東京住まいの俺には、11月の初雪は軽く衝撃的でした。
昨日 日本中がアホみたいに寒かった。
都心では54年ぶりの11月初雪、積雪に至っては明治8年の統計開始以来初めてのことらしい。
木組みの街も当然寒波に襲われ、都心同様雪が降った。
子供とココアは外ではしゃいでたが、昨日より10°Cは気温が下がってるので体調を崩した人も少なくない。そこんとこは子供とココアも逞しい。
でも普通に考えて女子の制服、というかスカートは耐寒性ゼロだと思う。
男子の制服は基本長ズボン(小学生除く)だからいいけど、女子って太ももが出てるじゃん。ロマンのカケラもないけど、ジャージの下ぐらいは履いた方が良いと思います。見てるこっちも寒くなる。
すでに察してる方もいるだろうが、そろそろ本題に入りましょう。
リゼが風邪をひいた
☆
「悪いなケイト。わざわざ見舞いにきてくれて…」
「お付き合いさせて頂いてる方が風邪ひいたんだ。来る以外ないだろ」
「……ありがとな」
「どういたしまして」
場所は当然リゼん部屋
学校が終わった後、すぐさま見舞いに来た。
もう少し時間が経てば、いつもの面子も見舞いに来るだろう。
「熱はまだあんのか?」
「まだ少し。でも、明日には治るさ」
「そいつは良かった。まぁ、学校帰りに雪だるま作るのはやめような」
「うぐっ……せっかく積もったんだし、作らないと勿体無いし…」
「だからって制服はダメだろ。スカートだからしゃがんだらパン…ん゛ん゛っ余計冷えるし」
「……見たのか?」
「………」
「答えろ」
「……不可抗力でした」
「あ゛あもう〜〜‼︎私のバカッ‼︎」
狙ったわけではないが、少しだけ元気になった気がする。
もうちょいマシな言葉ないのかよって感じだが、あいにく男として人としてそこまでできていない。
「良かったよ。十分元気そうで」
だから俺は邪な気持ちのない、純粋な安堵の気持ちを口に出す。
本当に心配だったから。
まぁどう足掻いでもボコられますがね!
☆
10分ほど後、ココアとチノがやってきた。
ラビットハウスの方は、タカヒロさんがいるので問題ないらしい。
「ケイトくんもう来てたんだね!」
「……何でリゼさんより重症、というより重傷そうなんですか?」
「事情を語り切るには2こち亀ぐらいの時間がかかる」
「その単位は知らないけど教えてほしいなぁ」
「自業自得」
「一言でしたね」
さすがに詳しい内容は言えないけど、幸いそこまで聞かれる事はなかった。
二人はラビットハウスの仕事があるし、見舞いのメロンパンを渡して今日は帰るらしい。
風邪の菌もらうわけにもいかんし仕方ないか。俺は看病のためにのこるが。
えっ、使用人さんがいるからお前いる意味無いって?
使用人さん及びリゼの親父さんには許可をもらいました。(むしろ頼まれた)
「私たちは早めに帰りますが、ケイトさんは残るんですね」
「今日バイトねぇし、急いで家に帰る理由もないからな」
「ケイトくん、リゼちゃんのことは頼むよ!」
「お前は私の親父か‼︎」
「任されました」
「お前も話に乗るな!」
まぁリアル親父さんに比べたら月とスッポンだよ。
リゼの事を頼まれると、ココアが何か飲み物を用意してくれた。
チョコ系統の甘い匂い……ココア(飲み物)か。
「フランスでは風邪ひいたとき、暖かいココアを飲むってテレビで見たよ!これで風邪をやっつけよう!」
「ホットチョコだったろ。それに熱いシャワーを浴びた後な」
「まあまあ細かい事は気にしな……あっ‼︎」
俺たちはココアの鈍くさ……おっちょこちょいの事を忘れていた。
何も無いところで躓くココア。当然トレイに乗せてたココア(飲み物)は宙を舞う。
熱いココア(飲み物)はリゼの方向に向かってる。このままじゃリゼがココア(飲み物)を被るのは明白だ。
瞬間的にリゼの危機を理解した俺は、咄嗟にココアとリゼの間に入っていた。もはや神速のインパルスに匹敵する反射神経だ。
距離が近いおかげで手遅れになる前に割って入れた。
この後何が起きるかはわかってる。
後悔はない。
でも、すぐ起きる出来事を思うと少しだけ怖い。
だから俺は 静かに眼を閉じた……
☆
「……何で執事服でメロンパン食べてるんですかケイト先輩?」
「服が汚れた」
