不思議なヤハタさん   作:センセンシャル!!

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今回はなのは視点です。


九話 月村邸 後編 ☆

 突然の襲撃者。ジュエルシードを狙った他の魔導師の存在。ひょっとしたら、それはユーノ君の話を聞いたときに気付くべきだったのかもしれません。

 ユーノ君はジュエルシードが海鳴の町に落ちた理由を、「輸送船が何者かの攻撃を受けた」と語りました。それはとりもなおさず、輸送船が運んでいた何かを狙う誰かがいたということ。

 もしその何かがジュエルシードだったなら。今のこの状況が、初めからジュエルシードを狙って、意図的に起こされた事態だったとしたら。

 わたしはそれを、今まで考えないできた。発想すらしていなかった。

 だから、ミコトちゃんが狙われて、斬りかかられて、ガイ君が防いで、ミコトちゃんが退避して。一連の攻防を、ただ見ていることしか出来ませんでした。

 

「高町なのは! いつまで呆けている!」

 

 ミコトちゃんの叫びで、ようやく我に返る。――そうだ。相手が魔導師なら、ミコトちゃんは勝てない。わたしが前に出なきゃ!

 

「レイジングハート!」

『All right.』

「あの子もっ!?」

 

 わたしのデバイスを起動し、瞬時にバリアジャケットに換装する。襲撃者の女の子は、わたしのことはノーマークだったみたいで、見るからに動揺していた。

 それからすぐにお兄ちゃんが駆けつけて、わたし達はフルメンバーで彼女と対峙しました。

 6対1。ブランさんは皆を守るために退いているから、実際に襲撃者と相対しているのは5人。それでも圧倒的な数の差。だというのに、女の子は退く意志を見せてくれませんでした。

 それで――ミコトちゃんの口から、ゾッとするほど冷たい言葉が滑り出しました。

 

「どちらかが命を落とす覚悟をしろ。こちらは敵対者にかける情けはない」

 

 何の感情も乗らない、事実だけを告げる声。きっと彼女は、本当にそうするつもりだ。彼女は、自分達の不利益になるなら、いともたやすく目の前の女の子を切り捨てる覚悟だった。

 だから彼女は一瞬怖気を感じた表情を見せて。

 

「……命までは、取りません」

 

 それでも決して退かなかった。

 

 最初に動いたのは、ミコトちゃん。と言っても、前に出たわけではなく、ゆっくりとブランさんの方に歩み寄った。

 そしてブランさんに守られているはやてちゃんに、右手のジュエルシードを渡す。

 

「はやて、預かっててくれ。落としたり奪われたりしたら大変だから」

「うん、わかった。……せやけどミコちゃん。わたしはミコちゃんが傷つくのも、ミコちゃんが誰かを傷つけるのも、嫌やからな」

 

 はやてちゃんは、ミコトちゃんの冷たい言葉を聞いても全く怖がらなかった。むしろ悲しげな表情で、ただ純粋にミコトちゃんのことを案じていた。

 「相方」の不安を和らげたいと思ったのか、ミコトちゃんは困ったように微笑んで、けれど何も答えず、はやてちゃんの頭を撫でた。

 はやてちゃんにも意図は伝わったようで、もう引きとめることはない。ブランさんに「しっかり守れよ」と指示を出し、改めて黒衣の少女を見る。

 

「オレ達を無視して彼女を襲おうなどとは考えるなよ。隙があればそちらの命を狙わせてもらう」

「……わたしは、あなたに殺されません。目的はジュエルシードだけ。だから障害は、全力で排除します」

 

 それは明確な敵意の表れ。彼女は今、ミコトちゃんのことを排除するべき障害だと言った。自分の敵だと認めた。

 わたしは……ミコトちゃんの空気に当てられて、ショックを受けていた。そのために、わたしが一番動くべきなのに、身動きを取れなかった。

 

≪なのは、しっかりしろ! お前がしっかりしなかったら、マジでミコトちゃんに人殺しさせることになるぞ!≫

 

 飛んできた念話でハッとする。それは、いつもの変態的なふざけた彼ではなく、真面目なガイ君のものでした。

 彼は、真剣な表情で二人の間を見ていた。きっと、いつでもシールドを張れるように。最悪の事態を回避するために。彼は現実を受け止めて、自分に出来る対処をしようとしていた。

 わたしは……そうだ。わたしは魔導師なんだ。襲撃者の女の子と唯一対等に戦える可能性を持っているのは、わたしだけ。最悪を回避するには、わたしが動かなきゃダメなんだ!

