不思議なヤハタさん   作:センセンシャル!!

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これにて、事件は終幕です。



そういえば投稿日がミコトの誕生日ですね。別に何もないけど。

19:16 謝罪→感謝 の間違いでした。修正。……どうしてこんな間違いしたんだ。
2015/12/29 新暦66年→新暦65年でした。修正。……何故1年間違えた。


十六話 終焉 その三(あとがきにサポート紹介あり)

 プレシア・テスタロッサは排除する。逮捕だけでは不十分だ。確実に物理的に、二度とこちらに抗えなくしなければ、オレの大切なものが脅かされる可能性がある。

 だがオレは理解している。オレ一人の力では、プレシア・テスタロッサには敵わない。先の次元跳躍魔法もオレ一人では対処できなかったし、そもそも奴の本拠地――時の庭園に行く手段も存在しない。

 故に、この場にいる時空管理局の協力が不可欠だ。

 プレシア・テスタロッサとの通信を一方的に終了し、やってきた転送ポート。オレは向こうの責任者であるハラオウン提督に交渉していた。

 

「プレシア・テスタロッサの逮捕に協力する。その代わり、確保後の処遇を任せてもらいたい」

 

 俺の提案に対し、ハラオウン提督は首を横に振る。

 

「あなたはプレシアを殺害する気でいる。管理局員としても人としても、それを認可することはできません」

 

 まあ、至極当然で予想出来た答えだ。殺人は忌避するもの。オレも通常の条件下では、その考えに賛同を示す。

 殺人とは同族殺し。社会集団における、同胞の排除。秩序を著しく乱す行為だ。もし被害が大きければ、集団維持に影響を及ぼすこともあり得る。

 だが、あくまで通常条件下での話だ。双方の所属する集団が異なり、かつ一方がもう一方に害意を持っている場合、それを排除するという考え方の方が一般的になってくる。

 当然だ。自身の所属する集団を優先するのは、社会生物としてごく自然な論理なのだから。戦争においてより多くを殺した人間が英雄ともてはやされるのは、この原理によるものだ。

 たとえれば、「病原体を殺すことで命を守る」。社会生物どころか、生物体ならば当たり前に持っている免疫機構の話まで落とし込むことが出来る。

 故に、今回はそこを突く。

 

「プレシア・テスタロッサは「オレの全てを奪う」と言った。オレは一個の生命体として、これに抗う必要がある。彼女の命を奪うことが目的ではなく、オレの持つものを保護することが重要だ」

 

 そう。極論を言えば、彼女の行動が一生涯束縛され、自由に身動きが取れなくなる絶対の保証があるなら、わざわざ殺す必要はない。

 時空管理局という治安組織が……自己集団を守るための法律で動く組織が、管理外世界の人間のためにそこまで出来ればの話だ。

 

「あなた方は、そこまで出来るのか? 逮捕後の護送の最中、向こうについた後は裁判中。裁判後の獄中。その全てにおいて、我々の完全な安全を保障できるのか?」

 

 出来るわけがない。そもそも相手は次元跳躍攻撃などという離れ業を可能とするような魔導師だ。無論、条件が揃わなければ出来ることではないだろうが、条件が揃ってしまえば出来るのだ。

 そう考えると、プレシア・テスタロッサが生きている以上、オレ達の安全など存在しない。オレはもう目を付けられてしまった。自業自得かもしれないが、それ自体は逆恨み以外の何物でもないのだ。

 だから、報いを与えなければならない。オレの大事なものたちを奪おうとした、その報いを。

 

「管理外世界の、管理世界と関わる気のない一般人に、そこまでの労力を払うと約束出来るなら退こう。それが出来ないなら、オレはオレ自身とオレの大事なものを自分の手で守らなければならない」

 

 その権利を奪うな。それをしたら、オレはあなた方の敵に回る。そう言外に込め、ハラオウン提督を見る。

 彼女は……悲しそうに顔をしかめた。それでも毅然とした表情は崩さず、オレを見下ろしていた。

 

「……それでも、私はあなたのような子供に手を汚してほしくない。もし、あなたがプレシアを殺害しなければならないと言うのなら――」

「――俺がやる」

 

 後ろから声。この一月で聞き慣れてしまった、オレ達の最大戦力の頼もしい声。

 それが今では、怒りと悲しみに満ちていた。二つの感情で、オレのように平坦になってしまった声。

 

「恭也氏。あなたが手を汚す必要はないはずだ。目を付けられたのはオレで、あなたは……」

 

 皆まで言わせてもらえなかった。乱暴に、壊れ物を扱うように、無理矢理抱きしめられた。女児の体に、抗う術はない。

 

「……バカヤロウッ! 何度も言わせるな! 俺は、俺達全員、お前の手が血で汚れるところなんて見たくないんだ! お前に綺麗なままでいてほしいって、どうして分かってくれないんだっ!」

「恭也……さん」

 

 その声には、少し泣きが混じっていたように思う。皆がどんなに止めても、一人で死地に向かってしまうオレの身を案じるように。

 そのことに……少しだけ、申し訳なさを感じた。オレは、それでも止まれない。

 

「それでも、変わりません。オレは、オレの都合で行動する。あなたがどれだけオレの身を案じてくれても、オレは必要だと判断したら容赦しない。……ごめんなさい」

「分かってる。お前がそういう奴だってことは、分かってて一緒にいたんだ。……だから、せめて俺が代わりに殺る。それが、不器用な俺が、戦うことしか出来ない俺がお前にしてやれる、せめてものことだ」

 

 抱きしめられたまま、頭を撫でられ髪を梳かれる。……ああ、オレがどう思おうが、この人には関係ないんだな。この人にとってオレは、やっぱり妹なんだ。

 いつの間にか、オレにとっても兄のようになっていたこの人に、もう一度謝った。

 

「ごめんなさい、恭也兄さん」

「謝らなくていい。俺が勝手にやっていることだ」

「じゃあ、止められませんね」

 

 ようやく、恭也さんはオレの体を離した。その目には決意の色。オレの代わりに、プレシア・テスタロッサを手にかけるという覚悟。

 オレ達二人を見て……ハラオウン提督は呆れたようにため息をついた。

 

「早合点しないでください。殺人は許可できない、この一点に変わりはありません。執行人がミコトさんから恭也さんに代わっても同じ。このままではあなた達を拘束しなければなりません」

「そう簡単に出来ると思っているのか? プレシア逮捕前に、兵力の減退は避けるべきだと思うが」

「……もう。実の妹よりも妹のような子の方に似てるんだから」

 

 頭が痛いとこめかみをおさえて、もう一度ため息をつくハラオウン提督。さて、どうしたものかという睨み合い。

 と、ここでようやく他の面々が追い付いてきた。再起動に随分と時間がかかったものだ。

 

「待って、ミコトちゃん! なのは達も一緒に行く!」

「ミコトさん一人を危険な目にあわせるなんてできません! 手伝わせてください!」

「まだ恩返しが足りないんだよ。それにあたしも、あの鬼婆の顔面は一発ぶん殴っときたいしね! ほら、フェイトも」

「あ、うんっ! ……その、一緒に居させてください。お……おねえちゃん」

 

