fate/accelerator   作:川ノ上

4 / 17
考察と目処

応接室を出た一方通行は、杖を突きながら廊下を進んでいくと、とある大きな両開きの扉を見つけた。

城、というだけあってその扉はいかにも中世のヨーロッパを模したような作りで見事な装飾がなされている。今まで通ってきた廊下にも幾つか豪華な扉は見受けられたが、これは今までの扉より、一層異彩を放ち、一方通行の興味を惹きつける。

一方通行は一度、大きな扉を観察し、ゆっくりとした動作で取っ手に触れた。

冷たい感触が一方通行の手に伝わり、一方通行は静かに息を吐き出す。

そして、扉を開けなかを覗くと、そこには恐らく城の住人が必要でないと判断した家具や骨董品などが、丁寧に仕舞い込んであった。

明かりはない。しかし、奥の方から溢れる月明かりと、一方通行が開けた扉から漏れる光で、部屋の概要は薄っすらと視認できる。

大きな壺から使い古されたタンスなどと様々なものがこの部屋には溢れかえっている。

おそらく物置として使っているのだろう。

それにしても、広い部屋だ。

一方通行は無言で片手をチョーカーの方へやり、部屋に入る。そうして、辺りを見渡して人の気配が無いか警戒体勢をとった。

しかし、人が潜んでいる気配は無く、一方通行は静かに警戒を解いた。

 

(・・・・・・ほこり一つ見あたらねェ。手入れまで行き届いてやがる)

 

指を家財に滑らせても、埃が全く付着しない。

定期的に掃除しているのだろうが、見事なまでの出来に一方通行は静かに感嘆の息を漏らした。

 

(ンなことより、どこか身体を休める場所でも探さねェと)

 

気を取り直して物置の探索を再開させる一方通行。

幸いにも全ての物が等間隔に整理整頓されているため、杖を突いた状態でも進みやすい。

そうして、一方通行はまっすぐ部屋の奥へ進んでいくと、月明かりが差し込む窓際に、なんの飾り気も無いシンプルな作りのソファーがぽつんと鎮座してあるのを見つけた。

どこか、豪華な装飾がついてあるのかと言われればそうではなく、至ってシンプルで設計者が使いやすいように、と余計なものを排除したような、そんな造形をしている。

ソファーに指をすべらせる一方通行は、ほこりなどの汚れがついていないことを確認すると、

 

「作りも悪くねェし、寝るには丁度いいか」

 

誰もいない空間で独り言を呟き、一方通行はソファーの横幅を十分に使って、横になる。

案の定、一方通行の身体に合わせるようにソファーのクッションが沈み、普段使っていたソファーより寝心地が良い。

そして、小さく息をつくと、

 

(――ハァ。・・・・・・めンどクセェことに巻き込まれまれっちまった)

 

一方通行は、現状を整理するために思考の海に沈み始めた。

 

(・・・・・・ひとまず、状況を整理しなきゃなンねェ)

 

そう、まずは状況の整理だ。

あまりにも、急な展開に頭がついていけない。

 

(さっきの、イリヤとか名乗ってたガキが言う事を照らし合わせると、どうやらここは俺のいた世界じゃあねェらしい)

 

乱暴に髪を掻き上げる一方通行は、とにかく思考する。

現状を理解するために。

 

(・・・・・・俺の記憶が確かなら、俺があのガキに召還される前は黄泉川のマンションで寝てたはずだ)

 

(ソレがどォいうわけか異世界に連れてこられた。過程はどうでもいいとして、あのガキの言っている事に嘘、偽りはねェ)

 

これだけは断言できる。

あの銀髪の少女の言っていることに嘘はなかった。

そもそも年端もいかない少女が命の危機に貧した状態で嘘を吐くなどできるはずもないし、そもそもそういった状況に追い詰められた人間は大抵、自分の命おしさに洗いざらい真実を語る。

これは暗部に身をおいて、培ってきた技術であり経験則だ。

その一方通行の経験があの少女は、全てにおいて真実のみを口にしていたと判断してしまった。

 

(だが気にくわねェのは、俺が『生きている』という事実だ)