 自分自身に喝を入れ直し、わたしも一歩前に出て仁王立ちする。

 

「ミコトちゃんの手を汚させなんてしない。わたしだって、戦えるんだ!」

「妹がこう言ってるんでな。それと、俺も妹同然の女の子に重荷を背負わせる気はない。彼女に過剰防衛させないためにも手加減は出来ないが、勘弁してくれ」

「……あなたは魔導師ではないはず。わたしには敵いません」

「舐めるなよ。永全不動八門一派・御神真刀流、小太刀二刀術師範代、高町恭也。剣において魔導師程度に後れを取ることはない」

 

 お兄ちゃんから強烈なプレッシャーが立ち上る。魔法なしでジュエルシードの暴走体にも対抗できるお兄ちゃんの本気。

 それでもやっぱり、彼女は退きませんでした。――きっと彼女は、「結論を決めてしまっていた」から。

 

 

 

 激突は、ユーノ君が結界を展開するのと同時でした。

 テラスから見える世界が色を失くし、現実世界から時間信号を切り離される。中に残されたのは、戦闘に参加するわたし達と、ブランさん、はやてちゃん、そしてアリサちゃんとすずかちゃんも。

 何でアリサちゃん達もと思ったけど、後でユーノ君に聞いたら、「もし現実空間に残して彼女の仲間がいたら、人質にとられたかもしれない」とのことでした。

 チュインという金属がこすれる不快な音。瞬きをした一瞬の間に、お兄ちゃんの小太刀が黒の少女のデバイスを掠めた音でした。

 

「速いッ……!」

「まだだ!」

 

 体の回転とともに繰り出されるもう片方の小太刀。女の子はかろうじて回避するけれど、初動はお兄ちゃんの方が圧倒的に速い。彼女に反撃の暇を与えない。

 だから彼女が取る手段は、当然のことながら飛行魔法を使っての後退。確かに、剣の届かない距離に飛んでしまえばお兄ちゃんの攻撃は届かない。

 対して、彼女は魔導師。今までの攻防から近接攻撃が得意なのは想像がつくけど、だからと言って遠距離攻撃が出来ないわけがない。

 それを証明するかのように、彼女は目の前に4つの魔力の球体を出現させる。色は黄色で、表面で電気のスパークのようなものが起きている。

 

「フォトン……っ!? バルディッシュ!」

『Shield.』

 

 だけど彼女は突然それを消滅させ、デバイスに指示を出して簡易シールドを発生させる。直後、ドンッという衝撃音がシールドから響いた。

 今のは……ミコトちゃん?

 

『今のに反応出来ちゃうかー。魔導師ってなのはちゃんみたいな運痴ばっかりじゃないんだね』

「アレは酷い部類だろう。参考にならん」

「二人とも酷いよ!?」

「魔力を感じなかった……!? それにそのデバイス、ただのデバイスじゃない……何者?」

「敵にわざわざ情報を与えると思っているのか?」

 

 そう言ってミコトちゃんは、エール君を振り抜く。そのとき周囲の風が巻き上がったのが分かり、"何か"が女の子に向けて飛んだ。

 あれは、風圧弾だ。風を圧縮して、スイングと一緒に撃ち出している。ただ、簡単なシールドに一切ダメージを入れられなかったところを見ると、牽制程度の威力しかないんだと思う。

 二撃目はさすがに通用しない。冷静さを持ち直した女の子は、飛行魔法で正確に回避する。弾は見えないけれど、軌道は真っ直ぐだから読めないことはない。

 今度こそとスフィアを発生させようとする彼女、だけど今度はお兄ちゃんからの飛針攻撃。……その小太刀といい、なんでそんなものを普通に持ち歩いてるの?