 なんとまあ、知ってはいたがお人好しの集団だ。殺人宣言をしたオレに付き合うと言っていることを分かっているのだろうか。大半は分かってて言ってるんだろうな。

 フェイトが寂しそうにしていたので、近寄って抱きしめておいた。「あうあう」と言いながら顔を真っ赤にして、それでも嬉しそうだったのでそのままで。

 

「気持ちはありがたいが、君達は相当消耗しているはずだ。ここからはジュエルシード回収とは関係のないことだし、休んでいてもいいと思うが」

「そんなの関係ないの! ミコトちゃんがやるっていったら、なのはも一緒にやるの!」

「そうですよ! 今更置いてけぼりなんて、水臭いこと言わないでくださいよ、リーダー!」

 

 ああもう、色々な懸念が全て現実化してしまった。オレは完全にこの集団のリーダーに収まってしまっているし、なのははオレのやることなら疑問なしに従ってしまっているし。何処で選択肢を間違えた。

 ともあれ、これでこちら側はさらに人数が増えた。しかも消耗しているとはいえ、魔導師としての才能が豊かな連中だ。いくら管理局でも、これを抑えた上で犯人逮捕の余力を残すのは不可能。

 戦いとは、実際に戦うことで決着がつくのではない。戦う前の準備で決着がつくのだ。

 もう止められない。それを理解したハラオウン提督は、深く、本当に深くため息をついた。

 

「……約束してください。まずは説得。必ずそのステップを踏んでください。それでどうしてもダメだったそのときは……最悪の手段を許可します。責任は、私が取ります」

「そこまでしていただく必要はない。許可をいただけただけで十分だ」

「そうはいきません。可能性を認めた上で送り出すのは私。この艦の最高責任者である以上、自身の責任から目を逸らすわけにはいかない。組織とは、そういうものなのよ」

 

 なるほど、しがらみだらけだな。やはり組織というものはオレの肌に合わん。

 

「そういうことなら、オレにとやかく言う権利はないか。分かった。しかし人の命を奪うという行為の責任まで押し付ける気はない。あなたは「分かった上で許可を出した」という責任だけを負えばいい」

「……本当に、8歳とは思えないぐらいしっかり考えてるわね。あなたみたいな部下がいれば、もう少し私も楽が出来るかしら」

「今現在あなたの胃に負担をかけているのはオレだと思うが?」

「そうね、やっぱり遠慮しておきます」

 

 出撃前の最後のジョーク。彼女も腹は決まったようだ。

 そしてハラオウン提督がブリッジに連絡を入れ、転送ポートが起動する。

 

 

 

「待った待った待った! その転送ちょーっと待ったァ!!」

「局員を同行させずに行くな! くそっ、もう転送が始まってる! 走れ、ガイ!」

「起き抜けの運動は横っ腹に響きますなコンチクショー!」

 

 存在をすっかり忘れていた変態とハラオウン執務官が、転送魔法陣に滑り込んできた。

 自身の息子であり、直属の部下でもある執務官の醜態を見て、ハラオウン提督が頭をおさえてため息をついたのが、転送前に見た最後の光景だった。

 

 

 

 

 

 テスタロッサ家の本拠地、時の庭園。それは中世貴族の邸宅を思わせるような豪邸でありながら、次元航行能力を持った移動式ラボでもある。

 現在の庭園は、元々フェイト達が住んでいたというミッドチルダ・アルトセイム地方を離れ、何処ともしれぬ次元空間を浮かんでいた。座標的にはオレ達の世界の近くだそうだ。

 そのため、明かりは庭園内に設置された照明しかなく、必然的に薄暗くなる。現在の時の庭園は、大魔導師の栄誉を手にしたものの邸宅というよりは、悪しき魔女の住む古びた館というイメージだった。

 オレがハラオウン提督と交渉している間に、数十人の武装局員が送り込まれていたのを見ている。この辺には姿がないようだが、遠くの方で戦闘音と思われる金属音や爆発音が聞こえる。

 それに同行せず、ブリッジに残っていたハラオウン執務官は、藤原凱と何やら取引をしていたそうだ。

 

「こいつの要求は、ロストロギア「ジュエルシード」の使用を許可しろ、だよ。この変態が何を考えているか、君達には分かるか?」

 

 ハラオウン執務官の発言で、一斉にオレに視線が集中した。……ああ、なるほど。

 

「何をさせたいのかは分かるが、目的は分からん。藤原凱、説明を要求する。但し、肝心な部分はちゃんと伏せろよ」

「分かってるって。ミコトちゃんが管理局にあんまし関わりたくないってのは、ちゃんと分かってるからさ」

 

 現状存在するジュエルシードの使い道は、通常ならば「まず成功しない願いの実現化」か「魔力を吸収させて暴走させること」、プレシア・テスタロッサの考えたように「意図的に次元震を起こすこと」ぐらいだ。

 だがオレに関しては、そこに一つ追加される。「召喚体の素体にすることで、強大な力を持った召喚体を生み出すこと」だ。

 ありふれた素材だと、召喚体に使える基本概念には制限がかかる。たとえばエールの素体である鳩の羽根は、それこそ風という元々大きく関わっている概念程度しか受肉させられない。もやしアーミーも同様だ。

 しかしジュエルシードというものは、可能性という概念を弄るロストロギアだ。それが要因となって、それこそ因果などというような概念を受肉させることすら可能であった。

 さらに、ジュエルシード自体が持つ力の大きさ。これのおかげで、基本概念が巨大すぎるものであったとしても、十全な力を発揮することが出来る。……召喚体の経験値が0のため、十分には扱えないが。

 つまり藤原凱は、この局面において、召喚体の作成をオレにさせようとしているのだ。一体、何が目的で。

 

「……以前さ。ミコトちゃんに聞いただろ。「死者蘇生は出来るか」って」

「ああ。そしてオレはこう答えた。「無理だ」と」

「それってさ。ミコトちゃんが作る"アレ"には、無理なのかなって思ってさ」

 

 ハラオウン執務官がいることに配慮し、表現をぼかす藤原凱。ちなみに他の面々は、「こいつそんなこと考えてたのか」と驚いている。

 なるほど。オレに出来ないことでも、召喚体には出来る可能性がある。その最たる例がミステールだ。オレには彼女のように因果を紡いで何かを生み出すことは出来ない。事象に干渉出来るだけだ。

 なら、死者蘇生に纏わる召喚体を生み出せば、あるいはそれが可能か。……何とも言えんな。どんな召喚体を作り出せばそれが可能になるか、想像がつかない。

 

「分からない、としか答えようがない。検証することなど出来るわけがなかったしな。可能性は感じるが、確信を持っていうことは出来ない。それに、確認する猶予もない」

「……そっか。上手い手だと思ったんだけどな」

 

 力なく苦笑する藤原凱。……分からんな。彼の考えていることが、分からない。

 

「逆に質問をする。何故お前は、プレシア・テスタロッサに救いを与えようと思った? 彼女を見たのは、今日が初めてだよな」

「……ああ。プレシアさんを見たのは、さっきが初めてだ。あの人に対する義理なんか何もないよ」

 

 オレの言いたいことを先回りする。こいつは「知っていた」のかもしれないが、それは今は関係ない。彼女に対する関係性は、今彼が語った。

 ふっと、彼は歳不相応な笑い方をした。疲れを帯びた、歳経た者の笑み。

 

「俺さ、前に言ったと思うけど、皆が幸せでいて欲しいんだ。もちろんその優先順位は俺の周りの皆の方が高いけど……プレシアさんにも、当てはまるんだ」

「とんだお人好しだ」

「そうでもないさ。結局は、俺も俺の都合でしかないんだよ」

 

 どういうことだ?

