fate/accelerator   作:川ノ上

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思惑と解釈

イリヤに連れられてから約十五分経っただろうか。終始ご機嫌な少女の後姿を眺め、一方通行は暗澹(あんたん)とした心象が頭から離れずにいた。

原因を言えばもちろん目の前の少女なのだが、今回ばかりは少女の指示に従わざるを得ない。快調といった様子を見せるイリヤは今も廊下を歩きつつ、城の間取りや歴史を簡素ながらも説明していく。

その表情は、まさに花が咲いたように明るく、血色がいい。

聞いてもないことを饒舌に語り出し、胸を張って説明する姿はまさに水を得た魚だ。

そして、その後ろを気だるげな顔で追う一方通行は、内心深いため息をつきながらも、仕方なくそのご高説に耳を傾けていた。

 

当初の目的は目の前で高説ぶっているクソガキの部屋に向かうという手筈だったのだが、どういう訳か道中に思い立った様子で「ちょっとだけ回り道をする?」などと言われては従うほかない。

 

はっきり言ってしまえば一方通行はこの城に召喚されてから、食堂と外に続く玄関、それと倉庫までの道のりの三通りしか知らない。

迷子になるなど子供じみた情けない真似をするつもりはないが、なにせこのバカでかい城の敷地だ。さぞ多くの用途にわかれた部屋や保管庫が存在するのだろう。

その何百メートルかもわからない城の中を一つ一つ確認しながら、無暗にうろつきまわるほど一方通行もバカではないし、そんな時間もない。

 

要は、間取りなんかもついでに説明したいから、というイリヤの配慮というわけだ。

 

一分一秒でも時間が惜しい一方通行にとっては間取りなどはともかく、それに付随する細かい歴史の説明などどうでもいいのだ。

さっさと通り過ぎるなりして、間取りを頭に叩き込めばいいだけの話だが、ここまで上機嫌な様子を見せられるとそうはいかない。

こういうのは経験上、余計なことを言って機嫌を損ねさせると後々面倒なることを一方通行は知っている。

これも主に二人の『ガキ』のせいなのだが、あえて口にはするまい。

 

表情を険しくしつつも仕方なく了承し、さらにいっそう笑みを深める彼女の顔を見てしまってはもう嫌とは言いにくい。

 

そうして、本当に簡単ではあるが二階から三階までの簡単な間取りを頭に入れ、五分は経過しただろうか。

どこも同じような長い廊下をさんざん歩かされ、到着した先は一つの部屋だった。

 

扉の壁面は樫の木だろうか、ほかの部屋の扉とは明らかに違う花と妖精の戯れる豪勢な装飾が施されている。

取っ手には象牙や宝石など色とりどりにあしらわれた宝物が組み込まれており、扉の用途にしては装飾品の数が多すぎる。

 

明らかに特別とわかる部屋の前に立たされ、一方通行は今も扉の前で大きく深呼吸を繰り返しているイリヤのほうを横目で見る。

若干、身体に強張りが見えるのは、寒さからなのか、それとももっと別の意識からなのか。

それを確かめる術を一方通行は持ち合わせてはいないが、いい加減こんな小さなことで覚悟を決めるような仕草は見ていて悲しくなる。

そんなことを考えていると、唐突にイリヤの方から上ずった声で忠告が飛んできた。

 

「いい、バーサーカー。お、女の子の部屋なんだから乱暴なことはNGなんだからね」

 

「なに心配してやがンだこの花畑」

 

後ろを振り返らずに声を震わせるイリヤの頭頂部に的確な手刀を入れてやる。

小さなうめき声と共にその衝撃に慌てて振り返り若干、涙目でこちらを睨むイリヤと目が合うが、一方通行は構わず顎をしゃくって扉を指し示す。

二割増しで頬を膨らませるイリヤだったが、何かあきらめたのかそれとも吹っ切れたのか、小さく笑みを浮かべるとその豪華な取っ手に手を付けた。

 

「よいしょっと」

 

そうして扉を開け、薄暗い部屋に照明をつけると、そこは少女らしい部屋が広がっていた。

いや、正確には平均家庭よりやや豪華な『少女らしい部屋』というべきか。

 

月明かりで僅かに輪郭だけが蠢いていた部屋を、天井にぶら下がる四つのシャンデリアが黄色と白色の柔らかな明かりを部屋に下ろし、寂しく冷たい部屋に色を灯していく。

 

扉を開けた先にまず一方通行の目に飛び込んできたのは、白と薄橙色に分けられた暖色の壁と大理石でできた床だった。

城内というだけあって床も大理石なのだが、冬場に備えてなのか暖炉までの続く道に橙色の正方形のカーペットが敷かれている。

次に床から正面に視線を移すと、少女の部屋には不釣り合いなほど大きなガラス窓と深紅のカーテンが映り、

右奥隅の壁を正面にするようにしてそのベランダの窓際、そのすぐ隣には少女が今も学んでいたであろう机と椅子らしきものと、そして数冊の教材が並んであった。

 

本棚らしきものは見当たらないが、机と扉を挟むようにして壁には、埋め込まれる形で使い込まれ丁寧に掃除が行き届いているであろう石造りの暖炉が見られる。

 

ふとイリヤの後を追うような形で部屋に足を踏み入れると、その見えない死角には椅子の上に人形やぬいぐるみの数々が置かれてあった。

 

ただ、これは扉越しから見た部屋の全容はほんの一面でしかなく、実際に左側に顔を向けると、一方通行は小さく目を細めて大きく深い溜息を吐き出した。

 

(これが子供部屋、ねェ)

 

その奥には少女一人が使うにはまだ有り余るほど広いスペースが広がっていた。

 

部屋というより、この空間そのものが一軒家、といった方が適切ではないかと思えるほどのスペースだ。

実際、当人もこの広い空間を持て余しているのだろう。

実生活で使うものは扉の近くに固め、左奥に行くほど申し訳程度に丸い机や花瓶などが置かれ、さらにその奥には別の部屋に続く扉まである始末。

 