 ともかく、お兄ちゃんの飛針はただ投げているだけとは思えないスピードで、しかも正確に女の子を射抜こうとする。風圧弾も狙ってきている状態では、さすがに回避できず。

 

「くっ、ディフェンサー!」

 

 全方位のバリアで、回避ではなく防御をする。飛針は突き刺さったけど、貫通することは出来ず。風圧弾も、やはりバリアを叩いて霧散するだけに終わる。

 そこでようやくわたしの攻撃。

 

「シュートバレット!」

 

 基本射撃魔法。威力は高くないし、これといった効果もないけど、タメなしで撃てる速射に優れた攻撃魔法だ。

 前回の失敗から、とにかく出来ることを増やそうと思ってユーノ君から教わった魔法だった。基本というだけあって一回で成功した。それを見て、何故かガイ君は微妙な顔をしてたけど。

 威力は高くない。それでも魔法なので、それなりの威力はある。少なくともエール君の風圧弾よりは。それを何発も当てれば、女の子のバリアを破壊することが出来た。

 だけど彼女の方も、次の魔法を発動させていた。さっきから何度か邪魔されている、帯電した魔力スフィア。それが今度こそ、矢として解き放たれた。

 

「フォトンランサー、ファイア!」

 

 鋭い矢じりの形をした、雷の槍。狙いは……今の攻防で穴だと思われたか、わたしだった。

 だけど、向こうは一人でこっちはチーム。そして防御役は、今は頼もしく思えてしまうのが悔しい変態。

 

「とぉころがぎっちょん!!」

 

 遠隔で発生したラウンドシールドが、女の子の放ったランサーを霧散させる。さすがユーノ君から才能があると言われているだけあって、全くびくともしていなかった。

 

「彼も魔導師!? ……予想以上の戦力、だけどっ!」

 

 彼女はミコトちゃんを魔導師だと思っているらしく、最初にガイ君がシールドを張ったことに気付いていないようだ。

 女の子は即座に狙いを変更した。防御魔法は固い、だけどガイ君はデバイスを持ってないから、バリアジャケットを纏っていない。彼自身の防御は紙同然。

 防御役を落とされれば、戦い慣れた彼女相手に攻撃を避け続けるのは至難の技だ。そうなれば、戦い慣れてないわたしじゃ対応できない。そして、お兄ちゃんとミコトちゃんだけじゃ攻めきれないことも分かっている。

 ガイ君は防御魔法こそ頭角を現してきているけど、戦闘は素人そのもの。だから接近してしまえば為す術はない。多分、そう考えたんだと思う。

 あの子の勘違い。それは、壁は一枚じゃないということ。

 

「僕のことを忘れるなッ!」

「使い魔までっ! 何で管理外世界にこれほどの戦力が……!」

「誰が使い魔だ!!」

 

 ガイ君に迫った女の子の凶刃を、今度はユーノ君のシールドが阻む。ガイ君の師匠だけあって、その安定性と強度はガイ君以上。全く刃が食い込んでいない。

 向こうから近付いてきたおかげで、お兄ちゃんの距離となる。最初の焼き直しのように、お兄ちゃんの高速連撃に防戦一方となる女の子。

 

「なんや、いきなりカチコミしかけてきたからびっくりしたけど、案外大したことないなぁ」

「いや、普通に数の暴力でしょ、これ。戦いのことは分かんないけど、5対1は酷いわよ」

「なのはちゃんも意外と動けてるね。ミコトちゃんは……あれ、あんまり動いてない?」

「ミコトちゃんには今のところ攻撃力がありませんから。ゲームメイクに努めてるみたいですね」

 

 観戦組もだいぶ落ち着いてきたみたいです。ブランさんの言う通り、ミコトちゃんはあまり動かず、状況を見てエール君から風圧弾を飛ばしている程度。それで女の子の動きを縛っている。

 ……あんな怖い事を言ったのも、もしかしたらこの子の行動を絞るため? そう思ったけど、ミコトちゃんは言ったらやる子なので、本気は本気なのかもしれない。

 分からない。ミコトちゃんのことが、わたしには分からない。……はやてちゃんには、分かっているの? それは、どうして?

