fate/accelerator   作:川ノ上

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一難去って一悶着

くそったれ。

何度目かわからない呟きに、一方通行は苛立ちを露わにして深くため息をついた。

三時間。

これだけの時間を使えば一体何ができただろうか。考えるだけで頭痛がする。

 

ここで普通の感性を持つ人間であれば、読書なり、運動などといった有意義なものに時間を当てるのだろう。

しかし、あのクソガキは違った。

店内に入った途端、我を忘れ。あれも着たいこれも着たいと一方通行を半ば強引に連れまわし、結局買ったのはたった一着。

 

薄いピンクのカーディガンとセットなのか、白い生地の上に淡い紫のラインが一本入ったマキシ丈のワンピース。

アクセントとして菫の花びらが端に小さくあしらわれてあるのが特徴らしい。

 

対して、一方通行は白と黒の無地の洋服をいくつか見繕うついでに白いフード付きのコートなど、ブランドには劣るがそれなりのものを購入した。

どれもシンプルなデザインで、飾り気などほとんど見られないが、それなりにいい生地を使っている。

 

その一着を決めるのに一方通行の倍以上の時間を要したのだから、苛立たないわけない。

 

クソガキ達の御守りで、女が買い物に時間を使うのは経験済みだが、ここまでくると本気で泣かせたくなる。

しかし、自身の置かれている状況を思い出してチョーカーに手が伸びなかったのは、我ながらよく耐えたものだ。

 

 

そんな思いもつゆ知らず、先導するイリヤはひどくご機嫌だ。

ユニソロのロゴが入った白い袋を片手にぶら下げ鼻歌交じりに先行していく。

まるで遠足帰りの幼稚園児だ。

 

(ったく、女ってのはなんでこんなに買い物に時間がかかるのかねェ)

 

気を取り直して、疲れた息を吐き出す一方通行。

脳裏に小さなワンピース姿の少女が現れ、疲れてンなと、嘆息交じりもう一度大きく息をつくと、一方通行は空を見上げた。

青かったはずの空は、西の方から茜色に染まり始めている。

ユニソロを後にした後、ファーストフード店からデパートまであれもこれもとクソガキの言う通り寄り道している間に、こんな夕暮れまで長居してしまった。

 

当初の目的もすっかり忘れているであろうイリヤを一瞥すると、一方通行は視線を外して雑多する人ごみを眺める。

付いたり消えたりを繰り返す街灯。その下を歩く人々は良くも悪くも『普通』だった。

 

学園都市のように学生ばかりではないこの都市は、行き交う大人の数は一方通行にとっては新鮮であれど、別にたいして驚くことではない。

これまでも、研究者に囲まれて生きてきたのだ。この程度、一方通行にとっては数あるうちの一人でしかない。

むしろ、何でもない『ただの』真っ当な大人の方が珍しかったりする。

 

皆、仕事帰りの者だったり、これから忙しく働こうと腕時計を忙しく確認するものなど様々だ。

 

当たり前だが、今までの生活を鑑みてみれば仕方のない。

そう思い返して、先導するイリヤに視線を向けてから、視線だけを動かして周りを見る。

いつ何時も、うざったい視線で見られて生活してきた。

今もそういった視線に変わりはないが、向けられる視線が恐怖や畏怖からほど遠いものだと、妙に落ち着かない。

 

これがあの教師の言っていた当たり前の日常、という奴なのか。

 

そこまで、考えてまるでその考えを打ち消すように、首を小さく振った。

ここにいる人間も、自分がどういった存在なのかを認識すればすぐさま同じような視線を向けてくるに違いない。

むしろ、自分に親しく話しかけてくる『彼女ら』の方が稀なのだ。

 

(――俺の頭もずいぶンと都合のいい平和ボケするようになってンなァ)

 

昼間より人ごみは一層多くなるが、一方通行が杖をついているからなのか、『二人』の前だけ裂けるように道ができていく。

周りの視線もそろそろ鬱陶しくなってきたところで、イリヤを呼び戻そうと正面を向くと、彼女がいない。

 

一瞬、迷子にでもなったか、と不安が一方通行の頭をよぎったが、すぐに思い直して足元に視線を投げる。

 

(あいつほどガキじゃねェか)

 

心の内でそう呟き、面倒ごとにならかったことに小さく安堵した。

いつの間にか先導していたはずのイリヤが一方通行の顔色を窺うように横についている。

そこまで確認して、イリヤの緋色の瞳と目が合う。

 

そして、イリヤが何でもないような口調で口を開いた。

 

「ねぇバーサーカー? これからどうするの?」

 

お前がそれを言うのか、と罵倒したくなったが喉もとでぐっと堪える。

相手はガキだ。

そう自分に言い聞かせ、心を一度落ち着かせると毒気が抜かれたかのように大きく息をついた。

そして、何気ない様子で目下の目標を口にした。

 

「・・・・・・まずは電極の問題だな。コイツを解決しねェと話にならねェ」

 

「でんきょく? そのでんきょくってものはなんなの? バーサーカーにとっては大切なものなの?」

 

首をかしげるイリヤを横目で見て、一方通行は予想通り、と言わんばかりに視線をそらした。

イリヤの疑問は当然だ。

むしろ、ここで疑問を抱かなければ、これから起こるであろう戦いに生き残ることなど、夢のまた夢だと笑い飛ばしていたところだろう。

このクソガキがどうなろうと関係ない。

しかし、これは一方通行の能力の根幹となる問題でもある。

 

(・・・・・・このクソガキには、言っといたほうがいいのかねェ)

 

はっきり言って悩みどころであるのは確かだ。

基本的に一方通行にとってチョーカーのバッテリーは生命線である。

一方通行を倒すにはこのバッテリーをどう消費させていくのかが大きな鍵といってもいい。

この問題を話すということは、自身の弱点。つまり弱みを話すことにもつながる。

別にこの問題を話してもいいが、まだこのクソガキを信用しきっていない一方通行にとっては情報漏洩の可能性も考えると、むしろリスクでしかない。

 

さてどうするか。

 

