「……筋力値が最低レベルだと」
震える紙面を見つめ、現実から目をそらすように顔を上げるバーサーカーを尻目に、わたしは大きなため息を一つついた。
あれから穴が開くんじゃないかと思えるほどの時間を要してつぶやいた一言がこれだ。
いくら書かれている文字を眺めても現実は変わらない。
と理解したのか、バーサーカーも重い溜息を吐き出して、深く刻まれた眉間に片手をやった。
「クソが、ンだこの笑えねェ結果は」
「だから言ったでしょ、落ち込まないでねって」
「だとしてもこれはねェよ」
そう言って、再び紙面に視線を落とすと、バーサーカーは苦々しく目元を歪ませ、もう一度大きく息をついた。
短い時間、一緒に行動を共にしてきたが、ここまで動揺? しているバーサーカーを見るのは新鮮だ。
いつも澄ました態度で物を言う彼がここまでわかりやすく悪態をつくとは。
きっと本人にとっても衝撃的な結果だったのだろう。
バーサーカーには悪いが、正直、すごく新鮮で貴重なバーサーカーの姿を見れてこれはこれで満足しているわたしがいる。
しかしそうはいっても、いつまでも黄昏てもらっていては話が進まない。
床に散らばった髪やインク壺、羽ペンなんかを手早く片付けると、バーサーカーを見上げるようにして絨毯の上に正座する。
ここまであれこれとぜんぶ説明するのも苦労はしたが、やっぱり真実を受け入れてもらうのには時間がいるらしい。
一度説明すればすんなり理解してくれる分、生徒としては優秀だが、優秀すぎるのも考えものだ。
なにせ質問の仕方まで超一流なのだ。これではわたしの魔術師としての威信も立つ瀬がない。
しかし、ステータスというものの概要を理解してしまったからこそ、いまバーサーカーは苦しんでいるのだ。
まぁあんな結果であれば、放心もしたくもなる。
(まぁ初めて『見た』ときから疑問だったんだけどさぁ)
バーサーカーに聞こえないよう口の中で言葉を転がす。
だがそうはいっても他人事でもないのでため息交じりにバーサーカーを呼ぶと、フリーズしていたはずのバーサーカーがゆっくりと動き出した。
「このステータス表、本当にあってるんだろォな」
「見くびらないでよね。さすがにチョップの恨みとかでちょっといい気味とは思ってもなくもないけど、この状況でそんなことできないし、私が説明してもらいたいくらいなんだから」
まるで信じられないといった様子で確認を取ってくるバーサーカーだが、いくら確認したところで結果は変わりはしないのだ。
いやむしろ嘘であってほしかった。
なんたってバーサーカーのステータスが『一般人』と変わりないなんて事実。
「ちっ、いくらあの性悪にモヤシだなんだの言われたって、こんな無様な結果とは笑えねェな」
そう言ってバーサーカーの手に握られている紙面に目を向け、小さくため息を吐き出した。
握った紙面はすでに皴になっており、せっかくわかりやすくステータス表を作ってあげたというのに、あれでは台無しだ。
「見間違いなんて下らねェミスはねェよな」
「だからそんな凡ミスしないっていってるでしょ!! それにわたしだって『基本』がこんなんだからバーサーカーの宝具がすごいのかなって思ったのに」
いい加減信用してほしい。のに何度も聞かれるから自信がなくなってくる。
でもそうなる原因ははっきりしている。
ランサーとの戦闘光景。
あのバーサーカーとの邂逅が何度も頭を過ぎるからだ。
そう、イリヤ自身、目の前のサーヴァントのステータスが合っていないことなど十分理解している。
だから、この結果に一抹の不安を覚えているのだ。
魔術師の瞳を介してサーヴァントの能力値を図れると言っても、その評価基準は意外と曖昧だったりする。
なにせ戦闘中に能力値の上限が上がったり、下がったりするなどといった例も報告されているのだ。
それほどまでにサーヴァントという規格外な存在がどれだけ世界にとって特別なものであるのかわかるだろう。
まして、そんな彼らの戦闘能力を完全に把握するというのは、さらに難易度が上がってくるのだ。
そして決められるランクもあくまで『魔術師主観』の目安でしかない。