しかし、自身の記憶を思い返してみるに、この少女が部屋の扉を前にした時、左側の通路には扉らしき扉が見られなかったことから、どうやらあの扉の向こうは物置か衣装ダンスにでもなっているのだろう。

 

最後に視線を奥から手前に動かすとそこには、天蓋付きの大きなベットや細かな花の装飾がなされているタンスなど諸々の生活必需品が並んであった。

ベットメイキングはあのメイド共がやったのであろう。皴一つない行き届いた清掃が見られる。

 

(これが一人部屋だってんだから、黄泉川が見たら卒倒するだろォな)

 

ただでさえ薄給の教師が4LDKに住んで四苦八苦しているのに、このお嬢様はそれと同じくらいの敷地を一人部屋として利用しているのだ。

それを想像し、一方通行はあの体育教師があまりにも哀れになってきて、考えるのをやめた。

 

しかし、改めて総じて観察してみると部屋の広さはともかく、豪華すぎる細工の成された部屋の割には、年相応のまさしく『少女らしい』部屋だ。

 

「・・・・・・広い部屋の装飾の割にはそれほど豪華でもない家具の数々、まァ趣味は悪くはねェな」

 

長々と部屋を観察しすぎて、部屋のあちこちに視線を飛ばし、部屋の様子を確認していたイリヤだったが、一方通行の呟きになぜかホッと胸を撫でおろすと、気を良くした様子でイリヤは誇らしげに息をつき、一方通行を見上げた。

 

「ふふん。そうでしょ。なんたってわたしの部屋なんだからセンスがいいのは当然でしょう。――あっ! ちょっと待っててね。すぐに暖炉に火をつけるから」

 

確かにあの倉庫に比べればマシなくらい温かい部屋だが、それでも冬の夜には暖房なしは寒すぎる。

一方通行はまだしも目の前で暖炉に向かって走っていく少女の体は、まだ幼いのだ。

駆けていく彼女を目で見送り、一方通行は無造作に開け放たれた扉を閉めると緩慢な動きでイリヤの後を追っていく。

 

「・・・・・・手伝うか?」

 

「大丈夫。これくらいならわたしでも出来るし、それに子ども扱いしないでよね」

 

そう言って人差し指を一方通行に突きつけ鼻を鳴らすと、イリヤは慣れた手つきで暖炉に木材を五、六本ほど無造作に投入するとマッチを擦って火を起こす。

小さな火種が爪楊枝くらいの棒きれに小さく灯り、その小さな種火をマッチごとゆっくり暖炉へと放る。バケット状の鉄柵の上で爆ぜる火の粉はあらかじめ入れておいた紙に燃え移り、下から空いた隙間から酸素を得て、他の薪に燃え移る。

そうして小さな火は、木材に燃え移るとやがて大きな炎へと変わり、パチパチと火の粉を散らしながら人工的ではない自然そのものの明かりが辺りを照らしていく。

 

炎の勢いをのぞき込むようにして見ていたイリヤは灯が薪に燃え移った際に出た煤にやられたのか、何度か咳払いをした後、無事に暖炉に火がともったことを確認すると満足げに頷いて、再びこちらに視線をやってきた。

その表情とイリヤの様子に、一方通行も素直な感想を口にする。

 

「手馴れたもンだなァ」

 

「これくらい、覚えちゃえば誰にだって出来るよ」

 

何でもないように、しかし若干照れくさそうに言い張るイリヤは腰を上げると、服に着いた木片をほろって、近くにあった熊のぬいぐるみが乗っているイスを暖炉の近くに持ってくる。

 

どうやらこれに座れということなのだろう。

 

一方通行でも座れるように背もたれのある長椅子を前に、一方通行は杖を壁際に立てかけ、椅子を支えにして先客の頭を鷲掴みにする。

イリヤの厚意は素直に受け入れるが、こんな熊のぬいぐるみを抱きかかえる趣味など一方通行にはない。

おおかた、あの性悪が爆笑しそうな絵面にはなるが、そんなふざけた黒歴史をわざわざ作る必要もないだろう。

 

「おい、このデディベア。さっさとほかのお仲間さンと合流させろ」

 

「? それ抱き心地いいからクッションの代わりにしたらと思ったんだけど」

 

純粋な厚意で言っているのだろうが、一方通行はイリヤの言葉を軽く一蹴してやる。

 

「ふざけンな。てめェと違って俺にそンなファンシーなもン抱えて喜ぶ趣味はねェよ」

 

「ふんだ。バーサーカーもセラみたいに子供っぽいっていうんでしょ」

 

「・・・・・・いや、センスに関してはあのガキもこのくらいの少女趣味だったらまだ楽だったンだがな」

 

「うん? まぁいいや。じゃあいらないなら熊のぬいぐるみは預かるね」

 

ファンシーな熊の表情に眉をしかめたのち、アホ毛の少女の趣味を思い浮かべた一方通行は、頭を鷲づかみしているぬいぐるみをイリヤに預けると、促されるように用意されたイスに座った。

ギシリと木材というより古い椅子独特の木材同士が軋む音を耳にし、歩き通しだったこともあってか一方通行は蓄積させた疲労を全身から放出するようにゆっくりと肺の奥から全身に張り詰めた空気を静かに吐き出した。

天井に向けて放った二酸化炭素は空中で霧散し、全身の緊張が僅かに和らいだ一方通行は、身体のすべてをレトロな細工の成された背もたれに緩やかに預ける。

そうして暖炉に視線を移すと、火の粉を鳴らす音がリズミカルになり、遠赤外線特有の皮膚を刺す特有の感覚を前に、一方通行は初めての感覚に若干、心地の良い雰囲気に捕らわれていた。

 