そう悩んでいたところで、不意に横からか細くも、意思のある声が聞こえ、一方通行は目線だけそちらに向ける。

そちらを見ると俯いているイリヤと視線が合った。そして、言い淀むようにして唇を動かし、やがて控えめな声がイリヤの口から吐き出される。

 

「あのさ。バーサーカーってさ、私に秘密にしてる事が、多いよね」

 

すぐに視線は外されたが、やや控え気味に、そして遠慮気味に顔を伏せる彼女の声は小さく頼りない。

先ほどまでのはしゃぎようでは考えられないほどに。

いや、むしろ先ほどまでの姿が、否定されることを恐れての無理な演技だったのかもしれない。

そう思えるほど、今のイリヤの姿は頼りなく弱々しく感じる。

 

「もしかして、私のこと信じられない? それともやっぱり、……私なんかには教えられない?」

 

再び顔を見上げ、胸のあたりで小さく拳を握るイリヤを見て、一方通行は逡巡したのち、内心でため息を吐き出した。

そして、甘くなったな、と自覚しつつも観念したように小さく呟いた。

 

「・・・・・あとで教える」

 

「ぜ、絶対だからね!!」

 

わかりやすくうれしそうな声を上げるイリヤ。

今にも聞き出したいのを必死に堪えているような、そんな笑顔を向けられ、一方通行は思わず顔を逸らした。

 

(ガキってのはどいつもこいつも、顔に出るよなァ)

 

こういった負の感情以外を他人から受け慣れていない一方通行にとって、こういった素直な反応は対処に困る。

打ち止めならばいざ知らず、出会ったばかりの子供にこういった感情を向けられるとどう返せばいいのかわからないのだ。

 

あの女教師なら、いい兆候じゃん、とでもほざきそうだが、未だにこういった『日常』に慣れない一方通行にとっては違和感でしかない。

いつまでも嬉しそうにはしゃぐイリヤを見て、そろそろ手刀でも入れてやろうかと考えていると、イリヤは照れくさそうに笑みを浮かべ一方通行の方を見ながら前へと走り出した。

 

そう。人ごみが雑多する歩道の真ん中を。

 

感情の浮き沈みが激しいと、どうやら注意力も散漫になるらしい。

 

「おい、前見て歩かねェと――」

 

めんどくさいことになると自覚しながらも、とりあえず声をかけてやると、案の定。

 

「きゃッ!!」

 

「のわッ!!」

 

「……言わンこっちゃねェ」

 

なにか二つの物体が落ちる音が二度重なり、それを見ていた一方通行は、ため息交じりに首を横に振った。

面倒くせェ。

内心、そんなことを呟き、面倒くさがりながらもイリヤの方へと歩いていく。

幸い、倒れた場所が公道ではなく待ち合わせなどに使われるような広い噴水広場で助かった。

周りを見ると、ほかにも誰かを待っているのか立ち止まっている社会人や学生がチラホラと見える。

そんな中の一人とぶつかったのだ。相手もたまったものではないだろう。

ゆっくりと歩み寄ると、ブラウンに染めたような明るい短髪の女が腰あたりをさすっているのが見えた。

 

「あいたたた、――あっ!! ごめんね~~お譲ちゃん。痛くなかった?」

 

「うん、平気。それと、ごめんなさいおねぇさん」

 

「あわわ、そんな気にしないでって、わたしもぼんやりしてたのが悪いんだし」

 

「おねぇさんこそ大丈夫?」

 

「へーき、へーき。おねぇさんはこれでも鍛えてますから」

 

まるで何事もなかったかのように立ち上がると、女性は緑のジャンパースカートの埃を静かに払った。

そして、加害者のイリヤを心配してか某体育教師のような気力の有り余ったような笑みを浮かべ、サムズアップして無事な様子をアピールしてくる。

小さく笑うイリヤを見て、どこかほっと胸を撫でおろす女性。

 

その動きを見る限り、どこも怪我をしているようには見えない。

 

そうして立ち上がった女性は、「立てる?」と言ってイリヤの手を取った。

イリヤも抵抗する気もなくすんなりと女性の手を取ると、女性の力を借りてゆっくりと立ち上がった。

ありがとう、というイリヤの言葉に、こっちこそごめんねー、とたいして気にしていないような反応が返ってくる。

 

そして、服についたほこりを払うようにしてイリヤの服を軽くはたき始める女性は、次に一方通行の存在に気付いたのか軽く会釈をして明るい笑みを浮かべた。

そんな彼女をよそに、一方通行は床に落ちた荷物に目を移す。

持っていた鞄の中身はアスファルトの上に散乱しているが、全て書類だったようで、幸いにも割れ物が入っていたようには見えない。

一方通行は、女性を一瞥してから書類をまとめて拾い上げると、鞄と共に立ち上がった女性に差し出した。

 

「すまねェなァ。うちのクソガキが迷惑をかけて」

 

「おっ! お譲ちゃんのお兄さんかな? ずいぶんと真っ白だね~」

 

「……よく言われる」

 

「それに、肌もきれい。うわ!? うらやまし~!!」

 

どんなスキンケアしてるの? とか、少年、もっと肉を付けた方がいいぞ!! などよくもまぁ見知らぬ他人にいらぬ世話を焼きに来るものだ。

 

初対面ではありえないほど親密に話しかけてくるので、一方通行は思わず一歩後退し、面を食らってしまった。

 

しかし、すぐに持ち直して、体勢を立て直すと、女性の隣に立つイリヤを見る。

彼女も彼女で、あまりのことに思考が追いついていないのか、ポカンとした様子でこちらを静観するしかないらしい。

そこまで理解し、一方通行はあきらめるように嘆息し、空を仰ぎ見てから女性に視線を移した。。

本当に社会人か、と疑いたくなるが、こういった人種は下手に話を遮ると逆に話が長くなる傾向があるのだ。

もちろんすでに経験済みなので話を遮るような真似はしない。

遠慮のない物言いと、ボディタッチ。

まるで、無理やり猫を撫でまわす無邪気な子供のようだ。

 

どつかれ、義弟の愚痴まで溢されてもそれらすべてを律儀に、ぶっきらぼうに答える一方通行。

そんな一方通行に気をよくしたのか、さらに女性の口の回転数が上がっていく。

やがて受け答えが面倒臭くなると、女性には聞こえないように小さく舌打ちする。

 