 

「……詳しくは言えないけど、触りだけなら別にいいか。俺は、「皆が幸せになってほしくてこの世界に生まれた」んだ。つまり、それが俺の存在理由だってこと」

 

 ……いいだろう。意味が分からん部分は、今は捨て置く。大事な部分は、この男の「皆が幸せに生きてほしい」という思いが、予想以上に深かったということだ。

 だから、初対面のプレシア・テスタロッサに対しても、同じように思ったということ。

 

「さすがに見ず知らずの誰かさんに対してそう思うのは無理だけど、見ちゃったしね。プレシアさんの過去も、この耳で聞いちゃったし」

「それでは確かに、お前には捨て置けんな」

「そーゆーこと。けど……救う手段がないんじゃ、どうしようもねえよなぁ。ははっ、無力だ……」

 

 皮肉に笑いながら、彼は天を仰いだ。自身に出来ることをし、それは失敗に終わった。彼に出来ることは何もない。

 ……ああ、そんな目でオレを見るな。君にその目で見られると、どうしてか弱いんだよ、なのは。

 

「……プレシア・テスタロッサの目的は、死者蘇生――もっと言えば「アリシアの復活」だったな」

 

 オレは考えをまとめながら、口に出して確認を取る。死者蘇生は無理だ。だが、代替手段があるならば、それでも別にいいはずだ。

 そも、本当に「アリシアそのもの」を生き返らせたいのなら、フェイトを作るなどという横道に逸れるような真似はしなかったはずだ。結局はそれも彼女の「欲」を満たせなかったというだけ。

 では、何をすれば彼女の欲は満たされるのか?

 

「「アリシアそっくりのなにものか」を作る手段は、彼女自身が手を出し、失敗している。……フェイトのことを悪く言ってるんじゃない。そう悲しそうな顔をしないでくれ」

「う、うん……はう!?」

 

 彼女をしっかりと抱きしめ、オレと彼女自身の存在を確かめさせてやる。突然のことに驚いたか、彼女は顔を真っ赤にして黙り込んだ。

 外側ではダメ……ならば、内側ならばどうか?

 

「ならば、「アリシアの遺志」が込められた何がしかのものがあれば、プレシア・テスタロッサに通じるかもしれない。そんなものがあれば、だが」

「家探しでもするか?」

「それでも出てこないとは思うが。そんなものがあるなら、フェイトかアルフがアリシアの存在に気付いているはずだ」

「そうだね。アリシアなんて子がいたなんて……今日、初めて知ったよ」

 

 グルルと唸り声を上げるアルフ。しかし、何故ずっと狼型でいるのだろうか。今までずっと人型だっただろうに。実はこっちの方が楽なのか?

 ――その理由は、ハラオウン提督の部屋で正座したのが辛かったから、当分人型にはなりたくないという至極どうでもいいものだった。

 

「今後はミコト達がそばにいてくれるし、あたしが人型で世話焼く必要もないし、ね」

「オレは、娘だからと言って甘やかすような母親ではないが」

 

 閑話休題。

 

「もしアリシア本人の遺志をプレシア・テスタロッサに伝えることが出来たなら、正気に戻すことも可能かもしれない。今の彼女が狂気に囚われているのは、誰の目から見ても一目瞭然だ」

「最後の心の支えを君が奪ったからな。鮮やかすぎて口を挟む暇もなかった」

「褒めるな、照れる」

「……ぐぬぬぬぬ!」

 

 何故かスクライアがハラオウン執務官を射殺すんじゃないかと言うほど睨んでいた。

 とりあえずのところ、プレシア・テスタロッサに娘の心を伝える。これが現状最有力の手段だろうと決まった。問題は、それをどうやって実現するか、だが。

 

「今考え得るのはこの程度か。この先、プレシア・テスタロッサのところに辿り着くまでの間に妙案が浮かべばいいが……あまり期待はするなよ、藤原凱」

「……へへっ。サンキュー、ミコトちゃん。やっぱキミ、最高のリーダーだわ」

 

 それはお前が勝手に思っていることだ。そう思いたければ、そう思えばいい。

 

 

 

 相談はそこまでにして、オレ達は進軍を開始する。ほどなくして、アースラに乗っていた武装局員が交戦しているところに遭遇する。

 

「状況はッ!」

 

 ハラオウン執務官が一歩前に出て、武装局員たちに確認を取る。一歩引いたところで全体指揮を執っていた男性が駆け寄り、執務官へ敬礼。

 

「ハッ! 我々が庭園内に侵入すると同時、各所から傀儡兵が転送・出現し、現在交戦中。個体戦闘力は高くありませんが、次から次へと湧いてきて進軍できない状態です」

「相変わらずのブルジョワ戦法だな。敵兵の個体耐久力は」

「一般兵の砲撃魔法一撃で沈む程度です。ですが既に200ほどの敵影が確認され、今なお転送されてきており、我々では圧倒的に手が足りません」

 

 ハラオウン執務官によると、アースラに搭乗していた武装局員の数は50程度だそうだ。アースラは巡航艦だそうだし、武装局員以外にもスタッフは必要だ。あまり大勢を乗せているわけにもいかないか。

 見た感じ、執務官以外の武装兵は大体同じレベル(と言っても、戦闘訓練は積んでいるだろうからオレやなのはよりは戦えるだろう)に思う。数に任せてこられたら、50人では対処しきれないだろう。

 そこで、執務官が動く。

 

「まずは道を開く。僕の射線から局員を退避させろ」

「ハッ!」

 

 そこで指揮官の男は言葉を切り、恐らくは念話で全隊に指示を出す。割れるように、人の壁が横に避けた。

 向こう側から現れたのは鎧姿の絡繰兵士の群れ。「さまようよろい」的なあれらが、「傀儡兵」とやらなのだろう。

 ハラオウン執務官は、慣れきったルーチンをこなすかのように、デバイスを向けて魔法を放った。

 

「ブレイズキャノン!」

 

 コウッという音とともに、直線状にいた鎧どもが砕けて散る。先のジュエルシード回収であれだけ魔力を消費してなおこの威力か。

 一撃は、確かに通路の向こうまで通り、オレ達が通行できるだけの道を開けた。

 