科学の発達した学園都市で言えば、部屋の温度調節などエアコン一つで事足りる。

だからなのか、こういったレトロな方法で暖を取るのはエリザリーナ独立国同盟以来だったりする。あの時は純粋な石油ストーブなど外向けに作られた暖房器具でこんな風にゆったりと落ち着く暇もなかったが、

こうして周囲の状況を気にせず実際に火にあたってみると一方通行自身には少々遠赤外線の刺激が強いかもしれないと気付かされる。

それでも体に異常が出るわけでもないので、肌を焼くようなチリチリとした熱に身を任せ、一方通行は穏やかな表情で、暖炉の灯を見つめた

 

久しく味わえなかった『新たな感覚』。

まさに能力を失った時期に初めて感じた風呂上がりの快感に近い。

昔は、能力の性質上身体が汚れるということはなかった。それゆえ身体を清潔に保つという行為自体することもなかったが、能力を失ってからはその爽快感を知り、毎日湯船につかるようになった。

 

体感するというのもあながち馬鹿にできない。

 

もう一度大きく息をつき、思わず瞳を閉じようとしたとき、ぬいぐるみをベットかどこかに置いてきたイリヤが勉強机の椅子を暖炉の近くに持ってきて、一方通行の近くでもなく遠くでもない位置に置いて飛び乗るように勢いよく座った。

椅子が不自然に前後するが、たいして気にしていないのかイリヤと一方通行は丁度、お互いが暖炉の方を斜め向かいにして対面するような格好で向かい合う。

その少女はあえて一方通行を見ないようにしているのか、暖炉の炎に目を向けており、一向に語りだそうとしない。

やかましかった先ほどまでの彼女とは違う姿に若干、違和感を覚えるも対して気に留めずにいると、一方通行はあることに気が付いた。

 

室内がやけに暗いことに。

 

おおかたイリヤが部屋の明かりを調節したのだろう。先ほどまで明るかった部屋は僅かに薄暗く照明は落とされており、暖炉から洩れる橙色の光と枯れた木々の爆ぜる音だけが、部屋の中に光と音を入れる。

イリヤの気遣いなのか、秘め事を明かすにはちょうどいい明るさだ。

別にどのような場所、シチュエーションであろうと喋る内容は変わらないのだが、明るすぎるよりはましかと思い直して、一方通行もイリヤから視線を外して、暖炉の灯に目を向ける。

お互いがどう話を切り出そうか、悩む時間が数秒だけ訪れ、話の切り出しにくい空気の中、大きく爆ぜた薪の音を合図にイリヤが視線を動かさずにそっと口を開いた。

 

「ねぇバーサーカー。いいでしょ、この特等席。冬場は特にあったかくて、わたしここが一番好きかも」

 

イリヤの言葉に、一方通行は悟られないように薄く笑みを浮かべると、鼻を鳴らしてイリヤと同じように視線を動かさずに口を開く。

 

「真昼からお子様が暖炉に、ねェ。……まァ、どこぞのクソガキに比べたら悪くねェな趣味だな」

 

「ふふ。一番はね、朝日がサッと差して目が覚めるときなんだけど、それと同じくらいわたしはこの明かりも好きなんだ。なんかホッとするっていうか」

 

「そォいうもンかねェ。――いや、そォなんだろォな」

 

イリヤの言葉に、脳裏に浮かぶ少女の表情を思い出いして、一方通行も素直な感想で応じる。

 

自分でもそうだったのだから、この少女がそう感じてもおかしくはない。

 

まるで、その他愛もない会話を呼び水とするように何気ない自然な会話が設けられ、お互いがお互いに心を決める小さな時間が流れる。

そして、一方通行が静かに口を閉ざしたころ。

 

「で、さっそくで申し訳ないんだけど話を戻すけど、いい?」

「あァ好きにしろ」

 

話を切り替えるように、イリヤはそんな風に視線を一方通行の方に向け、問いかけてきた。

一方通行もこうなるだろうと予見できていたので、先を促すように同意の言葉を口にする。

そこまで聞いて、遠慮がちだった硬い表情がふっと緩み、イリヤは小さく頷いて、本題を口にした。

 

「うん、ありがとう。それでバーサーカーの能力って一体どんなものなの」

 

あくまで冷静を装っている様子だが、身体から出る落ち着きまでは隠せないらしい。

おそらく冷めぬ興奮を今まで抑えていたが、どうやら我慢できなくなったようだ。

急かすように息まく様子はどこか興奮しているのか、妙に荒い息使いがどこぞのクソガキによく似ている。

 

とりあえず、目の前の少女を落ち着かせる意味でも、一方通行は深く腰かけた上体を前に起こすと、簡単な質問をイリヤに投げかけた。

 

「・・・・・・その前にいいか? お前の視点で俺の力はどう見えた」

 

「えっ? わたしの? ……う~ん、初めに襲われたときは怖くてよくわからなかったけど、あれはたぶんセラとリズを弾いていたような・・・・・・」

 

突然の問い掛けに目を丸くするイリヤだったが、視線を宙に浮かべ、こめかみを指先で押しながらそんな感想を口にする。

その答えに一方通行は小さく頷くと、両手を身体の前方で組み合わせて、視線を手からイリヤの方に向けた。

 

「ああ、今はその認識でいい。俺はあの時、あのメイド共を弾いたんだよ」

 

「それがバーサーカーの能力?」

 

「まァ厳密には『反射』だがな」

 

「反射?」

 

いまいちイメージできないのだろう。

首をかしげて、宙に疑問符を浮かべるイリヤを見て、一方通行は小さく息をつくとわかりやすい行動に出た。

 

百聞は一見にしかず。

説明するより見せた方が早い。

 

そう判断した一方通行は首元にある電極のスイッチに指を持っていき、能力使用モードをオンにする。

 

「そうだな。例えば・・・・・・、おい、そこに落ちてる紙を丸めて俺に投げてこい」

 