 今は戦闘中。気を抜いちゃいけないのに、どうしてもそんな考えが頭から離れない。マルチタスクを使っているとは言っても、それで精神が動揺しないわけじゃない。

 

 そしてそれは、格上相手には、致命的な隙となる。わたしはこのとき、その事実を初めて経験した。

 

「……そこだ!」

「え!? きゃっ!」

「なのはっ!?」

 

 わたしが集中できていないことに気付いた女の子は、お兄ちゃんとの攻防の一瞬の隙をついて離脱、同時にわたしの方に斬りかかってきた。

 速い。シールド……間に合わない。離脱……そもそも移動系の魔法を持っていない。なら攻撃……多分それより向こうの方が早い。

 万事休すな状況でした。わたしは咄嗟にシールドを張ろうとした体勢のまま、身動きが取れず。

 

「っづぅ!? くっ!」

 

 だけど彼女の刃が振るわれることはなく、一瞬苦悶の表情を浮かべて上へ離脱。

 そしてわたしの目の前には、エール君を横に振るった体勢のミコトちゃんが立っていました。――剣先には、血の滴。

 それは、わたしを狙った女の子を、そのままわたしを囮にして背後から斬ったということを意味していた。

 

「やはりバリアジャケットに覆われていない部分は、それほど防御力が高くないな。それならやりようはある」

「……まさか、殺傷設定で急所を狙ってくるなんて。しかも、仲間を囮に……」

「最初に言ったはずだぞ、命のやり取りをする覚悟で来いと。まさか本気じゃないだろうとたかをくくっていたわけではあるまいな」

 

 女の子は首の後ろをおさえている。よく見れば、床の上に金色の髪の毛が何本か落ちている。

 

 ゾクッと背筋に寒気が走った。もしエール君の切れ味が悪くなかったら。もし彼女がバリアジャケットを纏っていなかったら。きっとわたしは、彼女の血で濡れていただろう。

 言葉ではなく感覚で、理解してしまった。ミコトちゃんは、本気であの子を殺すつもりで戦っている。

 怖い。怖い、恐い。なんで、どうして。ミコトちゃんは何を考えているの。どう思ったら、そんなひどいことが出来てしまうの。

 ――多分わたしは、ミコトちゃんの言葉の意味を正しく理解できてなかったんだと思う。「他人を切り捨てる」という言葉を、本当の意味で理解しようとしていなかった。

 

「おい、なのは! しっかりしろ!」

 

 カタカタと震えて自分の身を抱くわたしに、お兄ちゃんが駆け寄ってきた。だけどわたしはショックが大きすぎて、それでも全く身動きが取れなかった。

 

「……どうやらそちらは一人脱落みたいだね。これで、わたしの勝利は揺るがない」

「そう思うのか? その傷は薄皮一枚のみだが、ダメージは決して浅いものではない。痛みを気にしながらオレ達に勝てると思うなら、続けるといい。お前をこの場で排除できるなら、後顧の憂いもなくなる」

「……」

 

 女の子が悲痛に顔を歪める。今まで強気を保っていた彼女も、ミコトちゃんの本気に当てられて、覚悟が揺らいだようだ。

 お兄ちゃんはわたしを気遣ってくれているけれど、女の子から意識は外していない。ガイ君も、今は戦闘の優先度を高くしている。ユーノ君は……ちょっとよく分からない。

 結局、折れたのは女の子の方だった。

 

「……ここは一旦退かせてもらいます。次は、こうはいきません」

「スクライアが張った結界がある。こちらにメリットを提示せず逃げおおせようなどとは、虫のいい話だ」

「っ。……何をすればいいですか」

「ジュエルシード回収を放棄しろ」

 