まずないことだが、バーサーカーが指摘した通り、力量を見間違える者もたまにいる。
しかし、これでもイリヤは魔術師、それも名家と名高い大きな魔術家系なのだ。
そんな凡ミスを許されて聖杯戦争に立たせるなどありえないし、少なくともこれまでかけた時間がそんなミスを許さない。
それでもバーサーカーのステータス値は異常だった。
数値的な意味でなく、規格外という意味で。
普通、Eランクの筋力で触れただけでテーブルを壊すことなどできないし、Eランクの敏捷性でランサーと互角に渡り合うほどの速度で動けるはずがない。
ましてや、人を抱えて何十メートルもの上空を跳躍するにはBランクほどの筋力を用いなければ不可能だ。
表示されているはずのステータスを明らかに超えているのだ。
ステータスが変動しているのかと思えば、バーサーカーの様子を『見ていた』限り、ステータスの状態に変化は見られなかった
だから、イリヤにはわからない。説明しようがないのだ。
だかろこそこうして改めて問い詰めているのだが、当の本人は黙りこくって、ジッと暖炉を眺めているだけだった。
一方通行side
一方通行は足を組むと、眉を顰め再び紙面を見つめだした。
先ほどから睨むようなイリヤの視線をあえて無視し、頭を回し仮説を立てていく。
(このクソガキが言ってる事が真実だと仮定するなら、あの全身タイツとの戦闘は割りにあわねェ)
それが一方通行の素直な感想だった。
戦闘中、能力が発動したのは不幸中の幸いだったが、それでも実際にこのステータスを見る限りランサーに殺されてもおかしくない数値だ。
一方通行自身、イリヤの感慨しい説明のおかげでステータスのランクの強度および、段階は理解できた。
それを鑑み、計算した結果、どうしても目の前の現状にエラーが出てくる。
(このステータスなら反射云々は置いておいても、俺は奴に殺されていてもおかしくねェ。なのに、俺はアイツの槍を『掴めた』)
そう、掴めたのだ。
ランクDの俊敏性でランサーと互角に渡り合い、あまつさえE程度の筋力値でランサーを振り回した。
ここで問題が発生する。
そもそも、最低レベルの筋力値でランサーにかなうはずがない。一方的に振り回すどころか踏ん張りも利かず、逆に振り回されるのは一方通行の方だった。
ランサーが一方通行と同じ筋力値Eだと仮定しても、一方通行の能力を通してイリヤが説明したステータス値に換算すると少なくともランクBはあった。
これは純粋に一方通行の能力を使い測定した暫定的な数値だが、ほぼ間違いないと踏んでいる。
そもそも、一方通行の能力は破壊にだけ用いられるものではない。
たぐいまれなるその頭脳は、現状としてミサカネットワークによって支えられているはいるが、
本来の万全な状態であるなら一万ほど演算領域を貸し出されてもまだ足りないほどの演算能力を持っていたのだ。
こういったように、敵の力量や力の大きさを測ったりなど細かい応用など一方通行の能力は様々な場面でその真価を発揮する。
でなければあの街の作った枠組みとは言え、能力者の頂点に立つことなどできない。、
だからこそ解せない。
情報は正しくなければただのゴミだ。
この不確定な聖杯戦争を勝ち取っていくにはこういった一つ一つの情報を精査し、確定していかなければならない。
暖炉の火の粉を眺め、一方通行はさらに深く思考に沈む。
(そもそも、この能力値ってのは何を基準に決まってんだ)
イリヤが示したステータス通りに一方通行がはじき出した能力値を割り振れば、少なくともランサーは片手一本でビルを一棟倒壊できる筋力を持つことになる。
手加減という可能性を考慮するにしても、ランサーの振るう槍からはそこまでの力は感知できなかった。
「基本ステータス。・・・・・・あン? なンだこの違和感」
聞こえないように口の中で転がした言葉に眉を顰める一方通行。
そもそも、もしかしたら自分はとんでもない勘違いをしていたのかもしれない。
もう一度口の中で、同じような言葉を繰り返し、
(クソガキが言ったのは英霊の『基本』のステータス――!?)