「えっと、このクズ紙のこと? でもどこを狙えば」

 

正確には羊皮紙の切れ端なのだが、ゴミには変わらない。

イリヤは薪を燃やす際に使った羊皮紙を足元から拾い上げると、丹念に丸め、首をかしげる。

どこに投げつければいいのか考えあぐねているようだ。

そんなイリヤの困惑した表情を眺め、一方通行は至ってぞんざいな口調で急かす。

 

「どこでもいいからさっさと投げろ」

 

「えっと、それじゃあ、うん。遠慮なく、――とりゃ!!」

 

所詮は紙屑だ。

当たっても別段痛くもないと思い直したのか、イリヤは丸めた羊皮紙を座った状態で一方通行に投げつけた。

勢いはそれほどでもないが、イリヤの投げつけた丸い紙くずは、小さな弧を描く形で一方通行に向かう。

しかし、その紙屑は一方通行に当たることなく、一方通行の肌に触れるか触れないかのギリギリの所で人の視界では認識できない一瞬だけ制止し、映像を巻き戻すように元の軌道を辿って、今度はイリヤの顔に直撃する。

 

その一秒にも満たない時間の中で、突然の衝撃にイリヤは思わず目を閉じて体をこわばらせ、短い悲鳴を上げた。

 

「きゃっ!!」

 

「……わかったか、これが俺の能力だ」

 

言い終わるころには紙屑はイリヤの膝に落ち、その一連の出来事に反応しきれなかったイリヤが、己の顔に当たった紙屑と首元の電極を弄る一方通行を交互に見やって、驚愕の声を上げた。

 

「え? ・・・・・・えぇ~~!?」

 

予想はしていたがあまりにも大声で驚くので、一方通行は片方の耳を塞いでしかめた面でイリヤを見やった。

 

「・・・・・・そんなに驚くこともねェだろ」

 

「だって、えっ!? 時間操作? それとも魔術による因果関係の――」

 

「ンな大層なもンじゃねェよ。コイツは純粋に科学の力だ。この能力自体に魔術なンて大層なもンは関わってねェよ」

 

思考の泥沼にはまりかけるようにしてドンドンと話が飛躍していくイリヤ。それを見て、一方通行は予想通りの反応に面倒くさそうに額を掻く。

 

「これが、か、科学?」

 

一方通行の発言を一拍遅れて反芻するイリヤは、やがて落ち着きを取り戻して、まるで『魔法』でも見たような顔で首を斜めに傾げた。

 

「でも。これじゃああんまりにも――」

 

「さっき倉庫で説明しただろォが。俺はこことは違う所から来たって、そこにこういった技術が開発できンだよ」

 

「それは大体聞いたけど、・・・・・・それじゃあ、バーサーカーは最強じゃない!!」

 

イリヤは瞳を輝かせて一方通行を見る。その目に映るのは期待か羨望か。

真っ赤な双眸を潤ませて、身を乗り出すイリヤの表情はまさしく喜びに満ちていた。

しかし、一方通行はその目を見ることなく視線を逸らすと、あまりにも予想通り『すぎる』反応に重くため息をついた。

 

はっきり言えば、一方通行はイリヤに誤った情報を教えた。

 

いや、全てが嘘というわけではない。彼の能力に『反射』という役割が含まれていることは真実だ。

しかし、彼の能力はその程度では留まらない。

 

ベクトル操作。

 

運動量・熱量・電気量といったもののベクトルを触れただけで感知・変換する能力。

この能力は、広い応用力を持っており、低周波や放射線など五感で認識できないものも知覚・変換できる。

周囲の風を手繰れば、ハリケーンクラスの竜巻を起こすことも。

煮えたぎるマグマの上を平時と変わりなく歩き回ることも。

その気になれば、一つの都市すべてを機能停止にまで追い込むこともできるのだ。

 

それも気まぐれ一つの、生きた災害として君臨するほどに。

 

まさに無敵。

しかし、こんな能力を持っていても一方通行は初めからイリヤには自分の能力を全て明かさないと決めていた。

 

(理由は二つ。一つは、例え俺がコイツに全てを教えたとしても理解できない可能性があること。もう一つは――)

 

これが最も、一方通行がこの聖杯戦争で他人に知られたくない理由、それは――

 

(情報が漏れた場合、能力に対する策を立てられるリスクが高い)

 

そう、無敵に見えて一方通行の能力は極めてデリケートなのだ。

些細な情報の洩れ、あるいは演算ミスで反射の壁は意味をなさない無用の長物となる。

しかし、反射の壁さえ機能していれば、それは何物にも破られない無敵の盾を装備しているということにもつながる。

 

そんな彼の能力を前に、大抵の能力者は地に伏すことになるが、それでも自分の力でこの能力を魔術以外で破った者が三人いる。

 

(一人は、上条当麻。ありゃ例外としても、俺を三度も沈めたってのは紛れもない奴の実力だ)

 

絶対能力進化実験。

第三次世界大戦。

そして、つい最近起きたロシアでの一連の騒動。

 

最後の一戦は敗北を前提とした作戦だとしてもあの時、一方通行は本気で上条当麻を沈めるつもりでぶつかった。

その結果、第一位の敗北という形で学園都市から送られる刺客を止めるという働きをしたのだ、今はどうでもいいだろう。

 

奴の能力の概要をある程度理解した今、他にやりようはあるが正面切って勝てる確証は正直ない。

 

(二人目は俺の能力の裏をかいて、俺にダメージを与えた垣根帝督)

 

一方通行の次席でありながら、能力のフィルターの裏をかき、純粋な物質に自身の未元物質を混ぜて反射の壁を破ってきた唯一の能力者。

格下らしい姑息な絡め手だが、その能力の自由度の高さは正直、一方通行以上であり、その『自由度』故に今はもう『別人』となり果てたが、未元物質で己の体を己の能力で補い続けるにまで至った。

