不思議なヤハタさん   作:センセンシャル!!

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引き続きクロノ視点です。

2016/10/08 誤字報告をいただきましたので修正。
「魔法技術は須らく管理すべきだ」

「全ての魔法技術は管理局が須らく管理すべきだ」
意味的にはこちらの方が正しいので修正しました。
須らく:《副》当然。なすべきこととして。


十六話 終焉 その一 時

 翌朝、僕達はアースラ艦長室にて、再び対峙していた。メンバーは昨日と全く同じ。過分も不足もない。

 もしかしたら昨日の件でフェイトとアルフは別行動を取ってしまうかもしれないと思ったが、そんなことはなかったようだ。改めて八幡ミコトという少女の求心力の高さに唸る。

 ……彼女があれだけはっきりと相互不可侵を締結してくれたのに、舌の根も乾かぬうちに再招集をかけてしまったのだ。正直言って情けない気持ちと申し訳ない気持ちが胸を満たしている。

 だが、それでも来てもらわなければならなかったのだ。状況が一変する事態が起きてしまったのだから。

 

「それで、ハラオウン執務官。相互不可侵の我々が、ジュエルシードの探索を一時中断してまで顔を合わせなければならない理由を教えていただきたいのだが?」

 

 彼女の言葉は、昨日と同じ平坦でありながら刺々しい。それは、先に僕が思った通りのことを糾弾しているのもあるだろう。

 ……だが、それ以上に僕がやらかしてしまったのが原因である。

 

「聞いているのか、ハラオウン執務官。それとも、ムッツリーニ執務官と呼ばなければ分からないか?」

 

 ぶふっと少年が噴き出すのが分かった。藤原凱だ。同じ男性であるユーノと恭也さんは、呆れと同情と怒りが混じった目を向けてきている。

 そして女性陣はというと――母さんも今は向こう側だ――一様に白い目だった。そんな視線が向けられている僕の姿勢は、この国で最上級の謝意を示す「土下座」だった。

 僕が女性陣全体から糾弾されている、その原因は。

 

「女性の着替えを覗くような人間が執務官とはな。時空管理局は余程の人材不足と見える」

 

 これである。

 

 昨日夜間に起きた件で、本日早朝、僕は関係者に連絡を入れた。念話ではなく、空間ディスプレイを使った映像通信だ。

 というのも、彼らのチームが魔導師・非魔導師混成のチームだったからだ。まあ、非魔導師は魔導師の兄であるため、そこまでする必要はないかもしれないが、彼の場合は直接話さないと信用は得られなかっただろう。

 幸いにも、彼らは全員家族に対して魔法文化に関わっていることを打ち明けている。件の高町家に至っては、家自体がバックアップ体制を取っているほどだ。

 なので、念話という言葉しか情報のやり取りができない通信手段よりは、映像通信の方がこちらの状況も伝わっていいだろうと思い、全員に対してそうすることにしたのだ。

 そして、遭遇してしまった。八幡ミコトの、あられもない姿に。

 僕が通信ディスプレイを開いたとき、彼女は何が起こっているのか分からない様子で、キョトンとした表情をしていた。初めて見たその表情は、不覚ながら非常に可愛いと思ってしまった。

 パジャマを脱ぎ、これからキャミソールを着ようとしている彼女の体を覆う布は、リボン飾りのついた可愛らしい白のパンツ一枚のみ。

 その未成熟な胸部も、鮮やかな桜色の突起も、染み一つない白くて美しい四肢も、余すところなくディスプレイに映された。

 彼女が固まっていたのは、時間にして2秒か3秒か、その程度だったはずだ。だが何故か、僕には10秒にも20秒にも感じられた。

 我に返った彼女が最初にしたのは、手に持ったキャミソールで体を隠すこと。そして顔がみるみるうちに真っ赤になり、目じりに涙が溜まっていった。

 

「……取り込み中だ。10分後にかけ直せ」

 

 声を荒げることもなく、静かに言ったその言葉は、絶対零度の冷たさを持っていた。

 

 いや、僕が悪いことは分かっている。言い訳はしない。コールもせずに、いきなり通信回線を開いて、彼女の無防備な姿を見てしまったのは僕なんだ。

 だが、まさか彼女がこんな反応をするとは思ってなかったんだ。口調が男性すら圧倒するものなせいか、女の子らしい羞恥心とは無縁だと勝手に思い込んでいた。

 そんなものは思い込みだった。僕の言い訳だ。彼女は女の子らしい面をちゃんと持っていて、その上で律することが出来るだけなのだ。

 だから彼女達が来るなり僕を糾弾するのは何ら不思議なことではなく、僕が誠意を示すのも当然のことなのだ。

 

「俗に言うラッキースケベというやつか? そんなものを自分が体験することになるなど、思ってもみなかったよ。ええおい?」

「本当にすまなかった……!」

「口だけならば何とでも言える。謝意を表すというのであれば、行動を伴わなければならない。ああ、そのポーズのことを言っているんじゃないぞ」

 

 着替えを……裸を見られたという事実は、彼女にとってそう簡単には許せないことらしい。――男に着替えを見られることなど、初めてだったそうだ。本当に悪いことをしてしまった。

 一体何をすれば、誠意を示すことが出来るのだろうか。僕にはもうこれ以上は分からない。

 