そこで一方通行は顔を上げて、イリヤを見た。
キョトンとした間抜け面が、こちらを見上げているが構いはしない。捲し立てるように質問を口にする。
「おいクソガキ。このステータスは俺自身の、『通常』のステータスってことだよな」
「だから、そうだって言ってるでしょ!! それが、どう、したの?」
業を煮やしたように声を荒げるイリヤだったが、一方通行の様子がおかしいと解ると小さく小首をかしげた。
そんな間抜けな様子に、一方通行は小さく鼻で笑うと脱力したようにイスに身体を預け、喉の奥で声を漏らしていた。
「はっ! 俺としたことがとんでもねェ勘違いをしてたみたいだな。――なら話は簡単だ」
「えっ、何かわかったの――!!」
腰を浮かせて迫ってくるイリヤに手刀を見舞い、大人しく座らせる。
小さなうめきと共に額を抑える少女は訴えかけるような視線で一方通行を睨み上げてくるが、一方通行は落ち着いた声でイリヤの動きを制した。
「黙って座ってろ」
唇を尖らせるイリヤだったが、一方通行の言う通りに大人しく座り直すと、小さく首をかしげて一方通行を見上げた。
「……で、ステータス異常の原因はわかったの?」
「ああ『ステータス情報に異常はない』っつぅ真実がな」
吐き出される言葉にいまいちピンと来ていないのか、イリヤは眉根をひそめてもう一度首を傾げた。
「え? どういうこと?」
「まぁ、この問題は俺とお前の認識の違いって奴だろォな」
「へ?」
イリヤは間抜けな声を上げると、改めて一方通行を凝視する。
そんな間抜けな視線を受け、一方通行は気だるげに椅子から上体を起こすと、視線を合わせてイリヤにもわかるように一つの真実を語りだした。
「そもそも俺はこのステータスが『能力を含めて』表示されていると考えていた」
「それって何かおかしいことなの?」
「ああ、その能力を含めてってところが問題だったンだ。そもそも能力抜きっつゥ話ならこのステータスでも納得できるンだよ」
「それってバーサーカーがもやしってこと?」
「ぶっとばすぞクソガキ」
思わず零れた言葉なのであろう。
慌てて口を押えて一方通行の様子を窺うあたり、本心のようだ。
身体的特徴について一般的な男の身体つきに比べて一方通行の身体が細いのは一方通行自身も自覚している。
だからそんな程度の煽りで切れるほど大人げないつもりはない。
ただ一瞬だけ、あの性悪の姿がちらつき本気でどついてやろうかと思ったが、額に手刀一発で済ませてやるくらいにとどめておく。
額を抑え唇を尖らせるイリヤを尻目に、小さく鼻を鳴らすと気を取り直したように説明を再開させた。
「・・・・・・まぁその認識でかまわねェ。俺の『反射』のまえじゃあ筋力や耐久力は必要としねェ」
「じゃ、じゃあ、戦いには問題ないってこと?」
「そういうことだ。身体能力のステータスが低い割には他のステータスはやけに高いだろ?」
そう言って紙面に視線を落とすとやや瞳を潤ませるイリヤも一方通行を見上げて小さく頷いた。
「まぁ確かに身体レベルに関係ないものだけ異様に高いけど――」
「なら問題ねェな。能力を開放さえすれば俺は英霊どもと渡り合えるってことだ」
そう結論付けるが、一方通行はイリヤに悟られないよう自分の首筋を擦った。
結局のところ、一方通行は能力なしではあの英霊たちと渡り合えない。
いくら知恵を絞ろうが純粋な身体能力では明らかに劣っているのだ。これはフェラーリに人間がその両足で追いつこうとするようなもの。
つまり、バッテリー切れ=ゲームオーバーが確定したも同然だ。
これまで以上に、バッテリーの残りを気にして戦わなくてはならない。
その枷が今まで以上に、一方通行の頭を悩ませえる原因になっていた。
