巻き込まれた地面が抉れ、ドリルが通ったような跡を生み出す。シグナムは……それをかわそうとしなかった。
いつの間にそんな技を覚えたか、シグナムは普段の「動」の剣ではなく「静」の剣で迎え撃ったのだ。……もしかしなくとも、剣道場の臨時講師のたまものだろうか。あそこは普通の町の剣道場だと思ったんだが。
一歩。レヴァンティンとヌエラの双剣――ヴィンデルシャフトがかち合う。レヴァンティンの方が滑らかに倒れ、ヴィンデルシャフトの刃の上を滑る。
二歩。シグナムの体が回転し、レヴァンティンが振り上げられた。かちあげられたヴィンデルシャフトは、まるで氷でも握っていたかのように、ヌエラの手から零れ落ちた。
三歩。水平に戻ってきたレヴァンティンが、無防備となったヌエラの胴体を真横に薙ぐ。カウンターを叩き込まれたヌエラは、交通事故にでもあったかのような勢いで弾き飛ばされ、地面の上に投げ出された。
「……秘剣・流れ三段。これが今の私の力だ」
残身とともに技の名前を紡ぐシグナム。全く聞き覚えのない技だった。御神流ではないし、古代ベルカの剣術でもないだろう。やっぱり出所があの剣道場ぐらいしか考えられない。
……まあ、いいか。それが彼女の糧となるなら、それはそれで喜ばしいことなのだろう。多分。
「そ、それまで! 勝者、騎士カピタナ!」
審判のアルトマンから終了が宣告される。静寂から一転、歓声が上がった。今の決闘がそれだけ高レベルなものであった証だろう。
シグナムは……彼らに反応を返すことなく、レヴァンティンを鞘に収めてからヴィンデルシャフトを拾い上げ、ヌエラのもとへと向かった。
「立てるか?」
「ええ、何とか。……完全に、私の負けです」
「ほう。もっと喰いついてくるものと思ったんだが、意外とあっさり認めるんだな」
「これだけはっきり勝敗が決して認めないなど、騎士として恥ずべきことだわ」
「その通り。騎士としての心得はあるようで何よりだ」
ヌエラはこれ以上騒ぎ立てる気はないようだ。もっとも、その表情は悔しさに満ちており、心の底から納得できたわけではないのだろうが。
……彼女への対応はシグナムに任せるのがいいだろう。二人とも脳筋タイプだ。そういう輩は剣を合わせることで心を通じ合わせることが出来ると相場が決まっている。
「……教えてほしい。どうして私は、敗北したのですか」
「そうだな……。私の一意見となってしまうが、お前の方が私よりも「魔法に頼っていた」ことだろう」
「魔法に、頼って……? 魔法を使うことが、弱さだというの?」
「そうではない。魔法は、私達騎士の持つ「力」の一つだ。だが同時に、あくまで「力」の形の一つでしかない。だからあまりに過信すれば、足元をすくわれてしまう。……事実、私がそうだったからな」
「……あなたでも敗北したことがあるのね。私は、少し思い上がっていたのかもしれない」
「自分を省みるのは良いことだ。それが新しい「力」の発見につながる。私が見せた「剣技」のようにな」
「ええ。魔法なしの純粋な剣技で、最大の魔法を破られるなんて考えもしなかった。もっと視野を広げないとダメですね」
二人の表情が穏やかになっている。どうやら何とかなったようだ。女騎士どもは互いに握手をし、友好を結んでいた。
こっちはこっちで話を進めるか。
「これでこちらの騎士の実力の片鱗は感じていただけたと思う。新人たちの教育を、彼女達に任せていただけるだろうか」
「是非も無く。わたくしは元々賛成でしたしね」
「それもそうだ。では具体的な内容を決めていこう。騎士アルベルト、会議に参加してくれ。あなたの意見も聞きたい」
「は、はい! ただいま!」
――話し合いの結果、かなり実践的な研修内容となってしまった。先の決闘を見て、新米騎士達が「自分も是非」と声を上げたからだ。脳筋しかいないのか、ここは。
グラシア女史と協力して具体的な人員配置について指示を出した後はオレ達に出来ることがなかったため、リッターに任せて現場を離れることとなった。