 当然と言えば当然の提案に、女の子は目を見開いた。そしてデバイスを持つ手に力を込め、きっと玉砕を覚悟した。

 

「……と言いたいところだが、それをするとこちらの被害も甚大になりそうだ。そうだな……今後接触した際の不意打ちの禁止、としておこう。お前の不意打ちはさすがに肝が冷えた」

「どの口が……わたしがそれを守る保証は、ないですよ」

「そのときは遠慮なく殺す。逆に守るなら、命だけは保証する。オレの言葉が本気かどうか、その首の傷が物語っているだろう。そちらにとっては、破格のメリットだと思うが」

「……分かり、ました」

 

 彼女が正常に判断出来ていたかどうかは分からない。もしミコトちゃんと一対一だったら、彼女が負けることはない。命のやり取りという極限状態に飲まれ、魅力的な方に流されてしまったのかもしれない。

 けれど、二人の交渉は成立した。ミコトちゃんはユーノ君に「結界を解いてやれ」と指示し、ユーノ君は渋々ながら従った。……ユーノ君も、彼女を排除してしまった方がいいと思ったのかな。

 結界が解けると、テラスの入り口のところに忍さん、それからノエルさんとファリンさんが現れた。向こうからしたら、現れたのはこちらの方だろう。一様に驚いた表情だった。

 最後に、女の子はわたし達を見て。

 

「……次は、負けません」

「そう思うなら、チームを組んでくるんだな。如何にお前が才能豊かな魔導師だとて、今のレベルでここにいる全員を相手に出来るわけがない」

「っ……出来る、わけ……。……お邪魔しました」

 

 悲しそうな瞳をして、どこかへ飛んで行ってしまいました。

 ミコトちゃんから与えられた恐怖に包まれたわたしは、ただその成り行きを見守ることしか出来ませんでした。

 

 

 

 

 

 忍さんとミコトちゃん達は初対面なので、軽く挨拶をした。だけど状況が状況なので、互いに名前を教える程度。

 ミコトちゃんはバリアジャケットを解除することすらできなかったわたしに、ためらいなく近付いた。自分の体がビクッと撥ねるのが分かった。

 

「……怖いと思ったか」

「……うん。怖かった。わけが分からなかった。ミコトちゃんのことが、分からなくなっちゃった」

 

 最初はとても素敵な男の子だと思っていて。実際は女の子で、とても可愛くて。ちょっと不思議な感じのある、いつかは名前で呼び合いたい女の子だと思った。

 だけど今は、あの黒衣の少女よりも、ジュエルシードの暴走体よりも恐怖を感じている。可愛らしい容姿も服装もそのままなのに、得体のしれないナニカとしか思えない。

 そして、それが日常と変わりないかのように、何も変えずに振る舞っているミコトちゃんが、理解できなかった。

 

「君の勘違いを、一つだけ訂正しておこう。君は分からなくなったのではなく、本当は分かっていなかったということに気付いただけだ」

 

 それは……そうなのかもしれない。ミコトちゃんはいつだって、同じように振る舞っている。今までそれを隠していたとかそんなことはない。騙されていたわけじゃない。

 ただ、わたしが深く考えていなかっただけ。本当の意味で彼女のことを見ていなかっただけ。だからきっと、わたしは名前で呼んでもらえない。

 

「それが、君とはやての間にある大きな差だった。彼女は初めから、オレのことを「分かろうとしなかった」よ」

 

 

 

「…………え?」

 

 「分かろうと、しなかった」? 意味が分からない。ミコトちゃんとはやてちゃんは、分かり合っているんじゃないの?