「チッ。…………もう、いいか」

 

一方通行の姿を見て不気味がられることは何度かあったが、物珍しそうにそれも口に出してきたやつは何度目だろうか。

その口調にまったく嫌味を感じず、しかも善意百パーセントというあの女教師にも似た雰囲気を感じさせる。

いつもの一方通行なら、適当に嫌味でも吐いて立ち去るのだが、こうまで瞳を輝かせてこちらを見てくるのだ。

どう反応していいか、思わず言葉に詰まって、一方通行は立ち上がったイリヤの荷物を拾い上げると、ぶっきらぼうにイリヤに声をかけた。

 

「・・・・・・おい、さっさと行くぞ」

 

「えっ!? あ、うん。・・・・・・あ、それとおねぇさん」

 

ようやく復帰したのか、一方通行の声に反応して、イリヤは肩をすくめるとついてこようとする傍らで、何かを思い出したかのように女性の方を振り返った。

女性の方も、満足したのか立ち去ろうとする傍らで、動きを止めて振り返る。

 

「ん? なにかなぁお譲ちゃん」

 

「えっと。その、今更だけどおねぇさんの手から落ちた紙が風で飛んでってるけど――」

 

「へ? あぁホントだ」

 

女性も自分の手に紙がないことにいま気づいたのか、自分の右手を見てからイリヤの指し示す手の先を見る。、

 

「いやー忘れるところだったよ。ありがとうお嬢ちゃん――って、のわあぁぁぁぁ!? お使いのメモ用紙があああぁぁぁ!!」

 

イリヤが指し示す方向にカサカサと動く紙切れが。

そして、彼女が振り向いた瞬間、それは意志を持った鳥のようにアスファルトから離陸し、果てしない夕焼け空の彼方へと飛んで行った。

 

一方通行が見る限り、その女のポケットから逃げ出したであろう買い物リストは、狙っていたのかと思えるほどのビル風の強風で空の彼方へと飛んでいった。

 

彼女が出した右手は行き所を見失い、むなしくその場で固まるしかない。

 

「今日の、今日の晩御飯の材料が書いてあるのに」

 

両手で頭を抱えてから膝をアスファルトに落とし、ガックシとうなだれる女性。

まるでコントのような一瞬の出来事に、ポカンとするイリヤを他所に、一方通行は気まずそうに頬を掻いた。

見慣れた光景、というわけではないが、某ツンツンヒーローのような不幸スキル。このまま見捨てるのも気が引ける。

迷惑をかけた手前、一方通行は気まずそうに女性を見ると、彼にしては珍しく、仕方がないとばかりに小さく息を吐きだした。

つまり。

 

「おい、女」

 

「ん? なによ」

 

大の大人が半分涙交じりの目を向けてこちらを睨んでくる。そのテンションは先ほどとは打って変わって絶望のような様子だ。

 

感情の起伏が激しい奴だな。

 

そんなことを胸の内で吐露するがこうなっては仕方ない。

変に絡まれる前に済ますことはさっさと済ました方がいいだろう。

だいたいこういうのと関わると後々面倒になることは学習済みだ。

理解はしている。

それでも一方通行は彼女に渡した手提げ鞄に視線を向けた。

 

「その鞄に必要ねェ紙とペンは入ってるか?」

 

「そりゃ、私は教師だから、それくらいは持ってるけど」

 

「だったら、何も言わずにそれを寄こせ」

 

「えっとー。はい、紙とペン」

 

鞄を開け、彼女は首をひねりながらも鞄から紙とボールペンを取り出す。

それを手渡された一方通行は若干皴の入った紙を四つ折りにすると、受け取ったペンを改めて観察し、思わず眉間にしわを浮かべた。

 

趣味をどうこう言うつもりはないが、トラ柄のボールペンは女としてどうなんだ。

 

そんな突っ込みをよそに一方通行は無言で渡された用紙にペンを走らせる。

そして、

 

「ほらよ」

 

無造作にへたり込む女性の方へと突き返した。

それを受け取った女性は、紙に書かれたあることに目を落とすと、一呼吸間を置いたのち、

 

「え、・・・・・・ああぁぁぁ!! メモ用紙と同じことが書かれてるっぽい!!」

 

「いちいち大声だすンじゃねェよ。それと書かれてるっぽいじゃねェ。同じことを書いたンだよ」

 

驚愕の大音声に、片耳を塞ぐ一方通行。

何度か、メモと一方通行の顔を見比べた女性は、やがて瞳に若干の涙を浮かべると、

 

「し、白いの~~~~!!」

 

感極まったような顔で、一方通行の方へ飛びついた。

当然、突然の出来事で反応できるはずのない一方通行は、彼女のタックルに似たハグを無条件に受けることになる。

身体がくの字に折れ曲がり、衝撃がダイレクトに一方通行を襲う。

その結果。肺から酸素がごっそり奪われ、抵抗するも彼女の力強い抱擁を解くことはできず、ジタバタとその場でもがくことしかできないのであった。

あの性悪が横で見ていれば、おそらく大爆笑して便乗してきたに違いない。

 

しかし、横でそれを見ていた良識のあるクソガキは突然のことで、文字通り目が点になっていた。

 

「っく、おい。やめろ。急に抱きついてくンじゃねェ!!」

 

「ありがどう~~!! これで、これであの子のご飯が食べれる~~」

 

「いいから、離れろ! さりげなく鼻拭うンじゃねェ!? あとテメェ、コッチは杖つきだぞ!!」

 

「あの、お、おねぇさん?」

 

 

状況を完全に理解していないのか、控えめに声をかけるイリヤの声がむなしく響く。

周りの視線もそろそろ痛々しくなってきたところで、突如として女性の動きがぴたりと止まった。そして、

 

「――ハッ!! このままではタイムセールに遅れてしまう」

 

一方的に何かに気付いたのか、ニュータイプめいた何かを感じ取った女性は慌てて一方通行を引きはがすと、街灯の近くにある時計に目を向けて時刻を確認した。

時刻は四時三十分を過ぎたところ。こっちのスーパーでも同じならこの時間帯は言うならお買い得シールが貼られる時間だ。

そして、あわあわと両手を宙に彷徨わせる女性は、落とした鞄を拾い上げると、

 