 

そうなると、少女の言っていた『英霊』という単語が気になる。

 

(俺がコッチに来る前は確実に生きていた。そもそも、この聖杯戦争っつーのは、英霊。言っちまえば死んだ奴を現世に生き返らせて戦わせるゲームだ)

 

妄言でも何でもない。

絶対能力進化実験に参加していた頃は鼻で笑ったことだろうが、今は違う。

魔術の存在について実際に知ってしまったし、なにより襲い掛かって来たタイツ男の存在が聖杯戦争の存在を示唆してしまっている。

 

(そのゲームに何故、俺なんかが呼び出された)

 

それがどうしてもわからない。

 

「チッ! 考えるにして情報が足らねェ」

 

苛立ちげに呟くと、一方通行は頭を乱雑に掻きあげると、一方通行の脳裏にふっと銀髪の少女の顔が過った。

そこで髪を掻き上げる右手が静かに止まる。

そうして、僅かな情報を引き出すように一方通行は再び思考の海に沈み始めた。

 

(――そォいやー。あのガキ、俺がここに召還された時、そう。地下室にいた時だ)

 

(俺が何も知らないと言った時、あのガキ、相当驚いてやがったな)

 

タイツ野郎の乱入でそこまで気にしなかったが、これはあまりにもおかしいと一方通行の直感が告げる。

何を狙って呼びだそうとしたのかは定かではないが、サーヴァントを呼び出したのならば、少なくとも『驚く』などというアクションは起こさないはずだ。

それがどういう訳かあの少女は信じられないといった表情を浮かべた。

つまるところ、それが意味するところは――。

 

(・・・・・・つゥことは、呼び出されるサーヴァントは、もれなく現世の情報と、聖杯戦争の概要を学習装置(テスタメント)みてーに頭に叩き込まれてやがンのか?)

 

一方通行は冷静に仮定する。

いや、そうでなければならないはずだ。

なにせ、何百年・・・下手したら何千年も前に存在したであろう『英霊』などという不確定要素を呼び出すのだ。

そこにどんな原理が絡むのかは理解できないが、少なくとも呼び出した側は『英霊』に何らかの現代の『知識』を与えなければ、最悪、サーヴァントが目の前の人間を手当たり次第殺すなどして、この聖杯戦争そのものが成立しない可能性が出てくる。

 

(だが、俺には何の情報も入ってねェし、コッチに何故呼ばれたかさえ理解できなかった)

 

無意識に記憶に情報が刻まれたということもなければ、一方通行の記憶は黄泉川のマンションで仮眠をとっていたところで止まっている。

聖杯からの補助的なものは何もない。

これらのことを簡潔にまとめるとするならば、つまり――。

 

(つまり、その願望機たる聖杯にとっても、俺の召還は予期しないものだったつーことになンのか)

 

何気ない答え。

しかし、打ち出してみればこれ以上に正解に近い答えは思い浮かばなかった。

まるでパズルのピースが一つしっくりはまっていくような感覚だ。

おそらく、そう考えたほうがあとの問題にも説明がつく。

 

(なら、俺が生きている状態で連れて来られたのにも納得がいく)

 

『生きた状態』と言ってもおそらく元の世界からこっちの世界へ無理やり引っ張ってこられたという意味ではないと一方通行は考えている。

そうなれば、元の世界で混乱が起きているだろうし、一方通行という存在そのものが消えてしまうことになる。

聖杯戦争は詰まるところの魂をあの世から呼び出して、現界させた形で競わせるゲームだ。

召喚されたということは、一方通行もその枠からはみ出てはいないことを意味している。

つまり、いまの自分の身体が霊体か何かの要素で構成されているとして、元の世界では一方通行の『身体』だけ残っているという状態だろう。

そうなると元の世界の一方通行の体が気になるところだが。

 

(いや。ンなこと考えるより、早く打ち止め達のいる世界に戻るための方法を――)

 

余計なことを考えず、再び思考の海へ潜ろうとした時、ある違和感が一方通行の思考を遮る。

 

「――あン?」

 