通されたのは、グラシア女史の執務室。窓の外からは先ほどの修練場が見え、新人騎士達がシグナムとヴィータに切りかかり、あっさりと弾き飛ばされている。怪我人が多く出そうな光景だ。
彼女は部屋に備え付けられているサイドテーブルで紅茶を煎れ、茶菓子とともにオレとハラオウン執務官に提供した。
「お茶はいつもシャッハにやってもらっているので、少し自信がありませんが」
「謙遜することはない。いい香りだ」
率直な感想。紅茶はあまり飲まないので分からないが、爽やかな香りであり胸がすくものだった。
三人そろって、紅茶を口に運ぶ。ほぅ、と一息つく。
「先ほどはシャッハが本当に失礼致しました。後ほど、わたしの方からも言って聞かせておきます」
最初のときとは変わって、グラシア女史の口調は若干砕けていた。今は公ではなく私としての彼女、ということなのだろう。
だがこちらは「マスカレード」を取ることは出来ない。彼女がどういう人物であれ、ハラオウン執務官やギルおじさんとは違う。「こちらの自由を保証する存在」ではないのだ。
「そこまでする必要もないだろう。彼女は彼女なりに、教会のことを考えての言動だった。こちらの感情を考えての判断なら、それこそ必要のないことだ。こちらは初めから何とも思っていない」
「……そうですか。寛大な御処置に感謝致しますわ」
少しだけ残念そうな顔を見せて、グラシア女史は再び公の仮面を被った。やはり、こちらの仮面を取らせるのが目的だったか。
それをするには、彼女との信頼関係が足りなさ過ぎる。オレは彼女を知らないし、彼女もこちらの意図を理解しているとは言えない。一歩を踏み出して、もろとも奈落に落ちる可能性もある。
オレ達は互いにそれを理解し、黙した。――だが、それをよしとしない人物がいた。ハラオウン執務官だ。
「……君は、僕達のときと同じだな。教会という「組織」が信用できないのは仕方ないかもしれないけど、カリム「個人」は信用してやれ」
「クロノ執務官……いいのです。わたくしはまだ、彼女に全てを見せていません。警戒されても仕方ないのです」
「君の方の問題じゃないんだ。これは、彼女が今日ここにいる目的に関することなんだ」
ハラオウン執務官は、仮面から覗くオレの目を真っ直ぐに見る。普段だったら狼狽えてすぐに目線を逸らすが、仮面のおかげで直視出来ているようだ。
オレも、視線を逸らさない。オレの判断が間違っているという彼の説に興味があった。
「聞こう。何故、騎士カリムを信用することが、我々がここにいる目的につながる?」
「君が、君達が、「味方」を得るためだ。僕達がこの依頼を斡旋した最大の目的は、君達に「味方」を与えるためだ」
だろうな。わざわざ管理局ではなく聖王教会という別組織の依頼を持ってきた時点で、想像はついている。「ベルカ」という繋がりをもって、ヴォルケンリッターを保護する準備なのだろう。
だがそれは段階を踏んでやることだ。いきなり「我々は闇の書の主と仲間です」などと言えば、いくらベルカの組織と言えど警戒態勢は待ったなしだ。バグが解消されるまでは、あれが危険物であることに変わりはない。
「味方たり得るかどうかは、こちらで判断すべきことだ。あなた方が判断出来ることではない」
「そういうことじゃない。プロジェクトではなく、君達という「個人」の味方の話をしているんだ」
……それはつまり、彼女がハラオウン執務官やギルおじさんと同じになるということか? 組織の要職としてでなく、個人としてオレ達の自由を保証する存在になると。
彼らとは、それこそ時間をかけて互いを理解し、今の協力関係を築けるだけの信頼を得た。今日知り合ったばかりの管理世界の住人に対して同じことをしろというのは、無茶が過ぎるのではないだろうか。
オレの反駁に、彼は短く一言、告げた。
「カリムが仮面を取った意味を考えろ」
つまり、あの行為に裏はなく、純粋に個人としてオレと話をしたかったということなのか。
……しばし、沈黙。カリム・グラシアという女性の像を、これまでの言動から構築し直す。
若き騎士。同時に策士。オレと取引が可能な器であり、それでいて慈愛に満ちた……ああ、なるほど。