未元物質そのものと化した今の奴を葬り去るには、なかなか骨の折れる仕事になるだろう。

 

(そして、最後にクソ忌々しいが、純粋な体術で俺をのした木原数多)

 

頭の中で忌々しい顔を思い浮かべて小さく舌打ちする一方通行。

このうち、とても他人には真似できない事をやってのけたのが木原数多という男だ。

彼は、一方通行の能力を発現させた人物であり、一方通行の思考パターンを解析し、放った拳が保護膜に触れた後、反射される直前に引き戻すことで『遠ざかる拳』を内側に反射させるという神業をやってのけた。

しかし、これはあくまでも木原が一方通行の思考パターンを熟知しているからできる芸当であり、常人には決して真似できない技術だ。

杉谷という統括理事長の側近も木原と同じような技術を実践したことがあるが、中途半端に反射の壁を撫でただけで、手首を犠牲に一方通行の頬を軽く打つ程度だった。

正直、木原数多ほど完璧に反射の壁を利用して一方通行を打ちのめす者はそういないだろう。

 

一方通行は、もう一度重いため息を吐くと、イリヤが心配そうに一方通行の顔を見ていることに気がついた。

 

「ねぇバーサーカー。大丈夫?」

 

「あン? それはどういった類の心配だァ?」

 

「いや、なんか深刻そうな顔してたから・・・・・・」

 

「別に問題ねェよ。それに、俺の能力は最強ってわけでもねェ」

 

勘違いさせておくままにするわけにもいかず、面倒ながらもイリヤの誤解を一つずつといていく。

 

「それって、どういうこと?」

 

堪らず聞き返すイリヤを一瞥して、一方通行は凝った肩をほぐすように首を何度か左右に傾けると、静かに説明を再開させた。

 

「最強ってのはあくまで学園都市の中だけだ。そこに『未知の法則』が混じると話が変わってくる」

 

「未知の法則?」

 

聞きなれない言葉にイリヤが首を傾げると、一方通行は静かに頷いて見せる。

 

「ああ、俺の能力名は『一方通行』」

 

「えっ!? それってバーサーカーの名前じゃあ――」

 

「だから言っただろ、本名じゃねェって」

 

「じゃあ、・・・・・・バーサーカーには名前がないの?」

 

「そういうこった、まァそンな些細なこと今はどうでもいい」

 

いちいち妙なところで話が途切れなかなか会話が進まない。

不安そうに表情を暗くするイリヤに、一方通行はたいして気にも留めず早々に軽く流すと、気を取り直したように説明を続ける。

 

「俺が反射できるものは、俺自身が認識してるものだけだ」

 

「それってどういうこと?」

 

「要は科学的なものは『反射』出来るが、それ以外、例えば『未知の法則』の代表で言えば、魔術なんかは完全に反射しきれねェ」

 

「それって、バーサーカーの世界にも魔術が存在するってこと!?」

 

驚いて目を丸くするイリヤの声に、一方通行はゆっくりと首肯して、暖炉のなかで音を鳴らす炎に目を向けた。

 

「そォだ。コッチではどういう法則で発動してンのか知らねェが、それでも完全に反射できねェ」

 

実際、ランサーと戦った際は危なかった。

彼の槍は間違いなく霊装だと、一方通行は踏んでいる。

『未知の法則』を突きつけられて、何とか反射が機能したのは奇跡に近い。その点では一方通行は運がよかった。

さらに言えば、あのまま戦闘を継続していれば、どう戦っても死んでいたのは間違いなく自分だと、一方通行自身も自覚している。

 

「まァ、元の世界で魔術の知識を初歩程度に教わったことが功を奏したンだろォな。最初の戦闘で俺が死ンでもおかしくなかった」

 

「それじゃあ、魔術師の戦いである聖杯戦争では――」

 

「間違いなく不利になる」

 

「そんなぁ・・・・・・」

 

はっきりと断言してやると、しょぼんと尻尾でも垂れた犬のように暗くなるイリヤ。

こんな話をされれば落ち込むのも無理はないが、この反応も一方通行にとっては確定事項の出来事のため、至って冷静な口調で自身の胸中を告げる。

 

「だが、別にそこまで気にするほどの問題でもないがな」

 

「なんでバーサーカーはそんなに平気でいられるのっ!!」

 

思わずといった雰囲気で椅子から立ち上がるイリヤに、一方通行は眉根をひそめて彼女を見た。

 

「あン? まさか、簡単にやられるからマズイなンて思ってねェだろうな」

 

「うっ、だ、だって――」

 

図星なのか一方通行の言葉に身を小さくして座りなおすイリヤを見て、一方通行は呆れたような声を上げると、何度か首を横に振ってため息をつく。

 

「そもそも、俺の『反射』がうまく働かない事だけで、それそのものが不利ってわけじゃねェ」

 

「じゃあ、バーサーカーはどう考えてるの?」

 

「・・・・・・俺が出来る事は、『反射』程度だ。だが、魔術以外のもンには反射は正常に働く。これなら、身の回りのものを使って戦う事も可能だし、戦闘においては支障はねェよ」

 

「それでも、魔術を喰らったら終わりじゃない」

 

「いや、意外とそうでもねェよ。実際、あの全身タイツ野郎の攻撃は防げた。なら、他の魔術も『喰らわない』程度に調節できる」

 

一方通行の言葉はあくまで予測だが、それでもキャスター戦で骸骨どもの攻撃を『反射』できた。

どういう理屈かは理解できないが、反射できるにせよある程度の『度合』は存在するらしい。

それを今後、解明そして理解していかなければならないのだが、それでも攻撃=即死でないというのは正直ありがたい。

 

「あとはまァ、コイツのバッテリーっつゥ問題が残ってるがな」

 

そう言って己のチョーカーを指で何度か叩くと、自分の首筋に視線を集中させていたイリヤと目が合った。

イリヤの真っ赤な双眸が一方通行の心でも覗くかのようにじっと見つめられる。

 