「じゃあねーお譲ちゃん。あ、白いのも本当にありがとー!」

 

名前も名乗らず去っていった女は大きく手を振り、己が目的を達成するために獣のようなスピード走り去っていった。

しかし、彼女は知らない。

一方通行に預けた紙が実は超重要な書類だったということに。気付いていて注意しなかった一方通行も一方通行だが、彼女が真実に気づいて絶望するのはまた別の話。

 

「・・・・・・嵐のような人だったね、あの人」

 

「ああ、騒がしい奴だったぜ」

 

ようやく解放された一方通行は、肩で大きく息を整えて、イリヤの言葉に大きく同意した。

能力を使ってこっちから引きはがしてもよかったが、それではバッテリーの無駄だ。

こういった面倒ごとをいつもは能力を使って解決してきた一方通行にとって、やはりバッテリーを充電できないのは痛手でしかない。

 

(ああいった面倒を回避するのに、充電はやはり不可欠か)

 

顎の汗を手の甲で拭い、呼吸を整え終えたところで、こちらの様子をうかがうイリヤの姿に気が付いた。

その目は、図りがたいようなよくわからない色をしている。

 

「ねぇ、バーサーカーって実は頭がいいの? 風に飛ばされたメモを一瞬見ただけで記憶するなんて」

 

「勝手に言ってろ」

 

「だから、子ども扱いはやめてってばぁ!!」

 

 

イリヤの髪を乱雑に撫で上げると、突然、一方通行の手のひらから頭にかけて奇妙な感覚が襲う。

それはどこか、痺れのように感じるがそれは一瞬のことで、すぐに元の感覚に戻っていった。

 

(・・・・・あン? なんだ、この違和感)

 

突然のことに眉をひそめる一方通行に、我慢できないとばかりに髪を整えながら講義するイリヤ。

それを無視して、己の手のひらを見つめるが特別変化など見られない。

しかし、何かがあったのは真実だ。

 

そして、なにかに気付いたように顔を上げると、西の夜空に視線を向け、小さく、そして深くため息を吐き出した。

 

「バーサーカー聞いてるの!」

 

「うるせェ、ガキはガキらしくおとなしくしてりゃいいンだよ」

 

そう言って、一方通行は歩き出すと、イリヤも頬を膨らませて一方通行の後を追う。

噴水場を抜け、また人通りの多い道に入るが、その道中。一方通行は振り返りもせずただまっすぐ歩きだした。

 

「バーサーカー? どこ行くの? 帰り道こっちじゃないよ?」

 

「……」

 

「バーサーカー?」

 

「……」

 

「ねぇバーサーカー。ちょっと、聞いてるの?」

 

「あン? 横でンなに叫ばなくたって聞いてるっつゥの」

 

「じゃあ、ちょっと止まってよ!!」

 

よたよたと危なげに歩くイリヤの姿を横目で見て、一方通行は小さく舌打ちすると徐々に速度を緩やかに落とす。そして、元の歩幅に戻してイリヤに向けて小さくつぶやいた。

 

「つけられてる」

 

「っ!!」

 

それを聞いた瞬間。イリヤは身を大きく強張らせて、緊張した様子で一方通行を見上げた。

そして思わず振り向きそうになるイリヤを一方通行は小声で制す。

 

「振り向くな」

 

「でも――」

 

「いいからこのまま歩き続けろ」

 

焦りのような色がうかがえるが、一方通行は別段顔色を変えることなくイリヤに先を促す。

イリヤはわずかに頷くと、自然に歩き続けた。

 

人の多い道をあえて外れ、駅前から遠のく形で歩を進める一方通行。

 

あたりはゆっくりと暗がりに近づいており、まさに襲撃にはおあつらえな時間だ。

しかも、人が少しずついなくなっているところを見ると、そろそろ痺れを切らしてくるところだろう。

 

そう判断した一方通行は、もう一度横目で不安げな表情のイリヤを見る。

それでも一方通行は淡々とした口調で口を開いた。

 

「数は三。距離は一定だが、おそらく人通りが少ないところで襲うつもりだろォな」

 

「どうするの?」

 

「むこうから出向いてくれるンなら好都合。探す手間が省けたってとこだ」

 

「じゃあ――」

 

「次の裏路地、右に曲がれ」

 

最後まで言わせずに短く指示を出すと、イリヤは一方通行の意図を理解して僅かながら頷いて前を見る。

路地裏まで残り三十メートルといったところか。

それまで無言というのも不自然なので、一方通行は適当に会話を切り出した。

それに合わせて、イリヤも自然な感じで会話に加わる。

 

「……なァ、このあと帰ったら何すンだ」

 

「うーん。きっとりズとセラが夕食を用意してると思うから、それまでは特にやることはないかな」

 

「お子様は気楽でいいよなァ」

 

「あー、また子ども扱いした。私はもう立派なレディなんだよ。子ども扱いは失礼かも!!」

 

「十年たって出直せ」

 

「バーサーカーの意地悪っ!!」

 

二十メートル。

何気ない会話だが、相手に気付かれている様子はない。

一方通行はイリヤの物言いを軽く一蹴してやると、ポカポカと小さな拳の反撃が返ってくる。

そんなことで時間を稼ぎ、やがてイリヤの反撃がやむ頃、一方通行は若干、声のトーンを落としてイリヤに語り掛ける。

 

「……なァ、マジで何もねェなら、一つ提案があるンだが」

 

「えっ!! なになに?」

 

興味深い様子でこちらの瞳をのぞき込んでくるイリヤ。

その瞳には笑顔とは裏腹に僅かばかりの緊張の色が見える。

残り十メートルといった所か。

残りの距離を確認すると、今も鬱陶しい視線を向けてくるイリヤに手刀を軽く入れ、一方通行は面倒くさそうに髪をかき上げた。

 

「別段、そこまで期待させるようなことじゃねェぞ?」

 

「いいから!! もったいぶらずに教えてよ」

 

一方通行の問いに、大声で一方通行の裾をつかむイリヤ。

その表情は、もう限界とばかりに強張っている。

そろそろ潮時か。

内心でそう呟くが、十分な時間稼ぎにはなった。

ならばあとは――。

 