半歩遅れて、一方通行は眉をひそめた。

いま、自分は何を考えた。

何かが一方通行の思考に引っ掛かっている。

なにか重要な事を忘れているような気がするのだ。

一方通行は、額に片手を当てて、謎の違和感を解析するため、先ほど考えたことを脳内で復唱する。

 

(俺の目的は、元の世界に帰ること。打ち止めを――) 

 

そこで、一方通行はハッと目を見開いて、突然身を起こすと、冥土返し特製のチョーカー型の電極に触れた。

 

(おいおい。今まで何を考えてやがンだ俺は。なンで気づけなかった! 俺はどういった状態で召還された?)

 

興奮気味に、かつそれ以上に自分の愚かさを嘆いたことはない。

そもそも『これ』に気づいていれば頭を悩ます必要はなかったのかもしれない。

灯台下暗し。

今の状況はまさにその言葉が的を得ているだろう。

一方通行の思考が加速する。

まるでダムに溜めていた水がダムの決壊と同時にあふれだすように、止めどない思考の波が一方通行をある『仮説』へと導いていく。

 

(この電極は、 MNW(ミサカネットワーク)の演算領域を借りて思考できるようになってるはずだ)

 

一方通行は自分の首元に手をやる。

そこにあるのは黒いチョーカー型電極。

それは『一方通行』という存在全ての生命線であり、一方通行が一方通行たらしめる楔だ。

 

(何気なくあのタイツ野郎に能力を使っちまったが、それでも能力は発現した)

 

問題は能力が発現したことではない。『発現した』という真実だ。

能力の発現。つまり、それは――

 

(俺がこうして思考できンのも、なんらかの関係でアッチの世界とコッチの世界が繋がってるっつーことになるじゃねェか!!)

 

喜び叫ぶような愚かな真似はしない。しかし、それでも、手がかりを掴んだ実感に一方通行は静かに打ち震えていた。

一方通行の欲しかった答えなど始めから自分の近くにあった。

それに気付けないだけで、気づいてしまえば後はどうとでもなる。

パズルのピースが繋がり始める。

 

(繋がってるってェことは、まだアッチの世界に戻るためのパイプがまだ残されてるっつーことになる!!)

 

あくまでこれは仮説だ。

一方通行が打ち出した仮説にすぎない。

その『パイプ』もいつまで残されているのかは一方通行にもわからない。

それでも一方通行は顎に手を当てて、月明かりに照らされながらニヤリと笑みを作った。

皮肉にも、彼女らとの『繋がり』が一方通行の現状を救ったのだ。

 

「確証はねェが、それでも希望が見えてきったってことか」

 

満足そうに、しかしどこか嬉しそうに安堵の息を漏らした。

活路は見出した。ならあとに残された選択肢は行動するのみ。

 

(打ち止めや黄泉川たちのことも気になるが、今はコッチを優先するっきゃねェな)

 

どっちにしろ、帰れない状況は変わりない。

ならば、必然的にコッチの問題を優先する他に帰る道はない。

 

(バッテリーの残量は保ってあと一日って所か。・・・・・・当面の問題はコイツだな)

 

電極のスイッチを入れてバッテリーの残量を確認する。

 

(なにをやるにしても、バッテリーが切れっちまったら話になんねェ。それにしても――)

 

電極のスイッチを切るのと同時に一度思考に区切りをつけると、一方通行は月を見上げながら、自分を呼び出した少女の事を思い出す。

 

(あのクソガキ、足が震えてるっつーのに令呪とかいうので俺に脅しを掛かって来やがった)

 

思わず、小さく。そして愉快そうに喉を鳴らして笑い声を漏らす一方通行。

不安な表情で顔を張り詰めさせながらも、自分の役目と言わんばかりに立ち上がったあの少女には、死を目の前にしても、揺るがない強い光を目に宿していた。

 

まるで、あの『最後の実験』を彷彿させるように。

 

(どんな『願い』があるかは知らねェが。性根が腐ってるって訳でもねェな)

 