「クロノ君、最低なの」

「これは謝って許されることじゃないよね……」

「相手がフェイトだったら、あたしはぶん殴ってたよ」

「はあ……どうしてこんな子になっちゃったのかしら」

 

 女性陣からの酷評が痛い。

 

「運が悪かった、というのは同情できるけど……ミコトさんの着替えを見たとか、死ねばいいのに」

「オブラートに包めてないぞ、ユーノ。まあ、遺書を書く時間はやろう」

 

 男性陣-1は僕の命を狙っていた。

 

「ところでクロノ、ミコトちゃんのパンツ何色だっタコスッ!?」

 

 藤原凱、もとい変態はアルフに殴られて壁の花になった。

 そんな感じで、ここに集まった目的の最初の一歩すら踏み出せていなかった。

 

「……オレは貸し借りというものが非常に苦手だ。借りを作ったらすぐに返し、貸し分はすぐに返してもらわなければ気が済まない。だから……これは貸し二つ分だ」

 

 着替えを見てしまったことにより与えた精神的苦痛と、彼女の主義を曲げてこちらの都合を優先してもらう譲歩分。……後々何を要求されるのか怖いが、飲むしかないだろう。

 

「それで許してもらえるなら。二回分、僕に出来ることだったら何だってする」

「ん? 今何でもするって言ったよね?」

 

 変態が壁から抜け出してきて、今度はなのはの砲撃魔法で埋まった。こら、室内でなんてことしてるんだ!? っていうかいつデバイスを展開した!?

 

「変態に容赦しちゃいけないの。つけあがるから」

「そ、そうか……」

 

 戦いと無縁そうな少女だと思ったが、意外と逞しいのかもしれない。……いや、これは凱専用なのはだろう。普段の姿の方が素のはずだ。

 ともかく、僕はミコトの要求を二回、無条件で飲むことを約束した。それでようやく、彼女は僕に向けていた刺々しい視線を解いてくれた。

 

「あまり気の長い方ではないので、出来るだけ速やかに返してもらうぞ」

「……努力させてもらう」

 

 ――今から思えば、僕はこの時点で、既に八幡ミコトという少女に惹かれていたのかもしれない。どういう意味でだったのかは、今も分からないが。

 

 

 

 気を取り直して。僕達アースラ組と「チーム3510」(通信主任のエイミィ命名、チームミコトと読む)は、正座で向かい合った。ようやく本題に入れる。

 

「先の通信では、「状況が変わったので一度話がしたい」とのことだったな。艦内も慌ただしかった。そちらの捜査に進展でもあったのか」

 

 向こうを代表して、ミコトが尋ねる。彼女曰く、「リーダーはスクライア、自分はただの協力者」らしいのだが、僕達含め誰もそうは認識していない。なので、彼女が代表することに疑問は一切なかった。

 母さん――もとい、リンディ提督は頷いて、単刀直入に昨夜あったことを話した。

 

「昨夜22時5分頃、当次元艦に向けて、次元跳躍魔法が発射されました」

 

 数人が息をのむ。僕達が輸送船襲撃――次元跳躍魔法で攻撃された事件を追っていることは、彼らの記憶にも新しいだろう。必然、二つは同一犯で結び付けられる。

 こちらとしても、その見解で間違いないだろうと思っている。状況的にそれ以外の可能性が小さすぎるのだ。

 艦長は続ける。

 

「幸い、ディストーションシールドの発生が間に合ったため沈没は免れましたが、現在の当艦は航行不能状態に陥っています。ミコトさんが見たのは、多分修理スタッフね」

「……なるほど、続けてくれ」

「魔法自体は、他の世界を中継して放たれていたため、アドレスの逆算は出来ませんでした。……逆算前に、中継点を自爆させられてはね」

 

 本当に用意周到な相手だ。次元跳躍魔法を中継させる設備。決して安いものではないだろう。それを幾つもの世界に用意しておいて、なおかつ使い捨てにしたのだ。

 だが、それでも。放たれた魔力の波長までは、変えることが出来ない。次元跳躍という超高度なプログラムを乗せているならなおさらだ。

 

「昨日はそちらの事情に配慮して話していませんでしたが、これまでの私達の調査では、何人かの容疑者が浮かんでいました」

 

 ピクリと、フェイトが反応した。提督もそれに気付いただろうが、構わず続ける。

 

「事は次元跳躍攻撃ですからね。出来る人間は限られている。そしてそれは、昨日の面談によって、ある一人の人物が最有力となっていました」

 

 フェイトが震えている。彼女の手をアルフがギュッと掴み、必死に宥めようとしていた。

 

「昨夜の攻撃を受けてすぐに、私達は本局に問い合わせて、その人物の魔力波長データを取り寄せました。それは26年前のデータが最新でしたが……99%の精度で同一であることが判明しました」

 

 判明して、しまった。彼女のことを思えば、何かの間違いであればよかったのだろう。だが……やはり現実というものは、「こんなはずじゃない」のだ。

 さすがの艦長も言い辛いのだろう、少しの間があった。それでも、言わないわけにはいかない。

 そして艦長は、その人物の名を口にした。

 

 

 

「容疑者の氏名は、プレシア・テスタロッサ。元「アレクトロ社」所属、管理局のデータでも26年前に消息不明になったとされる大魔導師。……あなたのお母さんよね、フェイトさん」

 

「うそ、だ……そんな、そんなの、母さん、が……」

 