「ふっ、なァに。ほンとに大したことねェよ。なにせただの……大掃除だからな!!」

 

ゼロ。

右にぽっかり空いた裏路地を急に曲がり、距離を取る。

向こうも尾行に勘づかれたことに気付いたのか、慌ただしく走ってくる足音が聞こえる。

先手を打ったとはいえ、こちらは歩行障害者一人と子供一人だ。相手がどうあれ追いつかれるのは必然だろう。

能力を使えばその限りではないが、そんなことでバッテリーを使っている暇はない。

ならば、一方通行のやるべきことは一つ。

イリヤを先に走らせ、一方通行は後ろを窺うように様子を見ながら前へ進んでいく。その際、途中隅に置かれてあるゴミ箱や段ボールなどを倒し、手際よくバリケードを作っていく。

当然、こんなのは時間稼ぎでしかない。

路地裏は薄暗く、奥に行くほど埃っぽいがそれでも夕焼けの茜色に染まる空のおかげでギリギリ視界は確保できるレベルだ。

足音は三つ。どれも間隔が短く、早いことからおそらく走っているのだろう。

 

(……このあたりか。逃走は不可能、俺がとるべき行動は一つ)

 

そう判断した一方通行は、路地裏の中腹あたりで立ち止まると、イリヤを背に回して小さく笑みを浮かべた。

そして。

 

「……ようこそくそったれども」

 

言うが早いか、一方通行は懐からベレッタM92を取り出し、静かに三人の不審者に向けた。

やがて観念したのか、三つの足音がゆっくりとなり、日陰の中から三つの影が顔を出した。

 

 

高校生。

 

 

という割には、どこか幼げな顔だちをしているあたり、十六歳あたりなのだろう。

改造学ランを身に着け、ピアスをいじったりしては、がに股で肩で風を切ったような歩き方をしている。

そうして現れた三人の男たちは、ゆっくりと制止すると、敵前にもかかわらず薄気味悪い笑みを浮かべて何か小言で話し始めた。

大方、分け前の話でもしているのだろう。

どこから、一方通行達を見ていたかは定かではないが、油断しきった彼らの顔は、余裕という文字がありありと見えるほど緩み切っており、ヘラヘラとした視線は、まるでカモがネギをしょってきた、言わんばかりの表情だ。

そうして、何かしらの話し合いが終わったのか、金髪のリーダーらしき男がヘラヘラと親しみを込めて前に出てきた。

それに続くように、後ろの二人も勇んで前に出る。

 

「いやー、くそったれか。もう、ひどいこと言うねー。なぁ?」

 

「まったくだ。女の子が、……いやよく見ると男か? どっちだっていいや、お友達に向かってそんなことを言うのは感心しねーな」

 

「そうそう、俺たち君たちと仲良くしたいだけなのに」

 

「……誰がテメェ等みたいなクソ共とお友達だって?」

 

改めて静かに銃の標準を金髪の男の眉間に向けると、リーダーらしき男はわざとおどけたような声を上げて両手を宙に掲げる。

しかし、両側に侍らしている男どもの表情は全く変わらず、むしろ今の状況を楽しんでいるようにも見える。

 

「いやいや、そんなに怒んないでよ。俺たち、君とちょっとお話があるだけなんだからさー」

 

「そう、俺たちさーちょっとお金に困ってて、ね。言いたいことわかるよね?」

 

そう言って、懐から取り出したナイフをチラつかせる。

要するに、金を出さねば痛い目に、とでも言いたいのだろう。

リーダーらしき金髪の男に続いて、残りの二人もメリケンサックやスタンガンなどいかにも不良らしい獲物を持って余裕の笑みを浮かべている。

一歩一歩、一方通行との間合いを詰め、残り十メートルまで近づいたところで、

 

「……止まれ、これは警告だ」

 

ゆったりと気だるげな声が一方通行の口から発せられた。

突然の言葉に思わず面を食らったような顔をする金髪の男は怪訝な表情で一方通行を見る。

が、さして気にも留めた様子なく改めて一歩踏み出そうとする所で、一方通行はもう一度、口を開いた。

 

「おいテメェ等、お前らにはこいつが見えねェのか?」

 

そう言って、ベレッタM92を示すように軽く振ってやると、今度は三人とも一方通行から視線を外しお互い顔を見合わせると、一拍置いてから路地裏に不良たちの笑い声が響いた。

ある者は腹を抱えて。

またある者は、堪えようとした笑みを耐えきれず吹き出し。

またある者は、馬鹿だ馬鹿だよ、などと意味不明な言葉を連呼しながら。

 

しかし、彼らは気付かない。

 

いま目の前にいる存在が、どんな目で自分たちを見ているのか。

欲に眩んでいるからこそ気付けなかった。

 

そうして数秒たっぷりと笑い終えた一瞬の静寂の後。呼吸の整わない状態にもかかわらず、金髪の男がナイフを突き出した。

 

「ひひひ、そ、それで俺たちは、どうなるっていうんだ」

 

「さっさと消えれば痛い目に合わなくて済む、っつってンだ」

 

まったく変わらぬ口調で、面倒くさそうに言い放つと、先頭に立っていた金髪の男がスッと目を細めた。

一方通行の物言いが気に入らなかったのか、怒気のはらんだ声が小さく吐き出される。

 

「……なぁ、お前。いまどういう状況かわかってんの?」

 

「お前らこそ理解してンのか? これでも随分サービスしてンだぜェ俺は。テメェ等みてェなどうしよーもねェクズどもにわざわざ忠告なンてめンどくせェことしてンだからな」

 

「三対一だぞ? お前がいましなきゃなんねえのは命乞いだ。妹の前でぼろ雑巾にされてえのか?」

 

「群れるしかできねェクズ共にか? それが脅しだとしたら落第点だないっそ胎児からやり直せ」

 

「殺すぞ?」

 

お決まりの常とう句を聞き、一方通行は軽く鼻で笑ってやると、

 

「来るならさっさと来いよクズが。テメェ等みてーな低能がいくら消えたところで誰も困りゃしねェンだしよ」

 

ぶっ殺す!!