理解した。彼女は利己主義によってオレ達を掌握しようとすることはないし、理想主義に走り拡散するようなこともない。「ちょうどいい塩梅」の権力者なのだ。
「……もう少し考えるべきだったな。ハラオウン執務官への信頼が足りなかったようだ」
「あまり僕を侮るな。まだ君には届かないが、それでもいつか届くように努力はしている」
そういうことだ。彼は、「オレならばこう考える」という仮説を立て、それを踏襲した上で人材を発掘したのだ。彼一人ではなく、ギルおじさんも噛んでいるのかもしれない。
だとすれば、オレが求める人材である可能性は非常に高く、そこまで神経質に見定める必要はない。まったく無警戒というわけにはいかないが。
「分かった。彼女を信用しよう。ある程度は、な」
そう言ってオレは、目元を隠す仮面を取った。それは心に被せた仮面を一つだけ取り去る行為でもある。
まだ全てを信用することは出来ない。それは今後、この関係を続けていった先に辿り着くべきものだ。今回はハラオウン執務官の信用分を流用しているだけなのだから。
オレの素顔(変身魔法で目と髪の色は変化しているが)を見て、グラシア女史は柔らかく微笑んだ。だが次にオレが口を開いた瞬間、それは驚きに変わる。
「ちなみに、オレがヌエラに対して何も思っていないというのは事実だから、安心しろ。……いきなり呆けたな」
「君の容姿でその一人称は、初めて聞くとショックが大きいんだよ」
これまで意図的に使用を避けていた一人称を聞き、グラシア女史がショックから立ち直るのに、少しだけ時間がかかった。
「……ごめんなさい。素のしゃべり方はもっと女性らしいと思っていたので。まさかそれが素で、一人称まで男性みたいだったなんて……」
「中々失礼な反応だな。ハラオウン執務官……、よし。『なら、こういうしゃべり方にしましょうか? 私はそれでもかまわないわよ』『あなたが耐えられるなら、だけどね』」
「ヒィ!?」と小さく悲鳴を上げるグラシア女史。これでオレのしゃべり方について理解を得られたことだろう。ジェスチャーでハラオウン執務官に「もういいぞ」と告げる。
「な、何かのレアスキルでしょうか……」
「ただの生理的嫌悪感だよ。魔法的な要素は一つもない。本人曰く、「死ぬほど似合わないだけ」だそうだ」
「ちなみに男性だと血を吐いたり気を失ったりする。君のそれはマシな方だ」
「こ、これでマシな方……あなたは怒らせない方がよさそうね」
魔法が隆盛を極める世界にて、魔法ではないただのしゃべり方が恐怖を呼ぶ。おかしな話があったものだ。
「今はこの程度の情報開示が限界だ。本当の姿や名前については、今後次第だ」
「想像はついていたけど、やはり変身魔法なのね。あの4人の騎士についても?」
「同様だ。組織というものはどうにも信用が出来ないからな」
聖王教会だけでなく、時空管理局に対しても、オレは一切の信用をしていない。ハラオウン執務官や提督、エイミィ、ギルおじさんとリーゼ達への個人的な信用を、組織にそのまま適用するなどありえないことだ。
同様に、グラシア女史に対して一定の信用は見せたが、聖王教会に対しては一切を開示する気がない。彼女に見せた偽りの仮面の下すらも。
オレの判断は、グラシア女史も賛同した。組織に属する彼女にも、いやそんな彼女だからこそ、組織というものの不確かさを感じるのだろう。
「身内を悪く言いたくはないけれど、聖王教会内部にも派閥争いというものはあります。教義の解釈の違いや、ロストロギアへの向き合い方、あるいは組織運営としての意向。そういったもので」
「理解は出来る。人には己の主観しかない。極端な話、自分の都合が絶対であり、その他は邪魔者でしかない。だから派閥争いなどということが発生するんだろうな」
「……そういう浅ましい業から解き放たれるための聖王教なのにね」
彼女は悲しげな表情をした。だが、それが人間の、というより生物の本質であり、そこから目を背けても意味はない。簡単に解き放たれるというなら、有史以来の戦争は全てなくなるだろう。