 フェイトは顔面蒼白となり、過呼吸気味になっていた。……やはり彼女は、一切を知らされていなかった。

 崩れ落ちた少女を、使い魔と友人が必死になって支えて呼びかける。ミコトは――それには取り合わず、目を瞑って何かを考えていた。そうだな。彼女なら、そうするだろうな。

 ミコトの考えていた管理局の不干渉。それが、まさかの交渉予定の相手から、干渉を余儀なくされてしまったのだ。彼女にとっては計算外の事態のはずだ。

 

「どうして、母さん……どうして……」

「恐らく、私達が来たことで、フェイトさんのジュエルシード回収を邪魔されると思ったのでしょう。いえ、もしかしたらフェイトさんが管理局とつながったと誤解されたのかもしれない」

「そんなっ!? なんで、そんなことでっ……!」

「……もう分かっているでしょう、フェイトさん。ジュエルシードを狙って輸送船を襲撃したのは……あなたのお母さんです」

 

 とうとうフェイトは言葉を失った。目からは涙が流れ、信じたくない現実に打ちのめされた。

 なのはが彼女を抱きしめ、必死に慰めた。慰めながら、なのはも涙を流していた。……本当にいい子達なのに。どうして彼女達が、こんな思いをしなければならないのだろう。

 一体何が、プレシア・テスタロッサにこんな凶行を強いさせたのだろうか。

 

「容疑者が特定されたことで、我々は不干渉というわけにはいかなくなりました。ミコトさんやなのはさん達は管理外世界の住人ですが、フェイトさんはそうではない。……お母さんの居場所を、教えていただけますか」

 

 優しく、諭すように、それでいて厳しく、母さんは……リンディ提督は、フェイトに質問した。

 フェイトは泣きじゃくりながら首を横に振った。たとえ現実がそうであっても、彼女にとってはただ一人の大切な母親なのだろう。

 だが答えてもらえないことには、公務執行妨害になってしまう。……こんな小さな、打ちのめされた少女に、罪の文字をちらつかせることしか出来ない自分に嫌気がさす。

 僕は……何のために、時空管理局の執務官になったんだろうか。

 

「……横やり、失礼させていただく」

 

 そのとき、少女が動いた。今まで目を瞑り、情報を整理し、なおも状況をコントロールしようとしていた少女――八幡ミコト。

 彼女には、何か見えたんだろうか。僕達には見えない道が。

 緊張の面持ちで彼女を見ると、ミコトは僕の方に首を向けた。そのぱっちりとした目を真正面から見てしまい、少し心臓が跳ねた。

 

「ハラオウン執務官。早速だが、貸しを一つ返していただこうか」

「……なんだと?」

 

 彼女の言葉の意味が分からない。何を言いたいのか。

 そして彼女は、とんでもない言葉を口にした。

 

「ハラオウン執務官の権限をもって、プレシア・テスタロッサの逮捕を保留にしていただく。これでしばらくは現状を維持することが出来る」

『なっ!?』

 

 僕と艦長の声が唱和した。構わず、彼女は続けた。

 

「保留の期限は、我々の協定であるプレシア・テスタロッサとの交渉終了まで。それが終わり次第、輸送船襲撃の実行犯でも、アースラ襲撃でも、好きな容疑で逮捕するといい」

「ミコトっ!? どうしてっ!」

 

 フェイトが涙声でミコトに抗議した。彼女の要求では、フェイトの望んだ未来は得られないだろう。

 だが、そうではないのだ。ミコトはちゃんと分かった上で言っている。

 

「プレシア・テスタロッサが罪を犯した。これはもう拭えない現実だ。管理局に知られた以上、バレなきゃ犯罪じゃないも通らない。逃亡すれば、それだけ罪が増えるだけだ」

「でもっ……そんなのって……」

 

 ちゃんと考えれば、フェイトだって分かっているはずなのだ。感情と現実は別問題。もうプレシアは容疑が確定してしまっている。彼女がいくら母親を思おうとも、それが消え去ることはないのだ。

 僕がこれまでに知り得たミコトという少女の人格を考えると、情にほだされてその事実を歪曲しようとはしないはずだ。事実は事実として、徹底している。

 だが、そこからの彼女の言葉は、僕も予想外だった。

 

「テスタロッサ。君は一つ思い違いをしている。オレは、君の母親の望みを叶えようとして協力しているわけではない。君が納得行く結果を得るために協定を結んだんだ」

「っ。……それ、は……」

「君は気付いてないだろうが、母親から求めているものがある。君がジュエルシード回収の任を引き受けたのは、君と母親の間にそういう「取引」があったからだ。それが分かったから、オレ達は協定を結べた」

 

 何処までも、フラットに現実を見ていた。フェイトの持つ「親への情」でさえ、状況を動かすための道具の一つとして割り切り、利用――いや、使用していた。

 だから、フェイトがどれだけ母親を思おうが、それはミコト自身には何の関係もなく。

 

「オレにとって君の母親とは、「君の欲を満たすためだけの道具」だ。だから、君との協定の見返りである「欲を満たすこと」さえ完了すれば、あとのことなど知ったことではない」

「ッ!!」

 

 切り捨てられたかのように、愕然とするフェイト。さすがに止めようと思い、しかし恭也さんから肩に手を置かれて止められる。

 