「柔いな。僕達は犯人確保のために進行する。君達は一班残り、後方を防衛。何処かに動力源があるはずだ。それを探して叩くのにもう一班。二班構成で動け」

「し、しかし、犯人自身がどれほどの戦力を保有しているか分かりません。ここは、我々も何人か執務官に同行した方が……」

 

 正直に言って、プレシア・テスタロッサを前にして彼らが役に立てることと言ったら、せいぜいが肉盾程度だ。オレ達は、彼女の次元跳躍魔法の威力を身を持って体感しているのだ。

 それならば、「ちゃんと戦いになる」ところに配置した方が効率的というもの。それに、説得から入るならば関係者のみである方が望ましい。

 とは言え、彼らが武装局員という荒事専門の職務を生業としている以上、プライドというものもあるだろう。素直にそう説明して納得するとは限らない。

 そこでオレは、ハラオウン執務官の説明の手間を省くべく、手っ取り早く現実を見せることにした。

 

「恭也さん、お願いします」

「……なるほど、分かった」

「あ!? ちょ、君! 何勝手に前線に出ているんだ! しかも非魔導師じゃないか! 危ないから下がりなさい!」

 

 オレの意図を察した恭也さんが、残っている鎧のうちの数体(武装局員が対応中)に、一見すれば無造作にしか見えない動きで近付く。

 だが気付く者は今ので気付いただろう。武装局員が体を張って静止しようとしたのに、全く触れられていなかったことに。

 そして、傀儡兵が恭也さんを認識すると同時襲い掛かり。

 

「御神流・虎乱」

 

 次の瞬間、バラバラになって崩れ落ちた。斬線が全く見えない。相変わらず意味の分からない戦闘力だ。

 止めようとした武装局員、それを見ていた局員たち、そしてハラオウン執務官に状況説明をしていた指揮官の男性も、言葉を失い唖然とした。

 ハラオウン執務官にアイコンタクト。それで彼はオレの意図を察し、首を縦に振った。

 

「御覧の通りだ。その気になれば魔導師だろうが何だろうが瞬殺出来る現地協力者付き。僕はむしろ逮捕のための付き添いだよ。貴重な兵力を遊ばせるわけにはいかない。安心して職務に励んでくれ」

「アッハイ、ごあんしんです」

 

 ――後にミッドチルダで、「第97管理外世界にはカタナで砲撃魔法すら切り裂くサムライマスターがいる」という噂が流れたそうだ。あながち間違いでもないから恐ろしい。

 

「わたしの家族って……」

「安心しろー、なのはもちゃんと士郎さんの血を受け継いでっから」

「それの何処に安心できる要素があるのー……」

 

 とうとう異世界公認で人外扱いされ始めた剣士の家族は、それなりに凹んでいた。

 

 そんなコントみたいなやり取りがありつつ、道中傀儡兵に邪魔をされつつも(そのたびに恭也さんが一瞬で斬り刻み、ハラオウン執務官の仕事はなかった)、オレ達は非常にスムーズに目的地にたどり着いた。

 時の庭園内、玉座の間。通信映像の通りなら、プレシア・テスタロッサはここにいる。そうフェイトは言っていた。

 奴の警戒のほどは分からないが、少なくともオレのことを殺したいほど憎んでいる。ひょっとしたら、開幕即殺で来るかもしれない。

 だから、スクライアと藤原凱がいつでも防御魔法を展開できる状態にして、オレ達は扉を開いた。

 

「殺しに来てやったぞ、プレシア・テスタロッサ。ハイクはちゃんと残したか?」

「……待ってたわよ。ヤハタ、ミコトォォォ……!」

 

 地獄の底から絞り出したかのような、怨嗟にまみれた声。疲労か老いかで落ちくぼんだ瞳がギラギラと輝き、今すぐオレを殺したいと言っている。

 彼女の手にはストレージデバイス。紫電を放っており、既に魔法が待機状態になっている。今すぐ放たないのは、こちらが防御することを分かっているのか、それとも一息に殺したのでは満足できないからか。

 まあ、いい。ハラオウン提督からは、まず説得をと言われているのだ。会話の猶予を作ってくれるのであれば、それに乗ろう。

 

「結局お前は何がしたかったんだ? 娘を生き返らせると言って横道に逸れてみたり、死者蘇生を求めておとぎ話にすがってみたり。論理的整合性が取れているとはとても思えない」

「賢しらにッ! お前みたいな小娘に、分かるはずもないわ! 理不尽に娘を奪われる苦しみが! 身を裂かれるほどの痛みがッ! 寝ても覚めても逃れることのできない悪夢がッッッ!」

「ああ、分かるわけがない。オレはそうならないために努力しているんでな。一生涯、お前の気持ちを理解できないことを祈るよ。お前のように見苦しくなるのはごめんだ」

「ッッッガアアアア!!!!」

 

 デバイスをこちらに向けて、紫電が走る。同時、スクライアから魔力供給を受けた藤原凱がディバイドシールドを展開し、後方の壁に受け流す。本当に放出系攻撃に対しては強力なシールドだな。

 

「っ、挑発してどうする!」

「話の流れだ。言葉のおしゃれが出来ない獣の相手は疲れる」

 

 ハラオウン執務官の愚痴に、全く悪びれずに返す。しばし続いた紫電は、プレシア・テスタロッサが息切れを起こしたことで止まる。

 

「……ッグ! ゴホッ、ゴホッ!」

 

 ビチャビチャという水音の混じった咳。……喀血、しているのか?

 

「なるほど……そういうことだったか」

 

 納得した。そして、理解した。この女はオレが殺すまでもなく、じきに死ぬ。そう遠くない未来に脅威は消え去るのだ。

 そう思った瞬間、殺意は何処かへ消えた。もうオレに、こいつを殺す意志はない。必要がないのだ。

 

「「おとぎ話にすがらなければならないほど時間がなかった」のか」

「……ええ、そうよ。私はもう長くない。せいぜい持ってあと半月か一月か。それで消える命よ」

「ッ! ……っ」

 

 「巣立ち」で切り捨てたとはいえ、彼女はフェイトにとって母親。そんな事実を今初めて耳にして、悲しみを感じないわけにはいかないのだろう。

 分からない……ことはないか。オレははやてがそうならないために、奔走し続けているのだから。

 だがそれはフェイトに対してであり、目の前の狂った女ではない。相変わらず、オレはこの女が分からない。

 

「私は、何としてでもアリシアを蘇らせたかった。理不尽な事故で命を奪われた、可愛い娘を。だけど私に残された時間はない。だから、最後に残された希望を……」

「その辺はもう聞いた。同じ話を何度も聞く趣味はない。オレが聞いているのはそういうことじゃない」

「……なんですって」

 

 魔法で怒りを発散出来たのか、プレシア・テスタロッサは二分狂乱ぐらいまでは落ち着いたようだ。話が通じるのは素直に助かる。

 だが、オレが次に放った言葉で、プレシア・テスタロッサは顔色を変える。

 

「お前は結局、「自分の娘にもう一度人生を歩ませたかったのか」。それとも「自分のそばにもう一度娘を置きたかったのか」。どっちなんだと聞いている」

「ッ!?」

 