「(わかってはいたが、時間に縛られるってのはこのバトルロワイヤルじゃあ、時間制限は足枷にしかならねェか)」
声に出さぬよう、口の中で言葉を転がし一方通行は深く椅子にもたれ掛かった。
イリヤside
ギシリと、椅子が軋みを上げる音を耳にし、わたしは見上げるようにしてバーサーカーを眺める。
先ほどまで深く刻まれていた皴が今は鳴りを潜めている。
これもここ最近分かったことなのだが、バーサーカーは苛立ったりするとよく眉間にしわが寄る。
本人はわかっているのかはわからないけれど、こういった時に余計な口を挟むとさっきみたいなチョップを食らう羽目になる。
何度も食らえばいい加減学習するし、痛い思いはしたくない。
(まぁ、実際はそんなに痛くないんだけどね)
心の内で舌を出して額を擦り痛がった様子を見せるが、取り合ってくれないらしい。
そうは言ってもこのまま一人で納得されるのもそれはそれで困るのだ。
余計なことを言ったらまたチョップが飛んでくるんだろうな、とげんなりとしながらも小さくため息を吐き出して、気持ちを切り替える。
いつもより明るまな少女の声が、暖炉の光を小さく入れる一室に木霊する。
「あ~でもよかった。バーサーカーが簡単にやられちゃうのかと思ったよ」
「あン?」
相変わらずたいした反応はみられないが視線だけはこっちに向けてくれた。
暖炉の炎に照らされる赤く紅い瞳。その相貌を見つめ、直感的にわたしは失敗したのだと悟った。
それでもその視線の意味を知るのが怖くて、わたしは一瞬だけ視線を逸らしてから誤魔化すように、はにかんだ笑みを浮かべた。
「だって、そうでしょ? まさか普通の魔術師以下の身体能力でどう勝ち抜いていこうか心配だったんだもん」
わたしの言葉を測りかねるように真っ赤な瞳は、厳しい色を秘めてわたしを覗く。
まるでわたしの動揺を見透かしているようなそんな視線。
思わず視線を床に伏せ、言葉が詰まる。
取り繕うように頬を掻いてみるが、そんな取り繕った姿などお見通しなのだろう。おそるおそるバーサーカーを見上げるわたしに諦観のまなざしが注がれた。
「・・・・・でもさ。これなら、安心しても大丈夫だよね?」
「ンなわけねェだろ。本来ならこんなことで貴重な時間を使う暇なンざねェンだぞ」
遠慮のない言葉の重みがイリヤを打つ。
重い鉛が体の奥底の柔らかいものを押しつぶしていくような感覚に襲われ、小さく喉が鳴る。
知らなかったでは済まされない。
心の中で波紋のように反芻される事実が、一層イリヤの指先から体温を奪っていく。
そもそも、サーヴァントのことを知らないということ自体、マスターたるイリヤにはあってはならない事だった。
サーヴァントは従えるもの。
それすなわち自分の手足のように使わなければならない。まして反逆されるなどもってのほか。
未熟なマスターだと、自分でも常々自覚していた。が、まさかそれ以下のそれも足手まといになるなんて思いもしていなかった。
思考の渦に沈むにつれおじい様の『教え』が頭によぎり、芯の通っていた信念を濁していく。
まるで絨毯越しの床から体温を奪われるように、徐々に手足の感覚が冷たくなっていくのを感じる。
わたしはわたし、おじい様とは違うと言い切れればよかったが、今のイリヤの精神状態にそんなことを考えられる余地はない。
見えない、知らない自分が目の前に立っているような気がして、顔を上げることができない。
今もなお、わたしの様子を見下ろしているバーサーカーの横で、小さくいやらしい笑みを浮かべて馬鹿にしてくる『わたし』。
そんなうり二つの少女が、わたしの耳元でこう囁いてくるのだ。
いままで貴女は何をしていたの?