 わたしの内心の疑問に答えるように、ミコトちゃんは淡々と事実を語る。

 

「はやては早々にオレが「違う」ということに気付いていた。そして、「違う」ということをありのままに受け止めて、ありのままに接した。理解しようと「しなかった」。だから、オレは安心出来たんだろうな」

「理解しないことが、安心、なの? だって、そんなの寂しいの……」

「君達にとってはそうなんだろう。だから言っただろう。オレは、君達とは根本的に「違う」。君達と全く同じ感情を、共有することは出来ない」

 

 それがわたしの勘違いだったと彼女は言う。……さっきまでのわたしだったら、その言葉を理解できなかった。

 だけど今のわたしは、肌で感じてしまった。ミコトちゃんは、わたし達とは「違う」基準で生きている。「必要ないから」という理由で、命を切り捨ててしまえる。

 そんなのわたしには「分からない」。その時点で、わたしはミコトちゃんと感情を共有することが出来ない。

 それだけじゃない。ミコトちゃんは分かり合えないことを寂しくないと言った。さっきまでのわたしだったら強がりだと思ったかもしれない。そうじゃなくて、ミコトちゃんには寂しいという感情が「ない」。

 あんまりにも歪だ。わたし達から見たら、ミコトちゃんの在り方は歪。だけど、彼女にとってはそれが普通なんだ。わたし達の方が歪に見えてしまうんだ。

 ……ああ。だからはやてちゃんは、それが分かっていたから、ただそのまま受け入れたんだ。ミコトちゃんのありのままを。そんなこと、わたしにはとても出来ない。

 何故だか、涙があふれた。悲しかったんだろうか。悔しかったんだろうか。あるいは、少しだけ「分かる」ことが出来てうれしかったんだろうか。

 

「さっきだってそうだったろう。オレは君が使い物にならなくなると判断して、囮として切り捨てた。結果として君は怪我をしなかったが、そうして戦闘不能になった」

「……う゛ん゛」

「君のその涙も、オレには理解することが出来ない。同情も出来ない。今のオレにとって、君はその程度でしかない。それは……もう分かっているよな」

「……う゛ん、分かってる゛」

「……君にもう一度問いかけよう。何故、オレと「遊びたいと思った」?」

 

 ――それは、もう掠れてしまった記憶。4年前の、あの公園でのミコトちゃんとの会話。

 ああ、そうだ。あのとき、わたしは思ったんだ。

 

「ミコトちゃんに、教え゛たかったから。一緒に゛遊ぶ楽しさを」

 

 そして知りたかったから。彼――ではなかったけど――と一緒に遊ぶ喜びを。

 ……ああ、そうか。これは全部わたしの感情でしかなくて。ミコトちゃん自身とは、何も関係がなかったんだ。

 分かろうとして、分かろうとして。結局最後に出てきたのは、自分自身の感情。人を「分かる」っていうのは、結局そういうことなんだ。

 「自分の中でその人がどういう人なのか」が分かるだけ。その人自身を分かるわけじゃない。ミコトちゃんだけじゃない、他の人にしたってそうなんだ。

 そして基準が大きく外れたミコトちゃんは、それを共有することが出来ない。だってミコトちゃんの中で出てくるものは、わたし達とは「違う」んだから。

 それを理解して――わたしはやっと、スタート地点に立てた。

 

「……そこで抱き着くという選択肢になる君の思考が分からない」

「分からないよ! なのはもミコトちゃんのこと、分からないもん!」

「バリアジャケットを解除してもらいたいんだが」

「もうちょっとしたら落ち着くから!」

「はあ……。オレは人の感情があまり分からないが……とりわけ君は、分からない」

 

 突然彼女に抱き着いたわたしを、彼女は決して拒絶しなかった。苦笑し、困ったように頭を撫でてくれた。

 もう少し、このままで。わたしはミコトちゃんの存在を、全身で感じていたかった。

 

 

 

「女の子同士の抱擁シーン……ありだ! 辛抱たまりませんッ!!」

「ガイ……何で最後までシリアス維持できなかったの?」

「紳士だからさッ!!」

「はあ……何でミコトさんはコレに「見込みあり」なんだろう……」

 

 

 

 

 

 さすがにお茶会という空気ではなくなってしまったので、今日はお開きとなりました。ミコトちゃん達は先に帰り、その次がわたし達……と、ガイ君。アリサちゃんはもう少しお話していくらしい。