「君には何度か言っているはずだな。オレは、オレの目的のためだけに行動している。それがたまたま、誰かとの利害が一致しているだけに過ぎないと」

「……そう、だったね。だからわたし達は、協力出来た」

 

 フェイトは何かを思い出したようだ。呆然とした表情の中でぽつりぽつりとつぶやく。

 

「オレの利害は、依然君と一致している。それは君が協定を続ける前提の下での話だ。続けるなら、先の命令をハラオウン執務官に出してもらう。続けないなら、それも止めはしない。君が決めろ」

「……わたし、は……」

 

 フェイトは俯き、黙り込んだ。言うべきことは全て言ったと、ミコトは顔をこちらに向けた。

 

「いずれにせよ、プレシア・テスタロッサの逮捕は待っていただく。テスタロッサが協定を続けるなら、先に言った通りの期限。協定を続けないなら、その時点までだ。まさか嫌とは言うまいな?」

「……君は、これを見越していたのか? 着替えを見せたのも、実はわざとで……」

「お前がオレをそんな安い女だと思っていたとは心外だ。あれは普通にそちらの不注意だ。ふざけたことを抜かすと貸しを増やすぞ」

 

 声色が本気だった。……今のは失言だ。女性陣からの視線が痛い。素直に謝罪する。

 

「艦長、よろしいですか?」

「あなたが約束したことよ。自分で責任を取りなさい」

「……了解」

 

 回線を繋ぎ、アースラスタッフに向けて指示を出す。プレシア・テスタロッサ逮捕の保留について。

 当然向こうからも困惑の質問が飛んできたが、参考人の協力を得るためということで黙らせる。これは、後で説明を求められるな。気が重い。

 命令が行き届いたことを確認し、回線を切る。これで借りの一つは返せたことになるか。……もう一つは、どんな無茶を頼まれるのやら。そう考えると、暗鬱とした気分になった。

 

 

 

「それで、これからどうするんだ」

 

 頭を振って気分を切り替える。彼らの間に交わされた協定については大体理解したが、こっちはこっちで都合がある。

 とりあえずは逮捕を保留にしたが、いつかは逮捕することになる。そのときのために、プレシア・テスタロッサの居場所をフェイトから聞きださなくてはいけない。

 だが、今の彼女の状況では、それを聞きだすことは出来ないだろう。俯き黙り込んだまま、頭はきっと現実を受け入れようとしている。どうするのが自分の求めたことなのかを、必死に探っている。

 使い魔アルフは、そんな彼女の力になれないことに憤っているが……これは個人の問題であり、使い魔の力が介入できることじゃない。仕方のないことだ。

 フェイトの友人、なのはは、少しでもフェイトの心の支えになれるよう、その手を両手で掴んで祈っていた。純粋に友達のことを思えるその姿は、少し眩しかった。

 ともあれ、出来ることがないのだ。逮捕を目前にしてお預けを喰らっている状態。チーム3510の動向を見守ることぐらいか。

 僕の問いかけに、ミコトは答える。

 

「何にせよ、残りのジュエルシードを回収することは必須だ。とはいえ、なのはとテスタロッサがこれでは、探索も封印も効率が悪い」

 

 ジュエルシードは残り6つ。なのはが9個、フェイトが3個持っている。……残り3つは何処に消えた。まあ、この少女が素直に答えてくれるとは思えないが。

 今重要なのはそっちではなく、まだ6つも回収しなければならないという事実の方だ。そこに来て、恐らくは封印主力の二人がダウン。ミコト一人で封印作業を行わなくてはならない。

 ロストロギアの封印は、高出力の魔力を用いて外部との接触を遮断、プログラムに割り込みを発生させて強制停止するというものだ。つまり、必然的に多量の魔力を消耗する。

 それを一人で6回もやらなければならないのだから、負担は大きいだろう……と判断するのが通常だろう。この少女には、どうにもそれは当てはまりそうにない。

 どう考えても魔力がない。エイミィにも確認してもらったが、リンカーコアがない。なのにあのとき彼女は、空を飛んでいた。デバイスのような剣を待機形態にもしてみせた。

 考えられるのは、管理世界の把握していない種類の魔法。だが、それにしたって魔力は使用するはずだし、全く魔力を感じさせないというのがどうにも腑に落ちない。

 ……まあそれは後々はっきりさせるとして。要するにこの少女の封印のやり方は、明らかに魔導師とは異なるということだ。そうである以上、魔力の消耗はないものと考えていい。どんなチートだ。

 ――実際に、彼女の"魔法"を作った仲間の内の一人からは「チートコード」の名が与えられているらしい。このときの僕が知る由もないが。

 

 閑話休題。彼女の話はまだ終わっていなかった。「そこで」と彼女はまた僕を真っ直ぐ見た。……やっぱり高レベルな容姿だ。どうしてもたじろいでしまう。

 

「貸しの二つ目を返してもらおう。ハラオウン執務官には、二人が立ち直るまでの間、ジュエルシード回収の手伝いをしてもらう」

「……そう来たか」

 

 比較的常識的な範疇で収まったことに安堵すればいいのか。それとも管理局執務官という責任ある立場の人間がいいように扱われていることを情けなく思えばいいのか。

 なんにせよ、ため息が出てしまうことには間違いなかった。

 

「約束してしまったからな。いいだろう。それで、僕は何をすればいいのかな、リーダー」

「……お前までオレをリーダー扱いするか。クライアントはスクライアだと何度言えば理解してもらえるのか」

「そのクライアントからリーダーと認められてしまっているのだから、諦めて受け止めておくべきじゃないか」

 