怒気のはらんだ金髪の声が路地裏に響いた瞬間、金髪の男は一方通行に向かって駆けだした。

決定的な一歩を踏み出した。

残りの二人も獲物を手に、金髪の後に続いて各々の獲物を振りかざす。

対して、それを静かに見つめていた一方通行の対応は迅速だった。

構えていたベレッタM92をゆっくりと移動させ、首筋に持ってくる。

その手の向かう先は、黒い電極。

そして。

 

カチッ

 

何かを切り替える音と共に、眼前に今にもナイフを突き出そうと構える金髪の男を見た。

 

「忠告はしたぞ」

 

短く言い放つと、一方通行の瞳に狂気の色が灯る。

 

能力名は『一方通行』。

その己が能力をデフォの反射ではなくベクトル操作へと変換する。

彼我の距離は二メートルもない。

そこまで、認識した一方通行の行動は単純だった。

重力の戒めを解いた右足を男の胸部に向けて軽く蹴りだす。

これだけだ。

これだけで、全ての常識が覆る。

 

メシリ

 

乾いた軋む音が裏路地に鳴る。そう感じた瞬間、金髪の男が不良二人の間を縫って飛んで行った。

認識する暇も与えない無慈悲の蹴り。

そうして、飛んで行った『もの』は一度アスファルトに叩きつけられたかと思うと、バウンドして転がるようにアスファルトの上を踊り、何の抵抗もなくゴミの山へと突っ込んでいく。

その間に音はない。

 

一拍の間。

 

何をされたか、認識すら追いつかない不良の二人は、獲物を振り上げた格好で制止していた。

彼らの視界からして見れば、一番初めに駆けだしたリーダーが忽然と消えたのだ。

状況を理解するのに、脳の情報処理能力が限界を迎えていた。

 

そして、金髪の男の手から離れたナイフが地面に落ちた鋭い音が鳴った瞬間。

 

我に返ったように肩を震わせて、二人の男は後ろを振り向く。

奥にはピクリとも身動きしないリーダーの姿が。

そして、彼から視線を外し、この惨状を作ったであろう人物に目を向けると、彼らは揃って息を鳴らした。

 

視線の先。白く弱そうだと思えたはずの男が、笑っているのだ。

 

それも、禍々しく、それでいて懐かしむような笑みで。

 

「あっ、あ、あ」

 

声すら忘れたかのように後ろに一歩後退する不良の二人。

その精神を支配するのは恐怖のみ。

 

そして、彼らははっきりと自覚してしまった。

 

もう、後戻りはできないと。

今ここで、背を向けたら自分はどうなるのか。

その惨状の末、自分たちも『ああ』なってしまうことに。

 

想像が現実味を帯びてきた時ほど恐ろしいものはない。

 

そう。肉食動物に背を向けた人間がどうなるか。

逃げる草食動物を追う狩人が、次に何をしようとするのか。

 

 

殺される。

 

 

そんな言葉が脳裏に浮かんだ瞬間。

 

「う、うあああああああああああああああっぁっぁぁあぁあああああああああ!!!」

 

カツアゲなど些細な目的を完全に忘れた男は、駆けだした。

もはや絶叫。

逃げられないと悟った男は、持っていたスタンガンを手にがむしゃらに振り回して一方通行の元へ走る。

一方、状況をまだ完全に把握しきれないメリケンサックを持った男は、走っていく仲間をただ見送るだけしかできなかった。

そうして、彼は見てしまった。

 

一方通行が左手に持つ、黒いものを。

メリケンサックを握った男がもう一方の男を呼び止めようとしたとき。

一方通行は電極のスイッチを切り替え、能力使用モードを切ると素早く男の方に拳銃を向けた。

そして、

 

「……テメェ等が選んだ幕引きだ。後悔しながら死ね」

 

標準を向かってくる男に定め静かに引き金を引く。

 

タン

 

乾いた音が一つ路地裏に木霊する。

そうして、何が起きたか理解できずにいるスタンガンを持つ男は、足がもつれる様にして無様にアスファルトに転がった。

脛を的確に撃ち抜かれた。

 

しかし、どうして足からこんなに血が出ているのか、理解できる理性はもはや彼にはない。

 

腕や顔に擦り傷を作りながらも、取り落としたスタンガンを慌てて拾おうと手を伸ばす。ところで、見慣れない靴が見えた。

そして、それが誰のものかを瞬時に理解すると、痛みも忘れて恐怖に歪んだ表情で見上げた。

 

「っひ」

 

短い悲鳴はそれ以上続かなかった。

一方通行は足元に転がった男を静かに見下ろすと、その鳩尾に向けて蹴りを入れる。

がっ、という何かを吐き出した音と共に男は動かなくなる。

 

それを確認した一方通行は、ゆっくりと首を動かし最後の『標的』に目を向けた。

 

見る限り、メリケンサックを最後まで握っていた男に戦意はもうない。

圧倒的な力に加え、本物の拳銃というのが決め手だったのか。

今まで保ってきた精神の支柱をポッキリと折られたように、力なくその場に尻もちをつくと過呼吸気味な様子で少しずつ後退していく。

 

しかし、一方通行はそんな彼にも容赦はない。

 

どんな相手であろうと油断すれば敗北を招く。

以前の苦い教訓を思い出し、わずかに眉を顰めて小さく舌打ちすると、一方通行は杖を突きながら一歩踏み出した。

 

 

路地裏に響く死神の足音。

軽快な杖の音が、まるで男の寿命のようで、呆けた顔で理解することをやめた男の顔は滑稽だ。

 

やがて、一方通行の影が男の体をすっぽりと覆いつくすと、一方通行は足を上げて勢いよく男の右肩を踏みつける。

それが一方通行の足だと理解するのに数秒かかったのか、驚いたように目を見開いた男は突然の衝撃で倒れ、頭を強く打つ音が聞こえた。、

しかし、それでも一方通行は構わず、不良の肩を踏み砕く勢いでもう一度踏みつける。

アスファルトに押し付けられた男は苦悶の表情で顔をゆがめるが、一方通行は構わずに徐々に体重を片足に乗せていく。

小さなうめき声はやがて大きな悲鳴となり、やがて

 

ガコン

 