本当にこれでいいの? なんでこんなお気楽でいられたの?
おじいさまの言うことを聞かなきゃいけないのに、なんでこんなことになっているの?
ありもしない錯覚の声に怯え、そしてそれと同時に『あの頃』の記憶が顔を出す。
悪い子だね。
悪い子は、お仕置きされちゃうね。
メスで肌を切り付けられ。
耐久テストと称して狼や悪霊の住まう森に一人取り残されたあの頃。
イリヤの内側で糾弾するような声が響き、その声はやがて震えという形でイリヤに襲ってきた。
「――おい、聞いてンのか?」
不思議そうに眉を顰めるバーサーカーだが、頭が何を言っているのか理解できない。
それよりも自分の身を抱くので精いっぱいだった。
「おい、クソガ――」
「やめて!!」
まるでバーサーカーまでもがわたしを非難しているように聞こえ、宙を彷徨うその右手がイリヤを傷つけた頃のおじい様の手と重なり、髪を振り乱して短く叫び声をあげる。
嫌われたくない。バーサーカーはそんな意味を込めてわたしを責めているんじゃないとわかってはいても、身体が言葉に過剰に反応してしまう。
そして、顔を上げればあっけにとられたように瞳を大きくするバーサーカーが見え、ハッと我に返る。
「……ご、ごめんなさい。でも、そんなの、私にわかるわけないよ」
弱々しくつぶやく声にももはや覇気などない。
払った指先を胸の奥に抱え、小さく震えが走る姿はいっそ滑稽で恥ずかしい。
ただただ嫌われたくない、呆れられたくない。
その思いだけがイリヤの心中を支え、蝕んでいく。
項垂れるようにして俯くイリヤの瞳にうっすらと涙の筋が浮かんで、慌てて目元を両手で拭った。
「本当に、本当に心配したんだから」
一方通行side
ポツリとつぶやかれた声は、どこか消え入りそうで柔らかかった。
正直、ガキが泣く姿は見慣れていないだけで、何度か経験はしている。
ガキは総じてよく泣く。
それはあの愉快にアホ毛を揺らす少女で経験済みだ。
だから、こういった時どうすればいいのか理解はしている。が、それでも一方通行にとって慣れない行動であるのもまた真実だった。
小さく肩を震わせる少女を見下ろし、一方通行は大きく息を吐き出すともう一度右手を伸ばした。
今度はゆっくりと、怯えさせないように。
俯く少女は一方通行の行動に気付いていないのか何度か鼻を鳴らすばかりでこちらを見ようともしない。
(……柄でもねェな)
番外個体に見つかればそれこそ失笑ものの姿に、自嘲気味に笑みを浮かべつつも、白く光沢のある銀髪に触れる。
初めは髪先を。徐々に手のひら全体を頬に這わせ、耳を。頭を撫でるように持ち上げる。
驚いたように大きく肩を震わせるイリヤだが、その表情はどんなに気丈に振る舞ってもやはり幼子のそれだ。
何度も見たことのある面影に、一方通行は小さく息をつくと、ジッとイリヤと視線を交わらせる。
ゆっくりと持ち上げられるその赤い相貌は僅かに濡れており、いまにもあふれそうだ。
小さく震える唇は浅く呼吸を乱し、上下する肩は抑えきれない感情を必死に押し留めようとしている。
そんな瞳から今にも落ちそうな雫を眺め、一方通行は大きく息をつくと――。
その大きな右手で乱暴にその銀髪を撫で上げた。、
「わわ、な、何するの!?」
目尻に涙の痕を浮かべさせながらも、ハッとなって必死に抵抗しようとするイリヤ。
突然のことで慌てているのか、辛気臭い雰囲気は一気に消し飛んでいく。
頬を僅かに染めて必死に抵抗してくるが、頭部をすでに押さえている一方通行にかなうはずもなく、ただただ乱暴に撫でられるしかなかった。
そうしてしばらく髪を乱していると、一呼吸置いて一方通行は静かに口を開いた。