 僕の言葉が一理あったようで、彼女は「む」と呻いて黙る。ようやく一回勝てた。変わらぬ仏頂面の中にわずかに見えた不満の色で、ちょっと頬が緩んだ。

 

「何をいやらしい顔をしているのかな、ムッツリーニ執務官」

「ムッツリスケベとか救えないよ。死ねばいいのに」

「ユーノ、また本音が漏れてるぞ。あとお前も人のことは言えん」

「オープンはムッツリより強し! ンッンー、名言だなこれは」

 

 ……僕は何故ユーノからここまで死を望まれているのだろう。わけがわからないよ。あと変態はもう一度壁に埋まってろ。

 ともかく表情を引き締め直し、ミコトの指示を受ける。

 

「執務官というからには、あらゆる状況での対応力がオレ達とは比較にならないだろう。そこで、ちょっと過酷な環境に出てもらいたい」

「……海、か」

 

 そうか。彼らは魔導師・非魔導師混成。おまけに飛行能力を持つのはミコト、なのは、フェイト、アルフのみ。他は地を行くか、魔法陣を足場にしてジャンプする程度しか出来ない。

 そうなると、今までの探索は陸地が主であり、彼らのチーム力を考えると、ほぼ探しきったと言って間違いないのだろう。

 

「これだけ探してないとなると、残りは海か地下ぐらいしか考えられん。そしてジュエルシードが漂着時に空から降ったという事実を考えると……」

「必然的に海になる。しかし君達では、海で戦うための戦力が足りない。恭也さんは陸地でしか戦えないから」

「戦えないんスかね?」

「足場がなきゃ無理だ。俺にだって出来ないことぐらいある」

「恭也さんに出来ないこと……なんでだろう、上手く想像出来ない」

 

 ……今物凄く嫌な予感がした。具体的には、数年後ぐらいに空中を足場にする技術を体得した恭也さんが、縦横無尽に剣を振るう姿が見えた気がした。この人なら本当にそのぐらいやりそうで怖い。

 そうなったらもうこの人に勝てる魔導師なんて、ベルカの騎士ぐらいしか可能性がないじゃないか。それでも生半可な騎士だったら瞬殺されるだろうし。何なんだこの理不尽の塊は。

 

「そこで、時空管理局の執務官殿の出番ということだ。無論オレ達も出るが、基本的に戦力にはならないと思ってくれ」

「君もか?」

「とっくに分かっているものと思っていたが」

 

 分かってはいたが、隠し玉の一つや二つぐらい持ってるんじゃないかと思っていた。ないのか、見せる気がないかのどちらかだな、これは。

 

「オレに出来ることは、飛行と、牽制程度の射撃、時間がかかり過ぎる一撃必殺、ジュエルシードの封印。これだけだ」

「まだあるだろう。部隊の指揮。それが一番の強みだと睨んでいるんだが」

「買いかぶり過ぎだ。オレがやってるのは、適材を適所に配置することのみ。あとは個々人の判断任せだ」

 

 それを人は「指揮」と呼ぶんだがな。本人に自覚がないなら、まあ仕方がない。

 

「俺は防御と結界だけ。一応魔法陣を足場にして空中待機は出来るけど、飛行は出来ない。ユーノはそれプラス各種補助魔法、だよな?」

「バインド、治療、探索、変身。他者への魔力付与みたいな特殊なもの以外は、一通りそろえてるよ」

「優秀だな。そっちの変態も、魔導師歴一ヶ月未満の割にはそれなりの仕上がり。末恐ろしい子供達だよ」

「何言ってるんだか。そっちこそ、僕達と同い年ぐらいなのに、執務官なんてやってるくせに」

 

 ……ちょっと待て。今なんて言った。同い年ぐらい、だと?

 

「僕は14歳だ! これでも君達より6つ年上だよ!」

「……はァ!? う、嘘!? この身長で14歳!?」

「身長のことには触れるなぁッ!!」

 

 くそっ! また勘違いされた……! 僕だってなぁ! 好きでこんなチビやってるわけじゃないんだよ! 成長期さんが何処かで油売ってるだけなんだよぉ!

 僕の魂の慟哭に、変態は大爆笑し、恭也さんは気の毒そうな視線を送ってきた。

 そしてミコトは僕の肩に手を置き、微妙に憐れんでいるように感じられる表情だった。

 

「その、なんだ。男で14歳ならまだチャンスはあるはずだ。毎日牛乳を飲め。オレもやっている」

「それはもうやってるんだッ! 入浴後のストレッチだってやってるし、適度に運動もして膝や背骨に刺激も与えてるんだ! それでこのザマなんだよ!」

「……すまない、これ以上かけられる言葉がない。強く生きろ」

 

 とうとうミコトから目を逸らされる始末。畜生……チクショウッ……。

 

「ひーっ、笑った笑った。あのさぁクロノ。それって、単に睡眠時間足りてねえんじゃねえの?」

 

 変態が大爆笑から復帰し、もっともらしい意見を言った。ああ、そんなことは分かってるさ。とっくの昔に分かってるさ……っ!

 

「執務官がそんな楽な役職だと思うか……?」

「あー。ドンマイ☆」

「そのウザったらしいウインクをやめろォ!!」

 

 結局何の解決も見なかった。くそっ、僕は一体何のために執務官に……!