あの目を宿す者に限って、くだらない願いを掲げるはずがない。

これは文字通り、一方通行の直感だ。

何の根拠もなければ、証明する証拠すら無い。

しかし、一方通行は知っている。

あの光を宿す者は決まって、何かを決意した者だと。

それが、どんなものであったとしても、あの光を宿し続ける限り、一方通行はくだらないと切り捨てない。

例え、それが悪党だとしても、一方通行は『強敵』として認める。

譲れないものがあるからこそ、あの『ひかり』を宿すのだから。

 

(聖杯ってモンには興味がねェが、ガキの泣いた顔に弱いっつー、俺の甘ェ性格もどうかしてンな)

 

自分の甘さにつくづく反吐が出る。

昔ならいざ知らず、くだらないと切り捨てていたことだ。

あの少女は打ち止めではない。

故に一方通行が手を貸す理由なんて無い。

しかし、絶対能力進化実験を経て、打ち止めと関わってから何かが確かに変わった。

昔の一方通行は打ち止めを庇った『あの時』に死んだのだ。

 

そう、一方通行はたしかに変わった。

 

それは子供から大人へと精神が成長していくように。

今まで歩んできた道のりが一方通行を変えていった。

 

それは一方通行自身も、認めたくはないが認知している。

『一方通行』という存在は確かに『変えられた』

 

夜空にきらめく満点の星明かりは、無数に点在し、今も夜空を染め上げる。

夜空は全く変わることがないにもかかわらず、星々の明かりによってその存在を変えられていくのだ。

ただの『暗闇』から美しい『夜空』へと。

 

一方通行も同じだ。

 

自分のなかに広がる暗闇はいつも『周りの光』によって照らされている。

自ら光ることはもう出来ない。

自分が『月』になることはもう出来ない。

それほどのことやってきたのは十分自覚している。

だからこそ、自らを『夜空』としてくれる『星々』を守らなくてはならない。

 

一方通行は昔にそう決意したのだ。

あの『光』を守るのが自分の役割だと。

 

窓からこぼれる月明かりは、一方通行を優しく包んでいく。

この月明かりは誰のものだろうかわからない。

 

だが、空を見上げる一方通行は静かに目を閉じた。

 

空には無駄な光など一切ない。

そこに存在することで意味をなしているのだ。

だから、一方通行はこの『星々』が消えるのを許さない。

それを消そうものならば、全力を持ってその存在を排除する。

『一方通行』という存在を為す『夜空』を守るために。

それがいままでやってきた自分のやり方だ。

ならば、彼女らのもとに帰るために、今自分がしなければならないことはもう決まっている。

 

もう、無駄なものだと無闇に切り捨てられない一方通行。

そして、本気で殺そうとした相手に嬉しそうな声で名乗るイリヤという少女。

 

おかしな関係だと、心のなかで呟き、一方通行は小さく笑みを浮かべた。

 

「俺もつくづく変な奴に召還されたもンだな」

 

現状を『受け入れ』、静かにため息を吐く。

そうして、一方通行は再び横になると、静かに。そしてゆっくりと意識を闇の中に落としていった。

 




更新が遅くなってすみません!!
そして、如何でしたか?

今回は一方さんをメインに書かせていただきました。
一方さんの存在に色々疑問に思っていた読者の皆さんもいたかと思いますが、
大丈夫です。このための伏線です!!
そして、今回はその一つを解消した形になります。
元々、全ての物語の構成は出来上がっているのですが、
ちょっと突然のスランプで筆が遅れてしまいました。
申し訳ありません!!

しかし、全身全霊で書かせていただきました。
色々と独自解釈が混ざっていますが、楽しんでいただけたのなら幸いです。

……それは文字通り細い糸。
しかし確かにつながっている細い繋がり。
元の世界へと帰る手がかりを見つけた一方通行。
右も左もわからないなか、彼は果たしてどのような行動を選択するのか。
白い少年が目覚めた時、運命は再び動き出す。

さぁ、どうする一方通行。
次回の展開にご期待ください!!

では今回はこの辺りで筆を置かせていただきます。
感想、ご指摘、評価のほどを頂けるのであれば、よろしくお願いします。
そして、読んでいただきありがとうございました!!




▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。