「手に包帯巻いてるのは何でかしら?」
「名誉の勲章」
ココアとチノの入れ違いで来た千夜とシャロに、二言で事情を説明した。
着替えは普通にないので執事服を借り、患部には包帯も巻いてる。軽い火傷とはいえ処置は大切だ。痛みも抑えられるし。
何で看病しに来たのに怪我してんだろ俺。
「ごめんなケイト、私のせいで……」
「いんや、リゼは何も悪くないだろ。大した事ないし結果オーライだ」
「うぅ……」
実際掛け布団でガードする手もあったし、むしろ心配させた俺の方が問題だ。軽い火傷だし本当良かったけど。
メロンパンは多かったから俺も頂いてる。
みんなでのんびりメロンパンを食べてると、何かを思い浮かべた千夜が口を開いた。
「ケイトくんって、執事の格好が似合ってるわよね」
「……そうかしら。目つき悪いし」
「生まれつきだし仕方ないだろ」
「案外、リゼちゃんの執事として働くのもアリじゃないかしら?」
「いやいや、ケイトだって他にやりたい事あるだろうし、それはさすがに…」
「リゼちゃんは満更でもなさそうね。イヤとは言わないし」
「そっそういうわけじゃない‼︎ただケイトにだって将来やりたい事があると言いたいだけで……!」
「……執事………アリだな!」
「何でケイト先輩も満更じゃない顔してるんですか⁉︎」
冗談だ冗談。さすがに一時の軽い気持ちで将来決める度胸はない。
将来の夢が、ハッキリと見えてるわけではない。
でもやってみたい、学びたい事はある。
……将来か。
少し先 ほんの2、3年後
俺とリゼは 今みたいな関係でいるのだろうか…
何て事が、かすかに頭をよぎった。
☆
執事服で帰るわけにもいかず、外が真っ暗になってもまだいる。
リゼと楽しく会話したり、俺の手作りお粥を振る舞ったりして、今迄の怪我もチャラになるぐらい充実した時間だ。
怪我するのがおかしいが。
「ん〜、まだちょっと熱いなおデコ。何かしてほしい事あるか?」
「じゃあ、もう少しだけ……おでこに手を置いてくれ」
「そんなんでいいのか?」
「あぁ。ケイトの手が冷たくて気持ちよかったんだ」
「冷却シートならまだあるぞ?」
「………これがいいんだよ」
「そっか。ゴメンな」
冷たい俺の手を、リゼのおデコに置く。
冷えてるはずだけど、リゼの顔はむしろ赤くなってる。
さすがに風邪の症状じゃないのはわかる。ってか、俺の顔も多分赤い。
しばらく無言で手を置いてると、唐突にリゼが口を開いた。
「なぁ、さっき将来の話をしたよな。ケイトが執事も悪くないって」
「それもアリかもな。お嬢様」
「そういうわけじゃないっ!その、ちょっと恥ずかしいんだが……
2年や3年後とかも、こんな関係でいられるかな?」
それは 俺が考えていたのと同じ内容だ。
少しだけかもだが、俺たちは似ている。
自分というモノは持ってるが、大切な部分で自信が持てない。
だから俺は、本心を言う。
俺だったら、それが一番嬉しいから。
「俺はそうありたい。正直俺が聞きたかったぐらいだ」
「そっか。………よかった。お前もそう思っててくれて」
「まぁこれからもよろしくな。お嬢様」
「お嬢様はやめてくれっ!恥ずかしい!」
俺もリゼも、どこか自分に自信が持てない。
あるいは それゆえに惹かれあったのかもしれない。
☆
目が覚めると、朝日が昇っていた。
どうやら寝落ちしていたらしい。土曜で学校がなくて助かった。
固い床で寝てたせいか、ところどころ身体が痛い。
火傷の包帯を外すと、跡は残ってない。処置が早いのが功を奏したようだ。
さすがに帰る準備をしようと立ち上がるが、ついリゼの顔を覗いてしまう。
リゼの寝顔を見るのは初めてだが、可愛らしい顔だ。
普段は仏頂面とまでは言わないが、キリッとした顔をしてる。だが今はそれも緩んで、軍人の娘だと忘れるぐらいだ。
魔が差したというべきか。
というか『そういう関係』な事をしたかったからか。
寝ているリゼのおデコに唇を近付け……
わかってたが、メチャクチャ恥ずかしい。ピクニックの時にもしたとはいえ、恥ずかしくなくなる事は一生ないだろう。
緩む頬を叩き帰る準備をする。
そこで俺は気付いてしまった。
リゼの顔が真っ赤だ。
つまり、まぁ、そういう事だ。
考える事をやめた俺は、二度寝と洒落込んだ……