 

「お前ら、そろそろ本題に戻れ。盛大に脱線してるぞ」

 

 まだ気の毒な視線のままの恭也さんに一喝されて、冷静になるよう努める。

 ……ふう。

 

「すまない、取り乱した。そちらの戦力は大体わかった。となると、封印の主力はやはりミコトか」

「そこは状況によって分割したい。暴走体・発動体が出現した場合はハラオウン執務官、未発動のものの封印はオレという形で大丈夫だろうか」

「……確かに前者の難易度は後者よりも高いだろうが、何か理由があるのか?」

「単純な話だ。オレはジュエルシードに接触しないと封印を行えない。前者二つは接近すら困難だ。遠距離から封印してもらうのが妥当だろう」

 

 なるほど。それは確かにその通りだ。……やはり彼女の使う"魔法"が何なのか、気になるところだ。今詮索しても、意味はないか。

 

「了解。それでは艦長。私はこれから、知人との約束を果たすために、独断行動をとります。処罰は後ほどお受けします」

「ええ、遅くならないうちに帰ってくるのよ」

 

 こっちは執務官モードで言ったのに、母親モードで返されて脱力しかけた。

 

 艦長室を出る際、フェイトがミコトの方をすがるように見た気がした。

 

 

 

 

 

 転送ポートから海鳴の海上に飛ばされ、空を行くのは僕とミコト。後ろの方には淫獣と変態の師弟コンビが魔法陣を使って待機している。

 恭也さんは、足場のない空間ではその力を発揮することが出来ない。だから当然居残り組。というか、魔導師でない彼が封印作業に参加していたという事実の方がおかしいのだが。

 アルフは着いて行くと言ったが、ミコトに断られた。曰く、「君がオレ達に協力するのはテスタロッサありきだ」だそうな。要約すれば、主人に着いていてやれということなのだろう。回りくどい言い方をする。

 だが、彼女らしい言い方だとも思った。人同士の関係性をフラットな視点から見て、感情ではなく利害によって行動を決定する。それを徹底しており、非常に筋が通っている。

 彼女が先にフェイトに言ったのは、つまりそういうことなのだろう。「自分はこうやって見ている、だから君も冷静に利害を考えろ」、そう言いたかったのかもしれない。

 

「さて、海に出たはいいが、どうやって探したものか。ハラオウン執務官はエクスプロアのような魔法は使えるか?」

「使えないわけがないが、ジュエルシードの特性を考えると、エクスプロア系はまずいだろう。封印のことを考えると、あまり魔力を消費するのも望ましくない」

 

 昨日の邂逅で僕が封印した二つは、フェイトのワイドエクスプロアで探し当てたものだったそうだ。だが、あれは発動間近の状態になっており、非常に危うい状態だった。

 恐らく、一ヶ月という期間、未封印の状態で野ざらしにされていたため、周囲の魔力要素を吸収して不安定になっているのだろう。だからエクスプロア程度の刺激で、あのような状態になったのだ。

 それと、海中ならばエクスプロアを使うまでもない。陸上と違って、海中に入ってしまえば障害物自体は少ないのだ。

 

「だからこうする。ワイドエリアサーチ」

 

 プログラムを起動し、サーチャーと呼ばれる魔力スフィアを20個ほど形成する。ミコトは初めて見たようで、「ほう」と感嘆の声を漏らした。

 

「やはり、見たことはないのか」

「そうだな。気付いているだろうがオレは魔導師じゃない。お前達とは違う"魔法"を使う能力者だ。詳しいことを話す気はないが」

「今はそのときでもないしな。……やはり、管理局は信用ならないか?」

「そも、組織というものを信用できるわけがない。どれだけの人間がそこにいて、どれだけの考えがそこにある。一人一人はどうか分からないが、全体を見たら「人の化け物」だよ」

 

 奇妙な表現だが、非常にしっくり来た。僕達が彼女の"魔法"を悪用する気がなくとも、他の人間がそうとは限らない。もしかしたら「全ての魔法技術は管理局が須らく管理すべきだ」などと過激なことを言う者もいるかもしれない。

 彼女は、異質だ。異質なものは、集団の中で目立ちやすい。それは同時に、悪意の的にもなりやすいということだ。だから彼女は、必要以上に管理世界に関わろうとしないのだろう。

 ……それはそれで少し寂しいな、と思っている僕がいた。

 

「行け!」

 

 思考を切り、サーチャーを海中に飛ばす。あとはサーチャーがジュエルシードを発見するまで待てばいい。

 

「見事な手際だ。オレ達とは比べ物にならん」

「海中だからだ。都市部の探索ではこうはいかない。一体君達は、どんな方法でこんな短期間に15個も集めたんだ」

「人海戦術と魔力探知、あとはもやしだ」

 

 もやし? 突拍子もない発言に眉をひそめる。――普通は考えないよな。もやしを「兵団」にして、人海戦術ならぬもやし戦術で対処していたなんて。

 

「と、早速一個引っかかったぞ。未発動状態だ」

「早いな。案外今日中に全て見つかってしまうかもしれん」

「それはそれで面倒がなくていいことなんじゃないか?」

「違いない」

 

 少女が珍しく小さく笑った。……なんだろうな、彼女とは物凄く話しやすい気がする。あまり余計な話はせず、必要な会話のみをしているためだろうか?