「・・・・・・前から気になってたけど、バーサーカーって能力を使う時、良くそのスイッチみたいなのを押すよね? それってどんな意味があるの?」

 

「・・・・・・」

 

当然、話を振ったのは一方通行自身だ。その疑問も当然と言えば当然なのだろう。

一方通行はイリヤの問いに答えてもよいか少し考え、やがて静かに口を開いた。

 

「コイツは俺が生活または能力を使うために必要な機械ってところだな」

 

「機械? バーサーカーの宝具みたいなもの?」

 

新たなワードに僅かに眉を顰める一方通行だが、言葉からして重要なキーアイテムだというのは理解できた。

一方通行は脳内で軽くワードを記憶させると、小さく頷いて説明を続ける。

 

「宝具ってのはよく知らねェが、まァそンなとこだ。コイツのスイッチを押す事で俺は初めて能力が使える」

 

「それって、魔力で動いてるの?」

 

「ああ。普段は電気で動いてたんだが今はコイツを充電するためには魔力が必要らしい」

 

「ふーん。・・・・・・って、あれ? じゃあそのバッテリーが切れるとどうなるの?」

 

半ば納得したように鼻を鳴らすイリヤだったが、途中で思い返すようにして瞳をしばたかせ、そんな疑問を口にした。

 

「普段の俺ならぶっ倒れて何も考えられなくなる。ここだとどうなのかわかンねェけどな」

 

「倒れちゃうの?」

 

「ああ、無様にな」

 

首をかしげるイリヤの言葉に、一方通行は素直に首肯する。

 

これは正直に答えるしかない。

 

実際、ここで電極のスイッチを完全に停止させたことなどないので、あくまで経験則での結果を口にするしかないが、電極のスイッチを切ろうという考えは、いまのところない。

少なくとも、完全な安全が確保された場所でなければ電極を切ることはないだろう。

 

(バッテリーが切れた際の状態は正直確認してェが、まずはほかに確認しなきゃなンねェ事が山済みで後回しにするほかねェってのが現状だな)

 

一応、確認すべきこととして脳内にリストアップさせるがいつになるかわからない予定など予定のうちに入らない。

必要最低限の情報さえ、いまは引き出せればそれでいい。

明後日の方に視線をやり、うすぼんやりと思考を巡らせている。

 

すると、イリヤは一度考え込むように黙り込み、暖炉に薪を足してから静かに一方通行の目に視線を移した。

そして堪え切れなくなったように口を開く。

 

「ねぇ、一つだけ質問いい?」

 

「答えられる程度ならな」

 

陽光とは違う、不規則に揺らめくイリヤの瞳がまっすぐ一方通行に向けられ、一方通行もその視線を受けてめてゆっくりと口を開く。

そうして、両者が見つめあう時間が一拍だけ空き、改めて二酸化炭素を吐き出し、新鮮な酸素を取り込むイリヤは表情を引き締めると

 

「じゃあ、不躾な質問かもしれないけど聞くね。『どうしてバーサーカーはそんなものが必要になったの?』」

 

そっとその小さな唇から核心の言葉が飛び出した。

 

 

イリヤside

 

「バーサーカーって学園都市では最強だったんでしょ? だったら、そんな機械必要ないんじゃない?」

 

黙ってわたしの言葉を待つバーサーカーに向けて続けるようにわたしは口を動かす。

正直聞きにくいことこの上ないが、きっと今は彼のことを知る数少ない機会かもしれない。

そう思ったら、もう言葉に出さずにいられなかった。

 

わたしの言葉を受け、バーサーカーは苦々しく表情を眉をゆがめる。

ついさっき気が付いたことだが、バーサーカーは面倒なことになると意外と顔に出るタイプだ。

警戒しているときなんかはポーカーフェイスを貫く癖に、面倒くさいという感情だけは隠すつもりはないらしい。

 

そして、こういった表情になるときは基本的に、触れてほしくない『地雷』があるときが多いような気がする。

 

「はァ、面倒くせェ所に気がつくな、お前は・・・・・・」

 

緩慢な動きで白い髪を何度か掻くと、大きく息を吐き出し、一方通行は寄り掛かっていた椅子から上体を起こして両肘を膝の上に置いた。

白い髪がブーケのように彼の表情を隠し、いまバーサーカーがどのような感情を出しているのかわからない。

ただ、火の光の加減のせいか、その顔はどこか辛そうに見える。

 

そうして、バーサーカーが焚火の炎を眺めて一分が経過した頃だろうか、

今までピクリとも動かなかったバーサーカーの表情が、小さな呟きと共に僅かに動き出した。

 

「慣れねェ事をしてヘマしたンだよ」

 

唐突に紡ぎだされた言葉に驚き、目を丸くしているとわたしは思わず彼の言葉を追うようにして首を傾げた。

 

「慣れない、こと?」

 

「あァ。・・・・・・つまンねェ話だが、それでも聞くか?」

 

声の調子がいつもより低いのはきっと気のせいではないだろう。

きっと『それ』は他人に気軽に話せないことなのだ。

 

彼の過去を。

一番触れて貰いたくない事であろう話を。

 

わざわざ、わたしなんかのために話してくれる。

別に隠し事をしてほしいわけじゃない。

話せない事なら別に無理をして聞き出すつもりなんかないし、それを責め立てるつもりもない。

ただ、ほんの少し気になっただけの、ただの好奇心のつもりだった。

それでも、こんな何気ない好奇心に答えてくれようとする彼の行動にただただ嬉しくて、少しだけ申し訳なかった。

 

だから、わたしのわがままに応えてくれる彼のためにできることは、一つだけ。

それは――。

 

「バーサーカーが教えてくれるなら、わたしは聞きたい」

 

どんな過去であれバーサーカーを受け入れること。

 