と何かが外れた音を境に、男が声にならない悲鳴を上げた。

 

それはどこか助けを求めるような声色でもあり、今まで男が行った悪事を懺悔するようにも聞こえる。

己の肩を抑えて、必死に痛みから逃げようとするが逃げられない。

 

所詮、十数年の人生だ。

 

外的痛みに対してはある程度の耐性があろうと、ここまで精神的に追い詰められたのは初めてなのだろう。

いっそ、このまま気絶してしまおうかと、男の意識が落ちようとした瞬間。

一方通行はあえて、踏みつけている足をひねり、無理やり不良の意識を覚醒させる。

 

「があぁぁぁあああああああぁっぁぁぁあぁあ!!」

 

痛みが全身を駆け抜け、気絶することすら許さない。

まるで化け物でも見るような目。

恐怖に彩られた瞳を見つめ、一方通行は忌々しそうに舌打ちすると、大きく息をついて拳銃を男の眉間に向ける。

そして、

 

「そこのクズ共を連れてさっさと俺の前から消えるか、ここで死体に変わるか選べ」

 

低く呪うような声色で化け物を見るような目つきの男に言い放つと、一方通行は首筋に手を持っていき能力を発動する。

そして、男の肩を軽く小突く。

 

カコン。

 

何かがはまる軽快な音と共に痛みが肩を駆ける。

そして、男は大きくうめき声をあげて蹴られた己の肩を見て、絶句した。

いまだに痛みはあるが外れていた肩が治っている。

 

ありえない。

 

そのことを理解した瞬間、自分たちがどんな存在を相手していたのかをはっきり自覚した。そして、一方通行の忠告を思い出したように慌てふためき、一方通行に背を向けて駆けだした。

二人の仲間を置き去りにして。

 

「……クソが」

 

消えていく男の姿を見送り、電極のスイッチを切ると一方通行は振り返って、物陰に隠れるイリヤの元まで歩く。

そして、その一歩手前で伸びている男の懐に手を突っ込んだ。

そのわずかなふくらみのある胸ポケットから携帯を取り出すと、面倒くさそうにとある番号を押し、数コール後相手が出たかと思うと一方通行は簡潔に一方的な情報を伝えて、携帯を踏み砕いた。

 

そうして周囲の安全を確認すると、今までずっと隠れていたのか。すぐ手前の物陰から、幼い声が響く。

いつの間に隠れたのかは定かではないが、物陰から顔を出すイリヤを見て、一方通行は簡潔にまとめて答える。

 

「どこに電話かけたの?」

 

「119」

 

そう告げると、もう危険はないと判断したのか、イリヤは段ボールの積まれた場所から恐る恐る顔を出し、緊張を解くように大きく息を吐き出した。

隠れて耳でも塞いでいたのか。それともこちらを見ていたのか定かではないが、この惨状を見て臆さないところを見ると。

 

(……この程度の惨状は『教育済み』ってことか)

 

殺せなくても、魔術師にとっては見慣れた惨状なのだろう。

『向こう』でもハワイの一件で見せたバードウェイの平然とした様子を思い出して、静かに納得する一方通行。

しかし、一方通行の元に歩み寄ってくるイリヤを観察していると、妙におびえた様子が返ってくる。

 

「へ、へぇ、意外かも」

 

「……一応聞いてやるが、なにに対しての言葉だァそれ」

 

「いや、別に人間性をどうこう言う気はないよ!! バーサーカーのことだから、向かってきた敵のことなんて、その。気にしないかと」

 

「別に放っておいてもいいンだがな。問題起こして『監視』が入るのもウザッてーだけだ」

 

人差し指の先を合わせながらもドンドンと声が尻すぼみしていく。

はじめは大きく否定しては見たが、いざ話してみると後でチョップが飛んでくるだろうな、とでも直感したのだろう。

あえて視線を合わせないのは気まずいからなのか。

鬱陶しく距離を詰めてくるイリヤをひらひらと手を横に振って追い払う。

 

しかし、それでもこの見上げてくる視線が妙に気になる。

それがどうしてなのか理解はできないが鬱陶しいことは確かだ。

 

キョロキョロとあたりを観察するイリヤ。そして地面に転がっている男を指でつつくと、一番初めに飛ばされた男の方を眺めてから、イリヤは一方通行の方を見た。

 

「でも、殺しちゃったんじゃ――」

 

「別に殺しちゃねェよ」

 

「ふぇ?」

 

予想していた言葉に被せるようにして否定すると意外そうな声が返ってきた。

一方通行は眉を顰めるが、いちいち気にする必要もない。

大方、向かってくる敵は全員皆殺し。とでも認識されているのだろう。

今までの行動から鑑みればその反応もあながち間違いではないが、さすがに皆殺しは後始末が面倒だ。

ましてや、あのような自ら悪事を働いて快感を得るような相手を殺していたら土地がいくらあっても足りない。

 

誤解を解くか、それとも放置するか、一瞬だけ考え面倒くさそうにため息を吐き出すと、一方通行は向こうで沈んでいるリーダーの方を指さした。

 

「あンなクズいちいち消してったらキリがねェ適当に沈めただけだ。……まァ肋骨全部にヒビいれたから後で地獄見るだろォがな」

 

「よ、よく心臓が止まらなかったね」

 

「生きてるのが不思議な状態だろォがな」

 

引き気味な声に、一方通行はくだらなそうに息を吐き出し、イリヤの頭部に軽い手刀を入れる。

手刀を甘んじるように大人しく受け、イリヤはホッと安堵の息を漏らした後、何かに気付いたように頬を膨らませた。

朱に染まった頬。

目じりを若干つり上げ腰に手を当てたかと思うと、イリヤは突然、腕を組んで明後日の方を向いた。

その様子を見た一方通行は、怪訝そうに眉をひそめてイリヤを観察していると、次に人差し指をいじっていたイリヤが振り返り、不貞腐れたような、照れくさそうな声が飛んできた。

 

「でもさ、ただの不良だったなら言ってくれてもよかったかも。サーヴァントかと思ったじゃない!!」

 

「あァそうだったな。お嬢様にゃ少々刺激的すぎたか」

 