 どちらにしろ、奴のエゴであることには変わらない。だがその質はかなり変わる。前者は、娘を愛するが故の「親のエゴ」。後者は、娘を愛するという自分を愛するが故の「個人のエゴ」。

 考えなかったわけではないだろう。フェイトを生み出し、失敗しているのだから。考えて、目を逸らし、自分は間違っていないと「結論を決めてしまった」。

 フェイトを憎んだのは、「自分が間違っていると認めるわけにはいかないから」。認めたら、結論が変わってしまう。だから「フェイトが間違っている」のであって「自分は間違っていない」。

 だが、それでは困るのだ。奴が本当に求めているものが何なのか、分からないままだ。

 プレシア・テスタロッサは呆然としたまま立ち尽くしている。オレの問題提起で、頭の中では「間違っていない」を繰り返しているのだろう。

 

「一つ指摘させてもらう。プレシア・テスタロッサ。お前は既に、「致命的に間違えている」。先に述べた二つのどちらがお前の本音だろうが、方法として死者蘇生を選んだ時点で間違えている」

「私が、間違っている、ですって……?」

「簡単な話だ。アリシアが死んだ時点で、その連続性は途切れている。よしんば復活させられたとして、その娘は「死んだ娘」ではない、「復活した娘」だ」

 

 つまり、「元の娘」を求めて死者蘇生に手を出した時点で、致命的に間違えているのだ。どんな手法であれ、「連続性を維持することが出来なかった」時点で、元に戻すことは叶わない。

 

「やるならタイムリープか何かの研究にしておくんだったな。どちらも実現可能性は限りなく低いが、元に戻すという意味なら、こちらの方が圧倒的に正しい」

「……あ、……あああ。ああああああああああああああ」

 

 叫びですらない、意味のない音がプレシア・テスタロッサの口から漏れる。デバイスがその手から落ち、カランという乾いた音を立てた。

 自分の目的に対して、「死者蘇生が無意味」と気付かされ、26年間が水泡に帰した。死を間近にして絶望した。そんなところか。

 ――ちなみに連続性を元に戻す方法だが、実はないわけじゃない。ただ、もうそれは不可能だ。「死んだアリシアの連続性の証明」が必要なのだ。「魂魄」と呼び換えてもいいか。そんな概念を持たない彼女が、それに気付いて保存出来ているわけもない。

 まるで一気に年老いて行くかのように、プレシア・テスタロッサの顔に皺が刻み込まれていく。20年以上にも及ぶ徒労が襲い掛かっているのだろう。

 あまりの悲痛さに、なのはとスクライアは目を逸らした。アルフも直視できないらしく、顔を下に向けている。

 フェイトは……かつての母の末路に涙を流す。それでも決して、目を逸らさなかった。

 

「あああ、あああああ。……ああああ、あり、しあ、……ああああ」

 

 ……心が壊れてなお、娘の名を呼ぶプレシア・テスタロッサ。それでもなお、彼女が「娘」を求める思いは本物である証。

 彼女の求めたものが、「奪ってしまった娘に、もう一度人生を与えたい」という欲求であることが証明された。だが、もうそれは叶えられない。「奪ってしまった娘」は、もう消えてしまったのだから。

 藤原凱がこちらを見ている。悲しげに、今にも泣きそうな顔で。男がそんな顔をするんじゃない、みっともない。

 そんなみっともない顔を見せられる方の身にもなってみろ。あんまりにもみっともないもんだから。

 

 

 

「アリシアを「蘇生」させる方法はないが……「復活」させる方法なら、ないわけじゃない」

 

 ガラにもなく、手を差し伸べてしまうじゃないか。

 プレシア・テスタロッサ以外の全員が弾かれたようにオレを見た。彼女のみ……壊れたままだ。

 それでも別にかまわない。聞こえていたとしても、それは彼女の本当の望みをかなえることにはならないのだから。

 

「マジ、かよ、ミコトちゃん……」

「考えろと言ったのはお前だ。だから考えた。そして、抜け道的な手段を見つけた。それの何がおかしい」

「……君の"魔法"は、そんなことまで可能なのか? 死者を蘇生……いや、復活と言っていたな。どちらにしろ、そんな文字通り魔法みたいなことが……」

 

 いつでもどこでも、どんな状況でも出来るわけじゃない。今この状況だからこそ出来る、本当に限定的な手段だ。

 と、そうだった。

 

「ハラオウン執務官。これから起こることは他言無用でお願いしたい。この技術を勘違いしたバカどもに狙われるのはごめんなんでな」

「……そうだな。本当にそんなことが出来るなら、さっき君が言ったことにすら気づいていないような連中は、死者蘇生として狙うかもしれない。真実がどうであれ、な」

 

 そう。オレが行うのは死者蘇生とは全くの別物であるが、何も知らない人間がパッと見たら、死者蘇生に見えてもおかしくはない。

 何せ復活するのは、「アリシア・テスタロッサという人間」ではないが、「アリシア・テスタロッサそのもの」なのだから。

 

「そしてそれを求めた当のプレシア・テスタロッサは、求めた道の無意味さに気付き、壊れてしまった。これからやろうとしているのは、ただの追い打ちなのかもしれないな」

 

 だが、オレは「やろう」と思ってしまった。だから、容赦はしない。プレシア・テスタロッサという哀れな女を、徹底的に絶望に突き落してやろう。

 あるいは、絶望の最後には希望が眠っているのかもしれないのだから。

 

「ではまず、アリシアをポッドの中から出してやってくれ。彼女の肉体が必要だ」

「了解。ガイ、ユーノ、恭也さん。手伝ってく」

「おいムッツリーニ執務官、何ナチュラルにお前がやろうとしてるんだ。また女の子の裸を盗み見ようっていうのか?」

 

 「うっ」と呻く前科あり。アリシアは、当たり前だが保存液の中では一糸まとわぬ姿。ポッドから出すとなれば、当然それを直視することになるだろう。

 今は死体とは言え、女の子にそんな辱めを受けさせることを許せるだろうか? いやない、一人の女子として、許してはならない。あれは本当に屈辱的なことなのだ。

 

「アルフ。犬型が快適なのは分かっているが、人型になって手伝ってくれ」

「狼だって! まあ、ミコトママの頼みならしゃーないね」

 

 そう言ってアルフは魔法陣を展開し、赤毛の長身女性の姿になる。オレ達小学生女子じゃ力仕事には向かないからな。

 とはいえ、彼女一人に任せるのも酷だ。

 

「なのは、フェイト。手伝ってくれ」

「はいなの!」

「うん……わたしも、手伝いたい」

 

 こうして、女性陣総出でアリシアの遺体を回収する作業が始まった。

 

「……珍しく静かだね、ガイ。君ならこんなとき、ふざけたことの一つも言うもんだと思ってたけど」

「そういう空気でもねえしな。さすがに故人の前でおふざけは出来ねえよ」

「そうだな。……彼女達はちゃんと分かっているのかな。自分達が今から死体に触れるということに」

「気付いてるわけないだろ。ほら、なのはとフェイトが顔色を青くしている。こういうのは理屈じゃないからな」

 