彼が教えてくれるのなら、彼のことを知りたいし。

もし、彼がわたしのことを知りたいと言ってくれるのなら、知ってもらいたい。

 

まっすぐ目を見て言うわたしの声に自然と覚悟の色が乗る。

それを見て取ったのか、バーサーカーは小さく息を吐き出すと、わたしの方から視線を外して焚火の方に向き直り、ゆっくりと語り出した。

 

「話は至って簡単だ。身の程を知らない悪党の俺は、とあるガキを救い出すために慣れないことをして、その途中でヘマをした。――ただ、それだけだ」

 

それがどんな子供で、どんな状況かもわからないあまりにもぶっきらぼうで、聞き手を無視したように堰を切ったような話し方だ。

きっと理解してもらいたいわけではないのだろう。ただ、聞いてもらいたいだけ、そんな話し方だ。

それでもバーサーカーの言葉は続く。

 

「俺はその時、奴の攻撃を防ぐための反射に演算を裂く能力なンか残っちゃいなかった。ただ目の前のクソガキの対処で精一杯で、なにもな」

 

その瞳はどこまでも燃え続ける炎に注がれ、その揺らめく炎がバーサーカーの瞳をゆらゆらと揺らしていく。

パチパチと爆ぜる空気の音だけが、むなしくバーサーカーを讃えるように鳴り響いている。

 

それはまるで見えない何かに言い訳しているような口ぶり。

髪の隙間からわずかに覗くことのできるきつく寄った眉間も、吊り上がった目じりも、握りあった両手も。

当時を鮮明に思い返せるからこそ、駆ける感情なのだろう。

 

きっと彼の心象はいま荒れ狂っている。でも、その言葉一つ一つに後悔の色はなかった。

 

「結局は自業自得だ。俺はガキを助けるために頭に弾丸を受けて、演算能力どころか言語能力までのすべてを失った」

 

「――っ。すべてを」

 

「ああ、碌に立つことも、一人で話すこともできないお似合いの姿にな」

 

一度、自嘲気味に笑うバーサーカーはそれだけ言うと、これが事の顛末とでも言いたげな雰囲気で、再び黙り込んでしまった。

 

焚火の爆ぜる音だけが寝室を支配し、動かなくなったバーサーカーを静かに見つめ、わたしはゆっくりと息を吐き出した。

 

「――でも」

 

「あン?」

 

わたしの言葉に反応するように、顔を上げて視線だけがわたしの方に向く。

一瞬だけ、ためらってしまうその鋭い眼光に、思わず喉を鳴らしてしまうが、震える声で一言一言確認を取る。

 

「それでも、その子供は助かったんだよね」

 

「当たり前だ。この俺の能力を引き換えにしたンだ。助かりませンでしたじゃ、話になンねェよ」

 

そこまで聞いてわたしは胸を撫で下ろした。

ここまでして、助からなかったらバーサーカーは報われない。

きっと、本当の意味で地獄を味わうことになったのだろう。

だからこそ、地獄でないと分かったからこそ、その続きを気軽に聞くことができた。

 

「それで、そのあとは?」

 

「そこからはトントンと話が進んでいって、俺は冥土返しからコイツを受け取って事無きを得てるっつゥ状況だ」

 

「冥土返し?」

 

聞きなれない単語に、今度はわたしが首をかしげると、険のとれたバーサーカーが補足するように説明を加える。

 

「患者は絶対に死なせねェなンて無茶な思想を持ったカエルみてェな顔した医者だ。正直胡散クセェ顔だが腕は信頼できる」

 

「へ、へぇ~。そんな顔した人がいるんだ」

 

カエルの医者。

それは人体の構造として成立しているのだろうか?

いまいち想像できないが、バーサーカーがここまで言うのも珍しい気がする。

 

そこまで考えて、わたしはふっとある疑問を抱いた。

そう、きっとバーサーカーはこれまできっとすさまじい道のりを経て、ひょんな偶然からか、わたしの前に立っている。

その旅路はきっとすさまじく、色々なことがあったはずだ。

でも、その道のりの中で少なくとも彼は確かに誰かの手を取って生きてきた。

 

なら、バーサーカーが本当に心を許す『他人』などいるのだろうか。

 

そんなことを考え、胸に変なわだかまりを抱える自分がいるのに気が付いた。

 

「話は終わりだ。大体こンな所でいいだろォ」

 

「あ、待って!!」

 

考えを巡らせているうちに話を締めくくろうとするバーサーカーに、思わず声を荒げてわたしは身を乗り出した。

 

不機嫌そうに表情を歪めるバーサーカーを前に、喉の奥で言葉が塞き止められたように声が出ない。

 

それでもこれだけは知っておきたい。

 

そう思ったら、いくら不謹慎だと分かっていても、もう止められなかった。

 

「・・・・・・ねぇ、バーサーカー。バーサーカーは能力を失ったことを今でも後悔してる?」

 

感情より先に言葉が出て、徐々に自信なく尻すぼみしていく。

最後の方はバーサーカーの目すら直視できず、情けない気持ちでいっぱいになったがそれでも白い髪を掻き上げるバーサーカーは、ハッキリとした口調で断言した。

 

「後悔なんてねェよ」

 

まるで自分の存在一つをすべてなげうっても構わない、と言われたようで、わたしは思わず肩をすくめた。

暖炉の炎に照らされる横顔は、どこか穏やかだがその瞳だけは異様にギラギラと光っている。

 

「『アレ』は俺がやるべきことだった。後悔ややり直したいなンて感情は微塵もねェ」

 

芯の籠った力強い言葉が、寝室を静かに打つ。

その言葉を耳にして、わたしは小さくうつむくと、知らず知らずのうちに自分でも驚くほど柔らかな笑みを浮かべていた。

 

(『やるべきこと』――か)

 

イリヤはそっと胸の中で呟く。

目の前のサーヴァントは、自分の事を悪党だと断言した。それでも、彼は子供を助けたという。そこには小さいながら矛盾が生じる。

 