教会に所属しただけで、あらゆる世俗の欲望から切り離されるわけではないということだ。
……少し話は逸れたが、組織としては信用していないという意思を改めて明示する。結局は聖王教会も、ベルカの遺産に理解があるだけの「人の化け物」なのだ。
「正直な気持ちを言えば、残念です。あの4人の騎士なら、人々のために何かを成せる大きな力となってくれたことでしょう」
「こちらにその意志はない。見ず知らずの他人に施しをするほど、お人好しではないのでな。自分達のことだけで手いっぱいだ」
「聖王教会に属すれば、あなた方の生活に対する保証も出来ると思いますよ」
「その代わりに精神的な自由が失われるのでは何の意味もない。オレ達は今の生活を気に入っている。それを捨てる気はさらさらないということだ」
そんなことは初めから分かっているだろうに。まあ、彼女の方もあくまで確認程度のものなのだろうが。残念と言う割には表情に変化がなかった。
これでオレ達の立ち位置ははっきりしただろう。オレ達は自分達の意思を持って動く集団であり、管理局にしろ教会にしろ、組織の都合でコントロールされるものではない。
そして、「信頼のおける個人」ならば取引も可能であると。理解し、グラシア女史は微笑んだ。
「わたしも、いつかはあなたの信頼を勝ち取って直接依頼をしてみたいわ。一人の友人として、ね」
「いばらの道を行こうとする君に忠告だが、オレはそう簡単には友人と認めない。あまり深く踏み込もうとしない方が、互いにとって得だと思うぞ」
「そうかもしれません。だけど、わたし個人があなたと仲良くしたいと思うのは、悪い事ではないでしょう?」
結局は彼女も根本的にはお人好しのようだ。そんな人間だからこそ、ハラオウン執務官から選ばれたのだろうが。
「そう思うなら、君の好きにするといい」と返し、オレは温くなった紅茶を口に含んだ。グラシア女史は、やはり微笑んでいた。
それからしばらく、オレ達は他愛もない世間話をした。
彼女には義弟がおり――ヴェロッサ・アコースという。家名は残しているらしく、元は有力な家系なのだろう――彼の生活態度が騎士として相応しくないことが最近の悩みだそうだ。
オレの方も最近引き取った妹が二人いる話をし、彼女達から愛される一方、愛情表現が行き過ぎて少し重いという悩みを打ち明けた。
互いに贅沢な悩みであり、顔を見合わせて笑った。オレは相変わらず口元だけの笑みだったが。
新人研修は滞りなく終了した。やはり怪我人は出たようだが、そこまで大きな怪我をした者はいなかった。ザフィーラの迅速な誘導、シャマルの適切な処置もあり、負傷者も明日からすぐに通常訓練に戻れるそうだ。
やはりと言うべきか、シグナムは新人たちの人望を勝ち取ったようだ。特にヌエラとは(新人ではないが)互いに友人と呼ぶことが出来る仲になっていた。脳筋は単純で楽だな。
シグナムと比べればヴィータは人気が少なかったが、それでも彼女のマルチロール能力は高く評価された。最後に、新人代表だったアルトマンからは「あなたのような騎士を目指します」と誓われていた。
そんな風に思われるとは予想外だったらしく、ヴィータは顔を赤くしてそっぽを向いた。そういうところが、可愛い奴だ。
オレもグラシア女史とハラオウン執務官の二人に別れを告げ、5人で長い帰路についた。
「でさ。アルベルトの奴、鼻血垂らしながら歯ぁ食いしばって突っ込んでくんの。あいつがマジだったってことは分かってんだけど、こっちは笑うの堪えるのに必死だったよ」
バスからレールウェイへ。ヴィータは今日の新人研修の様子を、興奮したように話していた。なんだかんだ、彼女もアルトマンのことを気に入っていたようだ。
既に仮面は取っているが、変身魔法は解くことができない。大人の姿のヴィータが普段通りに振る舞っている姿は、何だかおかしな感じだった。
「人の本気を笑うものではないぞ、ヴィータ。アルトマンは必死でお前に喰らいつこうとしたんだ。新人ながら、賞賛すべきことだと思わんのか」
「だから堪えたんだっつーの。お前もアレ真正面から見たら絶対噴き出すから。下手に元がイケメンだから、おかしいのなんのって」