 ちなみにオレも、さすがにちょっと怖かった。理屈では分かっているはずなんだが。

 

 フェイトがタオルを持って来て床に敷き、そこにアリシアの遺体を寝かせる。男性陣に見られないように、恭也さんが来ていたジャケットを上から被せた。

 なのはとフェイトだが、涙目になってアルフに慰められている。まあ、怖いものは怖いよな。オレだって多少はそうだ。死体の扱いは慣れが必要なのだろう。慣れたくもないが。

 

「それで、どうするんだ」

 

 ハラオウン執務官が一息ついたオレに問いかける。返答は短く。

 

「こうする」

 

 そう言って、ソワレの黒衣の中から、シリアルIのジュエルシードを取り出す。先ほど海中でオレが封印した一つだ。契約通りならば、オレが受け取れる最後のジュエルシード。

 それを見て、ハラオウン執務官以外は何をしようとしているか気付いたようだ。オレ+ジュエルシードの公式は、いい加減出来上がっているだろうからな。

 

「まさか……そんなことが、可能なんですか!?」

 

 ハラオウン執務官の手前詳しく話すわけにはいかないので、スクライアはほぼ省略のみで発言する。それでもオレに内容は伝わった。

 

「これまでの手応えとしては、十分に可能だ。必要なアリシア・テスタロッサという情報は、プレシア・テスタロッサの保存が良かったおかげでほぼ欠損がない」

 

 言いながら、ジャケットをまくり上げてアリシアの胸元にジュエルシードを置く。

 ……もしかしたら、ジュエルシードにも意思のようなものはあるのかもしれない。ブランもソワレも、封印直後のことを覚えているようだった。オレが封印したジュエルシードだけかもしれないが。

 それでも、こいつはオレが封印した。ならばオレの意志を感じ取ってくれているのかもしれない。「任せろ」と言うかのように、力強く輝いていた。

 

「……そうか。そりゃ確かに、「死者蘇生」じゃねーわな。だけど「生まれてくる」のは「アリシアちゃんそのもの」なわけだから、復活と言えるってわけだ」

「物分りがいいな、藤原凱。お前がオレのやろうとしていることを正確に理解しているとは思っていなかった」

「はっはっは。なのはよりは分かってますぁーね」

「にゃっ!? な、なのはも分かってるもん! ……ほ、ほんとだもん!」

「その反応だと自白してるようなものだよ、なのは。……わたしも、何をやるかまでは分かっても、それでどうしてそうなるかは分からない。……上手く、行くよね」

「やってみせるさ。この程度のことはな」

 

 そう、この程度のことだ。やることがはっきりしていて、準備も揃っている。これで成功させられなくて、はやての足を治してやることが出来るかよ。

 立ち上がり、皆を下がらせる。オレもアリシアと距離を取り――スイッチを切り替える。

 

 「コマンド」を使うのは、これで何度目か分からない。召喚体を作るときは当然として、基礎状態との間の変化にも使用している。ここのところの頻度としては、一日一回以上になっている。

 だからその感覚はもう慣れ切っていしまっているはずなのに……このときは、ちょっと違う感じがした。

 オレの中にある普遍法則の情報――「プリセット」だけではない。他の何かとも繋がっている感覚があった。

 それが何なのか……考えても無駄だ。これは、言語化されていない知。触れることは出来ても、形になることはない何か。だけど、今必要であることだけは分かる何かだ。

 だからオレはそれも一緒に抱きしめて、"命令文"を出力した。

 

 

 

「『現世を満たす命よ、幽世に消えた命よ、オレの声を聞け。灯は既に消え、煙も虚空に溶けた。だがここには、在りし日の灯の形と、煙の残り香がある。再び形を成すためのものは、全てここにある』」

 

 ――集まってくる概念は、普段だったら絶対目に見えない。風や光という形では見えても、概念そのものは絶対に見ることが出来ない。観測できないから。

 だけど、このときだけは確信していた。この、次元世界中から集まってくる心に直接輝きを投射する粒が、命という形無きものの欠片であることを。

 素体は、ジュエルシード・シリアルIとアリシア・テスタロッサ。基本概念は、「命」。そして創造理念は――。

 

「『君の名は、"アリシア・テスタロッサ"。かつてこの世で確かに生き、確かに去った少女。今は亡き少女の幻を確かな形として、君よ、黄泉がえれ』」

 

 ジュエルシードが一際強く発光し、アリシアの中に飲み込まれた。そして、アリシアそのものが光に包まれる。

 光は、徐々にその輪郭をアリシアに重ねて行く。肉質的に。柔らかく。「命」という概念が、「アリシア・テスタロッサ」という形になっていく。

 血の気を失い真っ白となっていた肌が、赤みが差したものに変わっていく。「アリシア・テスタロッサの遺体」が、「アリシア・テスタロッサそのもの」に作り変えられて行く。

 やがて光は完全にアリシアとなり、元の薄暗い玉座の間が戻ってきた。

 

「……あっ!」

 

 その声は誰のものだったのだろうか。アリシアがうっすらと目を開けて、確かに「命」を宿したことを確認したのだ。

 

「……本当に、出来てしまうとは……」

 

 呆然とした声は、ハラオウン執務官のものだと分かった。知らない彼は、半信半疑だったのだろう。だがオレは出来ると確信したからこそやったのだ。かけの要素は一つもない。

 オレはアリシアの近くにかがみ、声をかけた。

 

「状況は、どのぐらい分かる?」

 

 「ん……」と、フェイトにとてもよく似た声を漏らすアリシア。5歳で亡くなったためか、フェイトよりは幾分か高い声。

 

「ぜんぶ」

「……そうか」

 

 やはり封印したジュエルシードが見聞きした内容をちゃんと覚えているか。この少女は、アリシア・テスタロッサであり、ジュエルシード・シリアルIでもあるのだ。

 

「自己紹介は出来るか?」

「ん……アリシア・テスタロッサ。プレシアママのこどもで……"いのちのしょーかんたい"」

 

 少女は眠たげに瞬きをしながら、自分自身を確認するように言葉を紡ぐ。

 ハラオウン執務官から質問の一つも飛んでくるかと思ったが、空気を読んで黙っているようだ。

 オレが彼女に与えた創造理念――存在理由は「アリシア・テスタロッサそのもの」。そして彼女は、アリシア・テスタロッサ本人を素体に使っている。だから、限りなくアリシアそのものであり。

 ……いなくなってしまったアリシア本人は、絶対に帰って来ないのだ。それが、「連続性を失う」ということなのだから。

 

「きえてないよ」

「……え?」

 

 オレの顔を見上げていたアリシアが、突然そんなことを言った。そして、「ニヘーっ」と笑った。

 消えて、ない? 彼女はそう言ったのか? だが、それはどういう……。

 

「ミコトおねえちゃん、なきそうだったよ」

「……そんなことはない。これが、普通の顔だ」

「ふーん」

 

 信じてないな、これは。まあ、君がそう思ったんならそうなんだろう。君の中ではな。

 