 ……アリサちゃんとすずかちゃんは、どう思ったのかな。ミコトちゃんの行動を。

 あれを非人道的と非難するのは簡単だ。殺人という禁忌を犯してはいけないというのは、何処の国の法律にだってある。そのぐらい、わたし達にとっては当たり前のこと。

 だけどあの場は間違いなく「戦場」で、ミコトちゃんはそれに則って行動しただけとも言える。最初から最後まで行動が一貫していた。そもそもミコトちゃんの戦力では、「無力化」は出来ない。

 あの女の子を逃がした理由は、実際にはただのハッタリだって言ってた。もちろんやるとなったらとことんまでやるけど、勝てたとは限らないと。

 そのぐらい、あの女の子は強かった。そしてわたし達は、弱かった。

 

 わたしは……正直言って、戦いになってほしくはない。だけどミコトちゃんは言った。「あちらに戦闘を諦めさせるだけの理由がない」と。

 それはきっと、多分そうなんだろう。ミコトちゃんとの本気の命のやり取りになっても引かなかった。多分、引けない理由があるんだと思う。わたしには「分からない」理由が。

 だけど、こちらもジュエルシードは集めなければならず、衝突は避けられない。もちろんジュエルシードは元々ユーノ君のもので、向こうがやってるのは泥棒、もっと言ってしまえば強盗だ。

 それはいけないことだけど、そんなことは彼女には関係ない。そう、決めてしまっているから。

 

「……なのははさ」

 

 帰りのバスの中。皆無言だった中、ポツリとガイ君が呟く。さっきちょっとだけおふざけしてたけど、今は真面目モード。

 

「あの黒い女の子を見て、どう思った?」

「え? どう、って……」

 

 とても強い魔導師。同い年ぐらいなのに、どうしてあそこまで強いんだろう。ユーノ君と同じでこの世界の人じゃないんだろうけど、どんな環境で育ってきたんだろう。

 あとは……去り際に、悲しい瞳をしていた。何であんなに悲しい瞳をしていたのかは分からないけれど。

 

「あーっと、聞き方変える。どうしたい?」

「どうしたい、って言われても……。……そうだね、話し合いで解決出来るものならそうしたい、かも」

「……そっか」

 

 わたしの答えが満足いくものだったのか、ガイ君は安心したように笑った。……何か不安に思うことでもあったのかな?

 

「ならよ。次に会ったときは戦いなしで話し合ってみねえ? 案外、通じ合える何かがあるかもしれないぜ」

「えっ……。そんなこと、出来るかな?」

「ほら、ミコトちゃんのおかげで不意打ち禁止になったじゃん。だから、こっちが構えるまで向こうは戦えないわけじゃん?」

「あ、そっか」

「……そう上手くいくか? 今日の様子だと、焦れたら無視して戦闘行為に走りそうな気もするが」

 

 お兄ちゃんが、珍しくガイ君を嫌悪せずに、わたし達の会話に混ざる。確かに、あくまで口約束でしかないから、どの程度守るかはあの子の裁量次第。

 もしあの子が約束を破って、こちらの体勢が整う前に攻撃してきたら……多分、最悪な結果になる。こちらはお兄ちゃん以外戦闘不能になるだろうし、ミコトちゃんは今度こそあの子に容赦しなくなってしまう。

 それは、絶対にあっちゃいけないことだ。ミコトちゃんが容赦しないというのなら、周りにいるわたし達がミコトちゃんにそれをさせちゃいけない。

 わたしの感情でしかないけれど、わたしがそう思っているなら、わたしにとってはそれが正しいことなんだ。

 ――だから、わたしのしたいことは。

 

「まず、話し合ってみよう。それでダメなら、全力で戦おう」

 