「ガキが一丁前に俺の心配なンざしてねェで、自分の身を守ることでも考えてろ」
「バ、バーサーカーのことなんて心配してないから!! わたしはただ、聖杯戦争に負けちゃったらって言う心配を――」
そう言って腕を振り払っては来るが、目元の赤みまでは隠せない。
それでも『なにかしらの原因』は取り除けたのか白かった顔色に赤みがさしている。
それでもこれ以上クソガキを刺激するのは面倒でもあり、なにより時間の無駄だ。
適当に取り合ってイリヤの抗議を聞き流していると、一方通行は両手を掲げて降参の意志を示した。
「ハイハイ、そうですねェ。お子様は自分の欲望に正直でいいですねェ」
「もう!! なんで棒読みなの。それと子供扱いしないでってば!!」
そう言って大きく頬を膨らませるイリヤ。
イリヤ自身もまさかこんなことになるとは思っていなかったのだろう。
実際、慣れないことをした一方通行自身が己のした行動に驚いているほどだ。
それでもいつもの調子を取り戻したらしいイリヤは小さく唇を尖らせて、明後日の方向を向いた。
途中、その小さな唇が「ありがとう」と言葉を囁いたのは聞かなかったことにする。
「それで、他に聞きたい事はない?」
腕を組み勇ましく頬を膨らませるイリヤ。
いつもこれくらいなら楽なんだがな、と心中で吐露するが、鬱陶しいだけかと思い直して小さくかぶりを振るった。
「呆れてないでいいから質問!!」
むしろ開き直ったように訊ねてくる言葉に一方通行は身体を椅子に預けると、一瞬だけイリヤから視線を外し、とりあえず疑問に思った単語だけを口にした。
「・・・・・・そォだな。さっきお前が言ってた宝具ってのはなンだ?」
「ああ、そういえばその説明はまだだったね」
そう言って小さく手のひらを打つイリヤだが、一方通行と目が合った瞬間、赤くなって視線を逸らされた。
何事かと眉を顰めるが、いまは詮索している暇などない。
おおかた、一人で泣き出したことに羞恥心でも感じているのだろう。
それでも聖杯から知識を受け継いでいない以上。情報はイリヤの口から仕入れるしかない。
他にも紙や電子媒体で保管されている資料などがありそうだが探している暇などない。
概要を知っている人物がいるのならそれを利用するに越したことはない。
それが例え、自分の髪先を執拗以上に丁寧に撫でて、小さく柔らかい笑みを浮かべた少女だったとしても。
「で、宝具ってのはなンだ」
一方通行の問いに、気を取り直すように堰を切るイリヤは自慢げにその白く小さな人差し指を立てて、教鞭を振るうように指を躍らせる。
「じゃあ掻い摘んで説明するけど、準備はいいバーサーカー?」
「ああ、無駄な時間は取りたくねェんだ。……さっさと頼む」
「うん」
大きく頷き、上機嫌に開かれる口元がやけに嬉しそうに動く。
その様子を眺め、一方通行の脳は静かに彼女の言葉を受け入れる準備を始めた。
一言一句、その小さな唇から紡がれる情報を全て記憶するために。
この先も、多くのものを守っていくために。
似合わない思考だと理解してるが、それでも一方通行は黙ってイリヤの言葉に耳を傾ける。
例え、それが身の丈に合わない不相応な願いだとしても、手を伸ばさない理由にはならないとあの戦いで誓ったのだから。
どうも、川ノ上です。
半年ぶりの投稿、何と言っていいのか生存報告もせず誠に申し訳ありませんでした!!
鬱と鬱の戦いを経て、ようやく投稿することができました。
楽しんでいただけたのなら本当に幸いです。
待っていてくれる方々がいるのならこれ以上のことはありません。
今後も、できるだけ速く投稿できるように努力していくのでよろしくお願いします。