「立てるか?」

「……んー。ねむい」

「そうか」

 

 眠いと言ったくせに、アリシアは立ち上がった。どっちなんだよ。

 だがその言葉は本当のことだったし、ふらふらしていて危なっかしい。オレも立ち上がり、手を繋いで支えてやる。

 アリシアが向かった先。それは、呆然とした表情のまま、オレ達のことをずっと見ていたプレシア・テスタロッサ。

 心が壊れてしまった彼女が、この現実と向き合えるだろうか。死者蘇生ではなく、召喚体の作成という形で作り変えられた自分の娘そのものの誰かを。

 

「……あり、し、あ……?」

「うん。ママ、アリシアだよ。ママのこどもの、アリシア・テスタロッサだよ」

「……あり、しあ」

「そうだよ。ママ、むかしみたいにだっこして。わたしがすきだった、ママのだっこ」

「あ……あああ、ああああああっ、あああああああああッッ!!」

 

 魔女は喉が枯れ果てんばかりに叫び、娘の姿をした"命の召喚体"を抱きしめた。

 ――心が壊れても、彼女は娘を、アリシアを求め続けた。そのぐらい、彼女にとってアリシア・テスタロッサという少女は、自己の根幹を成していたのだろう。目の前に現れたアリシアそのものを抱くぐらいに。

 そんな彼女に、オレは残酷な真実を突き付ける。オレに、この女の感傷は関係がない。

 

「感激しているところ悪いが、その子はお前の娘であってお前の娘でない。アリシア・テスタロッサそのものではあるが、アリシア・テスタロッサ本人ではない」

 

 この子は、あくまで召喚体。「コマンド」で生み出した、受肉した概念だ。プレシア・テスタロッサの娘であるアリシアが人間である以上、この子は彼女の娘そのものではない。

 聞こえているか聞こえてないか、絶叫している彼女からは読み取れない。構わず、続ける。

 

「連続性に関しても、クリアはしていない。あくまでアリシアの構成情報を基に、完全な複製を作ったようなものだ。失われたお前の娘が帰ってきたわけではない」

「この子はッ! この子はアリシアよ! アリシア本人よッッ!! 母親である私が、間違えるわけがないっ!!」

 

 涙声で叫ぶように応えるプレシア・テスタロッサ。……まあ、そう信じたいなら信じればいい。あとで自分の求めた結果と違っても、オレはもう知らん。

 

 というか、オレは何でここまでやってるんだ。確かにこの方法は思いついたし、出来る確信もあった。だがやる必要は何処にもなかったはずだ。ジュエルシードを一つ消費して何をしている。何処で選択肢を間違えた?

 わけが分からず、オレとしては珍しく頭をガシガシかいた。髪型が崩れるのも気にせず、思いっきり。

 内心の困惑を鎮めるために、一旦アリシア達から目線を外すように振り返り……藤原凱がオレの目の前で土下座してた。

 

「ありがとうっ、ミコトちゃん……! 本当に゛、あ゛り゛がとう゛……っ!!」

 

 そして、涙声で、これまでにないほど真面目な声で、オレに感謝を述べた。……ああ、そういえばこいつのせいか。こいつが何か色々抜かすから、ついその気になってやってしまったんだ。

 こいつが、「皆が幸せでいてほしい」とか抜かすから。何か癪に障ったので、頭を踏んづけてやった。

 

「おほォ!? な、なして!?」

「やかましい。お前のせいだコノヤロウ。オレに踏まれたがってただろう、ありがたく思いやがれコンチクショウ」

「ありがとうございますっ! ありがとうございますぅっ!!」

 

 踏まれて喜んでるのか、目の前の光景を嬉しく思っているのか、よく分からない感謝だった。

 ふと、他の面々が目に入る。一様に、喜びの涙だったり微笑みだったりを浮かべており、その視線が全てオレに集中している。

 物凄く居心地が悪くて、オレは「ふん」と一言、そっぽを向いた。……別に照れてるわけじゃない。座りが悪いだけの話だ。

 

 

 

 プレシア・テスタロッサの号泣が収まる頃には、アリシアは母の腕の中で眠っていた。本当に幸せそうに。

 そして彼女は――プレシアは、まるで憑き物が落ちたかのような表情をしていた。いや、実際色々落ちてるんだろうが。

 

「……さっきのオレの話は、ちゃんと理解しているか」

 

 一応、確認を取る。彼女が自分の都合のいいように解釈し、後で勝手に絶望しても別に構わないが。何か後ろの方の空気がそれを許しそうにないのだ。

 ぶっちゃけた話をすれば、オレは今この場で一番弱い存在だ。便利な魔法や強靭な剣技を持っているわけじゃない。彼らの協力なしにこの場に立っていることは出来ず、オレはその協力に対価を払わねばならない。

 

「ええ。私は、落ちたとは言え、大魔導師と呼ばれた女よ。……ちゃんと、理解できているわ」

 

 まるで別人のような穏やかな声。というか、こちらが本来のプレシアなのだろう。

 

「この子は、確かに「アリシアそのもの」だ。だが、「死んでしまったアリシア本人」ではない」

「ええ。私は「連続性の保持」をしていなかった。否、出来なかった。だから、あのとき失ってしまったアリシアは、二度と戻ってくることはない」

 

 ちゃんと理解できているのか。それでいて、どうしてこんなに穏やかな顔をすることが出来るのか。

 「でも」と続ける。

 

「私はこの子の母親。だから、感じるものがある。「この子は失ってしまった我が子そのもの」だって」

「? ……母親の直感を軽視する気はないが、どういう意味だ」

「そのままの意味よ。あなたはそこまでの自覚がないのかもしれないけど……そこまで深く、私を救ってくれたということよ。本当、憎らしい子」

 

 悪戯っぽく笑うプレシア。……そういえば、今度は若返ってないか、この女。テンションで肉体に変化が起こりすぎだろう。どうなってるんだ。

 まあ、こいつが勝手に救われているのならそれでいいか。オレに損がある話じゃない。

 確認は終わった。それでは、これからの話をしよう。

 

「あなたはどうする。と言っても、容疑が確定している以上、ここで逃亡したところで、管理局に追われることは確定しているが」

「僕が逃がすわけがない。選択肢と言っても、せいぜいが強制連行か自首かのどちらかだ。ミコトも言っていたが、あなたの悪因悪果だ。悪く思うな」

「そう、ね……それは仕方のないことよね」

 

 少し寂しそうに、腕の我が子を愛おしそうに撫でる。……彼女が逮捕されれば、これが今生の別れとなる。彼女は、あと半月かそこらしか生きられないのだから。

 プレシアは目を瞑り、少しの間沈黙する。何かを考えるように。どうすればいいか、探るように。

 やがて彼女は目を開き、オレを見た。

 

「ヤハタミコトさん。お願いがあります。私の娘を、アリシアを、どうか育ててあげてください」

「あなたに願われるまでもない。アリシアがあなたの娘であると同時に……この子は、オレの娘でもある」

 