「ヴィータは随分とアルトマンのことを気に入ったんだな。ああいうのが好みか?」
「バッ……違ぇーよ! きゅ、急に何言い出すんだよ、ミコト!」
オレのツッコミに、顔を真っ赤にして否定するヴィータ。ヴォルケンリッターでも恋愛感情を持てる可能性は、既にシャマルが示してくれているのだ。
それでもヴィータが彼に対してそういう思いを持っているかは不明だ。今のは単なる話のノリというか、からかっただけだ。
「あらあら、今日は帰ったらお赤飯かしら」
「シャマルっ! だから違うっつってんだろ! あたしはただ、あいつの根性は評価したってだけだよ!」
「騒がしいぞ。車内なのだから静かにしろ、ヴィータ。他の客の迷惑になる」
ちなみに今いるのは、ハラオウン執務官が手配した特急の個室である。多少騒がしくしたところで、他の客の迷惑になることはない。なのでザフィーラの指摘は、やっぱりただの話のノリだ。
「何にせよ、実りある依頼になって何よりだ。二人とも得るものはあったんだろう」
「……まあ、そりゃな」
「シャッハの剣。私には通用しませんでしたが、学ぶべき点はありました。あやつとは良き友になれるでしょう」
「それでいい。君達がこちらの世界に信頼できる人物を作ることは、悪いことではない」
「ミコトちゃんも、あの後カリムさんとお話したのよね。どうだった?」
シャマルはオレ達の参謀。つまりはオレ側の存在だ。同じような立ち位置にあるグラシア女史の方が気になっていたようだ。
「慈愛に満ちた策士だったよ。信頼までは出来ないが、彼女個人を信用することは出来る。組織の危うさをちゃんと理解していた」
「そう……やっぱり、聖王教会も危ないのね」
「多分、な。オレ達はオレ達で、この自衛方法を続けるしかないだろう」
「……次に依頼が来た時も、またこのカッコしなきゃなんねーのか。だりぃーな」
これはどうしようもないことだ。オレ達がオレ達として活動するためには、組織に介入されてはいけない。絶つべきものは絶たねばならない。
管理局にしろ教会にしろ、それは変わらない。理解を得る必要はあるが、深入りしてはいけない。これは絶対則と言っていいだろう。
「すまんな、ヴィータ。窮屈な思いをさせてしまう」
「別にいいよ。ミコトと、はやてのためだもん。……いや、あたしのためでもある。あたしだって、変な横やりで今の生活を壊されたくない」
「……私も同じ気持ちです、主。二人の主のお側で、皆の日常を守りたい。これが私の偽らざる思いです」
「翠屋でアルバイトをして、家事を手伝って、皆で一緒にご飯を食べて、新しい朝を迎えて。そんな毎日が、わたしは好きよ」
「……同感だ。お前は何も間違ってはいない。胸を張れ、ミコト」
ザフィーラに言われ、気付く。自分の中にあった「本当にこれでいいのか」という不安だ。
決断をするときにはいつだってついて回る感情。絶対などどこにもない。どれだけ合理的に下した決断であっても、たった一つの予想外によって崩れ去ることがある。
シグナムは、ヌエラと友好を結べた。ヴィータは、アルトマンに憧れを抱かれた。その関係は、オレの決断次第で簡単に引き裂かれてしまう。
彼女達にとって本当に大切なものを、こちらの都合で捨てさせてしまうかもしれない。割り切っているつもりでも、オレはもうこの感情を知ってしまっていた。
ふぅ、とため息をつく。どうやらオレは、思っていたよりも気を張っていたようだ。
「安心出来たよ。少なくとも、家族を守る選択は出来ているようだな」
「私は、主の選択を疑ったことなどありません。……恥ずかしながら、主を主と認めてからは、ですが」
「チッ、ツッコんでやろうと思ったのに」
笑いが起きる。オレが守れるものなど、そう多くはない。オレ達の居場所を守る。その程度のことだ。
なら、全力でそれを遂行するまでだ。やるとなったら容赦しない。それが、八幡ミコトなのだから。
それからはまた、ヴィータが新人研修の感想を語りだした。やっぱり、大体はアルトマンについてのことだった。