 場所を教えると、彼女は右手に逆手に持つデバイスのようなものを後ろに引いた。そういえば、彼女の飛翔方法というのが、バリアジャケットのようなもので羽を形成し、風を受けて飛ぶというものだった。

 僕達から見たらかなり非効率な方法だが、他に方法がないのかもしれないな。彼女の"魔法"で何が出来るのか、僕はまだまだ知らない。

 

「それでは行ってくる。エール」

『はいよー。それじゃあ行ってくるね、クロノ君』

 

 剣に呼びかけて、剣が僕に挨拶をする。……主に比べて、随分軽い性格のようだ。

 風が吹き、彼女は鳥のように滑空した。ある程度したところで、周囲に黒い空間を生み出して、海中に潜った。おそらく海中で活動するためのフィールドだろう。

 少しあって、わずかに魔力の波動を感じた。封印の魔力ではなく、ジュエルシードのものだ。ジュエルシード自身が、封印の指示に従ったかのような印象を受ける。

 それからすぐに彼女が飛び出し、僕のところに戻ってくる。左手の中には、青いひし形の宝石――ジュエルシード。シリアルはI(1)。

 

『ただいまー』

「おかえり。こいつの名前はエールでいいのか?」

「その通り。おしゃべり好きで悪戯好きの、オレの相棒だ」

『ミコトちゃん、クロノ君のことはそれなりに信用してるみたいだよ。だからボクの名前を教えたのさ』

 

 そうか。僕は信用してもらえていたのか。それは……普通に嬉しいな。

 

『ただ、やっぱり管理局というか、管理世界自体が煩わしいみたい。詳しく説明できないことを、マスターに代わって謝るよ。ごめんね』

「気にしないでくれ。本音を言えば気にならないわけがないけど、知らなくていいこともある。今は、そういうことなんだろう」

『ふふ、ありがとうね。ねね、ミコトちゃん。この子結構いい子なんじゃない?』

「物分かりはいいだろうな。彼が管理局務めである以上、あまり深く関わる気はないが」

「それは残念だ。君と仕事が出来たら、きっと面白いと思ったんだが」

「そうか、残念だったな」

 

 エールも交じり、軽妙な会話が繰り広げられる。と、後方支援で来ている(事が起こっていないためすることがないが)ユーノから念話というかクレームが入った。

 

≪おい! 作戦行動中に何談笑してるんだ! しっかり集中しろよ、このロリコン!≫

≪僕はやることはちゃんとやっていると思うんだが。ミコトからも特に文句は出てないぞ?≫

 

 中々刺々しい念話だった。しかも他者に聞こえないように、個人間の秘匿通信だ。……ふむ、なるほどなるほど。

 

≪やきもちか≫

≪!?!? な、ななななな、何言ってるんだよ!? ややややきもちっとかっ、そそそそんなことあるわけないだろ!?≫

 

 念話でどもるとか、中々器用な真似をしてくれる。隠す気があるんだろうか? あるんだろうけど、ないんだろうな。

 ユーノは聡明な少年だが、年齢は8歳。異性を好きになるという経験など今までなかったんだろう。だから、自覚できないし認められない。だけど感情は嘘をつけないから動揺する。

 これは、面白い玩具を見つけてしまった。しばらくはからかって遊べそうだ。

 

≪なら、特に問題はないな。ああそうだ、これが終わったらミコトをランチに誘おうと思うんだが、君も一緒に来るかい?≫

≪な、何で僕が君なんかと一緒にご飯を食べなきゃいけないんだよ!? だ、だけどどうしてもっていうなら……≫

≪いや、無理はさせられないさ。そうか、残念だ。僕はミコトと二人で昼食を摂ることにするよ≫

≪いやちょっと待てよ!? 何で君がミコトさんと二人で食べる前提になってんの!? おかしいだろそれよぉ!?≫

 

 ユーノの言葉が崩れた。うわっ、こいつ面白っ。

 

「ムッツリーニ執務官、何をニヤニヤしているのか知らないが、気持ち悪いぞ」

「……まさか予想外のところから口撃されるとは思わなかった」

『ムッツリはダメだよー、クロノ君。時代はオープンスケベさっ!』

 

 エールはあの変態と同じベクトルだった。あそこまでは酷くないようだが。

 

 

 

 そんな感じで、過酷かと思われた海上のジュエルシード探索だが、意外にも和やかな雰囲気で行われていた。まあ、探索自体はサーチャーを使えば簡単だし、暴走体さえ出なければこんなものなんだろう。

 これは思ったよりあっけなく終わるか? そう思ったときだった。

 突然、僕の目の前に空間ディスプレイが開く。通信主任のエイミィからの緊急通信だ。

 

『大変だよ、クロノ君! そっちに向かって次元跳躍攻撃っ!』

「なんだと!? おい、淫乱師弟コンビ! 聞こえたか!?」

「誰が淫乱だ! それはこの変態だけだよ!」

「男は皆淫乱なんだよォ! 認めちまえよ、ユーノォ!」

 

 転送魔法で僕達のすぐ近くに寄る。全員で魔法陣の上に乗り、全員で上空に向けて防御魔法を張る。

 

「ディバイドシールド・改!」

「ラウンドシールド! クロノ!」

「分かってる、プロテクション・プラス!」

「……頼む」

『うん。リドー・ノワール』

 