 そう、ソワレと同じように。アリシアを産んだのはプレシアだ。だけど、アリシアを生み出したのはオレだ。

 自分が生みだしたものを、今更放置などするものか。オレは、狂乱時代のあなたとは「違う」のだ。

 そう答えてやると、彼女は笑ってみせた。その通りだ、と。

 アリシアをオレに渡してから、プレシアは視線を移す。オレの後ろの方――フェイトへ。

 

「フェイト。……こっちへいらっしゃい」

「っ。……」

 

 冷たくはない。だけど平坦で、あまり感情がこもっているとは思えない声。だからか、一瞬フェイトは躊躇って、それでもすぐに歩き出す。アルフがグルルと唸った。

 フェイトはプレシアの前で立ち止まる。プレシアは立ち上がり――フェイトを抱きしめた。

 

「……え?」

 

 フェイトは何をされたか分からず、困惑の声を漏らす。その表情は、プレシアに抱かれているために見えないが、きっと呆けていることだろう。

 

「今更謝ったりなんかしないわ。そんなもの、私もあなたも求めていない。私はあなたを自分の子供と思えなかった。それは今更変えようのない事実だもの」

 

 そして、今のフェイトはもう求めていない。その役は、オレが請け負ったのだから。

 それでも、プレシアは分かったのだろう。フェイトを生み出したのはプレシアであるという、変えようのない事実を。

 

「フェイト。ミコトの下で、元気に生きなさい。出来損ないのマスターが送る、最後の言葉よ」

「っ……、そんな、こと、ない! 母さんは、出来損ないなんかじゃなかった! 今だって、わたしの大切な母さんだよぉ……!」

「……あなたはこんなにいい子だったのね。それに今まで気付けなかったなんて……少し、未練だわ」

 

 フェイトは母の胸に顔を押し付け、泣いた。オレに出来るのはフェイトの「ママ」になることであって、「母さん」になることは出来ない。そういうことなのだろう。

 ……藤原凱が望む、本当に幸せな結末と言うのなら、プレシアの病気を治して、フェイトとアリシアの三人で暮らせる日々を与えるべきなのだろう。そんなことが、出来るのなら。

 オレには無理なのだ。今回やったのだって、死者蘇生ではなくあくまで召喚体の作成。出来上がったものが限りなくアリシアなだけであって、根本的には別物だ。

 同じように、プレシアが冒されている病気を治すことは出来ない。何が原因かも分からないし、治すための知識もない。「コマンド」は、そこまでファンタジーな"魔法"じゃない。

 ――少しだけ、胸の真ん中に痛みが走った。だけどオレには意味が分からず、気のせいとして流した。

 

「……プレシア・テスタロッサ。無粋とは分かっているが、そろそろ」

 

 ハラオウン執務官は、恐らくアースラから念話でも受けたのだろう、プレシアに向けて歩み寄った。

 彼女は、もう一人の娘の体を離した。フェイトは素直に従い……その場に崩れ落ちた。その場で泣き続けた。

 オレはアリシアを抱えたまま、フェイトに近寄る。プレシアとすれ違い。

 

「私を妄執から解き放ち、狂った私を壊し、そして救い上げてくれて……フェイトがあなたのことを「ママみたいな人」と言った意味が分かったわ」

 

 そんなことを、オレに言った。

 

「ありがとうね、「ミコトママ」」

「こんな四回りほども年上の娘はごめんこうむる。……だが、感謝だけは受け取っておく」

 

 

 

 

 

 こうして、輸送船襲撃に端を発する一連の事件――後に「ジュエルシード事件」と呼称される事件は。

 

「――新暦65年、5月4日、午後1時12分。公共輸送船に対する次元跳躍攻撃、管理局所有船に対する次元跳躍攻撃、公務執行妨害、及び違法研究の容疑で、プレシア・テスタロッサ、あなたを逮捕する」

 

 静かに、幕を閉じたのだった。




全てが救われるほど、世の中甘くはない。消えてしまったアリシアは帰って来ることがなく、プレシアの命も吹けば消えてしまう。都合よく救う力は、この世界にはない。
それでも、残された日々に幸せを感じて生きることは出来る。ミコトが与えたのは、そんな"魔法"でした。
しかし、ミコトは思います。これが本当に最良の選択肢だったのかと。彼女の判断基準では、自分のことは判断出来ても、他人のことは判断できないのです。

これにて事件は終幕しました。残すところはエピローグのみ。それが終われば、ちょうど一月の空白期を経て、A's編が開始します。
ようやくというか、あっという間というか。色々書くことがあったはずなのに、結局全てを書き切ることは出来ず、いつの間にか終わっていた無印編でした。
とにかく、やっと思いっきり百合が書ける(本音)

それでは、あと一回だけ、不思議なミコトの無印話にお付き合いくださいませ。

※ジュエルシード事件という呼称について
原作では「PT事件」となっていますが、この話では「ジュエルシード事件」という名称が正しいです。作者の勘違いではありません。
これにはいくつかの理由があります。
・原作のPT事件は「遺失遺産の違法使用による次元災害未遂事件」ですが、この話のプレシアはジュエルシードを一つも手に入れられず、未遂ですら起こせてません。逮捕理由が全く違うこの事件を、原作と同じ呼称にするのは抵抗がある
・"命の召喚体"アリシア・テスタロッサという特大の爆弾が出来上がってしまったため、なるべく彼女の存在につながる情報を表に出したくはなく、主犯の名前を事件にすることを避けたため
・ジュエルシードとしては"消滅"してしまった4つが存在しており(I、VI、XIV、XX)、ミコトの存在を管理世界に知られないために事故による消滅扱いにしており、「消えたジュエルシードの怪」的な噂が流れているため
以上のような理由により、「プレシア・テスタロッサ」よりも「ジュエルシード」に主眼が置かれ、事件名となっています。



新出の召喚体



・"命の召喚体"アリシア・テスタロッサ
素体:アリシア・テスタロッサ及びジュエルシード・シリアルI
基本概念:命
創造理念:アリシア・テスタロッサそのもの
形態:自律行動型
性格:天真爛漫
性別:女
能力:なし
藤原凱の「プレシア・テスタロッサを救いたい」という要望に応えるためだけに生み出された召喚体。そのため、非常にイレギュラーな作られ方をしている。
「アリシア・テスタロッサそのもの」という理念を与えられ、また肉体もアリシアそのものであるため、限りなくアリシアそのもの。しかし、それでもアリシア本人ではない。
基本概念が命であるものの、それが能力として発現することはない。全てアリシア本人の生命維持のために使われている。

作中で語られている連続性の問題は、やはり解決していない。死したアリシアは完全に消滅してしまっており、そういう意味で言えばこの子は全くの別人である。
それでも「消えていない」という発言や、プレシアの「失ってしまった我が子そのもの」という発言は間違っていない。ミコトは、偶発的とはいえ「失われた連続性」を再現出来たのである。
これは、「コマンド」使用の際に「プリセット」ではない別の何かともつながったためと考えられる。あるいはジュエルシードが正しく願いを叶え、ミコトにわずかばかりの力を貸したのかもしれない。

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