 「覚悟を決める」ということ。結局のところ、わたしに足りなかったものを一言で言ってしまえば、これだと思う。

 話す覚悟。理解する覚悟、理解されない覚悟。戦う覚悟、戦わせない覚悟。色んなものが、足りなかった。だからあんなことになっちゃった。

 だけど、今回は何も犠牲は出なかった。あの女の子の怪我もそこまで酷くはなかったみたいだし、こちらのジュエルシードも全て無事。

 だったら、次につなげよう。後悔ではなく、次の一手につなげよう。

 

「もう、ミコトちゃん一人に何もかも背負わせない。ミコトちゃんの手は、絶対に汚させない」

「……そうだな。そこについては、全面的に同意だ。あいつは余計なお節介と思うかもしれないが、なら余計なお節介を焼いてやろうじゃないか」

「うんっ!」

 

 気合が入って、やるぞーって気分になってきた。帰ったら、まずはこれまで習得した魔法のおさらいをしよう。それから、これから必要になる魔法の洗い出し。ユーノ君にも手伝ってもらおう。

 忙しくなりそうだけど、わたしの心には充足感があった。

 

「……なーんか色々違って来ちゃったけど。ま、いっか。つまりはそういうことなんだろ」

 

 ガイ君が一人で何かを納得していた。意味は分からなかったけど、納得してるなら別にいいよね。

 

 ガイ君は別れ際には変態に戻っており、皆から呆れられた。お兄ちゃんは「少しは見直したと思った俺がバカだった……」と嘆いていた。

 ほんと、何でいつも真面目でいられないんだろう。真面目にしてれば、ちょっとはかっこい……いやいや、ないから! ほんっとアレだけはないから!!

 

 

 

 夜。ベッドの中で、そういえばとふと思い出す。わたしのミコトちゃんへの想いは、結局どうなったんだろう。

 相変わらず、わたしはミコトちゃんとお友達になりたいと思っている。わたし自身は、間違いなくミコトちゃんのことを好きなんだと思う。

 だけどその「好き」はどういう「好き」なんだろう。確かにはやてちゃんと仲の良いミコトちゃんを見ているともやもやするけど、二人がそうしていることが嬉しいという気持ちもあるんだ。

 友達としての好き? それともそれ以上? 男の子だと思っていたときは、それこそ恋に恋していただけの可能性もあるけれど、今のわたしは等身大のミコトちゃんを見ている。

 等身大のミコトちゃんに対して、わたしが今抱えている感情の名前を、わたしは知りませんでした。いつか、分かる日が来るのかな。

 ……っていうか、相手は同性なんですけど。何でわたしこんなことで悩んでるんだろ。むしろはやてちゃんとミコトちゃんって、ほんとどういう関係なの? アリサちゃんが言ってたみたいな関係なの!?

 ふ、二人は何処まで行ってるの!? 一緒に暮らしてるっていうし、お風呂も一緒に入ってるの!? 寝るとき一緒のベッドで寝ちゃったりしてるの!? おやすみのチューとかしちゃったりしてるのぉぉぉ!!?

 色々想像してしまい、頭の中が真っピンクになる。恥ずかしさが限界を突破して「にゃああああ!?」という声が漏れた。ユーノ君が飛び起きて「大丈夫!?」と声をかけてきたほどでした。

 ――なお、このとき想像していたことが、全部現実に二人がやっていることだと知って恥ずかしさで悶絶するのは、もうちょっと先の話。

 

 これも一つの青春の形……なのかな? わたしも順調に「違って」きているようです。




鬼畜ミコト、再び。追い詰めるのは皆にやらせて、一番汚い部分を引き受ける指揮官の鑑(人間の屑)
黒衣の少女……一体何ェイトそんなんだ。

ミコトのせいでなのはのお話フラグが潰れかけました。機転を利かせたガイ君マジ転生者。
彼は意外と良識人ですが、エロ魂は本物です。男は皆狼なんだよ(豹変)
多分作中で記述する機会がないので、彼の容姿について説明します。黒髪黒目のひょっとしたら将来イケメンになるかもしれない程度の男子小学生です。普通だ。

なのちゃんはまだ百合じゃありません。戻れます。ガイ君、ハーレムとか言ってる場合じゃないぞ!!

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