「子ども扱いしないでってば! それにあれだったら私も少しくらいサポートできたのにっ!!」

 

「サポートもクソもあるかっての。……それに一つ収穫もあったしな」

 

「収穫?」

 

なんのことだか分かりかねるように首をひねるイリヤを見て、一方通行は大きく首を横に振った。

まるでわかっていない。

いやむしろ、これが正常なのかもしれない。

自分が『異常』なだけなのだ。

 

そんな考えを一瞬巡らせ、一方通行は電極のスイッチを入れる。

 

そして、一方通行は答えを示し合わせるようにイリヤの元に一歩歩み寄ると、寄り添うような形で彼女の横に立ち、

 

「クズみてェなエサで本物の屑を釣ったんだからなァ。――だろォ?」

 

「へ?」

 

間抜け面のイリヤを他所に、発砲音が二発連続して鳴り響いた。

それが一方通行の構えたベレッタM92からのものだと理解するのにワンテンポ遅れて気付いたらしい。

反射的に耳を塞いだイリヤと目が合って、それでも一方通行は静かに呟く。

 

「自分の身は自分で守れ」

 

「なんの――ッ!!」

 

しかし、イリヤの言葉は続くことはない。

彼女の言葉を遮るようにして、目の前から白い何かが落ちてきたからだ。

それを認識した瞬間、イリヤは遅れて身を強張らせた。

白い骨。

しかし、明らかに人間のもの、いや。動物のものではない異形。

つまり。

 

――魔術。

 

慌てて、あたりを警戒するイリヤを尻目に、一方通行は至って平然とした雰囲気を崩さずあたりを観察した。

 

(左右からくる気配がねェ、ってことは必然的に――)

 

まるで分り切っていたような対応。

そこまで瞬時に答えをはじき出すと、一方通行は空を見上げる。

そして、一度イリヤの方に視線を向けると、小さく舌打ちして

 

「舌噛むなよ」

 

「え、ちょ、ちょっと待って――」

 

短く、そして的確に指示すると、一方通行は何でもないようにイリヤを小脇に抱え、飛んだ。

横でイリヤが何かを叫ぼうとしていたようだが関係ない。

足にかかるベクトルを操作して、左右のビル壁を伝っていく。

相手に飛行能力があるか定かではないが、的を絞らせないようにアーチを描くようにビルの間を左右に移動する。

その際、白い何かが壁に張り付いているのが見えたが関係ない。

あえて無視して、上を目指す。

そして、ビルより上へ『跳躍』したところで、『奴ら』が牙をむいてきた。

 

二体の何かが左右から同時に襲い掛かってくる。

姿かたちを表現するなら骨の獣といったところか。

生物学的にはあり得ないような骨格と、二足歩行のために発達したであろう体つき。

両手には骨を研いだようなものなのか、鋭いナイフが握られている。

 

今にも振り下ろされそうな二体の距離を観察し、魔術が関与している可能性を瞬時に判断すると一方通行はまず左から来る敵に銃を向ける。

そして、三発の発砲音。

空中で動いているにもかかわらず正確に頭部を射抜き、沈黙したのを確認すると、一方通行は腰を軸にコマのように左に回り、返す左手でもう一方を粉砕する。

 

パン

 

砂が崩れるような軽快な音と共にパラパラと砕け散ったそれらを確認すると、一方通行は重力に従ってビルの屋上に着地した。

そして、抱えていたイリヤを適当に投げ捨てると「ふみゃ!?」という悲鳴と同時に非難の視線が一方通行を射抜く。

が、一方通行はそれに目もくれず、たったいま砕け散った骨の欠片を拾い上げた。

 

(……こりゃカルシウム、じゃなくて炭素か? 一見骨のよォだが、明らかに脆すぎる)

 

拾い上げた物体を一瞬で解析し、静かに分析すると崩れたそれを一つ軽く潰す。

炭素といっても精製方法によってその密度、硬度は変わってくる。

ダイヤのような希少な原石からボロボロの炭に至るものまで様々だ。

ただ、言えるのはこの骨は明らかに従来の骨より脆く、あらかじめそうなるように作られているかのようにさえ思える。

 

(よォは探索、または偵察目的で作られてるっつゥことか)

 

しかし、一方通行の能力に限っては硬いか柔らかいかなど関係ない。

その気になれば、指先一つで骨や鉄筋を断ち切れるのだ。今の一方通行には大した脅威になることはない。

 

「おい、クソガキ」

 

「ひゃ、ひゃい」

 

いきなり呼ばれて驚いたのか、後ろで先ほどからこちらの様子をうかがっていたイリヤが、肩を震わせて一方通行の横に回った。

そして、一方通行に骨の欠片を渡された瞬間。ハッとなって目を細めると、その形状を静かに分析し始めた。

その表情は冬木の教会で見せたものと同じく、いっそこのままの方が静かでありがたいと思ったりもするが、二人同時に無防備になるわけにもいかないので、一方通行は周囲を警戒してイリヤの言葉に耳を澄ました。

 

「……これは、たぶんゴーレムかも」

 

「ゴーレムねェ。つゥことは当然作れる奴が限られてくるよなァ?」

 

答え合わせのように確認を取ると、今もなお分析を続けるイリヤが大きく頷くのが見える。

 

「うん。これは普通の魔術師じゃまず無理。そもそもゴーレムの属性はよほどの例外がない限り『地』の属性。それなのにこれはいくつかの別の属性も付与してるみたい」

 

「なら、こいつらの大本はつまり――」

 

「「キャスター」」

 

 

 

 

「ご名答。――とでも言っておこうかしら」

 

 

 

 

 




お久しぶりです。川ノ上です。

お仕事の関係上、長らく更新できずすみませんでした。
ここまで、皆さんが更新を心待ちにしていた、という事実に、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです!!

これからは、できるだけ月一更新できるように努力していくので、今後の展開に期待していただけると嬉しいです。

二体目のサーヴァント現る!!
一難去ってまた一難。
どうなる一方通行!? 今後の活躍にご期待ください!!

それでは今回はこの辺りで筆を置かせていただきます。
感想、ご指摘、評価のほどを頂けるのであれば、よろしくお願いします。
そして、読んでいただきありがとうございました!!

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