――オレはまだ、気付いていなかった。オレ達のこれからは、当たり前に続いて行くと思っていたんだ。
「やれやれ、すっかり暗くなってしまったな。ただいま戻ったぞ」
「っ、ミコト! ミコトぉ!」
リビングから飛び出してきたフェイトが、オレの胸に飛び込んでくる。変身は既に解いているため、覆いかぶさるという表現の方が正しいかもしれない。
一日オレがいなくて寂しかったのか。そう思って頭を撫でようとし……彼女の様子がおかしいことに気付く。
彼女は、震えていた。まるで何かに怯えるように。
異常を感じたオレは、すぐさま頭を切り替えた。彼女の体をオレからはなし、真剣な目で彼女を見る。
「何があった」
簡潔にして明快に。フェイトが冷静に答えを返せるように、冷静に問いかける。
そして――オレが冷静でいられたのは、ここまでだった。
「はやてが……はやてが、たおれた。きゅうに、くるしみだして……っ!」
「………………え?」
――オレはまだ、気付いていなかった。終わりの時は、もうすぐそこまで近づいていたことに。
急転直下。はやてが倒れないように定期的に蒐集を行っていたにも関わらず、倒れてしまいました。闇の書に原因がありそうですが……。
今の闇の書には少々おかしなところがあります。たった数ページの蒐集で管制人格が一時稼働したり、はやてが夢の中で見た紫色の輝きなんかもありました。このあたりが怪しそうです。
今回の件により、ミコト達にはタイムリミットが設けられてしまいました。具体的にはまだ分かりませんが、はやてのリンカーコアが浸食され切る前に、決断をしなければなりません。
はやてとともに封印されるのか。それとも、蒐集バグを抑える妙案を思いつくのか。それが決定するとき、この物語は収束に向かうことでしょう。
作中でもある程度描写しましたが、5人の変身後の姿を記します。
・ミコト
髪は金、瞳は青。身長160cm程度。それ以外は特に弄っておらず、今回は服装もソワレの黒衣をそのまま使用。
仮面は花を模したもので、コードネームである"プリムラ"にちなむ。なお、プリムラ・マラコイデスの花言葉は「運命を開く」。
・シグナム
髪も瞳も黒。身長変化なし。ボーイッシュな雰囲気を強くした風貌となっており、髪が短い。イメージは「とある魔術の禁書目録」の神裂火織をショートカットにした感じ。
レヴァンティンは和風な野太刀に近い形状になっており、この状態では変形機能を使用することが出来ない。
コードネーム"カピタナ"は、コメディア・デラルテのストックキャラクター「イル・カピターノ(戦士)」より。仮面は鷹を模したもの。
・ヴィータ
髪は茶色、瞳は赤。顔は変えていないがミコトと同じように160cm程度まで身長を伸ばしている。イメージは「Rosenkreuzstilette Freudenstachel」のシェラハ・フューラーをヴィータの顔にした感じ。
グラーフアイゼンは通常よりも大き目なハンマーとなっており、やはり変形機能は使えない。
コードネーム"メッツェ"は「メッツェッティーノ(トリックスター)」より。仮面は虎を模したもの。
・シャマル
髪も瞳も茶色。顔は勝気な印象のある女性。イメージは「THE IDOLM@STER DearlyStars」の日高舞。中の人繋がり。
クラールヴィントは色が赤に変わっているのみ。性能に制限はない。
コードネーム"ドレッサ"は「イル・ドットーレ(医者)」より。仮面は薔薇を模したもの。
・ザフィーラ
髪も瞳も黒。所謂イケメン顔で、イメージは「NAMCO x CAPCOM」の有栖零児。
コードネーム"ジャンドゥ"は「ジャンドゥーヤ(農民)」より。仮面は狼を模したもの。
ついでに技解説。
・流れ三段
元ネタはルーンファクトリーに登場する必殺技(ルーンアビリティ)。適性武器は両手剣。
本来は突き、切り上げ、払いの三段攻撃だが、今回は防御と攻撃を流れるように行うカウンター技となっている。
ミコトの推測通り、アルバイトで臨時講師をやっている剣道場の道場主に気に入られて教わった技。但し彼女のアレンジは入っている。
ではまた。