悪は救済なんかしない。

 

しかし、彼は『やるべきこと』として、実際に行動し、決して直らない傷を負った。

自分の事を悪と主張する目の前のサーヴァントは、怖くない。それどころか、どこか温かい。そんな彼の話にイリヤはどこか憧れを抱く。

 

(先にリズが気づいたのはちょっと悔しいけど、バーサーカーがわたしのサーヴァントで本当によかった)

 

胸に温かい思いが広がり、気付いた時には胸を張って笑っていた。

 

「うん。それならいいの。もし、後悔してるなんて言ったら、説教しようと思ってた」

 

「ハッ! ガキが俺に説教か百年はえェな」

 

「もぉう、わたしはこれでもレディなの!! 何度言ったらわかるの?」

 

わたしの体躯を見て鼻で笑うバーサーカーに、ムキになって椅子から立ち上がるわたし。

何度言っても直らない不毛なやり取り。

だけど、こんな生産性もない他愛もない会話ができること自体が幸せなのだと、わたしは初めて知った。

『マスター』であれば得られなかったであろう感情に、私はひそかにその感情を胸の内に収めて、気付かれないように静かに微笑んだ。

 

 

一方通行side

 

一方通行は彼女の柔らかな笑みを見て、『これでいい』と密かに呟いた。

 

イリヤは知らない。

一方通行の本質を知るにはこれより『前』の事件を知らなくてはならないことを。

 

どす黒い血と臓物にまみれた、ひと時を。

人形だと嘲り、言われるがままに、壊して回ったあの日々を。

 

一方通行はその脳髄に『全て』を記憶している。

そのとき何があり、どうしたのか。そのすべてを鮮明に思い出すことができる。

 

完全記憶能力ではない、純粋な『戒め』として。

 

だから一方通行が他人に自分の過去を話すのは珍しいことだった。

基本的に、一方通行は己の過去を語らない。

それは、単に語る必要がないという理由だけではなく、その事件のことを語るたびに、自分のしてきたことを誰かに『許して』もらうのを恐れたためだった。

 

自分の罪が色あせていくのが何よりも恐ろしい。

こんなことで許されるほど自分の罪は軽くはない。

話せてしまえるのであれば、どれだけ楽だろう。しかし、背負ったものを投げ出したとき、その重荷は一体どこへ行くのだろう。

 

だから『対等』であれど『あの実験』のことを話す気にはなれなかった。

特に目の前の少女の前では。

 

人知れず穏やかに笑う少女の前で、一方通行の瞳にはサッと暗い影が差す。

 

(これでいい。『アレ』はこのガキが知る必要のないことだ)

 

容易に踏み込ませないとは決めていた。

しかし、目の前の少女の信頼も勝ち取らなければならないとも感じていた。

 

だから話した。

 

まるで自分に言い聞かせるように、胸の内で納得させるが、それでも一方通行の心情は穏やかではいられなかった。

 

(あとでどれだけ軽蔑されてもかまわねェ。いまはこのガキとうまくやるのが最善の選択だろォしな)

 

少女の心情などそっちのけで、一方通行は勝手に結論づける。

これが最善であると、そう断言することこそが自分の弱さを認めていると証明していることを自覚しながら、それでも道化を演じる。

 

イリヤと自分は対等だ。

 

対等な立場であるからこそ、些細な信頼関係の喪失は戦況の崩壊にも大きく響いている。

なんだかんだ言ったとしても、暗部にいた頃は人間性はともかく各々の実力を互いが評価しあったからこそ、『グループ』という組織は成り立っていた。

ここで、信頼を失ってしまっては、今までの積み重ねてきた時間を無駄にするということにもつながる。しかも、時間にも情報にも余裕のない一方通行にとってそれだけは許容できない問題だ。

 

幸いなことに、目の前の少女は幼くはあるが、愚かではない。

実際に、一方通行の『対等』という言葉の意味を真に理解し、それを踏まえたうえでこうして寄り添ってきているのだ。

そうでなければ、いまこうして一方通行が他人に能力を明かすということは絶対にありえなかっただろう。

 

「バーサーカー!!」

 

「――っ!!」

 

イリヤの声で現実に引き戻される。

正面を見上げれば、椅子に座りながらもこちらの表情を下から窺おうとするイリヤと目が合った。

 

「もう、ぼぉっとしないでよね。それでバーサーカーからわたしに聞きたい事はないの?」

 

子供らしく頬を膨らませるその少女の表情を観察し、一方通行は自嘲気味に頬をゆがめた。

 

「・・・・・・なら、俺というサーヴァントのステータスってのを教えろ。少しは戦闘の参考になるかもしれねェ」

 

「それはいいけど、・・・・・・あんまり落ち込まないでね」

 

「さっさと話せ」

 

若干、声のトーンが落ちるイリヤの言葉に、一抹の不安を覚えたが一方通行は早々に急かすように口調を強めた。

 

いまさらどんな状態であろうと、これ『以下』はもう許されないのだ。

ならば自分は罪人らしく、醜くそれでいて無謀だと分かっていてもあがいていくしかない。

 

この先、どんなことがあろうと、『背負ったもの』はもう下ろさないと決意を込め、一方通行は静かにイリヤの言葉に耳を傾けた。

 




メリークリスマス!!

どうも、川ノ上です。
皆さん、いま何をしてお過ごしですか?
仕事をしている人、学業に励んでいる人、大切な人と共に時間を過ごしている人
様々だと思います。

そんな皆様に、ささやかながらクリスマスプレゼントを送る感覚で投稿させていただきます。楽しんでいただけたのなら幸いです!!

様々なご質問、感想。本当にありがとうございます。
今年も残すところあと少しですが、来年はもっと話が進むように努力していくので、
皆様どうかこれからもよろしくお願いします!!
来年もよき日々を送れることを祈っています。

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