 一番上に角錐型のシールド。その下にラウンドシールド。大き目のプロテクションが僕達を覆い、さらに黒いカーテンがプロテクションに張り付いた。

 ミコトの呼びかけに答えたのはエールではなかったが……バリアジャケットの方か。詮索は必要ないな。

 ややあって、晴天の上空から紫色の雷が降り注ぎ、シールドを叩いた。

 

「重ッ!? これが大魔導師の実力ですかァ!?」

「いや、それを割と耐えきってる君もどうなんだ!?」

 

 凱の作ったシールドは、予想以上に頑丈だった。恐らくエネルギーを受け流す構造になっているのだろう、当たれば消し炭不可避な雷は、前後左右に流れて海面を叩いていた。

 プロテクションと黒いカーテンがなければ、余波だけで多大なダメージを受けていただろう。事実、プロテクションはひびだらけだ。……変態のくせに、防御魔法に関しては僕以上か。

 照射時間は、ほんの10秒程度だっただろう。だが、シールド維持にかなりの魔力を消耗したガイは、膝に手を着いて大きく息を吐いた。

 

「ぶはぁ! 連続で来たら耐えられねぇぞコレ!」

「いや、その心配はないはずだ。それが出来るなら、アースラはとっくに沈んでいる。恐らくチャージに相応の時間を要するはずだ」

 

 限定SSランク。魔力炉から魔力を引っ張ってきて自身の魔力に上乗せすることによって、威力を跳ねあげるプレシア女史の技術だ。

 それはつまり、炉の魔力が尽きてしまえば普通の――と言ってもSランクはあるわけだが――魔導師と変わりない。あれほど大威力の次元跳躍魔法を行使するには、炉に魔力が最充填されるのを待つ必要がある。

 

「エイミィ、今の攻撃のアドレス逆算は!」

『……ダメ! もう中継点が自爆してる! 多分、中継した瞬間に自爆するように設定されてるんだ!』

「くそっ! これだからブルジョワは!」

 

 ダメ元だったが、やはりダメだったか。航行不能のアースラを狙われなかっただけマシと思うべきか。ディストーションシールドは生きているが、被害が広がると修復できなくなってしまう。

 次の攻撃がいつになるか分からないが……ジュエルシードを集めている限り、再び狙われることになるわけだ。全く、生きた心地がしない。

 

 そう思っていたのだが、今の攻撃で状況がまた一変してしまった。果たしてプレシア女史は、そこまで考えていたのか否か。

 

「……おいおい、マジかよ」

「嘘、でしょ……? なんで、こんな……」

「二人とも、現実から目を逸らすな。これが、僕達が対処しなきゃいけない現実なんだ」

 

 ガイのシールドが受け流した魔力。海中に流れ込んだそれは、電気に変換されていたため、魔力流となって海中を駆け巡った。それは海中に眠るジュエルシードを刺激するほどに。

 海中から5つのジュエルシードの気配が感じられたと思った瞬間、5つの発動の魔力が迸り、5つの竜巻が生まれた。

 ジュエルシードの同時暴走だった。しかも、5つ全て同時。それは最早、天変地異と言っていい光景だった。世界の終わりを想起させる。

 そんな中、少女だけは冷静さを失わなかった。冷静で、冷酷に、状況を判断した。

 

「これで全部か?」

 

 平坦な声色。そういえば、彼女が回収した一つはいつの間にか消えている。落とした……ということはないだろうが。

 

「ジュエルシードは21個。回収済みが、さっきのを含めて16個。残りは5個で、気配は5個。全部だ」

「そうか、分かりやすくて助かる」

 

 ……ああ、何となくわかった。彼女が、指揮官として優れている理由が。

 全くブレないのだ。このような状況を目の前にして、自分の価値判断を、一切ブレさせることがない。だから、チームに安心が伝播する。

 彼女は絶対考えてくれる。この状況を打破する作戦を。考え続けてくれる。たとえこの身を犠牲にする選択肢でも、迷わず選択してくれる。

 彼女はなんて、"強い"女の子なんだろう。

 そして彼女――八幡ミコトは、宣言した。

 

「目標、ジュエルシード5つ。全て封印するぞ」

 

 

 

 彼女の指示で、ユーノが結界を展開し。

 死闘が始まった。




終わりの始まり。無印章は、この十六話を複数回と、エピローグ的な十七話で終了予定です。
とうとう明らかになった事件の黒幕(周知の事実) もうすぐ明らかになる、フェイトの悲しい真実(周知の事実)
その現実と対峙したとき、彼女達は何を選択するのか。そしてミコトは、己の目的を達成することが出来るのだろうか。

クロノが寡黙なる性識者(ムッツリーニ)の称号を得ました。いや、いつかやりたかったんスよ。ミコトのラッキースケベ(被害者)イベント。加害者はクロノと初めから決めていました。大した伏線じゃないですけど、五話で彼のことをムッツリって言ってますしね。
そしてユーノがミコトに対してあからさまな態度を取り始めました。これは、クロノというミコトと波長が合う男性(という風にユーノには見えてる)が現れたことによって、自覚がなかった感情が刺激されたためです。今まで周りにいたのって、年長者と変態だけでしたしね。
クロ助も何やらミコトに惹かれているらしく(恋愛感情とは言ってない)、面白三角関係がどうなることか、今後も目が離せません。

ま、メインヒロインははやてなんですけどね(現実は非情)

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